風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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8th.Discovery 月光の底 - 1 -

 愛とは?
 
 その答えは数え切れないほどの書物の中に、数え切れないほど書かれている。

 インドの非暴力提唱者は言った。
「もし、ただ一人の人間が最高の愛を成就するならば、それは数百万人の人々との憎しみを打ち消すに十分であろう」

 ロシアの小説家は言った。
「愛は死よりも、死の恐怖よりも強い。愛、ただこれによってのみ人生は与えれられ、進歩を続けるのだ」

 ドイツの思想家は言った。
「愛は全てを信じ、しかも欺かれない。愛は全てを望み、しかも滅びない。愛は自己の利益を求めない」

 日本の戯曲家は言った。
「愛とは他人の運命を自己の興味とすることである。他人の運命を傷つけることを畏れる心である」

 愛とは強く、芽生えるもの。
 愛とは尊く、育ちゆくもの。
 愛とは偉大、実るもの。
 
 それを嘘だなんて、言わない。
 けど、俺にとってはちょっと違うだけ。
 
 愛は脆く、もうすでに、どこかの屑籠に投げ入れてしまったもの。

*  *  *

 七瀬ちゃんから借りた本の中に、凄まじく真理をついた一説を見つけた。

『愛とは他人の運命を自己の興味とすることである。他人の運命を傷つけることを畏れる心である』

 まったくだ。その通りだ。
 俺がこの學園に来たことによって、誰かの運命とやらが傷付いてはいけない、曲がってもいけない、違うこともしちゃいけない、はずなのに、俺はここに来るまでにもう何人もの運命を狂わせている気がする。
「愛……ね」
 絶対的に他者を思いやる心理。感じていたのは数年前のことだ。普通なら家族という集団から得られる絶対的に愛されて守られるという状況がなかったから、俺が愛というものに触れていたのは人生の三分の一ほどだ。
 でも、俺はあいつの人生とか運命を壊すことを畏れなかった。ただ、壊してしまった後に悔いたけれども。
 それからは確かに他人と関わることを避けるようになったし、それはまさに『他人の運命を傷付けることを畏れて』いたのかもしれない。
 そして今、俺に宿ろうとしているものは一体何なのか。壁一枚向こうにいる人間のことを頭に思い浮かべるだけで、思考がまとまらなくなる。平静でいられなくなる。自分が、分からなくなる。
 何より言えるのは、皆守甲太郎の運命というものを、傷付けたくないと言うこと。誰よりも、あいつが何かを間違うことを俺は畏れている。
 あの夜、伸ばされた手をそのまま取っていたら、どうなっていたのか。甲太郎が何を求めていたのか知るよしもないが、もしかしたら何かを間違ったかもしれない。
 日本の普通高校に通う学生なら、卒業したらどこかの大学か専門学校だかに進学するか就職をするかして、自立して結婚して子供作って育てて……そういう、普通が待っているはずなのだ。俺にはどうしても手に入れることのできない平穏と幸福。
 そうなるはずの甲太郎に、道を過たせるわけにはいかない。
 他人の運命を傷付けるとは、つまりそういうことだ。甲太郎から穏やかな未来を奪うこと。決して、俺が介入してはいけない運命だ。
 だから、もし、甲太郎が近付いてきそうになったら、俺は全力で甲太郎の求める葉佩九龍、じゃない葉佩九龍にならなくちゃいけない。きっと、そうしてどんどん俺は、俺から離れていく。分かんなくなってって、どうでもよくなって、……どうなってしまうというんだろう?
 俺の行き着く先が見えなくなって、その先で誰も待っていなくても。それでも愛の方が正しかったなんて、言える日が来たりするのか。俺にはまだ、何にも分からない。
 でも、ただひとつ。
「愛とは……真実の姿を見破られるないよう偽り続けることである、なーんてね」
 こればかりはもう、しょうがない話だ。
 いつものように、部屋を出る前に深呼吸する。口の端を意図的に吊り上げて、他人に不快感を与えない表情を作る。
 『あいつ』みたいに、他人を安堵させるような笑顔は作れないけれど。人間関係に波風を立てないという意味でなら、これくらいが適当だ。
 そうして俺は、隣の部屋の扉を叩く。
 絶対に想いを覗かれないよう、自分を装いながら。

