風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマス記念SS 想色アンバランス - 5 -

 パーティたって、なんのことはない。上流階級のおじちゃんおばちゃんが集まって飲んだり食ったり時折でっぷりと越えたお腹を揺して悪い話するだけのもの。
 紅花会ってのは愛国心が強いトコだから、てっきりチャイニーズばかりを集めたのかと思ったらそうでもなくて、結構人種は多種多様。言語がほぼ英語で統一されてるのが有り難かったけど、おそらく皆様地球上の最上の方にいる方々なんでしょうねぇ。ハイ・ソサイティなニオイがダダ漏れ。
 どうやってロゼッタがチケット取ったか謎だね、コリャ。
 チケットを渡して、簡単な身体検査を受けた後、予め敷地内に放り込んでおいたH.A.N.Tと銃を回収、会場である大広間に向かった。しばらくはここで情報収集に徹して、敷地内の探索はそれからだ。
 大広間はやたらにぺかぺかしてた。色んなところがガラス張りで、金とか銀とかシャンデリアとか。俺の年収、何年分だろうってな豪華さ。目が眩んじゃう。
 中国式なパーティかと思いきや完全な様式の立食型で、ボーイがシャンパン持って客の間を歩いてる。……彼の有名な紅花会も、欧米化著しいことで。
 シャンパンを取るときボーイに年齢を問われなかったことに気をよくして、細いグラス片手にテーブルの周りをウロウロ。一番偉そうなおっさんにカマ掛けるのが手っ取り早いんだけど……変な趣味持ってるとちょっと危ういからなー。
 キョロキョロとカモを物色してたとき、突然会場の灯りが消えて、一瞬ビックリ。
 すぐに設けられた壇上にスポットライトが当たって、そこにチョウ・ユンファを二十歳年寄りにしたら、という感じのダンディなおっさんが立っていた。幇の賽主というには若い気もするけど、あの貫禄。おそらくは紅花会の総統なんだろう。
 王、と名乗った彼は流暢な英語に、時折ジョークを交えてスピーチをし、「皆さん楽しんでください」という旨の言葉で締めくくった。壇上から手を振りながら降りてくるときに、俺と、目が合った。おそらくは気のせいじゃない。
 なぜなら、王老大は真っ直ぐ、俺の方へ向かって歩いてきたからだ。途中で何人もの人間に話し掛けられながら、それをかわすようにして。
「こんばんは」
 声を掛けられるんだろうとは思ってたけど、こんなクラスの人に話し掛けられるとやっぱりビビる。
「こんばんは、王老大。お声かけいただけて光栄です」
 英語で話し掛けられたんだけど、スピーチは中国語だったから、それで返してみた。
 一体、王老大は俺を何人だと思ったのだろうか、見た目で言えば中国人だって言っても通るのに僅かに驚いたような素振りをして見せた。
「君は愛国人だったのか。すまないね、中国の若者がここに来るとは思ってなかったものでな」
 中国人、特にこういうところの人は、自分たちのことを愛国人と呼ぶことがある。つまり、俺は今、彼に中国人だと認識されたのだ。うーん、あっさり納得されるのも面白くないなぁ。
「中国語が喋れるからと言って中国の人間だというのはどうかと思いますが、老大」
「ほぉ?」
 そこから言葉遊びが始まった。
 老大が様々な国の言葉で質問をしてきて、俺が同じ言語でそれに答える。英語、ロシア語、フランス語、韓国語、オランダ語、アジアの極僅かな地域でしか使われていないような民族言語まで。
 全てに答えられたことで、俺は合格したらしい。語学力が無駄にあってよかった。
「素晴らしい、いや、実に素晴らしい」
「光栄です、老大」
「それで、本当はどこの国の出だい?」
「生まれは中国です。様々な国を回ったので語学は多少」
「随分と若いが、この式へはどうして?」
「チケットは叔父に譲ってもらいました。社会勉強の一環だと。今、宙斯盾系統や戦区導弾防御系統の勉強をしてるので、ぜひ一度、紅花会の開く式典に参加したかったんです」
 武器商人も生業のウチだからね、ここは。
 それからしばらくはスカッド・ミサイルやらエグゾセ・ミサイル、イグラ・ミサイルなんかの話と日本とどうこうっていうちょっとアレな話で盛り上がった。物騒な方面なら任せて!
