風云-fengyun-

http://3march.boy.jp/9/

***since 2005/03***

| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |

クリスマス記念SS ワラキア -黒と赤- - 1 -

「寒い。寒すぎる。絶望的に、寒い」

 その国に降りたって、最初に甲太郎が言ったセリフがそれ。
 ヤ、そりゃそうでしょうよ。なんてったって駅には雪が降り積もる。寒さに強い俺だって、マフラーとオープンフィンガータイプの革グローブを嵌めてるんだから。
 ここは、ルーマニアの首都ブカレスト。ブルガリア・ソフィア中央駅でルーマニア行きの夜行列車に乗って揺られて約十時間、ブカレストに入ったのは朝だった。
 列車の中が暖房快適だった分、外に放り出されると余計に寒さが身に浸みます。
 雪もじゃんじゃか降ってきて、エジプトとか東京にいた俺たちからしてみれば久しぶりの大雪なんだよね。
 俺は、口元をマフラーで覆った甲太郎を見上げた。震える手ではカートリッジに火を着けるのが大変そう。俺がライターをすって火をおこしてやると、すぐに辺りにはラベンダーの匂いが漂い始めた。
「確かに寒いけど……それ、さすがに着すぎじゃね?」
「うるさい。俺は寒いのが嫌いだ」
「うん、知ってる」
 あんまりの言い様に思わず吹き出すと、甲太郎はビシィッと俺を指差して言い放った。
「お前、雪男決定」
 ……ハイハイ。
 去年のクリスマス、甲太郎が俺に言った言葉だ。お前といるといつもクリスマスに雪が降る。だからお前は雪男だ、と。そして今年も雪が降ったらもう決定だ、雪男だと。
 まぁ、確かに降ったけど。これはお国柄でしょ?つってもこの仕事を引き受けてこの国に来ることになったんだからやっぱり俺のせいなのかと自問する。
 どうせ雪男デスヨーと内心で膨れながら、それでもこの時期、一緒にいられるっていう意味は大きい。去年すっぽかしたクリスマス云々……俺たちにとってはそれよりも天香の遺跡から生きて帰ってきたっていうコトのお祝いかな、そんな日を今年も離れて過ごすなんて冗談じゃないって言われて、俺もそう思っちゃって。
「ああ、任務に私情を持ち込むことになるなんて……」
「なんか言ったか?」
「いんや、何にも」
 睨み下ろされながら肩を竦める。やっぱり、寒い分だけ機嫌が悪そう。アロマパイプをかりっと囓る様子からもそれが分かる。
「まー、ここは面白い国だし、仕事が早めに片付けば観光もちょっとできると思うよ」
「ルーマニアって言えば吸血鬼か?」
「とかね。ここは宗教的にちゃんとクリスマスをやるから、そういう意味でも面白いかも」
 面白い、ばかりでもないんだけどね。
 んなことを言いながらガラガラとスーツケースを引きながら歩いていると、突然目の前に子どもが立ちはだかった。拙い英語で何かを言っている。俺は、それを無視して歩く。甲太郎も同じだ。
「にしても……何なんだ、この物乞いの数は」
 駅構内には子どもが沢山いた。しかも、大人に連れられている子どもじゃない。汚れた服を着て、愛くるしい笑顔を振りまきながら往来する大人に物をくれと強請る子ども。
「この国は色んな意味で政策に失敗してきた国なんだ」
 俺は、話しかけてきた子を敢えて見ないようにして甲太郎に言った。
「ルーマニアの独裁者、知ってる?」
「ああ。夫婦で銃殺刑になったって。チャウシェスクだったか?」
「そ。チャウシェスクは人口こそが国力だって考えて、中絶とかそういうの禁止したんだ。当時は配給制で、子どもが少なかったりすると配給にもペナルティが加えられたくらいでさ。で、どんどん子どもが増え続けた。そん時経済的にも国自体がいっぱいいっぱいで、とうとう体制が崩壊。チャウシェスクは銃殺。……大変なのはそれからで、彼は独裁者だったけれど配給制とかやってたから国民はなんとか生きていけた。でも、それがなくなったら、子どもはどうなるでしょうか、って話で」
「それが、ここにいるガキか」
「まあ、そういうことだよね」
 チャウシェスクの子どもたち。それが彼らだ。
 凄まじいインフレ、凄まじい失業率。そんな中、子どもはお荷物に変わった。街には孤児が溢れて、孤児院を造っても造っても追い付かない。そのうちもっと恐ろしいことが起き始める。この寒い国で、物乞いだけでは飢えをしのげない彼らは、幼い頃から犯罪に手を染めていたりする。麻薬の運び屋だったり、売春だったり。
 特に売春。この国の子は、はっきり言って可愛い。真っ白い肌に綺麗な色の髪の毛。金髪だけじゃなくて灰色っぽかったりふわふわの栗毛だったり。それと同じくらい綺麗な眼でじっと見られたら、変な気起こすヤツだって少なくないよな。
 しかも子どもが溢れてるせいで誘拐が易く、人身売買のメッカみたいになっているってのも噂で聞いた。変態に売り飛ばされたり内臓抜かれたり。本当かどうかは知らないけど、この辺りからある日数人子どもが消えても誰も気付かないでしょ。
 更に酷いことに、元の政策のせいで避妊ができなかったってのに生きるための売春が拍車を掛け、HIV感染者が増えてることは今、重大な問題になっている。
 甲太郎はアロマパイプを口から離すと、大きく息をついた。
「悲劇だな。悲劇が具現化してその辺転がってるようで胸糞悪い」
「だね。でも……歴史の中で見れば、どこにでも転がってる悲劇だ」
 そして国単位で見なければ、本当にありふれた、なんてことない悲劇。
 分かっていてそれでも、ため息が出た。この子たちへの同情からじゃない。かつて俺も、こんなふうに、いつ消えてもおかしくない子どもとして生きていたことがある、それを思い出したからだった。

