風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマス記念SS 想色アンバランス - 4 -

 甲太郎が、部屋を出て行った。
 おそらくは、俺が勝手に予定を組み替えたせいだと思うけど、それだけじゃないとも言った。
 甲太郎のいない部屋はやたらに寒く感じる。甲太郎がいないと食事を摂る気にもならない。甲太郎がいない寝室では眠れない。
 散々打ちのめされて気が付いたことは、俺の存在が重荷になっていたのかもしれないと言う簡単なこと。
 《宝探し屋》などという安定しない仕事に付き合わせ、好き勝手やって、挙げ句にこれだ。甲太郎がいないと何もできない。今までいかに寄り掛かってしまっていたかということが痛いほど解った。
 結局、俺には学習する能力が欠落してるって。そういうこと。誰かに傾倒し、そこに自分の居場所を見つける。寄り掛かられた方は堪ったもんじゃないんだろ。
 出て行ってから数時間後、ホテルが決まったとメールがあったけど、俺は『解った』としか返せなかった。それから、仕事の連絡と、明日の予定と、それだけ。
 何も食べる気にならずに、その日はそのまま眠った。違う、横になって目を閉じても去っていく背中ばかりが瞼の裏に浮かんで、朝までずっと追いかけていた。

*  *  *

「次から次へと毎日ご苦労様だな」
「しゃー、ない、っしょ!それがこいつらの仕事なんだから、ッよ!」
 同じ遺跡に潜ってるせいで、同じ区画で同じだけ出てくる化人相手に今日も戦闘中。
 高校の頃と違って大分アグレッシブになった甲太郎にもかなり片付けてもらいながら掃討する。何日も同じ事の繰り返しなんだから間違っても間違えることなんかない。
 ロゼッタ仕様のベレッタのM92FMAYA&砲介九式カスタム二挺拳銃で、弱点狙い撃ち、っとね。弾がもったいないから途中からは蹴りで沈め出したりしてみて。俺の回し蹴りからの踵落としは痛いですよー。
 ……でも、蹴る足に体重が乗らないのは自分でも解る。二、三、手数を増やさないと斃せないようになってきた。葉佩、絶不調。理由なんて分かり切ってる。
 甲太郎が部屋に戻らなくなって、三日になった。明日はもう出発の日なんだけど、甲太郎は改めて言われるまでもないという様子で淡々と仕事をこなしてる。まるで、俺のことには興味がないというように。
 私的な事以外では、今まで通り接してくれるんだけど、触れてくることはない。話すらしない。夕食についての話も、休暇の予定の話も、日本米を取り寄せるという話も冬用にストーブを入れようかという話も、何も。
 甲太郎が出ていったという話はなぜか瞬く間に広まっていて、皆が気まずそうに俺たちを見る。どうも自分が原因の一端を担っていると考えている節のあるリックは、出て行った初日に血相を変えて俺の元へやって来た。
 悪かったと平謝りされて、リックは何も悪くないものだからどうしたらいいか困った。大丈夫だと言ってみたものの、一体何が大丈夫なのか俺にもまったく分かんないんだけど。もしかしたら何にも、大丈夫じゃないのかもしんない。
 俺にできることっていったら、皆に心配かけないようにへらへら笑うだけ。甲太郎はいつもしんどいときに笑うのは止めろって言ってたけど、俺には、こういうとき笑う以外にどうしたらいいのか分かんないんだもんよ。
 大丈夫だから、気にしないで、全然平気、問題ないよって台詞とセットで、一体どれだけ笑顔を振りまいたんだろ。
「よし、今日の作業は終わりです。お疲れさまでした」
「ああ。……それじゃあな」
「…ん」
 朝は別々に遺跡まで行って、仕事が終われば別々の場所に戻る。
 慣れない。この一年で共に在るということに慣れすぎて、今に順応できない。適応能力の高さはそこそこだと思ってたのに、何だ?この有様。
「Estas bien?」
 中国出発前の最終確認の詰めに本部に来ていた俺は、『調子はどうだい』と言う声に振り返った。
「あ、コルソさん。こんちは」
「大変みたいじゃないか。大丈夫なのか?」
「全然、大丈夫ですよー。ただの痴話喧嘩なんで!犬も食いません」
 立っていたコルソさんがてっきり出て行かれたって話をしてるんだと思って言葉を返したら、何だか複雑そうな顔をされた。
