風云-fengyun-

http://3march.boy.jp/9/

***since 2005/03***

| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |

8th.Discovery 月光の底 - 7 -

 大岩の向こうには小さな部屋があって、そこに置いてあった石碑に書かれた言葉はこうだ。
「速き者なら、白き縄で魚を捕え、天之真魚咋を手にできる……」
「九龍クン、これってどういう意味?」
 俺が読み上げると、八千穂ちゃんが読めないだろうに石碑を覗き込んで首を傾げた。(ちなみに作りかけで壊れて雪だるまはしっかり作り直してきた。)
「さぁて、どうだろうねぇ」
 俺は首を傾げてみせるけど、その文章からはなんとなくトラップの臭いがした。
 二人を次の区画に連れて行くべきか、否か。俺は、こうやって頭ン中がワケの分からないことになってるとき、自分がポカしやすいのを知ってる。
 石碑の意味を考え込むように見せかけて、次の判断を迷っていた。隣で、今度は雪ウサギとやらを作り始めた二人は、この数十分でかなり仲良くなったみたいだ。
「う゛ー……耳が長くならなーい!」
「それなら、……こうして、こうして……これで猫、というのはどうでありましょうカ」
「あー!うんうん、猫っぽい!すごいね墨木クンッ」
 じゃあ次は何を作ろうかー、とはしゃぐ八千穂ちゃんの指先を見ると、悴んで真っ赤っか。こんなになるまで雪で遊ぶなよぉとも思うけど、そこが八千穂ちゃんの可愛いところでもあるわけで。
「ハイ」
「え?」
「これハメとけば、少しはマシでしょう」
 自分でしていたグローブを八千穂ちゃんの手の平に被せる。それから腰の銃を抜いて、
「ちょっと耳塞いでてね」
 誰もいないところに向けて、速射で連射。セットした弾薬が全部切れるまで撃ち続けて、それを弾が出ないようにセットして、八千穂ちゃんに渡した。もちろん、しばらく冷やしてから。
「え、え!?撃てってこと!?」
「違うよー。これ握ってるとあったかいからさ。あ、弾は出ないから大丈夫だけど、銃口を覗き込まないこととトリガーに指を掛けないってコトだけ気を付けてね」
「ハーイ。わ、ホントにあったかいね」
 即席ホッカイロ。普段は弾薬が勿体ないからやらないけど、八千穂ちゃんは特別。よい子は真似しないでね、危ないから。
「さ、て。二人はまだ雪のなんちゃら、作ってる?」
「次の部屋へ行くでありマスカ?」
「そう。なんか、魚釣り臭いことが書いてあるからちゃちゃーっと俺一人で行ってこようかなって思った……」
「ダメ!!」
 それまで銃やグローブを物珍しそうに眺めていた八千穂ちゃんが突然立ち上がって、言い放った。
「一人は、ダメ。あたしも墨木クンも一緒に行くよ」
「……あららぁ、俺ったら信用がないねぇ」
「信用してるからでしょ!何があっても、きっと九龍クンは守ってくれる。そう信じてるから、……怖くても、あたしはここにいるんだよ」
 俺の中の『信用』と八千穂ちゃんの『信用』、どうやら解釈がズレているような気がしたけど、仕方ない。確かに俺は、たぶん、どんなことをしてでもバディを守るから言ってることとしては正しいんだし。
「ほんじゃ、ま、行きますか」
 八千穂ちゃんに銃を返してもらって、腰に収める。もう熱くない。冷たい、俺の片割れ。
 そうして、ちょっと気を張りながら開けた扉の向こうには何にもなかった。通路の所々が抜けていたから気を付けるように言って、俺は通路を真っ直ぐ突っ切る。
 そこには祭壇のようなものがあるけれど、トラップの鍵になりそうなものは何もなかった。来た道を戻って長く抜けている穴を飛び越えていくと、その先には二人がいた。それから、妙な感じで伸びている、白い縄も。
「白い縄で魚を捕らえるんだったっけか?」
「ならこれを引っ張ればいいんじゃない?」
 まーったく、八千穂ちゃんたら何も疑わずにそれを引っ張っちゃったりして。止める間もない。
