風云-fengyun-

http://3march.boy.jp/9/

***since 2005/03***

| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 7.5 | 8 | 9 |

10th.Discovery 七瀬ふたたび - 7 -

 遺跡の中央。円を描いた床の一部が、きらきらと不自然にきらめいている。今日の目的地を指し示しているのだ。
「ったく、遅ぇな、あの銃マニア」
 ぼやく甲太郎を、俺はじろりと睨んで見せた。
「あいつが銃マニアなら俺は何だ」
「鉄砲と名が付けば何でも触りたくなる超弩級の鉄砲阿呆」
「…………」
 何も言い返せずに仕方なくまた睨み付ける。甲太郎はそれの何が面白いのか、吹き出して俺の頭に手を乗せた。その仕草は、あんまりにも優しい。
 俺が図書室で醜態をさらしたせいか、今日は甲太郎が付いていくと言って聞かなかった。と、いうよりも部屋に戻ってから始終張り付かれていたから、気がついたら遺跡に一緒に来ていたという感じか。
 手遊び代わりに銃をいじりながら、ふと思いついて顔を上げる。甲太郎が何だ、と言いたげに見下ろしてきた。
「……甲太郎って、好きな人とか、大事にするだろ」
「はい?」
 今の顔、相当間抜けだ。思わずH.A.N.Tで撮り込むと阿呆なことをするなと殴られた。
「ンで、今のセリフは一体どっから出てきた。悪いものでも食べたか。それとも鉄砲阿呆と呼ばれるのはそんなに嫌か。似合いの称号だと思ったんだが……」
「いや、普通に俺の雑感。ドライです、とか嘘だ。お前、過保護。甘やかし。心配性」
「………若干、傷付いたぞ俺は今」
 家事の達人よりマシだと思うんだが。甲太郎は不服らしく、腕を組んで視線をそらした。何かを悩んでいるらしい。
「全然、ドライじゃない。逆に、こんなに放っておかれないのは初めてだ」
「そうかよ」
「甲太郎は真性で優しいんだろうな。じゃなきゃできないだろ、そんなに」
 何より大切な睡眠時間削って、こんな黴臭い遺跡の深部。見返りもないのに、それどころか命の危険さえあるのにこんなところにいる。お人好しも過ぎないか?それも、相手が俺ですらこれだ。
 だからきっと、これが本当に大切な唯一に向けられたら大変なことになるんじゃなかろうか、と勝手に憶測して勝手に納得していた、のだが。
「そりゃあれだ。お前だけだろ、そう思うのは」
「どうして」
 向けられた意味もなく意地悪げな表情に、首を傾げる。
「誰でも知っているだろ。お前が、過保護だって」
「俺の優しさとやらは万人共通じゃないもんでな。生憎と、今はどこぞの鉄砲阿呆にしか向けられてないらしい」
「あ?」
「お前にしか、優しくしてないって意味。分かったか?」
「なんッ……、何、って……は?」
 今度は俺が頓狂な声を出してしまった。言葉の意味が飛びすぎていて、訳が分からない上に俺も噛みまくって何が言いたいのかよく分からない。大変だ。テンパった。
 甲太郎は、趣向返しが見事に決まったのが嬉しいのか、アロマパイプを銜えたままククッと笑ってみせる。
「お前こそ今の顔、傑作だ。八千穂にでも見せてやろう」
「………いや、意味が分からないから」
「凄いな、首まで真っ赤だぜお前」
 そう言った甲太郎が、携帯電話片手に顔を近づけてきた、瞬間。
 俺は自分でも全く無意識に、甲太郎の顔面に向かってフルスイングのストレートを振り抜いていた。
 まずい、と思ったが、寸でのところで甲太郎の掌底が受け止める。止められたことにも当然驚いたが、こんなところで無意識が働いて人に殴りかかったことの方に驚いた。
「……軽く、マジだったろ」
「悪い本当に申し訳ないけど、無意識だ。なんか、殴っておかないといけない気がした」
「そりゃ完全に気のせいだ。おりゃー、殴られることなんかなんにもしてねぇだろーが」
「だよ、なぁ?」
 自分の拳が信じられなくて、何度も無意味に検分してみる。おかしい、けれど、おかしいのが腕ではなくて自分の脳味噌だということはいくらなんでも分かっていた。
 苦い顔をしてアロマパイプを銜え直す甲太郎を見て、思った。俺はもしかしたら、こいつにあいつを求めているのではないのか、と。逃げようとするのを引き留めて、隣にいてもいいと笑いかけ、なのに笑わずにいてもいいと言うのはまるであいつそのもの。だから俺もそれを求めて、なのに僅かにずれる甲太郎への認識に、焦る。
