風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマス記念SS ワラキア -黒と赤- - 6 -

 準備は万端。ルーマニアの武器受け渡し所で必要な弾薬は全て受け取り、俺は軍隊の一個小隊とでも戦り合えそうな状態になる。今の俺はちょっと強いよ?腰元に二挺の相棒、背中も相棒に預けてる。
 いつもの黒コートと革グローブを装着していると、部屋の戸が叩かれた。
「うぃー」
「クロウさん、コータローさん、よろしいですか?」
「うっス、どうぞー」
 呼びかけると、ミナさんが部屋の中に入ってくる。うわ、目の下、隈、酷。確か、徹夜三連チャンくらいなんだよね、彼女。空いた時間に寝てるって言ってたけど、どこかふらついてるみたいでちょっと心配だ。
「よかった、間に合いました」
「へ?じゃあ……」
「ええ。あの遺跡に住んでいた者の正体が、判明しました。と言ってもまだ仮定の域を出ませんが」
 ミナさんはいつものように大量の書類を抱えている。それを運ぶのを手伝って机の上に乗せてから、彼女にソファを勧める。
「あら?コータローさんは……ッ!!」
 おーぅ、グッドタイミング。髪を拭きながら、シャワーを浴びた甲太郎が出てきたところ。下はローライズジーンズを履いているものの上は真っ裸。(部屋はガンガンに暖房が掛かってるかんね。)
 眠そうに欠伸をしているのは、事実昨日寝てないからだ。だから眠気覚ましにシャワー浴びるって言ってたんだけど……あらまぁ、ミナさん冷凍タコみたい。真っ赤になって、コッチコチ。
「あー……来てたのか」
「ちょ、ちょ、ちょ、コココータローさんッ!!早く上!着て下さいッ」
「……朝っぱらから騒々しい女だな」
 もういっちょデカい欠伸をして、甲太郎は俺の隣に座り込んだ。甲太郎が寝不足なのは、昨晩俺に付き合っていたからだ。あ、別になんか面白いコトしましたとかってんじゃないよ?俺が寝ると危ないから見張り、みたいな感じで夜中遊んでました。
 最初は可愛げのあるカードゲームとかだったんだけど、そのうち調査員の人と科学班のヤツ引っ張り込んで麻雀したり賭けポーカーおっ始めてみたり。んで、気が付いたら朝でした。
「甲太郎、寝起きが悪いので不機嫌なのです」
「寝起きが悪いんじゃねぇよ、寝てないんだ阿呆」
「じゃあ訂正。一日十時間以上寝ないと脳味噌が溶けてしまうのです」
 したらそっちには何も文句言わねぇでやんの。ホントに溶けんのかな、脳味噌。
 甲太郎はボーッとしながらもそもそと上着を着て、ソファの肘掛けに頭を乗せる。眠そうだ。絶好調に眠そうだ。
「あのさ、ミナさんが遺跡の住人を判明させてくれたんですよぉ。だから、寝ないで聞きませんか」
「眠い。お前聞いとけ」
「ではミナさん、どうぞー」
 俺らのやり取りを呆れたように聞いていたミナさんは、甲太郎を睨むように一瞥して、視線をこっちに戻したときにはもう仕事モードだった。自分の持っていたノートパソコンを立ち上げてH.A.N.Tと接続し、情報を送ってくる。
「ロゼッタの方々と協力し、歴史資料を中心に検索をかけました。時間はかかりましたが、ワラキア公、魔術、トランシルヴァニア、ヴラド……こういった単語と遺跡に刻まれていた紋章、全てに当てはまる者が一人だけいたのです」
 その一人とは、ヴラド・ツェペシュの血筋を確かに繋ぐ者だった。しかも時代、血統共にかなり彼に近い。そして、残虐という性質においては親類筋をブッちぎっていた。
「彼は、幼い頃から性格に問題があったようでした。東方正教に背信するような言動を繰り返し、次第に悪魔思想に傾倒していったということです」