「……そうではなく、次の調査の話なのだが」
「あ……すみません」
「いや、構わないが、その様子だとかなり周りから言われているようだな」
 座ろうか、と促されてソファに座ると、コルソさんは自販機でコーヒーを買って俺の前に置いてくれた。それから、向かい合わせに腰かける。
「事情は大体聞いている。オコーネルに休暇を譲ったんだって?」
「ハイ、まァ。そういうことになるかと」
「ダメじゃないか。あの手のタイプは甘やかすとつけあがる。君はオコーネルの仕事を引き受けるべきじゃなかった」
 聞きようによっちゃ、凄いコト言われてるな、リック…そんなに信用ない人じゃないんだけど、って、そういうことじゃないのか。
「それに、クリスマスだろう?口では何と言ってても彼は楽しみにしてたのではないのかい?」
 そういや、コルソさんも、甲太郎が「クリスマスは寝て過ごす」発言をしたとき、そこにいたんだっけ。
 なら、言葉通りに取ったとしても不思議じゃない、か。
「クリスマスとか、あんまり関係ないんです。そうじゃなくて…」
 こんなこと他人に話してどうなる、とは思ったさ。でも、その時俺は、もう色んなことに疲れてた。
「ちょっと、特別だったんです。甲太郎が、数え切れないほどの選択肢を越えて、俺を選んでくれた日だったから」
「…………」
「だから俺ばっかりその日に固執して特別視してて、甲太郎は気にもしていなかったっていうことが悔しかったのかも、しれません」
 言ってから、流石に自分でもなんて甘ったれたことを考えてたんだろうって、反省。それこそ独りよがりでわがままで、勝手すぎる理由だ。それで予定を勝手に変えたなんて、甲太郎が怒るのも仕方ない。
 ヤな奴だ、俺。
「君は、それを彼に伝えたのかい?」
「Y e' facil!言えませんよー、そんなこと」
 ……言えるわけ、ないっしょ。それこそ重たい。記念日記念日って騒ぐのは、女の子だけでジューブン。
「人は言葉を介さずとも意思の疎通ができるというが……それは嘘だ」
「そう、ですね」
「シルヴィアやニックのようにサイコメトラーならともかく、君も僕も、もちろん彼も言われなければ本当の想いなど解らない」
「でも、言ったら最後かもしれないんで」
 俺は、あいつが隣に立ってくれるためなら、多少のことは我慢するつもり。これ以上わがままぶっこいて一緒にいろってせがんで、あいつが離れてったら俺は自分がどうなっちゃうか分かんない。
 でも、もし俺といることが苦痛になってたとしたら?そんなの、俺は離れるしか選択肢が、無い。
「甲太郎がそうすることを選んだなら、俺は何も言う権利を持たないんです」
「……それは、平等じゃないね」
「平等……?」
 その言葉に、思わず苦笑に似た何かが込み上げてくる。平等っていう響きが、俺たちにはとんでもなく滑稽だ。
「俺たちが、平等だったことはただ一度を除いて、ありませんから」
 ソファから立ち上がりコートを羽織った俺を、コルソさんは器用に片眉を吊るように見上げた。
「どういう意味かな、それは」
「そのまんまの意味ですよ。愚痴っちゃって、すいませんでした。それじゃ」
 これ以上、傷を抉られるように甲太郎の話をするのは嫌だった。言葉にして自分のことや甲太郎のことを話すと、気付かされたくないことばっかり、気付かされたりする。
 解ってるんだ。平等、じゃないこと。
 俺はいつだって、想いが過多だ。片想いならぬ過多想いって?それ、笑えない。
 甲太郎がいるから仕事はできる。甲太郎がいないから私生活、ボロボロ。
 ベッドが二つ並ぶ寝室では寝れなくて、ソファで、ラベンダーの残り香を頼りに浅い現実と夢の間をウロウロするのが最近の日課。メシなんか、全然食う気がしないから甲太郎の前で昼メシ摂るとき以外は水以外なーんも、口にしてない。
 こんなんじゃ、いざって時に力が出ないってのにな。
 解ってて、でも穴だらけの精神のせいで、身体も巧く稼動しない。こういうとき、ルイ先生が言ってた身体と精神は繋がってるんだって言葉、思い出すんだ。
 メンタル弱々な俺は、加速度をつけるように身体を腐らせていく。
 それを自分じゃ、どうしようもできないんだ。

