風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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クリスマス記念SS ワラキア -黒と赤- - 5 -

「九龍ッ!!」
 防寒のため二重になっている窓を開け放し、身を乗り出して叫んだ。九龍、のはずである黒い影は、真っ赤な眼を蠱惑的に細めて俺を見る。チクショウ、そんな些細な表情まで完全に見えてしまう視力2.0をなめるな。
 九龍の唇は、何か意味を成して動いた。さすがにそこまでは読み取れず、俺は窓から離れて部屋を飛び出た。何が何だか分からないようだったミナも、とりあえず併走する。彼女は言っていた。黒い影が降ってきた、と。
 九龍が眠っていたのは、さっきまでいた部屋の上だ。四階という高さだが、そんなこと意味がない。僅かな突起を足場にしてのショートカットは、高校時代からの得意技だ。
「さ、さっきの、ハバキさん……!?」
「たぶんな。つーか、絶対そうだ」
 彼女の息が切れる前に、俺たちは一階に到着した。ホテルの外に出ると、一面積もった雪の中に立つ後ろ姿がある。
「九龍!」
 呼べば振り返る細身の姿は、外に出るとき常に着る黒コートを羽織っていない。それでも黒く見えるのは、重ね着したニットもシャツも黒だし、ジーンズも黒染めだったからだ。
 ただ、眼だけが赤く燃える。
 ほっそりした輪郭と切れ長の目元は、あまりにその色と調和しているように思えて……俺は胸の内で首を振った。
「お前……。どこに、行く気だ」
「ふふ、どこ、って……食事、かな」
 隣のミナが息を飲むのが分かった。さっきまでしていた話が話だ。今の状況が危ない、というのは分かっているんだろう。
「ここの人間はよくない。きっと、不味い」
 そういって九龍はホテルを見上げた。俺に吸血衝動なんてものはないが、確かに変な世界に半分足突っ込んでいる連中はあまり美味そうではない。
 だが、なぜ。『あいつ』はいつでも俺に狙いを定めていたはず。その疑問を嗅ぎとったのか、九龍が薄く嗤う。
「だぁって、コータロー、食べさせてくれないから。本当はコータローがいいのに、拒むから」
 ―――だから我慢して、他の人にする。
 歌うような笑い声を唇に乗せ、平然と言ってのける。
 俺は知らずアロマパイプを強く噛みしめていた。九龍に向けて一歩、踏み出す。
「俺は、見たんだ。この国には、要らなくなった子どもがたぁくさん、いる。あれならいくら減ってもだぁれも、気が付かない」
「!!」
 妙に舌足らずな口調で告げられた言葉に絶句したのは俺だけだ。ミナは日本語を解さない。だから、吐き捨てるように「孤児を食いに行くと言ってる」と訳してやると、彼女はそんな、と呟いて口元に手を当てる。もちろん、彼女も知っている。この国を彷徨う、チャウシェスクの子どもたちを。そして、彼らが内に持つ危険。買売春によって広まった、不治の病。HIVは血を媒介として広まるというのは誰でも知っていることだ。
「待て九龍ッ」
「いーやーぁ。だって、あれはきっと汚くない。大人は淀むから、ダメ。でも守られた子どもは手に入りにくいから、ダメ。だから、あの子たちが一番……じゃない、二番なんだよ。あはは、一番はね、コータローだ」
「だ、ダメだッ!!」
 更に踏み出そうとする一歩は、ミナに止められた。上着の袖を掴んで首を振る。俺だってさっきの話を忘れたわけではない。だが……。
「いいか、九龍。お前なら知ってるはずだ。あの子どもたちが冒されている病のことを」
「うん?知ってるよ?でも、そぉんなことじゃ変わらないんだよ、―――血の、味と、綺麗さは」
