風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマスSS 同じ空を見ていた - 7 -

 甲太郎が殺されかけ、俺がアルワ嬢とイーリッチ少年を殺しかけ、もう、よくワケの分からない混沌の様相を呈していた教官稼業。それが、さらに混乱しだした。
 22日、夕暮れ時に病院に担ぎ込まれたアルワ嬢は、治療を受けた後、病院から消えた。イーリッチ少年がずっと付き添っていたのだが、明け方、仮眠を取っていた隙にいなくなったらしい。
 協会も俺たちも、方々探し回ったものの、見つけることはできずにいた。残るにしても辞めるにしても、ロゼッタの情報を持ったままいなくなられるわけにはいかない。
 休暇を取るハンターが大勢でてしまうこの時期、余計な人員を見習いに割く余裕はなく、H.A.N.Tを所持していないことも難航に拍車を掛ける。ジャックやマットといった、本部近くにいたハンターも自分の仕事を投げ出して捜索に当たってくれているのだが、見つかったという報告は出ない。
 ……俺は、もう、特大の罪悪感に苛まれ続けていた。

*  *  *

「うわーん、見つからねー!!」
「阿呆、泣くな鬱陶しい!!」
 教練支部の詰め所で、甲太郎さんからかまされる愛の一蹴り。
 ただいま、空港の入出国記録を調べ終えて、アルワ嬢が飛行機では出国してないということが判明したところ。国境警備とかにも手を回してるんだけど、それらしき形跡もない。もうホント、慣れてなきゃ無理な手際の見事なドロン。
「だ、だって、まだ腕の怪我とか肋骨の損傷とか、治りきってないんだよ?それなのに動いたりしちゃ、ただでさえ危ないのにー!!」
「……やらかしたのはお前だろうが」
「う゛……」
 そ、それは分かっておりますよ、ええ、俺のせいですとも。どうせ教官失格です。教え子を瀕死の重傷にしちゃうくらいのダメ教官ですとも。
 分かってるけど、……分かっているけど。
 こればっかりは仕方ないと諦めて。無理なんです。俺、甲太郎になんかあると、それだけで頭の思考とか理性の回路がつながらなくなって、本能と本性に直結してしまう。自覚はあるけれど自制はできないこの悪癖を、けれど治そうなんて思っていないのだから。
 ……それでも、やはりやり過ぎたのは明白で。甲太郎の上に乗っていた彼女をやった、最初の一蹴りは、あ、会心、と内心で思ってしまうほどのもので、当然急所に入っていたら死んでいた類のものだ。直前で、アルワ嬢が僅かに身体をずらしていなかったら、今頃叱られていた、では済まない事態になっていたはず。
「ったく、どいつもこいつも手の掛かる。おいジェリコ、聞き込みの情報は入ってんのか」
「今まとめてるっすよ」
 イヤホンをつけて、コンピュータと睨めっこしているのは、件のアルワ嬢の相方。俺たちと一緒に、ほぼ不眠不休で彼女の捜索に加わっている。
「……それに、ありゃ、あんたのせいじゃねー」
「少年……」
「ナディが悪い。俺が逆の立場だったら、同じことしてたよ。だから、気にすんな」
