風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマスSS 同じ空を見ていた - 8 -

 四駆のクロカン車で走ること数十分。ジェリコの行っていた《遺跡》の前には、すでにジャックが到着していた。そして、彼が到着したとき、遺跡には誰かが侵入した痕跡があったという。
「おう、まったく面倒かけてくれるぜ」
「ごめんなさーーーい!!」
「これで貸し一だぞ、クロウ……って、どうした、コー」
「………さ、む、い」
 はあ、と白い息を吐き出して、なぜか俺の腰を思い切り蹴る。うぐぐ、こうなったのは俺のせいだけど、寒いのは俺のせいじゃないやい!!
「こんの、雪男!!なんでエジプトにまで雪を降らせんだ!!」
「えーー!?それ!?俺のせいじゃないでしょ、ここの標高が高いからだだだ痛い痛い!!」
 俺と、甲太郎の間のジンクス。クリスマスに一緒にいると、いつでも雪が降るって。でもでも、さすがにエジプトにいる間はそんなことになるはずがないと思ってたのに、なのに。
 そこは、雪。すでにうっすらと積もり始めている。これ、なに?やっぱり俺が悪いの!?
「お前らな、笑ってる場合じゃねーぞ。本格的に降り出したら野外捜索が中止になる。その前にお嬢ちゃんを見つけないと取り返しがつかねぇ。おそらくはこん中にいるだろうが、気温も下がっていけば生存確率も下がる」
「……分かってます」
 そうだね。冗談言ってる場合じゃないね。雲はどんどん黒く、厚く変貌していっている。
「ほれ、坊主。装備だ」
「ど、どーもっす」
「なんせ、急いでたからな。こんなもんだ」
 ジャックは、ジェリコに二丁の銃を手渡す。一挺はMP5R.A.S。ちなみに、ロゼッタスペシャルの方ではなく、Rail Adapter Systemの方だ。ライトとスコープが搭載されている。もう一挺はP90。急いでいた、という割にはずいぶん豪華な顔ぶれだ。ジェリコは、それを受け取ると手慣れた様子で肩と腰のホルスターに納めていく。
「できれば9mmで揃えようと思ったんだが、まあ、我慢してくれ」
「いや、大丈夫。平気だ」
 ジェリコが銃使いだってことは、甲太郎から聞いていた。でもまさか、ここまでサマになっているとは。
「……んだよ、なんか、変か?」
「いやー、似合ってるなーって思って。そっかー、鉄砲の子だったんだねぇ。ウフフ」
「コー、こいつホントにトップハンターなのかよ!!」
「残念ながら本当だ」
 しれっと言ってのける甲太郎だが、調えた装備は魅力的。アサルトライフルにグレネードを搭載、攻撃力も高く壁も破壊できる優れもの。……といっても、甲太郎が銃撃戦に加わることはほとんどないのだけれど。
 そして、俺は当然二丁拳銃。愛用の、ベレッタM92FSMAYAコンバットに、もう一挺は以前の同級生ガンスミスから造ってもらった砲介九式コンバットカスタム。両方9パラが使えてとっても便利な、俺のお嬢さんたち。
 愛しのふたりに、キスをひとつ。いつでも行ける。
「ジャック、探索指揮もあると思うんだけど、外のサポートもお願いしてもいい?」
「そのつもりで来たから安心しろ。それから、今回は人命救助が最優先だ。気張っていけよ」
「了解」
「それから、もしガキがくたばってんのを見つけたら、死体は引き上げないで即行戻ってこい」
 葉巻を咥えたジャックが面倒くさげに指示を出す。聞いていたジェリコの表情が曇るが、何も反論はしなかった。
「よしんば生きてたら儲けもんだ。引きずってでも連れてこい。奥に進もうとは思うな。人が侵入して死んでいる。懇意にしているベドウィンからの情報だと、悪魔がいるんだと」
 化人、だな。でも、前情報があって装備を調えられているから、きっと大丈夫。
「あいよ、了解」
「じゃ、行ってこい、ガキ共」
 ジャックに見送られて、遺跡に踏み込もうとするのを。
「あー、そうだ、そっちのデカいガキ」
「……俺か?」
 呼び止められて、ジェリコが振り向く。もちろん、俺でないことは確かだったから俺は振り返らない、クソ。
「いいか。死にそうになったら、死に物狂いでクロウのケツに貼り付け。いいな、そいつは、そんなナリでもトップハンターだ。必ず、守ってくれるだろうよ」
「……うっす」
 あーあ、おじちゃん、それは買い被りすぎだよ?
