風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマスSS 同じ空を見ていた - 2 -

「甲太郎!聞いてくれ!クリスマスがお休みだ!」
 協会から許可も取り、分厚い指導要項をもらって帰宅。ただいまより早く、家にいた甲太郎に報告する。キッチンで、アロマパイプを咥えてカレー鍋をかき回していた甲太郎は、顔も上げずに、
「そうかそうか、お前また白昼夢見たのか。いい加減、その妄想癖も治さないとな。これ以上頭おかしい子だと思われるのは困るだろう。俺も遠慮したい」
「……いや、甲太郎さん、純然たる事実なんですが」
「はいはい。今日はチキンカレーだぞ、と」
 この、まったく信じていない感じ。頭っから俺たちにクリスマスはないと思い込んでいる。それだけ、事が現実離れしているということだ。
「だーかーら、ホントなんだって!これ、見ろ!」
 突きつけたH.A.N.Tの12月の予定表一覧。俺と甲太郎のところは、24日の午後から26日午前中までブランクになっている。お玉を片手に持ったままそれを覗き込んだ甲太郎は、二度見して目を細めて目頭を指でつまんでまた見直して、挙げ句、「……疲れてんのかな」と宣った。
「いやいやいや、現実をよく見て!」
「阿呆!俺たちにそんな平穏があるわけねーだろうが!調査はギチギチだわクエストは溜まるわ、真っ当に休む暇すらねーってのに」
「それがあるの!もぎ取ってきたの!俺の交渉術をなめるなよ!」
「……まさか、お前、ロックフォードに色仕掛けでも、」
「ちゃうわい!!」
 なお疑心の目を向けてくる甲太郎に、事の顛末を説明する。仕事をそっくり入れ替えてもらったこと、内容は戦闘訓練の指導教官だということ、これから分厚い指導要項を読まなきゃいけないこと、ついでに俺が教官を吹っ飛ばしていたのが諸々の原因だということ。
「と、いうわけなのです。以上説明終わり」
「……って、それって、あの鷹野郎の一人勝ちなんじゃないのか?」
「う……、で、でも、俺らも24から休めるし!」
「まあ、そうなんだけどな」
 呆れたような、けれど嬉しそうな甲太郎の顔。よかった。コレが見られるだけでも、ジャッキーに感謝したいくらいだ。
「で?指導教官て、何させられるんだ?」
「本部からは、担当する子は他の訓練生、しかも軍人上がりを格闘戦でフルボッコにしたらしいから、本気出すとどんだけ強いのかを把握するのと、ちょっと弱いらしい銃の扱いもやってほしい、って。あ、あとは伸されないように、って」
「それだけか?」
「詳しくは要項読めって言われた。ジャッキーも特別訓練生なんて初めてだからよくわかんなーい、って言ってたし」
 要は、ちょっと規格外に強いから、他の訓練生と同じプログラムだと力量が余っちゃう。そういう飛び抜けた子を平均化させるのはもったいないから、特化させるためにガンガン伸ばせということらしいのね。
 戦闘に秀でたハンターっていうのは、他のハンターが遺跡で不慮の事故に遭遇した場合とか、別の組織の奴とか武装集団に襲われた場合とかに救援に向かったりもさせられるし、化人が馬鹿強くて手に負えない遺跡にも平気で放り投げられる。
 そういう意味では重宝されてるんだろうし、……その分、致死率も高いから、協会としてもたくさん確保しておきたいってのは分かる。
「へぇ、ハンターを育成するってのはずいぶん面倒くさいもんなんだな」
「もう読んでるし」
 カレーを混ぜるのを止めた甲太郎は、ソファへと移動して要項をめくり始めている。俺も横から覗き込む。
「戦闘訓練はいくつかのクラスに分かれて行う……最も上のクラスに配属された者は、遺跡の生存率を高めるためにさらなる戦闘術を身につけ、他のハンターの助けになるべく……」
「すごいねー、甲太郎、もう英語の本なんか楽勝で読めるね!」
「……協会が英語とヒエログリフ以外に優しくないからな」