 キャッキャウフフしていた狂乱モードの俺にぶっ殺されかけたというのに、ワンコ少年はそんな言葉を掛けてくれる。それなのに俺と来たら……マジ、自己嫌悪。
「あ、のさ……」
「あん?」
「アルワが、俺と昔会ってたのって、……ホント、なん?」
「……らしいぜ」
 あの後、病院で俺は少年からアルワ嬢の話を聞いた。やはり彼女はとある山岳部族の出身で、本当に幼い頃同じく幼い頃の俺と出会っていた、らしい。らしいというのは、俺の記憶がすっ飛んでいるのと、イーリッチ少年自身、アルワ嬢から詳しい話を聞いていなかったということ。
 ただし、アルワ嬢が俺の元相棒を知っていたことや、俺が昔からこの戦闘スタイルだったことを知っていたことを加味すると、信憑性は高い。というか、もうこうなると、俺が忘れているだけ、となる。
「あんた、ナディーティクみたいなこと、してたんだろ」
「……と、言いますと」
「戦場出たり、人、殺したり、ロゼッタみたいなのじゃなく、……戦うことで、生きてた人」
「ああ、うん、……まあ」
「俺は、耳がたこになるくらい聞かされた。夜、寝る前とかに、話してくれた。御伽噺みたいな、黒尽くめの話。化け物じみて強いっていうから、俺はてっきりもっとずっと年上の、傭兵みたいなヤツを想像してたんだ。……昨日のあんた見たら、すげぇ、納得したけど」
「すすすすいません……」
 恐縮ですぅ……。
「あーーーッ、ダメだ。聞き込みの情報照合しても、ナディみたいなのはヒットしない。あいつ、目立つ容姿だから変装してもすぐバレるし、人目につきやすいはずなのに」
「消えたのは明け方だ。人が少ないうちに行動されれば、そう簡単に目撃情報は出ない」
 ラベンダーをぷかぷかさせながら、甲太郎も色んな端末を操作している。俺が、もう一度病院周辺の監視カメラをチェックしようとしていると、詰め所のドアが開いた。
「お前ら、まさかずっとここにいるのか?」
「マット!!」
 お偉いじいさん、登場。本部にいたはずなのに、ここまで来てくれたんだ。
「三人とも、面白い顔色だな。少し仮眠取ったらどうだ」
「さすがに俺は、そんなことしてられません……」
 うなだれていると、マットは俺の頭にぽんと手を乗せ、……いや、ドバドバっと重い何かを乗せてきた。
「な、何コレ」
「意味はないかもしれんが、一応、アルワの身辺調査をしたときの資料だ。最初にちゃんと、これを見せときゃこんなことにはならんかったのかもしれんが、なにぶん極秘資料でな」
 今朝、ロゼッタの上役であるマットには、俺とアルワ嬢の関係を話しておいた。過去に、なにかあった可能性がある、と告げると、こういう事態を引き起こした責任は、情報をしっかり統制しなかった協会にも責任はあると言ってくれたのだ。
「イーリッチ、お前も見ておけ」
「でも……俺は、そういうことは、ナディの口から聞きたい」
「……そうか。なら、好きにしな」
 少年は、辛そうな顔をして、イヤホンをはめ、別の端末をいじり始める。俺は甲太郎と一緒に、アルワ嬢の過去を、覗き見し始めた。