 同時に、トラップが発動した。ある程度は予想していたから焦るまでもない。すぐにゴーグルを降ろして部屋の状況を確認し、八千穂ちゃんの身体を砲介に預けた。
「通路狭くて大人数じゃ身動き取れなくなると思うから、俺が行ってくる。何かあったら、八千穂ちゃんを頼むぜ」
「九龍ドノ!!」
「九龍クン!!」
 二人の声が重なって追ってくる。でも、俺は振り返らなかった。トラップが発動してるときは時間が惜しい。
 勘で、さっきの祭殿に何かあるんじゃないかとは踏んでいた。それならそう遠くもない。合間の穴っぽこも楽に越えられる。
 と、思って油断したのが間違い。幅跳びでジャンプ一番、着地した途端にそれはやってきた。
 ガキィン、と脳天を揺さぶる衝撃がゴーグル越しに伝わる。どこからか飛んできた何かが側頭部に当たったらしい。一瞬、意識が飛んだ。それでも伏臥して、次のトラップをやり過ごしてなんとか祭殿にたどり着き、顕現していた《秘宝》をゲットレした―――直後。
 ぐらぐらと揺れていた視界が、フッと消えた。気持ち悪さが襲ってくるけどそれどころじゃない。俺は今、真っ暗闇の中にいる。ゴーグルの故障か?と外してみるけど、世界はきっちり暗闇のまま。
 当たり所が悪かったんだねぇ、なんて。自分の身にビックリするようなことが起こると、思考が鈍化するのは俺の悪い癖。
 たぶん、そんなの『何てことないよ』って思いこみたいんだろうけど。
 『何てこと』だよ、チクショウが。なんも、見えなくなってもーた。これってあんまりよろしい状況じゃない。
 しかも、脳味噌ぐらぐらしてるせいで真っ直ぐとか右とか左とか、そういう感覚もよく分からないときたもんだ。疫病神スキル持ちです、なんて笑っていらんないですわコレは。
「ヤベ……」
 壁伝いに戻ろうとするんだけど、どこに穴が開いていたかも分からないから危うく落ちそうになったりして。
「九龍クーン、ダイジョーブー?……って、どうしたの!?」
「負傷したのでありますカ!?」
 二人の声が、遠くの方から響いてくる。たぶん、白い縄が引っ掛かってた辺りにいるんだろう。そこから、俺が壁に寄りかかってるのが見えたのかも。
「うーん、ちょっと、大丈夫じゃないかも……」
「ま、待って、動かないで、すぐにそっち行くから!」
 さすがに俺も、この状態でウロウロしようとは思わない。しばらくそこにしゃがみ込んでいると、パタパタと足音が聞こえてきた。
「九龍ドノ、ご無事でありますカ!?」
「あー、無事無事」
 頭以外は、って答えると何かダメな子っぽいよな。じゃあ視力以外は、ってとこか。
「何があったの!?」
「さっき、頭に、何か、食らってさ……したら、眼が、ね。つーか、視力が……」
「目が見えないの!?」
「平たく言うと、まぁ、そういうことで」
 しかも視力と一緒にまともな方向感覚までどっかにやっちゃってるのが厄介。頭……って、俺、危なくね?血管切れてなきゃいいけど。
「ど、どうしよう、えっとえっと、寮に戻る?それとも、あ!ルイ先生呼んでこようか?」
「負傷したのは頭部でありますカ!?それでは視力だけではなく他の部分にもダメージが……」
「待った、ちょい待ち!だ、大丈夫だから。ちょっと、気持ち悪いけど歩けないほどじゃ、ないし」
 そう言いつつも、俺の頭は錯乱に近い感じにごちゃごちゃだった。たぶん、頭に打撃を受けたからなんだけど、ぐらぐらして気持ち悪くて、ちょっと間違ったら吐きそうな感じで。
 だから砲介とか八千穂ちゃんが話していることも妙に遠く、妙に響く感じに聞こえて適当な相づちしか打てない。情けないけど、立ってることもしんどくてそこから動けない。背中をさすってもらう始末。
 でもまさか、こんなところで倒れるなんてみっともないことには絶対なりたくないわけで。なんとか壁伝いに歩こうとする肩に、何かが押し付けられた。
「え、ちょっ、何?」
『おい、九龍!九龍か!?』
 ……ハイ?