 同じ場所にいて、同じように俺に向き合ってくれているのに、なぜ。
 ―――なぜ俺は、甲太郎を愛して、いないのだろう。
 俺とあいつとの間にあったのは、無償の愛と、生きるための戦力同士というほんの僅かな殺伐さ。互いのためなら何でもできたし、命ですら、高らかに捧げ合った。
 命、なら、俺は甲太郎に差し出すことができるかもしれない。けれど、愛はない。あの柔らかさと優しさが足りない。もしもあいつが俺の顔を覗き込んで、甲太郎と同じセリフを吐いたとしても、絶対に殴りかかったりはしない。―――しかも、無意識に。
 甲太郎を大切に思っていないわけではないのに。あいつを甲太郎に求めながら、自分はそれに順応できないという。何なのだろう。意味が自分でも全く分からない。甲太郎を『家族』だと認識するのを、俺は無意識に、全力で、拒否をし続けているのだ。もちろん、血縁の意味ではないということも、自分で重々承知している。
「お、来たぞ鉄砲マニアが」
 気怠げに、甲太郎の視線が動いたのを合図に、俺はしっかり笑って駆け足で向かってくる砲介を迎えた。
「遅れて申し訳ないでありマスッ!!罰則に従いグラウンドを……」
「いい、いいッ!!今からそんなことをやってたらもっと遅くなっちゃうでしょーが」
「ハッ、失礼いたしまシタッ!!」
 律儀に敬礼して謝る砲介を見て、疲れたとでも言いたげな甲太郎の態度。……甲太郎は、砲介ともそれほど仲がよろしくない。ついでに黒塚博士とかとも。一緒に遺跡潜ると、ぐぐっと機嫌が降下する。剣介はともかく、砲介なんかは別に甲太郎のこと嫌ってないのに。変なの。
「さて、それじゃあ行きましょうかね」
「あ、あの、九龍隊長ッ」
「だから、部活以外のところで隊長は……」
「これを見てほしいでありマスッ!!」
 ずいっと差し出されたのは……銃。ハンドガン。黒光りのするその形に、けれど俺は見覚えがない。
「これ……?どこのだ?ベレッタっぽいフォルムだけど、パラで15だし、でもちょっと違う?」
 俺が知らないって事は、相当マイナーな銃なのか、軍用と無縁のものか。でも、こいつ悪くない。というか、かなりいい。ベレッタに近いんだけど、日本人にあわせてあるのかグリップの握り心地が良くてトリガーへの指の掛かりもバッチリ。日本人、というより俺に合わせたみたいにピッタリでちょっとビックリする。
 試しに撃ってみた感じもかなりイイ。初射なのにブレも少ない。スライドの感じも、手応えも、弾が発射されるその音さえも。全部。
「……いいなー、これ。うん、いいかも。砲介、これどこの?俺、こんな銃知らニャい。新メーカーかなんか?他のも色々触ってみたいなー」
「それは、その……」
「うん?」
「じ、自分が、カスタマイズしたでありマスッ!!」
 ガバッと、ひときわ大きな敬礼を見せる砲介。そして唖然とする俺。手の中にある銃は、だってそんじょそこらの高校生が手造りできるような代物じゃなかったから。なんせ、モデルガンじゃない。ちゃんと弾薬入り。どうやって元になる銃を手に入れたのかも謎だけど、まさかモデルガンを撃てるようにした、なんて?
 なんにしたって、こりゃ、
「すっげーわ……。俺もできねー。砲介、ガンスミスの才能あるって」
「そ、そ、そんな、恐縮でありマス……」
「いやいやいやいや、これできる高校生、たぶん世界でお前入れて数人」
 んでもって、きっと日本じゃ唯一。戦闘面ではまだまだ甘さがある砲介だけど、こういう才能は、ただ強いってだけよりずっと希有だ。ロゼッタに報告したら、二、三日後にスカウトが来てトントンで入会決定でしょうねぇ。砲介のコレは、それくらいの価値がある。俺、今、この銃について一晩かけて語り合いたい気分満載だもんよ。
「それ造んの、んなにすごいことなのか?」
「そりゃ、もう。第一、人の手で簡単にできることじゃねーし。……たぶん、アレだろ、《黒い砂》の能力応用」
「ハッ、その通りでありマス」
 遺跡に潜って色んな化人と戦闘するたび、バディのみんなは強くなっていく、だけじゃなくて色んな方向に能力を伸ばしている。最初は弾薬を造り出すことしかできなかった砲介が、本体を弄れるようになっているのも、ありえること。