 苦笑しながらも、甲太郎の目は文字を追って動いている。甲太郎が読んで理解してくれれば俺はいいかなー、なんて安直な考えで甲太郎の顔を見ていると、……その表情が、徐々に変化してくる。
「特別訓練を行う際……訓練生に殺されそうになった場合の対処……、万が一の場合の保険・その他手続き、降伏する際には両手を後頭部に付け……って、全部、2004年改訂・追記になってるぞ」
 ……俺がやらかした次の年ね、ハイハイ、分かりました。了解ですよ。
「とりあえず、一通りは目を通しておけよ?こんなことで怪我でもされたら適わないからな」
「へーい」
「ん?こっちが担当する訓練生か。……今までの評価まで載ってるぞ」
「どれどれ見せて」
 ちなみに、さっき、本部で俺は訓練生だったころの自分の成績表まで見せてもらってきました。軒並みCが並び、語学系と戦闘だけがSSの我が成績表。いっそ哀れだったよ。
 今回の子はどうかな、と、見てみて一瞬手が止まる。
「あ……女の子、なんだ。俺よりも年下だ」
「あ?女で年下?それで変態的に強いのか?」
「変態って、んー、まあ、そうなんだろうけど」
 履歴書と成績表をぱらぱらとめくっていく。古代史B4、比較文化論B1、遺跡保全C7、宗教史C5、んー、そんな、優秀とはいえない成績ですな。二人が問題児って言ってたのはこの成績……って、語学S?古代語読解A6、古代文字学A5、か。
「なんだこりゃ。ずいぶんと偏った成績だな。しかも、成績がいいのは言語系って、お前のコピーか、この女」
 聞いた話だと、特別訓練となった時点で戦闘はSかSSになるってことだから、本当にハンター見習いの頃の俺と似た成績ってことになる。そりゃ、ジャッキーが嫌がるわけだ。怪しいもん。
「軍属歴はなし、民間軍事会社の登録もなし。どっかの国でスポーツ格闘技の代表とかだったわけでもなし。なのに強い。謎ですな」
「あーあ、これ見てみろ。特記事項:無表情です。お前、妹かなんかじゃねぇのか?」
「いやいやいや、どう見てもこの子の見た目に俺の要素、ないでしょー」
 俺は、もう一度成績表に目を通す。一人は、女の子。褐色の肌に、色素の薄い髪。きゅっとつった眼が印象的な、なかなかの美人さん。……かわいらしい、とかそういう形容詞を一気に打ち消しているのは、頬に走った傷。この傷一つが、彼女の印象を鋭く変えている。ああ、戦う子なんだな、と、彼女のバックボーンも知らないままに思惑する。
 写真からでも分かる、真っ暗に透き通った茶色い瞳は、甲太郎の言うとおり、ずっと前の俺の有り様によく似ている気がした。
 彼女は、いったいどんな人生を経てここに辿り着いたんだろう。おそらく、数カ国語は繰れるはず。銃の扱いは苦手。格闘戦は抜きん出ている。
 ナダルチカ・アルワという彼女の名前を、頭の片隅に引っかけておく。
 そしてもう一人。特別訓練を受けるのは、彼女だけじゃなかった。
「ジェリコ・イーリッチ。名前がいいねー。強そうで素敵♪」
「お前の基準はそういうところなのかよ……」
「この子とナダルチカちゃんは、ロゼッタに登録する前からずっと組んで動いていたみたい」
「動いていた……ってのは?」
「さーあ。どんな『活動』をしてきたかは分かりません。二人とも、そういう履歴はブランクで、不自然なほど綺麗だから」
 年齢を見ると相方よりさらに若く、写真の顔立ちもずいぶん負けん気の強そうな、「ザ・少年」という感じだった。なんだろ、こっちはこっちでまた妙に俺っぽいのが、若かりし日を思い出させてちょっと気恥ずかしい。
 彼は、別段飛び抜けて強いとかそういうことではなく、相方がこっちに放り込まれたから一緒にやってきたということみたいだ。バディ扱い、なのかな。現に、戦闘能力は普通の訓練生よりも下という評価。
「けれどもジェリコ君、他の成績はかなり優秀だ。特記事項:喧嘩っ早いです、が気になるけど」
「平均でA以上なら、このままいけばハンターライセンス取れるだろう。何だって別途で訓練受けるんだ?アルワって女が相棒なんだったら、別々にハンターライセンス取ればいいだけのように思うがな」