「そういうことじゃねぇ!!」
 怒鳴り飛ばした俺を、きょとんとした顔で見てくる。じゃあ何?とでも言いたげに赤い眼が揺れる。
「大丈夫。俺は、死なないよ?」
 その時の九龍の笑顔を見て、俺は背筋に寒いものが走るのを感じた。
 葉佩九龍は、出自と育ちと元来の性格のせいで、時折壊れた言動を取ることがある。自分が壊れているという認識もなしで綺麗に壊れるのだ。
 今の、あの九龍の顔は、それをもっと、途方もなく倍増させたものだ。子どものような無垢さの中に、抱えようもないほどの狂気を持った、言うなればそんな顔。
 俺はミナを振り返った。
「下がってろよ」
「ミナカミさん!今、人を……」
「いや、それより頼みがある。もし、俺があいつに噛み付かれることがあったら」
「そんなッ」
「まず俺と九龍を殺すことを考えろ、いいなッ」
 彼女の手に腰に巻いておいたナイフを押し付け、九龍に近付いた。よく見れば首の痣が肌を侵蝕するように黒を強めている。
「死なない、ってのはどういうことだ」
「どういうこと?意味、のこと?」
 九龍も、踊るような足取りで俺に近付いてくる。雪に付いた足跡は乱れた間隔で刻まれていた。
「ふふ、コータローなら、いいかなぁー、教えてあげても」
「そりゃ光栄だ」
 九龍との距離が数メートル、そこで互いに立ち止まる。赤く滲んだ眼を猫のように吊り上げて、俺に向かって手を伸ばした。そして、あのね、と。子どものように口ずさむ。
「血によって繋がる、生命の円環、回る限り永遠だ」
「何?」
「ひとつはここに。もうひとつはあそこに。双の心臓、双の魂。……ねえ、コータロー?」
 これで、正気の九龍だったら確実に誘われていると認識してベッドに直行な表情だ。……普段は頑ななくせにこんな時だけ誘い笑顔ってか。元に戻ったらマジ覚えとけ。
「どこまでも、一緒にいようよ。それができるんだよ?」
 するりと腕が絡んでくる。身長差の分、僅かにこちらを見上げるようにして。
「……お前と、か?」
「そう。俺と。イヤ?」
 俺は、応えなかった。何も言わず、その代わりに密着した身体を抱き竦める。一瞬、腕の中で九龍が身動ぐのが分かった。けれど戻った気配はない。首筋に鼻を擦り寄せ、さらには唇を押し付けてくる。
「これで、ずぅーっと、一緒……」
「九龍」
「なぁに?」
「……お前じゃない、―――九龍ッ」
 半ば、喰われる覚悟だった。耳元で、絞り出すように呼びかける。
 二年前、離れていくことを決めた九龍を繋ぎ止めたときも、俺はただ九龍を呼んだ。九龍が、名前を呼ばれることを好んでいたのを知っていたから。自分の存在が誰かの中にいることを確認できるから好きだと、言っていたのだ、九龍が。
「九龍、俺は、お前となら生きてやる。だが、お前じゃなきゃダメだ」
「何、言って……ッ…く」
「九龍」
 戻ってこい、と。祈るような願いを口に出し、囁いた声が届いたのか。
 腕の中の重みが突然増した。地面に落とさないよう力を込めて抱いていると、やがて、その肩が小刻みに震えていることに気付く。
「九龍……?」
 呼びかけ、俯く顔との間に隙間を作るが、一向に顔を上げる気配がない。俺は早く、あの黒い眼が戻っていることを確認したいのに。
「おい、九龍、なのか?」
 返事がないが、次の瞬間気が付いた。
 ―――泣いているのだ。
 嗚咽を堪え、声を殺して泣いているのだ。気付いて、確信した。俺が抱くのは九龍だ、と。
 だが、思わず大きく息をついてしまい、それを聞いた九龍の身体が強張るのに気付かなかった辺り、相当切羽詰まっていたのだろう。
 九龍は顔を上げぬまま、腕を伸ばした。俺との間に更に隙間を作り、腕はその衝立となる。
「……ごめん、なさい」
