風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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7th.Discovery 地獄の才能 - 4 -

 放課後。
 最近ではそこそこ教室での出没率が高いともっぱら評判な甲太郎(と言っても、俺が来る前のことは知らないから、実感としてはあんまりないけど)、伸びをしながら近付いてきた。
「やれやれ、今日もやっと終わったな。雨も止んだようだし、とっとと寮に引き揚げるか」
 雨は、五限の途中から止んでいた。天気はまだ曇りって感じで、時折小雨が降ってくるっていうグズつきっぷりだけど、傘がないと帰れないって感じじゃない。外部活なんかは水捌けした後、部活やるって言うしね。八千穂ちゃんも、テニスコートを整備したら部活だって。
「う~ん…。いっつも不思議だったんだけどさ」
「何だよ」
「皆守クンって、毎日こんなに早く寮に帰って何してるの?」
「何ってそりゃあ……昼寝とか……、後はまあ―――昼寝とか」
 思わず吹き出してしまう。ホント、一日何時間寝てるんだろ、こいつは。
「うわ、信じらんないッ。ホンット不健康なんだから」
「俺が健康だろうと不健康だろうとお前に関係ないだろ。それに人にはそれぞれのペースってもんがあるんだ。なァ、九龍」
「ま、そうだとは思うけど」
「だろ?他人にガタガタ言われる筋合いはないな」
 そう言った甲太郎が、じろりと八千穂ちゃんを見下ろすのを見て、思わず要らん助け船なんか。
「八千穂ちゃんは皆守が身体壊すんじゃないかって心配して言ってるんだろうから、ありがたく受け取っておけば?」
「そう、そうそう!さっすが九龍クン、いいこと言うなぁ。皆守クンもそんな捻くれたことばっかり言ってないで、もっと色んなことにチャレンジしてみればいいのに」
 折角時間があるんだからねー?って相槌を求められるけど、仕事を手伝わせたり資料の整理を手伝って貰っちゃってる俺としてはあんまり強いことが言えません。
「チャレンジねェ。なら今度、試してみるか。一日何時間眠れるか」
「《昼寝同好会》で選手権とかやろうよー」
「って、お前、大して寝ないだろうが」
「昼寝は別腹♪」
 ていっても、一日の睡眠時間なら確実に甲太郎が優勝だよなぁ。
「でもさ、皆守、今日はもう昼寝したじゃん?」
「誰かさんが髪引っ張ったり鼻摘んだりしてこなければ、気持ちよく寝れたんだけどな」
「……へ?」
 思いもかけない言葉に、息がつまる。
 髪、引っ張ったり、鼻、つまんだり、確かにした。けど、えっと、それはつまり、保健室での甲太郎は、起きていたと言うことで。あ、あ、あの、色々触ったりしたこと、も、全部甲太郎には分かってた、ってこと?だよね?