*  *  *

 今回の任務はロゼッタお得意のハンター派遣業務。トランシルヴァニアとワラキアの間の山で見つかった遺跡の調査を、ルーマニアの博物館から依頼された。遺跡って言っても小さなもので、協会は、調査自体は難しくないと見てる。俺も資料を読んでそう思ったしね。
 でも、その遺跡が吸血鬼伝説に咬んでる可能性を考えると、化人が出るかもしんないし、危険はあるだろうってコトでハンターの登場。俺はいつもの勤務態度が評価されて、あまりきつくない任務にもかかわらず、かなり余裕のある日程で予定を組まれてここに送り込まれた。
 つまり、ゆっくりしてこいと。そういう意味。もう、仕事は毎日真面目にやるモンだとガッツポーズしちゃったよ。
「吸血鬼伝説、ねぇ」
「こっちでは日本で言う桃太郎伝説とかそういう類のものとして口承で伝えられてるみたいだけど。俺らからしてみりゃやっぱりオカルトだよね」
「ああ」
 協会の用意したホテルにて。
 読み込んだ資料をぱらぱらと再読しながら、日本から持ってきた『ヘルシング』を横に積んで、テレビでは『インタビュー・ウィズ・バンパイア』を流す。ホント、吸血鬼が爪先から頭のてっぺんまで染み込んできそう。
 甲太郎はアロマパイプを銜えたまま、英字の書類なのにまったく問題なく読み進めていく。ちなみに甲太郎、日本語、中国語、英語は話せるし書けるというトライリンガルなのです。
 一通り目を通すと、今度はヘルシングを読み出す。俺はレスタトに見惚れてみる。
「つっても、伝説だしな」
「モデルはいるけど、血液を糧にする者がいたっていう史実はないし」
「怪物が出るってワケでもないんだろう」
「出たら出たで面白いかもしんないね」
 画面の中ではレスタトが真っ赤な唇を吊り上げていた。
 俺はもう一度書類に目をやった。目的の遺跡、その入り口の岩戸に刻まれていた紋章は、ドラキュラの紋章だという。その紋章には古スラヴ語で『神の恩恵により、ヴラド・ヴォエヴォダはウングロ・ワラキアの国主なり』って記されている。ヴラド、とはあの有名な串刺し公のことって考えちゃってイイのかね?カズィクル・ベイ。資料に載っている絵には串刺しにされてる絵とか結構グロいんだよね。人を茹で殺す話とかもあるし。ああ、陰惨。
 ……そういえば、もうすぐ依頼主が寄越すっていう人が来るはずだ。コーヒーでも出した方がいいかなー。
「甲太郎、コーヒー飲む?」
「ああ。……インスタントか?」
「生憎と」
 この部屋には簡単なダイニングがくっついている。お湯沸かしたり軽食作ったりする程度はできるようになっていた。
「今日さ、依頼主のとこから人が来るんだけど、その後外に出てみる?」
「お前、準備とかいいのか?」
「う゛ッ……」
「別ルートで銃とか送られてくるんだろ?受け取りとか」
「……ハイ」