「守るかどうかなんて、そん時になってみないと分かりません。それと、途中でアルワを見つけた場合は、ジェリコは彼女と組んでね。基本、《宝探し屋》は三人以内での行動が原則なんだから」
「分かった」
 その、力強いお返事、頼りにしてますからね。
 それでは、ぼちぼち、参りましょうか。

*  *  *

 潜り込んですぐ、散発的な戦闘が起こった。
 戦闘が起こったということは、アルワ嬢が侵入していないんじゃないかという可能性もあったが、区画にあった石碑には、誰かが触れた跡が。それも、とても新しい。
「化人が再生するくらい、侵入してから時間が経っている?」
「かもな」
「まっずいな、じゃんじゃん進んでるよ」
「そんな簡単に、訓練生が進めるもんなのか?」
「化人自体は弱かったよね。彼女なら問題ないよ。石碑の文章も、ジェリコ、読めるっしょ」
「ああ。これくらいなら。じゃ、ナディは……?」
「たぶん、出てきた化人を倒せたんだろうね。石碑も読んだ。だから、先に進めた。俺らも行くよ」
 よく見ると、区画の床には血の跡が。彼女か?と思ったけれど、その血は引きずられたように入り口へと向かっていた。この遺跡では、誰かが死んでいると聞いた。生き残りがいて、連れて帰ったのかもしれない。
 彼女は、そんなふうになってはいけない。
 解錠されていた扉を、ゆっくりと押す。カビ臭いのと砂埃が、一気に立ちこめる。
 部屋は真っ暗だった。俺は、ゴーグルをノクトビジョンにセット、中を見渡す。
「クリア。入っても大丈夫っぽい」
 敷き詰められている石畳の上に、一歩踏み出す。足元を見ると、つもった砂埃の上に、誰かの足跡がついているのが分かった。
「ここも、通ったっぽい」
 足跡を辿るように、先に進む。真っ直ぐに続く足跡、それが、部屋の中央辺りで突然乱れた。
 ここで、何かあったのか、と考えを巡らせようとした瞬間、
「上だッ」
 甲太郎が怒鳴り、俺は即座に自分のいた場所から飛び退く。そこから戦闘態勢に入るころには、ジェリコが銃撃を開始していた。
 天井から、吊られた男。胸のところで腕を交差させ、まるでタロットカードのハングルドマン。暗闇の中、逆さになった上体を揺らしながらジェリコに迫る。あの子に暗視装備はない。ノクトビジョンなしじゃ、こいつらを相手にするのは辛い。
「ジェリコ、下がれ、この暗さじゃ不利だ!!」
「あいよッ!」
 すぐさま射撃を変える。狙い撃つものから、バラ撒くものへ。相手の戦力が分からないとき、とにかく自分の身を守るためには銃弾を散らせるに限る。うんうん、いい子だ。よく分かってる。
 さて、ノクトビジョンを持つのは俺だけだ。最初に降ってきた奴を片付けながら、視界を広めに取る。体熱反応は、奥に二、右に一。全部、同じタイプのようだ。
「甲太郎、右のがすぐに肉薄するから、それは二人で頼む」
「お前は!」
「奥に二。片付けてくる」
「気をつけろ」
「ガッテン!」
 二人が目視できる距離での戦闘に入ったことを確認し、奥へと突っ込む。挟撃されないようステップで距離を計算しながら近づく。
 吊られた男は、あー、とか、うー、とか、いかにも化人っぽい呻き声を上げながら身体を揺らしている。移動スピードは遅いが、近付きすぎておかしな攻撃は受けたくない。少し距離を取り、銃撃する。
