風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマスSS 同じ空を見ていた - 4 -

 弱い。
 恐ろしいほどに、弱い。
 俺は、押しつけられた訓練生、ジェリコ・イーリッチの相手をしながらいつも思う。何が恐ろしいって、この力量でハンターとしてどうにかしようとしていた事実が恐ろしい。
「お前なぁ……よくこんな力量でハンターになろうなんざ思ったもんだな」
「……格闘戦は、苦手なんだよ」
 一日の練習プログラムを三分の一ほど終え、休憩を取る。イーリッチは、そのデカい図体と長い手足が仇になったとしか思えないヘボさを俺に見せつけて、へばっていた。
 第一印象、いけ好かないガキだと思っていたのだが、これがどうして、意外と素直なクソガキで、俺はそれほど手を焼かずに済んでいる。ああして最初に威嚇したのは、単純になめられないようにと考えたからであるらしく、一度目に九龍が、二度目に俺が叩きのめしてからは、それほど噛み付いてこなくなった。
「そういや、狙撃テストはどうだったんだ。入会テストで弾かれなかったってことは、格闘以外の戦闘成績はよかったんじゃないのか」
「俺らのテストは、二人でやった。……ナディーティクが強いからな、俺も漏れずに済んだんだよ」
「あいつと組んで、どれくらいになる」
「初めて会ったのは、……何年前になるかな。四年とか五年、くらいか?」
 凍らせたペットボトルを逆さにして、振ってくる氷を口に含む姿は、本当にその辺で高校にでも通っていそうに見える。というか、人種が違うだけでほぼ夷澤だ。駄犬なことに変わりはない。
「で?未だ『ナダルチカ』と発音できずにいる、と」
「う、うっせーな!!そんなの、あいつだって俺の名前、変な発音だしよ……」
「でもアルワはんなこと気にしちゃいない、と」
「うっせー!!」
 顔を真っ赤にして怒鳴る。九龍が見たらさぞいい玩具にしそうだな、こいつ。
 九龍、と言えば、このガキ、九龍の前では完全に威嚇体勢に切り替わる。暴言も吐くし、態度は豹変するし、ほとんど喧嘩腰になって対するのだ。一体何が気に入らないのか、聞いたことはあったのだが、口を割ろうとはしなかった。
 とにかく、毛嫌いしていることは確かだ。
 幸い、俺はそれほど敵意を向けられずにやっている。いくら訓練で蹴り飛ばそうが、ボイコットすることもなくきーきーわめきながら向かってくるのだから、蛇蝎のごとく、というわけではないらしい。
 今だって、休憩時間ぐらい離れててもいいものを、隣に立って他愛のない話をする。
「そういや、コー、あんたいつもそんなもんぷかぷかやってっけど、それ勘違いされねぇか?」
「どれを。何に」
「それだよ。いっつもラベンダーの匂いさせてるだろ」
「これか?」
 さすがに火が付いてるもんを訓練中までとはいかないが、休憩中には必ず咥えているアロマパイプ。これがどうしたというのか。……いや、なんとなく予想は付いているのだが。
「日本じゃどうだか知らないけどさ、こっちじゃそれ、ゲイってことだぜ」
 予想通りのことをからかう口調で言って、げらげらと笑う。
 生憎と、俺はその手のことは言われ慣れている。それこそ、こっちに来てから言われ続けたようなことだ。
「これにそんな意味はないがな。ゲイってのはとりあえず間違いないぜ」
「何だ、意味ね……って、あぁ!?あ、あんた、マジ、で?」
「んなに驚くほどのこともねぇだろ。今時珍しくもない……おい、何逃げてんだ」
「……ちょっとした身の危険を」
「……クソジャリには微塵も興味ねぇよ」
 イーリッチの専売になりつつある舌打ちを吐き捨てて、アロマを吐息。変な顔色になっているガキは、全力でペットボトルを握りしめていた。……安心しろ、本気でお前に興味は持てない。
「つっても、どっちかって言えばバイなんだろうな」
「りょ、両刀……」
 お前は金魚か。口をぱくぱくさせて一生懸命空気を取り込もうとしている。
「お子ちゃまには、刺激の強い話だったか?」
「ふ、ざけんなよ!別に、」
「顔、真っ赤だぞ」
 ちょっと予想しなかったくらいの狼狽えっぷり。何もここまで、と言いたくなるほどだ。ふと、思ったのだが、今の年齢でこんなことをしているということは、まともに高校も通っていないはずだ。周りにいる女はアルワのみ。となれば、免疫がなくても当然か?
