風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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8th.Discovery 月光の底 - 6 -

「今日の装備はなんじゃろか~♪」
 鼻歌のように歌いながら、魂の井戸で武器の確認をする。銃をどうしようか、それが今日の問題点。
「九龍ドノ、本日は二挺拳銃ではないのでありますカ?」
「ほら、トトって磁力使いなんだろ?迂闊にハンドガンてのもアレかなーとか思ったんだけど。でもさ、やっぱり対化人には使い慣れたのが一番だし」
「M92FSでありますカ……。ベレッタ社の拳銃は使い心地、見た目も勿論ですがやはり威力と重量のバランスが素晴らしいと思うでありマス!」
「そーそー!でもさ、ちょっとデカいんだよな。欧州サイズだから日本人の手には余るって感じー。イタリア美女、ナイスバディすぎ」
「9mmパラベラムにこだわらなければFN社の5.7ピストルなどもいいと思うでありマス」
「SS190の特殊徹甲弾なんて、ホントなんでも貫通するかんなぁ……。P90とか、ビビる。あれと同じ弾使えるんだから、FN5.7も入荷していいじゃんな。USGなんて装填数20発だし!」
「その情報はゲットレ済みであります!当初は10発だったトカ。マニュアルセーフティにも変更されたでありマス。そういえばタクティカルのダブルアクションはどうなるのでありましょうカ……」
「シングルアクションにするって話もあらぁね。あ、でも俺、FN5.7も好きだけど、実は大口径も好きだぜ?ガバメントとかグロック37の.45口径」
「ソーコムピストルも.45口径でありマス」
「45ACP、ね。他にゼニガメショップで.45口径ハンドガンってあったかなぁ。ベレッタもM96とかなら10mmショートなんだけど。砲介が持ってる改造銃って9パラだっけ?」
「ハイ!でありマスッ。今はルガーP85やベレッタM92Fのように15発装填を目指しているでありマス!」
「何で。だって砲介、弾切れ起こさねーだろ?」
「ハイ、イイエ、そうなのでありますが、ソノ……と、とにかく開発中なのでありマスッ」
「へーぇ、できたら見せてな♪」
「勿論でありマスッ」
 戦闘前の分解整備を砲介と二人でやりながら、そんな話に花が咲いた。俺、ホント砲介のマニアなとこ好きだなー。趣味の話題が合うって大事なことだよねぇ、友達として。
 ちなみにFN社ってのはベルギーの銃のメーカーで、SS190は5.7サイズの弾薬の名称で、それを使うハンドガンの名前がFN5.7(まんまな名前だよね)、ソーコムは45口径Automatic Colt Pistolってのを使うから、45ACPになる(他に25とか32もある)。
 ただ、威力ってのは口径で決まるワケじゃないし、それよりもブレッドの形がどうかとかパウダーどうやってふん詰めてるのかが大事だったりもするし。そういう鉄砲話を久しぶりにした気がすんなー。
 しゃがみ込んでそんな俺らの整備を見ていた八千穂ちゃんは、膝に肘と顎を付けて、
「二人とも、てっぽー小僧なんだねぇ」
 と呆れたように言った。
 鉄砲小僧。そりゃ、俺にとっては賛辞とも言える。だって俺は、銃という存在をこよなく愛しているから。それはたぶん、冗談でいつも口にしている「愛してるー♪」とかではなく、もっと本質的な部分での、人間としての防衛本能からくるもので。
 俺の弱い部分を補ってくれるものが、世界にはもう銃しかないからそう思うのかもしれない。前はそこまで入れ込んでいなかったんだけど、俺を補っていた大切な者がいなくなってからは加速度的に傾いていった気がする。
 殺すこと、が好きなワケじゃなくてね。銃撃戦最中の感覚が好きっていうか。命を丸裸にして遣り取りしてる感じが好きなんだーね。
 ま、日本の学生である砲介がそう感じているかどうかは、分かんないけど。
「とりあえず磁力相手じゃ銃弾が弾かれる可能性があるから、今回は近接武器と格闘戦がメインになると思う。バックアップガンは持っていくけど遠距離攻撃が穴になると思うから、援護をよろしくお願いします」
 鍵の開いた区画に入る前、二人に告げると任せろという頼もしい返事が返ってきた。
 俺はいつぞやの化人から分捕った大剣を片手に、腰にはバックアップガン二挺。腿にコンバットナイフを貼り付けて、ポウチにガスHGをしこたま詰めれば準備万端。どこからでもかかってきんしゃい!
