風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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7th.Discovery Brew - いつもと違う風が吹く -

 闇夜の静けさ、乾いた空気、鼻に付く饐えた臭い……廃屋街の周辺ではいつも普通とは違う雰囲気が漂ってイル。自分の所属するGUN部はここでサバイバルゲームをやっているガ、今日は違ウ。誰よりも強く在る彼の気配ガ、この場所に違和感を生み出してイル。
 ガスマスク越しに見た世界が違うわけではナイ。ただ、風の匂い、とでもいうのカ。しんとした冷たく静かな空気が辺りに満ちていくのが分かるのハ、もう自分が何にも囚われていないからであろウ。
 銃を構え、匍匐の状態から周りの様子を探ル。自分の上には隠蔽用のスクラップが被せてあり、夜の暗闇の中ではそう簡単に見つからないハズ。廃屋街のあちこちにはGUN部の仕掛けたトラップが張り巡らせてあり、暗視用のゴーグルでも使わない限り見つけるのは難シイ。
 今日の彼は遺跡に潜る重装備ではなかっタ。暗視ゴーグルがないならいくら彼といえども簡単に自分を捕捉できるはずがナイ。
 葉佩九龍ドノ。今日の相手は彼ダ。猫を思わせるような人を翻弄させる動きと反射神経だけでも目を見張るものがアル。しかも銃にも精通し、何よりもデュアル・ハンドガン・コンバット・シューティングの卓越した技量とセンスを持つ。自分の知る限り、最強を纏う方。
 彼がどこでそんな力と技術を身につけたのか、自分は知らナイ。一番近しいであろう皆守甲太郎ドノに聞いてみたが、彼ですら知らないと答えタ。そして、九龍ドノも曖昧に笑うだけで、答えてはくれナイ。
 雨上がりの空気、生温い風が吹イタ。ふと、遺跡での彼を思い出す。九龍ドノを撃つことを迷い、躊躇っていた自分を蹴り飛ばし、その後。
『―――撃てよ』
 自らの額に、自分の銃を向けた九龍ドノの目は、冗談ではなかッタ。自分が意志を持って引き金を引いたとしても、間違って指に力を入れて撃ってしまっても構わない……そんな目をしていたのでアル。
 真っ直ぐで意志の強い目。あれほど視線に晒されることに恐怖していた自分ガ、あの目の元では恐れるどころか、なぜか安堵シタ。迷いを見透かされ、大切な物を忘れていた自分の奥底を叱責された、そんな気分になったのでアル。
 自分は、あの眼差しに救われタ。そう思っているのだが、九龍ドノ本人は「そんなことないよ」と笑うだけでアル。
(九龍ドノ――…)
 彼は今、どこにいるのカ。この廃屋街の見えない場所に潜み、自分の姿を探しているのかもしれナイ。
 その時、遠くで金属音が鳴っタ。トラップの合図!場所は―――第三ポイント。
 掛かった、そう思って物陰に隠れながらもトラップの場所へと急いダ。本当に掛かっていれば蛍光ペイント弾が付着し、暗闇でも視認がしやすくなるハズ。
 そうして到着した第三ポイント、トラップを設置していた場所には確かに作動した後がアリ、辺りには蛍光塗料が撒き散らされてイタ。
 まだそう遠くへは行っていないハズ!仕留めるなら今ダ。銃を構え、気配を探りながらの索敵。
 ふわりと、流れていた風が止まっタ。ぬかるんだ泥や淀んだ空気が一瞬だけ停滞し、次の瞬間。
 痛いほどの緊張感が辺りに走り、底抜けにまっさらな風が自分の横を駆けた気がシタ。それが気のせいだけでない証拠に、突然爆音と共に煙が巻き上がったのでアル。突如として視界は煙幕に被われ、トラップに掛かったのはこちらだと、気付いたときには遅かっタ。
「クッ―――どこだ…!」
 この煙のどこかにいる、九龍ドノの姿を探シタ。しかし、見つかるはずがないノダ。
 自分の探していた姿は、案の定襲撃してきたが、その方向が予想外だッタ。
 煙が切れル。空気の裂け目、その気配を感じて上を向く、そこには今まさに落下してくる黒い影があったのでアル。
「―――ッ!!?」
 咄嗟に身体を捻り、回避スル。同時に持っていた銃で降ってきた九龍ドノを攻撃。だが、着地と同時に飛びすさった彼には当たらナイ。しかも漆黒の姿は煙幕の中に消え、姿をロスト。
 見失い、闇雲に散弾しても効果はナイ。すぐにその場から離れ、体勢を整えようとした自分に向かって、弾が飛んでキタ。それが九龍ドノの消えた方向ではなかったために焦って回避行動に入る。
 気配が感じられない、まるで風を追うような感覚に陥りそうになッタ。
(どこだ……どこに―――?)