 一体は問題なく撃破。続く二体目に攻撃を浴びせようと、距離を詰めかけたときだった。
「な―――ッ!?」
 揺れていた男が、突如両腕をこちらに伸ばしてきた。前に踏み込み掛けていた力を、わざと転がることで逃がし、化人はすれすれ、俺の頭上を通り過ぎる。
 それを確認するかしないかの間に、
「クロウッ!!」
 ……あらま、片付いちゃった。頭の上にいたのは、何か攻撃をくらって、恨めしげに消えていった。
 奴を倒したのは、中距離からの狙撃。二発を撃って、確実に仕留めていた。
「無事か!?」
「おうよ」
 ジェリコ君たら、銃に持ち替えたらずいぶん頼もしいこと。に、しても。
「……真っ暗だったのに、どうやって撃ったのさ」
「どう、って、ライトもスコープも付いてんだ、誰でもできるだろ」
「…………」
 変なこと言ってんなよ、と仰りますが、スコープには暗視機能なんて付いておりませんしね、ライトっていっても全部を照らせるようなものじゃない。
 誰でもできる、なんて芸当ではない。
「んなことより、先、行くんだろ」
「へい」
 少年の可能性に感動しつつ、促されるように先に進む。
 扉の先、しばらくは、通路の横に太い柱が並ぶ回廊が続いた。歩きながら、ふと、聞いてみる。
「そんなに、ちゃんと銃撃戦ができるのに、アルワは何で弱いとか言ってたの」
「ナディといるときはあんまりフォローに入る必要ないんだよ。あいつ、一瞬で乱戦に突入するから、援護しづらい」
「なーるほど」
 それで、周りの雑魚ばっかり片付けることになるから、そんなに目立たなかった、と。
 ふんふんと俺が感心していると、後ろからちょんと小突かれる。
「……で?九龍、今、何週目だ?」
「三、かな。こりゃもう、気のせいじゃないね」
「は?え、何がだよ」
 ずっと同じ景色が続いているせいで最初は気がつかなかったんだけど、この回廊、ループしている。厄介なことに、緩やかに上下をしているらしく、入ってきた扉には辿り着かない仕組み。
「アルワも、かなりここで回らされたみたいだな」
「ですねぇ。足跡、かなり迷ってる」
 このまま真っ直ぐ行っても、埒が明かない。考えて、左側に並ぶ柱にピッタリくっついて歩くことにした。迷路は左の壁伝い、これ、鉄則なのです。
 果たして、見つけたのは一本の柱に掘られた文字。H.A.N.Tを使って読み込む。
「ふんふん」
「何だって?」
「お馬鹿ちんな墓荒らしが、これに気付かずに四周廻りきると地獄行き。危なかったねー」
「なななナディはッ」
「おそらく廻りきったろうね。ここから脱出するには、そこ、ヒビ入ってる柱と反対側のを壊して、通路そのものが歪んでいるのをどうにかさせなきゃいけないらしいから。でも、壊れてない、ということは」
 地獄行きの迷路を廻りきった。
 ジェリコは、死にそうな顔色だ。
「……じゃ、あ…、戻る、のか」
「何でさ」
「ジャックのおっさんが!!……死んでたら、戻れ、って」
「おうよ」
「だったら……」
 ワンコ、悲しい顔。泣きたい顔。死にそうな顔。その頬を、俺は両手で挟み込む。
「んぐ……、何すんだ!」
「まだ死んだと決まったわけじゃないデショ。それに、死体も確認していない。となれば、先に行ってみないと」
「……クロウ」
 この子は、もう何言っても泣きそうだ。可愛いですこと!