*  *  *

「ふああァァ……」
 隣で甲太郎さんたら大あくび。目にうっすら涙を浮かべて首なんか傾げてる。
「有り得ない」
「何が?」
 見上げると、立ち止まった甲太郎が胡散臭そーな、呆れ返ったよーな、非難囂々のよーな目で見下ろしてきた。
「なァ、九龍。なんで俺はこんな時間にお前と並んで登校してんだ」
「朝ですからね、学校に行く時間なんですよ」
「普通だったらまだ余裕で寝てる時間だ」
「あはは、そーだねぇ」
「………まったく、ここ最近の俺の生活は乱されすぎなんだ。やたらと出欠にうるさい担任とか、夜中に妙な格好をしてウキウキと墓地に出かけていく奴とか……明け方まで銃の解体だか何だかでガチャガチャうるさい奴とか朝っぱらから売られた喧嘩を盛大に買って寮の廊下で異種格闘戦おっぱじめる奴とかッ」
「アレレ、何故かそこに俺が居る」
 当たり前だろう、と言って、甲太郎はカートリッジに火を着ける。確かにここ最近、遺跡に連れ回しっぱなしだったしなー。クエストを有りっ丈受けて回ってお金儲け。そろそろ田舎ならお家が建ちそうな勢いですよ、俺の財産。
 ちなみに喧嘩を売ったのはボクシング部の二年生。エースなんだっていうけど、今んとこのストリートファイトは俺の全勝。スポーツ格闘技には負けませんぜ。
「まったく…俺の必要睡眠時間をその辺の奴らと一緒にして欲しくないぜ」
「……毎日十時間寝たら脳味噌熔けるぜよ」
「それは遠回しに俺の脳味噌が沸いてると言いたいのか」
「イエイエ、まさか」
 誤魔化すように笑うと、甲太郎はフンと鼻を鳴らしてから「あー、眠ィ…」ともう一度大きな欠伸をした。
 甲太郎は……あの夜、―――砲介をゲットレした日の夜から、遺跡に潜ることい対して何も言わなくなった。前はやれ一人で行くなだのやれ早く帰って来いだの言ってたのにね。
 でもそうされると逆に放置されてる気分になって、保護者に外泊を告げるように「行ってくるね」と声をかけるようになってた。で、そう言えば必ず付いてきてくれて、他のバディにも声とかかけてくれて。
 そのほかの生活も、至っていつも通り。
 甲太郎が憎まれ口とか叩いて蹴ってきたりとかして、俺がへらへら笑うの。まさに清く正しいお友達生活、って感じ。
 色めいたことなんか何もなく、時折傾き掛けるのを必死こいて笑って誤魔化す、そんな毎日。
「おっはよー!」
 後ろから元気な声が聞こえた。振り返るとそこには八千穂ちゃん。手を振ってくれるから俺も手を振り返して「オハヨ」と挨拶をする。隣では甲太郎が舌打ち。
「くそ、また俺の平和な日常を乱す奴が出やがった」
「そんなコト言わないで。あの姦しさが可愛いんじゃん?」
 駆け寄ってくる八千穂ちゃんに手を振りながら、バレないように言い合ったつもりなんだけど、俺たちの前に立った彼女は頬を膨らませていた。
「な~にブツブツ言ってんの!!」
「「いいえ、何でも」」
 俺と甲太郎は同時に首を振る。
「皆守クン、今日はまた随分早いご出勤だね~、こんな時間にどしたの?」
「どうしたの、って見れば分かんだろ。このチビが朝っぱらから寮で騒動起こした上に、これ以上遅刻すると雛川があれこれうるさいんだよ」
 スイマセン。……でも、それって「見れば分かる」ことじゃねぇと思うけど。とは、口に出しませんがね。
「あッ、ま~た怒られたんだ。だって皆守クン、たまに朝早く来てもすぐいなくなっちゃうし」
「そーそー。そんなんだから3-Cのファントムとか言われちゃうのよ皆守クン!たまに教室で見かけても『幻影』で済まされちゃうー、みたいなー」
「黙れ」
 キました腰に本日の一発目。眠気覚ましには効きますね、このミドルキックは……。
「そういえば、ヒナ先生の授業って、すんごい出席率いいよね。っていうか、ウチのクラス自体の出席率も先生が来る前より断然よくなってるし」