「寝込みを襲うとはいい度胸だよなぁ、九龍」
「え?え?なになに?九龍クン、何したの?」
 甲太郎のにやりとした笑いと、好奇心いっぱいな八千穂ちゃんの眼差しを受けて……何にも言えなくなる。
 何で俺は甲太郎が起きてたことに気付かなかったんだろうっていうか何であの時あんなにべたべた触っちゃったわけっていうか何でこんな所で甲太郎はそんなことを言うんだろうっていうか…。
 そうやって、どこかに嵌って抜け出せなくなった俺の思考を引っ張り戻したのは。
 乾いた破裂音。俺の身体に染みついた感覚が、音を受けて硝煙の臭いや手に反動の感触まで一気に蘇らせた。
 ―――銃声だ。
 学校で、銃撃。その異様さに、俺は反射的に教室を飛び出していた。音の発生源は西側、だとすると階段の辺りだ。甲太郎と八千穂ちゃんが追ってくるのを気配だけで察知しながら、階段をまとめて飛び降りる。
 踊り場に倒れていた男子生徒は、目の辺りを押さえていた。手や廊下には血が伝い落ちている。目だとしたら損傷は深刻だ。駆け寄って、そいつを抱え起こした。
「大丈夫か!?」
「目が……、目がッ……!!」
 呻きながら目元を押さえる手を退かして血を拭うと、どうやら眼球周辺に損傷はないようだ。出血は派手だがこめかみに付いた傷は大して深くない。
「くそッ、執行委員……、生徒会だッ……」
「執行委員、が?」
「オレはただちょっと、文句を言っただけなのにッ……」
 持ってた救急キットからガーゼを出し、圧迫止血を施していたところに、後ろの二人が追い付いた。
「お前、撃った奴を見たのか?」
 甲太郎の問いかけに、負傷したヤツと一緒にいたらしい男子生徒は首を振る。
「お、オレは何も知らないッ。黒い影がちょこっと見えただけで……どこから何が飛んできたのかも分かんねぇよッ!」
 ……間違いない、銃撃だ。傷口がほんの僅か、火傷に似た腫れを伴っている。だとすればこの辺りに空薬莢が落ちているはず。
「うううッ……、オレの……、オレの、目が…」
「ダーイジョーブ。傷は浅いよしっかりー。目、開けてみ?見えるっしょ」
 呼びかけに目を開けた彼は、ちゃんと俺の姿が見えたのか、安心したかのように身体の力を抜いた。
 したら、横から見知った声が聞こえてきて、ビックリ。
「こめかみを掠ったせいで血が目に入ってるだけだ」
 男子生徒に肩を貸して立ち上がらせた声の主は、近くにいた奴を厳しい口調で呼んだ。
「おい、いつまでもぼうっとしてないで、とにかく保健室へ運んでやれ」
「でも、コイツを助けたら俺まで生徒会に―――、」
「そんなこと言ってる場合か!?目の前に傷付いた同級生がいる。助けてやるのが人間てもんだろ」
 喝が効いたらしい。立っていた奴は覚悟を決めたように唇を引き結んで、男子生徒に肩を貸した。
 二人が階段を降りていくのを見送っていると、甲太郎が思い出したかのように、「―――大和」と、俺の隣の人間に呼びかけた。
 夕薙のダンナは、呼びかけた甲太郎じゃなくて何故か俺を振り返り、頭に大きな手を乗せてきて、
「よお。まったくここは相変わらず賑やかな學園だな」
 そう言って、笑った。うーん、学校内で発砲事件発生したのにこの余裕。すげぇ。
「ね、あの子……、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だと思うよ。頭だったけど意識ははっきりしてるし」
「ああ。ざっと見ただけだが、大して深い傷じゃなかった」
 ねー、と二人で頷き合ってたら、見ていた甲太郎に引っ張られた。夕薙は肩を竦めて見せたけど、それ以上は何もなし。その代わり、
「…それにしても、随分と物騒な匂いが残ってるな」
「何だよ、俺には何も匂わないぜ」
「まァ、甲太郎の鼻はカレーとラベンダーの違いくらいしか分からないからな」
 今度は八千穂ちゃんと二人で吹き出した。睨み降ろされて、慌てて引き締めるけど時既に遅し。こめかみを拳でごりごりやられる、痛ぇッ、痛いってばよ!訴えてるのに何でお前はそうやって平然と何事もなかったかのようにダンナと話を進める!?
「勝手に言ってろ。で、結局何なんだ」
「決まってるだろ?硝煙の匂いだよ。どれだけ腕に自信があるか知らないが、こんな放課後の校内で銃を振り回すような輩が、正常な法の執行者であるとは俺には到底思えない」
 そんなコト言っても、俺には何が正常でどれが異常だか、分かんないんだよね。
 ただ、言えることは。
「法の執行者なんて、得てしてこんなもんでしょ」
「ほぅ?」
「法という楯を持ってるだけで、それが正義かはだぁれも、正しく判断できないんだもん」
 日本の警察は、法の執行者じゃない。犯した人間を処罰はすれども、犯さないよう管理することはない。けれど、恐怖政治を布く国の独裁者は人間を管理したがる。力で人間を抑圧しようとする体制に多い傾向だ。
 この學園は、どうなんだろうね?