 思わず俺が頭を抱えて撫で回すと、後ろから甲太郎の蹴りが炸裂した。
「と、とにかく、このまま俺らも廻りきるよ。もし、誰か一人でも、これから起きることを回避できたら、すぐに戻ってジャックに連絡ね。よろし?」
「了解」
「うっす」
 頷きあって、また歩を進める。しばらく進むと、あーあ、目に見えて分かる、異様な感じ。回廊の歪みが酷くなっていく。どういう仕掛けなんだか、また暗闇に逆戻りしていそうな雰囲気。
 どろどろと粘ついた空気の向こう、待っていたのは一枚の扉。
「こりゃ、まあ。分かりやすく嫌な予感がするよ」
「だが、開けた跡もある、と」
「行くしかないんだろうねぇ」
 俺は、ジェリコを振り返る。
「俺と甲太郎はこのままいくけど、どうする?」
「行くに、決まってんだろ!!」
「行った先で、彼女は死んでるかもよ?」
「……だとしても、俺は、それを見届けなくちゃいけない」
 ん。よろしい。そこまで言えれば上等でしょう。
 俺は甲太郎と目配せをして、扉を開けた、一歩先。
 鼻先、数センチ前を、石柱が物凄い早さで通過していった。あと一歩前に出ていたら、勢いのままふっ飛ばされ、壁に挟まれぺっちゃんこ?というすれすれっぷり。
「び、っくりしたぁ……」
「何だ、この部屋……」
 不規則に、四方八方から吹っ飛んでくる石柱群。なんて言ったらいいんだろう、某天空の城の内部にこんな仕掛け合ったよね?っていう感じ。
 その、飛び石のようになった、俺たちの、数メートル先にある足場。
 まるで、俺に蹴り飛ばされたときのように、俯せで倒れ伏している身体が。生きているのか、死んでいるのか。ここからでは判断は付かないが、とにかく、ぴくりとも動かない。
 けれど、ようやく見つけた。幸いにも、倒れている場所は、部屋の中に設けられた安全地帯のようだった。
「ナダルチカッ!!」
 俺が何か指示するよりも早く、阿呆が一匹、飛び出していった。
「ジェリコ、馬鹿、危ねぇッ!!」
 怒鳴るも、一歩遅い。目の前を走り抜ける石柱の隙間、奇跡的にぶつかりもせず足場から足場へ飛び移っていった。
「あ、いつ、危っね……」
 甲太郎も止め損ねて絶句している。だが、俺たちの心配などどこ吹く風、すれすれでアルワの場所まで跳んだジェリコは、彼女の身体を助け起こしている。
「ジェリコ、息は?」
「……てる」
「聞こえねーよ!!」
「生きてる、無事だ!!まだ、死んでない!!」
 だが、間違いなく負傷はしている。指先が動いているのがここからでも分かるが、普通に、立って移動できるかと言われれば無理があるようだ。
「九龍、あっちに石碑だ」
「ん。とにかく、このすっ飛んでくる奴らをどうにかしないと、身動き取れないよね」
 部屋の端、入り口にある足場から地続きになっている場所に、石碑が建っていた。その間には、すっ飛ぶ石柱は現れる気配がない。近づいて、読み込む。
「これを止める方法はありそうか?」
「ん、……ある、っぽい。つっても、順番に、一つずつ解除していかないと、さらによくない状況になるらしいよ」
「どうすりゃいいんだ?」
「えっと、この、床。色が付いてるのを、順番に踏んでいくっぽい」
 薄暗がりの中、砂埃の積もった床は、色が付いているかどうかも怪しい風化っぷり。けれど、やるしかないわけで。
「床の色、何色ある?」
「……たぶん、だが、四色だ。赤、青、黄色、あとは黒」
「四?……了解。分かった。ジェリコ!!トラップ解除するから、動ける!?」
「了解!!」
 石碑にあったのは、部屋の中にあるレリーフと、対応する色の床を踏めば罠を解除できるという記述。最初は、《大いなる川の流れ》がうんちゃらかんちゃら。俺は、目をこらして部屋を見渡す。