*  *  *

 ナダルチカ・アルワ。
 出身は、欧州のとある山岳地帯。出生に関しては多々あるものの、八歳まで目立った経歴はなし。とある事件をきっかけに、部族が全滅。一時、国連に保護されロシアで生活するも、すぐに保護施設から姿を消す。その後数年、特に活動はなし。しかし、三年後、治安の悪化が著しい国やテロ頻発地域、紛争地区などで姿が確認されるようになる。
 十五歳のときに、テロにより家族を喪ったジェリコ・イーリッチを保護、以後、活動を共にするようになる。


 欧州の山岳地帯。
 彼女が九歳の時、全滅した部族。
 それを巻き起こした、『とある事件』。


 ―――ああ、クソ。
 本当だ、これを、最初に見ておけばよかった。
 あの子だ。
 俺は、彼女、ナダルチカ・アルワと、遠い昔に、会っていた。

*  *  *

 あれは、寒い寒い冬のこと。
 俺と相棒は、とある国に忍び込んでいた。
 その頃、あの辺りは大国の崩壊に伴う様々な政治的緊張でどの国も危うい均衡の上に成り立っていた。アルワがいたという地区についても、それは例外ではなかった。
 仕事は、あいつが請け負ってきた。当時、その国で猛威をふるっていた反政府武装勢力、それを統括するリーダーの暗殺というのが仕事内容。件の武装集団は、利益でなく理想で集結した集団。頭を殺れば、活動自体は散発的なものになる。
 隠れ家自体は依頼主の方で見つけてくれていた。そこまでしておいて、なぜ国の方で動かなかったのかといえば、目的の奴は冷戦時代に活躍していたらしく、『国』として手を出すことで、国内外が混乱する可能性が高かったからだ。
 要するに、国とはあずかり知らぬところで、適当に片付けろ、と。そういうことだった。
 俺たちは、武装勢力がねぐらとしている場所の近くにあった集落に滞在した。集落には協力者がおり、他の人間も、時折奴らに村を襲撃されていることもあってずいぶん協力的だった気がする。
 寒い寒い冬のこと、真っ白い雪が絶えず降り続いていた。
 俺とあいつは寒さには強く、そう、確か、いつもの真っ黒い黒コートを羽織って狩りに出かけたのだ。もちろん、移動は徒歩。
 いつもの通り、歌を口ずさみながら、汚れていない雪を踏みしめて。あいつは隣で煙草を吸い、俺も適当に煙草を吸い。世話になっている集落の場所を、足跡で特定されないよう様々に攪乱させながら、ひたすら歩いた。
 やがて雪が、だんだんと汚れ始める。車両の轍、廃油のまかれた跡、踏み固められ、泥にまみれた雪。……時折、赤黒い血。
 真っ白い雪が好きだったあいつの機嫌が、外界の気温よりも遙か下方に向かっているのは隣にいる俺にはハッキリと分かった。アジトに近づくにつれ、増える舌打ちが印象に残っている。怒ったときのこいつは、それはもう死ぬほど怖いし強いので、今回は俺は裏方に徹しようと心に決めた気もする。
「あー、ヤダヤダ、こんな山奥まで来て、お山のボス猿退治」
「……仕事受けてきたの、お前だろー」
「だーっかってんだよ、……に、しても。汚ねーアジト」
 あいつが蹴ったのは、おそらく少し前までは奴らの仲間だったであろう人間の死体。様子見のために隠れている場所には、それが数体転がっていた。政治的結束をした連中にはよくある。制裁行為がいきすぎて死んじまったんだか、殺そうと思ってやったのか。んなことはどうでもよかったが。
「さて、っと。ボチボチやるか。目的は一人だけど、まあ、いくら殺ってもとりあえず大丈夫」
「了解。俺は周りのを片付ける」
「あたしは、あん中突入したら、お前以外は全員殺るっちゃ」
「俺も、お前以外は全員殺る」
 それは、合い言葉のようなものだった。人質を救出しろと言われない限りは、目に入ったものは全て殺さなければ、次の危険の火種になる。だから、俺は、あいつ以外全てに銃を向ける。
 突入後、あちらこちらで罵声と怒声と銃声が上がり、そこに悲鳴が多めに混ざり始めた頃、俺の耳はあいつの歌を捉えた。頭を殺った、という合図のようなもの。ほどなくして、事切れた死体を引きずって、あいつが現れる。
「なーんか、物足んねー。頭は間違いなくこいつなんだけどよ」
「周りの連中は片っ端から片付けた」
「……んー、じゃあ、いっか。あ、記念撮影しないと」
 依頼を完全に達成できたかどうか、協力者に報告するのでもよかったのだが、携帯端末も持たされていたため、死体の顔写真を撮り、依頼主に送りつけておく。
 これで、仕事は終わり。村を出てから、二時間足らずのこと……の、はずだった。


