風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマス記念SS 想色アンバランス - 6 -

 九龍と離れて生活をし、数日が経った。
 今日はもう、24日だ。
 九龍は、この日も仕事だという。本当は俺も予定が入っていたが、九龍が24、25と連続で仕事を入れる代わりに俺の休暇を増やしたらしいというのをリック・オコーネルとその担当官から聞いた。
 案の定、というところか。大方、そういうことじゃないかとは踏んでいた。最近、解りたくもない九龍の行動を把握できる自分が嫌だったりもするがな。
 あいつは、一見すると普通に生活しているようにも見えた。仕事でミスもしない、接し方にも変化はない。ただ、始終笑っていることが酷く気にかかり、同時に日に日に落ちていく蹴撃の威力と、やつれていく身体だけが変調を垣間見せていた。
 おそらくは、相当無理をしているのだろう。笑って過ごすことにも、周りに気を使うことにも。俺と、仕事をすることにもだ。
 それは解っているが、しんどいときに逆に無理して笑って、周りに不調を気付かせないようにするあいつの悪癖だけは、どうしても我慢できない。
 どうして辛いなら辛いと言わない?助けを求めればいいだろう?手を借りることを、どうしてそこまで頑なに拒む?
 一歩、離れてみると、九龍が如何に他人と距離を置きたがるかがよく解った。それはそれは、手に取るように。今まで、そうやって俺からも距離を取っていたのかもしれないと思うと悔しいを通り越えて胸糞が悪くなった。
 オコーネルやジャスティーンは「人を好きになるのは素晴らしい」だのぬかすが、俺は断じてそれだけだとは思わない。
 確かに九龍を腕に抱いているときや、悪夢を見て目覚めたときに隣に九龍がいたとき、ただ他愛ない話をするだけでも胸の奥で硬質を保っていた何かが解けるような感覚は覚える。
 だが、同時に不安や嫉妬で頭がおかしくなりそうになることもある。俺以外の人間に触るなやら喋るなやら、そんなことを考えてしまうのだ。自分に好意を向けてくる人間に対して、どうしてそこまでといいたくなるほどに無防備な九龍を見ていると、時折―――殺してやりたくなることすらある。
 俺の中にあるそこまで凶暴な感情を、おそらく九龍は知らない。だからああしてクリスマスの予定を変えたりすることができるんだろう。
 確かに、クリスマスに二人で過ごすと決めたわけではない、という発言はした。してしまったと言った方が正しいか。九龍に聞かれていたとは思わなかったのだから。
 だが、あれはジャスティーンやクォーターメインの手前、言ってしまった言葉のアヤだ。
 それを九龍は、真に受けてしまったのだろう、な。
『最初から、こうだったのかもね。俺が80で甲太郎が20、くらいの』
 あいつが中国へと発ってから、最後に残した言葉の意味をずっと考えていた。
 俺が部屋を出たことに対する責任の所在か?とも考えたが、最初からというのも、言葉を発したときの表情も腑に落ちない。今回のことだけじゃない、もっと、根本的な何かを示唆している気がするのだ。
 それが何か、解らないんだがな。
 隣にいながら、いつも肝心なところで理解し合うことができない。俺たちは、どこかで決定的にバランスを欠いている。
 思うに、九龍が俺のことを信用しなさ過ぎるのも一端だと言えないか?もし九龍があの台詞、二人で過ごす予定はないという言葉を言ったとして、俺が聞いたなら絶対に問い詰めるがな。いや…それはそれで問題か。
 悶々と出口の見えない問答を繰り返し、いつの間にか眠りに逃げ込んでいたらしい俺は、ケータイが鳴る音で目が覚めた。半分夢現だったせいでシカトしようとも思ったのだが、もし九龍だったら、そう思ってケータイを開けた。
「……もしもし」
「ああ、コーか、俺だ、オコーネル」
 九龍でないことに半分落胆しつつ、いつものノリではないオコーネルの口調にただならぬ物を感じて言葉を返す。