 ナイルの流れ、モチーフは俺のすぐ側にあった。脇には、押し込めそうな岩のスイッチが突き出ている。青い色した床は……入ってきてすぐのところにある。あそこなら、普通に乗れそうだ。
「甲太郎、入り口のところ、立ってて」
「了解」
 甲太郎が床に乗るのを確認して、川のレリーフの側のスイッチを入れる。すると、さっきまで左から右に跳んでいた石柱が、壁へと収まっていった。そうなることで、また飛び移れる足場の選択肢が増える。かなり向こうの方、ロングジャンプをすると行けそうな場所に、もう一つ石碑が建っていた。
「じゃ、俺があっちまで跳んで読むから、甲太郎、まだスイッチ入れてくれる?」
「大丈夫か?」
「ダイジョーブ、つーか、この状況であの床まで跳べるの、たぶん俺だけだし」
 石碑までは石柱の邪魔はないが、足を踏み外せば真っ逆さまという穴が口を開けている。こういうとき、跳んだり跳ねたりは、甲太郎よりも俺の方が向いている。
「俺が跳んで解除すれば、たぶん、あの二人の間の石柱も少し収まると思う。そしたらジェリコ呼んで、次のを解読させて。俺は、助走取れないと戻れないし」
「あいつに読めるか?」
「今の感じだと大丈夫なはず」
 頷き合って、俺はジャンプ。助走を取って、ギリッギリ。細目の足場の左右は、ビュンビュン石柱がお跳び遊ばせている。
 とにかく石碑を読むと、お次は《深遠たる冥界の番人》を収めなければならないようだ。アヌビスのレリーフは俺の目の前にある。あとは、床なんだけど。
「甲太郎!!黒い床!!どっかない?」
「……あるぞ!だが、その向こうにも石碑があるから、ここはジェリコに跳ばせた方がよさそうだ!」
「だ、そうですが、ジェリコ、行ける!?」
「黒い床を踏めばいいのか!?」
「そう!!」
 すると、ジェリコはそっとアルワを床に横たえ、左側の足場に跳ぶ。すぐに、頭の上で、両手を使って丸を作る。合図を見てスイッチを入れると、上から下に降っていた石柱が止まり、いくつか足場となった。けれど、俺の横の石柱さんたちは止まる気配がない。やっぱり、ジェリコに呼んでもらう必要がある。甲太郎でもいいんだけど、運動神経要員は、温存しておきたいし……。
「ジェリコーー!!次は何!?」
「黄色だ!!黄色い床、ないか!?」
 すると、向こうの方で甲太郎が手を挙げる。そこから大きく跳んで、足場に着地。確かに、黄色い色をした床があった。
「じゃ、スイッチ、入れる!!」
「おう!!」
 ガチャン、と音がして、石柱が……嘘ぉ!?
「な、何で止まらないんだよ!?」
 止まらないどころか、さらに動きが速く、不規則になる。下から上に上がっていく石柱が、異様な動き。
「とにかく、いったん、中央に集まれ!!」
 やはり、アルワののいる中央部分は石柱の動きからは逃れられるらしい。幸い、甲太郎とジェリコのいる場所からは、中央へ跳べそうだった。
 ……問題は、俺。
 両隣の足場に飛び移りたくてもできないし、前の足場までは遠い。助走なしだとまず落ちる。さて、どうしたものか。指示をする俺がいないと、二人も動きようがないだろうし、だからさっさと逃げて、とは言い出せないし……。
 しばらく考えたが、考えても仕方がないことに辿り着く。こうなれば、やるしかないのだ。
 右手側で暴れている石柱の動きをじっと見る。見る。見る。動きを、自分の中に覚え込ませる。間違ったら?あっさり俺、死ぬんだろうね。でも、死ねないから本気で、真剣に。
 石柱が飛び出すタイミングを見計らい、身体を引き、狭い足場でわずかな助走をとり、―――ジャンプ!!
 共に飛び出た石柱を空中で蹴り、跳ぶ勢いと飛ぶ勢いを合わせて距離を稼ぐ。さらに、空中で半身を捻り、今度は下から上へと動いていた石柱を、蹴る。
「九龍ッ!!」
 甲太郎が手をさしのべる。跳んだ勢いが減少し、落下に入る中、俺も手を伸ばす。指先、あと少し、掴まえて……!!