 ってなわけで、扉を開けた俺らの第一声は、揃って「寒ッ!!」だった……。
「何これー!すっごい寒いよー!身体いっぱい動かさないと凍えちゃうねッ」
「げーろげろ、鼻水凍ってまう」
「氷柱がぶら下がっているでありマス……」
 まー、なんていうかあっち見てもこっち見ても寒くなる光景と言いますか。壁が凍り付いてるのか氷でできてるのか、上下左右から冷気がやってきますっていう状態。
「八千穂ちゃん、寒くない?」
「うーん、上着着てくれば良かったかなーとは思ってる……」
「今から、戻ってもいいよ?」
「ううん、大丈夫。その代わり、風邪引いちゃったら毎日お見舞いに来てよね!」
 あーあ、まったくこの子はなんて可愛いんでしょうか。茶目っ気たっぷりに言われて、その上本当に何でもないように笑われちゃったら、俺も帰れとは言えません。
「じゃ、マジで寒くてどうしようもなくなったら言ってな」
「うん」
「砲介は……って、お前さん、いつも厚着だもんねぇ」
「防寒については何の問題もないのでありマス!!」
 制服の下にボディアーマー、着ぶくれするほど着込んでれば、そりゃ寒くはないよねって感じ。こっちはこの区画にばっちりの人選だったってワケだ。
 俺もせめてもの防寒に合成皮のグローブを嵌めて、目の前にあったハシゴを登っていく。
 先頭の俺が登りきるかきらないか、そんなタイミングでH.A.N.Tが敵襲を告げた。続いて登ってくる八千穂ちゃんに砲介を先に上げるよう支持して、俺は最初に見えた猿みたいな化人に斬りかかっていく。
 野郎、猿のクセに鎧で武装してやがって一振り目はカチンと弾かれた。でも、肉薄したからかきっちり鎧の継ぎ目とかも見えちゃったりして、振り直した刀身はきっちり猿の首を刎ねた。
「!? ぐ、ッ……」
 と思ったら、横にいたのが飛び掛かってきた。のし掛かられる状態になりながら、一発二発、マウントポジションで繰り出される打撃を大剣で防ぐ。
「猿に、乗っかられる、趣味はねぇッ!!」
 腹を渾身の力で蹴り上げると同時に、猿はおもしろい勢いで吹っ飛んだ(ついでに消滅)。どごぉーん、てな凄まじい効果音と共に。俺、そんな凄まじい破壊力だったっけと振り返ってみると、八千穂ちゃんと砲介がそれぞれの得物を構えて駆け寄ってきた。
「九龍クーン、大丈夫ッ!?」
「怪我はないでしょうカッ!?」
 ……そんな必死な形相で詰め寄らなくても俺は無事ですよ。
 まだ戦闘は終わってないから礼は後にして、俺は即行で身を起こす。壁を隔てた向こう側からは、温度とは別の、背骨を握られるような怨嗟の声。うわー、寒い。
「まだ奥にいるからちょっと見てくる。二人は待機、合図したら来てねん」
 壁の向こうではざらざらした足音みたいなのが響いてる。位置はH.A.N.Tの耐熱感知で分かってるから、迷わずに飛び出した。
 そこにいたのは唐笠被った骸骨。そういやこいつ、どっかで見た。椎名ちゃんとこだっけ?てことは、……ホラ来たぁッ!!