「……九龍、君は、今の《生徒会》のやり方に、君は賛同できるかい?」
「校内で発砲は、ないんじゃね?」
「そうだな。《生徒会》が真に學園の生徒のための組織ならばこんな暴挙には出ないはずだ」
 暴挙、確かに。でも、何かが食い違っている気がしてならない。
 これは本当に《生徒会》の意志なのか?俺には、手足が頭の指令とは別の何かで動いてるように見えるんだけど。噂とか、正義とか、そう言うことに惑わされて、何かが見えなくなってる辺り、ファントム―――幻影が一枚噛んでる可能性がある。
「でも、どうしてファントムは来なかったのかな?案外恥ずかしがり屋さんとか?」
「さァ……どうだろうな。ただ、ファントムを見た者たちの話から察するに、いつもは影から様子を見ていたのではないかという早さで駆けつけるようだがな」
 つまり、自分が出る一番ベストなタイミングで登場するってわけ。ますます気に食わないね、ホント。
「暴走する法の執行者と幻影の如き謎の救世主か……。どうやらこの學園の謎はますます深まってきたようだ」
 って言いながら、何か楽しそうだよ?ダンナ。
「だが、俺は君ならば、その真実に迫ることも不可能ではないと思ってる。どうだい?自信の程は」
「……真実なんて、俺には見えないよ」
「ふむ……何か、気に入らないことでもあったのか?」
 げッ。いけね。
「全然、別に、何でもないよー。大丈夫。そんなコト言われたら頑張っちゃうよ、俺……んぐッ」
「大和……お前な、あまりこいつを焚き付けるのはよせ」
 語調を強めた甲太郎が、同じく強い力で俺の肩を引いて、なぜか口元を覆ってくる。え?俺、発言権なし?
「この學園の禁忌に近付けば待っているのは《生徒会》による処罰だけだ。いくら《転校生》とはいえ、命を懸けるほどのものなんてないだろ」
 したら、今度は夕薙のダンナに腕を引っ張られて、肩に腕を回された。
 ……甲太郎、めっちゃ、顔怖ぇ。
「それは九龍の決めることであって、甲太郎には関係ないことだろう?そもそも甲太郎こそ、どうしてそんなにムキになる?」
 余裕ぶっこきまくりの言い方にカチンと来たのか、甲太郎は引き戻した俺の肩を、両腕で思いっきり拘束してきた。あのですね、これ、抱きしめるって、表現しません?俺、息が色んな意味で詰まってますが。
「それこそ、お前には関係ないことだろ?」
 言い捨てた甲太郎が、小さな声で「つーか触るんじゃねぇ」と言ったのが、超至近距離の俺には確かに聞こえた。本気で、口から魂出そうだ…。やばーい、静まれ心臓、落ち着け俺!
「え、ちょ、ちょっとちょっと!!どうしちゃったの二人とも。何だか、変だよ?」
「………」
 渦中の俺、頭真っ白。甲太郎とダンナが睨み合いみたくなってるのも、何だか自分に関係ないことのように思えてくる始末。
 何とか甲太郎の胸を押して離れると、奴の顔を見ないようにして二人の間に割って入った。
「ま、まぁまぁ、ね?二人とも、顔怖いぜ?特に皆守、ヤだよー、般若みたい」
「………」
「ほら、けんかをやめてー、二人を止めてー…」
「私のために争わないでとか言ったらマジ蹴り喰らわせるぞ」
「…すいません」
 首根っこ掴まれてずるずる引っ張られ、結局は甲太郎の隣へ。あっちゃー、って顔して夕薙のダンナを見上げると、やれやれって肩を竦められた。
「確かに、九龍のことで俺たちが口論するのもおかしな話だな」
「そーでしょ?ねぇ」
 おそらくは引きつってるだろうって顔のまま、八千穂ちゃんとダンナに同意を求めてみる。
「さて、と。ああ、そうだ、甲太郎―――」
「……何だよ」
「たまにはカレー以外も食えよ?」
「「ぶッ」」
「余計なお世話だッ!!」
 甲太郎君たら図星さされて怒鳴ったついでに俺の首締めてきましたが、腕で。ヘッドロックって?痛ぇよ!