 一瞬、身体に物凄い重力がかかったようになる。足場から身を乗り出した甲太郎が、必死な形相で俺の腕を掴んでいた。横からジェリコも手を出して、どうにかこうにか。俺は足場に生還する。
 ホッと一息、少しの間、みなさま無言。俺は甲太郎に抱え込まれて、ジェリコは意識がないらしいアルワ嬢を抱いている。
「いや、ちょっち死ぬかと思ったヨ」
「おま、心臓、止まる……。寿命縮むから、頼むから無茶は止めろ」
「俺だって好きでやっているわけではなくてねぇ」
 どうして、トラップが止まらないのでしょう?石柱の動きから考えて、なんかミスったぽい感じがしないでもないけど……。
「わ、悪い……俺が、なんか読み間違えたか……」
「石碑には、なんて?」
「《太陽神が夜を旅する前に》、って。だから、黄色を踏めばいいと思ったんだ」
 それだ。太陽の色ってのは、国によってさまざま。ただし、ここではエジプトの人の気持ちにならなければいけない。
「たぶん、それ、赤だったんだ」
「な、んで……太陽は、黄色だろ?」
「そうだね。大体の国で太陽は黄色と言われてる。でも、石碑には太陽神って書いてあったんだろ?」
「ああ……」
「では、問題です。ラーの頭上に描かれている太陽は、何色でしょう」
「……あ」
 赤だ、とジェリコが呟く。
 そう。そうなんだ。日本では太陽って赤で表現する場合が多いよね。でも、他の国では黄色や金色、たまに白で描くことが多い。エジプトでもほとんどの場合、太陽は黄色だ。
 ただ、太陽神ラーの頭上に輝く太陽は、朱色で描かれている。それに、明け方の太陽と夕陽は、赤と言われることが多い。石碑を読むときは、その辺を考えないと。
 と、俺が講釈垂れるまでもなく、ジェリコ君、顔面蒼白。失神しそうだわ。
「いや、こういう間違いは誰でもあるから。この辺は、経験積んで、知識量増やせばカバーできることだし」
「……で、も」
「それに、ほれ、誰も死んでないんだから、とりあえず今のことは忘れて。訓練生に石碑読ませた俺が悪いんだ。というわけで、この状況を打破する方法を考えましょ?」
「分かった……」
 少ししょぼくれているものの、ジェリコ少年はしっかり頷く。よしよし、いい子。
 と言っても、さて、どうしたもんだろうね。
「とにかく、最後の石碑を読んでみた方がいいんじゃないか?今、解除に失敗したのが一つ、もう一つを上手く解除できれば、移動できる範囲は広がるかもしれない」
「だ、ね。このまんまじゃ、入り口に戻れないし」
 ちなみに入り口付近は、吹き上がるようにぐわんぐわん石柱が伸び上がってて、近づくことすら難しい。そして、最後の石碑ってのはこの部屋の出口近くにあって、そこにはどうにか行けそうだった。
「甲太郎、たぶん、最後の正解が黄色だから、さっきのところに立ってて」
「おう」
 さっきのトラップ解除で増えた足場を使い、俺は石碑へ、甲太郎は赤い色した床のところまで辿り着く。石碑には、《王の容》のことが書かれていた。ファラオのマスクのことだとしたら、やはり、これの正解が、黄色だ。
「甲太郎ー!!そのままそこにいて!スイッチ入れるヨー!」
 横にあった太陽神の顔。そのスイッチを入れる。すると、石柱の動きが、止まった。右から左へ動いていた石柱も、……下から上にせり上がっていた石柱も。
「うっわ、酷いねコレ」
 全部の石柱が動きを止めたものの、解除に失敗した三つ目、対応していたらしい石柱は、迫り上がった位置のまま止まってしまった。入り口は、まるで檻の向こうにあるように、三方向をがっちり塞がれている。これでは、戻ることができない。
「進むしか、ないってわけかい」
「みたいだな」
 だいぶ、虫食いのなくなった足場を、甲太郎が歩いてくる。後ろからは、アルワを抱えたジェリコも。
「……どー、すんだ?」
「一応、出口の方は開いたみたいだから。これまた進むしかなかんべ?」
「そう、だよ、な……」
 進んだ先には《魂の井戸》があるかもしれない。意識をなくしているアルワ嬢も、回復するかも。そうすれば、抱えて戦闘や、抱えて罠解除なんてこともなくなるし、少しは動きやすくなる。
「とにかく行こうぜ。ジェリコは、アルワを頼む。甲太郎、援護、お願い」
「任せとけ」
 頼もしい相棒のお言葉を背に、次の扉を開けた。

*  *  *

 次の区画は、入った途端に化人の襲撃。アルワ嬢の護衛はジェリコに任せ、俺と甲太郎は迷わず突撃。広くない区画だったため、銃は控えて近接戦。背中をカバーし合って、襲ってくるミイラもどきとコウモリを片付ける。
 何も部屋に仕掛けがなければ、化人の相手など容易いもので。呆気なく片は付き、その先で見つけた《魂の井戸》と、……黄金の、扉。
「……どーしますか、甲太郎さん」
「どうもこうも、おそらく扉向こうの何かを倒さない限り、さっきの石柱も消えないだろうよ」
「やっぱそー思う?」
「どう考えてもそう思う」
 だよ、ねぇ?