 集落に戻り、協力者にも報告し、なぜだか飲めや騒げやの雰囲気になり。
 存分に更けていた夜が更け込んだような時間帯。
 村の人間も寝静まり、俺も、あいつも国を出る準備をして眠ろうとしていた、その時。
 携帯端末が何かデータを受け取ったらしく、受信ランプが点滅していた。
 何かあったのだろうかと見てみると、そこには、よくあるような悲劇の羅列。
 俺たちのいる、一つ向こうの集落が、武装勢力の生き残りに襲撃されている、との情報だった。
 あーあ、と。隣のあいつは嘆息する。状況が、悪かったかね、と。
 そう。運と、状況の問題だった。俺たちのいる集落は、絶対に足跡を辿られないよう工作をしたが、他の集落までは知ったこっちゃない。
 そして、襲われた集落というのは、……難しい、人間の集まりだった。
 社会からはみ出た人間の、駆け込む先、とでも言おうか。元々その場所にあった集落ではなく、余所から不法に流れてきた人間がコロニーを形成したような。どこぞの国の戦犯もいれば、人身売買されたのが逃げ出したのもいれば、民族浄化の名の下に孕まされた挙げ句、国を追われた者もいる。
 国としては、そんなものこそ消してしまいたかったのだろう。だが、その集落の結束は、血よりも固いという話もあった。流れ者同士、身を寄せ合って生きている。他の民族、宗教、政治、そういったことには一切干渉せず、外界との交流を断ち、独自の民俗の中で生きる。
 そのスタンスは、壊滅させる理由を作らず、加えて他国の山岳民族から流れてきたという始祖が伝えた戦闘が部族内に行き渡り、滅法強い連中が揃うという。
 武装勢力の生き残りは、その情報を持っていたのだろう。勢力を数時間で壊滅させられるなど、そいつらに違いないと確信してしまったのだ。奴ら、軍が自分たちに手を出せないことは知っている。今日、軍が動かなかったことも知っている。
 そして、戦闘が、巻き起こった、と。
 あいつは、俺に、どうする?と聞いてきた。
 俺は、行ってくる、と言った。
 因果関係を辿れば、俺たちのせいだ。責任の所在を集落の連中が突き詰めるとも思えないが、自分たちのしでかしたことの尻ぬぐいはしたかった。
 依頼者からの情報は、ずいぶんと悪意に満ちており、集落が襲われてかなり経ってから、俺たちについでのように流されていた。そのこすいやり方も、俺の気に障った。
 お前が行くならあたしも行くよ、と、あいつは当然のように歌うように言い、真夜中に、俺たちは連れだって二度目のお使いへと出向いた。

 タイミングが、良かったのか悪かったのか、そのお国事情的には最高で、俺的には最低。
 集落一つ、虐殺され尽くして、誰も残っていないか連中が荒らし回っている最中、というところに俺たちは降り立った。
「あたしが言うのもナンだけど、胸っクソ悪りぃ」
「同感」
「とりあえず、あたしは、襲ってきた者だけ殺すよ」
「俺も襲ってきた者は殺す」
 奴ら、突然餌場に子どもが立っていたせいか、相当驚いていた。まあ、いつものことだ。あいつはにっこりと捕食者の笑み、それから、ずっと、歌いながら踊るダンス・マカブル。
 どうやら俺も腹が立っていたらしく、高揚した気分のまま歌を唄い、目につく者を殺しつくし、―――それは、罵声を響かせていた一軒の小屋に飛び込んだときのことだった。
 俺の目に飛び込んできたのは、数人の男達に囲まれた、子ども。泥と涙と血にまみれた、哀れな獲物。奴らは捕食者だったが、俺が入ってきた瞬間に、食物連鎖は入れ替わる。