「あははッ、それは言えてるかも」
「お前も笑うなッ!!」
「ははッ、それじゃあな。俺はいつも通り九龍の活躍を楽しみにしてるよ……っと」
 手を振って立ち去ろうとしたダンナ、ふと立ち止まる。憐れみの目で俺を見て、
「甲太郎、九龍の首、絞まってるぞ」
「あぁ?………あ。」
「それじゃあな」
 爽やかに去っていく後ろ姿を俺の魂は追っていきそうになるんだけど、寸前で甲太郎は腕を解いてくれてセーフ。おかえり、俺。
 そんな半死半生の俺を無視しくさって、八千穂ちゃんは呑気に顎に指を当てて。
「……生徒会、か…。確かに約束事は必要だし、それを破る人にはお仕置きも必要かも知れないけど」
「お仕置き、ね」
 そんなレベル、ちょいダンチな気がしますが。
「でも、だからって、ここまでする必要がホントにあるのかな?生徒会って、本当は…なんなの?」
「………」
 しーんとした時に、廊下にチャイムの音が響いた。気が付けばさっきまでいた野次馬も捌けてて、そろそろ下校の音楽がなり始める時間。
「あッ、もうこんな時間ッ。やばッ!!部活、遅れちゃうッ。それじゃ、あたしは行くけど、二人とも、あんまり危ないことに首突っ込んじゃダメだよ?」
 忙しげに階段を駆け降りながら、半ば辺りで振り返る。
「九龍クンも……、気を付けてね?」
「ラジャ!任されて♪」
「もォ~、ホントに分かってるの?相手は銃持ってるんだよ?遠くから狙われたらッ………ホントに、危ないんだからねッ」
 あーらら、銃使いが銃に気を付けてとか言われちゃったよ。参ったね、コリャ。
「分かってますって、ホラ、八千穂ちゃんの愛をお守り代わりにしとくから」
 投げキッスをしたら可愛く舌を出されて、悩殺。軽やかに去っていった八千穂ちゃんの後ろ姿にしばし見惚れていたら、横で甲太郎がぽつッと、呟いた。
「《生徒会》は本当は何なのか、か……。ん―――?」
 携帯が鳴る。俺の着メロだけど、俺宛じゃない。甲太郎のだ。学ランのポケットに入ってたのか、耳元で音がして結構ビックリした。
「メールか………チッ」
「どったの」
「俺もお前と一緒に帰ろうと思ってたんだが、ちょっと用事ができた。もう下校の鐘が鳴ってる。俺に構わず校舎を出ろ。いいな?」
「え……?」
 早口で言い切った甲太郎は、玄関と逆方向、階段の方に踵を返す。あ、置いてけぼりですか。
「お前は……いいのかよ、下校、時刻とか」
「…………」
 無言で肩越しに、俺を振り返って、それから視線の高さを合わせるように少し屈む。俺がチビだって?どうせ発育不良だよチクショウがッ。つーか近いよッ!!
 居たたまれなくなって視線を下げたら、いきなり、顎を軽く持ち上げられた。
「……んな顔すんなよ。俺も用が済み次第すぐ行く。お前が校舎を出る頃には追い付くさ」
 ぐはー…破壊力マックス。
「じゃあな、九龍。気を付けて帰れよ。……急いでな」
 頭の前の方をぐしゃって感じで掻き回されて、その後、甲太郎は階段を上がっていった。
 数分、あ、いや、数秒?ぼけーっと、誰もいなくなった廊下を見詰めてたんだけど、最終通告のようなチャイムの音で、我に返った。
 異様に火照った首に手を当てると、もう滅茶苦茶熱いでやんの…。
「……一体どんな顔してたっつーんだよ」
 踊り場の鏡を見ても、別段変わりのない俺が居るだけ。あ、顔赤い。ヤベ。
 あー、もうッ!!ルイセンセー!葉佩九龍の脳ミソがおかしいです、ヘールプミー!