 とにかく、全員で《魂の井戸》に一旦入ることを提案、そこで装備のチェックと回復を行うことにした。
 一歩踏み込むだけで、小さな傷や疲労が一気に吹っ飛ぶ。
「ん……」
「ナディ!!」
「あら、姫のお目覚めですよ」
 ようやく目を覚ましたアルワ嬢は、今の状況を把握してしばらくは無言でいた。
 俺は、仁王立ちで彼女を見下ろす。
「さて、どうしてこのようなことになったと思っておられますか?」
「……私が、無断で、この遺跡に立ち入ったから」
「ハイ正解。そのせいで、協会の人はただでさえ忙しいのに大わらわとなりました」
「……申し訳、ありません」
 俺のことを直視しない、その眼には確かに怯えが宿っている。それから、少しの非難。昨日まで、きらっきら俺のこと見てたってのに、そうかい、そんなに怖かったかい。
 どうすりゃいいのか、しばらく考えて、彼女と出会った時を思い出す。
「……あん時の俺も、あんな感じだったろうが」
「え……
」 「今の俺みたいに笑ってもない、当たり前のように人殺してたはずだ。違うか?」
 ようやく俺を見る。穴が開くくらいにじっと見られて、仕方ないから仏頂面崩して、ほんの少しだけ笑ってやる。
 感情がゆらめき、見え隠れする必死の無表情が、流れるように消えていく。大きな瞳に、水の膜が張られる。ああ、なんというかこの展開、高校時代の《墓守》の連中がバディになった瞬間を思い出す。
「だ、って、覚えて、ない、って……」
「そりゃ、十年も前のことだ」
「忘れてる、って」
「忘れてたよ。つい、何時間か前まで」
「何で、……本当に?」
「……どうだかな。あの夜がずいぶん寒くて、流れた端から血が凍っていったのは覚えている。俺は、ぼろい小屋の片隅で子どもを見つけて、気まぐれで手を伸ばしたんだったっけか。―――こんな風に」
 しゃがみ込んでいる、記憶の中の少女に手を伸ばす。ゆっくりと、不安げに、信じられないものを見るように、アルワは俺の手を注視し、……そっと、握りしめた。
 途端に、くしゃくしゃに顔を歪めて、一気に涙腺が崩壊する。
 俺は、どうしようもなかったから仕方なく、彼女の頭を抱えるようにして抱きしめた。
「生きててよかった。ナダルチカ」
「ハイ、……ハイ」
 ふと、考える。
 あの夜、こんなふうに、彼女が俺の手を取って、共に歩いていくことになったら、今頃俺たちはどうなっていただろうか。俺は、あいつとナダルチカと三人で生きていたとでもいうのだろうか。誰も亡くさずに、甲太郎にも会わずに、今も夜の中を血の臭いを道連れに歩き続けていたのか。
「悪かったな、忘れていて。お前は、ずっと、覚えていたっていうのに」
「忘れる、はず、ない……です。ずっと、差し出された手、取れるように、なるって……思って、生きてきたんです」
 堰を切ったように腕の中でなく少女を見て、愛おしい、という気持ちがこみ上げる。それなのに、甲太郎を傷つけたという一点のみにおいて彼女を殺しかけてしまうなんて、俺の理性はぶち壊れているらしい。
 ぽんぽんと頭を撫でると、彼女は何度も「ごめんなさい」としゃくり上げる。
「私……頭の中が、いっぱいで、どうしても、あなたの隣がよくて、それで……本当に、ごめ、なさ……」
「もう、いい。俺の方こそ悪かった。俺も、あれのことになるとどうも、キレる癖があるんだ」
 痛まないか?と顔を覗き込むと、大丈夫、平気、と誰かの口癖のような返事をする。今まで押しつぶしていた感情の箍が外れたように泣くナダルチカを見ていると、なんだか妹ができたらこんな感じか、という妙な感触を味わう。
 ナダルチカの肩越しに、とてつもなく不穏な色を湛えたジェリコの顔を見ながら、しばらく細い身体を抱き続けた。