 飛び込みざま、条件反射のように一人を射殺。気付いて、飛びかかってきた間抜けを頭蓋骨を蹴り砕いて二人目。両脇から抱え込まれそうになるのを伏臥回避、ついでに振り上げた脚で一人倒し、もう一人は立ち上がった位置から後ろ回し蹴りで倒す。二人の頭にそれぞれ銃弾を見舞い、ここに残ったのは子どもの俺ともう一人の子どもだけ。
 床で震える子どもは、片頬を腫らしていた。一直線に裂かれたような傷も走っている。顔が汚れているせいでぱっと見ただけでは分からなかったが、女の子、だった。眼は怯えきっていて、身体は痙攣のように震えている。
 生き残りだ、と思って、俺が手を出そうとした。
 すると、彼女は、どこに隠し持っていたのか、一振りの小型ナイフで俺の手を薙いだ。
 寸前でかわしたものの、襲ってきた奴は皆殺しと決めていたし、ならば殺すべきかと悩んだのはほんの一瞬。頭の中に浮かんだのは、俺を拾ったときのことを話す、あいつのこと。
 糞みたいな街で俺を拾い、錯乱した俺に襲われたと、からかいながら話す姿。
 俺も、きっと、最初はこんなふうに怯えていたのか、と自分のことも思い出す。
 だから、怯えながらも威嚇する子どもに、言ったのだ。
「寒くないか」
 怖がらせないよう、その時の俺の、精一杯で。
 けれど、英語では言葉が通じず、その国の共通語でも通じなかった。
 それでも俺が何かを話しかけようとしているのは分かったのか、彼女はおそるおそるナイフを降ろし、また、盛大に泣き喚きだした。
 参った。俺はその時子どもで、こんなふうに泣く女の子、というのを相手にしたことがなかったのだ。困ってしまって、仕方なく、そう……確か、手を出したのだ。
「来るか?」
 通じないと分かっていたから、自分の言葉、広東語で。やはり彼女には通じないようだったが、俺の顔と手を何度も見比べて、手を、握ろうとして、
「クロウ、こっちはダメだ。全滅くさい」
 あいつが、小屋に入ってきた。少女は慌てたように手を引っ込め、俺も手を引く。
「って、おろ。その子は」
「生き残り、らしい」
「そ。……うん、よかった。いや、その子にとっちゃ、全然よくないけどさ」
 生きていただけでもね、と、普段は命を紙のように考えているあいつが笑う。
「なあ……この子、」
「……連れて行きたい、とでも言い出すか?」
「…………」
 さすがに、俺の考えていることなど見通されていた。口ごもっていると、あいつは俺の頭に手を乗せる。
「集落はほとんど壊滅、って、情報は出しておいた。さすがにこうなりゃ国も動く。武装勢力をやった後だから、国連の奴らも入ってくるかもしれない。この子は、そいつらに預けた方がいいと思うよ」
「………ああ」
「どうしても、って言うならあんたの好きにすりゃいいけど、……『自分』を、もうひとり増やしたい?」
 俺にとって、あいつの言葉は絶対で、俺はその時幸せに満たされていたけれど、もしも俺と同じ境遇の人間がいたとして、そいつが幸せだとは思えなかった。要は、俺にはあいつがいるから幸せなのであって、俺自身が、その子どもにとってそうなれるかと言われれば、どう考えても無理な話だったのだ。
 まったく会話を理解していない少女に、もう一度目を向ける。俺たちの一挙手一投足にビクついている様子は、可哀想、にも思えたが、ここで俺が連れて行くなど地獄を見せるようなものだとも思った。
 あいつが、黒いコートを翻す。俺も、その後を追った。
 少女は何かを叫んでいたが、言葉、というよりは悲鳴に近く、おそらくは「置いていかないで」という類のものだったのだろう。俺は、一度だけ振り返り、連れては行けない、と呟き、その村を後にした。