「学校じゃ、そういう話、してこなかったのか」
「……ガッコには、ほとんど行ってねーよ」
「ずっと、アルワのケツにくっついてたってワケか」
 てっきり、その言葉にまたきーきーと反論してくるのかと思いきや。手の中で溶けていくペットボトルに視線を落とし、妙に神妙な顔をしてやがる。
「俺にはもう、ナディしか、いねぇからな」
 その言葉をからかい倒そうにも、あまりに真剣で、深刻すぎて、俺はそれ以上何も言えなくなる。きっと、こいつらには、こいつらなりの過去があったのだろう。
 俺にはまだ、そこまで踏み込むことはできなかった。
「……アルワに追っつきたいなら、それに見合うような努力をするこった」
「だから戦闘訓練やってんだろうが」
「それだけじゃないだろ。つっても、お前は分かってんのか」
「…………」
 こいつが、戦闘訓練後にふらふらになりながらも、様々な研究資料を読みあさっているのは知っていた。最近は、俺に格闘戦とはまったく関係のない、遺跡についての質問をしてくるようにもなった。
 要は、アルワがおざなりにしている分野を補おうと、日々努力しているのだ、こいつは。向こう見ずで喧嘩っ早く、しかも弱いようにみえるが、こいつこそハンターになるべき人材だ。
 少なくとも、俺はそう思っているし、そういう意味では評価していた。
「とはいえ……それとこれとは別のこと。ほら、休憩終わりだ。続き、やるぞ」
「………へい」
 スポーツドリンクをあおったイーリッチの顔には、もう殴られたくありませんと書き込まれているようだった。

*  *  *

 夜になると、俺と九龍は雁首揃えて『教え子』に関する報告会を始める。これは自然と日課になったもので、別々に訓練しているものの、一つの『バディ』を指導するという意味では必要不可欠になっている。
 二人掛けのソファに寝っ転がった九龍は、ごろごろと半身で左右に転がりながら、
「そろそろさー、こっちは徒手の縛りを止めようと思うんだよね」
「ナイフ、持たせるってことか?……つーかお前、カップ持って転がるの止めろ。こぼすぞ」
「あ、うん。ごめん。えっと、たぶん、なんだけど、右手にナイフは当然なんだろうけど、きっと彼女、左手に何か別の得物を持つよ」
「二刀ってことか?」
「……なのかなぁ」
 色々と書き込まれた資料と睨めっこしながら唸る。頭の中で描く教え子の姿に二刀流を当てはめて、何か違和感でも感じているんだろう。
 反対側に座っていた俺は、身を乗り出して九龍の手の中から資料を取る。ついでに温めた茘枝酒の入ったカップも取り上げ、テーブルの上に置く。
 ちなみに、この酒は九龍が自分で作った。甘い酒が苦手なこいつの舌に合わせて、酸味が強めに出ている。自分でも会心の出来だったようで、こうして出張先にも持ってきているのだ。
 以前、遺跡で知り合った《M+M機関》の黒尽くめ男に、うっかり「茘枝が好きです」と口を滑らせたところ、何の好意か嫌がらせか、二人では確実に食いきれない量の茘枝が家に届いた。連盟で高校時代のカウンセラーの名前もあり、二人で生活していることがバレているのを知って、物凄く気恥ずかしかったのを覚えている。
 あれが夏のことで、九龍が喜々として酒に漬け始めて、……もう、冬なんだもんな。季節の巡りがあっという間過ぎて、不思議な気がする。
 もう、こいつと殺し合ったことも、何年も昔のことだ。まるでついこの間のことのようだったのに。
 まだ『あの日』のことを思い出すと、背筋が寒くなり、恐ろしくなる。無性に九龍と離れたくなくなり、それはおそらく互いにそうであり、クリスマスという時期に固執する一因にもなっている。
