風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマスSS 同じ空を見ていた - 3 -

 昔から、好いてくれる子はずいぶんと変わった子ばかりで。
 一人でいるところを誘拐しようとしてきたりとか、好きだから虐め倒したい願望が止まらないとか、……あいつ、にしてみてもかなりの弩Sだったし。(ついでに甲太郎も弩Sの気があるし。女の子じゃないけど。)
 ……あれから、すっ飛んできた甲太郎が、押し倒されて動けなくなっていた俺からアルワ嬢を引きはがし、それでも呆然としていた俺を一喝し、強制的に再戦させられ、おろおろしているうちに勝利してしまい、彼女も意識を失い、相棒もろとも救護室へと運ばれていった。
 そして、俺はというと。
「……ほんっとーに、覚えてないんだよねぇ」
「最低だなお前」
「最低だね俺」
 そう。俺は、あんなに熱烈に押し倒されておいて、まるっきり彼女のことを忘れているのです。ホント、全然思い出せないんだから仕方ない。あの顔立ちにあの傷、一度会ったら忘れなさそうなもんなんだけど……。
「サイテーなんだけど、思い出せないんだからしょうがないっぺー」
「ぺー、じゃねえだろ。思い出せ!ほら、どっかで捨ててきたとか」
「ない」
「放浪時代に知り合ったとか」
「たぶん、ない」
「うっかり孕ませたとか」
「………ない、といいなと思います」
 それは、実は、とても、自信、アリマセン……。お恥ずかしいことに。あ。ちゃんと合意でしてたヨ?でも、うっかり事故が、ってことがゼロじゃないわけじゃん、してたってことは。
 だがしかし。相手の顔を忘れるなんて、いくら何でもないでしょう?酔っぱらってヤったときならともかく、……にしても彼女の年の子、つまり年下の女の子に相手してもらったことなんてない。
 その可能性をひたすら考えていると、俺の返答が不満だったのか、甲太郎が超ジト目。
「あ、で、で、でも!ホントに心当たりがないっていうか、ほら、ここ最近はずっと甲太郎と組んでて、そういうことがないってのは分かるっしょ?」
「まぁ、な」
「で、その前となると、ロゼッタに入ったとかなる前とかそういう時期。ここも、ない。そこまでフラフラ放浪してたわけじゃないし、あの頃は……その、あんまり外界に目を向けている場合ではなかったといいますか、他人を構っていなかったといいますか」
 甲太郎と出会う前、そして、あいつを亡くした後。あまり甲太郎にも話したことのない、俺的『黒歴史』。なんとも微妙に狂っていたあの頃は、他人に興味なんざ持ってなかったのだからシロだと思う。
「じゃあ、それよりも前か?」
「んー、そうなるとさ、あいつと色んな所を放浪していたわけだから、可能性としてはあるっちゃーあるんだけど……」
「けど?」
「……俺とあの子の年を考えると、お子ちゃまなわけじゃん?そうすっと、そんな年頃に会ってたとしてもあんなに熱烈に覚えているってのも……」
「確かに、考えづらくはあるな」
 しかも、その頃の俺の世界はすべてあいつが占めていて、記憶にあいつしかないんだもんよ、他の子のことなんて、覚えているわけもないし接触したとしても、あんなぶっ飛ばされるようなことをしているワケがない。
 と、すれば。本当に分からなくなってしまうわけで。
「……その、訓練生の履歴のとこ、なんか書いてないのかよ」
 甲太郎は再度、真っさらな履歴書に目を通す。
「ヤ、考えてみたんだけど、彼女の強さって絶対なんかやらかしてなきゃ身につかないんだよね。歳も性別も鑑みると、ちょっと尋常じゃない強さだし」
 の、わりに、経歴がクリーンというのがやはり気に掛かるところ。
ロゼッタは、基本的に後ろ暗い過去の履歴は表に出さないんだよね。ハンター同士の禍根になるとまずいから。けど、調査はきっちり行っているはず。
 俺の後ろ暗いあれやこれやも、公にしていないだけで、絶対お偉方は知っていらっしゃる。(現に俺の履歴書だってブランクだらけだ。)
「戦歴、軍歴、犯罪歴が一切なし……か。嘘くさいな」
「この子の過去が分かれば、ヒントになりそうなんだけどな」
「どうするんだよ、それでもし、親の仇とかだったら。お前の場合、冗談で済まないだろ」
「ねー」