「ベースは仰るとおり、ベレッタでありマス。九龍隊長が大きいと言っていたグリップを小さめに、それに合わせ銃身も僅かに短くしてありマス。全体的な小型化により取り回しが易くなった一方、有効射撃距離が若干短くなっているところが欠点となっておりマスッ」
 俺はもう、我慢ができなくなってその場で『彼女』を脱がし始めてしまった。あんまりにも美人さんで、鼻っ柱と気が強そうで、―――愛おしくて。彼女は内部まできっちりと組み上がっていて、精密。AKとは全く逆、おそらく戦いがだぁい好きで、しかもそっちに特化した人間に好まれそうな。
「いいってコレ!遠距離戦やらない人間にはぴったり。CQBならこれくらいの射程で十分だし。……うん。俺、コレ好き。大好き」
「本当でありマスカ!?」
「本当でありますよ。俺が欲しいくらいだ」
 それは、半ば本気で、けれども冗談で言ったつもりだった。砲介が、おそらくは初めて造ったであろうハンドガンだ。記念のそれを強奪するつもりなんてさらさら、なかったんだけど。
「九龍隊長……もしよろしかったら、それを、受け取ってほしいでありマス!!」
「ぅ、えぇッ?」
「名前はベレッタM92FSカスタム《砲介九式》、九龍隊長のためにお作りいたしまシタッ!!」
「……マジ?」
「マジ、で、ありマス!!」
 きらきらと、手の中で《砲介九式》が光っている。こんな大切なものを、もらってしまってもいいんだろうか、という当然の了見よりも先に、嬉しさが立ってしまう。性能面でも凄いものだし、何より、砲介の気持ちが、とても嬉しかった。とても、これを返す気にはなれない。胸の中に包み込んで、もう誰にも、触らせることすらしたくない。
「ありがと。……すっげ、嬉しい。大事にする。ありがとう、砲介」
「そ、そんなに喜んでいただけるとは……感激でありマス!!」
「でも、何で俺に」
「……《お守り》の、お礼でありマス」
 そんな、あんな、気休め程度の言葉が、こんな形で返ってくるなんて。うっかり涙腺が痛んでくる。まさかここでぼろぼろいくわけにもいかないから、もう一度お礼を言って、腰のホルスターにしまい込んだ。一挺余ったPC356を収納してこようと魂の井戸に向かおうとすると、甲太郎に捕まった。
「《お守り》って、何だよ」
「………」
 本当のことを言うとまた色々言われそうだったから、「秘密です」で、ごまかしてみた。

*  *  *

 最初の部屋に足を踏み入れた瞬間、三人が三人ともげんなり。なぜって、そりゃあ……、
「古代人の成金趣味には つきあってられないな……目がチカチカしてくるぜ」
「この場所はキライでありマス!ここでは迷彩効果がゼロでありマス!」
「全面金ピカって……カネの使い方を間違ってね?」
 見渡す限りの、金色。もうちょっと、どうにかなんなかったんかい、って気分。幸せだね、古代の人って。友達になりたくないわ。
 ぶーぶー言いながらいくつかハシゴを下りていくと、いつもの扉にぶち当たる。きっとここから戦闘が始まる、その予感のままに二挺のベレッタ、M92FSと砲介九式をそっと握る。大丈夫。これがあって、俺が負けるわけがない。
「ハイハイ、おッ邪魔しますよーっと、……おぉッ!!」
 一発目、目に飛び込んできたのはなんともまぁ、M字開脚のお姉さん、っぽい化人三体。しかもほとんど衣服なし!!ひゃっほー。
 相当刺激的だったのか、砲介はしばらく黙って、慌てたように「以上でありますッ!!」って、なんだそりゃ。
「…………。上のは、擬態だな。多分、本体は下の蟲だ。そっちを狙った方がいいぜ」
「あら甲太郎さんったら詳しいデスコト。ヤッちゃうの、もったいないんだけどなー」
「つべこべ言ってないでさっさと殺れ」
「へいへい」
 言われなくても。いくら俺でも人外相手にどうこうする気は起こりません。きっちり、始末させていただきます。コック&ロック状態の二挺を親指でセーフティ解除、甲太郎のアドバイス通り下部を銃撃。三体全てにほどよくダメージを与えたところでガスHGを部屋中央部へ投下。M字はそれで撃沈。後ろに控えていた丸太みたいな腕した大男どもも大ダメージだったらしく呻っている。面倒くさいからそのまま爆薬力押しでもよかったんだけど、せっかくの砲介九式の初戦だ。思う存分9パラを撃ち尽くして殲滅。俺と『彼女たち』の敵ではございまっせん。
 砲介九式は、本当にいい銃だった。手に馴染むし、反動を上手くそらしてくれる。まさか本当に俺のために造ったんじゃなかろうかと考えてしまうくらい、ぴったり。実際にこの子みたいな女の子がいたら、即惚れてしまいそうだ。砲介に、感謝をしないと。