 そんなことが、ずっと昔にあったのだ。
 俺にとっては、戦いの中で遭遇した、ほん小さなの事件。
 けれど、彼女にとっては全てを失った、忌まわしい事件。
 そうか、あれが。
 あのときの、泣き喚いていた子どもが、ナダルチカ・アルワ、だったのか。

*  *  *

 思い出したままをつらつら話し終えると、甲太郎は神妙な顔をして溜息。
「それで、お前は、そのまま村から出たのか」
「そう。確かね。……置いてもらってた集落に戻らないで、結局一晩かけて歩きで国境を越えたんだ」
「…………そうかよ。つーか、そんなことよく忘れてられたな」
「だって、そんなの日常の他愛ない出来事だったんだもん、少なくとも、俺たちにとっては」
 呆れた、というようにも見える表情。本当は、内心でどう思っているのだろう?そういえば、昔やらかしていた仕事の話を、ちゃんと甲太郎にするのは初めてかもしれない。
「でもさ、もしも、アルワが俺たちの言葉を覚えていたとすれば、俺の名前とか、俺の相方のこととか知ってたのも当然」
「だ、な」
「俺たちのせいで自分の部族が壊滅したなんて知らないで、命を、助けられたと思ってるんだ……」
 もっと綿密に計画を立てていれば、アルワ嬢たちのいた集落は襲われずに済んだかもしれない。後悔はないけれど、申し訳なさだけは募ってくる。
 それなのに彼女は、ずっと俺を追っていたのだ。命を助けてくれたと思い込んで。手を差し伸べてくれた意味を信じて。それから彼女がどう生きてきかなんて知らないけれど、彼女の生きる道をねじ曲げた、その責任は俺にもある。
 会わなきゃ。会って、ちゃんと謝らないといけない。……殺そうとしてしまったことは、謝らないけれど、出会ってしまったことは、謝らなければ。
「マット、他に、何か情報は?」
「今んとこない。普通のハンターなら遺跡に行った可能性も考えるが、あいつは訓練生で、まともに遺跡探索もできないから、その線も薄いだろうしな」
「そう、だよね……」
 しかも、彼女は《宝探し屋》を望んでいたわけではないのだ。生粋のハンターのように、遺跡が全てなんていう本能もないだろうし……。
 俺とマットが唸っている横で、甲太郎はなんぞか考え込んでいる様子。そして、
「おいジェリコ」
 イーリッチ少年のイヤホンを取り上げる。
「んだよッ、こっちはまだ何も、」
「お前だったら、どうする」
「はぁ?」
「アルワがお前の命を助けたんだろ?もし、そのときくっついて行かないでいたとする。でもその後、ずっと追いかけて、ようやく見つけたが、相手が自分を認めてくれなかったら」
「そ、そりゃ悔しいよ」
「アルワがハンターになっていて、お前じゃダメだ、って言われたら?」
「……認めさせてやりたい、って、思うんじゃねぇか?」
 イーリッチ少年が答えた瞬間、甲太郎は盛大に少年の頭をなで回した。
「それだッ」
「ちょ、何すんだよ、てめ、コー!」
「甲太郎、それだって、何が」
 マットが持ってきた紙束を漁ろうとする甲太郎に質問。甲太郎は、俺とイーリッチ少年を見比べて言った。
「アルワもジェリコも、結局同じ。目指している相手がいて、そいつと生きていくために死に物狂いをした。同じと言えば、お前だって同じだろう」
「ま、うん、確かにそうかもしんないけど……」
「お前に『強さ』を見せつけたのに拒絶されて、でも、諦められない、認められたい、そうなったらどうする」
 言われて、考える。
 もし、あいつがハンターだったとして?追いつくために『強さ』は要らないと言われていたら?……そんなの、《宝探し屋》として、認めさせる……、
「ああ!!」
「だろ?遺跡を踏破すれば、見直してくれるんじゃないか、認めてくれるんじゃないか、そう考えたとしてもおかしくはない。ジェリコ、お前ら実地で何度か遺跡は潜ったな?」
「あ、ああ。つっても簡単なとこだったけど」
「それ、どこだ?」
 イーリッチ少年が答える前に、マットが紙束の中から一枚つまみ出した。
「これが、訓練生が潜った遺跡だ」
「……ルクソールの葬祭殿にデンデラの神殿、サッカラのピラミッド……って、ほとんど観光地みたいなとこだけど!?」
「ああ。危険がないようにな。観光地化されているような遺跡の下層部分、観光客が入れない部分を使ってるんだよ。石碑やごくごく弱い化人も残ってるしな」
 くっそー、俺なんかのときはここまで手厚く新人研修してくれなかった気がするんすけど!?
「でも、どこもここからは遠い。満身創痍で、空港にも出向いていない……この場所からの徒歩圏内で、ない?」
「徒歩圏内って、ここから向こうは国境だし、南は山だぞ」
「……山は、彼女の領域だ」
