風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマス記念SS 想色アンバランス - 1 -

 クリスマスなんて、下らない。
 雑食な日本人が騒ぎどころだけを摘んだイベントに何の意味があるのか、常々そう思わずにはいられない。日に日に雑音の中にクリスマスソングが混ざる割合が増え、景色に赤や緑の配分が増えたとしても、別段特別なことには感じない。
 雪が降るだろうかと騒ぎ立てる奴もいるが、寒気が人間の都合に合わせて大陸を直撃するはずもない。高校の頃、そうやった騒ぐ煩いのがいた。今は、場所も環境も変わったというのに、女共は世界共通で意味もないことで騒ぐのが好きらしい。
 ロゼッタ協会のエジプト・アレキサンドリア本部で、えらくスカートの短い女が担当官に向かってしきりに話し掛けているが……どう見ても女子高生にしか見えないアレもハンターだというのだから世間というものは分からない。
 もっとも、俺の相棒である葉佩九龍も一見すれば高校生という外見なのだから他人のことは言えないが。それに俺だって、一年前は、日本で高校生をしていた。
 結局の所、何でもありなのか、ロゼッタ協会って奴は。
「やっぱり、クリスマスって言ったら最ッ高ッ級のホテルで甘ぁいひとときを過ごしたいわよねー!」
 甲高い声がやかましい。八千穂以上だぞ、これは。
「教授、ホテルのスウィート、取ってくれないかなー…」
 隣のカウンターで頬杖を付くミニスカ女ジャスティーンは、それでもハンターランクは上位だという。やたらに顔の良い男と連れだって歩いているのを、時折見かける。
 というか提出書類を書きながらよくもまぁそんなに喋れるもんだな。
「ね、コーもクリスマスはクロウと過ごすんでしょ?」
 いきなり話し掛けられて、ペンが滑った。……クソッ、また書き直しだ。
「ねー、ねぇ、コーったら!コー、コータロー?」
「……うるせぇな」
 口頭英語はかなり慣れたものの、堅苦しい英文というのはいつまで経っても慣れない。これで、失敗した書類は三枚目になる。
 いちいち持ってくるのも面倒くさいが、こうなったら部屋に持って返って書いてくるか…。
「ちょっと、聞いてる?」
「聞いてない」
 予備用に数枚、用紙を貰っておいて、動く英英辞書・葉佩九龍に応援でも頼むことに決めた。
 ジャスティーンを無視して立ち去ろうとすると、香水臭いマセガキは腕を掴んでくる。
「何なんだ、一体」
「だってー、気になるんだもーん」
 やたらに露出の激しいガキだが、どうやらそういう経験はないそうで、その辺のことを色々クロウに探りを入れているらしく、はっきり言って大変に迷惑しているのだ。
 甘ったれた仕草で腕に絡んでくるジャスティーンを振り払おうと躍起になっていると、丁度入ってきたクオーターメインのじいさんが俺たちを見て呆れたように笑いやがった。
「若さが眩しいよ、コータロー。だが、あまり度が過ぎるてパートナーの機嫌を損ねないようにな?」
 …クソジジイ、こっちは好きでやってんじゃねぇぞ。
「あーーーーッ、離れろクソガキ!」
「ガキですって!?ちょっと、聞き捨てならないわねー!あたしのどこがッ…」
「子供だと言われて、ムキになるところが若さだよ、お嬢さん」
 大人の余裕、と言うよりはジジイの余裕か。クオーターメインの言葉に、ようやくジャスティーンが黙る。
 アラン・Qこと、アラン・クオーターメインはクロウが「じいさん」と言って慕う射撃の名手だ。もちろんハンターとしての腕も一流で、頻繁に調査に出掛けることはないものの、ここぞというときにはロックフォードと出て行くベテランだ。もちろん、協会からの信頼も厚いが、そういったことを鼻にかけない大人なところがハンターたちからも好かれる由縁なのだろう。
 かくいう俺も嫌いではないが……どうやらじいさんもクロウを気に入っているらしく、余計なことまで口を出してくるのが玉に瑕だ。
「そうだ、コータロー。お嬢さんではないがね、クリスマスの予定はどうなっている?」
「……25日は、休暇を取ってある」
「ほら!やっぱり二人でー、ラブラブーで、過ごすんでショ?」
「う る さ い 。」
 じいさんはともかく、マセガキは睨み降ろして腕を振り払った。
「25日はただの休暇だ。別に二人で過ごすだの決めた覚えはないし、特別に何かをするつもりもない。たまの休みくらいゆっくり寝て過ごしたいんだよ。クオーターメイン、あんたまでそういうことを言い出すとはな」
「おいおい、勘違いしないでくれ?ここのところ、クロウと君の仕事がかなりのハードスケジュールで詰まっていたからね、心配になっただけだよ」
 年季の入ったH.A.N.Tを起動させたじいさんは、俺の方に向けた画面を指で軽く叩く。
「12月に入ってからは休み無し、だろう?それでも年末は休暇の届けが集中する。クロウも君も腕の良いハンターチームだからね。否が応にもクエストは殺到する。ちゃんと休暇は確保することだな」
「……ああ、分かってるよ」
 何だか宥められたような気がして釈然としないが、まあ、いい。ついでにこのじいさんに書類の書き方を教授してもらうことにして、ロビーに置かれていたソファに座ったとき、俺はそれまで見えなかったせいで気付かなかった男の存在に、気が付いた。
 どうにも陰気な感じ拭えない男、書探しコルソこと、ディーン・コルソと何やら打ち合わせているのは俺の相棒にして現在ハンターランクトップに位置する葉佩九龍だった。
 衝立が邪魔で気が付かなかったが…一体いつからいたのだろうか。立ち話と言うことはそれほど前ではないと思うが。
 スペイン語でコルソに挨拶をして別れた九龍は、俺を見て、笑った。
 ファイルを手にこちらに向かってやって来て、ジャスティーンの熱い抱擁を食らうのを見ると毎度のこととはいえ、こめかみに血管が浮き出すのは生理現象に近く止めようがない。
「じいさん、こんちは。元気?」
「ああ、変わりないよ、クロウ」
 ……じじい、脂下がってるぞ。
「九龍、部屋に直接戻るんじゃなかったのか?」
「そうなんだけどさ、甲太郎がこっちに来てるって聞いたから寄ってみた。それ、年末の申請用のヤツ?」
 ジャスティーンを首にぶら下げたまま、九龍は用紙を一枚手に取り、一通り目を通した。横で「英語で喋って!」と注文を付けられているが…俺たちは別にマセガキのために会話をしてるんじゃない。だからお前もいちいち訳すな、九龍!
「俺も帰ったら書かなくちゃだな…面倒くさい。そうだ、夕飯どうする?外で食って帰るか、作るか」
「ああ。まだ時間も早いし、作れば良いんじゃないか?」
「冷蔵庫ン中、何が残ってたっけ…」
「なら買い物して帰るか」
 日本語の分かるクオーターメインに「まるで夫婦だな」と苦笑されて、九龍が困った顔をする。ジャスティーンは相変わらずうるさいし、予定が決まったならこれ以上ここにいる必要はない。じいさんに礼を言って、九龍にまとわりつきたがるジャスティーンを追い払って、俺たちはロゼッタ協会本部を後にした。

