風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマス記念SS 想色アンバランス - 2 -

 クリスマスという日に、別段特別な思い入れはなかった。
 でも、12月24日と25日という日が持つ意味はまた別で、別格で。
 俺と甲太郎が一度は決別して、でもやっぱり必要だと気付いて、死にかけて、それでも生きて帰った日。
 だから今年はクリスマスってのに便乗して、ちょっとしたお祝いでもやろうかなって、勝手に考えてた。
 そのつもりで休暇もそこに合わせたし、年末の、他のハンターたちも休暇を取りたがる中で勝ち取るために殺人的なハードスケジュールもこなした。甲太郎にはナイショだけど、実は一人でクエストを受けたりもして、どうにか、休みをもらったんだ。
 ロゼッタ協会本部のあるエジプトに戻ってきたのだって三日前だし、明後日からはエジプト近郊の遺跡で、日本の神代文字とヒエログリフについての調査で図書館と遺跡を行ったり来たりしなきゃなんない。
 かなりの量の文献が必要だから、丁度エジプトに戻っていたコルソさんと図書館を回った後、本部に戻って資料を漁ってたんだ。
 書探しコルソ。本のことならこの人に聞けば間違いないっていうくらい書物に精通していて、本を探して欲しいとか本の鑑定をして欲しいっていうクエストはほとんどが彼の元に行く。
 コルソさん自身はちょっと斜に構えたところがあるけど、渋い大人の男って感じで、すごく頼りになる。物腰とか落ち着いてる上に、滅茶苦茶格好良いしね。
「とりあえず、今のところ用意できるものはこれくらいになる」
「すみません、一日中付き合わせちゃって……ホント、申し訳無いっす」
 実はコルソさん、取れるところからは徹底的に取る、しかもメッチャ賢い、その上商売上手ってな主義だそうで、だからこう、見返りとかお礼とか必要かなーって思ったんだけど。
「いや、私も日本の書物には疎いところがある。調べた結果や君の知識を後で教えてくれれば文句はない」
「えぇッ!だって、俺の知ってることなんか微々たることだし…」
「……僕は、君自身にも興味があるがね。是非一度、一晩掛けて隅々まで読み解いてみたいものだ」
 うっわー、意味深。コルソさんは少しかさついた、年季の入っている指の背で俺の頬に触れてきた。
「俺、一応男の子なんですけど」
「君のパートナーも男だったな、確か」
 深い色の目に見下ろされて、返事に困っていると、「冗談だよ」と笑われた。
 まぁ、俺もこういうのは慣れてる。ロゼッタ所属のハンターはしょっちゅう冗談でこういうことを言ってくるから、最近は俺もそんなに驚かなくなりました。男に口説かれることに慣れるってのもナンだけど…女の子の誘いを断って拗ねられるよりはマシかも。
「それじゃあ、困ったことがあったら連絡を寄越すといい。力になれることなら、手伝おう」
「ありがとうございます」
「報酬は、また追々、ね」
「……はぁい」
 何が待ってるんだろうと肩を竦めると、コルソさんは意味ありげに微笑んだ。
 聞き慣れた声が俺の耳に飛び込んできたのは、その時だった。
「25日はただの休暇だ。別に二人で過ごすだの決めた覚えはないし、特別に何かをするつもりもない。たまの休みくらいゆっくり寝て過ごしたいんだよ」
 あ。
 と、思った。
 それは間違いようもなく甲太郎の声。
 本部に来ていたのはしってたけど、まさかすぐそこにいたなんて、甲太郎が声を荒げるまで気が付かなかった。コルソさんとの打ち合わせに、集中していたからかも知れない。
 突然耳に入ってきた言葉に、一瞬間だけ固まった。前後の遣り取りが分からなかったから余計に。
「……ん?ああ、パートナー君がいたのか」
「そう、みたいっスね」
「クリスマスに休暇を取っていたのか。君は、クリスチャンだったか?」
 少し驚いたように、眼鏡を押し上げる。コルソさんは、無宗教だったか、クリスチャン、だったか。
「そういうことじゃないんですけど…」
「もしかして、ここ最近のハードスケジュールは25日に休みを取るためだった?」
「………うーん、でも、あんまり意味無かったみたいですね、あの言われ様じゃ」
 苦笑してみせると、うまく笑えてなかったのかコルソさんは難しそうな顔をする。いけね、笑顔笑顔。気張れ、俺。