 頭打ったせいで、幻聴でも聞こえるようになったんでしょうか。耳元で、なぜか皆守甲太郎が怒鳴ってる。
「あれ、すごい。幻聴聞こえるよ八千穂ちゃん。コレってもしかして結構ヤバめ?」
『幻聴じゃねぇ!オイ、九龍、聞こえてるか!?』
「九龍クン、それ、あたしのケータイ。目が見えないってどうしたらいいか分かんなくて、とりあえず皆守クンに電話してみたらとにかく代われって……」
 何だそれ。俺になんかあったらとりあえず皆守甲太郎って、その発想が何だかもう。
『オイてめ、九龍、聞こえてんのかって聞いてんだッ!』
「あのー、ですね甲太郎サン、実は、ちょっと、視力がなくなりまして。現在、聴力が頼り、なので、あんまりですね、怒鳴られると、そっちも潰しちゃいそうなんですがー」
『マジで見えなくなったのか!?』
「ええ。真っ暗です。あ、でも大丈夫だって。ほら、魂の井戸とかに、入れば、元に戻るんじゃ、ね?」
『おま……、それ全然大丈夫じゃ、ねぇだろ』
 はぁ、と心配を混ぜた溜め息が耳元で聞こえた。ビックリして、心臓が変な打ち方をする。
 目が見えない、って変な感じだ。聴力だけがほとんど頼りだから、逆に人の声とかが妙に響いてくる。甲太郎の声は少しだけ掠れていて、もしかしたら寝起きなんじゃなかろうかとそんな事を思った。
「甲太郎、寝起き?」
『はァ?お前、こんな時に何言って、』
「ヤー、掠れた声が、色っぽいなー、とか思って」
『ふざけてる場合じゃないだろうがッ』
 すごい、なぁ。甲太郎は地上にいるはずなのに、声だけ耳元にあるとまるでここにいるみたいだ。真っ暗闇ってのは意外と距離を近くするのかもしれない。見えないのに、眉間にシワ寄せまくってる甲太郎の顔が見えるようだ。
 俺は思わず笑ってしまった。笑った途端に頭痛が響いてすぐに呻くんだけど。
「まぁ、大丈夫だと、思うよ。ちゃーんと、八千穂ちゃんは、無事に帰すって、約束……」
『誰が八千穂の心配してるッ、てめぇだ、てめぇッ!!』
 耳元で甲太郎の声がハウリングしたもんだから、吐きそうになってたまらずにケータイを遠ざけた。それを誰かが(たぶん八千穂ちゃんが)受け取って、甲太郎と何やら話し始めた。
「九龍ドノ、とにかくここを出て、あの井戸に入った方がいいと思うのでありマス」
「さんせーい」
 砲介が腕を肩に回してくれたから、ありがたく借りておくことにする。
「八千穂ちゃーん、行くよー」
「あ、はーい。じゃあね、皆守クン、あのなんとかの井戸に戻ったらまた連絡するね」
 せんでええっちゅーねん。
 脳内ツッコミをしていると、今度は逆の腕を誰かにとられる。柔らかい握り方。八千穂ちゃんだ。
「よぉし、じゃ、早く戻ろ。さっきの部屋の奥に真っ暗な通路があったんだけどね。そこにあの井戸の部屋の模様があったんだ」
 いつもより数段切羽詰まったような八千穂ちゃんの言葉を聞いて、心底安堵した。
 ヤ、ね。実はさっきからもう吐きそうで吐きそうで。頭の中、ミミズ這ってるっつーか掻き回されてるってーか、そんな感じだったから正直早く休みたい。目が見えないから状況が全然確認できなくてそれも不安で。
 だってこんな無防備。今、化人が出ても俺は完全に戦力外どころか足手纏いだ。ハンターがそれってどうよ。バディに守られっぱなしってのも情けないことこの上ないし。
 ああ、怖い怖い。戦えない俺が。弱いってことが。戦場で無力って、まさに死んだ方がマシってヤツだ。生きてる意味すらない。存在が要らない。
 弱いってさ、そういうことなんだ。
「なァ」
「なあに?」
「……もし、化人が出たら、俺のこと捨てて、ちゃんと、逃げてな」
「もぅ!何言ってンの!」
「そうでありマスッ。自分は必ず、九龍ドノを守りきってみせるでありマス」
