風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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8th.Discovery 月光の底 - 2 -

 まともに振り返る間もなく繰り出される連打。それを流すようにかわして、右のストレートを両肘でブロック。その合間から見えたのは、可愛い可愛い駄犬の顔。本日、二度目。
 バックステップを踏みながらガードを解き、突っ込んできた夷澤の綺麗な顔にハイキックをお見舞いしようとして、朝やっちゃってるからやっぱ顔は止めようと振り上げた脚をそのまま落とす。俺だって咄嗟に決めた変則動作だ、付いていけなかった夷澤は首の付け根に踵落としを食らう。
 小さく呻いて、けれどまだ勢いは殺さないようだ。僅かに距離を空けて構えを取る。ボクシング。所詮、スポーツ格闘技。夷澤からスポーツマンシップとやらが抜けない限り―――俺は負けない。
 来ないから、こっちから。一足飛びに距離を詰め、右掌底を囮に左の後ろ回し蹴り。……おっと、成長したね。伏臥でそれは避けられる。
 俺がそこで笑ったのが分かったらしく、「何、笑ってんスかッ」と粋がるのが、また。こんな時でも敬語なんだから可愛いったらない。
 しかも、性格がそうさせるのか馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでくるもんだから、思わず一発打たせちゃったりして。急所は外したけど鳩尾近くにボディを一発。けど、そのまま首を捕まえて引き寄せ、―――俺は多分、その瞬間すげぇ顔して嗤ってたんだと思う、夷澤が、一瞬怯んだから―――逆にボディに一撃、膝蹴りを入れる。
 結構キツかったのか、そのまま倒れ込んだ夷澤に巻き込まれて俺は覆い被さるように。吐く息が当たるくらいのトコで笑いかけてみた。
「へっへー、不意打ち残念でした。これで31戦30勝1敗!」
「……く、ッそ………あん、たの…31勝、だ、っつってんでしょう、が!!」
「だって俺、初戦負けてるしー」
「あんたの、勝ち、っスよッ!!」
 かなり息の切れた夷澤の上に乗り上げたまま、悔しそうなツラを拝んでみる。どうやらこの子、相当の負けず嫌いなようで。こうやって毎日毎日、俺に喧嘩売ってくるんだ。
 俺はよく覚えてないんだけど、最初に吹っ掛けたのは俺らしいんだよね。しかも、寝呆けて。そんで途中でやる気なくなって「俺の負けー」つったのは覚えてるんだけど、それすら夷澤は自分の負けだと言って譲らない。
「ち、っくしょ……」
「まー、でも夷澤も懲りないね。若い若い」
 見下ろす頬骨辺りには、朝、俺が付けた傷が残ってる。ちゃんと手当すりゃーいいのに。
「次は頑張れ♪」
「なッ……!!」
 あんまり一生懸命で可愛いもんだから、思わず。その傷に軽くチューして夷澤の上から退いた。
 夷澤ったら凄い勢いで上半身起こして、口パクパクしてんの。頬、押さえてさ。
「顔、真っ赤だぜ?ダイジョブ?」
 呆然とする顔の前でひらひら手を振ると、我に返った夷澤は俺の手を払いのけた。
「クッ…そ、次は、絶対負けねぇッ!!」
 そう宣言すると、さっき生徒会役員の一同が歩いてった方に向かって一目散。あっと言う間に見えなくなった。
「……で?彼が二年生で唯一の《生徒会役員》か」
「え゛ッ!?」
「何を驚いてるんだ?」
「あいつ生徒会だったん!?……知らなかった~」
 イヤ、マジで。ボクシング部のエースだって事は知ってたんだけど…。一度もそんなこと言ってなかったから、知らなかった。
「おいおい……本気で言ってるのか?まったく、君って奴は」
「ヤー、だって教えてくんなかったもん、あいつ」
「確かボクシング部ではすでに最強を誇ってるそうだが?」
「実力はあんな感じです。なかなかイイ線いってるっしょ?あいつ、叩けばクソ伸びると思うよ」
 ほら、とジャージを捲れば腹にはくっきり打った跡。もうちょっとすると青痣になる感じ。
 アレで甘さが抜ければ、とっても強くなりますよ、夷澤クン。見込み充分。発展途上の青さが素敵。
 そうやって腹出してたとこを、痛むか?とダンナが触れそうになって。そうでもないよー急所外してるから、って言った俺のジャージの裾を甲太郎が思いきり引き下ろした。
「……いつまでも腹出してんじゃねぇ」
「はぁーい」
「に、しても。俺はあいつの実力云々より性格の悪さの方が気に障るがな」
 んな話をしながら更衣室に向かって。俺は夷澤は性格悪くなんかないヨー、って主張したんだけど、甲太郎は安眠を何度も妨害されてる時点で結構腹に据えかねてるらしい。それって半分責任俺?