 構えた刀身に投げつけられる手裏剣。衝撃が手に伝わる、その前に踏み込んだ。弱点は分かってる。唐笠のど真ん中。一匹目の弱点に切っ先を突き立てた。そこから、真下に切り裂く。
「八千穂ちゃん、砲介ッ!!」
 もう一体骸骨は残っている。俺に向かって投擲姿勢に入っているのが目に入ったけれど、次の瞬間にはそれが揺らぐ。連続して骸骨に震えが走り、すぐに消えた。追うように現れた数体の蜘蛛も、二人の着弾であっさり討滅。
「ふぃー……助かった。サンキュね、二人とも怪我、してない?」
「自分は大丈夫でありマス!」
「あたしも平気ー」
「うし、じゃ、先行きましょうかね」
 先を行くと、そこには二体の像と石版。
 石碑に刻まれていたのは『建御雷之男神と天鳥船は、出雲国の伊那佐之小浜に降り立ち大国主神と語り合った。』って文章。そんで、そこの二体は建御雷之男神と大国主神。
「このミッションに於ける上層部の会議はいかなるものだったのでありましょうカッ!自分は一兵卒に過ぎませんが ……気になるでありマス!」
「ミッションかーどーかは分かんないけど……建御雷之男神と大国主神なら、たぶん国土の奉還交渉だろ。天照神の指示で、建御雷之男神は経津主と一緒に降りてきたんだ」
「さすが、九龍ドノ。これだけのヒントで会議内容まで読みとるトハ……」
「イエイエ、コレでも一応ハンターですから、ね」
 この二体を語り合うような体勢、つまり向かい合わせにしてみる。
 ビンゴ。開錠成功らしい。
 なんだけど、その先の部屋。いきなり、行き止まり。岩と杭が四方を塞いでおります。
「何じゃコリャ……」
「行き止まり、でありマス」
「でも向こう側が見えるよ?」
 ということは、これは何かを操作して道を切り開けということなんでしょう。
 とりあえず、なんとか先に進む道を開かなくちゃいけない。どうやら左右にある石みたいのが動かせるらしい。右のは動かしても変化ナシ。左のを動かしてみると……お。
「九龍クン、左側の通路が開いたみたいだよ」
「だね。ちょっと行ってみよ」
 二人を連れて通路を抜けると、そこはだだっ広くなってて扉もあった……けど開いてないってのはやっぱりねって感じ。まだ弄くるのが足りないらしい。
「ここで待ってて。あの通路とか立っててゴリゴリ潰されたら、ヤでしょ」
 その姿を想像したのか八千穂ちゃんはぶるっと身を震わせる。てか、寒いのもあるのかもしれない。俺は自分の上着を脱いで八千穂ちゃんに掛けた。大きすぎるってコトはないはず、悔しいけどさー。
「よ、っと……ほら、これ着てて」
「え?あ、だ、大丈夫だよ九龍クン。これ脱いだら九龍クンが寒いでしょ?」
「ヘーキ。俺、寒いの強いから。それにアサルトベスト着てるからさ」
 肩を叩くと、八千穂ちゃんは渋々っていった感じで、それでも「ありがとう」と言って学ランに袖を通した。
 俺はと言えば、もうひとつ設置されていた石のギミックを前にして回したり引っ張ったり唸ったり。そのうち、両方とも反時計回りに回してみると杭が少なくなることに気が付いた。そしたらまた入り口の方のギミックに戻って、今度は部屋の入り口側に置いてあるギミックを右へ左へぐりぐり動かす。
「あれー!?九龍クン!!」
 途端、今まで通っていた右っ側の通路が塞がれて、向こう側で八千穂ちゃんが心配そうな声を上げる。
「九龍ドノ、無事でありますカッ!?」
「おーぅ、無事無事。ほれ、ド真ん中が開いたよー」
 塞がれていた通路、そのど真ん中がご開帳。それを突っ切ると、向こうで八千穂ちゃんと砲介が待っていた。
「まだ出口の扉に鍵は掛かったままでありマシタッ」
「あらま。じゃ、……これか」
 先に置いてあった、これまた神様の像、建御名方神ってのの。その後ろには杖が付いてる。謝罪の杖、だって。それを引っこ抜くと、どこかで鍵の開く音がした。
「おっし、完了。先、行こっか」
