風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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8th.Discovery 月光の底 - 4 -

 教室はもう人もまばら。残ってる奴らはみんな夜会の話で盛り上がってる感じ。……そんなに凄いイベントなんかね、夜会って?
 俺はすぐに八千穂ちゃんに見つかって、
「あー!九龍クン、午後の授業どうしたの!?もー、サボりー?」
「まー、ええ、ハイ、サボりでっす。図書室で自主学習してました!」
「ホントー?もぅ、ちゃんと授業に出なよ?」
「へーい」
 怒られついでに一緒に帰り支度をしていると、やっぱり耳に入ってくるのは夜会の話。
「みんな、さっそく盛り上がってるねえ。九龍クンはパーティとかって好き?」
「タダ飯食えりゃさ、いいに決まってんじゃん!……でも、パーティって結構作法うるせぇからなー。そういうんじゃなきゃいいけど」
「へェ~、そうなんだッ。そっか、九龍クンって外国にいたんだもんね。もっと大きくて本格的なパーティなんかにも行った事あるのかな」
「まあ、ぼちぼち」
 外国にいたからどうってワケじゃないけど、俺は確かに同年代の奴らよりはそういう場所に行った回数でいえば多い方だと思う。それ以上に、一応作法はお勉強したつもり。俺は野犬だけど、躾はされてんのよ、なんてね。
「……朝も言ったけど、夜会って選ばれた人にしか招待状が来ないんだ。行った人に話を聞いても誰も詳しく教えてくれないらしくて、いつの頃からか夜会の夜には怪異が起こるっていう怪談が囁かれるようになったの」
 げ、また怪談話かよ……頼むよ、俺そういうの得意じゃねぇの。
「『五番目の童謡』っていって、確かこんなのだったと思う」
 一応H.A.N.Tを起動させ、八千穂ちゃんの言葉をメモっていく。
『ころろ ころろ 天神様のこの坂は 五人で通らにゃ 抜けられぬ 一人は 髪を縛って置いてきた 二人は 歯を折って置いてきた さんにんは―――』
「三人は?」
「さんにんは……、何だったっけ」
「ありゃ」
 肝心なトコは抜けてるけど、八千穂ちゃんが言うには、それは夜会に招待されなかったヤツが、招待されたヤツを怖がらせるために作ったんじゃないかって。
「夕薙クンの言ってたことも気になるけど、あたしはやっぱり夜会、楽しみだな。美味しいゴハンにダンスもあるって噂は聞いたことあるし……。ねッ、九龍クン、一緒に行こうね?」
「そりゃ、もち最初からそのつもりだけど?八千穂ちゃんとパーティなんて、それだけで特別な夜だよなー。色々起こるのが逆に楽しみだ♪」
「……うんッ。九龍クンと一緒に行けるなんて思ってもみなかったから余計に嬉しいのかも……」
 えへへ、と笑う八千穂ちゃんがとにかく可愛い。俺は今日、何が何でも夜会で八千穂ちゃんのハートをゲットレせねば!!
「皆守クンと夕薙クンにもメールしといたんだけど、二人とも来るかなぁ。ちょっと真面目になったかな~と思った途端にこれだもん。午後の授業に全然顔出さずに今頃どこで何してるやら……」
「へ?二人ともサボ?」
「そ。でも九龍クン、人のこと言えないんだからね~!?」
 へーい、すいまっせーん。
 でも、そっかー、甲太郎、午後の授業サボったのかー。あいつ、ほんとに出席日数ダイジョブなんかいな。俺と違ってちゃんとここを卒業する気だろうに。
「―――っと、こうしちゃいられない。部活行かなきゃッ。九龍クンは寮に戻るでしょ?途中まで一緒に行こっか」
「あー……ごめん、ちょっと俺、用がある人がいてさ。その人んとこ行かないとだから、悪り!」
「そう?じゃあ、あたしは行くね。九時五分前にお屋敷の前で待ち合わせだからねッ」
「はいよー」
 八千穂ちゃんはよほど急いでいたのか、転がるように教室から出て行った。……途中までなら一緒に帰ってもよかったんだけどさ。アムロさん、どっから出てくるか分かんねーし。
 さて俺も帰ろうと、人気の少なくなった階段を五段飛ばしくらいで飛び降りて、もうちょっとで一階、てとこまで来たとき。突然後ろから声が聞こえて、思わず跳躍の途中でそっちを見ちまったい。
 そのせいで妙に残りがアクロバットチックな動きになっちゃって。まるで高所から飛び降りた猫みたいだと自分でも思った。
