風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマスSS 同じ空を見ていた - 1 -

 眼前に、美少女。鼻と鼻とがくっつきそうな距離。首筋にはきらきらと光るナイフが当てられている。茶褐色の眼は真っ直ぐに俺を捉えていて、そこに映る俺は驚愕、という顔をしている。
 少女は、表情を枯渇させたまま、言った。
「思い出して」
 俺は、呼吸を飲み込む。
 そのまま、少女は俺と呼吸を重ねてきた。口づけはほんの数秒。離れた少女は、次は、僅かに懇願するような匂いを含ませて。
「……思い出して、私を」
 拒否することは許されない声音。
 まるで導かれるように、俺は過去へと思考を飛ばした―――。

*  *  *

 事の起こりは、一ヶ月前に遡る。

「今年こそ!今年こそクリスマスに休暇を!!」
 去年、一昨年とクリスマスに休暇を申請していたものの、ろくな目に遭ってこなかった俺たち。今年こそは必ず、と、まだ寒くもならない時期からロゼッタ協会のフロントに言い続けていた。上の人たちを見かけるたびに、それがたとえ調査中だろうがクエスト中だろうが、お構いなしに吠えた。もー、そりゃキャンキャンと躾のなっていない犬のようで、自分たちでも分かるくらい鬱陶しく吠え掛かっていたのだから、さぞ皆さん迷惑被ったことでしょう。
 それでも、俺は、クリスマスにお休みがほしかった。
「……あのなぁ、クロウよ。お前さんの気持ちは、分からんでもないよ。大抵、どんな忙しいハンターでも、冬はクリスマスか年始かに休暇が取れるもんだ。それが、いくら売れっ子だからってお前さんたちだけなしじゃ、かわいそうだとは思うさ」
「だしょだしょ!?」
 今日協会本部で、俺に飛びかかられた哀れな犠牲者は、渋さ炸裂ちょい悪ダンディ親父、「ジョーンズ博士」ことマット・ヘンリー・I・ジョーンズ・三世。ロゼッタのベテランハンターにして重鎮、考古学者でもある、要は偉いおじさまだ。(ちなみに親父さんはヘンリー・ジョーンズ・Jrという伝説のハンター。)
「うーん……。だがなぁ、どうしてもクリスマスは信仰持っているヤツら優先になっちまうんだよ。分かるだろ?天にましますヤツらの神のお祝いの日なんだ」
「……ぶー」
「信仰ってのは強い。その分、厄介なこともある。神様を持っているヤツらをないがしろにはできんからな。……お前さん、無宗教だろ?どうして毎年、クリスマスにこだわるんだ」
「クリスマスにこだわってるわけじゃなくて、24と25日にこだわってるんですぅ」
 普段、俺も甲太郎も、イベントやら記念日やらにはこだわらない。面倒くさいから。誕生日も、俺がいつ生まれなのかはっきりしないこともあって、あんまり祝い合ったりしない。
 でも、この日は別なのだ。女々しいと言われようが何だろうが、命を張り合ったその日くらい、二人で顔付き合わせて、穏やかーに過ごしてみたいの!!仕事のことを気にせずのんびりゆったりしてみたいの!!
「休暇の申請だって、俺ら相当早く入れたっしょ?そんでも、ダメ?」
「もっと早く申請したのもいるがな」
「誰それ」
「オコーネル。去年の年末から申請してたらしいぞ」
「早!狡!てかリックも無宗教じゃん!!」
「いやな、あいつはともかく、奴の女神サマの兄さんは宣教師だろ。それに、エヴリンがその時期別口の仕事でここを離れるんだ。エジプトとその周辺地域の展覧をやるんだが、それにくっついての監修をな。展示の入れ替えなんかも請け負ってるらしい。で、それが去年から決まっていたから、リックもエヴリンに着いていって休暇にしちまおう、と……」
「なんだそれ、きったねー!!つーか付いて行くって、どこでやってんだよそんなの!」
「日本。フクオカ?センダイ?んなようなことを言っていた気が」
「俺の地元じゃねぇかーーー!!」
 いや、実際は中国の方が地元っぽいけど!俺、一応日本人だし!!とーちゃんかーちゃん日本人だって噂だし!
 くっそー、あんなに早く申請したってのに、それでも遅れを取ってたのかよ……。あー、もう、こりゃ今年は諦めてお仕事に勤しむしかないんでしょうか。
 オヨヨ、と泣き真似をしながら肩を落としていると、その横を通りかかった誰かが足を止めたのが分かった。
「なんだ?マット、またクロウを虐めてるのか?」
 この軽快な口調と、香港訛りの英語。顔を上げると、そこに立っていたのはやっぱりジャッキーだった。かの有名な「アジアの鷹」。腕利きのハンターであり、カンフーの達人。今では遺跡に行く傍ら、ロゼッタの協会員に格闘指導も行っている。ちなみにバディのアランは、押しも押されぬ香港スターなのです。(俺、初めて会ったときサインもらっちゃったもんね。)
 俺が元々香港にいたことや、中国拳法やらカンフーやらを得意としていることから、ジャッキーは何かと可愛がってくれる。