「何でだろうねぇ。離れられない理由でもあんのかも。背中を預け合う関係、みたいな」
「でもこいつ、弱いらしいぞ」
「……うーん」
 欠点を補い合うっていっても、そりゃバディを雇うとかして補填すりゃいい話であり。不思議な二人組。何か裏があるのは当然、それ以上に、なんとも一筋縄ではいかないような気がした。

*  *  *

 そうして迎えた、訓練初日。
 訓練はエジプトで行うことになっているんだけど、場所は少し東南に行く。シナイ山麓に、山岳訓練もできるような敷地をロゼッタかが確保しているからだ。エジプト国内では寒い方に入る場所だけど、それでも俺にとっては肌寒い程度。甲太郎だって、寒い寒いの連呼はしない。
 というわけで、俺は、いつものように黒コート。遺跡に行くよりちょいと軽めの格好で、常に持ち歩いているベレッタだけ腰にぶら下げ(いきなり初日から銃撃戦はないよねー、と思っていたけど、要項に殺されないように最善の努力をという記述があったので持ってみた)、後はタクティカルナイフ一本。
 隣の甲太郎は、お前一人で十分だろー、とか口で言いながらも一応動きやすい格好に着替えてくれている。忘れちゃいけないが、甲太郎さんは近接格闘戦ではロゼッタのハンターと比べても上位に入るほど。徒手だけならリックにだって勝利するのです。
「とりあえず、初っ端は力量をはかって、ナンボのもんか分かったら、少年の方はそっちに振ろうと思うんだけど」
「あいよ。了解」
「もしくは格闘は甲太郎が見て、その他の銃器戦闘は俺が見る、とか?」
「まずは様子見をして、それから考えようぜ。銃火器扱いとなったら広い場所も必要になるしな。とりあえずは今日はどれだけ強いかを確認するのでいいんじゃないか?」
「ラジャ」
 そうして向かった先は、ハンターたちもトレーニングや訓練やらに使う武道場。いくつかあるんだけど、少人数なので一番小さいところを借りてみました。
 中に入ると、すでに人影。一人は壁に寄りかかって、手にバンデージを巻いている。もう一人はその足下でストレッチ中。
 壁際の少女―――ナダルチカ・アルワは、俺たちの気配に気がついたのか、すっと視線を上げた。写真で見るより、ずっと髪が短くなっている。小さな頭にはよく似合うベリーショート。想像していたよりもずっと小柄、たぶん俺よりも小さい。
 俺が彼女を見ているように、彼女もじっと俺を見ていて……何だ?
 目を見開き、動作を止めて、親の敵を見るかの如く形相……というより、驚き?言うなれば、サンタなんて親だぜ、って言ってた子どもがうっかり本物サンタに会っちゃった、みたいな。そのまま完全にフリーズしてて、巻きかけのバンデージがほったらかしにされたまま、空中で揺れている。
(……俺を、知ってる?)
 一種、緊張状態のようだった視線の邂逅、その均衡を破ったのは鋭い声音だった。
「あんた、何」
 声の主は、ストレッチを止めて立ち上がっていた、ジェリコ・イーリッチ少年。幼い印象があったけれど、間違いなく俺よりでかく、体格もずいぶんよろしい。甘めの顔立ちなのに、今は敵意むき出しでこっちにガンくれている。
「ここ、使用中」
「そっかー。でも、俺らもここ使うんだわ」
「何言ってんだ。さっさと出て行けよ」
 ガラ悪いなー。特記事項の意味がよく分かる。どこぞのワンコを思い起こさせるあの感じ。懐かしいなあ。
「えっと、一応俺、ここに来るように言われておりまして」
「チーノは英語分からないから聞き間違えたんだろ。出てけよオラ」
 隣で、甲太郎が「あーあ」って顔で、額に手。長年の付き合いです、何を言われると俺の戦闘スイッチがポチッとなされるかよく分かっていらっしゃる。
「ハンター見習いのくせに、よくそんなこと言えるねぇ。それ、遺跡がある場所の現地バディに言ってごらん?協力してくれなくなっちゃうよ?」
「だったら何だよ、関係ねーだろ」
「関係あるんですこれが。ケツに殻付いたヒヨコ野郎共の殻向いてやらないと。ケツ蹴破ってでもね」