 一瞬間だけ、物音が聞こえタ。そちらを向き、引き金を絞ろうとした自分の後頭部に突き付けられる硬い感触。凄まじいまでの殺気と、気迫。思わず、背筋が震えタ。
「終わりだ」
 冷え冷えとした声が、ゲームの終わりを告げタ。普段よりもずっと低い、けれど、確かに九龍ドノの声。
 負けたことを実感しながら、持っていた銃を落としタ。
「自分の完敗、でありマスッ…」
「ま、イイ線いってるけど、詰めが甘いってトコ、かな」
 振り返ってみると、九龍ドノはいつもと変わらぬ笑顔で自分を見ていたのでアル。すぐに銃をしまい、自分が立ち上がるのを手伝ってくれタ。
 九龍ドノは防弾ベストで着ぶくれた自分の胸を軽く叩き、いつものように戦闘を評スル。
「この辺はトラップが張り巡らされすぎてて、逆に目立っちゃってんだよ。GUN部もここでサバゲーやるなら、トラップは三分の一に減らした方がいい」
「ハイッ!」
「後は、……まぁ、今回はたぶん俺の夜目が利きすぎたのが勝因、かな」
「そうなのでありますカ!?」
「これくらいの闇の濃さならね、ノクトビジョンなしでも通常戦闘ができる。でもこれは俺の特性だからしょうがないんだよな」
 困ったように笑い、落とした銃を拾って自分に渡してくれタ。
 九龍ドノは、頼めばこうして『戦闘訓練』に付き合ってくれるのでアル。GUN部の活動に参加してくれることもあれば、自分個人の訓練の相手をしてくれることもアル。どちらにしてもその度に的確な指示と意見を我々にもたらしてくれるタメ、GUN部の部員からも信頼されてイル。もちろん、自分も九龍ドノを信頼しているし、何よりこの訓練そのものがあの化人の蠢く遺跡で、少しでも九龍ドノの力になりたいからこそのものなのダ。
「……貴殿は本当にお強いのでありマス」
「んなことねーよ。場数の問題。それから覚悟」
「撃つ覚悟と…撃たれる覚悟、でありますカ…」
「そ。でもさ、そんなモン、実戦慣れすりゃ嫌でも身に付く。……んでもって、身に付かない方が、幸せなのかもしんない」
 九龍ドノと、我々執行委員が遺跡で戦うとき、決定的に違うのがそれダ。我々はまず、九龍ドノを守ろうと動く。大して九龍ドノは、化人を屠ると決めたら迷いなく葬ることでバディを守るという戦い方ダ。
 これも聞いた話なのだガ、少し前まで―――自分のエリアに来るまでは、九龍ドノもバディを守ることを念頭に置いた戦い方をしていたという。
「砲介は戦い方とか気配の消し方が甘いけど、俺はその甘さ、好き」
「そ、そうでありますカ!?」
「甘さ、忘れちゃダメだよ」
 廃屋街の瓦礫の上に座りながら、九龍ドノが持ってきてくれた魔法瓶のコーヒーを飲む。ガスマスクを外せない自分のためにストローまで用意してくれる心遣いが嬉シイ。
 その間もそれほど頻繁には自分の方を見ないようにもしてくれル。九龍ドノの視線なら、受け容れることができるのだが、いつも彼は「無理はしなくていいよ」と言うのダ。
「でも……戦えば、戦うほど、強くなれるのナラ…それで、九龍ドノのようになれるナラ…」
 その先を、九龍ドノが立ち上がることで遮ル。一瞬、背中が全てを拒否した、ような気がシタ。
 ざらり、と風が吹ク。
「戦って、戦って、戦って―――何を得られるっていうんだよ、なァ?」
 九龍ドノが、振り返ル。月光の下、微笑んでいるのに眼差しだけがどこか哀シイ。その髪がさらさらと流れていくのが、酷くゆっくり見えタ。
 廃屋街に、風が吹ク。淀みも静寂も押し流す、冷たく黒い、風が吹ク。

End...