 俺は、絞り出された声を聞いてようやく、九龍の心情を垣間見た気がした。俺がついた嘆息を、どういう風に捉えてしまったのかも。
「も、……俺、やっぱ、ダメだった……。聞かないように、したけど……」
「阿呆、そうじゃない、九龍、」
 責めたわけじゃない、告げようとした言葉も遮られる。
「甲太郎……、ごめん」
 触れていた腕が離れ、九龍は二、三歩後退った。目元を袖で擦り、顔を上げたとき、その顔は笑みで彩られていた。いつも九龍が見せる、嘘と無理と心情を隠すあれだ。駆け寄ってきたミナと並んで、俺は何と声を掛けていいか分からず黙ったまま。
「なんか……、俺みたいになった人の、気持ち……分かる、かも」
「待て、オイッ」
「でも、その人は……たぶん、少し、遅かったと思うんだ」
 泣き笑い、そんな表情を浮かべた九龍。悲しいことに、俺はあいつが何を考えているのか手に取るように分かる。この気温よりももっともっと寒いことを、思いついてしまったんだろう。
 もう泣きじゃくることもせず、殊更綺麗に微笑んだ九龍は、やっぱりどこか壊れていた。
 くるりと踵を返し、駆け出そうとするのを見ても、俺はあまりの衝撃に一歩も動けなかった。
 ―――代わりに。
「待ってクロウさんッ!!」
 九龍の背中にタックルを掛けて雪の中に押し倒したのは、さっきまで俺の隣にいたはずのミナだった。突然のことに、九龍の身体はまともに倒れる。それでも、のし掛かってきたのがミナだと咄嗟に判断したのか、彼女を受け止めようとする根性には恐れ入った。
 だが、ミナには九龍の気遣いなどどこ吹く風だ。
「あなた、逃げるんですか!?」
「み、ミナさん……?」
 のし掛かったままの体勢で、年上のはずの女は髪を振り乱して怒鳴る。まるで、子どもが駄々をこねるように。
「今は今です。何も分からなかった昔とは違う。私たちには知識も技術もあるんですッ。悲劇を繰り返さないためにみんなも、私も、コータローさんも頑張ってる。それなのに、あなたは逃げるんですか!?」
 それはまるで、噛み付かんばかりの勢いだった。噛み付かれるな、と苦く笑っていた女と同一人物だとはとてもじゃないが思えない。
「……逃げる、ってか、だって……」
「私は逃げません。何日徹夜しようが構いません。その代わり、なんとしてでもこの現象を解決してみせます。吸血鬼なんてクソっ食らえよッ!!」
 俺は、それが真面目な言葉だと分かっていたのに、思わず吹き出してしまった。あまりに九龍が情けない顔をしているから。馬鹿なことを言った罰だ、と心の中でほくそ笑む。
「九龍、そいつの言う通りだ。お前は、過去の選択を繰り返しちゃいけない」
「甲、太郎……」
「そうです。ここは、今なんです。時間は、問題を解決するためにだって流れるんです」
 ミナは九龍の胸ぐらを掴み上げた。そして、顔を近付けて凄んだ。
「……分かりましたか」
「でも、」
「でもなんて返事はいりません。私は分かりなさいと言っているんです」
「……ハイ」
 いつだって、俺も九龍も年上の女には弱かった。それはタイプは違えど同じことだ。しかも女は出会った日から比べて格段に強くなった。俺たちが、簡単に勝てる相手ではないのだ。
「諦めろ、九龍。……ほら、いつまでもそうしてないで部屋に戻るぞ。本当に風邪引く」
「……いい、のかよ」
「阿呆、そうしろって、言ってんだ」
「もう、自分じゃ、どうにもできないんだ」
「俺が、どうにかしてやったろ」
 ミナに手を貸して立たせた後、九龍に手を差し伸べる。その手を躊躇いながら取った九龍は、唇を噛みしめて俯いて、「ありがとう」と小さな声で呟いた。

*  *  *

 時間がない。それが結論だ。