 しかもぶつぶつ文句言ってるもんだから俺のが全然早く着替え終わっちゃって、校舎の前で二人待ち。待ちぼうけー待ちぼうけー。
 心の中で童謡を歌ってる俺の後ろに、ざわり、気配。夷澤みたいに剥き出しじゃない。
「アノ……葉佩サン?」
「ん?」
 気負わずに振り向くと、そこに立っていたのは白い上着の留学生。トト、だったっけ?
「ヤパーリ!!今朝、会イマシタ。ボク、アナタ知ッテマス。葉佩九龍サン……」
「トト、だよな?おぅ、俺、葉佩。よろしくー」
「ハ、ハイ、アリガト、ゴザイマス」
 んで、何の用だろ?夷澤みたいにストリートファイト?まさか。
「アノ、アナタ、海外カラ来タ、聞キマシタ。エジプト行ッタ事、アリマスカ?」
「エジプト?あるよー。こないだまでエジプトいたもん、俺」
 何のことはない、前の任務地って話。エジプト、ヘラクレイオンの遺跡。ロゼッタの本部もそこにあったりして。
「ワッラーヒ!?エジプト、ボクノ故郷!!トテモ トテモ イイトコ。ボクノ名前、エジプトノ神様ト同ジ」
「トト、ってーと月神か。トキの頭した」
「ソウ。父サン、ツケテ クレマシタ。トテモ賢イ、時ノ神様。コノ名前、ボクノ誇リデス」
 トト神。確か、学問、知識、記録を司る月神だ。時間の計算をするんだったか?ギリシャ神話におけるヘルメス、ローマ神話におけるメルクリウス。役割はそんなところだった気が。
「アナタハ 知ッテマスカ?エジプトハ カツテ、幾度モ他民族ニ占領サレテキマシタ。ソノ中デ、古代エジプトノ 神々ハ 次第ニ 忘レ去ラレテイッタ……」
「……うん。知ってる」
 トトの名前の元になっているトト神も、ギリシャ人によってヘルメス・トリスメギストスという呼び方をされたりする。ギリシャ神との融合でね。
 トトは、それを古代日本と同じだと言った。大国主神は、建御雷之男神によって国を奪い取られたって。それは神を巡る争いだったけど、今も人と人は争い続けている、人は自分と違うものを恐れて、憎んで、争って。
 その通りだけどさ。話すトトの顔があんまりに深く、暗くて、―――まるで、今までの《執行委員》のような顔してて。
「コレハ、決シテ消エヌ人ノ業デハナイデスカ?」
 争いは、人の業。そう、突き付けられて、俺は。
「そう……だね。業、なのかな。俺は生まれてこの方、争い方を知らないって人間を見たことないから、なんとも言えないんだけど。人には人それぞれの考え方があるし。合わないなら、どっちかが譲歩するか……できなきゃ、戦うんだよ、な」
「人ハ誰シモソノ業カラ逃レル事ハデキナイ……。例エ、アナタガドレホド慈悲深イトシテモ、人デアル以上ハ……」
「俺は、慈悲深くなんかねーよ?どっちかっていったら真逆。自己中だしね」
 ジコチュー、が通じなかったようで首を傾げられたけど。トトは、俺の前で目を閉じた。
「……《墓守》トシテ、アナタニ、ヒトツ―――言葉ヲ送リマス」
 やっぱり。そっか。なんとなく、そんな感じはしたけど。
「王ノ眠リヲ妨ゲル者ニ、死ノ翼触レルベシ」
 それは、ツタン・カーメン王の墓にまつわる言葉だった。墓の碑文にその言葉が残され、携わった人間が次々と呪いに倒れた―――って、ロゼッタでも有名なハナシだ。
 次は……俺?だとしたらすでに呪いは頭の先から爪先まで余すことなく受けてそうだなー。
 暗に、墓にくんなって忠告だと思うんだけど、どうしよ。って頭を掻いてると、
「悪い、九龍。待たせたな―――」
「ア……」
 やってきた甲太郎を見たトトは、小さく会釈をし、言った。
「ソレジャボク、失礼シマス。アナタガ三人目ニナラズニ済ム事ヲ神ニ祈ッテマス。デハマタ、今夜―――」
 三人目?さて、何のことでしょう?呪いを受ける順番?