「東方正教に刃向かうってことは、本家のワラキア公に背くってことじゃないんすか?」
「ええ、その通りです。ですから彼は家から切り離された。そうして押し込められたのがあの遺跡です」
 ミナさんが言うには。本家の宗教に真っ向から対立した彼は、家から追い出された。けれど、ただでさえ力と暴虐で自分の宗教を国に広めている本家からしてみれば、自分の『家』から異端が出たということは隠しておきたかった。だから、あの遺跡を造って閉じこめた。そういうことらしい。
「ですが、本家の方でも悪魔思想、つまり魔術的信仰に対しては恐れがあったようで、呪いが自分たちに向かわぬよう、彼が所望したものはほとんど用意させてあの遺跡に運ばせていた。つまり、彼はあの場所から出られないというだけで、願いは全て叶えられていたと言ってもいいのです」
「……んで、どうせろくな願いじゃないんでしょ、それ」
「お察しの通りです。彼が求めたものは……血液。これは、日記から得た情報ですが、最初は他国の捕虜を、次にワラキア領の罪人や病人を、次に客人を、それからは貧しい家の子を攫ってきたり間引きされた子を与えていたようです」
 それは、まるで人柱を決める順序のようだった。いや、ワラキア領主にとっては、人柱だったのだろう。狂気に取り憑かれた血族が、矛先を自分たちに向けないようにするための。
「これも日記からの情報ですが、彼は血液というものに『特別』を見出していたようですね。人が死ぬのは、血が汚れて腐っていくからであり、生き続けるためには新しい綺麗な血を身体に入れる必要があるという記述が見つかりました」
「……それって、」
「赤目のお前が言ってたな、そんなようなこと」
「血によって、生命の円環が繋がっていく……我は永遠なり」
 俺が言った、ってよりは俺に呼びかけてる声が言ってるんだけど。それをどうやら、変質したときの俺が口に出しているらしい。
「日記の記述と一致する部分が多く見られます。おそらくは、そういう意味なのでしょう」
 さらに日記には、不死のためのレシピが書かれていたらしい。やはり罪人なんかよりは子どもが。もしくは子どもを想う母親がいいだの何だの。
「そして、日記の最後には方法を見つけた、と書かれていました。記述はそこで終わっています。……が、史実では彼は死んだことになっているのです」
「……へ?」
 拍子抜け、してしまった。
 えっと、なんかこう、おどろおどろしくさあ?ずぅーっと生きてたとかそういうんじゃなくて?不死になっちゃって遺跡にいます的なものではないの?
「葬儀を行った記録があるんです。棺桶を造らせ、あの遺跡に遺体を安置したということになっていますが……」
「確かにあの遺跡に棺桶はあったが、死体は入ってなかったぞ?」
「他の部屋にも……。ほら、貴族とかって死んだらきちんと埋葬されるっしょ?そういうコトされた形跡のある死体は一つも」
「そうなんですよねぇ……」
 ミナさんが首を傾げる。眉間に寄った皺は、日に日に深くなってる気がする。……もしかしなくても気のせいじゃないよね、コレ。
「ちなみに火葬?」
「いいえ。彼の遺言に従い、遺跡に遺体を入れた棺桶を収めただけのようです」
「なら、とりあえず死体を探してみるか。誰かが持ち去ってなければ遺跡にあるはずだろう」
「ま、そういうことになるかもね」
 甲太郎はふん、と鼻を鳴らすとアロマパイプに火を着け、立ち上がった。準備万端の俺と違って、まだ着替えただけだ。これから色々着込まなきゃいけない。寒がりだから余計にね。
「何にせよ、手掛かりが揃ったんだ。今日中に片が付けば今夜は七面鳥でパーティができるだろう」