*  *  *

 24日。
 朝早くからの遺跡の探索とついでのクエストは何の問題もなく終了。例の調査のため、午前中に専用機に乗り込まないといけないから、少し早めに切り上げた。
 今日、明日と休暇中の甲太郎は当然お休み。日本に行って来たらって勧めたんだけど、行かないって。もしかしてホントに寝てんのかね?
 ここ数日、ホントに忙しい日が続いてたから……っていうか忙しくさせてたから、疲れは溜まってるのかもしんない。
 俺のこれからの予定は、着替えを持って本部へ、そこから専用機で中国支部まで行って、ホテル。夜は礼服でパーティに出がてら調査。一泊だから大した荷物はないけど、タキシード…あんま、似合わないんだよなー俺。
 H.A.N.Tで予定を確認して、家の中をちょっと片付けた。冷蔵庫の中身とか、何も作らなかったせいで傷んでる物もかなりあった。
 その中に、ケーキの材料とかあってさ。そういや、作るつもりでいたっけと、思い出した。もう意味がないんだけどね。
 だから、材料を全部処分して。それから、渡そうと思ってたプレゼントもついでに捨てる。
 家を出ようとしたとき、インターフォンが鳴った。
 銃を腰にぶら下げ、ドアサイトから外を覗くと、何のことはない癖毛なアロマが立っていた。
「よ。いらっさい」
 おかえり、ではなくて。だって、出て行ったときの荷物を何も持ってなかったから。
「九龍」
「おぅ、どーしたい?」
 休暇のはずなのに、まで言わなくても甲太郎には通じる、でしょ?まぁ、答えては、くれないんだけど。
「……行くのか」
「うん。行ってくら。飛行機墜ちないように祈ってておくれ」
 俺の冗談にも、答えてくれない。ただどこまでも本気な眼で俺を刺す。
「で?荷物でも取りに来た?それとも見送りに来てくれたとか?」
 入る?と促すと、首を振られた。立ち話をするために来たんじゃないだろうし…何?
「帰ったら、話がある」
「今じゃ、マズイ?」
「………ああ」
 言われちゃえば、しょうがない。
 直感で何を言われるのか見当は付く。これからのこと、なんだと思う。ああ、想像したくない。
「そっか…解った。あ、そろそろ、さ」
 時間、それから、笑ってられる精神が、限界。これ以上だと、言ったら拙いこととか、そりゃもう、ダダ漏れで出て来る。男が、女の子に言われて嫌なこととか、引いちゃう台詞とかが存分に。
 絶対口に出さないで、消化、しないとだ。
「あ、のさ。もう準備、できてるから。下まで行こうぜ」
「そうだな」
 リビングに出しておいた荷物を引っ張り出してきて甲太郎とアパートメントの下に行って。
 そこからは、別。本部と甲太郎のホテルは逆方向にあるから。
「じゃ、行ってきます」
「ああ」
「休暇、楽しんでな」
「…ああ。気を付けてな」
「任されて♪」
 大丈夫だよ、と笑ったその頬に、甲太郎は手を当ててきた。
 そんなこと、されたら、もう。俯くしかなくなるじゃん。顔なんか、真っ正面から見られなくて、自分のしでかしてきたこととか思い出して。
「……ゴメンな、」
「別にいいさ、もう」
 別に、いい、だって。ああやっぱり甲太郎にとっては別にいいで片付けられるようなことだったんだな。本当、俺、一人で阿呆じゃん。
 俺の肩を叩いて背を向けた甲太郎に、ぽろっと。
「思うんだけど」
 俯いたまま、一瞬緩んだネジを、締めるのが遅れた。
「最初から、こうだったのかもね。俺が80で甲太郎が20、くらいの」
「何…?」
「……何でもない」
 今度は俺が背を向けて、あとはもう、振り返らなかった。
 どこからか聞こえてくるクリスマスソングが、耳に障る。去年の今頃もクリスマスどころの騒ぎじゃなかったけど…今年も、俺にとってはそれどころじゃない。
 いったい、いつから平等だなんて思い込んでいたんだろう。
 甲太郎は俺と戦って、その後、死を選んで―――それを越えた後、どうして俺を選んだのだろう。ハンターなんて因果な商売に付き合って、本当によかったのか?普通に進学したり、就職したり、そういうことだってできたんだよな。
 俺はどうやってもこれしかできないけど、甲太郎は違う。何でもできる可能性があった。
 それが解ってて、手を離せなかったツケが、今、来ているとしたら。
 このまま甲太郎の補給ができなくなって、崩れて、腐って、そのまま、どうなっちゃうのか。想像してみて、また笑った。

*  *  *

 本部から、中国へ直通便。バビューンとひとっ飛びであっという間に到着。乗り継ぎもクソもなければ以外と世界を股に掛けるのは容易い。
 協会が用意してくれたホテルにチェックインして、そこで礼服に着替える。自慢じゃないけど、似合わない。面白いくらいにね。
 最近、かなり童顔は緩和されてきた気がするけど、ただでさえ東洋人は若く見られやすい。こないだなんか俺、中学生に間違われたんだぜ?しかも、オンナノコ。さすがに笑えなかったよね。
 そんなんだからタキシード着て、タイ締めてもイマイチお坊ちゃんっぽいでやんの。仕方ないからコンタクト着けた上に銀縁の伊達眼鏡掛けて、髪の毛はレッツオールバック。……少しはまともに、見える?
 こういう服を着ると、下にタクティカルベストとか防弾のを着けるわけにもいかなくて、胸ポケに銃を入れてどうにか目立つか目立たないかってそんなレベル。まぁ、パーティでの戦闘なんて想定してないし、今回は潜入つっても実態調査だけだし。大丈夫でしょう。
 コートを着てホテルから外に出た途端に、身震いした。
「……中国、寒ぃなぁ…」
 この国は、いつ来ても酷く懐かしい気がする。
 俺の最愛にして、もっとも憎たらしい国、中国。高度経済成長を遂げつつある裏で、どれだけの人間が、人間としても扱われずに死んでいくのか、この国の人間のほとんどが知らない。けれど、国なんて大概そんなもんで。皆、知らないフリ、無関心という鉄壁の仮面で最下層を踏み殺す。
 素敵だね。俺は、死ななかったけど。沢山の死は見てきたつもりだ。
 そしてなぜかその夜。
 舞う黒い風の中に、微かに死の匂いを感じたんだ。