 そっと銃にキスをしてから、入り口のすぐ側にあった石碑を読み込み、扉解錠のヒントをゲット。『神倭伊波札毘古命と五瀬命はまず北へ向かった』ってんだから、ごりごりと石像を北に向ければよいわけで。
 開いた扉の向こうにはまた団体さんがコンニチハ。とりあえず目の前の蛇を撃ち殺して、ゴーグルの体熱反応を見てこの後の一手を考える。M字が二、大男が一、蛇が一。
 細い通路の先まで行って、爆薬を放る。すぐに爆破音が聞こえ、いくつか反応が弱まる。飛び出して目の前にいた大男に銃弾を浴びせる。消えるのを確認しきる前に部屋の真ん中に飛び出し、こっちに出てこようとしていたM字と対面。いくら化人で擬態でも女性を殴るのは気が引けるものです。首の辺りに腕を回し、関節を取って背負うように反転させる。追いついてきた砲介に「そいつヤッといて!」と声を掛け、残る蛇とM字の元へ走る。
 先の通路から出てきた蛇と鉢合わせ、引き金を引きっぱなし。弾が終わると同時に蛇が消え、入れ替わりにM字が姿を現した。爆薬投げて引いて弾を入れ替えて、と頭の中で組み立てているところに、声が飛んでくる。
「九龍隊長ッ!!チャージ!」
 不意に二挺が光を帯び、リロードが完了していた。でかした砲介。そのままM字を撃ち殺し、戦闘終了。
「なんだよ、もう終わっちまったのかよ」
 甲太郎の言葉通り、戦闘時間はほんの数十秒。化人との戦い方が分からなくておろおろしていた頃とは、圧倒的に時間短縮。戦闘なんてのはコツさえ掴めばいいものなんです。しかも物理的な実体があれば、こんなものに俺が負けるはずがない。
「強さって言うのは」
 横に並びかけてきた砲介に、部活の一環として講釈をたれてみる。手は石版の解読に勤しみながら、口だけで。
「限りがないもんで。もち、身体能力の上限てのはあって、人はそれ以上にはなれないんだけど」
「ハッ」
「戦い方っていうのは際限なし。工夫次第でいくらでも戦いが易くなる。取り回す得物、軍場でのレンジ、遮蔽物の使い方エトセトラエトセトラ」
『宇沙都比古と宇沙都比売は神倭伊波札毘古命に足一膳宮を献上し、二人は、昇る日に背を向けた。』
 表にあるのは宇沙都比古像のみ。もう一体、宇沙都比売が必要なんだけど……さっきの爆発で脆くなっていた壁にもういっちょパルスHGを投げつけて、その先で石像を発見。石碑にある通り、東に背を向けて、っと。
 あとは宝壺の中にあった秘宝《大御饗》を開いた祭壇にはめ込んで開錠。
「物理的に長けているっていうより、戦闘を有利に進められるって言う方が、戦場では『強い』っていうんだと思うよ」
「ハッ。覚えておくでありマスッ」
「って、あんまり実生活でためになるハナシではないんですけど……っと、ぉおう」
 次の部屋に入った途端、暗闇とトラップ作動のダブルブッキング。あいやー。
 瞬時に視界をノクトビジョンに切り替えて、入り口のすぐ脇にあった蛇のスイッチを入れてみる……ハズレ。これだけじゃダメらしい。しゃーない。とりあえず部屋の中の安全ポイントを探す。細長い部屋に点在する窪みには罠の射出口が付いている、けれどそのうち一つが罠の心配のなさげな安全ポイントだった。狭苦しいけど三人でそこに収まってみて、罠の発動を待つ。数秒後、物凄まじい炸裂音が部屋全体を揺らした。怖いねこりゃ。壁が壊れたりしないかな?
 しばらくして爆音が完全に止んだのを確認して、飛び出す。出口近くに蛇のスイッチを見つけてオン。それだけじゃ不正解らしく、そういえばと入り口付近のが、と思い出して駆ける。罠のニオイ。膨れあがる遺跡の殺気。墓荒らしよ、死になっさーい、というメッセージが放たれる直前、俺の手はスイッチを下ろしていた。
 呆気なく罠は解除されて、暗闇の中で二人を手招く。若干、退屈そうな素振りすら見えるお二人さん。平和なのはいいことだ、と心中で苦笑を一発。
 視界をノーマルに切り替えて、向かった次の部屋。唐突に広くて明るくて(そりゃ金ピカだからね)、加えて無駄に団体さん。
「九龍隊長ッ、視界が開けすぎでありマスッ」
「だ、ねぇ。どっか逃げ込めるといいんだけど」
 俺一人ならともかく、だだっ広い区画のど真ん中に出てしまったのに二人を置きっぱにするわけにもいかず。ずるずると向かってくる化人の集団と部屋の構造を見極めながら安全ルートを考える。