 正直、それが一番怖い。もし面識がなかったとしたら、一番考えられるのはソレ。肉親の仇。俺が殺した誰かが彼女の近しい者だったとして。周りで生き残ったヤツが俺の存在を知らせていてもおかしくはない。で、彼女はずっと、仇を追って生きてきた、と。ようやく相手を見つけて、嬉しすぎて笑いながら食いついちゃったと。(文面にすると狂っちゃった子だな……。)
「でもお前、本名はずっと使ってこなかったんだろ?」
「そーなんだよねー。だから分かんないんだよ」
 あの子、俺の名前を聞いて何かを確信したっぽかった。でも、俺はあいつの前以外ではこの名前で生きてこなかったから、彼女が俺の名前を知った経緯が分からない。
 ホントに分かんない。
 分からないことだらけ。
 ナダルチカ・アルワ。聞き覚えのない名前。見覚えのない顔。彼女は、俺にとって謎の中にしかいない。

*  *  *

 それでも、まあ、引き受けてしまったからには訓練を続けにゃならんわけで。
 次の日、武道場に行ってみると、昨日のように手にバンデージを巻いたアルワ嬢と、切った唇にテーピングを貼り付けたイーリッチ少年。俺の顔を見ると、これまた対照的な顔をしてみせる。
 アルワ嬢は履歴書写真通りの無表情。昨日のことなんて知りません、て顔。対してイーリッチ少年は、苦虫数匹絶対口の中に飼ってるでしょ、て顔。にっこり笑ってみせると、忌々しげに唾を吐き捨てた、瞬間、アルワ嬢の肘鉄を思い切り後頭部に食らった。
「何すんだ、ナディーティク!!」
「ナダルチカ。何度言えば発音できるんだ」
「……うるせぇなー。自分だってチェリコとか言うくせによ」
「それ、拭いておけ」
「チッ」
 舌打ちに今度は拳固。顔をしかめたイーリッチ少年は、やる気なさげに持っていたタオルで床を拭いた。
 二人の間で交わされているのは英語。そういや、二人とも語学はできる子なんだっけ。けれども、両方、わずかに訛りがある。イーリッチ少年の方は……東欧とか南欧とか、そんな訛りか。
「そんじゃ、イーリッチがそれを拭き終わったら、今日のメニューに参りましょっか」
「……はい」
 頷いたのはアルワ嬢のみ。血気盛んな反抗期少年はまたも舌打ちを一発。
「てめぇ、ハバキクロウ、だったんだな」
「そだよ」
「……トップハンター様が、何でわざわざ訓練生なんか相手にしてんだよ。あのホンキーのオヤジで十分だろ。それとも、自分は強いんですー、ってなことを見せつけにぐフッ」
「それはジャッキーのことかなー?あはは、俺、昨日言わなかったっけ?他の国の人を、変な呼び方しちゃダメだよーって」
 襟首掴んで締め上げると、イーリッチ少年は面白い顔色になってバタバタ。
「甲太郎、こりゃ戦闘術以前の問題なので、性根をたたき直す意味でも俺が見た方がいいような気が……」
「そりゃ俺にアルワをみろってことか。お前、俺が死んでもいいとでも」
「そういうわけじゃないけどさー」
 二人に分からないように敢えて日本語で会話をしたんだけど、さすがは語学S、アルワは解したようで割って入ってきた。
「大丈夫です。これには、私から、言うします」
「……日本語も喋れるのね」
「はい」
 この容貌で日本語を拙いながらも喋るってのはなかなか不思議な感じがする。
「じゃあ、やっぱり俺がアルワ、甲太郎がイーリッチ担当で。……いい?」
「どこぞの駄犬を相手にすると思えばなんでもないさ」
「うっし」
 オチかけていたイーリッチ少年を甲太郎に向かって放り、俺はアルワ嬢を促して、二面あるマットの片方に向かった。
「じゃあ、始めよっか」
「はい」
「昨日みたいにまず一戦。今日はナイフなしでいこう。目標は、俺に打撃を当てること。最終目標は、俺に有効打を当てること。できそう?」
「やるます」
 アルワ嬢は、昨日と同じ構えをして、浅く息を吸った。
 そして、闘う人間の気配を漲らせる。吊った眼に、殺気と闘志。最高に最強なファイティング・ガールは、吐き出す呼吸と共に少し鈍る広東語で呟いた。
「一つ、質問をするいいですか」
「はい、どうぞ」
「彼女は……」
「彼女?」
「……いえ、何でもないす」
 気になるところで止めるね……。彼女、とは何を指しているのか?予定されていた教官はジャッキーだから彼女、じゃないし。俺には思い当たる相手がいない。さて、誰のことなんでしょう?
