風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマス記念SS 想色アンバランス - 8.5 -

 部屋に戻って真っ先に、九龍は腕の中から逃げ出した。それはもう、見事な身体バランスで俺の顎に膝蹴りを見舞った後、真っ逆さまに落ちると思いきやしっかり受け身を取ってバスルームに飛び込む。……鍵、掛けやがった。
 曇りガラスの向こうから手枷になっている鉄鎖が擦れる音と、シャワーの水音が響いてきた。
「九龍、開けろ」
「…………」
「蹴破るぞ」
 軽くガラス戸を蹴る素振りをするが、中からは何の反応もない。本気で蹴り破ってやろうかとも思ったが、中から咳き込む声が聞こえてきて、やめた。
「おい、九龍、開けろッ」
 返事は、ない。……仕方ない。
「開けろ、つってんだろうがッ!」
 ガラスではなくサッシの部分に狙いを定めて蹴りを入れると、巧い具合に鍵と立て付けが壊れ、ガラス戸が開く。中にいた九龍が、それを見て顔を顰め、口の中にあった指を抜く。俯いたまま、挑むように俺を睨む。
「入って、くんな…ッ」
「できるか阿呆。なにやってんだ」
 シャワーからお湯を出して何をしているかと思えば、何かを吐こうとしていたらしい。こんこん、と残滓のように軽く咳き込む。目元は浮かんだ涙で赤く充血していた。
 一体、あの場所で、何があったんだと。
 戦闘モード抜けきらぬ九龍に近付くのはなかなか危険だったが、腕が自由にならない状態ならば問題はない。何より、俺は自分でもどうした、と思うほどにキレていた。
 鎖を外そうと相当無理をしたのだろう、血の滲む手からシャワーを取り上げて壁の高い位置に固定する。頭から降ってくる湯の雨に、九龍が栓を止めようとするがその前に腕を纏め上げた。
「なッ……甲太郎!」
 抗議の声も聞こえないふりをした。抱き上げ、鎖で繋がれたために輪になっている腕をシャワーに引っかけてしまえば、もう九龍に身動きは取れない……と思うのは甘かったか。
 目の前を、革靴を履いたままの蹴りが飛んでくる。間一髪それをよけ、ついでに靴と靴下を剥ぎ取った。
 バランスを崩して脚を滑らせた九龍が、追い詰められた獣の眼で俺を見る。人間には触れることのできない、孤高で、手負いの野獣。
 二人してびしょ濡れになったところで、湯の栓を止める。九龍は、視線を合わせずに吐き捨てた。
「……服を着たままシャワーを浴びる習慣は生憎持ち合わせてねーんだけど」
「今脱がしてやるから安心しろ」
 頬に貼り付く濡れた黒髪に手を伸ばすと、嫌がるように顔を背けられる。
 ……この野郎。
 思わず、力ずくで顎を引いて、唇を塞いだ。
 最初はしっかり唇を引き結んでいたが、何度も舌でなぞり、息継ぎの瞬間を見計らって滑り込ませた。
 広くはないバスルームの中に、様々な音が響く。水滴が滴り落ちる音、鉄鎖の軋む音、唾液が混ざり合う音に、九龍の漏らす声。
「ん……く…っ」
 しばらく舌を絡ませ続けると、諦めたのか抵抗が止んだ。
 わざと舌を残すようにして離れ、唇を舐める。至近距離で見る九龍の眼は、奥がないように深い黒。自分の想いを、全てどこかへ隠す色。
 腹立たしい。
 やがて、唇が動いた。
「……俺が、何をしたっていうんだ?迷惑をかけたことなら悪るって言ってんだろ。後でちゃんと…」
「解ってないんだよ、お前は、何にもな」
「だから何だって言うんだ!?」
 答えずにシャツの襟元に手を伸ばす。最初はタイを締めていたのだろうが、今は抜かれている。ボタンも三つ目まで飛んでいた。
 覗いた細い首筋に、朱い鬱血。その一点を強く押して、再び九龍の眼を覗き込んだ。
「誰に付けられたんだ?」
「…………」
「喪部か?」
「……たぶん、そうなんじゃねぇのか」
 それを聞いて、喪部に付けられた覚えがある、という意味で『たぶん』を使ったのだと思った。だが、何かが引っ掛かる。伏せられた眼に、何か含みがある気する。
「たぶん、て、お前…まさか喪部以外にもやられたのか!?」
 九龍の吐息が、シャワー音の中でもやけにはっきり聞こえた。
「そう、なのかよ…」
「……だったら、」
 長い黒髪の間から、強い視線が向けられる。
「だったら、何だよ?不可抗力だって言ったろ!?抵抗したら間違いなく殺されるって中で、少しでも生き残れる可能性があるならそうでもするしかないだろうが……ッ」
 黙らせるように口付ける。
 本当に、何にも解ってない。
 利き手でシャツの残りのボタンを外し、見つけた朱い痣の上に唇を落とす。
 顎のラインと喉仏、鎖骨にも唇を寄せて、胸元に口付けた。途端、九龍の身体が僅かに跳ねる。鉄鎖にも力が籠もり、細い血の筋が腕に垂れてきた。
 様子がおかしい。普段ならまだ余裕という顔をして悪態を吐いてるはずだ。その気になっているときならともかく、今は違うだろ?