「今の……、A組の留学生か?」
「おぅ。礼儀正しい奴デショ」
「ふぅん……お前があいつと、ね。何かお前ってホントすぐ誰とでも知りあいになるな」
「そーか?」
 結構みんな最初は敵意剥き出しで来たりするけど?
「その何にも考えてなさそうな面が警戒されないのかもな」
「そ?」
 じゃ、俺の『葉佩九龍』は成功してるってことだ。誰でもない、甲太郎に言われるなら間違いない。
 うん、俺は、間違ってない。
「―――で、大和の奴は着替えが終わったらそうそうに姿を消したわけだが」
 教室に向かう、三階の廊下で。甲太郎は苦々しげにアロマパイプの端を咬む。まるで自分もバッくれたかったとでも言いたげ。
「あの野郎はいつもああだ。調子のいいことばかり言って、肝心なところは何も話さない」
 じろ、っと。見下ろされると、まるでソレ、俺の事みたいに聞こえる。てか、俺に向かって言ってない?確かに、その通りなんだけどさ……。
「……なあ、九龍」
「ん?」
「人を信じるってのは、どういう事だ?……例えば、お前は俺の事を―――信用してるのか?」
 こんな時に、そういうことを聞くから。全部殺して潰して、笑おうと頑張ってるトコにそういう言葉が降ってくるから。俺は、簡単に間違っちゃうんだろ?
「……信用、してるよ」
「そうか……」
 甲太郎が、何だかホッとしたように笑うから。それだけで俺は立ち止まっちゃって、要らないことまで。
「たぶん、今んトコ、世界で一番。俺、自分を疑うことはあっても、甲太郎なら疑わないんだと思う」
 だって、自分のことなんかもう、かなり分かんなくなってんもんよ。ずっと信用して……愛してたはずの人はもう俺の隣にいなくて、だったら、もう、今隣にいる人しか。
「なッ―――」
「俺の判断基準、そろそろ甲太郎、かもよ……なーんて」
 言っちゃってから、自分で言葉の重さに気付いて誤魔化すように笑ってみるけど。すでに甲太郎には届いた後らしくて、怒ったように、顔真っ赤にしてさ。俺の事振り返んの。
「……馬鹿だ馬鹿だと思ってたがお前、ほんっとに馬鹿だな。そんなお前に訊いた俺も馬鹿だった」
「やーい、バーカバーカ!」
 ……自分で馬鹿って言ったのに蹴られました。クソぅ…。
「あークソッ、こんな話、二度としないからなッ!!」
「振ってきたの自分じゃん!」
「んなこと言われるとは思ってないだろうがッ!!」
「じゃ、俺が、甲太郎なんて粉微塵も信用してない!って言うとでも思った?」
「……多少は、な」
 あら酷い。……それってさ、イコール、甲太郎が俺を信用してないってことじゃん?ま、そうだろうけど、言い切られるとちと辛い。
 俺はこんなにも甲太郎の事、信じてるっていうのに、ねぇ?