 大あくびをした甲太郎は、それだけ言うと奥に引っ込んでいった。
「とか言って、今日は帰ってきたら爆睡するつもりのクセに……って、どうしました?ミナさん」
「………そう、でした」
「は?」
「そうですよクロウさんッ、今日はクリスマス・イブじゃないですか!いけない、教会にも行っていないし家族にクリスマスカードも書いてないわ私ッ!!」
「さ、さいですか……」
 ハンカチでも噛みしめそうなミナさん。仕事に追われてクリスマスを忘れる。日本じゃ寂しいんだねぇの一言で済まされそうだが、彼女にとってはそうじゃない。彼女の中の真なる神が誕生した、聖なる日なんだ。
「もぅ!こうなったら早く終わらせてしまいましょうね!」
「……了解です」
 胸の前で十字を切った彼女は、鼻息も荒くH.A.N.Tに次のデータを送りつけてきた。
 日記の翻訳、魔法陣の意味、遺跡に籠もって行っていたこと。知れば知るほどうんざり、って感じだ。彼の研究はやはり不死を求めるものである可能性が高い。
 俺が聞いた声も繰り返し、永遠だとか言っていた。それはすでにミナさんに伝えてあって、このデータの中にもそれが反映されてるのが分かる。十中八九、俺を呼ぶ声は、この男のものだ。
 血を求めて、結果、不死を手に入れる。荒唐無稽極まりない信念にしがみついて、関係のない人間を殺戮し続けた。うん、天晴れだ。そこまで突き抜ければもう、俺は何にも言うことはないよ。
 ……でも、俺、を介して甲太郎に手を出そうとしたのはいただけない。ちょーっと、相手を間違った。そんなことをして俺が許してやれるはずがない。それをきっちり、叩き込んでやらにゃならん。
 基本的に、やられっぱなしってのは性に合わないんだよね。殴られたらカウンター、畳み掛けるようにフルスイングでアッパーカットを叩き込め、が俺のモットーですから。
 例え、結果相討ちになっても構わない。それで甲太郎が守れるなら、俺くらい連れていけってんだ。
 そんな感じで資料を読み返していたところに、甲太郎が戻ってくる。今度は防寒防弾バッチリです。
「それじゃ、行くか」
「おうよ」

*  *  *

 今日もバックアップにはミナさんが着いてくれた。眠いだろうに、栄養ドリンクを三本まとめ飲みして踏ん張ってくれている。俺たちとしても、チームを統括しているといっても過言じゃない彼女がいてくれるのは心強い。外は、完全に任せられる。
 そうして踏み込んだ遺跡は、やっぱり気味悪い上に、何だか今までにないくらいイヤーな感じが。まるで自分の足で進んでいるのではなくて、誰かに背を押されてるような気になる。
「……残虐性の遺伝、か」
 俺が手渡したH.A.N.Tから、まだ読み込めていないデータを見ながら甲太郎が呟く。すでに蝙蝠の大群は駆逐完了、甲太郎は面倒くさげにショットガンを連射して見せた。
 『遺伝子』という単語には、俺も甲太郎も引っかかりを感じる。高校時代の《黒い砂》。あれは、阿門家が代々受け継いできた遺伝子を操る力だった。
「しかもね、遺伝だけじゃないかもしんないんだよね、これが」
「どういうことだよ」
「ヴラド・ツェペシュとバートリー・エルジェベト。彼らの持つ紋章って、すっげよく似てんの。しかも、ヴラドの城の一つはエルジェベトの時代に彼女の物になってたりすんだよね」
「『串刺し公』と『流血の伯爵夫人』か……。そういうのって、やっぱ繋がっていくものなのかもな」
 火のない所に煙は立たない、血生臭くないところに死体は出ない。人の死は、次の死を呼ぶものだ。そうして連鎖していくから案外簡単に惨劇って奴が起こる。食い止める努力がなきゃ、それこそぐだぐだ繋がっていくモンだ。