 殊勝に頭を下げてみせると、部屋の中にベルが鳴り響いた。インターフォンを取るとフロントからで、人が訪ねてきたという者。名前と所属を出してもらって、その人を部屋まで通してもらう。
 現れたのはすごく綺麗な女の人だった。灰色の髪と目が印象的な。
「ミナ・ドムニソァラと申します」
 依頼人である博物館で遺跡調査員をしているという彼女は、俺を見て困惑したようだった。
 そりゃあね!俺はね!東洋系の中でも更に童顔だけどさ、そーんな不安そうな顔しなくったっていいじゃん!
「あ……失礼いたしました。随分と、お若い《宝探し屋》さんだと思ったもので」
「イイエー。よく言われますから慣れてますよ」
 事実若いですしね。と言っても、ミナさんが想像する若いよりは歳がいっているはず。
 俺とミナさんが会話をしていると、甲太郎が怪訝そうな顔をした。あ、いけね。
「ええと、英語は喋れますか?俺の相方、ルーマニア語ダメなんスよ」
「分かりました」
 ミナさんはすぐに流暢な英語に切り替えてくれた。よかった、いちいち通訳するのはちと面倒だ。
「早速仕事の話に入りたいんですが。こちらの書類には目は通してあります。任務は発見された遺跡の内部調査、で、次に入る調査員に危険が及ばないよう中に何かがあった場合は排除する。それでよろしいですかね?」
 というよりよろしいですよね、と確認口調で言ったんだけど。
「あ、……あの」
 ありり?俺、なんか書類読み間違えた?彼女は伏し目がちになって、何だか困っているように見える。
「それが、……その、今回のご依頼は、あの……」
「えぇっと、書類にあったのと、最初にご依頼されたときの依頼内容ってのは調査で、間違いはないですよね?」
「はい。それが……事情が少し、変わりまして」
「事情が変わった?」
 俺と甲太郎、顔を見合わせる。どういうことかと促してみると、ミナさんは俯いたまま事情を話し出してくれた。けれどもその事情ってのがどうにもよく分からないもの。
「干涸らびた死体?」
「……ハイ」
 俺も甲太郎も首を傾げてるけど、ミナさんだって分かんないみたい。
「ハバキさんたちがこちらに向かっている最中に、何者かが遺跡に侵入したようなのです」
「で?」
「お二人が到着する前に、遺跡付近を閉鎖するために出向いたのですが、……遺跡の入り口に昨日まではなかった死体が…」
「転がってた、と」
 んで干涸らびてたら確かに異常事態だ。事情も変わっちゃったってことになるだろうねぇ。
 ミナさんはいかにも申し訳なさそうにしているんだけど、まあ、そんなことくらいでじゃあ帰りますなんて言い出さないのが俺たちでして。
「その死体、見ることはできますか?」
「え!?あ、ハイ。市内の病院に安置されていますが、関係者以外は見ることができません。私も一緒に立ち会うことになりますが、それでよろしければ」
「大丈夫です。一度その状態を見て、色々決めようかと思ってるので」