 俯いたままでいる九龍の顔を、上げさせた。必死に唇を噛んでやがる。
「……他に何されたんだ」
 口を割らない、と言うか開かない。目を閉じて、五感から俺を追い出したがっているかのようだ。
 だから、耳元で名前を呼ぶと閉じられていた目が開く。
「ぅあ…ッ」
 思わず、といったように開いた口からは甘い喘ぎが漏れた。
 耳元でささやきながら胸や腰のラインをなぞっていくと、堪えきれなくなったように声が。
 それを聞いて、口の中の甘い味を思い出した。まさか、何か飲まされたのだろうか?
「喪部の前でもそんな声出したんじゃねぇだろうな」
「…て、…ねぇよ」
 睨んでくるが、潤んだ眼では説得力がない。
 こんな九龍を他の誰かが見たのかと思うと、脳味噌が沸騰するかというくらい腹が立った。
 噛み付くように胸の突起を口に運び、なぜだかすでにベルトの外されていたスラックスに手を潜り込ませる。
 やんわりと扱いてやると、身体が戦慄き、呼吸が荒れだした。
「…はっ……は、…ぁ」
 鎖が擦れる音がする。ジャラジャラと耳障りな金属音の中を、まるで歌うような、囀るような儚い声が響きわたる。声は小さいのに、バスルームという場所が音を増幅させ、反響させていく。それが酷く、扇情的だ。
 勃ち上がったそれを刺激しながら、唇を奪う。舌を絡ませ、息をつかせないように。
 半ば酸欠なのだろう、ぼんやりとした九龍の眼の中に、言ってやった。
「全部だ。何もかも、全部」
「ぇ……?」
「お前が、今日勝手に仕事入れたことも、一人で行ったことも、……俺に何も相談しないで決める性格も自分を過小評価しすぎるのもそのせいで異常に無防備なのも、全部、気に食わない」
「…………」
 焦点の合わない目が、下半身の刺激で伏せられそうになるのを、逆の手で無理矢理持ち上げる。
「俺だけ、見てろ」
「なッ…に…ぁ、ぁあ……っ」
「俺が、何より、気に食わなかったのは、他の誰かに触れられたってことだ」
 九龍が唸るのを聞きながら、距離を取っていたのは間違いだったなと認識した。
 頭を冷やすつもりだったのだが、全く逆効果だった。触れていない欲求が溜まるばかりでよくない。絶対に有り得ないと思いながらこいつが部屋に女を連れ込んだりしないかと要らない心配をするのにも疲れた。
 結局、無理なのだ。俺の居場所はここで、九龍の居場所はここだ。
 離れていてもどこかで生きていてくれればいいなんて、一度手に入れた後でそう思える奴がいたら神だ。崇め奉ってやる。
 俺なら――――離れて誰かの手に渡るくらいなら、殺してしまう。
「コルソから、聞いた。お前が80だとかって、言った意味」
 九龍が、俺に顎を押さえられながらも首を振った。
「…そう、だろッ……あそ、こで、逃げながら……誰の…こと、考えてたと、思ってる?」
「………」
「俺、ばっかり、お前の、こと…考えて、ほんと、馬鹿みてー…」
 腰が揺れるのを押さえるかのように頑なに身体を強張らせているが、愛撫を再開させればそれも無駄な徒労に終わる。
 言葉を続けることができないほど、息の上がった九龍は、俺から視線を外そうとする。だが、許さない。
「確かにお前は、80かもしれない」
「だッ…ぁ…から、そう、言ってる……」
 目に涙をいっぱい溜めて俺を見上げてくる。
 相当苦しいというのは見て取れた。痙攣する根本を堰き止めて顔を寄せると、首を振るばかりで言葉は出なくなった。
 見計らって、囁いた。
「でも、それは全部を200だ300だっていったときに、だ」