「休暇中じゃないのか、家族思いのお父様は」
「馬鹿、休暇は明日だ。今日はまだ仕事。あのな、よく聞け。今、気になる話を聞いた」
「何だよ」
「シルヴィアが協会に連絡してきたらしいんだ、未来が見えたらしい。あの、守護霊と交信してな」
 シルヴィア、とは髪結いシルヴィアという通り名を持つハンターで、何だ、その、サイコメトラー?よく解らんが守護霊がどうとかなんとかで未来が見えるらしい。胡散臭いが、これがまた本当に当たるから侮れない。
「で、それがどうかしたのか」
「クロウがな、危ないらしい」
「な……に?」
 思わず電話を利き手に持ち替えてしまうってんだ。
「見えたのは断片らしいがな。クロウがボロボロになってて、その脇にあー…っと、なんつったっけか、お前らの通ってた高校を襲ったレリックドーンの、モ、モ、モレ?モナ?」
「喪部か!?」
「そうだ、それそれ!!」
 身体は勝手に動いていた。ケータイを肩と首で固定したままソファに引っ掛けてあったコートを羽織る。
「中国支部ではレリックドーンの動きはまだ掴み切れてないらしくてな、本部も……不確定な情報に人は動かせないんだと」
「九龍と連絡は?」
「それが、取れなくなっててな……」
 そこで一旦、オコーネルとの会話を打ち切って、九龍のH.A.N.Tではなくケータイに連絡を入れてみた。……コール音だけがずっと鳴り続ける。
 諦めて、もう一度オコーネルに電話を繋いだ。
「やっぱりダメだ。繋がらない」
「だろ?H.A.N.Tの方に協会名義で警告のメール出したんだけど…読んでるかどうか」
 あいつ、協会からのメール読みたがらないからな…。
「今から本部に向かう」
「解った。……急げよ」
 電話を切って、すぐにホテルを飛び出した。
 エジプトの陽は、暮れかかっていた。黄昏に染まった街はここから夜に向かって、加速度をつけて色を変えていく。
 大通りで流しのタクシーを拾おうと思ったが、どこかで交通規制をしているらしく、道路は人と車で溢れそうになっている。凄まじい混み具合を目の当たりにして、タクシーはやめた。本部までは、全力で走れば十五分程で着く。
「……あぁ、面倒臭ぇッ」
 唸っている場合ではないのは解っているが、唸らずにはいられない。
 膝を叩いて前を向いて。本部に向かって走り出した。

*  *  *

「九龍はッ!!」
 蹴破るように本部の扉を開けると、仕事終わりといった風情の面々が並んでいた。
 その中で片手に美女、片手にガキを連れた男、オコーネルが神妙な顔で俺を迎える。顔が真剣なのはよく解るが……思い切りめかし込んでるのがなんとなくクリスマス臭い。確か、オコーネルの奥方の兄、つまり奴の義兄は宣教師をしているらしく、無宗教であるはずのオコーネルも家族のために毎年この日は空けていると聞いた。
「コーか、早かったな。道、混んでなかったか?」
「走ってきた。連絡は?」
「相変わらず取れないわ」
 ドレスアップしたエヴリン―――オコーネルの奥さんが溜め息をついた。それから悔しそうにカウンターを蹴飛ばす。彼女、美人で賢いが、少々気性が荒い。
「レリックドーンですって!?冗談じゃないわ、あんな腐れ外道共にクロウが襲われるなんてッ!」
 訂正。少々ではなく、かなり。
「落ち着け、エヴリン。まだ決まったワケじゃない」
 オコーネルが宥めると、今度はその向こうの派手な髪型の金髪美女がガキっぽく膨れる。
「なぁに?オコーネル、私の予知が信用できないとでも言うワケ?」
 彼女が『髪結いのシルヴィア』。後ろには背後霊、じゃない、守護霊のルイーズがいるんだとか?普通なら胡散臭いと一蹴される話ではあるが、如何せん、シルヴィアはこの力でインカの《幻の遺跡》を踏破している。ここでそんなもんは与太だと片付けるわけにはいかない。
「ね、ミスター、あなたは信じてくれるわよね?」
「何が見えたんだ、一体。九龍がボロボロって…」
「それがね……」