「……んだと?」
 険悪以外の何ものでもない雰囲気の中、俺はにっこり笑ってみせる。
「俺は、戦闘技術特別訓練課程の指導教官です」
「はァ?こんなガキが何を教えてくれるって?おしゃぶりの咥え方なら間に合ってるっての」
「間に合ってないでしょ?口も悪い、態度もでかい、教わる姿勢がなってない、なのに弱いって一番ダメ」
「……てめぇ」
「軽々しく人の生まれだの国だの貶す辺り、ハンターとしての品格もなし。もう一回、ケツ洗って出直してこい。なんならおしゃぶりの咥え方からやり直してこい」
 ようやく、イーリッチ少年の血管が限界を迎えたらしい。つかつかと距離を詰めてくると、頭一つ分高い位置から俺の顔を見下ろし、おもむろにフルスイング。右ストレートが飛んでくる。
「遅い」
 次の瞬間には、イーリッチ少年の身体は床の上に倒れる。何が起きたか分からない、という顔。そんなの簡単。避けるのもはばかられるへっぽこストレート、完全に見切って手首と肘を取り、パンチの勢いを利用して返しただけ。
「今の、何?まさか、当てようとしたわけじゃないでしょ?」
「……こ、んの」
 身を起こし、テイクバック。本気にでもなったのか、不思議な構えを取る。左腕を前に突き出し、右手は拳。なんの格闘術かは構えからは分からない。でも、こうなりゃこっちのもん。
 ちらりと相棒であるはずのアルワ嬢を見ると、もうあの驚愕の表情は消えていた。写真通りの無表情。でも、視線はやはり俺にある。相棒のファイトには、興味がないかのように。
 イーリッチ少年が突っ込んでくる。
 足さばき、腕の振り、レンジの取り方……んー、妙な格闘術だ。左手を牽制に、右手を本命に。トリッキーでふわふわしてて、どこぞの山岳部族とかに伝わってそうな戦法。
 でも、甘甘のダメダメ。
「よ……っと、ホイ」
「う、わッ!?」
 手のひらでちょんちょんと受け止め、突き出された腕を掴んでしまえば、後はまたひっくり返すだけ。足を払うと、見事にすっ転んだ。
「同じ手にかかるって……」
「うるっせ!!」
 なおも挑み掛かってくるのを、今度は手を出さずにかわす。とりあえず打ってるだけの打撃は、一発も、掠りもしない。
 夷澤ーー!お前よりいきがってるのに弱い奴がここにいるよー!
 遠い異国にいる後輩に思いをはせている場合でもない。目の前の弱い子をなんとかせねば。
「あのねー。格闘戦というのはこうやるんです。いい?黙ってないと舌噛むよ」
「んだ……ゥグ!?」
 振られた腕、その隙間から身体を割り込ませ、バックスイングで肘を打ち上げる。綺麗に決まった感触。そして綺麗に舌を噛んだような感触。痛そー。
 そのまま失神したようで、がっくり力の抜けた体重が俺に掛かってくる。……デカいから重いってこの野郎!!
「……こいつ、格闘のセンスないんじゃないか?」
「ないどころか、むしろマイナスでしょ。いや、その方が教え甲斐があるんですが」
 少年を甲太郎に預け(泡吹き始めたら即行病院に連れて行ってと言い置いて)、本日のメインのお相手をしましょうか。
「さて、と。……ナダルチカ・アルワ?どうする?俺と、やる?」
 俺が呼びかけると、ぴくりと肩を震わせる。怯えてる……?いや、そうじゃない。
「アルワ?」
「あなた、名前は」
 女性らしい、柔らかな響きの声。きっと彼女は、俺がちゃんとしたロゼッタのハンターで、自分の教官だということが分かっているのだろう。
「九龍。ハバキ、クロウ」
「そう、『クロウ』―――クロウ」
 俺の名を反芻した瞬間、口元が、わずかに弛んだ。まるで、笑って、いるような。薄い色の眼が、きらきらと、獲物を見つけた猫みたいに光っていた。
 そして、一言。
「本気で、やって」
「ハイ?」
 辿々しいけれど、それは間違いなく広東語。彼女に、中華系のにおいは感じないけれど、と俺が考えている間に、彼女はなんとその手にナイフを構えた。それも、逆手に。
「えー……、ガチでマジ?」