「べっくらこいたー。後ろから不意打ちはナシよ、夷澤クン」
「……なんか猫みたいなのがいると思ったら、やっぱりセンパイっすか。それから、別に声かけただけで不意打ちはしてねぇっすよ」
 にしても、今日はよく会うねぇ。いつもは朝、もしくはボクシング部の練習場でだけなのに。珍しい。
「こんな時間まで真面目に授業受けてんスね。まァ、オレだったら馬鹿馬鹿しくて教室なんかにいらんないすけど」
「……このガッコ、サボり魔の巣窟だな」
 俺も人のことは全然言えんが。てか、コレでいいのか日本の高校生。
「そうだ、センパイ。当然今夜は参加されるんすよね?」
「あー、夜会?おう、タダ飯食えるって話だし。行くよ?」
「あーあー、間抜け面しちゃって。呑気な人ですね」
 ……俺って、誰から見ても間抜け面なのか、《生徒会役員》から見ると間抜け面なのか、その辺判断つきかねるよね。あ、でも甲太郎もよく「間抜け面」って言う。
「まァ、よもや夜会をただのパーティかなんかと勘違いはしてないでしょ?今日は11月22日……。この日の意味が分からないようなら、明日の朝には、アンタも土の下だって事ですよ」
「今日?あ、明日は勤労感謝の日だ!!働く人にお疲れ様ですって労う日だよなー」
「はァ!?」
 夷澤が大袈裟に眉を顰める。なんだよー、そんな顔しなくっていいじゃん。
「阿呆だ阿呆だとは思ってたけど………まァ、精々頑張ってください」
「ありがと~♪」
 俺とは逆に、二階への階段を上がっていく夷澤を見上げて。ちょっとセンパイらいしとこ見せたいなーなんて余計な事が頭をちょろり。
「―――言は遊離の運魂を招き、身体の中府に鎮む」
「……はい?」
「今日。11月22日に……違うな、陰暦11月の寅の日に、行われてたこと。鎮魂と魂振で霊魂を呼び返し、体に込めようとする一種の魂返し、―――呪法」
 階段の手すりから、夷澤が目を丸くしてるのが見える。さて、その夷澤の目に映る俺は、どんな顔をしているでしょうか?
「そんな日に生徒を集めて、一体《生徒会》は何をするつもりだ?」
「なッ………」
 今にも階段を駆け下りてきそうな形相。メガネの奥の切れ長の目、綺麗に吊り上げて俺を睨み付けてた。おー、怖。
「なーんて、ね。どうせパーティなんだから普段勤労少年な俺を労ってって、カイチョーさんにも言っといて!ほんじゃーねー」
 どっかでチャイムが聞こえて。いけね、時間だと俺は玄関まで一直線。今日はよく《生徒会役員》に会う日だからさっさと撤収した方がいい。
 それから外に出て、だいぶ陽が落ちるのが早くなったなー、なんて思いながら歩いていると。
「葉佩君ッ、こっちこっち」
「あー、アムロさん」
「いや~、待ちくたびれたよ。メール、見てくれただろう?」
「見ましたよー。どうでもいいけど今日が夜会なんて情報、どっから仕入れたんすかー?」
 あんまり人に見られると具合がよくないのでアムロさんを引っ張って建物の陰へ。
「しかもその隙に調査なんて、越後屋お主も悪よのーぅ、ですよ?」
「そうかッ、その反応って事は了承してくれたって事だな。さすがは葉佩君。この俺が見込んだだけのことはあるぜ」
 そんなアナタに一体いつ見込まれたんでしょうか俺は。覚えがありませんな。
「君に協力してもらえるのならこれほど心強いことはない。何せ君の方が詳しいはずだからな、あの―――墓地のことなら」
「……………」
「へへへッ、知ってるぜ。夜な夜なあそこへ出入りしてるだろ―――おっと、いいんだ。人それぞれに事情ってもんがある。それについては深く追求する気はない」
「……うはー、マジバレですね」
 俺は。あそこへ潜るときは細心の注意をはらっている、つもりだ。人の気配とか視線とか、そういうのがあればすぐに気付くはずなんだけど?今のところ気付かれている可能性があるのが墓守のじいさん、それからルイ先生。生徒会の連中は当然だとして、……アムロさんが、ねぇ。
 そういや、七瀬ちゃんと俺が入れ替わる前、俺はアムロさんと階段でちょいとやり合った。逃げてきたアムロさんを俺が捕まえようとして、でもできなくて。関節技を綺麗に抜かれて逆に俺が階段から落とされたんだ。
 しかも逃げたアムロさんには追いつけねぇし……この人、ホント何モンだ?
