風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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7th.Discovery 地獄の才能 - 5 -

 攻撃の宣誓をした声には聞き覚えがあった。
 昼休みに、俺に見るなと訴えたあの男。ファントムじゃなかったようだが、《執行委員》だったのか。今はそれをどうこう考えるときではないから、すぐさま思考から抹消する。
 声のした方向と距離を、頭の中で瞬時に計測。
 相手の得物は、おそらくハンドガン。サイレンサーはなく、有効射程距離は長くない。一発、発射すれば着弾場所から発砲場所を特定することは容易だ。
 咄嗟に中庭の方へと駆けた。付近の校舎の壁に着弾する音。あっちだ―――方向は、分かった。背だけは絶対に向けないようにしたまま、水道の裏に滑り込んだ。泥でぬかるむが、それを気にしている場合ではない。
「クッ、小賢しい真似をッ」
 相手にも隠れている場所が分かってるのだろう。二度、銃声が響いた。そのスパンがそこそこ空くことから、フルオート、バーストは使っていないことが分かる。
 最初に一発、ここで二発、ハンドガンの弾薬装填数は多くて十五、だが…この状況で俺が反撃できないとなれば装填する時間はいくらでもある。
 更に三度、水道のコンクリートに着弾したところで飛び出した。そのまま走る、つもりだったが。
「九龍ッ!」
 声がした。
 こういう状況で俺の名を呼ぶのは、あの女しかいないはずだった。あいつなら、加勢の期待ができる。銃をこっちに放り投げて、「無茶するんじゃねーよ!」とかって……でも、あいつがここにいるはずがない。
 なら、あいつだ。
 来るな、来ちゃ行けない。ここに、お前がいてはいけない。だから、その声はお前じゃいけない。
 そう思っているのに、振り返った先にいたのは、校舎から出てきたばかりの皆守甲太郎。俺の方へ走ってくるのが見える。同時に、どこかで銃声も聞こえた。
 何も、考えてはいなかった。戦闘中に背を向けてはいけないという鉄則に背いて、甲太郎の前に飛び出していた。頭で考える前に、身体が、勝手に。
 瞬間、首の辺りに熱が走る。だが、浅い。飛び込んだせいでバランスを崩した俺を甲太郎が抱きとめ、「大丈夫か!?」と言ってくるが、そんな事をしている場合ではない。
「ム……?他にもまだいたのカ」
「走れッ!!」
 甲太郎を中庭の方へ追いやり、その間に時間が稼げるようにわざと姿勢を低くしたまま声の方向を見る。
「逃がさンッ―――!」
 銃使いはうまく俺を狙ってきた。間一髪弾丸は逸れたものの、さっきからかなり精密な射撃をする。
「九龍、何してるッ。こっちだッ!!」
 このまま身を曝していたら間違いなく死ぬ気がして、俺は甲太郎の後を追いながら校舎の裏手へと回った。その間も銃撃は続くが……おかしい。
 もうハンドガンの装填数はかなり越えて射出しているはずなのに、銃撃は途絶えない。二挺にしても間がなさ過ぎる。途中で装填する気配もなく、次々と撃ち出されてくる。一体どんなトリックなのやら。
「クソッ……あの銃、一体何発弾が入ってやがるんだ」
 校舎裏で吐き捨てた甲太郎の声に答えるように、どこからともなく返事が降ってくる。
「どうしタ?もう逃げないのカ?言っておくが、弾切れを狙おうとしても無駄でアルッ。自分には、あらゆる鉛成分から自在に弾丸を作り出す《力》があるのでアルッ」
「……わざわざ解説、御苦労だな」
 謎は解けたが、状況は全く好転する気配がない。甲太郎を後ろ手に、声がする場所から後退するしか。
 最悪、俺が死んでも甲太郎が生きていれば問題はない。ロゼッタの替えならいくらでも効く。諸々のデータは一週間手を付けなければ自動的に死ぬようにプログラムは済んでいる。部屋は、ロゼッタが証拠くらいなら消してくれるだろう。
 問題は、ない。大丈夫。平気。
 頭の中で処理が終われば、それから先はそう、気負うこともなかった。今の俺がすべき事は、ここから皆守甲太郎を無事に帰すこと。
 覚悟を決めれば、普段の葉佩九龍の顔だってできるってもんです。
「地獄の弾丸が貴様等をどこまでも追い詰め、必ずや正義の鉄槌を下すのダ」
「ちッ……何が正義だ」
「甲太郎、刺激しちゃイヤンですよ」
「姿も見せずに、物陰から人を狙うような奴に正義を語る資格があるのか?」
 次の瞬間、銃弾が飛んでくるものだと思って身体を硬くした、けど。事態は想像とは違う方向へ動いたらしいね。
「ムムッ……」
 何を考えているのか、銃使いの彼はそこに姿を現しやがんの。ガスマスク、したまま。俺なら絶対にやんねーぜ?戦闘員としては、この行為は失態。だとすれば、銃の扱いには長けていても戦闘には不慣れって受け取りますがいかが?