「馬鹿、お前、人聞きの悪いこと言うな。俺はだな、真摯な気持ちでクロウの相談に乗っていたところで……」
「相談したのに無下に断られてオヨヨってな具合」
「それは聞き捨てならないねぇ。クロウ、こんな老いぼれじいさんになんか相談せずに、俺に話してご覧よ」
「……お前こそ年寄りを虐めるんじゃないよ」
 ぼやくマットを尻目に、ジャッキーは半分面白がって、残り半分は本当に心配しているような目で俺の顔を覗き込んできた。
「あー、いや、そう改まれると実はたいしたことない問題なんですが」
「んん?」
「クリスマスにお休みがほしいという申請がどうしても受け入れられません。先生、どうすればいいですか?」
「ふむ、それは困った。……というか、毎年思ってるんだけどね、君はどうしてそんんんなに、クリスマスに休みがほしいんだい?キリスト教かなにか、信仰していたっけ?」
「宗教もサンタクロースもクリスマスにもたいした興味はございません!!単純に、24日と25日がいいのー」
「おやおや」
 マットに言ったことと同じ説明をして、内心でこんな世界中が騒ぎ倒すイベントの真っ最中に殺し合った、空寒いあの日を思い出す。どーして、この日にあれやこれやが重なったんでしょうね、俺たち……。
「ちなみに聞くんだけど、その日はどこに調査に行っているんだ?」
「イギリスはー、ロンドンでーす。20日出発でーす。終わりは年明けの予定でーす。その後に遅めのお正月休みをいただきまーす」
 それを聞くと、ジャッキーは難しそうな顔をして何かを考え始めた。
 まあ、こんなスケジュールでも、親の死に目にも会えないハンター家業ですから仕方ないっちゃー仕方ない。ただ……!20日出発で21日現地入り、22、23で事前調査、となれば24から本格的な現地調査になってしまう。ゆっくりしている余裕なんて、当然無し。くっそー!
「せめて、24辺りに最終調査資料を上げろとかいうならいいんだけどさー……」
「なら、クロウ。僕と仕事を変わらないかい?」
「よりにもよって24からガチ調査……って、へ?」
「ああん?」
 俺とマット、二人して思わず疑問の声を出してしまう。発言した当の本人は、至って普通の顔をして、それどころか名案だ!という顔をしている。
「そんなに驚いた顔しなくてもいいじゃないか。実は、毎年この時期は同じ仕事が入っていたんだけど、今年、ちょっと長引いてしまっていてね。次の任務と合わせてずれ込むと、ちょうど旧正月にかかってしまいそうで僕も困ってたんだ」
「……と、いうことは?」
「僕がロンドンへ行き、君の仕事を引き受ける。で、君が取る予定という遅めの休暇をもらう。君は僕の代わりに、仕事を引き継ぐ。遅れているとはいえ、24日には終わるから、そのまま休みを取る。どうだい?」
「………ええーーッ!?えー、えー、えーッ」
 何、その裏技!!た、確かにジャッキーはいつも24日からお休みになってたけど、なってたけど!?
「い、いいの?」
「ああ、構わないよ。僕もクリスマスやら正月やらよりは旧正月を楽しみたいしね。あとは協会がいいというかだけど、君なら大丈夫だろう」
「……って、お前、この時期の仕事ってまさか、」
「そう。アレ」
 マットが、妙に苦い顔をする。何、その沈黙。その、顔。そんな、過酷な仕事なの?
「遅れてるってのは、まさか、」
「今年はそういうのが出ちゃったんだよー。だから困っちゃって。クロウがやってくれるなら言うことなしだよ!」
「でもな、お前、それは……」
 二人の会話に、不安がどんどん募っていく。
「あのー、ちなみにどのようなお仕事で……」
「大丈夫大丈夫、そんなに難しいことじゃないよ!単純に、強ければ誰でもやれるさ。クロウは格闘も得意だし、一個小隊相手にするくらいは屁でもないだろ?」
「屁、って、ナニ、耐久戦闘レースとかですかソレ」
 ジャッキーは、にこにこ笑うばかり。その顔から、若干の、「いやー、面倒事を押しつけられてよかった」というニオイが漂う。
 その隣で、しかめっ面のマットが嘆息混じりに呟いた。
「キョーカンだよ」
「キョーカン?」
「教官。先生。コマンドー。……要は、ハンター候補者の、戦闘訓練の面倒を見るんだ」
「え゛……」
 俺の脳裏を、ハンター訓練を受けていた頃のことが駆け抜ける。

 ハンターになるには、ロゼッタ協会に登録後、訓練生として数ヶ月特定のカリキュラムを受けなければならない。これは、例えば幼少時から親のバディとして遺跡を回っていたとか、同業からの転職とか、そういう特例でない限りは必須となる。
 そこでは、基礎考古学に語学、宗教論や遺跡保存法といった座学や、実地による基礎調査法、サバイバル術なんかをやるワケ。
 いくら前歴で考古学者をやっていても、遺跡で生き残れなきゃ研究はできないし、傭兵だろうが軍人だろうが、基礎知識がなければ話にならない。
 放り出してもやっていける、本当に基本的なことを身につけるのが、基礎訓練だ。