 現時点で一番身近にいる『彼女』であるアルワ嬢は、すでに何でもないという顔をしてマットの中央に立っている。俺も聞きたいことはたくさんある。彼女が一つ、と言ったから、俺も一つ、聞いてみた。
「俺も、一つ質問をしてもいいですか?」
「答えられることならば」
「どこで、俺を?」
 彼女は俺を知っていて、俺が彼女を知らない。いや、彼女は俺を覚えていて、俺は彼女を忘れている?本当に出会っていた、それとも人違いではなかろうか。
 表情を伺おうとしたけれど、見事に失敗する。猫のようにきゅっと眼を細める様子からは、何も読み取ることができなかった。
「それは、答えません」
「……答えられないこと?」
「答えたくないこと」
 けれど、その一言で、彼女の感情が少しだけ見えた気がした。
 不愉快。もっと言えば、怒っている。
 彼女は、確信を持って俺の存在を認識している。記憶は定か。それなのに、俺が忘れてしまっている。うわ。分が悪い。記憶のネタすら探れない。
「困ったな」
「困る必要、ない」
 牙をむく、肉食の声音。ほんの少しだけ、持ち上がる口角。
「あなたに勝つして、思い出してもらうします」
「……『てめぇを叩きのめして、思い出させてくれる』が正しいですよ」
「はい」
 素直に頷いた彼女は、素直そのままに真っ直ぐ突っ込んできた。
 俺はスタンダードな構えを取る。左右に視界を振りながら距離を詰める彼女の足捌きは、俺が会得したものともよく似ている。一気に詰めて振ってくると思いきや、バックステップで間合いを外し、蹴撃をフェイントに右腕が来る。
 コレ、普通の、例えばMCMAPだの習得してるやつからすりゃ脅威だ。全然予想外の動きだもん。教本がある戦闘術じゃ、対応できないでしょ。
「それ、ホントにどこで覚えたの」
「我流」
「元の格闘はなんかあるでしょ」
「部族に、古くに、あった闘いの方法」
「ほー」
 どこだろうな、なんとなくだけど、山岳地帯の部族の気がする。ナイフコンバットが得意なのもそういう人たちに多い。
「教えてくれた人たち、強いんだろうね」
「もういない。誰も」
 ふっと声に暗い陰りが宿る。教えてくれた人、だけじゃない、もしかしたら何かあって、その部族一つ、なくなっているかもしれない。俺はいくつも、消えていった少数部族を見てきた。
「だから我流、か……」
 とまあ感傷気味の俺なんて、彼女からは目にも入っちゃいないようで。喋りながらも、彼女は急所を狙い続けていた。途切れない集中力に、ちょっと感嘆。
「ん、イイネー」
 乱撃のような左右の打撃を、ひょっひょとかわす。俺の戯けた態度にも、彼女は攻撃を乱したり焦ったりすることはない。自分のタイミングで、相手を見ながら、無心に攻撃。
 この眼は好きだ。俺の大好きだった人の眼に、よく似ている。
「教え甲斐があるなー」
「謝謝」
「広東語なら、多謝が好ましい、かな」
「……はい」
 よろしい、と笑ってみせると、彼女は不思議な顔をした。
 悲しいような、困ったような……嬉しいような。
 その瞬間、年相応の可愛らしい女の子に戻っていた。

*  *  *

 彼女のことは何一つ分からず、かといって何にも知らないままにするにはちょいと問題がありすぎるわけで。
 俺は、無駄だと分かりつつも、アレキサンドリアにある本部から訓練生に関する調査資料なぞ借りてみる。なんでも、本当は閲覧厳禁らしいんだけど、教官のみ部分的許可が降りるらしい。データをダウンロードして出力し、目を通す。
