風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマス記念SS 想色アンバランス - 9 -

 目覚めがいいか、と聞かれて、この状態でまあまあですなんて答えたら、俺の毎朝は最上級のハッピーってことになりそうだなー、なんて。とりあえず、そんなことを思った。
 朝、だ。―――25日の、朝。
 生きて、昨日を切り抜けられたんだなと安堵し、ついでに、任務よりも強力に真夜中のことを思い出す。昨日、そう、昨日、潜入先でいろいろあって、なぜか甲太郎が駆けつけて、脱出に成功して、その、後。
 はっきりと思い出せるのは、バスルームでの一戦、くらい。いや、それすらぽわぽわしてる、そんな記憶。
 とにかく、マジで吐くんじゃないかってほど喘がされて、馬鹿みたいに縋り付いて、何度も達して、いつ寝たのかは、えーと本当に記憶にございません。
 隣には、寝息を立てる甲太郎。あわわわわわ。
 がっしり、腰とか肩をホールドされてる。俺、割とセックス強い方で(いや、強いにもいろいろ意味があると思うんだけど、俺の場合は耐えられるって意味ね)、抱き合ってもそのあとちゃんと自分のベッドに戻って眠ることが多い。
 甲太郎にとって睡眠が最重要で、隣に誰かいるより快適に眠れそうだからそうしてるんだけど、たまに、怒られる。俺なりに気を遣ったつもりなんだけど、それも、甲太郎に言わせれば余計な気遣い、なんだろうな。
 分かってる、んだけど。でも、寝覚めにこの超至近距離は俺の心臓にも悪い。ピッタリ体温がくっついてるってのも。
 とにかく、甲太郎を起こさないように腕の拘束から逃げ出してみた。枕元の時計に目をやると、まだ外は薄暗いって時間。朝、だけどまだ夜が欠片だけ残るような。って、何だか視界がぼやけると思ったら…コンタクトがどっかに飛んでら…。
 静かにベッドから離れ、部屋の暖房入れてから、バスタオルを腰に巻いてバスルームへ。その短い距離に、何度も転びそうになる。甲太郎さん、加減のカの字もねーでやんの、参った。
 で、腰と膝、砕けそうになるのを踏ん張りながらバスルームに入ったのに、その途端に努力は全部水の泡。バスルームの中は、見事に昨晩の痕跡を残している。なんつーか、ああ、そういやここで色々しましたねー、って感じ。しばらくは換気扇回しながらその場で膝抱えちゃったよ俺。
 いつまでもそうしててもしゃーない、と思ってシャワーの栓を捻る。最初は冷たい水が、やがて熱っついお湯が出てきて頭から被る。空気が寒いせいで、その温度が心地良い。修行僧のようにガーッと浴びた後、頭から爪先までしっかり泡立てる。
 その際にふと、鏡を見た途端に絶句した。
 ……ぎぇぇー。首筋とか胸元とか、赤い跡だらけ。振り向いてみれば背中にも。おいおい、これでどうやって生活しろっての?服に隠れるとか隠れないとか、まったく考えてないでやんの。
 見れば、手首もかなり酷くて、もしかしたら残ってしまうかも知れないと思った。擦れて、血が滲んで、傷と痣になってる。ま、跡が残ったから何って訳でもないけど、目立つのがちょっと困る。しばらくはサポーター生活だなこりゃ。
 鎖でシャワーとか鏡とかをかなり傷付けてしまったりしたから弁償モンだとか思いながら、またタオルを腰に巻いて、頭を拭きながら部屋に戻ると、甲太郎が起きていた。
「……寝覚めにはいい眺めだな」