「へぇ、そうなんだ?てか普通、授業くらいちゃんと出るもんなんじゃねーの?日本の高校生って」
「うーん、ほら、ウチの学校って生徒会が強いでしょ?だからあんまり先生がうるさく言わなかったっていうか。だからヒナ先生くらいなんだよね。ウチの學園の先生でそんなに一生懸命やってくれてる先生って」
「なにが一生懸命だよ。こっちはいい迷惑だって―――ん?」
 派手な携帯電話の着信音。同時に、眉間に皺を寄せていた甲太郎がちらりとポケットを見下ろした。でも、取ろうとしない。メールだったのかすぐに着信音は止まってしまったけど。
「……その着メロ、皆守クンのでしょ?」
 って、俺も同じ着メロなんだけど。甲太郎の方から聞こえたしさ。俺のH.A.N.T、普段はバイブ設定になってるし。
「メールじゃないの?見なくて―――っと。ありゃ、あたしのもだ。何だろ?」
 タイミング良く八千穂ちゃんのケータイも鳴りだした。甲太郎と違って、ちゃんと取り出して確認した八千穂ちゃんは、すぐに驚いたような顔をする。
「―――!!これ……夜会の招待状!!」
「夜会?何、ソレ、って、あら?」
 今度はH.A.N.T。鞄の中で震えてる振動が伝わってきた。  さて、一体なんでしょう?協会からかなー?女の子からだったら嬉しいなー、なんて思いながら確認したら、さ。
『本日午後9時より阿門邸にて恒例の夜会を開催いたします』
 ……夜会?生徒会長の家で?うわ!怪しー!!
「わッ、九龍クンにも来たんじゃないの?すごいよ~!!」
「……えーと、何ですかね、その夜会とかっていうのは」
「あ、九龍クンは知らないんだっけ。あのね、毎年この日に生徒会長の主催で行われるパーティなんだけどね」
 八千穂ちゃんの説明によると、その夜会の招待状は選ばれた人にしか来ないんだってさ。
「ねーねー、皆守クンにも来てるんじゃないの?」
「関係ないね。そもそも、その選ばれる基準てのは何なんだよ」
 さて、何だと思う?こういうのってさ、ありがちで。
 独裁政権があります。独裁者は気に食わない有力者をまとめて呼び出します、パーティとか言ってね。で、集まったところを一網打尽、サイアク、会場ごと吹っ飛ばして、全部テロ屋のせいにして邪魔者を始末する―――有り得ないハナシじゃねぇだろ?
「それは……分かんないけど。ね、いいから見てみなって―――、」
 八千穂ちゃんが言いかけで止まる。後ろ向きで歩いていたせいか、前を歩く人物に気が付かなかったようだ。
「きゃッ」
「ウッ―――」
「ご、ごめんなさいッ」
「イエ……」
 ぶつかった人物は、学ランの上に白い上着を羽織っていた。褐色の肌が特徴的で、一目で血統的に『日本人』じゃないと分かる。
「馬鹿、道の真ん中ではしゃいでるからだ」
「だって……あの、ホントにごめんね?大丈夫?」
 八千穂ちゃんが心配そうに覗き込むと、彼は戸惑いながらも頷いた。大丈夫だ、と。
「ダイジョブ、デス。ソレデハ、オ先に失礼シマス―――」
 立ち去る瞬間、なぜか俺をちらりと見て。軽く会釈をしてから行ってしまった。
「あの子……A組の留学生だよね」
「ああ、トトとか言ったか。確かエジプトから来たとか―――どうかしたのか?」
 八千穂ちゃんは、トト、って彼の後ろ姿をじぃーっと。あらら、まさかフォーリンラブ?
「ん?うん……なんか、肩が触れたところが熱いっていうかビリビリしたっていうか」
「ナニナニ!?八千穂ちゃん、痛むの!?じゃ、俺が診るから是非脱いで……」
「阿呆ッ」
 ハイ、本日二発目。くそぅ、冗談じゃねーかよ!
「……ただの静電気じゃないのか?」
「……そうだよね。うん、多分そうだよッ。えへへ、それじゃ行こ!急がないと遅刻しちゃうよッ」
 そう、元気よく八千穂ちゃんが宣言した途端。
 キーンコーンカーンコーン……。
 俺たちのケツを叩くように予鈴が鳴ったとさ。