「そっちの細い方、走れッ」
 部屋の北側に細い路地がある。その手前に大男が待ち受けているけど、構わず走り込み、ながら二挺を散らせる。二人を通路に滑り込ませて、タイマンに持ち込み、ファイト。
 ブンブンと威勢良く振り回してくる腕を避ける、躱す、逃げながらも、攻勢。伏臥した際に、両手を組んでハンマーのように打ち下ろしてきたのを膝を打ち上げることで相殺。そのまま軸足を蹴り上げ、空中で回転しながら連撃。完全に逆さまになった視界の向こうから、ぞろぞろと化人が群がってくるのと、脚先で質量が無くなる両方を確認、着地してすぐにガスHGを投げて突っ込……もうとして、首根っこをひょいっと掴まれる。
「一人で突っ込むな阿呆」
「いや、甲太郎さん、あれはちょっと余裕でカタが……」
「だとしても、だ」
 そんなことをしてる間に、もうもうと上がっていた煙の向こうから団体さんがお出ましだ。仕方ない、連携で片付けるとしますか。
「砲介、そっちの腕ふっといの、頼む。結構銃は効くはず。甲太郎は砲介の援護ヨロ」
 M字さんたちを引き受けるのは、決して趣味からではございません。あしからず。
 爆破の影響で大ダメージ食らってる大男二体なら、任せても問題ないでしょう。俺は向かってくる三匹の美女モドキと相対する。
 高く、柔らかい声で幻惑する彼女らの真ん中に立ち、わざと囲まれる。笑い声とともにはき出された人外の攻撃を、真ん中の奴に突っ込み、肩に手を掛け地を蹴って、飛び上がることで回避。挟撃が外れて端の二体は互いの攻撃で自滅。俺はといえば、無駄だと分かりつつ真ん中の奴の背後に着地しつつ首に腕を回し、ボッキリ、折っておく。擬態でも痛みはあるらしい、甲高い悲鳴が上がり、本体が悶えた。
「砲介ッ」
 指示は出さなかったけれど、俺の意図をキチンと汲み取ってくれた砲介がバーストでトドメをさした。
「ミッション、終了!」
「ハイ、お疲れ様ー」
 砲介が敬礼をして部屋の真ん中に走り去っていくのを見送ってから、俺は甲太郎を見上げた。仏頂面でアロマパイプなんか吹かしているけれど。
「過、保、護。」
「……うっせーな」
「そんなに心配?そんなに俺心配?いやー、参ったねぇ。『ドライです』な甲太郎さんにこーんなに心配されちゃって、もぅ」
「九龍!」
 俺の名を呼んで黙らせようとする甲太郎がおかしくて、俺は吹き出してしまった。九龍、と呼べばむすっとすると思ったら大間違いだ。ここにきて、……甲太郎の隣に立ってもいいと言われてから、俺だって笑うことが苦じゃなくなった。いつまでも甲太郎にからかわれてばかりじゃない。
「さーて、仕事仕事」
 石碑を解読して得たヒントから、砲介には俵積みをやってもらい、その間に俺は壁に穴を開けて中の宝壺開けに勤しむ。肉体労働云々というよりも、単純に俺の方が解除に向いているという理由から。
 全ての宝壺を開けることに成功し、(黄金ブルドーザーとかいう素敵アイテムゲットレ!!)部屋に戻ると、ちょうど積み込み作業が終了していた。部屋の形が変わるくらい高々と積み上げられた米俵。
「砲介、コレ積むの大変じゃなかった?」
「イエ、これしきなんと言うことはありまセンッ」
「そ。頼もしいデスコト。じゃ、ハイこれ、ご褒美です」
 手渡したのは、本物の《お守り》。さっき手に入れた心臓の護符だ。最初の目的で言えば、砲介はこういう物が欲しかったんだもんよ。
「よ、よろしいのでありマスカッ」
「よいよい。てか、こんないいモンもらったんだからちゃんとお守りあげなきゃね」
「ありがとうございマスッ!!」
 律儀だねぇ、ホント。お守りだってさっきそこで拾ったものだってのに。なんていい子なんでしょう、墨木砲介。しかもちゃんと俵を正解通り積んでいたらしく、次の間への扉は開いていた。
 ハシゴを登った先のその部屋は……うーん、なんて言ったらいいか。亀の、密集地?大行列?ずらーっと亀が甲羅干し。
「一面、カメですな……」
「自分は幼少時代にカメに指を噛まれたでありマス!それ以来、カメが苦手でありマス……」
「へぇ、そんなことが。じゃあ、ここで待っているとよいよ。なーんか、あそこにフックあったりするから、ここもたぶん一筋縄じゃいかないし」
「ですガ……」
「いいって。さっきまであんなに頑張ってくれたんだし。ちょっと休んでて」