 その日を心穏やかに過ごすためだけに、毎年死にものぐるいをしているのだが。まともに休めたことなど一度たりともない。今年こそは、と思っているのだが、眼前に立ちはだかる問題児たち。
 溜息をつきたい心地になって、アルワとイーリッチ、二人の資料をじっくり見直す。
 資料の中、今までブランクになっていた戦績欄には、手書きでなにやら書き込まれていた。
「出身が山岳部族、ってのは確かなのか?」
「……推測。でも、ちゃんと理由があって、第一に、これは彼女自身から聞いたんだけど、あの格闘術は部族に伝わる武闘なんだって。俺、結構格闘技とか詳しい方だけど、あんなのは見たことないんだ。だから、本当に小さい部族出身なのかな、って」
「山岳ってのは」
「小規模な部族が、そのままの習俗を伝え続けるには、ある程度文明から離れてないといけないわけで。となると、僻地、ジャングルの奥とか山の中とかに限定される。それから、ジャックに聞いたんだけど、あの子、山中サバイバルがハンパない出来だったらしいよ。生まれたときからその環境にないと、無理だってくらいの」
 やはり、九龍もアルワの背景については気になっているらしく、ずいぶんと調べたようだ。(……俺としてはあのワイルド・ジャックが何やってんだかな、という方が気になったのだが。)
 他には、英語の訛りについてや喋れる言語の数、会話の中で気になったらしいことなどが細かくメモられていた。
 自分のカップから茘枝酒をあおり、ソファに座り直した九龍をちらりと見遣る。
「……あれから、押し倒されたり迫られたりはしてないのか」
「横で見てんだから分かるっしょー。そんなことはありません。んー、でも、俺の言ったこと疑いもせずに丸呑みするようなとこは見受けられます」
「お前、どこぞの宗教の教祖かなんかやってたんじゃないのか?」
「やってません!!」
「俺は、お前が一番成功する職業ってのは新興宗教教祖だと思ってんだがな」
「何ソレ!?」
 高校時代を思い出してみろ、どいつもこいつも九龍九龍でべったりくっついてきたろうが。バディの連中なんざ、九龍が白といえば烏をふん捕まえて真っ白に塗りたくるほどの忠誠度だったぞ。
 その辺りの自覚が本人の全くないのが救いといえば救いであり、九龍らしいといえばらしかったものだが。
「とりあえず、アルワちゃんのことについては以上です。相変わらずお強くてキュート。報告終わり」
「手ぇ抜いたな……」
「だって、どんなに調べても話聞いても、思い出せないし知らないし!とりあえず、今が優秀だったらもうそれでいいかなー、と……」
 それはどうも、らしくないな。こいつの悪癖、一度気になりだしたら最後まで面倒を見倒す、が発揮されていない。もうすぐクリスマスというせいで投げやりになっているのか、はたまたアルワの抱えている問題の大きさに、自分の記憶を掘り起こしたときのことを恐れているのか。
「……過去の、俺の、記憶のないところだけに生きられても、困るし」
「確かにな」
「今は、あんなに可愛い相棒がいるんだから、と俺は思っているわけです」
「あー……、相棒、なー」
「……やっぱ、ダメ?」
 ダメも何も……。ありゃ完全に生まれ持った天性の問題だ。あいつ、イーリッチは、格闘のセンスを持たずに生まれちまっているのだ。こればかりは矯正しようがない。
 運動神経が切れているわけでは決してないのだが、おそらく、もっとヤツに適した戦い方があるに違いない。
「あいつにこそ、銃やナイフを持たせてみたいんだがな」
「素手じゃダメってこと?」
「向こう見ずに突っ込んで来る割に、接近すると手数が鈍る。視野の取り方は悪くないんだから、もう少し下がった位置からの戦闘法が何かないか、探してるんだがな」