「そうだ、まず先にひとつ情報をやろう。夜会ってのは毎年必ず今日―――11月22日に行われるそうだけど、君はこの日が何の日か、知ってるか?」
「お父さんお母さんを労おうの日の前の日ー」
「おいおいおい!!」
「ジョーダンですよー。今日は鎮魂祭の日。あとは御霊振ってヤツですよね。人の魂をどうこうって、ある種の呪法儀式が行われてたって」
「ほう、こいつは驚いた。さすがにこの學園のことを探ってるだけのことはある。今日は古来より、霊を鎮める儀式を行うのに最適とされてきた日なんだ。彷徨う魂を鎮めるための祭はこの學園において何を意味するのか……」
 珍しく、って言っちゃ悪いけど、アムロさんは真剣な顔をする。正直俺も驚いた。だってさ、アムロさんのイメージっておちゃらけ探偵、みたいなところがあったもんで。
 すごい、ちゃんとプロやってる。
「どうよ?俺もね、毎日遊んでるワケじゃないだろ?」
「凄いっすね。ビックリしました。俺、ちゃんとプロな人大好きっス♪」
「うんうん、さすがは葉佩君。可愛いこと言ってくれるねぇ」
 そう言って俺の頭をわしゃわしゃ。うーん、煙草臭い手。
 ……あれ?なんか、俺、今日似たような感じをどっかで……もっとふわっとした匂いだった、ような?
「ともかく、この學園にまつわる謎は常識や現代科学だけでは解明しきれないのは確かだ。君だって疑問に思っていたんじゃないのか?」
「てか、すでに疑問を通り越して諦めてます」
 人間以外の異形の何かとガチンコで勝負してる時点で俺にはもう、『普通』が分かりません。
「そこで、だ。―――俺は、今夜墓のひとつを掘り起こしてみようと思う。夜会が大切な祭事ならば彼らの目がそちらに集中している今夜がチャンスなんだ」
「なぁる」
「埋まってるものが本当に所持品だけなら何の問題もないはずだろ?だがもしも、それ以外の何かが出たとしたら……」
 というか、ほぼ間違いなく出るはずだ、所持品なんかじゃない何かが。俺にも、それが何かは分かんないけど、必ず。
「そいつは君にとっても有益な情報になると思うが、どうかな?」
「共犯になれってことっすね?……いいっすよ、面白そうじゃないっすか」
「なんだ、ワクワクしてきたか?まァ、その気持ちは解らないでもないぜ。うし、そうと決まれば早速行こうぜ。あっと言う間に日も暮れちまう」
 アムロさんはぽん、と背中を押してくれたけど、その前に俺は一度部屋に戻らないと。白岐ちゃんからもらった花の事もあるし、荷物くらい置いていきたいし。
「じゃ、先に行っててもらえます?俺、すぐ寮に戻って荷物置いてくるんで」
「あいよー。なるべく急いでな」
「ラジャりまして!!」
 敬礼して俺は寮へと一目散。早くしなきゃ本格的に暗くなる。秘密めいた悪いことをやるときは暗い方がイイって相場は決まってるけど、あんまりに遅くなると夜会の時間に間に合わない。
 部屋に飛び込んで、鞄を放って。机の上に花の入ったビンを置いてから、そのまま部屋を出ようとして……引き出しに入ってる煙草セット一式をひっつかんだ。それから学ランの中のハンドガンも確認する。
 これが、最近の俺的必需品。煙草ライター携帯灰皿ハンドガン。おぅ、俺ったら昔に戻ったみたい。ポイ捨てしないのがいい男の条件よー、なんつって。
 まぁ、アムロさんはセンセじゃないからそんなに文句も言わんでしょ。
 俺は墓場までダッシュで戻ってみると、もうアムロさんは掘り始めてた。暗くなり始めてる墓場に、イヤに目立つピンクのシャツ。見失わなくていいねー。
「おー、葉佩君」
「お待たせしましたー」
 目の前に立つと、顔を上げて腰を叩いた。おっさんくさい。
「やー、スコップが一本しか見つからなくてね。なぁ、ちょっと交代してみない?」
「いいっスよー」
「さすがは若人!!そうこなくっちゃな!は~……もう腰が痛いのなんのって。俺も歳かねぇ…」
「っと、その前にちょっと」
 アムロさんも吸ってんだから許可は取らなくていいよなって思って、煙草を口に銜える。
「おいおいおい、未成年!!」
「えっと、まぁその辺はね、見逃していただけるとありがたく……」
 苦笑いして煙草を口の端に追いやり、そのままスコップを受け取った。今吸ってるのは『飛馬』つって、安い、きつい、強いっていかにも中国人の好きげな銘柄。今、一箱いくらだろ?俺らがいた頃は一元だったんだぜ?日本円で、当時二十円ほど。破格の値段でしょ?