 フックを飛ばして渡れるのは基本一人だし、それなら俺だけで行った方がたぶん早いし。
 ほいほいっと亀の甲羅を飛び越え、ワイヤーを飛ばして秘宝《槁根津日子》をゲット。元の足場に戻ろうとして、気怠げに立っている甲太郎に気付く。
「待っててもよかったのに」
「なんとなく、な」
「そうか」
 何か言いたげにしていたけど、言い出さないから無理に聞き出さずに南に見える扉に向かう。後を付いてくる気配は、ある。
 扉はまだ解錠されていなかったけれど、近くの壁には窪みがあり、そこに秘宝をはめると横の壁が消え、先には部屋が広がっていた。
 まず目に付いたヒビ入りの壁を入手したばかりの黄金ブルドーザーで削る。これは便利だ。愛用することにする。そこから秘宝《高倉下》を手に入れ、戻って蛇のスイッチを入れる。ほとんど迷いなく作業を終え、この場所に慣れている自分を実感した。
 H.A.N.Tの地図情報を見て、そろそろ最後の区画に近いことを確認。ここまでは淀みなく来た。遺跡に集中しきって、間違わないように細心の注意を払って。
 それが過ぎて、だから少しばかり疲れているのは自分でも分かる。さらに言えば、昼間の出来事がかなり尾を引いている。……違う。それを引きずらないように余計な神経を使っている。
 けれど、今日ばかりは、他に思考がいかないよう無理矢理にでも脳味噌の焦点を合わせる必要があった。
 砲介の元へ戻ろうと、一歩踏み出した、俺の腕は掴まれて引き戻され、振り返れば近すぎる位置に甲太郎の顔。
「どうしたんだよ、今日は」
「何が」
「いやにマトモじゃねぇかよ。焦ったりテンパって泣き出したり逆ギレしたり、そういうのがないな」
「……悪かったな、ダメハンターで」
 思い起こせば今までの俺は問答無用の出来損ないエージェントだった。転校早々正体はバレる、一般生徒を巻き込む、次から次へと秘密を知るものが増える、バディが傷付けば遺跡でテンパる、挙げ句、バディに銃を向けて脅して黙らせる。《宝探し屋》の規定にも抵触するようなことを次から次へとよくもまあやってきたものだ。
「たまには格好付けさせろってことだ。普段だって好きでテンパってるわけでもないからな」
「そうかそうか、俺はてっきりお前は慌ただしく生きるのが趣味なのかとばっかり」
「んな訳あるか」
 軽口叩くついでに苦笑を返してみせるが、甲太郎はやはり何か引っかかっているようだ。
「まあ、あんまり気張るなよ。慣れないことするとどっかでツケが来るもんだ」
「忠告感謝至極。覚えておく」
 自分の仕事を慣れないこと呼ばわりされるのもどうかと思ったが、それまでの俺の実績という名のヘマから鑑みれば順当な評価だ。……今まで何やっていたんだかな、俺は。人を殺すのはあんなにも簡単なのに、宝探しというのは途方もなく難しい。
 入ってきた場所へ戻ると、所在なさげに砲介が立っていた。あんまりに心細そうで、思わず笑ってしまう。
「おまっとさん。次、行きましょーかね」
「了解でありマスッ」
 声をかけて、解錠した扉を開けると、ハシゴの連続。下って下って、下りきったところで、
「二人ともちょい待ちストップ!!」
 降りた階には黄金の扉。その前に化人がずらりお出迎え。ただし数は少ない。二人が降りてくるのを待たずに飛びかかり、ちゃちゃっと片づけてみる。コツさえ掴めばあんなの、タマネギ刻むより簡単にオーバーキルざます。
「……なんだよ、もう終わっちまったのか」
「おーそーいー、ごちそうさまでしたよーん」
「な、何度も遅くなって恐縮でありマス……」
「いやいや、いいよ、気にしないで。それよりも俺の手際を褒めてちょー」
「はッ!!自分が言うまでもなく、九龍隊長の戦闘術、戦局把握、戦略眼は素晴らしく……」
「……マジに、取らないでね」
 本当に素直な子で……自分のひねくれっぷりに涙がちょちょぎれてしまいます。ここまで見事に照れもせず人のこと褒められるのはもう、特技だよね。すごいことです。
 さてさて、ヒビのはいった壁の向こうからアイテムをゲットレ(錫杖って、みっちゃんが持ってるのが似合いそうだと思いません?)、魂の井戸で一旦休憩することにする。銃の整備に爆弾の補充、救急キットの確認をしている間、砲介は何やら隅っこの方でごそごそやっている。ちょっと一服するのにこの部屋は狭すぎて、きっと煙くなってしまうからそっと部屋の外へ。