*  *  *

「次は二人一組でシュートの練習だぞ。順番に並べー」
 三時限目は体育の授業。俺の最も輝く時間。なんてったって身体能力だけで生きてきた男ですから!
「あー、ダルい……」
 そんな、張り切る俺の頭の上から、やる気を奪う気怠げな声が。
「大体シュートの練習なんて何の役に立つっていうんだ。反射神経を養うのか?それとも将来Jリーガーでも目指すのか?」
 やる気、欠片もねぇでやんの。面倒くさげに髪に手を遣って、こんなときでもアロマパイプでぷーかぷか。
「不毛だ……音楽より地学より物理より体育のシュート練習は確実に致命的に不毛だ。なァ、そうだろ九龍」
「甲太郎ッ!なんてこと言うんだ!お前は間違ってる!間違ってるんだよッ。どうする?今日の帰りに校庭を横切ったときサッカー部の放ったタイガーシュートが飛んできたら!!」
「……避ける」
「甘い、甘いよ甲太郎ッ!!タイガーシュートを甘く見ちゃいけない、あれは普通の人間に避けられる代物じゃない!何より大木を薙ぎ倒すんだぞ!!それを食らう瞬間、きっとお前は後悔する、あの時……あの体育の時間にシュート練習さえやっていれば俺は、俺はァァァ……って。そうやって天に召されていくなんて、嫌だろ!?」
「………何が言いたいのかはよく分からないけどな、とりあえず、お前と話してるのも不毛だって事だけはよく分かったぜ」
「あ、酷。」
「まァ、どうでもいいけどな」
 そんな不毛極まりない会話をしている間に、あっと言う間に順番が回ってきたらしい。
「次―――、葉佩、皆守。早く準備しろー」
「やれやれ……究極に無駄な時間がやってきたぜ」
 のろのろと、歩いていく甲太郎が、ふと口の端を吊り上げて俺を見下ろした。
「だが、まァ―――お前相手にやる以上は手なんか抜いてやらないからな」
 その顔が。
 俺は、甲太郎のその顔が、究極的に苦手だと思う。心臓に悪い。
 そんなはずはない、俺はそんな想いを持たない、自分に言い聞かせて力一杯視線を逸らせたとき、聞き慣れた声が心臓を元の速さまで押し下げる。救いの女神、八千穂様。
「お、やってるやってる~」
「何で来てんだよ。女子はあっちで陸上だろうが」
「だって今順番待ちでヒマなんだもん。えへへ~、頑張ってね、九龍クン」
 そう言って手を振ってくれる八千穂ちゃんは、目が眩むほど可愛い。昨今では絶滅を危惧されているブルマもそれに拍車を掛けて……ああ、いいなぁ……。
「ありがとー!八千穂ちゃんの愛さえあれば俺はボールと友達にだってなれるよー!!」
「やっ、やだな~もうッ。そういうんじゃないでしょッ」
 あらら。
「でもそう言ってくれると応援しがいもあるよッ。頑張ってねッ!!……あ、皆守クンも頑張ってね」
「とってつけたようにいうなっつの。まったく……」
 ぼやきながらゴールに向かった甲太郎は、どうやら俺から蹴らせてくれるらしい。
「さて……と、まあ、外野はどうでもいい。お前から蹴りな」
「うぃー」
「九龍クン、頑張って!!皆守クンもしっかり~!」
「わかったわかった。いいからお前は下がってろ。そんなとこに突っ立ってられると危なくて仕方ない」
「は~いッ」
 何だかんだ言いながら、甲太郎は優しい。ぶっきらぼうな口調なのに、ちゃんと八千穂ちゃんのこと心配してる。そうしてゴール前とゴール後ろで、並ぶように立って二人を見て、いいなぁ~って。
 普通の、高校生っぽいなぁーって。……お似合いだなーって。
 って違う違う!!
「さ、来いよ九龍」