「一応、接近戦は基礎の基礎だからねぇ……」
「それに、なんとかに刃物ってのも、教えるこっちが空寒いことになりそうでな……」
「格闘の基礎が固まってきたら、やらせてみるのもよろしいんじゃない」
「考えておく」
 ポットからもう一杯、茘枝酒をカップに注ぐ。そういや、九龍が「上手にできましたー」と酒のできあがりをカウンセラーにメールで報告したところ、『所帯じみてきたな』というすごい返事が返ってきたもんだったっけか。あれでずいぶん九龍は凹んだものだ。
「にしても、なんか、甲太郎、ワンコ少年と仲良いよね」
「そうか?」
「懐かれてる感じ。見てて微笑ましいけど、ちょっと羨ましい」
「確かに押し倒されて食いかかられたりはしてないな」
 からかい半分で答えると、そういうことじゃなくて、と物凄いジト目で睨まれた。
「……そういう以前にさ、俺、あの子にチョー嫌われてんじゃん。初対面でフルボッコしすぎたかなー」
「問題はそこじゃないと思うがな」
「じゃあどこさ」
「例えば、そうだな……お前のお師匠に、憧れてやまない年上男がいたとしたらどうしてた」
「……喧嘩売ってた」
「それと同じだ。相手がどんな奴でも関係ない。それこそ、生理的に受け付けないんだろうよ」
 納得したのか、うが、と一声唸った九龍は、そのまま拗ねたようにソファに転がった。駄犬を手懐けるのには定評がある九龍でも、色事が絡めばお手上げらしい。
「じゃー、もーあいつは任せる、完全に任せる。俺、知らない」
「何拗ねてるんだよ……」
「元から強い子をさらに強くするのも楽しいけど、全ッ然素養のない弱弱な子をなんとか使えるようにするのも楽しいもんなんだよぅ」
「……どこぞの育成ゲームと混同してんのかは知らんが、お前はそのユニット戦場に出すと完全に使い潰すだろ。『愛ゆえに!』とか馬鹿ほざいて。そりゃ危険だ」
「あ、やっぱり?」
「くだらない妄想ぶっこいてないで、ほれ、寝るぞ。明日も早いんだ」
「ういー」
 ほんの少しも酔っていないくせに気持ちよくはなってしまったのか、立たせてーと両手を伸ばしてくるどうしようもないのを担ぎ上げて、連日続く早起きを思い、少しだけ気を滅入らせた。

*  *  *

 ほどなくして、アルワとイーリッチは完全に別メニューでの訓練となった。
 アルワは格闘戦だけでなく、本来のスタイルである片手にナイフ、片手に銃という変則戦闘での訓練にシフトするらしい。こっちの駄犬は、未だ格闘も基礎の基礎。下半身の体重移動の時点で止まっていた。
「今日からアルワは屋外訓練だと」
「……昨日、ナディから聞いたっての!」
「焦ることはないぜ。あの女は変態的に強いからな。お前も弱いが、別に泣くほどのことじゃない」
「泣いてねぇしあんたも一言多いしッ」
 感情的になると、すぐに教えたことを忘れる。いきなり荒くなった打撃は、かわすのも捕まえるのも容易い。もう、注意するのも面倒くさい。黙ったまま半身でかわし、やる気なく蹴りをくれる。
「痛って!!」
「痛て、じゃねーだろ。何回言や分かる。お前は感情的になるとすぐ攻撃が雑になる。落ち着いて、冷静にやってみろ」
「……くっそ」
「くそじゃねぇ、くそじゃ」
「わーったよ!!」
「もう一回やってみろ。打撃からの連絡を考えろよ」
 とりあえず、アルワから教わったという格闘術は封印させ、相手との間合いや、体格に合った戦闘法を叩き込むことにした。こいつにはまず、戦う土台が必要だと考えたのだ。
 最初は、あの変則格闘術にこだわっていたイーリッチだったが、教え込んでいるうちに自分に足りないものを実感したのか、自然と使わなくなった。
「そこで、手を出すな、蹴りだ阿呆ッ」