 シルヴィアが見たものは、礼服がズタボロになって転がる九龍と、天香襲撃以来ロゼッタのブラックリストに載った喪部銛矢がその傍で高笑いしてる姿なのだという。
 ……最悪だな。
「あの子が生きてるか……死んでるかは、解らなかった。でも、怪我は、していたみたい」
「それ、どれぐらい先の話だ?」
 彼女は眉を下げて、首を振った。解らない、と。
「ゴメンねぇ、ルイーズもそこまでは…」
「そうか。…これから直通便、出るか?」
「いや、微妙、らしい」
 言いにくそうに、オコーネルと担当官が顔を見合わせた。
「あくまでシルヴィアの予知であって、確定的なもんじゃない。クロウからの救援要請も入ってないし、あいつ、なまじ強いだろ?」
 そういう事態に、飛行機一台と別のハンターを出してる余裕がない、というワケか。
「どうする……何も起こらないことを祈って、待つ、か?」
「却下だ」
「でも、民間機の飛行機は無理だぞ、今日は流石に…」
 クリスマス、か…。それだけじゃない、年末に向かって地球上がどんどん浮き足立つ時期だ。飛行機なんざ何台あっても足りないのかもしれない。
 でも…、
「キャンセル待ちでも何でもいい、」
「その必要はない」
 どうにかして中国に行く、その言葉を遮ったのは扉を開ける音と、出てきたコルソの声。
 相変わらず侮れない目つきのまま、手には紙の束を抱えている。
「パートナー君、ロゼッタ専用機ではないが、今すぐに飛べるものが一台空いている。それを使うといい」
「本当か!?」
「嘘を言ってどうする。本当だ。だが、かなり旧式でガタも来ているポンコツでね、中国までちゃんと飛べるかも危うい」
「おいおい、ちょっと待て。俺たちが交渉したときには飛行機なんて飛ばせないって言われたんだぜ?どうして…」
 困惑するオコーネルに、コルソは鼻を鳴らしてみせた。まるで、小馬鹿にするかのように。
「彼は協会にとっても失うには惜しい人材だ。その辺を強調して懇切丁寧に説得すれば、うんと言わないはずがないじゃないか」
「………相当、阿漕なことしたろ、あんた」
「人聞きが悪いな、オコーネル。それとも何だい?君はあの子がどうなってもいいとでも?」
「そんなわけないだろうがッ」
 カウンターを叩くオコーネルを綺麗に無視して、コルソは俺へと向き直った。
「もしシルヴィアの予知とやらがクロウの未来だとしたら、相手はレリックドーンだ。それ相応の準備を整えなければならないんだが、生憎と人員が足らない」
 武装したレリックドーンの集団を相手にするには、戦闘に特化したハンターが必要だというのが協会の決定だという。最低限の戦闘力というものではとても太刀打ちできない、と。
「飛行機も小型艇でね、操縦士の他には一人しか乗れない。それに支援、援護はないと思った方がいい。それでも行くかい?」
 その時、俺とコルソの間にオコーネルが割って入った。
「だったら、俺が行く。元はといえば俺の仕事だったんだ…俺が!」
 申し出に俺がふざけんな、というより早く、コルソの盛大な溜め息が響く。
「オコーネル、君は人を救助するには向かない。自分でも解っているだろう?息子がいなくなったときだって事を大きくして大変なことになったのを忘れたとは言わせないよ」
「う゛ッ……」
「さ、パートナー君。君次第だ。どうするんだ?」
 ……考える、までもない。俺は、挑むようにコルソを見上げる。
「行くに、決まってるだろうが」
「そうか。決まりだな。ならばすぐに行こう。僕が送るよ」
 ホテルからパスポートやらなんやらは用意してある。ビザ?協会が何とかするんだろう。あとはただただ急かされるように外に出て、止めてあった車に乗り込む。
「急がないとだな。……実はもう、待たせてあるからね」
「は?」
「混んでるけど、とばすよ。シートベルトはしっかりな」
 何をするのかと不安になりながらシートベルトを締めると。おもむろにコルソは『アレ』を取りだした。
 ……救急車両に着いてる、サイレン。アレ。
「ちょ、っと待て、それ!?」
「急ぐんだろう?」
 何を平然と言っている?軽く犯罪だろう?