 そうじゃない。それじゃダメなんだって。その決心が、怖いんだって。
 抱えられてる間中ずーっと、腰の銃を握っていて。銃だけは目が見えなくても扱えそうなことにだけ、安堵した。相手を撃つことはできなくても、足手纏いになりそうになったら自分の頭を吹っ飛ばすことはできる。
 なーんて、そんな事しか考えられない辺り、やっぱりちょっと頭がどうかしてたんだと思う。魂の井戸に辿り着いて、吐き気と気分の悪さと、それから視力が戻った途端に不安はどこかに消えていた。戦える自分が、自分に戻ってきたから。
「あー!見える、マジで。良かったー」
「ホント!?本当にちゃんと見える?コレ、何本!?」
「二本、四本、一本!!」
 八千穂ちゃんが出してきた指の本数はブレもなくちゃんと判別できた。心臓が、安堵の音を打っている。
「気分はどうでありマスカ!?」
「ん、ヘーキ。ここ入った途端にいきなり良くなった。すげぇな、ここ」
 いきなり脳味噌スッキリ。弱気だった俺はどっかへ行っちゃった。確かめるようにハンドガンに指を滑らせて、コレをいつでも撃てることに心が躍る。鼻歌でも歌い出したいくらい。
「ホント、マジで二人がいてくれてよかったわー。助かった」
「……一人だったら、死んじゃってたかもしれない?」
「つーか死んでたでしょ」
 笑って言った、それと同時に八千穂ちゃんのケータイが鳴る。うっわ、うるせーヤツがかけてきたんじゃねーだろーな……。
 でも、八千穂ちゃんはそれを取ろうとしない。唇を引き結んだ、どこか険しい表情で俺を見る。コレは多分、睨むって言った方が正しいような。
「や、ちほちゃん?ケータイ、鳴って……」
「それくらい、危なかったのに、どうして九龍クンは笑って、あたしたちの心配したの?」
「ヤダん、そりゃだって八千穂ちゃんになんかあったら大変でしょー!」
 だからケータイ取ったら?って言ったら、悔しそうな悲しそうな、絶妙な表情で言い放たれる。
「やっぱり、九龍クンは遠いところにいようとしてる」
 それだけ言うと、八千穂ちゃんはケータイを取った。
 途端、ここまで聞こえるような怒鳴り声が。
「あーあー、大変……俺、トイレに行ったとか何とか言っといて?」
「……遅いようでありマス」
 二言三言、それだけで八千穂ちゃんはケータイを俺に放った。俺はこのまま電源を切ってしまいたい。……んなことしたら後が面倒だから出ておくけど。
「もしもーし、アナタのお耳の恋人葉佩九龍…」
『こんの、阿呆ッ!!』
 おぉう、耳に痛い、あ、物理的にね。
「あ、あのねぇ、眼の次は耳ですか。俺を難聴にでもする気ですか」
 苦笑しながら告げると、電話の向こうでは明らかな安堵の嘆息が。
「何?」
『……さっきはずっと声が辛そうだったからな。本当に、大丈夫なんだな?』
「あ……っと、うん、ダイジョーブ!葉佩九龍、嘘つかなーい」
『嘘こけ。嘘ばっかついてるくせに。そのセリフ自体が大嘘だろうが』
「あら手厳しい」
 にしても、声で体調を悟るとは。皆守甲太郎侮り難し。
『もう、頼むから、無理するな。心臓に悪い』
 ……だから、そんなふうに、心配しなくていいんだって。俺にそこまで思考を傾けなくっても大丈夫なのに。心配したり思いやったり優しくしたり。そういうの、向けなくっていいんだって。
 甲太郎も八千穂ちゃんも砲介も、バディのみんなが。どうかしてる。おかしいよ。
 だから冗談めかして、殊更明るく言ったんだ。
「ヤーだよぉ、そんなの、俺のことなんか放っておきゃいーんだってば、ね?」
 それが地雷だったと分かったのは、甲太郎が何も言わずに電話を切ってしまってから。それでも切る間際に怒気を含んだ沈黙が流れたのだけは分かった。怒ってる。たぶん、かなり。
 しかも、同じように機嫌を損ねた人物が隣にも一人。