*  *  *

 と、いうわけで、車で病院までレッツラゴー。
 甲太郎はまた何重も重ね着をして着ぶくれして、寒い寒い言いながら震えている。……車内、思いっきり暖房効いてるっちゅーねん。
 車内でもミナさんは遺跡と死体の話をしてくれたけど、何だか博物館自体が少し調査に消極的になってるみたい。歴史的価値のありそうな遺跡だからぜひ調査はしたいんだけど、得体の知れない問題はゴメンこうむる、みたいなね。ミナさんも気味が悪いと何度も口にしていた。
「はー、これが、その死体」
「はい……」
 病院に到着、死体とご対面。ミナさんは死体を安置している部屋に入る前から眉間に皺を寄せていた。当の死体も彼女にはちょっと刺激が強すぎるのか直視できずにいるようだ。博物館とかで見てるミイラとは……何だか色が違う。
「当初、何者かが遺跡の中にあったミイラを持ち出したのではないかと推測されたのですが、この死体はそんな昔のものではない」
 死体の腹には、解剖によって捌かれた跡があった。中には……内臓が残っている。古代のミイラは、基本的に内臓が抜かれている。乾燥させるには内臓には水分が多すぎるからだ。で、も。
「これ、大腸?カラッカラやんけ」
「蛇の抜け殻みたいだな」
 ラテックス手袋を嵌めた手で、許可を取って慎重に腹の中を探る。内臓は、……内臓までも干涸らびていた。まるで、水分だけが抜かれてしまったように。そして、人間の持つ水分と言えば……、
「血が、抜かれてるってコト?」
「……そうです」
 ぶち当たった事実に、俺と甲太郎は顔を見合わせた。吸血鬼伝説の残る国で、血の抜かれた死体。何だか、面倒事臭いねぇ。お互いに、そんな思いを目の中に浮かばせていた。
 まだその死体については調査があるみたいで、俺たちはそれからすぐ病院を出る。それから街中のカフェへ。俺と甲太郎はコーヒーを、ミナさんは紅茶にキャラメルを垂らしたという飲み物を頼んだ。
「ほんで、死体の身元は?」
 昨日今日作り上がったばかりでろう紙束を捲りながら、ミナさんは聡明そうな眼を真剣に走らせる。書類を見るときにメガネを掛けるのは俺と一緒。
「判明しています。ウクライナ国籍を持つ男で、盗掘や埋蔵品の横流しなどをしている」
「じゃ、やっぱりこりゃ墓荒らしが遺跡に入って、その中で『何か』があって、こんなんなっちゃったっていう線が濃厚なわけっスね」
「はい」
 インスタントじゃない、けれど妙に甘いコーヒーを舐めるように飲みながら(甲太郎は一口飲んだきり、手も付けていない)ミナさんから書類を受け取る。
「あの遺跡の内部に何があるか分からない以上、ハンターの方と言えども立ち入ることは危険です。それに、血が抜かれているということは、あの遺跡は本当に吸血鬼伝説に関わるものかもしれません。何が起きるか、分かりませんし……」
「イエイエ、ほら、それを調べるのがハンターなんですよ」
 よく分かんないコト専門の解決屋みたいなモンですしね。
「実は人が干涸らびるってのは、一度目にしてますし。だからそういう意味ではそれほど珍しい現象じゃないと思うんですよ」
 俺のセリフに、ミナさんビックリ。人間が干涸らびるのを珍しくないと言われたらそりゃ、ね。俺もハンターやってなかったらビックリだもんよ。
 口元に手を遣って言葉をなくしてしまった彼女に、甲太郎が冷静に説く。
「今、分かっている状況で、考えられる可能性はいくつかある。一つは、遺跡内に侵入者を排除するトラップ。一つはそういった攻撃を持つ墓守、化人の存在。そして、人知を越える何かがあるか」
「その全部に対応できるのが《宝探し屋》ですよん、なんて」
 トラップも、化人も、呪いでさえ仕事にしてしまう。下手物食いって言われりゃそれまでなんだけど、そうやって成り立ってく職業もあるんですね。ハンターって凄いお仕事なんですね、なんてミナさんは言う。
「一応このことはロゼッタの本部に報告します。けれど、おそらくはこのまま任務続行となるでしょう。あとはそちらの、依頼主様のご意向如何です。やめろと言われればこのまま撤収します。調査を続けるゴーサインが出れば……」
 俺は、彼女を安心させるように手を取り、実害ゼロと信じ込ませる笑顔を作った。
「キッチリ、任務は遂行させていただきます」