 遺伝子。それから、血脈。俺にとっては、本当に重い意味を持っている。
「もしかしたらその時代、本当に血を求める体質になるっていう感染症が流行ったかもしれないけどね」
「で、上流階級にばっか感染していくってか」
 肩にM3ショーティを担ぎ、口元にアロマパイプを銜えた甲太郎は、面白くもなさげに鼻を鳴らした。今日は、部屋の全てをくまなく調べる手はずになってる。壁を全て叩いて回って、天井にも仕掛けがないか確認する。それを繰り返し、……やはり辿り着くのは棺桶の間。
 おかしいのは、何だろう……今日は、自分の意志で歩いてきた気がしないこと。引き寄せられるように、勝手に足が向いた感じがする。怖い、わけじゃない。けれど痣は遺跡に入ったときから熱を帯びていた。
 二人には、言っていないけど。痣はもうほとんど繋がっている。昨日、一晩中起きてたときにも、始終誰かの笑い声が耳に貼り付いていた。発作的に隣の甲太郎に掴みかかりそうになったときは、どうにかごまかしてトイレに駆け込んで心音を落ち着かせてたほど。
 それが、今、どんどん酷くなってる気がする。もしかしたら甲太郎だけ帰らせた方がいいかもしれない。
「ね、甲太郎」
「どうした?……お前、顔色悪いぞ、いつにも増して」
「ん……。うん、あのさ、」
「お前が、戻るってんなら戻ってもいいぞ。……だが、俺だけ戻れってのはダメだ。却下だ」
 ……どうしてこう聡いんだろう、この人。こういうときはいいんだよ、鈍くて。
「なんか、聞こえるのか?だったら本当に一旦引き返しても……」
「いや、大丈夫……まだ、大丈夫」
 半ば自分に言い聞かせるようなもんだけど、そうでもしなきゃいつ引っ張られてもおかしくない気がしている。……もし、そうなったら。大丈夫、平気。覚悟はできてる。
「……よし」
 俺は部屋の周りを調べ始めた。壁や床はもちろん、壁に掛けられた元・生首ズも。
 手を伸ばして、指の先が一つめのしゃれこうべに触れる。その時だ。思い切り意識を乗っ取られる感触が走ったのは。でも、それは声が呼んだものじゃない。思い起こしてみればすぐに思い当たる。棺桶に入って、書斎みたいな部屋に導かれたときみたいな。
 今度は、ヒトの記憶みたいだった。俺はどこかに寝かせられていて、なぜか全身が凍るように冷たかった。氷の上に寝ている、というよりは全身が凍ってしまったかのような。辺りは噎せ返るような血の臭いで溢れかえっていた。
 段々と朦朧としてくる思考が途中でふっと浮上する。顔を上げると、そこには人が立っていた。髪が長い。けれど男の人だと思う。
 髪の色は黒。腰辺りまで長く揺れている。随分と綺麗な顔のヒトだ。けれど、その眼の色を確認してハッとした。  冴えたように光る赤い眸。真っ直ぐ、俺を見下ろしている。恐ろしいまでに冷たいくせに、感情だけはふんだんに詰め込んだような。
 男が、俺の身体を撫でる。冷たい身体よりも、更に触れた指先は冷たかった。指が離れ、男が腕を上げたとき、指先を汚していたのは、赤。
 部屋を支配していた血の臭いは……俺の、血の臭いだったのだ。
 男はふっと、笑みを浮かべた。満面の笑みだ。完全に壊れた、救いようのない笑みだ。
 叫びだしたいのに、声が出ない。指一本、動かせない。男は長身のサーベルを俺の首筋に当てた。それが、振り上がる――――……
『血によって操り、血によって結ばれる……我は、永遠なり―――』
 血管が破かれて噴き出した血が視界を赤く染めた瞬間、聞こえた声はいつも俺を呼ぶ、その声だった……。

*  *  *

「九龍ッ!!」