 携帯電話を返すと、八千穂ちゃんが両手を腰に当てて仁王立ちしていた。
「……あたし、今回は皆守クンに賛成だから!」
「はぁ」
「九龍クンのこと、どうでもよくなんてない。どうでもいいなんて思えない」
 吊り上がった目元が少し赤く染まっていて、こんな時だというのに可愛いなぁ、なんて思っちゃったり。だから不謹慎だとか言われんのかもね、俺。
「忘れないでね。あたしたちはいつもここにいるんだよ?キミと、同じところに」
「そう、だね」
 そう言うなら、俺はたぶんここにいるんだろう。ここにいて、これからトトに会いに行く。説教しに行くのかもしれない。ただ倒すだけで終わってしまうかもしれない。
 とにかく、それを為すのは俺なんだから。俺がここにいるってのは間違いじゃない。
 でも同時に、ここにいないってのも間違いじゃない。だって俺(無愛想で無表情で無計画で無駄に無茶する性格ひねたクソガキ)は、八千穂ちゃんに会っていないんだから。

*  *  *

「わわッ! ここ滑りやすいな~。キミも気をつけてねッ。墨木クンも!」
「リョ、了解でありマス!」
 魂の井戸を出て、真っ暗な通路を進む。これくらいの暗闇はノクトビジョンなしでもなんとかなる。俺のいた街の夜はこれより数倍、闇が深かった。そのお陰で夜戦には滅法強くなったし、自分の感覚(視覚以外の情報)を頼りに銃の操作ができるようになった。
 ―――普通の高校生。
 俺はどう頑張ってもそこに行けないんだってば。
 未だにいきなり後ろに立たれると緊張するし、部屋の外で物音がする度に反応するし、戦うことがそばにないと不安になるし。
 この學園に潜り込めって言われればできるけど、ただの学生として生きていけって言われたら途方に暮れるしかない。それが俺だから、やっぱり俺は完全にここにいるワケじゃない気がする。
 隣を歩く八千穂ちゃんをちらっと見る。とても可愛いと思うし好きだと思う。でもだからって何ができるワケじゃない。だって、俺は、
「この先にトトクンがいるんだね」
 思考中断。目の前には黄金の扉。最後のトラップで手に入れた秘宝を差し出すと、鍵の開く音がした。
「友達なんていない、なんて、寂しすぎるもん」
「彼は、孤独なのでありマス。……自分もそうでありましたから、気持ちが少し分かるのでありマス」
 さて、じゃあ、彼の孤独の深さはいかほどで?
 俺は、瞬間、ふっと肩まで冷たいものに浸かったような感覚に落ちる。背筋が痛いくらいの、孤独の冷たさ。
「深すぎる愛の後には、深すぎる孤独しか残らない」
「え?」
「どっかの文学者が言ってた。どんなに大切な人がいても、どこかに必ず別れがあるでしょ。家族であれ友達であれ恋人であれ、大切にされた分だけ一人になった時の孤独が深くなる」
 たくさんの人から愛されることで満たされた、心の裕福な人間は、一人からの愛を失ってもそうそう壊れることはない。でも自分というものを、別の誰か一人だけで満たしていた人間は、一緒に壊れてしまうもの。
「怖いんだよ。愛を受けるって。とっても、怖い」
 本当の孤独を突き付けられたときには、世界が軋むような音がする。実際は身体の中心、心臓の辺りが壊れる音なんだけど。
「でもトトがちゃんと愛されることを知ってるなら、八千穂ちゃんが説得すれば、分かってくれるかもね」
「あたし……?」
「そ。俺に言ったでしょ?『キミはここにいる』って。そう言ってあげなよ」
 その言葉は、トトにこそ向けられるべき。
 エジプトに帰りたがってるトトの魂だって、八千穂ちゃんの言葉を聞けばこの學園での居場所を見つけられるはず。
 俺?
 そーだねぇ、『トモダチ』って居場所に浮かんでることに満足できれば、俺だってあっさり幸せなはずなんだけど、ね。