*  *  *

 甲太郎が不機嫌だ。妙に不機嫌だ。原因を聞けば何てことはない、俺がミナさんに愛想よくしたのが気に食わなかったらしい。だからって協会からも博物館からも任務続行を言い渡されたのを「色仕掛け」っていうのは違うと思う。
 死体の話を聞いてから二日。ゴーサインが出てから、すぐに武器の受け取りに行ったんだけど、その車内でもブツブツ言っていた。
「大体お前は無防備すぎるんだよ」
「えぇっと、俺は綺麗なお姉さんの手を握ることも許されませんか」
「ダメだ」
 ……俺はこないだ甲太郎が酔っぱらってジャスティーンとキスしたって怒らなかったってのに、どうして俺はこんなに怒られるんだろう。不公平だよね、ちょっと。
 ロゼッタに指定された武器の受け取り場所は市内でもまだ治安のよくない地区。店の入っていない建物の二階をそれに使っている。H.A.N.Tのナビに従って建物を見つけ、二階に上がる。入り口でも本部同様にH.A.N.Tの認証を求められ、中に入るとそこには軍の酒保みたいな光景が。
「No.999?」
 カウンターのお兄さんはロゼッタ組員なのだろう。人懐っこい笑顔を向けてきた。
「そうでーす。お願いしてた武器、届いてる?」
「ああ。ロゼッタ特注のベレッタ。M92FS.MAYAに砲介九式カスタム。それから協会から連絡があって、これも渡してくれってよ」
 木箱を開けると、俺のもう一人の相棒、ベレッタが二挺。もう一つの包みの方には……、
「M3?M3ショーティ?」
「ご名答」
 M3、三発同時に散弾を射出できるタイプのショットガン。凄まじい威力が魅力なんだけど、俺みたいに筋力で銃を撃つってタイプじゃないヤツにはちょっと取り回しが難しい。そのために銃身を詰め、尚かつ威力と命中率はそのままに改良されたのがM3ショーティだ。
 そしてもう一挺。H&KG36。あのステアーAUGを押さえて、ドイツ軍に正式採用されたお嬢様だ。命中精度、反動、威力とバランスよく揃っている。しかもレゴライフルとか呼ばれちゃうくらい見た目が可愛らしい!
「……でも、何で?俺、普通にハンドガンの二挺拳銃使いなんですけど」
「さあ?でも協会がわざわざ使えって言ってんだから何か意味があんじゃないのか?持って行けよ」
「うーん。じゃあ、そうする」
「ほんじゃこっちに受領完了の認証よろしく」
 俺がH.A.N.Tとカウンターのコンピュータを接続して待っていると、ちらっとカウンターの奥が見えた。……すっげーの。木箱が積んであるんだけど、その他にも色々。スペツナズ、M60、P90、……RPG!?
「デザートイーグルに、あ、CAR-15!」
「No.999、噂に違わず鉄砲小僧だな」
 呆れたようにお兄さんが。それから、カウンターに身を乗り出して中を覗き込むと手の平で目隠しをされた。
「コラ。企業秘密だ」
「……はぁい」
「ま、この仕事が終わって暇なら覗かせてやるくらいならできるがな」
 指の隙間から、お兄さんの楽しげな顔が見えた。この人はきっと銃が好きな人だ!やった!と思って笑い返すと、突然首根っこを引っ張られた。間近にラベンダーの匂いを感じる。
「ぐぇッ」
「終わったら、帰るぞ。とっととな」
「おわッ、ちょ、ちょっと待って今終わるすぐ終わるギャー!置いてかないでー!」
 H.A.N.Tをしまって、おざなりな挨拶をお兄さんにしたあと、先に行ってしまった甲太郎を転がるように追いかける。……背後からはなぜか爆笑が聞こえてきた。
 外に出ると、甲太郎は雪の中、立って待っていた。
「ったく、何だよイキナリ。面白そうだったのに」
「……お前は、本当になーんも分かってないよな」
 雪の中、甲太郎が俺を見て苦笑する。俺は、心臓が痛くなった。冷たい空気を送り込んだせいで、肺も詰まっているみたいで。俺は自分が何を分かっていないのか、分からないのが辛いと思った。
「……ゴメン」
「何が悪いか分かってないだろ。だったら謝るな」
 なんか、去年も同じような遣り取りをした気が。なんか、全然進歩してないよ、俺。
 やっぱり甲太郎に何か無理をさせて、俺は好きなことをしているような気がしてくる。
「さて、とにかく戻るか。ここは寒くて仕方ない」
「うぃ」
 手袋を嵌めた甲太郎の手が、雪の乗った髪に触れる。その手からは、微かにラベンダーの匂いがした。あーあ。なんか、涙出そ。