 深手を負っていても、山越えぐらいやってのける。あの子は、そういう子だ。
「そういえば、サバイバルの実施訓練の時に、遺跡を見た…」
 少年が、一生懸命思考を回転させる。サバイバル訓練、それは、おそらく山師ジャックが行ったであろう山中での訓練のことだ。
「一晩、山ごもりさせられたときに、ここには絶対立ち入るな、って。確か、元々銅の鉱脈で……小さな遺跡だ。バーディヤが死んだことがあるとか」
 バーディヤ、ベドウィンとも言うんだけど、彼らは砂漠の民だ。遊牧をして生計を立てている。ほとんどは街に住む者と交易を行い、穏やかに暮らしているのだが、ごくごく一部、盗賊まがいのことを行う連中もいる。奴らによって、中東の遺跡が、盗掘、あるいは破壊されてしまった例もいくつかある。
 イーリッチ少年の言葉に、マットが舌打ちをする。 「小規模遺跡だ。ロゼッタはまだ調査していない」
「それは、ここから近い?」
「山の中だが、一番近いのはそこだな」
 マットは目の前の端末と自分のH.A.N.Tを操作する。いくつか画面が切り替わり、何かを探しているようだった。
「山岳訓練で遭難者が出たときのために、いくつか監視ネットワークを張ってる。数日前までは映像を遡って……」
 動きが止まる。映像の中には、……真っ黒いコートを着込み、あの特徴的な足取りで、僅かに身体のどこかをかばいながら歩く小柄な姿。
 間違いない、見つけた……!!
「アルワだ。遺跡の、すぐ近くだな」
「じゃあ、俺が潜る。遺跡にいなかったときのために、周辺の捜索を誰かに頼めるかな」
「手配はしておく。近くまで乗り付けられる足も準備するから、お前は装備を」
「了解ッ」
 最敬礼、詰め所を出たマットを見送り、俺は、自分の相棒を振り返る。
「……甲太郎、これは、俺の責任だから行ってくるけど……、どう、する?」
「どうするもこうするもないだろ」
「でも、甲太郎はあの子に殺されかけたし……」
 一緒に来てほしいくせに、ごにょごにょと言葉を濁してしまう。そんな俺の頭に、甲太郎はぽんと手を乗せる。
「殺されかけるなんて今更だ。それでどうこうなるくらいなら、お前と一緒にはいられないだろ」
「……ありがと」
 そうなれば、さっさと準備をするに限る。幸い、戦闘訓練ってことで来てたから、通常装備はここで揃えられる。愛用の二挺だってある。
「お、俺も!!」
 バックアップ装備をどうするか話していた俺たちの間に、ワンコ少年が割って入る。
「俺も、連れて行ってくれ」
「ジェリコ、気持ちは分かるが、これはもう訓練じゃない。遺跡に潜れば、いくら何でも面倒は見きれなくなる」
「それでもいいから!!」
「阿呆、こっちがよくないんだよ」
「だから、もしも俺が途中で負傷したり死んだりしたら、置いていっていい」
 ここで、ワンコが縋るような眼をしたら、即刻置いていくところだった。しかし、なんともまあ、決意をした『男』の顔つきになっていたもんで、こうなったら仕方ない。
「……ホント、置いて行っちゃうかんね」
「九龍!?」
「だって、ここで置いていっても、きっと追いかけてくるし」
「そりゃそうかもしれないが……」
「それに甲太郎、同じ立場だったらどうしますか?」
 とうとう、甲太郎は黙り込んでしまう。唸った後に嘆息して、仕方ねぇな、と呟く。
 そうそう、これは仕方のないこと。俺たちは結局似たもの同士。追って追われて、辿り着く所なんて一緒なんだから。
 ダメだって言われても諦められなくて、相手の存在にしがみつくように生きて、不器用きわまりない上に面倒くさくて厄介だ。そんなの、自分でもよく分かってるし、分かっているから自分とそっくりな相手のことも分かってしまう。
 俺が子どもだったときから、もうずいぶん長い時間が経った。全然別の場所で生きていて、別の世界を見てきたはずなのに、こうなってしまうんだから、仕方ないんだ、これは。
「イー……ジェリコ、普段武装はどうしてる?」
「ナディが調達してきたのを、適当に」
「そっか。じゃあ、ジャックに連絡して用意してもらって」
「りょ、了解!」
 バタバタとジェリコが部屋を出て行く。俺たちも一旦自分たちに割り当てられた部屋に戻って、装備を調えないと。
 いつもと同じ、バリスティックコートを羽織り、足にはコンバットブーツを。甲太郎はアサルトベストを着込んで、ケブラージャケットをその上に。あちこちにナイフを仕込み、暗視用ゴーグルと、H.A.N.Tの充電を確認。よし。完璧。
 丁度、そこへマットから連絡が入る。準備万端、って。
「よーし、じゃあ、行きますか!」
 意気込んだ俺の後ろで、甲太郎は「にしても、何でいつもこの時期はこんなことになるんだかな」と、何かを諦めたように呟いていた。