「……おっしゃ、行くよ、若林君!!ボールは友達だ!」
「…誰だ、それ」
 呆れる甲太郎は構わず、俺はひょいっとリフティング。それを高く蹴り上げて……、
「オーバーヘッド、シュゥッ!!」
 落ちてきたボールを、飛び上がり様、空中回転、そのままシュート!!
 ……と思ったんだけど…、あれ?甲太郎が、いない?
「――――!?」
「あ゛ぁあぁぁあぁぁッ!!」
 蹴る方向、間違えたッ!!甲太郎のいるゴールに蹴るなら、そっちに背を向けてなきゃいけないはずなのに、俺は、思いっきりシュートを逆方向に蹴っていた……。
「……ホームラン?……まったく、何にも考えずに蹴りすぎなんだよ」
「すんませーん…」
 盛大に頭を下げた俺の方に歩いてきた甲太郎は、頭を軽く叩くと、
「それじゃあ、次は俺の―――、」
「皆守クンッ!!危ないッ!!」
「ん?―――ぐはッ」
 次の瞬間、降ってきたボールの直撃を後頭部に受けて、そのまま倒れてくる。
「う、ぉあ!?こ、甲太郎ッ!?」
 自然、受け止める体勢になって、押しつぶされそうになっていると甲太郎は頭を押さえて起き上がった。
「痛てて……」
「……ダイジョブ?なんか、すげぇ音がしましたが…」
 とか言いながら、もうこっちは至近距離にいっぱいいっぱい。頭ン中、甲太郎の顔しかねぇでやんの。笑いながら歯を食いしばって、近付かないように想いを止める。近いけど、気付かないでね。なんてさ。
 したら、軽く突き放されるくらいの力で思いっきり甲太郎は離れて、
「誰の蹴ったボールだこの野郎ッ!!」
「こ、甲太郎、絞まってる絞まってる」
 頭に血が上った甲太郎さん、犯人俺じゃないのに目の前の俺のジャージ掴みながら後ろを振り返った。そこに立っていた人物は、俺からもよく見える。
「いやー、悪い悪い。まさか当たるとは思ってなかったんでな」
「大和~……てめェのゴールはこっちじゃないだろッ」
「こっちからボールが飛んできてな。蹴り返したら脚が滑ったんだ。お前なら避けるだろうと思ってたんだが」
 それって間接的に俺のせいですか?いやん、ごめん。
「いくら何でもそんなの無理だよ~。イキナリ飛んできたら避けられないってば」
「何だ、甲太郎、飛んできたのに気付かなかったのか?」
「気付くわけないだろッ!!ったく、ふざけやがって……」
 一触即発?アレレ?雰囲気悪い?どうでもいいけどさっきから締めてる相手間違えてない?皆守さーん?身長差のせいで、俺、地面から足離れちゃいそ。
「あ、ね、そういえば、夕薙クンは夜会の招待状、来たの?」
 割って入った八千穂ちゃんがにこやかに話題を逸らして、同時に二人の剣呑な雰囲気もどこかに消える。さすが、八千穂ちゃん。
「ん?まァ……来たには来たが……。九龍、君のところにも来てるんだろう…って、大丈夫か?随分と綺麗に絞まってるみたいだが」
「分かってるんなら助けてよーぉ…」
 そこまで言ってようやく離してくれた甲太郎は、まだ不満げに俺と夕薙のダンナを見る。ね、そんなに見上げたり見下ろされたりすると身長差が際立つからヤメテ?
「ハハハ、そりゃすまない。……それで?君は、行くのか?」
「んー…どうすっかなー。だってさ、ちょっと怪しくね?タダ飯食えそうなのはポイント高いんだけど、生徒会主催っしょ?」
「ほう……何か気に入らないことでもあったか?だが、せっかく選ばれたんだ、行かない手はないと思うぞ」
「そう、かなぁ……」
「ただし、行く気ならば十分気を付けてな」
 あら、まぁ。引っ掛かる言い方するねぇ。