*  *  *

 例の遺跡に入ったのは、二日後。ブカレストから電車でブラショフへ、そこからバスでトランシルヴァニアとワラキアの間にそびえる山に入った。山の麓のホテルを取って、そこから依頼主やロゼッタとの連絡はそこから取れるようにしておく。博物館から派遣された数人の調査員の人もそのホテルに泊まっている。もちろんミナさんもだ。
 俺は調査時の格好、黒コートにタクティカルベスト、腰のホルスターに銃を吊り、革のグローブを嵌める。こういう時は寒いからって厚着はできない。でも、甲太郎はシャツにセーターにタクティカルベスト、その上からケブラー素材のジャケットを羽織る。着太りはして見えないものの、かなりの重ね着。それでもまだ寒そうだ。
 そんでロマパイプを銜え、呆れたようにこっちを見ている。
「……お前、戦争でも行きそうな格好だな」
「しょうがないじゃん!持って行けって言われたんだから」
 今日の俺は更に重装備。M3ショーティを背中に背負って、G36を右肩から提げる。火力は最高、ただ、俺の持ち味である機動性は相当に落ちるからその辺が心配なんだよな。しかも、こういう銃器の扱いって実は甲太郎の方が長けていたりする。
 ……てか、絶対甲太郎はセンスがいい。ハンドガン使いである俺の支援戦闘をごくごくたまにしてくれて、それがもう、震えるほど素晴らしい。本人はあんまり銃は好きじゃないとか言ってるんだけど、去年も化け物ライフルぶっ放してたし、ショットガンの散発間隔測るのとかもすっげ上手いし、だからこいつらは甲太郎に持ってもらいたかったりして。
 そんな目で見上げたからだろうか。甲太郎は溜め息をつきながら、俺の背からショットガンを、肩からアサルトライフルを引っこ抜いて自分で構えた。
「甲太郎?」
「……援護だけだかんな」
「りょ、了解でありマスッ!」
 ありがたい!援護があるだけで戦い方が随分変わってくる。甲太郎は俺の呼吸も分かってくれてるし、背中をバッチリ任せることもできる。何より、腰が砕けるほど、格好いい。決まってる。オトコマエ。
「あとね、あとね!コレ付けてコレ!!」
「……グレネードか」
「そう!AG36!」
 アサルトライフルに、40mmグレネード発射機を取り付ける。榴弾は着弾と共に炸裂するタイプのものだ。うわーい、甲太郎が重武装だー♪
「よしコレで完璧!全て世は事もナシ!」
「事があるから俺たちが仕事するんだろうが……」
「まーまー、そういうこと、いいっこなーしーよ♪」
 軽口をたたき合いながら遺跡の入り口。この場所はある資産家の私有地で、本当は立ち入りを禁止されていたらしい。けれど遺跡が見つかったことから博物館の後援者が買い取って、今度はその人の私有地になった。
「うっわ、カビ臭せぇ……」
「陰気な場所だな」
 踏み込んで、まず顔を顰める。遺跡ってのは埃っぽいかカビ臭いかってのがセオリーなんだけどそれにしたってここは酷い。しかも生温い風が奥から吹いてきて、気味悪いことこの上ない。
「cartofi,morcovi,ceapa~♪」
「なんだそりゃ」
「カレーの材料、ルーマニア語版」
「……確かにそろそろカレーが食いたいな」
 ルーマニア料理は……なんていうかちょっと偏ってるから、そろそろ俺も甲太郎も飽きてきた。つーか、ぶっちゃけ味が合わない!おかゆに塩かけてチーズかけて食っても味気ないの!
「終わったらカレー食おうな」
「そうだな」
 最初に広がっていた区画を抜け、次の部屋に入った途端。
「げッ!!」
 そこら中、異様にでかい蝙蝠が蝙蝠が蝙蝠がッ!ありゃ普通にいる動物じゃない!
「墓守かッ」
「っぽいね!」
 柱に隠れて飛び掛かってくる蝙蝠を一匹一匹撃ち落としていく……けど、
「数がハンパねぇーーーッ!!」
「九龍、頭下げろッ」
 甲太郎がM3ショーティを構え、ショット!数匹がまとめて落ちていく。それを数度続けて、大分数が減ったところで二人で飛び出し、俺はベレッタで、甲太郎はシグで蝙蝠を討滅していく。