*  *  *

 数ヶ月前、テロが起きた観光地通りも今や傷痕を僅かに残すのみで、すっかりクリスマスカラーに染まっている。
 熱砂の国といえども冬は上着を必要とするし、夜になれば気温が零度にまで下がることもざらだ。それでもエジプトは日本に比べて暖かいため、あまり気温で季節を感じることはない。その分ツリーやリースが飾り付けられることで人はクリスマスを実感し始めるのかも知れない。
「さっき、マセガキが」
「ああ、ジャスティーン?」
「クリスマスに雪が降るかって話してたぜ」
「この辺は…降らないだろうけど、シナイの辺りなら降るんじゃね?山の方」
「へぇ」
「夜はこの辺も寒いよなー……あ。」
 品物が店先に並ぶ肉屋や青物屋を覗きながら隣を歩く九龍が、ある屋台に目を留めた。それは、シャワルマというエジプト版ファーストフードとも言える食い物だった。トルコの方ではケバブとかって呼ばれる、チキンやラムの串焼きって言えば少し分かるか?それをスライスしてパンと野菜とで挟んで食うんだ。レストランなんかで出ることが多いが、時折こうして屋台が出ていることもある。
 九龍は、これがわりと好きらしく、売っているのを見るたびに足が止まる。
「……買って来たらどうだ?」
「あー、でも今食うと夕飯がさ、入らなくなるかも」
 一年をかけて俺との差をほんの少し縮めた目線の高さから、九龍が悩むような視線を向けてくる。
「半分、食わない?」
「別に、構わないから行ってこい」
 答えると、顔を輝かせた九龍はすぐさま屋台にすっ飛んでいった。褐色の肌をした若い男と二、三、言葉を交わして、やがて笑顔も混ざり始める。語学が堪能なためか人柄か、すぐに人と打ち解けることができるのは、あいつの特技の一つだと言ってもいいだろう。
 ……それが、あいつなりの処世術で、本当の九龍ではないと知る人間は少ないが。
「お待たせー」
「おぅ。って、何だ、そりゃ」
「おまけでくれた。マンゴーのジュース」
 紙コップに注がれた、とろりとした液体を口に運びながら、もう片方の手にはシャワルマを持っている。
 もし、今口付けたとしたら途方もなく唇は甘いだろうと、一瞬頭を過ぎったが。男同士でそういう行為をすることが社会的タブーであることくらいは俺にだって解っている。
 いくらエジプト人からは色が白くて華奢な九龍が女のように見えようと、町中では触れることすら憚れる。ここは、そんな国だ。
「はいよ、半分」
「ああ」
 千切られたシャワルマを受け取り、一口。日本ではあまり馴染みのない味にも、もう大分慣れた。
「夕飯、カレーにしようか」
「……モロヘイヤは」
「入れねーよ。俺、お前がカレー食って顔しかめたの、初めて見たもん」
 肉を咀嚼しながら思い出し笑いか。いい気なモンだ。
「普通の。日本っぽいカレー。久しぶりに食いたいなー」
 甲太郎、作ってよ、と。冗談のように笑うから、それに乗って答えてやる。
「いいぜ。だったら早くしないと、夕飯の時間が遅くなるぞ」
「マジ?じゃ、急ごう!」
 まだ食い物を両手に持っているというのに走るな、ったく…。
 九龍の襟首を掴み引き寄せてから、再びクリスマスカラーに染まる街道を歩き始めた。

*  *  *

 クリスマスなんて、下らない。

 そう思っているのは事実だが、九龍と過ごせるというなら、悪くない。
 去年の12月24日は生きるか死ぬかの騒ぎをしたのだから余計に、今年は休暇を取った25日が特別だと感じてしまうのかもしれない。
 俺も九龍も生きて、そして、迎えられる日だというのなら。
 クリスマスさえ、下らなくなんてない。そう思えるのだ。