 途中で肉とか卵が入ってた宝箱を見つけてゲットレ。それから次の区画への扉を開けて、梯子を降りるとそこには。
「わぁ~!雪だ!」
「ちょ、ちょっと八千穂ちゃん!!」
 H.A.N.Tが敵襲警報出してるってのに、雪が降ってるのが嬉しいんだか楽しいんだかあっと言う間に駆けていく。思わず舌打ちが出ちゃうってもんだ。
 慌てて追いかけて行くと、それよりも早くなぜか砲介がすっ飛んでいった。
「こちら側と八千穂ドノは自分に任せてほしいでありマス!!九龍ドノは、そちら側の化人を!」
 うわぉ。そういう砲介も頼もしいけど、てっきり雪を見て喜んでるんだとばっかり思ってた八千穂ちゃんまでラケットを構えてる。素敵なバディですこと。
 それなら……任せちゃいましょうかね。俺は部屋の隅にいる蜘蛛と骸骨を二人に任せて、奥にいる三体の猿を任されることにした。
「おっしゃこぉぉぉい!!」
 なんて気合い入れて怒鳴るまでもなくキキィー!とかいって襲ってくんだけど。それを、剣を構えて待ち伏せ、突っ込んできたヤツから叩き斬っていく。
 一体目はなんなく首ちょんぱできたんだけど、同時に飛び掛かってきた二体は一撃でってワケにもいかなかった。なんとか一体は倒したものの、もう一体に腕を切り裂かれて思わず剣を落とす。
 拾い直すか、一旦離脱するか。四半瞬間で俺の出した結論は腰のホルスターからベレッタを引っこ抜くことだった。M92はダブルアクションだ、目一杯引き金を引いて飛び掛かってくるクソ猿に銃口を向けて、ショット。衝撃で猿は後方に吹っ飛んだ。当たり前だ、俺と砲介の渾身の改造弾をなめんなよ?
 もう、ハンドガンを持ったらこっちのモンて感じ。大剣だって別に使い心地が悪いってワケじゃない。でも、銃がやっぱり俺のリアルなんだよね。
 向かってくる敵、走る緊張、引き金を引く瞬間、もう慣れた反動、仰け反る敵に向けて、ダブルタップ。それを何度か。タタン、タタンとリズムを刻むように。
 化人が消える瞬間まで、俺はハンドガンの奏でる音を気持ちよく聞いていた。弾切れのカチン、て感覚が手の平に残って、そこでようやく指を離した。
「は……っぁ…」
 トトとの戦闘の前に刀剣に慣れておこうと思ったんだけど。やっぱり、戦うときには銃がいいんだなーって。少しだけ熱くなった銃身に指を滑らせる。
「九龍ドノ、さすがでありまシタ!」
「あ、ごめん。そっちは終わった?」
「ハイ、でありマスッ」
 少し後ろでは八千穂ちゃんがVサインをしている。
「やー、参った。俺、根っから銃が良いらしいよ」
「九龍ドノ?」
「銃なんてさ、ほら、何かを殺す道具でしかないのに、どうしても俺、これがいいんだよなー……」
 元から銃以外の得物を持ってない砲介は、自分の銃をじぃーっと見つめてる。
「なんか、とんでもないのに惚れちゃったなって思う」
「銃に、でありますカ」
「そう」
 銃に。戦いに。命の遣り取りに。惚れ込んでるなんて、馬鹿だよねぇ、俺。
 ベレッタを腰に戻しながら、ふと、抉れた腰骨に手を当てた。
 俺は、これをどうして治さなかったんだっけ?それから、身体の傷も。
 そんなの簡単だ。これが、俺が生きてきた証拠だからだ。『普通』の世界で『普通』に生きていこうと少しでも思うなら、形成手術で肩甲骨も腰骨も目立たないように治してるはず。身体中の傷も、隠すだけじゃなくてちゃんと消すための方法を探したはず。
 でも俺がそうしなかったのは、普通、っていう世界の中で生きていく気がさらさらなかったからだ。
 裏世界で、戦場で、廃墟で、紛争地域で、それから遺跡の中で。俺は戦うことしかできない。分かってるから、傷を消せない。遺跡の上、表の世界である學園では本性を隠してなくちゃいけない。だから、誰にも傷のことを話さない。
 甲太郎は、どうして俺が学校での『葉佩九龍』であることをやめさせようとするんだろ。触れたり、核心突いてきたり、あれってわざと?