「ゴム、ナイフ。大丈夫。平気。……だから、本気で、やって」
 その言葉で、俺は構えを変更する。我流の格闘術。名前なんてない。けれど、負けたこともほとんどない。要はお望み通り相手をしてやろうという気持ち。
「ただし、構えは効き手足逆でやるよ?訓練生相手に本気は、いただけないから」
「………そう」
 アルワ嬢は、だらりと両腕を下げた。
 彼女の雰囲気は異様だ。さっきまで殴り合った子とは、持っているものが違う。異常者になる一歩手前の殺意を薄く削って、その身に纏わせているようだ。こんな年頃の、こんな女の子が。
 俺の知る限り、近いものを持っていた女は、一人しか。
「……ヒュッ」
 アルワ嬢の呼吸が遠くの方から聞こえてきた。一瞬にして、完全な構えを取り、同時に突っ込んでくる。
 右、左、右、左、確実に足を滑らせて距離を詰めてくる。その足運びだけで、彼女が強いことは十二分に理解できた。
 少し離れた場所から一足飛び、無手の左が撹乱するようにはためき、それに気を取られていると右のナイフが飛んでくる。いかにダミーナイフといえど、マジで掠めりゃ血も出るし摩擦で火傷もする。だが彼女は、そんなこと、微塵も考えていないらしい。
 軽やかなステップに、翻弄する腕。うん、彼女の格闘の技術はかなりのものだ。これは……さっきイーリッチ少年が使っていた格闘術?そっか、ナイフを構えたのが本式だったのか。
「おっと、っと、っしょい!」
 けれどトリッキーさでいえばこちらも負けてはいないわけで。顔を狙ってきたナイフを思い切り伏臥して回避、彼女の視界から一瞬消えたところで、しゃがんだ姿勢から脚を振り上げる。
「お!」
「ッぅ……!」
 なんと、彼女は食らいながらも急所を避けて見せた。ワンダホー!いくら利き足じゃないといっても、コレもらったら相当痛いはずなのに、ステップで距離を取って立ち続けている。
「いーねー!アルワ、すごい格闘センスだよ。そんなん、どこで覚えた?」
「…………我流」
 うひゃ、ますますいいわ。けほけほ言いながらも答えを吐き捨てる気丈さもいい。うん、ロゼッタも逸材を見つけてきたもんだ。
「その年で、ねぇ?そりゃよっぽどイロイロしてきたでしょう」
「…………」
 今まで、無表情では押し切れず、感情が流れていた彼女から、その一瞬、本当に表情が消えた。なんだ?
「……覚えて、いないの」
「へ?」
 それが、質問系を取っていた意味と、言葉そのものの意味、両方にクエスチョンマークが点る。覚えていない、って?俺が?えっと、何を?
「本当に、覚えていないの?」
 彼女の口調ははっきりしていた。
 ―――はっきりと、怒りとか悲しみとか、そういうものを滲ませていた。
 どういうことだ、と。俺が思考に意識を持って行かれ、身体の反応が遅れた、次の、瞬間。
「!!――――ッ」
 飛び込んできた彼女が、高々と脚を振り上げた。かわす。左手。避け……何!?
「危ねッ!!」
「九龍!」
 アルワ嬢は、戦闘に持ち込もうとしたわけではなかった。その身体、全体重を掛けて、俺を床に叩きつけた。……もっと有り体に言えば、押し倒してきた。
 女の子、ということと、一応は教え子、という意識から咄嗟に庇って受け身を取って。気がつけばナイフが首元に突きつけられていて、彼女の顔が、息のかかる場所に。
 彼女の細い身体が目一杯俺に傾けられていた。あまりの迫力に圧倒されて、俺は、振り払うという行為を行えない。
「思い出して」
 無表情、一滴の感情も示さないとでも言いたげな顔なのに、声音はどこか震えているようで。懇願、とか、哀願に近い。
「クロウ、思い出して、私を」
 一筋の傷跡の走る彼女の顔が、そっと近づいてきた。殺されるんじゃないか、という考えがほんの少しと、何をされるのか大体分かるというのがほとんど。分かっているのに動けないのは、彼女の声に拒絶を拒否する力があったから。
 ほとんど同じタイミングだった呼吸が、唇越しに重なる。
 ―――思い出して。
 わずかな口付けの後、彼女は再度、そう呟いた。