「俺は、ホントにそう思ってるよ?……もしも、遺跡とかでね?いきなり後ろから甲太郎に蹴り殺されても、ああ、そうだったんだ、しょうがない、って。思えるくらいには信用してる……って、ぉわ!」
「……お前はッ」
 うわ、暴力的。胸ぐら掴まれちゃったよ。片手だからそう圧迫感はないけど、ちょっと怖いよ?甲太郎。
「そうやって、綺麗に壊れたような事言うんじゃねぇよッ」
「えー、っと、どの辺が、壊れてました?」
 甲太郎が、何かを迷う。掴んだ胸ぐらを引っ張ろうか、振り払おうかって、そんなとこだろうけど。アロマパイプ、咬み締めて、拳には思いっきり力が籠もってる。
「……ちゃんと、『信用』の意味を辞書で引いてから言うんだな、そういうことは」
「うぃ」
 その手が離れたのと丁度同時くらいに、ラララ~という歌声が聞こえてきた。
「やあ、お二人さん。お揃いでどこに行くんだい?」
 マイ師匠は今日も石を手に持ちご満悦。弟子としてはまず、
「石子ー!元気だったかー!?」
「やめろ」
 師匠の持つ『石子』に挨拶しようとしたんだけど、甲太郎によって阻止されました。
「ったく、どこも何も……、もうすぐ四時限目が始まるぜ」
「まさかッ!!」
 甲太郎の一言に、師匠が偉く驚く。何かと思ったら、
「君の口からそんな言葉が出るなんて……サボりの代名詞、屋上の支配者とまで言われた君が、自主的に授業に……」
 ぶふッ!!
 思わず吹き出しちゃったい……。だってさ、まるで世界の終わりが来る!みたいな言い種なんだもんよ!
 で、吹き出した俺を無言で蹴って、甲太郎は冷たい目で師匠を睨んだ。
「言われてない。っていうか、勝手に代名詞にするな」
「……イイと思うけど、サボりの代名詞。ぴったり…痛ぁッ!!」
「それにしても、お前こそ今日はまた随分とご機嫌だな」
「ん?ふっふっふっふ……やっぱり、分かるかい?」
 石を持ってくるくる回る師匠は確かにとってもご機嫌。うーん、石研部室ではいつもこんな感じだけど、今日は特にね。
「実はね~、珍しい石を拾ったんだよ。ね、隕鉄って知ってるかい?」
「隕石じゃなくてか?」
「……アイロンメテオライト、だね。主成分が鉄とニッケルで、普通の隕石より金属部分が多いってヤツ」
 ハイ、ここで九龍クンの豆知識。
 古代エジプトとか中国の遺跡からは、隕鉄を鍛造したと思われる鉄片がいくつも出土しているんですね。それが隕鉄であることは、ウィドマンステッテン組織って特有の金属組織が見られることから分かりまーす。
 ちなみにウィドマンステッテン組織ってのは、格子状のキレーな模様なんだけど、百万年に数度程度って気の遠くなるくらいゆーっくりと時間を掛けて冷却して、出来上がるんだよね。人工じゃ造れないものなのですよ。
「……おーい、九龍、そろそろいいか独り言」
「アレ?口に出てた?」
「そりゃもう盛大に」
 らしいです。コレ、石研で仕入れたネタなんだけどね。
 したらもう、師匠の目にうっすら涙。メガネの奥が光ってます。
「さすがは九龍君ッ!!博識だね!!」
「イエイエ、師匠ほどでは」
「………」
 甲太郎は手を握り合った俺らを冷たく呆れたように見てきた。半ば無視してるのかも。
「隕鉄は古代文明にも深い関わりがある石だから必ず見つかると思ってたけど、こんなに大きくて綺麗な物が僕の手に入るなんてまるで夢のようだよ……ああ、僕の愛しい人…」
 師匠はすりすりと手に持つ石に頬ずりをする。その黒いのが、本物の隕鉄かー。剥き出しで黒いけど、鉄なのに空気に触れててさびたりしないのかね?