「つっても、俺は、あんたみたいな、軟体生物じゃ、ね……ぎゃー!」
「誰が軟体だ、誰が」
 ガードしてる腕を、誘いに乗ってひょいひょい振ってくる出来の悪い教え子に、もう一発蹴りを見舞う。ガラ空きになっていた胸部にモロに入って、イーリッチはマットの外まで吹っ飛んだ。
「生きてるかー」
「ゲッホ、ゴホ……し、死ぬわ!!」
「まだ元気そうで何よりだ」
「死ぬって言ってるじゃねぇかよ……」
 胸を押さえたまま立てずにいるヤツに近寄って、仕方なく手だけ貸してやる。俺よりもデカい図体しておいて、情けない。近接戦に慣れてないせいで、間合いの測り方だけで固くなって余計なスタミナ使い、へばりやがる。
 とは言え、今日は確かに、気持ちいいくらい蹴り倒した。このくらいで勘弁してやるか。
「じゃあ、水分補給してこい」
「マジか、何でこんな早く終わるんだよ。何かの陰謀か!?」
「阿呆、柔軟をやるんだよ、重点的にな」
「げッ……鬼、悪魔…」
「なんか言ったか」
「何でもねーっす!!」
 すっ飛んでいくイーリッチの背を見ながら、九龍はどんな様子か考える。
 人間的な相性はどうだか知らないが、こと戦闘を教えるという点では最高の組み合わせだといえる九龍とアルワ。九龍が指導に付いてから、変態が弩変態になるように、アルワは強くなっていった。端から見ていても分かる。体捌きや攻撃の見切り、隙、どれをとっても訓練を始めた頃以上のものにできあがっている。すでに、正気の沙汰とは思えないレベルになりつつある気さえした。
 ペットボトルを握りしめて、(逃げずに)戻ってきたイーリッチも、相方のことを考えていたのかもしれない。やってくるやいなや、
「もし……もしも、コーが今、ナディと戦ったら、勝てると思うか」
 などと聞いてきた。
 少し、考えるが、ここは正直に答えることにした。
「二秒だろ」
「二秒で勝てるのか!?」
「いや、殺される」
 ちなみに本気になった九龍だと、対峙した次の瞬間にバラされていそうだ。
「あんた、教官じゃないのかよ……」
「俺はハンターじゃないからな」
「バディってのは、強くなくてもいいのか」
「ていうより、九龍の場合はあいつ自身が強いから、俺が変態にならなくてもいい。もしも九龍が、そうだな、お前くらい弱かったら、俺はもっと強くなる必要があっただろうな」
 《宝探し屋》とバディの関係というのは、力量と密接に関係している、と俺は思っている。ある程度自分で何でもこなせるハンターになると、バディが家族だったり恋人だったりという基準で選ぶことができるが、そうじゃない場合は、自分をうまくサポートしてくれるバディを選ばなければならない。
 よくあるパターンが、戦闘系ハンターなら知識の豊富なバディを、学識系のハンターなら戦闘に長けたバディを一人連れ、プラス赴任先で現地のバディを一人雇うというもの。これならば短所をバディが補い、現地のこともある程度カバーできる。
 九龍の場合は、あいつの守備範囲が異様に広いために、今のところ特殊な場合を除き、バディは俺のみだ。
「クロチビは……何であんなに強いんだ。俺と、そう歳は変わらないだろ」
「お前、九龍をいくつだと思ってんだ……。まあ、ロゼッタのハンターの中じゃ、若い方ではあるが」
「まさか、成人してるとか言わないよな?」
「してるよ……」
 高校を卒業した後に待望の成長期が訪れ(といっても、普通よりなだらかな)、ずいぶん均整のとれた体付きにはなったものの、未だ九龍は高校生に間違われる。下手すると、中学くらいに見られるのだから目も当てられない。東洋人は若く見られがちだと言うが、アジアの鷹にも「童顔だねぇ」と言われるのだから相当なのだろう。