 ホント、ヤだ。力一杯嫌だ。絶対元に戻ってやる。甲太郎が言うように、『友達』で普通に一緒にいられるようになってやる。脳ミソすげ替えてでも!!
 ……てかね?俺、なんてーの?こういう誰かに心臓バクバク言わされんの初めてでさ…。だから、これが何なのか、分かんないのが現状。女の子にぎゃーぎゃー言うのも…その、言われたようにフリ、だし。
 もちろん、真里野と打ち合いしたときの一対一の研ぎ澄まされた感覚とか、その上での興奮状態ってのは何度もある…んだけど。ぶっちゃけ女の人と寝ても、それって要するに単なる処理で、惚れた腫れたもすったもんだも、なんもなかったんだよね。
 ほ、ほら、誰かを好きって言うアレは、こんな不安定な状態じゃなくて精神的に安定することをいうじゃん?俺、『あの女』のことは好きで、確かに愛していたけど、こんな風じゃなくて、一緒にいると安心できるって言うか、共に在ることが当たり前で、凪いだ海みたいに穏やかで何もかも、預けても大丈夫だっていう信頼があって。だから、甲太郎のは好きとは、違うんだと思う。
 だとしたら、何?何なの?落ち着かない、不安でしょうがない、かと思えば動悸、眩暈、息切れ、養命酒。いや違う。違う違う。
「う゛ー…」
 踊り場でしゃがみ込んで、下校時刻も忘れて呻っていると、突然上から声が降ってきた。
「む―――、葉佩ではないか」
「う゛?あ、真里ちゃん」
「真里ちゃんは止めろ!」
「真里っぺー」
「それも却下だ」
「剣ちゃん♪」
「ダメだ」
「剣介ちゃぁぁぁん」
「…悪寒がする」
「結構我が侭だね、真里野」
 しゃがんで膝に顔埋めたまま視線だけで着流しを見上げると、ようやく眼帯に行き着いた。
「拙者は断じて我が侭ではないぞ。それより九龍、どうされた?このようなところで、具合でも悪いのか?」
「今、ドサクサに紛れて九龍って呼んだー。エッチー」
「なッ!!いや、拙者は、断じてその、そういう意味では、そうではなくてだな、今のは物のはずみで…」
「そんな恐縮しなくてもいいよ、九龍でよろしくて」
 真里野と話すと何だか和むー。
 何とか頭も落ち着いて、屈伸してから立ち上がった。真里野は未だに視線を彷徨わせてオロオロしてる。
「真里野は、どったの?帰らんの?」
「ああ、そうだ、丁度いいところで会った。お主にこれを渡そうと思っていたのだ」
 そう言って、取りだしたのは鍵。出ました、仲良くなるとみんながくれる必殺仲良しの鍵。
「拙者の管理している鍵だ。好きに使って役立てるといい。これでいつでも道場に入ることができる」
「おぉう」
「銃などという無粋な物にばかり頼らず、お主もたまには道場で汗を流してみるといい」
「そん時はお相手してね♪一人でなんてつまんないもん」
 そう考えると暇しなくていいよね、俺。ボクシング部行けばワンコが遊んでくれるし、剣道部行けば真里野が遊んでくれるし。
 鍵をポケットにしまっていると、さっきよりもちょっと硬質な真里野の声。
「九龍、下校の鐘が鳴ってしばし経つ。急いで校舎を出た方がいい。今の《執行委員》のやり方は常軌を逸しておるからな…」
「やっぱり、そう思う?」
 俺は、鍵をしまったポケットから、逆にさっき拾っておいた薬莢を取りだした。
「これ。校内でこんなの撃ってるのがいるんだよ」
「一般生徒に向かってか?」
「ついさっきだよ。怪我は、大したことなかったんだけど」
 指で空薬莢を弾いて手の中に戻すと、真里野は顎に手を当てて何かを考えてるらしい。
「……ひょっとすると、あの白い仮面の男の仕業やもしれぬ」
「白い仮面…て、噂のファントム?」