「でも、確かに予定、詰めすぎましたからね。あいつも疲れたのかも」
「ふむ…」
「それじゃ、今日はどうもありがとうございました。後でまた、分かんないこととか聞くことになると思いますけど…」
 言いながら、ちらりと甲太郎に視線を向けると、丁度紙の束を持って移動したところだった。あいつも俺に気が付いたらしく、驚いたような顔をする。
「僕の知識が必要なら、いつでも君の力になろう……Hasta luego」
 アスタルエゴ、スペイン語でまた今度って意味。俺も同じ言葉を返して、手を振って別れた。
 ここで甲太郎がこっちを見てなかったりしたら、もうぐったりといきたい所なんだけど、勿論ヤツはそこにいるし、まずあいつからの一言が発端だし。
 ……そっかー、なんか、俺の独り相撲だったわけだね。ケーキ作ろうかーとか、プレゼントはカレーか?とか考えてた自分が溜まらなく阿呆に思えた。俺ばかりが、その日を意味のあるものだと考えてたって、そういうこと。
 とにかく、それから後の記憶はあんまりない。
 頑なに笑っていたことと、いつもなら普通になってるはずのラベンダーの匂いが強く……ジャスティーンの纏うシャネルのオータンドゥルよりも強く、記憶に残っているっていうだけだった。

*  *  *

 エジプトカイロ、サッカラ付近の遺跡に残っている石版を調査することは、付近の王家の墓についても調査が進むと言うことで重要視されている。エジプトの石碑には神話に準えられてりるものも多く、世界の神話体系などを考えて、ギリシャ、ケルト、中国やインカのものと照合している、らしい。
 で、今度は日本人の俺にお鉢が回ってきたわけでして。つっても、純正ジャパニーズかどうかはえらく不安なんだけどね。ま、日本語は喋れるし、天香での一件でかなり歴史や日本の神話には詳しくなった、つもり。
 と言うわけで、今日も一生懸命お仕事に励んできました。立ち入り禁止の遺跡には何故か当然のように化人がうじゃりんこで、図書館の本とかコルソさんから借りた資料とか、H.A.N.Tに入りきらなかった分を抱えていた俺は大変に甲太郎のお世話になってしまった。
 それでも作業は滞りなく進んで、夕方。眠い怠いと言い始めた甲太郎を部屋に帰し、俺は本部へ戻った。資料をいくつか返さなくちゃいけなかったから。
 一見するとロゼッタ協会なんて秘密組織の本部だなんて分からないような部屋に指紋、眼紋、掌形、それからH.A.N.Tを照合して入ると、中は年末だからかなんなのか、大わらわになっていた。
 事務官は書類を持って行ったり来たりしてるし、鑑定士もぼすっぼすっと怪しく蠢く麻袋を抱えて呻ってる。雑多な言語が飛び交い、あっちではハンターと担当官が声を荒げて激論。
 あれは……リック、リック・オコーネルだ。元傭兵部隊所属で奥さんと子供をバディにしている、なかなかに変わった、超色男。確か奥さんと出会ったのも遺跡関係だってノロケを聞かされたことがある。俺とは、何だか馬があって、仲良し。
「リック、どうしたんだよ。声、ツーツー」
「あぁッ!!クロウか、おい、聞いてくれッ。ロゼッタはとうとう俺に対して実力行使に出た!暴挙だ!正当じゃない!こうなったら俺はどうすればいいんだ?」
「ハイ?」
 振り返ったリックに両肩を叩かれ抱きしめられ喚かれで驚いていると、リックの担当官がその向こうで困ったように肩を竦めてみせた。
「急な仕事が入っちゃったのよ」
「へぇ」
「それも、クリスマスに、単独の潜入任務」
「……あらまァ」
 リックが家族を何より大切にしてるのはハンターの間でも結構有名。凄く美人な奥さんエヴリンに、八歳にして既に遺跡ヲタクだという息子のアレックス。
 軽口ばっかりのリックが、いつだったか酒の勢いでポロッと言ったのは「世界の命運か家族か、選ばなければならないことになったら、俺は家族を選ぶ」という言葉。
 そんな家族のために、クリスマスは毎年予定を開けていたはずだ。
「それ、クリスマスじゃなきゃダメなんスか?」
「……『紅花会』というのを、知ってるでしょう」
「あ……ハイ。まさか、」
「毎年、紅花会が主催しているクリスマスのパーティ……そこで、盗掘された秘宝が裏で競売に掛けられるという話があるの」