 以前は外からの刺激で元に戻っていた九龍が、さっきの発作ではかなりの時間赤目のままでいた。(科学班は何で自分たちを呼ばなかったのか嘆き、それをミナに一喝されていた。)
 そしてもう一つ、時間がないと確信した理由が痣だ。
「げぇッ……」
 上着を脱いだ九龍が、まず声を上げた。声こそ出さなかったものの、俺もミナも同じ思いだった。剥き出しになった痣は首筋から肩へ、左胸から鎖骨辺りまで互いに広がりを見せていた。あと少しで繋がってしまいそうだ。
「こうなったら、明日、遺跡に行くぞ」
「……でも、まだあの遺跡の持ち主も分かってない」
 日記の解析はまだ済んでいない。大体は終わっているようだが科学班は完璧主義で、仕事はやり終えないと晒す気にならないと言っていた。悠長なことをしている場合ではないが、中途半端なものを渡されてもこちらとしても手に余る。
「こうしてお前がへたっていくのを見ているわけにはいかないだろう」
「……面目ない」
「責めてるんじゃねぇよ。だからんな顔するな」
 項垂れた額をぶっ叩くと、再度謝罪を口にして九龍は顔を上げる。どうやらさっきのことは、こいつの中でもかなり尾を引いているようだ。普段、自分の責となる事態が勃発しても、後悔して謝罪して深く落ち込むのは一番最後だ。真っ先に事態を収拾することに奔走する九龍にしては、今の状態はかなり珍しい。
「コータローさんの言う通りです。時間はありません」
 九龍と共に雪に突っ込んだため、頭からびしょ濡れになったミナは、二日ぶりだというシャワーを浴び、着替えを済ませてここにいる。髪が湿っているのが色っぽいが、さっきのあれを見た後でこいつに『女』を見出せというのは無理である。本当に、俺も九龍も年上の女が苦手だ。
「それに、さっきの彼……クロウさんが言った言葉の意味も気になります」
「血が生命の円環を繋ぐ、とかってヤツか?」
「ええ。それから死なないと言った意味も。血液を介して彼が何をしようとしているのか、まだ確証はありませんが危険なことは確かです。狙いを外に向けたことも考えると、やはり解決は急いだ方がいいでしょう」
 俺とミナのやり取りを、九龍は所在なさげに聞いている。自分で言った言葉を覚えていないという九龍には、さっきの出来事をそのまま伝えた。元から調子はよくなかったが、ストリートチルドレンの行では顔面蒼白になってしまってまた倒れるんじゃないかと思ったほど。俺は一度死んでくると言ってふらぁっと窓に近寄っていくのを、慌てたようにミナが止めたのが数分前の話だ。
「お二人は今日中に遺跡に向かえるだけの準備を整えてください」
「でも、まだ日記の持ち主、判明してないんでしょ?」
「今、ヴラド公の血縁者リストを洗っている最中です。明日まで時間をいただければ、突き止めてみせます」
 言いきったミナを、今は信じるしかない。真っ直ぐ、ほとんど睨まれるように見つめられて、ようやく、九龍は自分がくたばるという解決法と決別したようだった。
「……了解しました。じゃ、そっちはよろしく頼みます。どーせ日記の方も科学班がなんとかしてくれるんだろうし。俺らは戦闘班として頑張ります」
「ええ、お任せを。それじゃあ私はロゼッタ科学班の方々の所にいますので」
 厚い書類を抱え直したミナは、灰色の髪をなびかせて部屋から出て行った。同時に、俺と九龍の溜め息が重なる。 「……綺麗で格好良いお姉さんだよねぇ」
「……なんだがなぁ」
「どうも食指が伸びないというか、手を出す気にならないというか」
「非常に同感だ。なんてーか、カウンセラーに八千穂と七瀬とついでに雛川を足したにおいがするぞ、あの女」
「うぉ、絶対勝てねぇ」
 なんて冗談を言いながら、俺と九龍も部屋を出る。九龍の手には調達する弾薬の数を書いたメモが握られていた。