「自分は、3-Dの墨木砲介でアル。《生徒会執行委員》として、校則に反した貴様等に処罰を与えルッ。処分を下す前に、名を聞いておこう」
「執行委員なら話が早い!有名人なんじゃないの?墓荒らし―――3-C、葉佩九龍でーす」
 墨木砲介、そう名乗った奴の方へ、一歩踏み出す。
 甲太郎が動く気配がしたけど、後ろ手で制止した。頭は切れすぎるほど切れるんだから、いざとなったら逃げてくれるっしょ。
 墨木は俺の声を間近で聞いて、昼休みの出来事に思い当たったらしい。
「その声……、貴殿は、昼間の―――葉佩九龍、そうか……《転校生》か…」
「どうもどうも、あんたが、まさか執行委員だったとは、ね」
 お互い変な形で会ったもんだと笑ってみせると、一度は『貴殿』になった墨木の俺への呼称が『貴様』に戻る。
「ただの違反者ではなく、相手が《転校生》とあらば話は別ダ。貴様は神聖なる《墓》を侵した大罪人でアルッ。あの場所は何人たりとも土足で踏み入ることは叶わぬ聖地であるッ!!分かったら、返事は!」
「ういーッス!」
 身に覚えがありすぎてどれが罪だかも分からない人間が、たかが不法侵入で罰せられるというのも間抜けな話だいね。
「よォーシッ!!その燃える情熱と心意気、貴様、なかなか見所があるゾ」
「そりゃどうも。つっても、ここで処罰されるんだろ?」
 出方を窺うように更に一歩、墨木の方へ。ハンドガンならCQB、つまり近接銃撃戦が得意と見て間違いない。でも、戦い慣れしてないとすれば、密着すれば俺のがたぶん強い。
「……お前が近頃評判の暴走《執行委員》か」
「今日もせっせと生徒をシバいてたようで」
「お前は本当に、自分のしていることが正しいと思ってるのか?」
 俺と甲太郎のユニゾン攻撃に、墨木の構える銃口が、ほんの少し揺らぐ。おいおい、こういう状況で揺らいだら、いい戦闘員になれないぜー?って、なる必要がないのか、日本では。
「……自分は…、自分は、法の執行者でアルッ。法を犯す者には制裁が必要なのでアルッ!!」
 それはまるで、自分に言い聞かせるかのような。自分のしている行為を、どこかで迷ってる、けれど正当化しなければ動けない。だから、正義は自分に、と言い聞かせる。間違っては、ないよ。
「兎に角、葉佩ッ、貴様は自分の敵ダ。自分は正義の名の下に法を執行する者であり、貴様こそが悪なのダッ!!」
 悪、ね。《生徒会》が白なら、俺は、真っ黒。紛うことなく、悪だ。
 何時の時代にも蔓延って、粛清されて、また生まれる黒。
「んなこと、言われなくても分かってる」
「ナッ……何だ、その目ハ……そんな目で、自分を見るナッ!!」
 見るな。それは、昼休みにも墨木が俺に言った―――見られるのが、怖いと。
 けれど今は、目を逸らした途端にズドンの可能性がある。銃を降ろさない限り、俺も引けない。
「ふん……顔を隠して、こそこそしながらでなければ何もできないような奴に、指図される覚えはないと思うがな」
「ウッ……クッ…」
 俺も、おそらく後ろに立つ甲太郎も目は逸らさないのだろう。視線に晒されて、墨木が苦しげに腰を折った。
「何だ……?」
「墨木?」
「見る、ナ……」
「おい、墨木、」
 一歩また、近付いたその時、墨木が銃を構え直した。トリガーに指が掛かっている。
「そんな目で!!そんな目で!!見るナアアアァァッ!!」
「危ない、九龍!!」
 避ける?まさか、後ろに甲太郎がいるのに、避けてたまるか。
 素振りも見せずに佇んでいると、墨木は撃てるはずの銃を持ったまま、立ちすくんでいた。
「……貴様…、何故逃げないノカ…。自分に撃たれるのが恐ろしくはないのカ?」
「お前こそ、だろ。こっちは生身の、丸腰の人間だ。でも、俺は悪なんだろ?だったら、いいよ。撃つことがお前の正義だってなら、やれば?――――殺せよ、さっさと」
 肩越しに、甲太郎を見る。首を振って、逃げろと合図をする。なのに、甲太郎は動かない。意図は伝わってるみたいだが、滅茶苦茶に怖い顔で俺を睨んでる。
 俺が撃たれるのを懸念して、動けないでいるのかもしれない。
「グッ……。貴様は、貴様は何故ッ……」
「ひとつだけ、言っておいてやる。―――迷うなら、銃なんか持つんじゃねぇ」
「自分の、この、銃ハ………正義の、タメニ……」