 俺は九龍の本当の年齢を知らないのだが、成人しているのは確かだという。それから比べれば、ジャスティーンなどさらに若いのだ。
「じゃ、じゃあ……強くても、当然か」
「当然で済ませられたら世界が滅ぶぞ、九龍の強さは」
「……軍人かなんかだったのか」
「本人は―――いや、なんでもない」
 殺し屋をしていた、というのは、あまり口外していないことだ。あいつが言わないことは、俺も口にしない。あいつの、俺が知らない過去など、したり顔で話す気にもならない。
「とにかく、あいつは俺と出会ったときからああだったよ。世界の何を相手にしても、必ず壊してみせるという強さでな」
「何で、そんなに……」
「俺も、詳しくは知らない」
「バディじゃ、ないのかよ……」
 どうもこいつは、教官だのバディだの、その立場にあるヤツは何でもできなきゃならんと思い込んでいる節がある。人間の有り様など、そう簡単なものでもあるまいに。
「バディでも、踏み込めない部分てのは少なからずある」
 九龍が過去を晒しきっていないように、俺だって九龍のいない高校時代のことは、あまりあいつに話していない。未だに、踏み込み合う位置を探り合っているのだ、俺たちは。
「ほら、無駄口叩いてないで柔軟すんぞ」
「お、おう……」
 やはり、相方不在は心細いのだろうか。顔に、色んな戸惑いやら不安やらがありありと浮かんでいる。戦いができる者の顔じゃない。
「……お前、本当に何でハンターになろうとなんて思ったんだ」
「そんな何度も聞くほど弱いかよ!っだ、痛痛だだ!!」
「ああ、弱い。まあ、そういうのとは別だが、どう考えてもお前は普通なんだよ」
「………悪かったな、ぐ、あ、ぎ、ぇー……」
「誰も貶してねぇよ」
 ある意味褒めてやってんだろうが。
 イーリッチの身体をこれでもかと伸ばす手は全く休めずに、
「ハンターってのは、頭のネジ一本飛んでるヤツがやる仕事だ。だがお前は、考え方も、在り方も、真っ当なんだよ。世の中から弾き出されるような強さがあるわけでも、後ろ暗い過去がありそうでもない。そんなヤツ、ハンターにはあんまりいない」
「俺は……ナディがやるって言や、何だってやる」
「……ほー」
「押、しすぎ、だーーqあwせdrftgyふじこlp!!!!」
 あんまりに真っ直ぐ、こっ恥ずかしいことを言われたもんで、つい押す手に力が入ってしまった。
「あいつは、お前のいったい何なんだよ。親代わりか、姉弟みたいなもんか?」
「バカ、違ぇーよ!!誰が姉弟だ!!ぎゃひー!」
「誰が馬鹿だ。口を慎め駄犬。じゃあ師弟か。お前、格闘しこまれてんだろ?」
「あいつを師匠だの先生だのって思ったことも一度だってないいいい痛ーーーッ!!」
 絶叫のようにはき出した言葉に、俺は合点した。こいつらの関係は、予想していたものとは少し違う、と。
 アルワとイーリッチ。この二人によく似た関係を、俺は知っている。九龍と、昔の相方だ。世俗とは違う場所で身を寄せ合って生き、互いを生きる糧に、そして大切な存在にしていると。
 だが、話しているうちに差異も見えてくる。九龍と元相方は、家族のように愛し合っていたが、アルワとイーリッチは違う。少なくとも、イーリッチは違うようだ。そこが、九龍に突っかかっていく理由なのかもしれない。
「アルワは……何であんなに九龍にご執着なんだ?」
「……さあ、な。あんなクソチビのどこがいいんだか」
 そりゃ、俺に対する嫌みか何かかと思ったが、口には出さないでおく。その代わりに思い切り前屈する背に体重を乗せる。イーリッチは、「って攣る攣る、脚取れる!!」と絶叫した直後、無言になってダウンした。
 これくらいで、本当に情けない。だが、もしもショック死でもされたら寝覚めが悪い。