 それに何か言い返そうとして、声が嗄れていることに気が付いた。
 仕方なく近寄って、真っ裸の鎖骨をグーパン。その手を掴んできた甲太郎は、手首の痣をゆっくり撫でてきた。
「跡、残りそうだな…」
 擦れた傷がむず痒くて、甲太郎の手から逃げようとしたけど、ダメって腕を取られて、そのままベッドに飛び込まされる。
 ……手首の鎖は、昨日、風呂から上がった後に甲太郎がハンドガンで撃ち抜いて壊した。その名残か、あちこちに鎖の欠片が飛び散っている。去年は白岐ちゃん、今年は俺。洒落にならんね、まったく。
 転がされた姿勢から振り返ると、丁度、甲太郎が背中に乗りかかってくるところだった。ぎしっ、ベッドが軋む。
「ちょ……!!」
 仰向けにされて、昨日の続きとでも言いたげな唇が降ってきて、俺の声をせき止める。せっかく目覚めた意識をぐっちゃぐちゃに掻き乱されて、ワケ分かんなくて、なんか、泣きそうな気分。
 甲太郎の、昨日の言葉を思い出す。
『誰にも触らせんな。俺以外、見るな。お前は、何もかも、全部、俺のものだ』
『全部が200でお前が80、……残りが、俺』
 泣きたい。本当に。そんなはずないのに。俺の方が、絶対、重苦しいはずなのに。泣きたい。泣きそう。
 ―――うれしすぎて、ないてしまいそうですよ。
 何も言ってないから、何も聞こえないはずなのに、甲太郎は唇を離すと、そのまま優しい手つきで何度も俺の顔を撫でる。髪や、頬や、泣きそうになっている目元を。昨日の乱暴さとは正反対の、手つき。
 大事なものをあつかうような。
 そのまま、もう一度キスしてこようとしたから、辛うじて押しとどめた。このまま続けたらもう一戦おっぱじまりそうで、俺にはもう、そんな体力が残っていない。もとより瞬発力が身の上で、持久戦には向いてない、こういうときでさえ。
 ぐぐっと顎を押して顔を遠ざけると、諦めたように苦笑し、はいはい、と頬を軽くぴたぴたと触ってくる。
 そのまま手を伸ばして、ベッドの頭の方にあった窓を開けた。
「降ってんなぁ…」
「どん、くらい」
 身体を起こして、俺も窓の外を覗こうとすると、甲太郎は外側の桟に積もった雪を握りしめて背中に押しつけてきた。
「!!!!?」
 ひぁ、とか、ふぁ、とか、とにかくとんでもない声が出て、恥ずかしすぎて撃沈した。もぞもぞとシーツの中に潜る。……昨日のセックスのにおいが残っていて、それも恥ずかしくてもぞもぞ顔だけ出す。甲太郎は、何やってんだ、と笑った。
 誰のせいだと思ってんだ!!ちょっと今、イラッときた!!
 逆襲の九龍さんは、窓から手を出してしばらく雪の中に突っ込む。それから、甲太郎がしたように雪を握り、
「えい」
「!!!!!」
 雪と、感覚がなくなるほど冷え切った手を甲太郎の心臓に押しつける。甲太郎は、面白い悲鳴は上げなかったけれど、思い切り息を飲んで飛び退いた。
「こんの野郎……」
「じぶんだって、やった、くせに」
 声が嗄れてるせいで、喉がひーひーする。
「それに、こんなこと、されたのと、……クリスマスは、寝て過ごしますって、言った、お返し」
 冷たさが過ぎて赤みを帯びた手をひらひら振る。うそ。本当は、そんなこと、もうどうでもいい。俺が死にそう、その瞬間に空から降ってきてくれただけで、もうどうでもいい。
 でも、じゃあ、俺は?甲太郎を振り回し続けた俺は?昨日散々いたぶられてボロ雑巾みたいになったことで、チャラになるようなもん?