「夕薙クン……気を付けろ、って、どういう事なの……?」
「まァ、俺の正確なところは知らないんだがな、ただ、この學園の支配者が選ばれた者だけを集め、何をするつもりなのか……そこが気に掛かるという事さ」
 ダンナも俺と同じ疑問を持っていたことになる。なんとなく目配せし合って、怪しいよねやっぱり、っていう意思確認。
「なるほどねぇ~。夕薙クンも色々難しいこと考えてるんだね」
「お前が何も考えてなさ過ぎなんだよ」
「う~、そんな事ないもん!行ったらまず何食べようかな~とか……とにかく色々考えてたもん!」
 ああ、もう!可愛いなぁ八千穂ちゃん!!そういうとこ、ホント好きだなー、俺。
「ふッ、そこが八千穂らしくて俺はいいと思うよ」
「俺もー。『夜会なんて興味ないね、フッ』とか八千穂ちゃんが言ったら可愛気が……痛ッたたたい~!!別に甲太郎のことだなんて言ってないじゃんッ!!」
 こめかみを拳でごりごり。これなら本日三発目の蹴りのがまだマシ!!痛いッ。
「ところで、白岐の姿が見えないようだが……」
「うん、あんまり調子が良くないみたいで、体育が始まる前に保健室行ったの。白岐サン……まだ保健室で寝てるのかな。……大丈夫かな…」
 俺らがSMごっこやってる間に、二人はちょっとシリアスモード。口を挟めないでいると、そこでチャイムが鳴った。授業終了。あれ、結局甲太郎ってばシュートしてないじゃん。
「やれやれ。ようやく無意味極まりない時間が終わったか。九龍、………お前どうするんだ?」
 ちょっと前なら。
 そんなこと聞きながら、ずーるずる甲太郎は俺のこと引っ張っていったはずだ。お前を野放しにすると面倒事ばっか起きる、とか言ってね。
 でも今は、まるで俺の出方を窺うように。前みたいな強引さはナリを潜めてる。
「んー、俺は教室戻るよ。八千穂ちゃん、どーせ行くんっしょ?うるせーのが二人も行ったら白岐ちゃん、メーワクだって」
「……そうだな。じゃあ、さっさと着替えて戻ろうぜ」
 俺がうるせーって言ったのが気に障ったのか、八千穂ちゃんは頬を膨らませてから、俺にあっかんべー。可愛い。可愛すぎる。反則だ、ソレ。
「それじゃ、また後でね!」
「白岐ちゃんの様子、後で教えてな」
「分かってるよッ」
 手を振って、そのまま八千穂ちゃんは校舎に入っていった。願わくばもうちょっと見ていたかったです、ブルマ。なーんて。
「まったく、無駄に元気だなあいつは」
「まあ、そこが八千穂のいいところだろ」
「そーそー。元気じゃない八千穂ちゃんなんてタネのないスイカ同然!」
「……俺は種なしのが面倒くさくなくて好きだぞ。―――ん?」
 甲太郎がアロマパイプを銜え直す。ダイジョブ。俺も、気付いてる。あー、不穏。
 一気に首筋が総毛立つ、この感触は覚えがある。
「噂の《転校生》もこうして見る分には普通の学生さんですね」
「ふふッ、でもいい男は何を着ても絵になるわ」
 すげぇ、もう、全然オーラが違ぇでやんの。背中がゾワゾワ、痛いくらい。歩いてきた三人の内、二人には見覚えがなかったけど、普通じゃないって事だけは分かった。いくら俺が阿呆でもね。
「お前らは……」
「《転校生》か……」
 阿門を筆頭に、細目のお兄ちゃんと、文句なしの美女。よく映画とかで見る構図だよね、コレって。ボス、参謀、美女。うーん、ピッタリ。
「どうやら俺の忠告はお前にとっては意味がなかったようだな。あの時、俺が言ったことを忘れたわけではあるまい?」
「あの時、ね……」