 頭に水をかけると、ハッと気がついたように顔を上げ、俺と目があった瞬間に死んだふりをしようとしやがった。
「お前、ふりじゃなくて実際に天国見せてやろうか、ああ?」
「地獄見そうだからいいっす!!」
 これ以上は無理だと、目でも訴えている。少し甘いが、今日はこれくらいにしてやるか。
 涙目になっていじける姿は、本当に年相応のガキに見えて、俺は完全に毒気を抜かれた。
「ったく……なんか、心当たりねーのか」
「何の」
「アルワが、何で初対面のはずの九龍にあんな反応したのか」
 そっぽ向きながらふくらはぎを揉んでいたイーリッチは、ふて腐れたように床を睨み付ける。
「確信はないけど、たぶん……似てるんだろ」
「誰に」
「ナディが、ああいう生き方をする、きっかけになったって男に」
「ほぉ」
 俺は、アルワがいつからあんなアウトローになっていったかは知らないが、生きる指標になったということは、その男は年上なのだろう。少なくとも、九龍とアルワという年の差では考えづらい。
「よく、あいつが話してくれた。小さい頃、命を救われたって。そいつを目指して強くなってるんだって」
「で、それが九龍に似てる、と……似てるだけで、ああも飛びかかるのか?思い出せとか言ってたぞ?」
「知るかよ!!俺だってナディのこと全部知ってるわけじゃねぇ!」
 感情のままに声を荒げ、俺に掴みかかってくる男……少年。自分自身の中で暴走しそうな感情に手を付けることも、押さえることも、その方法も知らない子どもだ。俺も、この年の頃はずいぶんと色々やらかしたものだ。信仰に近い盲目さで一つのことを信じ、結果、様々を失い、荒れていた頃。九龍に出会う、前のことだ。そのころの自分は、酷く生々しい手触りで思い出せる。だからこそ、こいつの持っている妙な焦燥感も理解できるのだ。
「ナディはいつもあんな感じで、自分のこと、そんな話さねーから。何考えてるか分かんないとこも多い。……ずっと一緒にいて、初めてだったんだ。あんなに、感情むき出しで、人と向かい合ったナディを見るのは」
 悔しげな顔。大事な誰かが、他の人間を見ているのだから、当然だ。こいつの偉いところは、その相手をぶっ殺そうとしないところだ。もしも九龍が別の誰かを見たりしたら、俺は間違いなく相手を殺すだろうからな。
「俺は、ナディと離れるとか、考えられねーんだ。だから、あいつがハンターになりたいっつーなら、俺もなる」
 だから、《宝探し屋》、か。
 俺は、一度だってハンターをやろうと思ったことはない。ロゼッタに所属しているのだって、九龍がいるからだ。あいつが基準で、あいつの隣に立つには今の位置しかなかったから選んだわけで。
 だから、認めてほしいからハンターになろうとするこいつの気持ちが、理解できるようで、謎でもある。
「ナディは、いつだってスペシャルだ。でも、俺だけが知っているっていう、あいつのスペシャルな部分て、ないんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。……でも、あのチビは、今のナディにとって、スペシャルだ。初めて会って、それで、そんなの、……ねぇだろ」
 唇を噛むイーリッチは、全身でアルワを思い、同じだけ、九龍を憎悪する。
 ナダルチカ・アルワの正体は謎で、だが意識のすべては九龍にあり、けれどヤツの記憶に彼女は存在せず、ジェリコ・イーリッチはそんな九龍を嫌悪する。
 まったく面倒くさい人間関係だ。
 ここに巻き込まれなくてよかった、などとまるで人ごとのように考えていた俺だったが、そうも言っていられない事態が勃発するのは、その数日後のことだった。