 甲太郎を見れば、とても複雑な顔をしていた。困っているのか、怒っているのか、何にも考えてないのか、笑いたいのか悲しいのか苦しいのか。そう、この顔、高校時代にたまに見た。まだ俺に正体を明かす前。よく、こんな顔をしていた。
 冷え切った手を掴まえて、自分の頬に当てた。熱が伝わってくる。
「悪かった。……昨日ふん縛ってやったあれこれは悪かったと思ってません」
「それは思って。お願い。思って」
「思わねぇよ。むしろたまにこういうのでもいいわ。そうじゃなくて、余計なこと、言ったなって」
 たまにこういうのではよくありません。例え甲太郎にでも、自分が『我を忘れて』っていうふうになるのを見られるのは好きじゃない。
 とんでもない、という意味を込めて枕をぶつける。
「プレゼントとか、そういうのも、一応全部、用意してたんだけど」
「……え?」
「来る前に全部処分した」
「…………」
「クリスマス、なんて、俺も、クリスチャンじゃないから、別に、興味もないんだけど。でも、一年前のこと。俺も、お前も、生きてて、それでこうして、いられることをお祝い、したくて」
 無駄になっちゃったけど。
 甲太郎はがっくりと頭を垂れる。
「言えよ、そういうことは前もって」
「言えないって。重たいことは、嫌でしょ」
 ダメだ。声出ない。水飲まないと死んじゃう。ホテルの冷蔵庫に、昨日買ったミネラルウォーターが入っているはず。それを取りにベッドから降りようとするのに、甲太郎がそれを許してくれない。
 くしゃくしゃのシーツにくるまれてくしゃくしゃに頭を掻き回されて、窓を開けっ放しのせいか表層体温が低くなった甲太郎の腕に収まる。
「重くなんかない」
「重いよ。約束なんか」
「重くない。お前のそういうの、全然重くない。軽すぎるくらいだ」
 そんなこと、ないと思うんだけど。死の寸前に思い出す程度には、重苦しいよ。もしあそこで甲太郎が間に合わなくて死ぬことになって、万が一腕の中でどこぞのお姫さまの最期みたいに死ねたら、べったりと呪いみたいに愛をささやいて楔を打ち込んでやる自信くらいある。
 それが軽いなんて、きっと、甲太郎は全然分かってないんだと思う。それはそれで、まあ、いいんだけど。重くないならさ。
「……今、なんか、よくないことを考えただろ」
「考えてませんー」
「顔に書いてある。『お前は分かってない』とか『約束なんかしない』とか『大丈夫平気』、そんなようなことだろ」
「んな、別に……てか、大丈夫って、別に、よくないことじゃないでしょ!?」
「お前が言うと、よくないことに聞こえるんだよ」
 でかい溜息。甲太郎の落胆は、時々堪える。俺が原因の場合が多くて、しかも、俺はなんで甲太郎を傷つけているのか分からないから。
「……ごめ、」
「なあ」
 意味をなさない謝罪は、発せられる前に遮られた。そんなもの聞きたくないとでもいうような強さだった。
「去年も、雪が降ったよな」
「そう、だったかもね」
「お前といたから、雪が降ったんだ」
 この雪男、って。俺は生息地ヒマラヤですかい?
 まあ、確かに、記憶の中に雪はたくさんあるけれど。ここぞ!というときに必ず雪が降っていたけれど。それは、必ずしも楽しいときにばかりではなかったけれど。悲しいときにも、雪は降っていたけれど。
「偶然、でしょう」
「いや、絶対お前のせいだ。絶対そうだ」
 断言して、俺の前髪をかき上げる。薄い色の瞳がじっと、眼の中を覗き込んでくる。
「だから、来年もきっと雪だ。賭けてもいい。そしたらお前、正式に雪男を名乗れよ」
 冗談みたいな言葉を、本気の顔で言う。唐突に、俺は、その言葉の裏に気がついた。それは、約束だ。とても重たい約束。来年もまた一緒に雪を見るという。
 胸から首元に、首から顔に血が上ってくる。生理現象みたいなもんだから止めようがない。じわじわ。ど、どどど、どうしよう。来年も一緒にいようだなんて!