 どう考えても学校っていうコミュニティに当て嵌まるわけない俺を引っ張り出して、―――それって、さっさとここを出ていけっていう裏返しだったりすんのかな。
 ふと、ここに来る前に送られたメールが気になった。何を送ったんだろ?
 俺が、H.A.N.Tを取り出そうと俯いたその頭に。
 ベシャ、っと冷たい感触。
「っつ~~~!?冷たッ」
「へっへー、もういっちょ食らえー!」
「どわぁぁッ!!」
 八千穂ちゃんを振り仰いだら今度は真っ正面に雪玉がヒット。一瞬真っ白くなった視界の向こう側で、けらけら笑いながら逃げていく八千穂ちゃんが見える。
「にゃろーーー!」
 こっちも負けじと雪玉を作って投げつける。
「きゃーー!冷たいッ」
「これも、食らえぇいッ!!」
「わわわッ……」
「げげッ」
 八千穂ちゃんが砲介の背中に隠れたせいで、俺の玉は見事砲介のガスマスクに激突。
「あー、酷ぉい、九龍クンたら墨木クンに当てたー!よぉし、墨木クン、ここは二人で共同戦線だッ!」
「で、ですが自分はッ」
「なーにー?女の子の味方するのがイヤだっていうの?」
「そういうわけでは……自分は雪合戦に負けたことはないでありマス!」
「じゃあ、じゃんじゃん雪玉作って!あたし投げる人~!」
「ちょーちょ、ちょちょちょっと!!二人掛かりはないんでなブッ」
「へっへー、そんなこと言ってるばあいかなー?いっくよー!」
 それからはもう乱打戦。八千穂ちゃんには雪玉製造器がついてるもんだから俺が避けても避けても雪玉は襲ってくる。ぎゃー、とか、わーとか。終いには雪に足下取られて、身体中に雪玉が炸裂。……俺の負け。
「あーもー、上から下からパンツの中までびっしょりですよまったく……」
「あはは、九龍クン、髪にも雪が付いてるー」
 ひょい、と手を伸ばした八千穂ちゃんの指先が、俺の頭を撫でていく。雪を取るとか、それよりももっと優しく。
「楽しかった?」
「ええ、そりゃーもー、抱腹絶倒ですよ雪玉で死んじゃいま…」
「良かった。だって、ずーっと……難しい顔、してるんだもん。九龍クン」
「へ?」
「そりゃ、ね?あたしは九龍クンがどうしてそんなに強いのか、なんでそんなに銃を使うのが上手いのか、世界中の言葉を話せるのか、社交ダンスが踊れたり料理が上手だったり宗教とか文化に詳しかったりするのか、知らない。だって話してくれないんだもん」
「八千穂ちゃん……」
 話してない、確かに、何も。俺の核となる部分のことは何も、知ってほしくないから。表向きの葉佩九龍で済ませられるなら、その方が色んなことが平和に終わっていくから。
「でもね、でも……そんなの知らなくってもいいんだ。知らなくったって九龍クンは九龍クンだもん。九龍クンのこと、いっぱい知りたいけど無理には聞かないよ?聞いちゃって、それで九龍クンが悲しくなったりいなくなったりしちゃうなら、そうじゃなくて、九龍クンがこうしてここで笑ってくれればいいと思う」
「………」
「あたしね、トトクンと九龍クンて、すっごく似てると思った。トトクンは独りだって言ってて、九龍クンは……どんなにあたしたちが傍にいても、どこか遠くにいるんだもん」
 八千穂ちゃんの、黒目がちな目がすごく近くにある。黒いところに映った俺は、どうしようもないほど情けない顔をしている。
 ―――どこか、遠くにいるんだもん。
 そうだね。俺はいつか遠いところに、魂のほとんどを置いてきちゃったようなもんだから。しかも、それはもう俺にすら見つけることができない。