「そのように呼ばれているかは存ぜぬが、あの者、お主と会う前にも拙者の前にも現れ、『力を貸す』などと怪しげな事を申していた」
 力を貸す、が教員拉致ることかよ?ふざけたー。
「それに、彼奴はお主のことを邪悪な意志を持つ者だと。だがお主は《執行委員》たちに真っ向から勝負を挑み、その魂を解放してきたのではないか?」
 ……ムツカシイ、なぁ。それもある意味、各々の見える真実が違うって事だろ?《生徒会》にとっては邪悪な意志かもしれない、でも、俺にそんなつもりはない。今までの《執行委員》は俺を排除しようとしたけど、今は友達として隣で笑ってくれてたりする。
「…真里野は、どう思ってんの?俺、約束破ってあまつさえ女の子を戦いに送り出したんだぜ?奸計って言われたって、否定できねーもんよ」
「……だが、拙者の目にはとてもお主が彼奴のいうような者には見えぬのだ。今の拙者には、彼奴の言っていたことが偽りであると分かる。お主とこうして相対してみた今ではな」
 ま、真里野ってさ、かなり天然で凄いこと言ってのけると思うんだ。こないだもさー、手合わせっつーの?してたら、いきなり『お主を護りたい』とかって、べっくらこいたぜ。しかも面と向かって、何でもないことのように言うんだもん。
 これもある意味、心臓に悪い。
「……と、ところで九龍。お主…七瀬殿とはッ…」
「だーかーら!!何でもないってば、何度言わせんだよ!しつこい男は嫌われるぞ真里野剣介!それともそげに俺が信用できんかね!?」
 勢い込んで詰め寄ると、押されて真里野が首を振って後退る。
「そんな事はないぞ!い、今のは忘れてくれ!」
「分かってくれればいいですが。あのね、言っておくけどそういう根も葉もない噂で女の子は傷付くんだぜ?護ってやらなきゃいけない奴が噂に振り回されてどーするよ!」
 トン、と胸を軽く突くと、焦ったように何度も頷いてきた。
「その通り、だな。肝に銘じておく」
「うむ。苦しゅうない」
「引き留めて済まなかったな。もう時刻も回っている。気を付けて帰られよ」
 それでは御免、と一礼して、真里野はサムライらしく去っていった。
 俺は俺で、これから荷物取って来なきゃいけないから、完全に校則違反な時間に帰ることになる。暴走執行委員に見つからないといいんだけど、とか思いながら鞄を取ってきて、玄関に向かった。
 そう言えば一人で帰るのは久しぶりかも知れない、なーんて、ぼけーっと靴を出してた俺は、唐突に凄まじい怖気に襲われて振り返った。
 身体が、電流喰らったようにバチバチいってる。相当危ないはずなのに、威圧感を感じて逃げようなんて考えられない。
「《転校生》か」
 立っていたのは、黒尽くめの男。背が高くて、ガッチリしてて、表情の乏しい迫力のある奴。
 直感が言った。『これが、総統だ』と。親玉、賽主、頭目。この學園の、トップ。
「校則で定められた下校の時間はとうに過ぎているぞ、転校生―――」
「そりゃ、すんません」
 とりあえず頭を下げておくと、廊下に立っていた男は玄関先まで降りてきた。
「こうして顔を合わせるのは初めてだな、葉佩九龍。俺の名は阿門帝等。この天香學園の《生徒会長》を務めている」
「どーも、3-C転校生の葉佩九龍でっす。好きな女の子のタイプは運動神経良くて好奇心旺盛で文学少女で爆弾使えてゴスロリで白衣で出席簿いつも持ってるマミーズの制服が似合うような子です♪」
「それが、お前流の挨拶か」
 そうそう雰囲気に呑まれてるわけにもいかないしね。怯んだら、結構痛いトコまで覗かれそうな気がして、先に防衛線を張る。
 笑顔でバリア。引っ剥がされないように、踏ん張る。