 ようやく全滅させたときには二人してぐったりしていた。
「……強くは、ないんだけどさ」
「数で来られると厄介だな」
「だね」
「あの死体のヤツ、本当にこの遺跡に入ったのか?丸腰ならあっと言う間に食われちまうだろうが」
 そういえば。
「もしかして、ここでこいつらに襲われてさ、血とか吸われたりして逃げ帰ったところで力尽きたとか?」
「かもな。……お、九龍、あれ」
 甲太郎が指差した先には石碑が置かれていた。
「……んげッ」
 そこに彫られていたのは、うひょー、ヴラド氏の串刺しより更にすごい絵。人間が首ちょんぱされて、鳥が血抜きされるように吊り下げられている。
「悪趣味極まりないな……」
「だね」
 その絵の脇には何か文字が彫られている。
「……on…bat…ly……laffen…jtef…」
「何て書いてあるんだ?」
「うーんとね、たぶん、『人の生皮を剥いで』『首を刎ね』『肉は』……」
「悪い、もういい。カレーが食えなくなる」
 結局は血抜きをしてその血がうんちゃらってことのようですね。『血はこれが生命なればなり』みたいなね。モーゼかっつーの。
 甲太郎は苛立ったようにすぱすぱとラベンダーの匂いを強くする。
「ろくな場所じゃねぇな」
「とりあえず、先に進んでみますか」
 先にあった扉を開けて、暗闇に一歩、足を踏み出した瞬間。
「ッ―――!?」
 足下が崩れた。咄嗟に甲太郎が腕を掴んでくれたからいいようなものを、まかり間違ったら真っ逆さま……。
 しかも、ちゃんとした足場に乗って下を見ると、そこがね、ほら、剣山みたいな?落ちたら串刺しみたいになっていた。もう、勘弁してよ……。額に手を当ててぐったり、してる暇もなかった。
「上だッ!」
「今度は何!?」
 襲ってきたのはまた蝙蝠。しかも、今度はそれだけじゃない。四つん這いで毛むくじゃらの獣。哺乳類っぽい。犬みたいにも見えるけど、鋭すぎる牙が下顎に収まらずに飛び出してやがる。
 俺たちは足場が不安定なせいでまともに動けない。甲太郎がショットガンで牽制し、動きを止めたところを俺が撃ち殺す、というのを何度か続ける。けれど上から襲ってくる蝙蝠が容赦ない。足場を変えた途端、またそこが崩れる。今度はしっかり跳躍して別の足場に飛び移ったものの、その着地の瞬間を狙われる。
 防弾仕様も守れない首筋に、蝙蝠が一匹噛み付いてきた。鋭い痛み、その後には……マジで吸血かッ!?
「痛っつ……!」
 無理矢理引き剥がして撃ち殺し、さらに降ってきた蝙蝠も連射で落とす。どうにか、全滅させることに成功したっぽく、甲太郎が駆け寄ってくる。
「大丈夫か!?」
「ん……ちょっと、油断した」
 首に手を当てるとやっぱり傷ができていて、しかも無理に引っ剥がしたモンだから牙が傷を余計に広げたようだ。痛みは少ない割に結構な出血。さすがの俺も放っておくとは言えなくて、救急キットで止血と手当をする。
「なぁ。ここ、墓、だと思うか?」
「違う気がするぞ。さっきから化人なりトラップなり石碑なりを見て思ったんだが、まるでここ全体が人を殺そうとする悪意に満ちているようだ」
「他の遺跡みたいに王や墓を守る、っていう感じはしないよな」
 天香で何度も聞いた、『墓荒らしには死を』という言葉が甦る。けれど、あの場所だって封印や王という目的があった。ここは、何かが違う。目的が『人を殺すこと』のようだ。もっと言えば、血を流させる、みたいな。
「何だか、嫌な予感がするな」
「……でも、まだこの遺跡の意味も何があるのかも見えてない。引き返すとかいうのはナシよ?」
「分かってるよ。だが、いつも以上に気を付ける必要があることは確かだ」
 甲太郎の言う通り。俺も、普段ならやらないヘマをして怪我した。遺跡で負傷するなんて久しぶりだ。小規模な遺跡だからって気が緩んでいたのかも。引き締めて、いこう。
 この部屋にも石碑があって、今度は文字ばっかりのものだった。
「グール、ヴァンパイア、ブラッドサッカー?」