「前はそんな九龍クンが、なんていうんだろうな……痒い、くすぐったい、えぇーっと……」
「……歯痒い?」
「そう!歯痒い、感じがしてたの。でも、今はね、もし遠くに九龍クンがいるなら、あたしたちが近くに行く。もっと遠くに行っちゃうなら、もっと近くに行く。そんなふうに、思うよ」
 俺は今、猛烈に逃げ出したい。だってそうでしょ。とっても好きな女の子に腹ン中全部見透かされたような話をされてるんだから。恥ずかしい、を通り越しててっぺんが痛い。そんな八千穂ちゃんの眼。
「ヤー……俺は遠くないよ?ほら、今も目の前に、いるしさ」
「もぅ!そういうことじゃなくて!……そうやって遠ざけようとするー」
 苦笑いして俺が顔離そうとすると、グキィって関節が嫌な音を立てる。思い切り顔、両手で挟まれて正面向かされる。
「な、な、何さ、一体何だってばさ!」
「……怖がらないでよ…あたしたちのこと」
「怖、がる?って、俺が?」
「そうだよ。あたしたちはこーんな近いところにいる、ただのあたしたちなんだから」
 パチン、と小気味いい音。両手の平で頬を叩かれたと分かったときは、八千穂ちゃんはひらりと目の前から離れていた。あとは踊るように雪を手に受けてひらひら踊る姿が目の端に入るだけ。
「……怖い…ワケねーじゃん」
「本当に、そうでありマスカ?」
「ほーすけまで、何言ってンの。あー首痛い。グキッていったグキッて」
 首に手を当てて、今度は雪だるまを作り始めた八千穂ちゃんを見ていると、隣に立つ砲介がそっと俺の顔を覗き込んできた。
「……何だよ」
「八千穂ドノは、特別な力を持っていないただの高校生でありマス」
「そーだよ。可愛い可愛い女子高生だよ」
「自分も……銃を使えますが、ただの高校生でありマス」
 俺は砲介の視線から逃げる。けれど砲介の言葉は追いかけてくる。八千穂ちゃんは雪の中、くるくると雪玉を大きくしていく。
「九龍ドノも、ここにいる九龍ドノは、ただの高校生でいいのではないでしょうカ」
 砲介の言葉が追いかけてくる。八千穂ちゃんは雪だるまを作っている。俺は、どこかに逃げ出したい。
「九龍ドノは、今、ここにいるのでありマス」
 俺は逃げ出したくてたまらない。砲介はゆっくりと息を吐き出した。八千穂ちゃんは雪の上で滑って転んだ。
 俺がほとんど呆然としている間に、砲介が駆け寄って八千穂ちゃんを助け起こす。顔は見えないのに、砲介が今微笑んでるんだろうなぁってことはなんとなく分かった。八千穂ちゃんは照れたように顔を赤くして笑った。
 俺はここにいる?こうして冷たい空気の中に立っている。本当に、『俺』が?もうなんだかワケが分からなくなってきた。
 仕方がないから石碑を読んで、次の部屋に進むことにした。
 表面より古代神代文字を検出。『御祖神の新しい宮殿に、火燧臼で煤が長く垂れるまで焚き上げ、地底の岩盤を焚き固まらせた。』
 火燧の臼杵ってのを引かれた導火線の上、屋根のある祭壇のような場所に設置、くるりと向きを変えると導火線を火が走って最終地点の大岩が、ドカン。
 共同作業で雪だるまの頭部分を持ち上げようとしていた二人は、驚いてそれを地面に落としてしまったようだ。雪だるまの頭が、ただの雪片になる。ゴメンね、驚かせて。
 二人が「あー……」と落胆するのを見ながら、無意識に、俺は銃に手を伸ばしていた。
 廃墟に置き去りにした、俺の魂。
 今は、一体どこにいる?