 アムロさんはそんな俺を見て驚いたような顔をした。
「あれれ、そんなに意外ですか」
「いや……それは、あれかい?そのー、小うるさい姑みたいなアロマ君の影響?」
「……全ッ然、違いますって」
 もー、さー、何でみんな俺=甲太郎みたいな成り立たない公式考えつくかなぁ。
 ……完全に、間違っているとは言いがたい気も、するけど。
「喫煙歴、長いんすよ。これでも。ここ三年くらいは禁煙してたんすけど、やっぱちょっとストレス溜まったりするとついつい」
「へぇ……」
 そしたらもう、心底意外って顔されて。やっぱキャラ的に似合わないのかしら、なんて思いながらも俺は軟らかくなっていた土を掘り出し、そこを更に深くしていく。ロゼッタってねぇ、穴掘りの訓練とかもあったりして。だからこういうのはお手の物。モグラのようにひたすら行きます。
「……なァ、葉佩君」
「ハイ?」
 煙草の灰を落とすので、何度目かに手を止めたとき。アムロさんはしゃがみ込んで膝に頬杖をついた体勢で俺を呼んだ。
「さっきはああ言ったが、実は俺、結構興味津々なんだぜ。君が一体何者なのか……」
「只者ですよ、俺は。天香學園の転校生。好物カレーで彼女が一匹。特技は料理と飛び上段回し蹴り。極めたいのはテックンムスール」
「いや、そういう事を言ってるわけじゃないんだがな……」
 でしょうねぇ。そう簡単に正体バレるわけにもいけんしね。
「……葉佩君は?」
「ハイ?」
「俺に興味とかないの?」
「ヤ、俺は基本的に女性にしか興味がないもので、やっぱほら、男に興味っていうのはえっとなんといいますか……」
「いや、そういうことを言ってるわけでもないんだがな……」
 アムロさんはガリガリ頭を掻くと、煙草を銜え直した。その感じが、なんとなく甲太郎を連想させて、俺は慌ててバレないように首を振った。
「貧乏探偵っていうのは世を忍ぶ仮の姿で、実は……とか」
「あれ?宇宙刑事じゃなかったんすか?宇宙の平和を守るためー、って」
 俺はそれを期待してたんですけど、と笑うと、
「あっはっは、そんなに期待されるとな~。どうしよっかな~」
「ここで変身してくれたら、俺マジで弟子になります」
 短くなった吸いさしを携帯灰皿にねじ込んで、よし続きを掘ろうかってスコップを握り直したら。
「そろそろか。スコップ貸しな。あとは俺がやってやるよ」
「はーい。どうもでっす」
 手渡すと、アムロさんは残りを掘り始めた。今度は俺がしゃがみ込んでそれを見守る番。ついでに新しいのを口に銜えて、ぷかー。その様子を、やっぱりアムロさんは不思議そうな顔で見てくる。
 俺は気にするのヤメテ、吐き出す煙で輪っかを作った。安くて質も微妙で、でも、クセになる中毒性の高さがたまんないフライングフォース。煙草に回せる金の無かった俺の、強い味方。
 その時、掘っていた穴の奥から、ガチンていう硬質音。
「おっと―――どうやらようやく目的のもんが出たようだぜ」
「引き上げますか」
「うっし。……よいしょっと」
 それは、―――棺、だった。俺たちはその上の土を払い、アムロさんが蓋に手を掛ける。
「さ、開けるぞ」
 重い、湿った音を立てて蓋が開く。中から現れたのは……ミイラ、だった。
 いや、正しくは、俺たちが概念として持ってる『ミイラ』。包帯がグルグル巻きにされてる人型。中は解らない。人なのかもしれないし、違うかもしれない。
「おいおいおいおい~……こいつは聞いてた話と随分違うんじゃないか?」
「少なくとも、所持品には、見えませんよねぇ」
「ミイラ持ってるヤツがいれば別だがな……。確か、襲われた者は精気を吸い取られるって話があったな」
 鎌治の、ことか?確かにあいつにはそう言う能力があったけど……被害にあって手が干涸らびちゃった女の子、あいつが墓守止めたと同時に元に戻ったよな?でもこの……推定『人間』は動かないまま。
「ひょっとすると彼らは死んでるわけじゃないのかもしれないな……。って、おい!葉佩君?」
「……うっすらと、ですけど、体温があります」
 棺の中の身体に触る。柔らかい、人間の感触。ほぼ間違いなく、俺の手に触れてるのは人間だと感じた。
「だとすれば、鎮魂祭とはそういう事なのか?それとも、彼らの魂を贄に、もっと強大な何かを封じるための―――?」
 アムロさんは独り言のように呟く。それは夜会のことであり、《生徒会》の事だろうって思った、その後ろから声。