「お前には聞いておかねばならないことがある」
「スリーサイズは言えるけど身長と体重は聞かないでくださいな」
「……教えてもらおうか、あの《墓》の中で何を見たのかを」
 のっけからカマ掛けられたけど、構えてれば慌てることもない。にーっこり、笑ったまんまで。
「《墓》って校則で立ち入り禁止になってるんじゃなかったっけ?俺が、そこに入ったって?」
「…………」
 値踏みするような視線が頭の先から爪先まで。行って、戻って、また視線がぶつかって。
 生徒会長殿は、僅かに口元を歪めた。どうやら笑った、らしい。
「ふッ…まァ、いいだろう。だが、これ以上《墓》に足を踏み入れるつもりならば、《生徒会》は葉佩―――お前を不穏分子と見なし、相対せねばならない」
「あら、まぁ」
「俺の忠告に従うも従わざるも、お前の自由だ。さァ、どうする?《転校生》―――」
 ここで嫌です、なんてね。わざわざ神経逆撫ですることもない。
「ご忠告なら、ありがたく受け取っておきますよーん」
「それが、賢い者の選択だ。だが、忘れるな。もし、今度、《墓》に入るようなことがあれば…」
「もっとも、ちゃんと実行できるかどうかは定かじゃないですが」
 靴を両手に持ったまま戯けて肩を竦めると、生徒会長の目が、ほんの僅か鋭くなる。
「……その時は、お前の身の安全は保障できない」
「心得ておきます。でも俺、阿呆だから。忘れちゃったらごめんなさーい」
 俺の笑顔に呆れたのか言っても無駄だと思ったのか、生徒会長は鼻を鳴らして立ち去ろうとした。その背に、言っておかなきゃならないことがある。
「阿門」
「……何だ」
 振り返った生徒会長に、拾った薬莢を投げ渡す。片手で器用に受け取った会長は、これが何だとでも言いたげに俺を睨む。
「9mmパラベラム。銃声は一回のみ、壁に傷は付いていたものの、めり込んではいなかった。おそらくハンドガンから射出されてもので、ハンドローディングされた弾―――オモチャのエアガンなんかじゃない」
「…………」
「ついさっき、校内で生徒が撃たれた。《生徒会》の陰口叩いてたらしい。で、粛清だと」
「そうか」
「―――いくら何でも、やり過ぎじゃないのか」
 薬莢を握る会長の拳に、力が籠もる。
「あんたらが何をそんなに隠したいんだか護りたいんだかは知らないけどな。力を持たない人間への弾圧ってのは、はっきり言って気に食わない」
「それが、お前の正義だとでも言うつもりか」
「まさか。考え方が反体制なだけだ」
 言いたいことだけ言って、下足に足を突っ込んで玄関を出ようとすると、
「逆に、忠告されるとはな」
 と、独り言とも俺に言ったとも取れるような声が追ってくる。
 だから一応、振り返っておいて。
「忠告なんてとんでもない。ただの青少年の主張です。そんじゃ、ね」
 手を振って玄関を出て、そこで初めて気が付いた。
 一般の生徒が銃撃されたということ。力のある人間が力のない人間を傷付けたということ。
 今までの《執行委員》もそんな感じだったけど、今回は得物が同じだからかなんなのか。
 俺は、かなり怒っているらしい。
 自覚して、一体何に対して怒ってるんだと考えを巡らせたその時。

「――――遅いッ!!下校の鐘はとうに鳴り響いたゾ!!貴様の行いは、神聖なる學園の生徒として言語道断でアルッ。よって、貴様を《生徒会》の法の下に処罰スルッ―――」

 宣誓と、弾薬の装填音。
 相手の姿は見えない、けれど。
 化人と対峙するときとは違う……銃を持つ、人間との対峙に神経が逆立つ。
 
 湿った空気、小雨の空の中に、戦闘が始まる匂いを感じた。