 でもって俺も、座学とか実地とか終えた後、戦闘訓練を、行ったような、そうじゃないような……。
「あれ、でも俺んとき、ジャッキーじゃなかったよね?」
「そうだねぇ」
 かっかっか、と笑うジャッキーとは対照的に、またしてもマットは暗い顔。
「前は、別の教官がいたんだよ。ハンターランクも上位で、知識も語学も戦闘力も兼ね備えていた奴だった。その頃は、まだ一人で全体の訓練生を見ていたんだ」
「そ、そーだっけ?」
「だが、ある年、悲劇は起こった。鬼のように強い訓練生によって、奴は完膚無きまでに叩きのめされ、重傷を負い、プライドも傷つけられ……傷心のまま、奴は……」
「し、死んじゃった、とか?」
「いや、地元のニュージャージーに戻ってワゴンのホットドッグ屋を始めちまった」
 いい奴だったのになー、いや、彼はそれが老後の夢だって言ってたじゃないか、というか僕、この間彼に会ったよ、お、元気そうだったか?、ずいぶん若いお嫁さんもらってファンキーに人生を楽しんでいたよ、そうかそりゃよかった。……なんて、話を脱線させていたマットが、ふっと俺を振り返る。
「って、クロウ、本当に覚えていないのか?」
「……ナニを?」
 何を質問されているか、意味すら分かっていない俺の肩を、今度はジャッキーが愉快げに叩いてきた。
「ハッハッハ、彼を叩きのめした訓練生ってのは君のことだよ」
「え……えぇーーッ!?」
 お、覚えていない。まったくもって、覚えていない。……つーか、どんな訓練したのかさえ、覚えていない。
「そうか、覚えていないか。こっちは、訓練生が病院に担ぎ込まれることはあっても、教官が運び込まれたことなんてないからちょっとした騒ぎになったもんだよ。彼だって弱いわけではなく、普通の軍人なら片手でひねれる程度には強かったからね」
「さいですか……」
「そのことがあってから、遺跡での実地訓練や、戦闘訓練のクラス編成の際に、飛び抜けて強かったり、ちょっと裏がありそうだったり、詰まるところちょっとした問題児については他の訓練生とは別に、戦闘系のハンターが特別訓練を行うことになったんだ」
「へぇ」
「一人で訓練課程全部を見るということもなくなってな。指導を受け持つのはその道専門のハンターにしようってことになったわけだ。遺跡保全はエヴリンだったり、歴史資料の関係はコルソだったりってな。ちなみに俺は考古学の授業を持っていたりする」
 そー、だったんだー……。全然知らなかったよ。俺、授業あんまり真剣に聞いてなかったし、どっちかっていやあの頃劣等生で、ハンターになれたのも及第点ギリッギリだったはずだし。
「くだんのハンター見習いくんは、その時の強さが圧倒的すぎて、野放しにしたら危ないんじゃないかってことで、ハンターになったという逸話もあるよ」
「げッ!!」
「……ジャッキー、あんまり嘘言うな。そうじゃなくて、考古学やら歴史やらの不合格分を、語学と戦闘で埋め合わせて合格したんだよ」
 今明かされる、俺の真実!!あーあーあー……。要は、ダメな子だったんだね、俺。ヤ、分かっていたけどね、薄々。
「とにかく、そのようなことで、僕は戦闘の訓練全般を請け負っているんだけどね、今年はその、特別訓練を行う必要がありそうな子が出てきちゃったんだ」
「で、その子を、俺が、見るって?」
「そうそう。んーむ、なんとも因果応報な話だねぇ。面白いなぁ」
 面白がらないでよ!!俺が悪いってのはよぉーく、分かったから!つっても覚えちゃいないんだけどさ……。でも、でもでも、いくら休みがもらえるとはいえ、俺が人を教えられるかといわれれば、……そんな自信、ない。皆無だ。
「だがな、ジャッキー。いくら伝説の教官クラッシャーとはいえ、若すぎやしないか?」
「なに、クロウなら大丈夫さ!それに、問題の訓練生も、素行が悪いっていうので特別訓練になったわけじゃない。単に格闘戦が尋常でなく強いというだけみたいだからね。銃の扱いがちょっと弱いようだ。だったら、中近距離戦闘ロゼッタ最強ハンターが相手をするなんて、いいじゃないかー。僕も銃はあんまり得意じゃないしね!」
「う゛……で、でも…」
「さあクロウ!休みと、新人研修と、どっちを取りたい?」
「う゛……ぅ」
「さあさあ、どっち!?」

 ……結局、くんれんはばでぃといっしょにやってもいいですか、という質問に「いいよー」と言われたことで、俺の予定は決定しましたとさ。


『いやー、君がやらかしてから、その子が初めてなんだよ、特別訓練になったのは!だから僕もちょっぴり不安だったんだ!よかったよかった。これでうまくいけば、次の年からも特別訓練はクロウに任せられるね!』
 なんて、後からジャッキーが言っていたとしても、後の祭りだったりもする。