「ブラッドサッカーって、bloodsucker……吸血鬼ってことか。死んでも甦る化け物のオンパレードか?」
「……血を、それを操り、…彼ら…血、私のもの?」
「読めないのか?」
「つーか、ボロボロで文章が所々途切れてる。血って連呼されてんのは分かるんだけど」
 やっぱ、血。絶対吸血鬼がどうこうっていう曰くがあるだろうね、ここ。
 ほんで、次の部屋には石碑通りなのかどうだか、人型をした化人が襲いかかってきた。性別は判別できなかったが、やっぱり人っぽいそれは、妙に緩慢な様子で近付いてくる。
 負傷した俺をかばってか、甲太郎が近付いてくる化人にショットガンを向け、ショット。一撃で化人は吹き飛んでいく……が。
「おいおいおい、マジかよ…!」
「あちゃー……」
 甦る。倒しても倒しても、腕や脚を吹っ飛ばされてもずるずると身体を引きずりながらこっちに近付いてくる。何なの、コレ。オカルト映画?ホラー?
「チッ」
 舌打ちを一発。しょうがないからガスHGを向かってくるヤツらに投げつけた。さすがに粉々になってまで追ってきたりはしないらしい。
「おい、九龍。化人は滅すれば消えるんじゃなかったか?」
「え……うん。大体はそうなはず。魂魄が分離して肉体が云々って」
「なら、ありゃ何だ」
 甲太郎に、胴と頭を吹っ飛ばされた化人の……死体。まだビクビクと痙攣している。さっきの蝙蝠や犬の凄いヤツは倒せれば消滅した。でも、コレ。消えないってことは、この遺跡が作り出した化人じゃないってこと?
「すっごいやりたくないけど、コレ、一部持ち帰ります」
 その死体の指をタクティカルナイフで落とし、空になったカートリッジケースに入れる。こういう得体の知れないのは、持ち帰って分析に回す必要があるんだ。もしこいつらがなんか変な病原菌持ってて、俺らが帰投したとき発症したとする。その時対処しやすいように、原因になりそうなものはあったほうがいい。
「……なあ、この部屋、ヤバくないか?」
 甲太郎に言われて、改めて部屋を見渡すと……。俺らが遮蔽物として使っていた台は、なんていうかミニチュア断頭台?それから有名な鉄の処女。鉄の入れ物中に人を入れて、蓋を閉める、蓋にはトゲが付いている、中の人間はぐちゃり。そういうの。
「もー、何ココ!!」
「胸糞が悪い……」
「しかも、なんか血のニオイしない?」
「そりゃお前の傷じゃないのか?」
「あ、そっか」
 狭くてじめっとした部屋の中では臭いが籠もる。甲太郎のアロマパイプよりも強く、血の臭いが。
 ホント、早く帰ろう。そう決意して、部屋の中を見回ってる甲太郎に声を掛けようとした。
 その時。
 誰か、甲太郎じゃない誰かの声が、聞こえた気がした。
 『…jeem……sce、o … cr ……ait…aros……ifiter……gefe…to』
 ルーマニア語?なんだろう、一瞬、理解できない言語のように聞こえた。それなのに、声を認識した途端、それが理解できる言語となって俺の中に降りてくる。
 『血の臭い……』
 ふわりと、辺りに漂う血の臭いが濃くなる。さっきまではラベンダーの匂いもあったはずなのに。
 『血によって、操り』
 どこから聞こえてくるのか分からない。甲太郎、と声を掛けようとしたのになぜか意識がそっちに向かなかった。全部、声に向けられているように。
 『血によって、結ばれる』
 低いような高いような、人間のもののような機械音声のような。不思議な、声。
 『双の心臓、双の魂』
 頭がクラクラした。頭痛、というワケじゃない。でも、首筋の傷が妙に熱い。じんじんと、熱を持っている。俺は必死に甲太郎を呼ぼうとした。なのに……声が、出ない。
 ふらりと足下が掬われるような感覚。立っていられなくて後ろの壁に寄り掛かった、瞬間。
 意識が強制的に奪われる感覚。真っ暗な中に、落ちていくような。
 最後に聞いたのは、俺の声でも甲太郎の声でもない。地の底から……そう、まるで地の底から響くような冷たい声音。
 誰のものか分からない。でも、こう聞こえた。
 
 ―――我は、永遠なり。