「お前、それはちょっと色々ヤバイと思うぞ。……って今更か」
「今更です。」
「僕が異常だとするならば、それはこの石の魔力のせいかもしれない……。そう、おそらく古代の人たちもこの石から放出される不思議な力を感じたんだろう」
「「不思議な力……?」」
「ふっふっふ、それはね―――磁力の力さ」
 それから師匠は隕鉄の持つ『不思議な力』について熱く語り出した。
 生物にも生体磁気ってモンがあるんだって。人間の神経活動は電荷の移動で行われてて、で、強い磁力はその生体活動を狂わせることがあるらしい。
 師匠の熱弁は、さしもの甲太郎をも圧倒したようで。
「……お前、本当に詳しいんだな」
「え?ヤダな~、石博士だなんて。いや~博士か~。まあ、それほどでもあるけどね~」
「ほんじゃ、これから師匠のことは博士と呼ばせて頂きます」
「あ、どうせなら平成の和田維四郎博士って呼んでくれないかな~。知ってる?和田博士。僕が崇拝する日本鉱物学の先駆者といわれる偉大な人さ」
 夢見るような師匠、もとい博士の表情に対して、甲太郎さんは非常にげんなりした顔してます。
「わかったわかった。お前は凄いよ。大した知識だよ」
「でも、皆守君だってカレーには詳しいじゃない」
「あ?」
 それは、思ってもない反応だったようで、甲太郎はまじまじと博士を見る。
「いいんじゃないの?好きなことの一つや二つ、誰にだってあるでしょ?九龍君だって銃に詳しいしさ。その好きなことに対して誰にも負けないくらいの知識を持ってるっていうのは、誇っていいことだと思うよ?ねえ、九龍君?」
 不覚にも、って言ったらおかしいけど。俺はその時、冗談とか抜きで、本当に博士の言葉に感動していた。……博士は強烈に『個』なんだ。自分に、確固たる突出した何かを持ってて、それを受け容れて支柱にしてる。
 自分のこと、自分の持っている物、全部をちゃんと信用してるんだ。
「……すっごい。俺、マジ感動しました!!博士、俺、どこまでも付いて行くっス!!」
「ああッ、我が心の友よ!!打てば響くような好反応だ!君のそういうところが僕としてはなかなか気に入ってるんだよねぇ……ふふふ」
 頬ずりでもしちゃいそうな近距離で、俺と博士は見つめ合う。と、いきなり博士がガバッと甲太郎に向き直った。
「……いつもならここで邪魔が入るんだけど……どうしたのさ、皆守君」
「んぁ?」
 さて、その時握り合ってた俺の指先が硬直したこと、博士に悟られてないといいんだけど?
「別に、くっ付き合うのはお前らの自由だろ」
「まさかッ!君の口からそんな言葉が出るなんて……葉佩九龍の飼い主にして愛と暴力の権化とまで言われた君が九龍君を放っておくとは……」
「言われてない」
「いや、これは言われてるよ?ねえ、九龍君」
 話を振られて、俺ったらどうしよう。んな話聞いたこともないし、頷くわけにもいかないし。
 だから、言われてないよ、って言おうとしたら、そこでタイミングよく予鈴が鳴った。
「おっと、チャイムだ。何だか気分もいいし、僕も授業に出ようかな~」
「さ、サボる気だったんですか博士……」
 八千穂ちゃんが、出席率があんまりよくないって言った意味、ちょっと分かったかも。
 博士は歌いながら躍りながらラララ~と去っていって、後には俺と甲太郎。授業、どうするって意味で隣を見上げると、何だか忌々しげに目を逸らされた。あらら。
「……黒塚に説教された……。くそ、何か腹立つな」
「でも、いいコト言ってたよねぇ、博士」
 うはは、って笑ったら、なんか、気になる視線。何か言いたげな、でも言えないでいるような甲太郎の表情は、たぶん、ここ最近ずっと俺に見せてるものだ。
 けど、何か言い出すワケじゃなく。アロマパイプを銜え直して舌打ちする。
「俺も何で真面目に授業出る気になってんだかな……さっさと教室入るぞ、九龍」
 トン、と叩かれた肩。引き寄せられなかったという違和感を、それは違和感じゃないと自分の中に押し込めて、先を行く甲太郎を追った。