 紅花会。中国の巨大秘密結社と言われるグループだ。歴史は古いけど、最近は漢族がどうとか、そういう色はかなり薄くなってると聞く。チャイニーズ・マフィアと違って表向きはご立派な会社とかをやってるワケなんだけど、裏では地価銀行、マネーロンダリング、噂では中国内で盗掘された膨大な量の宝を世界中のコレクターに売りつけたりもしてるらしい。
 …北方公司とも繋がりがあって、死の商人…つまり武器商人としても暗躍してるって噂も、ある。
「調査をしなければいけないから手漉きのハンターを当たってみたのだけど、相手が相手なだけに、ね。必要最低限の戦闘力しか持たない文官ハンターに振り当てるわけにもいかないし」
「それで、俺。ったく、今から履歴書を査証したくなるってもんだよ」
 傭兵部隊に所属していて、銃も剣も凄腕。しかもパーティっしょ?男前なリックには打って付け、ってワケだ。
「クリスマスパーティを銘打っている以上は日にちをずらすわけにもいかないでしょう」
「チクショウ、今まで神なんていないと思い続けてきたがな、こんなところでそれを実感するとは」
 俺の女神はエヴリンだけだ!なんて、頭を抱えて唸る。
 子供のいるリックは、調査任務とかだとアレックスを連れていくけど、本当に危ない仕事はバディを着けず、自分一人でこなす。しかも腕が良いもんだから、そういうクエストは後を絶たない…当然、家族と過ごせる時間は、減る。
 クリスマスは、それこそ家族揃って団欒できる数少ない機会なんだろうなー…。信仰がないっていうリックがそこまで言うんだもん。
「なァ、二人と一緒ってのはダメなのか?」
「無理よ。取れたチケットは一枚だけ、これ以上ないっていう偽造防止のあれこれのせいで複製はどう頑張っても不可。それに、秘密結社のパーティに子連れで行ったりする?」
「ぐぅッ…」
 呻いたっきり、がっくりと頭を垂れてしまったリックが、なんだかとても気の毒で。家族がいて、一緒に過ごせるならその方が良いじゃないかと、思ってしまったんだ。
「それ、俺が代わりましょうか?」
 言った途端、担当官とリックの視線が一気に注がれて、ちょっと怖い。そんな、未確認飛行物体を見るような眼をしなくても…。俺はカレー星人じゃねぇぞ。
 二人は顔を見合わせて、俺には解らないと思ったのか、フランス語で「あんたが騒ぎ立てるから!」「俺だってそんなつもりはねぇよ!」と会話をし始めた。…ゴメン、フランス語、分かるんだ、俺。
 顔を盛大に引きつらせた笑顔を作ったリックは、カウンターに肩肘を掛けて、
「おいおい、クロウ、いくら俺でもお前にゃ頼めねぇよ」
「何で、俺、空いてるよ?24日の夜から25日」
 俺も荷物を置いて、H.A.N.Tを起動させた。
 うーん、確かに戦闘向きなハンターは埋まっちゃってるなー、予定。
「いや…そうは言っても、25日以外は仕事詰めだろ?それに、コーはいいのか?同じ日に休暇…」
「別に、大丈夫だって。俺なら中国語もイケるし、いざというときも安心だぜ?」
 イエーイ、とVサインをしてみせると、二人は今度こそ本当に、困惑全開でお互いの顔をチラ見してる。今度はごにょごにょ、お互い違う言葉で話し始めたらしいんだけど、意思の疎通はできてるようで段々激昂していく。
 時折聞き取れる言葉の中からは「すっとこどっこい!」「あんぽんたん!」という罵りの言葉があって、聞いたことあるなー、と思ったら何のことはない日本語だった。
「二人とも、落ち着けって。そんな躍起になることでもねぇだろ?エヴリンにもいつも良くしてもらってるし、アレックスだってたまにはパパにべったりしたいだろうし、クリスマスにパパを取り上げるなんて酷すぎる」
「……本当に、いいのか?」
「いいよ、大丈夫。気にすんなって。俺からのクリスマスプレゼントだと思ってよ……その代わり」
 二、三、その代わりの報酬というか妥協案を出して、飲んでもらってから、本部を出た。
 スケジュール的には多少、余裕ができたものの、身体の芯が異様に重たい。きっと、これから甲太郎に色々と説明しなければいけないということと、多少は文句を言われるであろう事を感じているからだ。
 ま、あいつの休暇に変わりはないし?
 そんな半ば投げやりな考えで、俺は帰路についた。