 あいつを助手席に押し込み、俺はハンドルを握る。九龍が眠ったのはほんの僅かな時間で、いくら普通の人間より不眠に耐性があるからといって、やはり運転させるのは不安だ。
 明日がクリスマス・イブだからか、小さな村には飾り付けが目立つ。道の端は赤と緑のオンパレードだ。正教が国に浸透しているためか、何だか飾り付け一つとっても日本よりも物々しい。祝わねば、という意気込みが伝わってくるようだ。
 車の中に暖房が効いてきて、九龍は少し、眼を細める。 「おい、少し寝ていいぞ」
「……できねぇっつーの」
「安心しろ、今度こそマジで殴って沈めてやるから」
「無理無理。大丈夫、ヘーキ。少し寝たら大分マシになったし。これなら明日まで保つよ」
 昔はもっと眠らなくても生きていけた、と告げる。ハタチやそこらの若造が語る昔とは何なのか、まだ全てを聞けたわけではない。
「……ミナも言ってただろ。今はもう、昔じゃない。お前だって昔のまんまじゃない」
「そう、だね」
 呟いた九龍が窓の外に眼を向けた。流れていく景色を見る視線は、子どもの色をまったく含んでいない。生きた年月に見合わぬ達観した様子は、見慣れた横顔を見知らぬ何かに見せる。
 こんな瞬間が、酷く怖い。人の思惑を読みとるのを得意と自負している眼が、九龍だけ捉えられなくなる。今、例えば九龍が歌を口ずさみはじめても走る車から飛び降りても俺に銃を向けても、何一つ不思議ではないような。
「な、甲太郎」
「あ?」
「意識の、ないところで。大切な人を傷付ける気持ちって、どんなだと思う?」
 やはり、質問は唐突にやってきた。俺は答えあぐねて、言葉に詰まる。アロマパイプを噛み、ラベンダーの匂いを意識し、ハンドルを切るという動作を全て済ませてからようやく。
「……意識がないなら、気持ちも何もないだろ」
「なら、目を開けて全てが終わっていたときはどうだと思う?」
「さあ、な。生憎とそういった状況に陥ったことがないから分からない」
「そ、っか。そうだよね」
 九龍は目を伏せて、まだこっちを見る気はないようだ。 「なあ」
「今度は何だよ」
「変わったのは、俺だけじゃないんだろ?」
 その言葉が俺のことを指しているのは、分かっていた。変化は、確かに九龍だけのものじゃない。俺にだって訪れているし、自覚もある。
「……ああ」
「変わった、っていうならその証明に」
「ああ」
「もしも俺がトチ狂ったらさ」
 視線が、翻った。赤くない、けれど表情のまったく読めない黒い眼が。
「ちゃんと殺してな。できるなら、銃で殺って」
 言葉を投げつけられた素のまま受け取って焦るのは、一瞬。噛み砕くのにもう少し。九龍が、その面に本気とも冗談ともつかない笑みを浮かべるころには、それを熱烈な告白だと理解した。戦いの中で育ったこいつが、命をそのままこちらに投げてくる。意味は、愛の言葉と同等だ。
 だから俺は、それに答える必要がある。
「……分かったよ。指定の銃は」
「ベレッタか、砲介九式。俺の分身。トドメは絶対、それがいい」
 ベレッタM92FS.MAYAコンバット・ロゼッタカスタム。それから、学生時代に九龍のために造られた砲介九式カスタム。九龍の愛銃。確かに、九龍の存在を消し去るには最適だ。俺も撃ち方は知っている。
「了解、相棒。お前の命くらいなら、預かってやる」
「サンキュ。……ふぃー、これで思う存分戦れる」
 からかうように笑う九龍は深く息を吐いて、シートからずり落ちるような格好になる。その表情があまりにも幼くて自然で、自然すぎて、俺は全てを言葉のままに受け止めたのだ。
 九龍の最期は俺が預かる、その盟約の元、九龍は何を気にすることなくただ戦うことができるのだ、と。
 そんな甘やかな決意だとばかり、思っていた。