 肩を掴まれ、強い力で引っ張られる。その力のまんま、倒れそうになったってことは、相当力が抜けてた状態だったってことだ。
 気が付くと、目の前には眉間に皺寄った甲太郎。
「あ、……甲太郎」
「どうしたんだよ、大丈夫か?」
 どうやら俺は、しゃれこうべに触れたところで硬直して何やらブツブツ呟き始めたらしい。そりゃ変に思われて当然だよね。
「だ、ダイジョブ。ちょっと……変な物見た」
 あれは、何だったんだろう。誰かの記憶か、それともこれから起こる未来か、どちらにしろ、この遺跡にはあんな風な誰かの死があるはずだ。にしても……生々しい。痛みはないけど、触れた温度とか血が飛び散る感覚とかは確かに覚えてる。
 不意に、左半身が異様に熱いことに気が付いた。胸部、肩、鎖骨付近に首筋。その熱が、頭まで飛び火する。まるで焼かれるような熱に苛まれて、脳が誤作動を起こし始めた。
 ハレーションを起こす視界が幻覚を呼ぶ。激しい耳鳴りは聞こえるはずのない声を聞いた。
 ふらふらと部屋の中央に置かれた棺桶に近付く。甲太郎が何か言っているが、聞こえない。その代わり、
「……この、下。たぶん、吹っ飛ばせる」
 自分の声がうまく発音できてるか不安だったけれど、甲太郎にはちゃんと伝わったらしい。グレネードを構え、蓋を開けた棺桶の中に向かって射出した。
 轟音、砂煙が舞い上がり、更に視界が揺れる。
「ビンゴ、だな……ッ!!九龍!」
 棺桶を覗き込んだところで意識が薄れ、そのまま俺は真っ逆さま。案の定、棺桶の下には空間が広がっていて、俺は受け身も取れずにもろ、床に激突した。
「痛つ~ッ……」
 けど、痛みのお陰で僅かに呆けていた意識が戻ってくる。
「九龍ッ!!生きてるかオイッ」
 上の方から甲太郎の声が聞こえた。声は、大分部屋全体に反響している。それで大体の部屋の広さが把握できた。
「だ、いじょうぶッ、結構、高さ、あるから……今、フックそっちに、伸ばす」
 背中を強かに打って、呼吸がしにくい苦しさはあったけど、なんとか立ち上がって、落ちた距離を思い出してワイヤーフックを射出する。打ち出したフックの先端はしっかり甲太郎が捕まえてどっかに引っ掛けたようだ。俺はフックが巻き戻らないように固定して、ゴーグルをセット、ノクトビジョンが真っ暗な部屋の輪郭を映し出す。
 ……誰かが、確かにここいる気がした。
 姿は見えないしH.A.N.Tにも視界にも反応はないんだけど、気配だけが漂ってる。それも、相当よくない気配。言うなれば邪気が来るって感じ?俺、ニュータイプじゃないけど。
 背中に覆い被さってくるような気配を振り払うように、部屋の中を静かに歩く。
 上の部屋とほとんど同じくらいの広さ部屋の中は殺風景だった。華美な装飾品も変なしゃれこうべとかもない。あるのは、部屋の真ん中にある棺桶と壁に掛かった大きな絵だけ。
 絵は、肖像画だった。予想はしてたけど、黒くて長い髪を持つ美丈夫。冷たい記憶の中にいた男だった。赤いはずの瞳は、絵の中で黒く塗り潰されているように見えるけれど、暗闇で彩度が落ちているから何とも言えない。絵の前には一振りの刀……サーベルが置かれていた。暗闇の中で銀色に光る刃が、少し異質だ。
 俺は近付いて、H.A.N.Tでスキャニングしてから絵に触れてみた。
 触れてから、後悔するいとまもなく辺りに漂ったのは血の臭い。視界が真っ赤に覆われる。怒濤のように押し寄せる得体の知れない記憶の氾濫、背筋を囓るおぞましいまでの怖気、脳味噌の真ん中を直接汚染してくる低く響く声。
 自分の咆吼がどこか遠くで響くのを聞きながら、俺の意識は喰われて消えた。