「そこにいるのは誰だ……?何をしておるッ!?」
「ヤバイッ、墓守のじいさんだッ!!今夜は色々と面白いことが解ったな、葉佩君。んじゃ、またあおうッ!!」
 あら、もう逃走体勢?スコップを放り出して走り出してる。
「あー、アムロさん!」
「何だい!?」
「俺の部屋から持ってったお皿、返してくださいねー」
 手を振ると、少し先でずっこけたらしいというのが解った。ヤ、だってさ、こういうことは言っておかないと、ね?って、ずっこけた時に何やらチャリンて音が。拾ってみると、それは《教員の家の鍵》、だった。えーっと、アムロさん、これを使って何をしてたんでございましょうかね?
 そんなアムロさんはあっという間に見えなくなって、代わりに現れたのは墓守のじいちゃん。
「葉佩九龍……それを見たのか」
「どもー。拝見させていただきまして」
「それがこの學園で《生徒会》の意に背いた者たちの末路よ」
 じいさんが、棺の蓋を閉める。
「どうだ?恐ろしくて逃げ帰りたくなったか?」
「……いやー、どんだけ怖くなって逃げても、俺帰る場所、ねぇっすから」
 ぺしぺし棺の蓋を叩くと、じいさん、まるで睨むように(ヤ、実際睨んでたのかもしんないけど)、俺を見上げて細い息を吐き出した。
「そいつらはここで死んでいるわけじゃあない。この學園を覆う呪いとやらの正体を解れば、元に戻す方法もあるかもしれん。それを見つけ、呪いなどという非科学的なものなど存在しないということを証明してみせろ。それはお前の目的にも適うはずだ……」
「俺、っすか……」
「この棺は俺が元に戻しておく。もうここへは来るな……お前が棺に収まる様など見たくはないからな」
「あら、心配してもらってます?俺、もしかして」
 嬉しいなぁ、なんつって。じいさんの顔を覗き込むと、心底嫌そうな感じに顔を背けられた。あ、いけね。煙草銜えっぱだ、俺。
「あ……すんません、ここ、禁煙っすか?」
「……ふざけたことを言ってるんじゃない」
 煙を手で払うようにして、じいさんは俺たちが掘った穴を埋め始めた。
「俺、やりますよ!自分でやったことだし」
「お前には行くべき場所があるはずだろう……」
「……あ。」
「いいから、行け。これが俺の仕事だ」
 はねつけられてしまえば無理矢理俺がやるわけにもいかない。じゃあ、と頭を下げて、俺は墓場を後にした。
 夜会まで、八千穂ちゃんとの約束の時間まで、残り一時間ちょい。穴掘りででろでろになったから、一度寮に戻って着替えないといくら何でもパーティには行けない。
 墓地から、だんだん明るい場所に向かうに連れて、自分の凄まじい状態が見えてくる。やー、ホント泥だらけ。酷いねこりゃ。
 寮に入る前に煙草を消して、玄関を開けると。
 そこに立っていたのは部屋着の甲太郎だった。
「九龍?」
「よ。こんばんにゃ」
「なんだ、夜会に行ったんじゃなかったのか?って、そんなに泥だらけになって何やってたんだよ」
「ヤー、ちょっとアムロさんとそこで会ってね、宝探しを……」
「ったく……」
 ぱたぱた、スリッパを響かせて近付いてきた甲太郎は、俺の目の前で盛大に顔を顰める。
「……そんだけ汚れてちゃ、どうしようもないな」
 玄関の、一段高い所から屈み込んで俺の顔を覗き込む。ここで目を合わせないのは絶対変で、だからなーにー?って感じで笑っておく。甲太郎、嫌そうな顔をする。俺、笑う。
 不意に、腕が伸ばされた。思わず、一歩引いてしまう。指先が目元を掠るけど、俺は逃げるように俯いた。ほんの僅か、ラベンダーの匂いがする。
「……目の、下」
「……ん?」
「泥が付いてる」
「あ、……そっか。サンキュ」
 言われて指差されたとこ、自分で擦ってみるけど……アレ?もしかして取れてない?甲太郎が変な顔をする。
「お前、手も汚れてんのに擦ったら余計に汚れんだろ」
「あー…」
「夜会、行く気だろ?だったらその前に風呂くらい入っていけよ」
「そーだね、それくらいの時間はあるか。ん、そうする」
「ああ、外は寒かったろ?一度温まってから行くのも悪くないぜ」
 言って、俺の頭に手を乗せた。ポンって、軽く。撫でるみたいに。
 その時の甲太郎の顔。見た瞬間、俺はゾッとした。
 困ったような、呆れたような、でも、イツクシミに満ちた。なのに……泣きそうな。
 あんまりに優しくって、穏やかで、ああ、その顔、俺は生きてきた中でただの一人にしか向けられなかったのに、どうしてここでこいつがそんな顔をする?