 その後を、さも当然のようにやってくる甲太郎の前で堂々と吸い始めるのはなぜか気が引けて、手の中でライターをもてあそんでいると甲太郎の方から火をつけてくれた。
 ……それでも、俺の臭いが甲太郎の甘さをかき消してしまうような気がして、そのまま壁に擦り潰した。今はもう、ラベンダーの芳香の方が安定剤にも思える。
 まだ頭の中のどこかがぐらつくのは、その甘さに慣れきっていないせい。この匂いが俺にまで染みついたら、なぜだか、『俺』まで『葉佩九龍』のように笑えてしまえるような気がする。そんな自分を想像するのは少し、怖いけれど。
「それで、だ」
 皆守甲太郎はアロマパイプをくゆらせながら、俺の方も見ず、反対側の壁に話しかけるように口火を切った。
「……さっき言ってた強さの講釈は、あくまでも戦いについて、だよな」
「ああ」
「一対一、で相手が人間の場合は、強さってのがどこにウエイト置かれるもんなんだ?」
 甲太郎の眼差しに、感嘆な色も、軽蔑もただの興味も、どれもがなかった。ただ、事実として語れ、というだけ。俺は瞬間硬直して、それが、『人を殺すとき』は何が大切か、と聞かれているのだと解釈する。
 この男は、恐ろしく冷静に人を見ていて、きっとそれは今日の理科室や図書室でも同じだったはず。俺の変調を見て、それが、過去に苛まれたからだと感じたのかもしれない。
「……その場合は、大体の場合は、強さがどうっていうより、集中と、感情の遮断と、忍耐が必要。狂気と別のところに、元に戻るための正気をしまっておくこと。それが、大切なんだと、――思う」
「思う?」
「俺の場合は、ちょっと、違った、から」
 喋るごとに呼吸を整えて、甲太郎の反応を伺う。何を考えているのか読みづらい、薄い色の虹彩。一寸も揺るがず、
「お前の場合は」
「……話したら、たぶん引くぜ?」
「信用ねぇな。大丈夫だよ。お前のことなら大体」
 その言葉が厄介で、『あの夜』もそうだったけど、俺は促されるように踏み越えてはいけない線を越えてしまう。甲太郎にだけは、普通ならば受け入れられるはずのない話を、してしまう。
「ん。俺の場合、……望んで、殺ったから。その、つまり、明確に殺したいと思って、思った相手を、思ったように殺したのが最初」
「…………」
「俺の全てを根こそぎ奪っていった奴らの命を、根こそぎ奪った。正当防衛、とかでなく、真っ当に殺意を持って、すべて殺した」
「それから、ずっと?」
「そこから先は、そういうことができる力を持っていたから、生きていくことに活かした。最初が最初だったから―――別に、悪いことだとも思っていなかった」
 だからあの頃はあんなにも無表情に、簡単に人を殺していた。幻の中の俺は、殺される側にいた俺を、意味もないという眼で見ていた。俺には、あんなにも死にたくない理由があったというのに。そんな世界はすべて無視していたのだ。
 最後の最後、あいつを終わらせたときにも、……本当は、あいつの真実なんて無視したのかもしれない。俺を生かしてくれたなんてこちらの都合のいい解釈で、本当は、あいつはもっと、生きていたかったはずで……終わっておけばよかったのは、俺だった、のだろうか。
 幻は、間違いなくそう語っていた。―――そして、あれが幻でないという確証はどこにもなく。もしかしたらどこかで眠っているかもしれないあいつが、神鳳に呼ばれて出てきて真実を語ったのかもしれない。
「今日、ぐったりしたのはそういうことが原因か?」
「……何でそう、人をしっかり見てるんだお前」
「お前のことなんかいつだって見てるだろ」
「……何でそう、人がさりげなく赤面するようなこと言うんだよ」
 顔を見られたくなくて、甲太郎の肩口に額を付ける。ラベンダーが、今は全く頭を落ち着かせてくれない。逆に、妙に脈が速くなってきて、焦る。
「俺は、お前が神鳳に何見せらたか知らないが、……真実なんて、自分勝手に解釈していればいいんじゃないか?」
「……信じてた。でも、事が事過ぎて、揺らいだ」
 本当に信じていた。何もかもを託していた。愛を抱いていた。全てだった。……あいつも、俺をそう思っているのだと思いこんでいた。
 それなのに、違う、と言われたら?俺があいつを殺したことを、あいつが心底恨み、憎み、呪っていたとしたら?
 俺の根底が覆る。何を信じていていいか分からなくなる。信じるという意味すら、分からなくなる。彼女は、俺を、本当に、大切に思っていてくれたのだろうか?