 …ロゼッタ自体が犯罪すれすれ、というか犯罪組織に近いのだからこれくら何でもないのか。
 などと思っていると、コルソはその物腰落ち着いた風貌からは想像もできない、とんでもないスピードで車を発進させた。急発進過ぎて、思わず脚を踏ん張ってしまうほど。
「お、おい…」
「何だい?」
「うぉッ!今、信号…馬鹿、ぶつかるッ」
「以外と騒々しいな、君。仕方がないだろう?もう、待たせてあるんだから」
「は?」
 さっきから待たせてあるって、どういうことだと口を開こうとすると、車が大きく揺れて舌を噛みそうになった。こいつ、ハンドル握ると人格変わるってヤツか?
「……待た、せて、ある、って?どういう……ぐふッ」
「おっと、すまないね。もう少しだから辛抱してくれ」
「もう少し?ロゼッタの発着所は……」
 まだ先……というか方向が違わないか、オイ…?
 車は、発着所のある海から離れている気がしないでもない。何だ?俺は騙されたのか?
「ほら、見えてきた」
「あぁ?」
 開けた先、そこは川岸。水面は欠片だけ残った太陽に申し訳程度に照らされていた。
 そして、太陽の残り灯に照らされた場所に、一機の飛行機が浮かんでいる。操縦席には、もう誰かが乗り込んでいるように見えた。
「あれ…は」
「機体はポンコツだがね……パイロットの腕は、世界一だ」
 車から降ろされて、コルソが指差した先。年代物の飛行機に乗っているのは、『隻眼のウィリー』だった。
「彼は今からロシアに向かうというからね。途中の中国に寄ってもらうことになっている」
 途中、ったってとんでもない遠回りなのは明白だったが、コルソもウィリーもあいつのためにそうしてくれている。ここは何も言わずに、好意に甘えることにした。
「……了解」
「それと、だ」
 車からやたらに大仰な荷物を降ろし、俺に押し付けながらコルソは俺を見下ろしてきた。
「もしクロウが窮地に追い込まれていたとしたら、君はなんとしてでも彼を助けなければならない」
「……解ってるさ」
「そうでもしないと、平等ではないからな」
「平等?……それ、どういう意味だ?」
 引っ掛かったのは、俺が20、九龍が80だと言った、あいつの言葉…。平等じゃない、一体、何が。
「九龍も言ってた。俺たちは平等じゃないって。それは、こんなことになったことの責任が、平等じゃないって意味なのか?」
「……彼は発つ前に、君、つまりパートナー君が選んだことに、自分は何も言う権利を持たないと言っていた。僕はそれで、平等じゃないと言ったんだ」
「…………」
「一度しか、君と平等だったことはない、ともね」
 意味が、解った。あいつが言おうとしていた意味が。
 俺と九龍の関係の中で、想いの比重の問題だったのだ。全部が100だとして、あいつは自分が80だと思っていたのだ。それで……俺が20、だと?
「…ふざけんなよ」
 唇を噛んだ後、フライトジャケットを着込み、乱暴に操縦席の隣に乗り込んだ。
「中国まで、頼む。なるべく急いでくれ」
「了解だ。普段ならハイヤー代わりなんてやらないがな。あの坊主が危ないってんなら仕方ない。ただし、目的地で落として俺はそのまま行くからな、覚悟しとくんだな」
 にやりと口の端を吊り上げたウィリーは、「おっと、片目じゃウィンクができない」と冗談めかした。
 俺は、窓の外に向き直った。コルソは、難しげな顔で腕を組んでいる。
「その……ありがとう」
「礼などいい。クロウ君が無事であれば、それで」
 片手を振り、小型機から数メートル離れる。それが合図であったかのように、飛行機はゆっくりと走り出した。……って、ここは川だろう?そういや、どうやって、飛ぶ……。
「嘘……だろ」
 思わず日本語で独り言ちた心境も、解ってもらいたい。俺たちの乗った小型機がエンジンを吹かした途端、風圧で周りの水がさざめく。がたがたと馬鹿みたいに機体が揺れる。ずるりと、川岸から飛行機が離れた。……ここから、ナイル川から、離陸をするつもり、か?
「こ、これで、飛べるのか?」
「飛ぶんだよッ。オラ、その辺掴まってろ!」
 ウィリーは操縦桿をいっぱいに引いた。スピードが上がる。
 海へ、向かって。加速度を付けて飛行機が水面を走る。
 ああ、もう。なぜこんな目に合わなければいけないのか。九龍を心配しながら、半分は怨みがましい気持ちで、夜に移ろうとしていく空を仰いだ。