 どうしたらいいのか分からないのと、こんな顔を見られるのは絶対嫌だから額を冷えかけの胸に押しつける。ぐりぐり。
 ラベンダーの匂いと僅かなひとの匂いと、体温と。胸にぐっと来るものがあって、それを噛みしめる。
 少なくとも来年までは、こうしていることを許されたんだと思う。
 不確定の未来の中で、ただひとつ決まっていることがそれなら、幸せなことに違いない。
 未来を拘束されるっていう不思議な感覚の中、甲太郎だけを確かめるように強く、抱きしめた。
「……で、いい加減、窓、しめない?」
「だな」
 そして二人でくしゃみをした。

*  *  *

 それから陽が高くなるまで部屋でうだうだして、本部に帰ったのは25日の夜。
 一応無事ですって連絡は入れたんだけど、色んな人が待っててくれてた。ジャスティーンとかエヴリンは人前だってのに思い切り抱きしめてくれちゃったり、もう大変。シルヴィアにもお礼を言ったら、なぜか逆にお礼を言われた。
 何でも、今回の一件で協会の方はシルヴィアの未来予知や霊媒能力を見直すようになったらしいとか。そりゃあ良かった。
 リックは他の人が見てないところで、タートルを着ていた俺の首元を覗き込み「おッ、仲直りできたみたいだな」とセクハラに近いことを言って甲太郎に沈められていた。
 コルソさんやウィリーさんとかアランじいさんはもう別の仕事に行っちゃったから直接お礼は言えないけど、ちゃんと電話で伝えておいた。
 特に、コルソさんは本当に俺のことを気に掛けていてくれたらしい。
『仲直りは、できたかい?』
『……まぁ、一応。すいません、あれやこれやと』
 聞いた話によれば、飛行機が飛んだのも甲太郎の物騒な装備もタキシードも、コルソさんが用意してくれたんだとか。
『もしまた喧嘩することがあったら私の元へおいで。歓迎する』
『アハハ、考えておきます。…とりあえず、来年までは先約が入ってますけど』
『そうか……もう、大丈夫みたいだね』
『はい』
 本当に、いい人だと思う。目的の見えない好意には注意しろって言うけど…コルソさんは本当に純粋に優しいんだと思う、って甲太郎に言ったら「甘い」って切って捨てられた。何で?
 それから、余分な話が二つ。
 俺が、競売の証拠を掴んだ紅花会が、盗掘された秘宝を裏で捌いていたことを全面的に認め、なぜかこれから流れてくる秘宝があった場合や、手に入れたい秘宝があった場合は全てロゼッタに依頼する、って言ってきたらしい。
 しかも、クエストは俺指名で。
 担当官には一体何をしたのかって聞かれたけど、まさか押し倒されましたなんて言えるわけもなく、俺にも理由は分からないんだけど、どうやら俺のパトロンになってくれるなんて話も出たらしい。や、謹んでお断り申し上げたけどさ。
 で、もう一つが……、
「ね、ね!クロウ!仕事終わったんだったら一緒にご飯食べない?」
 一足早く仕事を終えていたジャスティーンが、本部で声を掛けてきた。
 潜入調査の報告書とかを持っていって、その日の仕事は終わりだった俺は軽く「いいよ」って答えようとした、んだけど。
「ダメ。」
 後ろから、甲太郎に首根っこを掴まれ、しかも勝手に返事までされてしまった。
「なァんでよー、いいじゃない。それにあたしが誘ってるのはコータローじゃなくてクロウなんだけど?」
「ダメだ。こいつは俺のだ。他のヤツにくれてやる時間はないんだよ」
「!!?」
 ビックリしたのは、俺。そのままずるずる引きずられて本部を出たんだけど…、
「い、今の、何!?公衆の面前で何言ってんの!?」
「誤解されない物言い」
「はァ?」
「お前の機嫌、損ねたくないしな。そういうことだ」
 ニヤリと笑う甲太郎に、しばし呆然とする。
 結構、無茶苦茶だと思う。俺の都合は無視かよ、とかも思う。
 でも、そんな甲太郎の隣が俺の居場所なら、それくらいのこと、構わない。
 我が侭すら、身勝手すら、許容出来る―――許容したい。
 ……って思っちゃう辺り、やっぱり俺の方が想いの配分は相当傾いてると思うんだけど、どう?

End...