 そんな顔、しちゃいけない。そんな顔で、俺を見ちゃいけない。
 その顔はな、甲太郎。
 ―――愛する者にしか、見せちゃいけないんだ。
 ああ、お前、ホント、なんて顔……してんだよ。
「じゃあ、さっさと着替え取ってこいよ。先に向かってるから」
「…………」
「おい、九龍?……もしやと思うが、変な期待はしてないだろうな?風呂とは言ってもここは男子寮だからな?」
「へ?あ、……あぁ、部屋のシャワーじゃなくて?風呂って、大浴場?」
 訝しげに確認されるんだけど、期待も何も、耳からツーツー。風呂ね、ああ風呂、って感じで着替えを取りに部屋に戻る。風呂、風呂……風呂ぉ!?
「え!?マジで風呂とか言った?俺……」
 うわ面倒くせぇ!大浴場とかって……当然他人もいるよな。傷痕、大丈夫かぁ?見られたら引かれるよなー、絶対。一応隠してあるけどさ。
 でも、しょうがない、行くって言った手前、顔出さないと甲太郎がうるさい……うるさい、かなぁ。なんとなく、最近の感じだと放っとかれる気もする。……別に、放っとかれるからどうってワケじゃないけど、別に。そこで寂しいだの物足りないだの、絶対思っちゃいけないこと。
 思っちゃ、いけないことなんだ。
 あんな顔見せられようとなんだろうと、俺はそこから一歩引いていなくちゃいけない。こんなところで甲太郎の人生を間違わせちゃいけない。
(……うし。)
 俺はのろのろと着替えを揃えて、大浴場に向かった。使うのは初めて。近寄ったことすらない。共用浴場ってのは昔、使ったことあるけど、そういう感じかねー?って思いながら脱衣所を覗いたらビックリ。
「広ッ!!」
 脱衣所には誰もいなくて、代わりにロッカーと棚が並んでる。てか、棚の上のカゴに服とか入ってんだけど、これって大丈夫なん!?危ないよ?……あ、だから貴重品は持ち込まないほうがいいってのか。
 俺も貴重品、H.A.N.Tだけだから、まぁカゴに入れればいいのか。うーん、勝手がよく分からん。
 とにかく服脱いで、身体の傷痕確認。まー、バレんだろ。うん。よし、突入!
「葉佩、いっきま~す」
 勇んで風呂の戸を開けると。そこには何だか知ってる顔がちらほら。
「よう、来たか。ぽけっとしてないでさっさと入れよ」
 浴槽に寄り掛かってる甲太郎は、こんなところでもアロマパイプを銜えてる。その隣には夕薙のダンナとアヒル隊長、……眉間にシワ寄せてこっち見てるのって…夷澤?
「はァ?誰だか知んないすけどもう満員っすよ」
「あれ、マジ?じゃあ俺は部屋のシャワーで……」
「けちけちすんなって。まだ入れるだろ」
「遠慮するな、九龍。こっちは空いてるぞ」
 一応居場所はあるようで、俺はとりあえず身体の泥を落とすために頭からお湯を被った。泡を立てて髪を洗ってから、塗料が剥げないように注意しながら身体を擦る。
「…………」
 その最中、視線を感じて横を見ると、夷澤がじーっと俺のことを見てた。
「えーっと、何か?」
「……アンタ、チビっこくてひょろいって思ってましたけど、ちゃんと付くとこ付いてんすね」
「あー、筋肉ってこと?つか、チ、チ、……背があんまり高くないって言うな」
 夷澤を軽く睨むと肩を竦められた。確かに夷澤よりは低いけどさ!