 まあ、そんなもん読んだって、分かるのはもらった履歴書とか成績表とか、そういうのから読み取れることと大して変わらない。目新しい情報がなくて、頭を抱える。
「どーしたもんだろー……」
 教練用支部の事務室でうんうん唸っていると、
「おい、チビ、んなとこで何キョドってんだ。漏れそうなのか?」
「漏れないし!チ……んな飛び抜けて小柄なわけでもないですから俺!」
「俺らから見りゃ見事にチビだぜ、お前さん」
 そりゃーね!ジャックは甲太郎より頭半分以上デカいもんね!そりゃ、俺なんかチ……そんなに背が高くなく見えるかもしれないけど!!
 にやにやと笑いながら俺を見下ろす『山師ジャック』は、小脇に本を抱えて立っている。
「……ジャックこそ、珍しいじゃん。読書と物書きは、ジョーンの十八番じゃなかったっけ?それとも、とうとうハーレクイーンに目覚めたとか!?」
「るせー。俺だって読みたくて読んだんじゃねぇし、こりゃ単なる資料だ。誰がラブロマンスなんぞ読むか」
 ワイルド・ジャックは常々、『ただでさえ面倒くさい男と女のいざこざを、フィクションで疑似体験しようとする神経が分からない』と言っております。その割に、彼の恋人は人気女流小説家なのですが。
「資料って、なんのさ」
「あ?……ああ、そっか、ここにいるんだもんな。お前さんも教官殿なんだったっけか。俺も一つプログラムを持ってんだよ」
「へ!?ジャックが!?」
「んなに驚くことかい……」
 肩をすくめたジャックが、抱えていた紙束をばさばさと乱暴に置いた。
 うーん、山師ジャックと言えば、半ば野生化しているとか食料さえあれば裸一貫で山越えできるとか、そういう伝説を持つ人だから『教官』てのが意外に思える。
「俺からしてみりゃ、お前さんらみたいなガキ共がガキを教えるって方がどうかいと思うがね」
「どーせガキでっすよーだ」
「その顔どうだよ、ジュニアハイのお子ちゃまじゃねぇんだから……」
 べーっと舌を出してみせると、ジャックは心底呆れた、というような口ぶりをしてみせる。こんな感じで口は悪いものの、実はとっても心配性だったりして。いいおじちゃんなのですよ。
「で、ジャックは何教えてたの?」
「俺か?大体は想像付くだろうが、まあ野外活動っちゅーか、サバイバル術っちゅーか」
「あ、やっぱり」
「他に俺がひよっこに何教えるってんだよ」
「……山の中で女の子を引っかける方法」
「なんだそりゃ」
 ジャックが持っていた資料は俺も閲覧していい内容だったから、ちょっとぱらぱらっと覗いてみる。お、うちの子ら二人もいなさるよ。
「あー、こいつら、クロウが見てんのか?」
「へい」
「こっちのチビは、すごかったぜー」
 トントン、と指で示したのは、やはりというかなんというかナダルチカちゃん。
「俺だのダークだのが見た科目は、こんな野外活動もありますよってなデモンストレーションみたいなもんだから、成績はつけなかったんだけどな」
「つけたとしたら?」
「文句なくSSだ。ナイフ一本で一週間……どころじゃねぇな。たぶん、本人が飽きるまでは山ごもりできるだろうよ」
「うっわー……」
 これで、アルワ嬢が山岳地域出身だという可能性が大きくなる。だってさ、あの年で山ん中、ナイフ一本で駆けずり回れるって、どう考えても幼い頃からの環境がそうあるべきでないと無理な芸当だ。