 砲介の、校内発砲事件の時だ。俺、面と向かって言われてしまいました。「邪魔すっとぬっ殺すぞヴォケェェ」みたいな。もっとオブラートだったけどね。
「覚えてらっしゃいましてよ!もっちろん、カイチョー様の有り難いお言葉ですもの♪」
「それは……どういう意味だ」
 あら、見かけ通り冗談が通じませんようで。
「予想以上に天然ですね。それとも処世術に長けていると見るべきでしょうか」
 と、細目の参謀っぽい兄ちゃん。
「ふふッ、どっちでもいいわよ。可愛い子だってことには代わりはないわ」
 と、ダイナマイツバディのお姉ちゃん。嬉しいコト言ってくれますこと。
「ほんで、今日はまたご忠告?ヤダなぁ、こんなの一匹に構ってるヒマあったら寮の壁に開いた穴、とっとと直してくれると嬉しいなー。毎日毎日きゃんきゃん突っかかってきてさー、番犬の躾、なってねーんじゃねぇスか?」
 阿門はともかく。お付きの表情は一変した。……いけね。挑発なんかするつもりはなかったんだけど。俺はたぶん、今、ヤバいなんておくびにも出さずにかなり小生意気に笑ってるだろう。
 生徒会に盾突く、こざかしい転校生ってツラ。
「……今回の夜会はお前にとっても特別なものになるだろう。お前が明確な目的を持った《転校生》ならば必ず参加する事だ。それから、寮の壁の穴はお前が開けたものだろう。修繕費の請求がいくまでは待つことだ」
「あれれ」
「ではまた、今夜」
 阿門は黒いコートを翻して、さっさと俺の前からいなくなった。うーん、横の二人、かなり怖い目で俺のこと見てました。嫌われたかね?
 ウン……別に、喧嘩を売るつもりはなかったんだけど。なんか、もしかして機嫌が悪いのかな、俺。そんなことないはずなんだけど、……歯車が、噛み合ってない感じ?それとも単純に、さっきの物凄まじい圧迫オーラにあてられただけ?
「あれが《生徒会役員》か。さすがに《執行委員》とは貫禄が違うな」
「貫禄ねぇ……」
「高校三年生であの貫禄は逆にヤじゃね?」
「まあ、確かにあれが三人揃ってると、圧倒的に側に寄りたくはないがな」
「だが、普通に廊下で見かける事のできる顔ぶれじゃない。九龍、君は彼らに興味があるんじゃないのか?」
「あのダイナマイツバディにはとーぉっても興味がありますが」
 肩を竦めてみせると、ダンナも同じようにして見せた。
「おや、さっそく誰かさんの色香にやられたか?別の意味で、興味津々のようだな」
「鼻血出ちゃいそ」
 冗談で鼻を摘むと、
「……確かに、今となってはもう知っておいた方がいいのかもしれないな」
 三人の姿を見送っていた甲太郎が、大して詳しいワケじゃないが、と、新しいカートリッジに火を点けて話し出した。
 生徒会長の阿門帝等。『阿門』て名前はこの學園と深い繋がりがあるんだと。
 で、会計の神鳳充。弓道部部長、サボり魔らしいけど成績は学年一位。その頭脳を半分で良いから俺にくれ。
 美女は書記の双樹咲重。水泳部らしい。あれで水着なんだから相当悩殺もんだよな……水泳部の奴が羨ましい。
「……それで終わりか?《役員》はまだ他にもいたと思ったが……」
 甲太郎の説明の後、ダンナが真っ先に言った。まだいんの?会長、会計、書記……あ。
「あァ―――そういえば、《副会長補佐》なんてふざけた役職の奴がいたな」
 その、セリフが終わるか否か。
 突如背後に気配を感じて俺は咄嗟にしゃがみ込んだ。
 繰り出される鋭い一撃、抉るような拳。
 あーら、朝の一戦じゃ、足りませんでした?
 でも、丁度いい。妙に俺は腹の中がぐるぐるしてるみたいだから。ストレス発散と、いきましょ?