「まー、一応鍛えてますから。ただ、体質上、あんまりムキムキな見た目にならないだけで」
 で、夷澤を見れば俺よりもどっちかって言うと上半身によく筋力が付いてる。真っ当なボクサー体型だ。典型的、イイ身体、ってヤツ。
 そんな話をしてると、後ろから甲太郎が。
「おい、そこの二年坊。ちょっと熱いぞ」
「……自分で水でも何でも入れりゃいいでしょうがッ!だいたいアンタ、俺が調節するといつも文句言うじゃないすか」
「お前のはぬるすぎんだよ」
 バチバチと不穏な火花が散ってる中、俺は泡を流して浴槽へ。……うーん、確かにちょっと熱い気が。
「俺はこのくらいがちょうどいいぞ」
「九龍、お前は?」
「そこで俺に振るかよ……。まぁ、もうちょい、ぬるい方がいいけど」
「ならこれで二体一対一だ。夷澤、水」
「くッ、何で俺が……」
 でもちゃんと言うこと聞く辺り、夷澤は可愛いと思う。全然、性格悪くなんかないじゃんねぇ。
 少しすると甲太郎にちょうどいい温度になったのか、アロマパイプから煙を出して甲太郎が言う。
「はァ~。やっぱり寒い日は風呂に限るぜ……」
 てか、カートリッジ、湿気ません?なにもこんなとこまで……。
 俺は甲太郎の対面くらいに座って、夕薙のダンナからアヒル隊長を借りてご満悦。で、浴槽の縁に肘を付いて遊んでると、後ろから、不意打ち。
 甲太郎がすぐそこにいた。
「この傷、何だよ」
「へッ!?」
「肩の、ココ」
「ひぁ!」
 肩甲骨の辺りを撫でられて、不覚にも変な声が。や、えっと、そこの傷?
 背中に手を遣って確認する、その傷は……とっても説明しづらい傷だ。まさか「炸裂弾を間近で食らってその破片に抉られました」なんて言えないっしょ!?
 皮膚の傷を隠す塗料は塗ってるけど、骨の形が変わってるところまではカバーできない。迂闊だった。
 慌てて振り返ると甲太郎の弩アップ。
「え、えーっと、えっと、これはー、えっとー……」
「じゃあこれは」
「うぇ!?」
 今度は腰骨。確かに窪みが欠けてるんだけどさぁ……そんなトコ見るなよぉ…。確かこれはライフルのAP弾、遠距離狙撃で食らいかけた名残。これも人には言えません。
 甲太郎の視線から逃げるように、浴槽の反対側に辿り着くと、
「ホントだな。左の肩甲骨か」
「ああ」
 今度はダンナが後ろにいた。ぎゃー!!だから触るなぁ!!
 で、逃げようとすると前には甲太郎で、……馬鹿野郎!!腰とか触るな俺弱いんだよッ!!