「…ッ!?」
「全部が200でお前が80、……残りが、俺」
 俺の中に九龍に対する理性なんてもんは最初からない。もし九龍が俺から離れたいと言ってきたら……絶対に引かない。あいつの気持ちなんて、関係ない。
「本当に何も、平等なんかじゃない」
「そん…な、わけ…」
 驚いたような表情が、やがて蕩ける。
 脚からスラックスを全部取り去って、指先にアメニティのボディローションを取る。そのまま、双丘の間に指を押し入れた。
 なんか文句を言われた気がするが、知るか。今日はこのままやる。じっくり、いたぶる。
 指で中を探り、前立腺の裏側を撫でる。異物を排除しようと、九龍が身体を強ばらせるが、逆の手で胸元をなぞり、何度も名前を耳に流し込んでやれば真っ赤になって脱力をする。
 指を増やし、勝手知ったるいいところを何度も何度も触って突いて。とうとう呼吸に、それと分かるような喘ぎ声が混ざり始めた。
「は…………ん、ぁッ」
 とろとろに柔らかくなり、身体の力も抜けきり、やめろとかはなせとか譫言みたいに言い続けることだけが唯一の抵抗になったことを確かめ、右脚を抱え上げる。九龍の身体の柔らかさは、こういうときのためだったのかもしれないと不遜なことを考えたが、口にするのはやめておいた。脚を胸に付くほど上げ、身体を横向きにし、自分のものをあてがう。触ってもないのに、九龍の嬌態だけで完全に勃っていて、どうしようもねぇなと笑えた。その笑い声が耳にかかり、また九龍が鳴く。
 狭くてきつくて拒もうとするそこに、どうにかこうにか押し入って、一息。合間に声をかけると、やっと九龍が俺と目を合わせる。
「そんなに、俺の声が好きかよ」
 呼ばれるのも、話しかけられるのも、吐息がかかるようなことさえ。表情を覗き込むと、張り詰めていた感情が切れる瞬間が見えた。
 こくり、と呆気なく、素直に頷き、もうほとんど声になっていないような涙声で、「声、だけ、なんかじゃ、ない」だと。
 途端、九龍が息を詰めるのは、俺のせい。自分でも分かるくらい、股間が脈動した。中に、入りっぱなしのまま。俺も、このままは限界だった。
 内側の性感帯を刺激するように腰を振ると、九龍の先端から半濁した液体が先端から流れ落ちる。
 抜けるギリギリまで引き抜いて、根元まで一気に突き入れる、それを繰り返すたびに漏れる嬌声は、脳味噌を直撃する甘やかさだった。
「あっ…はぁ…っ…あ…!」
「九龍…」
 今にも呼吸困難に陥りそうな九龍の細い顎を掴むと、強引に顔を向けさせた。快楽のせいか、目尻に涙を浮かべ、半開きになっている唇から、紅く濡れた舌が覗いている。
 向けられた、不吉とも言えるほど黒い眼は、俺など通り越してどこか遠くを見ているようにも見えた。……実際、九龍を繋ぎ止めるなんてことは、風を掴むより難しいのかもしれない。
 だが。こうしていれば、九龍は逃げることなど、できない。
「……誰にも、触らせんな」
「ん…ん…、あ…」
「俺以外、見るな」
「ぅ……ん…」
「お前は、何もかも、全部、俺のものだ」
 最後の言葉に応える前に、思い切り突き上げた。上り詰めたところで全て吐き出し、ほとんど同時に九龍も達した。白い喉が仰け反り、甘い声で鳴く。
「甲太郎…」
 舌足らずな口調で名を呼ばれた瞬間、自分の奥底から何かが突き上がってくる。
 それを実感して、思った。
 200どころか千とか万とか。その内の80が九龍。俺は、残り全部だ。
 本当に、平等じゃない。