 自分に備わってた無駄な知識と能力に感激しながら、空中レーザー防衛システムについて語り合っていると、横の黒服兄さんが「そろそろ…」と老大に耳打ちをした。
「そうか。ああ、君。名前を聞いてもいいかね?」
「叶龍、と申します」
「ほお……君は、龍が降りてきても驚いてきたりしないかね?」
 偽名は、ほとんど葉佩九龍みたいなもんなんだけど、「叶公好龍」っていう熟語が中国にはあって、それに引っかけた話だった。
 龍を愛してやまないと豪語していた男がいたんだけど、いざ龍が舞い降りて姿を現すと、怯えて逃げてしまったという話。言ってることとやってることが違うって意味。
「それまでに、迎撃システムを組んで迎え撃てるようにしておこうと思います」
「それはそれは、頼もしいな」
 とんとんと、肩を叩かれる。
「私は挨拶に回らなければならないが、この退屈な式典に飽きたらまた君の所へ来るかもしれない。それではな」
 一礼して王老大を見送ったんだけど……ありゃ、腹に一物あるな。ただの金稼ぎって顔じゃない。裏側で何をやってても驚かないし、一度くらい殺しの依頼が来てても不思議じゃない。
 もしも秘宝の競売が行われているとしたら、王老大も噛んでいるだろう。てか、主催か。
 王老大がフロアにいる間は競売が始まらないと考えても、場所くらいは把握しておく必要がある。情報が事実なら、物品は既に運び込まれているはずだし。
 ダンスが始まったところで、人の捌けたテラスに出るフリをして中庭に降り立った。歩きながら建物の情報をH.A.N.Tに打ち込んでいく。広さ、外観、様式…。それから別の窓から中に侵入して、うろちょろ。
 この辺になると立ち入り禁止、とかって場所も多くなってくる。電子ロックには指紋認証や虹彩認証が求められる。さすがにセキュリティがしっかりしてるけど、やり過ぎのような気がしないでもない。やっぱり後ろ暗いことをやってるからですかね?
 うろつき回って、大体の建物の概要を把握できた。どう考えても、一番怪しいのはあの別館だ。別館つってもやたら広いし、立ち入り禁止になってるし。灯りはついてないけど、あそこなら秘宝をいくらだって隠しておけるような気がする。
 三階から繋がる渡り廊下を通って別館、立ち入り禁止の扉を、H.A.N.Tを使ってどうにか開錠した。コンパクトさが魅力のグロック26アドバンスを中段に構えて中に潜入。
 中は見事に真っ暗。薄明かりさえない。おかしなことに、外からの光も全く入ってこない。そういえば今日は雪が降るかもしれないとかどうとか。そのせいで暗いのかと思ったが……違う、そうじゃない。
 ガラス一枚一枚に遮光コーティングが施してあるようだ。つまり、ガラスっぽく見えるだけ。外からはガラスに見えるけど中からは壁のようにしか見えないっていうやつ。普通、お屋敷にこんな手の込んだ加工はしない。何かがあるから、こんなことをしてるわけで。大方、イケナイ事をしてるんだろ?や、俺のしてることも不法侵入なんだけどね。
 真っ暗な中、廊下らしきところをずーっと進んで、突き当たりの扉。H.A.N.Tを使って開錠し、そっと中を覗いた途端、俺は息を飲んだ。
 その部屋には薄明かりが灯っている。床は一面のガラス張りで、その下の部屋では今まさに何かが運び込まれてますってな状況だった。何でガラス張りなのかはよく分かんないけど、おそらくは下であれやこれややるときに、この部屋に見張りを付けるんだろう。床のガラスが窓ガラスと同じ物だとしたら、下の部屋からはただの天井に見えるけど、こっちからは下が丸見え、まさにマジックミラー状態。
 とりあえず、H.A.N.Tのスキャン機能を使って写真を収めておく。まだ、秘宝の競売かとかは解ってないから下手に動くことはできないけど、一旦会場に戻って、時間を潰してからもう一度来ればいい。
 そうすれば、何が始まるのかが解る―――と、思考はそこで中断された。
 後頭部に硬い何かが当たる感触と共に、隠されていた誰かの気配が全開にされたからだ。
 暗く、淀んだ死の気配。夜に紛れて、俺にも悟らせない。背筋が痛くなるようなこの感覚を、俺は知っている。

「久しぶりだね、叶龍……いや、葉佩九龍君」

 声に答える間もなく、首筋に押し当てられた冷たい感触を最後に、俺の意識は揺らいでいった。