 顔が熱い。お湯の熱さか気恥ずかしさかくすぐったいのか、もう脳天テンパってる状態。
「こ、こ、これは、昔々、事故……そう、事故でね!!トラックに折った肩甲骨の名残は轢かれて腰骨の食らった残り物で……」
「いや、意味解らん」
「と、とにかく!昔の怪我!む・か・し・の!!」
 ……そしたら、ダンナったら余計なことを。
「折った跡か?これは。俺は昔レスキューにいたことがあるんだが、こんな傷は……」
「ふょッ!ちょ、ストップ!く、くすぐったいってば!!」
 肩の辺りを何度も撫で上げられて、普段ならこんなのなんてことないのに妙にぞわぞわする。風呂に入って体温が上がったせいだ。……こりゃさっさと退散した方がよさげ。
 と、上がろうと思ってふと前を見ると、甲太郎の視線とぶつかった。うへ、アレだ。なんか、思い詰めてるときの甲太郎の眼。真剣で真っ直ぐで、言いたいことを自分の中に収めて呑み込む眼差し。
 え?と思ったときにはもう、甲太郎に腕を引っ張られて浴槽から上げられていた。
「うぇ!?甲太郎!?」
「……出るぞ」
 もう出てるよ!ヤ、上がろうとは思ってたんだけどさ、俺も。イキナリだなオイ。
「ほら、拭け」
 脱衣所でタオル投げられて。時計を見ればもう八時半過ぎてたから、俺も結構慌てて体を拭いてトランクスをはいた。学生ズボンに脚を通して、ベルトを締めようと奮戦していると、突然。
 肩の傷痕に、甲太郎が触れた。反射的に身体を強張らせてしまう。恐る恐る振り返ると、そこにはさっきみたいな甲太郎の眼。深くて遠い、茶色い瞳。
「どうせ、ろくな傷じゃないんだろ」
「へ?」
「……銃で撃たれただの爆弾がどうだの、そういう傷、なんだろ?」
「えっと、まぁ……そうなんだけど」
 甲太郎は色々知ってるから、言えるけど。まさかダンナとか夷澤の前でそれ言うわけにもいかない。
「もう治った傷だから全然、」
「何で、他の傷はないんだ?」
「……他の、傷?」
「そんだけやっといて、他に傷痕がないなんて不自然だろ」
 ……なんだか、話の流れがイヤーな方向に流れ始めてる気が…。
「だ、だってさ、気味悪いじゃん?銃創とか、腹かっ捌かれた傷とか見えたら、さ……」
「で、隠してんのか」
「当たり前じゃんー。……結構グロいぜ?そういう傷」
 しかもいくつもあるし。人前じゃちょっと見せる気にならない。
 何だか甲太郎の真っ正面が居たたまれなくて、後ろの壁に向いてシャツを着ようとする。
 その俺の、顔の横、ひゅっという風を切る音と、直後にドゴォッという音。
 俺の手も、一瞬止まる。壁を殴っているのは、甲太郎の拳だ。
「……何でも、隠すんだな」
 たぶん、逆の手で、傷痕を確かめるように触れてくる。そっと。壊れ物を扱う手付きで。
「ぃ、や、そーいう、ことでも、……ナイ、かなー」
「全部、隠すんだな」
 だから、と。言い訳のために振り返ろうとしてできなかったのは。
 指じゃない別の感覚が肩に触れたからで。それが、おそらく唇を寄せられてるんだって解ったからで。―――俺の頭が、真っ白になったせいで。
 甲太郎の顔が見えない。それだけが僅かな救いのように思えた。
「俺たちは……俺は、それを見せられないほど、信用されてないワケだ」
「……違、」
「違う、くねぇだろ」
 みっともないくらい掠れた声はすぐに否定されて、次は、甲太郎が頭を俺の肩に預けてきたのが解った。
「お前の信用は……何にも見せないってことかよ」
 深くて、重い溜め息。俺は、何もできずにただ立ち尽くすまま。
 あんまりに、甲太郎が的を射たことを言うから。あんまりに、甲太郎の言葉が重かったから。あんまりに、甲太郎が、泣きそうな声で言ったから。
 俺はどうしようもなくて立ち尽くすまま。
 動けないでいると、浴室の方から出るだの出ないだの、そんな声が聞こえてきた。
 甲太郎は俺から離れると、
「……夜会、行くんだろ」
「あ、うん」
「時間。ないんじゃないのか」
 言われて、掛かっている時計を見ると約束の時間までもう十五分もない。甲太郎から少し離れてシャツに腕を通し、学ランを羽織る。銃を部屋に置いてきてあるから、それを取りに戻る時間も考えないと。
 黙ったまま二人で着替えを済ませて、俺の方が先に出ようとしたんだけど。
「阿呆。……風邪ひかないようにちゃんと髪の毛乾かしてから行けよ。外は寒いだろうからな」
 持っていたバスタオルで、頭を乱暴に拭かれる。それから、柔らかくていねいに拭き取られて、仕上げに前髪を掻き上げるようにされて、おしまい。
「あ、りがと……」
「気を付けて行ってこいよ」
 タオルの上から頭を軽く叩かれて―――また、あの顔。
 途端、俺は怖くなって脱衣所を飛び出した。階段を一気に駆け上がって、息が荒れてるのも構わずにグロックアドバンスだけ脇のホルスターに吊り、寮を出た。
 その途端、冷たい空気に晒されて、湿った身体が小さく震える。
 いつの間にか俺の身体から煙草の臭いは消えていて、残ったのは石鹸と微かなラベンダーだけ。
 そして、甲太郎のあの顔。俺に向けられた、向けられるはずのない顔。
 ……俺に、そんな顔、向けちゃいけないんだって。