 考えてみればみるほど思考は落ちていく。愛があったのならば、なぜ、俺たちは殺し合ってしまったのだろうか。
「真実が揺らぐのは、物凄く怖いことだと知ったんだ」
「お前の中の、根底が、って事か?」
「そう。だから今日見せられた偽物かもしれない真実の中で、分かったんだ。納得した。俺は信じて、愛して、想っても、きっと最後は想いを返されない。そう、信じてる。だから強くなりたかった。一人で、死ぬことがないように。ずっと正気でいようとしている。激情だけで、狂気だけで、誰も手に掛けないように、したいんだ」
 そうでなければ俺が生きた意味がなくなってしまう。この広大な世界に必要だったのは、本当ならば、俺ではなかったはずだから。
「……クロウ」
 甲太郎は、不思議なニュアンスで俺を呼んだ。
「もしも、……もしも、の話だ」
「ん?」
「もしも、もう一度、信じてもいいと思った人間から手をふりほどかれたら、……どうする」
「そうしたら……」
 ふと、その相手を甲太郎だと考えてしまう。俺は甲太郎を、随分と深く信用してしまっているらしい。そう。信じているのだ。
「信じているから、大丈夫だ。その、いるはずのない誰かが俺を例え殺しても、そうなるべきだったんだと信じているから大丈夫。きっと笑って、その手を離せるだろうな」
 カリ、と強くアロマパイプを噛む音がした。見上げれば、苦悶ともいえる顔をして、甲太郎は壁を睨んでいる。
 何をそんなに思い悩んでいるのか、俺には分からない。甲太郎には、きっと誰か大切な人がいるのだろう。そして、その誰かとはなぜか複雑にいる組んだ関係に陥ってしまっている、そんな気がする。
 どちらにしてもそれは俺に関係のないことで、甲太郎の内面に踏み込む権利がないことくらい分かっている。分かり、すぎるほどに。
「……とりあえず、お前が本気で、何も間違うことなく信じていたのはその、家族だったって女だけだったんだな」
「そう、だな。うん。そうだ。俺の全てを、託していた」
 甲太郎は難しい顔をする。カートリッジから煙が消え、そしてなぜか漂ってきたのは空腹を刺激するにおい。
 魂の井戸からは、砲介が顔を出した。
「隊長!一戦構える前の腹ごなしにこんなものをご用意してみたでありマス!」
「は、い?」
 いいニオイ、と思ったのはなんとまあ、カツ丼じゃございませんか。純日本製、高カロリー高タンパクのレーションの一種だ。
「ヤ、確かにお腹は空いてましたけどね、砲介さん。こないだも言ったじゃございませんか。レーションは、普段食べるものではありませんよと。栄養、偏っちゃうよ?」
「ですが、決戦の前でありマス!そんなときにはカツ丼に限ると教えていただきまシタ!」
「……誰に?」
「大蔵ドノでありマスッ」
「……なるほど、ね」
 確かにいい匂いはするけれど、も。一応ラベンダーを堪能していたのですがね。まあ、腹は減っては戦はできぬ。かといってレーション食いきるほどの腹の余裕はないから、三人で仲良くカツ丼。甲太郎はあーあ、ってな感じで呆れながらタマネギをつまんでいる。
「さてと食ったら行きますか」
「夜も遅いしな。さっさと済ませて帰ろうぜ」
 そう言って、皆守甲太郎。レーションの空き缶を片付ける砲介がこっちを向いたのを見計らったかのように、俺の頭を抱きすくめた。
 ―――驚いた。
《さっさと済ませて帰ろうぜ、大丈夫だ、俺がいてやる。お前はお前を信じていないから、俺がお前の信じるものを、守ってやる。》
 耳元でそう、囁かれた。どこかでカツン、と空き缶が床に落ちる音がした。けれどもそんなことより、まるで、まさか、嘘のようにそこに『あいつ』を感じて、なのにラベンダーは漂っていて、完全に、混乱してしまっていた。
「ななななな、な、なにをしているでありまスカッ!隊長、そのようなことを戦時の前に行うナド……」
 そんな砲介の声に我に返り、俺は思い切り甲太郎を押しやった。……心臓が、恐ろしい速度で撃っている。思い出に、なのか、今に、なのか。俺にはそれが分からない。
「べ、べつにね、あれよ、砲介にも、やったっしょ?ほら、お祈り。ね?あんなような、もんさーねー」
「あのお祈り、でありマスカ……」
「おいちょっと待て。お前がそいつにやったお祈りってのは何だ。まさかこんなこと、あいつにやったんじゃねぇだろうな」
「お祈りならしていただいたでありマスッ。マスク越しですが、こう、額を……」
「額、だァ?九ろッ、……九ちゃん、お前、何考えてんだ、おい、てめ、聞いてんのか!!」
「さぁーて、そろそろ最終戦に突入しましょうかーねー」
 背後の二人はよく分からない争いを繰り広げている。曰く、どっちが俺に近いか、だって。そんなの、……そんなの、全然建設的じゃない話だと思わない?必ず目の前から消える人間についての話なんて。
 それはまるで、死んだ人間を想うことと同じだ。
 死んでしまった人間が、俺に何をしてくれる?甘い痛みだけを残し、逝ってしまった人。俺はあいつを継ぎながら、大切なものだけ欠落したまま。
 ―――もしも、本当に魂があり、あいつから俺への真実を知ることができたとしたら、そしてそれが、今日の幻だとしたら。
 甲太郎も砲介も、全く意味のない言い合いをしていることになる。
 なぜなら俺は、全て分かった瞬間に愛しいパラベラムを自分の頭の中いっぱいに詰め込むだろうから。
 そんな妄想をしていたからだろうか。黄金の扉に手を掛けたその時、遠くの方から呼ばれたような気がした。甲太郎でも砲介でもなく。扉の向こうでもない、どこか。遠く、遠く……確かに、俺の名を。
『クロウ』
 囁く声を聞いて、なんだか意識が呼ばれる方へと引きずられていって……、それから、