「根っからの山の子、って感じだった?」
「ありゃ、山で生活していたんだろうな。遊牧民が草原に馴染むように、漁師が海に生きるように、こいつは山が自分のフィールドなんだろ」
「実はさ、あの子の戦闘スタイルがどーも、どこぞの山岳部族のものっぽいんだよね。近接戦のナイフコンバット」
「グルカじゃねぇのか?」
 ジャックは、山のことに関してはエキスパート。天候や岩場の様子、生息する動植物、とにかく何でも分かるらしい。だから、もしかしたら山岳民族についても詳しいんじゃないかと思って話を振ってみた。
「得物はククリじゃないんだよ」
「ナイフ・コンは何もグルカの専売ってワケでもねぇからな」
「でさ、……どうも、もうその部族はないっぽいんだよね」
「ない?何でだ」
「さー。ただ、もう誰もいない、って」
「そりゃ、山を捨てたとか故郷に戻れないとかって意味じゃねぇんかよ。いくらなんでも部族丸々なくなるってのは、そうそうねぇぞ?」
「だ、よ、ねぇ……」
 それに、ロゼッタは、組織柄、民族・民俗関連の情報もたくさん入る。失われそうな文化とか、部族同士の合併だとか。資料を見れば、そういうの含めて何かピンときそうなもんなんだけどね。
 でも、彼女の、あの言い方……誰も、いないって。本当に、いなくなっちゃったかのようだった。いや、ジャックが言う通りならまだいいんだ。いつか、何かのわだかまりがなくなったとき、会いに行ける人たちがいるなら。
 でも、彼女の、あの眼は。
 独りで在ることを受け入れざるを得なかった者のそれ、という気がして。
「そういや、あのガキ、見た目も変わってらぁな」
「そっかな?」
「肌は、日焼けとは別モンに濃いめだろ?そうなりゃ、普通は自然と髪なんかも濃くなる。特に、山岳民族なんて、太陽に近い分顕著なはずなんだよな。それが、金髪ときたもんだ」
「……言われてみれば、そうだよね」
 標高が高いということは、太陽に近いということ。ひいては紫外線を受けやすく、自然とそれに弱い薄い色素ではなくなるはず。長い時間をかけて、適応していく。
「俺なんかは、山に入ってったのが年いってからだからこうだが、生まれが山の民ってことは、ずいぶんと変わった色素だろ」
 うん。そうだ。その通りだ。ジャックは白人で、地黒に見えるのは日焼けのせいだ。けれど、アルワ嬢の褐色の肌は、おそらく生まれ持ったものだと思う。髪の色が薄いのも、抜いてるんじゃない感じ。だって、眼の色まで薄いし。
「つっても、まあ、別の種族の血が混ざりゃ、ああいうのが生まれる可能性もある」
「……んー」
「なくなったっつー部族のことだって、ベトナムん時は、一つの集落がごっそり消滅する、なんてこともざらだったんだ。今のご時世、中東辺りなら、あってもおかしくない話かもな。なんにしても、あんまりほじくり返されたかない話には違いねぇ」
「うん。だから、俺も突っ込めなかった……」
「もし、信頼されるようにでもなりゃ、あっちから話してくるさ。それを気長に待つこったな、センセ」
 茶化すように言ったジャックは、乱暴に俺の頭をかき回した。やっぱり、こういう大人の余裕がないと、人を教えることなんてできないのかなー。
 それ以前に俺の場合、忘れてる何かを思い出さない限りは、彼女と信頼関係なんて作れそうにないんだよねー……。
 あーあ、どうしたもんだろー。