 下がりかけていた銃口が、再び俺を狙う。
「オオオォォォォォ―――ッ!!」
「九龍ッ―――!!」
 今度こそ、引き金に掛かる指が動いた。
 防弾ベストなんてもんは当然着てない。頭なら即死、胴体でもかなりヤバい。運が良くて手足だったとしても、大腿辺りの太い血管を傷付けたらアウトだ。
 そして、銃口は俺の頭に、向いていた。
 まるで銃と睨み合いでもするかのように、弾の射出を『見る』のを認識することもなく、死ぬ。
 はず、だった。
 なのに何故か、次の瞬間、俺の身体は誰かの腕の中にあって、目の前にさっき見たはずの着流し姿が立ちはだかっている。
 遅れてやってきた聴覚にはキィィィンという剣戟の音が。
「斬ッ――――!!」
 目の前にいるのは、真里野。そして、俺を庇うように抱きかかえたのは……甲太郎。
「ナッ―――自分の弾を切断するとは……貴様…」
「また、つまらぬ物を斬ってしまった……。だがこれも、友の身を守らんがため」
 五右衛門も真っ青。そんな剣捌きで弾丸をまっぷたつにした恐るべし真里野剣介(いや、俺、よくコイツに勝てたな)は、余裕綽々って顔で、振り返った。
「九龍、無事か?」
「…………」
「ど、どこか痛むのか!?すまぬ、拙者がもっと早く来ておれば…」
 ビックリして声が出ないのを、何か別のことと勘違いしたらしい。慌てて、俺は首を振った。
「無事も無事!全然どこも、大丈夫。真里野、凄いよ格好良いよ、惚れ直しちゃうよ、俺」
「う、うむ。そうか、ならば、いい」
 呆然と、真里野に見惚れていたら違う腕が、腰を引いてきた。
 ……甲太郎が、何も言わないのが逆に怖い。
「クッ…貴様ッ、裏切り者メッ―――」
「ふッ、お主の心に混沌が見えるぞ。何を信じ、何を疑うべきなのか―――それすら解らぬお主にこの葉佩九龍が斃せるはずもない」
「信じるべき、モノ……?」
 墨木が呻いたとき、どこからか甲高い声が聞こえてきた。
「警備員さん、早く~!こっちで銃声みたいなのが聞こえたんですよ~!」
 この声…八千穂ちゃん?
「……葉佩、次に会うことがあれば、その時は容赦なく―――撃つ」
「今だって撃ってただろ…」
 甲太郎の声が、低い、怖い、ヤバい。確実に、怒ってらっしゃる。
「五月蠅い!部外者は黙ってイロッ!ウッ………自分の、銃は…正義の、タメニ……ッ――」
 墨木は踵を返すと、あっと言う間に走り去っていってしまった。
「警備員か。お主ら二人ならば何事もなく切り抜けよう」
「そうだな。腰に刀ぶら下げた奴がいるよりは、丸く収まるだろ」
「ふッ……」
 それから真里野は、甲太郎の隣にいる俺に視線を移すと、
「九龍が無事で、よかった」
 って、にこっと笑った。
 思わずぽーっと、笑顔に魅入ってしまいました。……真里野、それ、女の子にやれば効果覿面だと思いますよ…。
「それでは、拙者はこれで」
「う、うん。ありがとな!」
 墨木が去っていった方へ真里野が歩いていく。角を曲がるのとほぼ同時に、元気のいい女の子の声が飛び込んできた。
「ハイ、警備員さーん、ここですよ――――ッて!!二人とも、大丈夫?」
「八千穂―――ってことは、警備員なんてのはウソだな」
 現れた八千穂ちゃんはばっちりテニスルックで、いかにも部活中でしたって感じ。
「だって、部活に遅刻した罰でランニングさせられてたら、銃声が聞こえたんだもん!!それで慌てて駆けつけたら九龍クンと皆守クンが襲われてて、もォ~、どうしようかと思って……」
「って、銃声が聞こえたらとりあえず逃げなさい!八千穂ちゃん、外国に行って銃声聞いて逃げなかったら危ないんだからな!?」
「う、うん……でも、二人とも無事で本当によかった~」
 無事…と言えば無事だけど、ぬかるみに突っ込んだり転がったりしたせいで俺の制服はボロボロ、それを抱きかかえたりした甲太郎も同じく、ドロドロ。
「九龍クン、凄い格好だけど大丈夫?怪我とかしてない?」
「あー、怪我はないよ、大丈夫。転けてこんなんなっちゃったけど」
「よかった~。九龍クンが元気そうで安心したよッ」
 俺の手、泥だらけだってのに八千穂ちゃんはきゅっと握り締めてくれた。可愛い…可愛すぎる、何で俺の周りにはこんなに素敵な人種ばっかり揃ってるんでしょうか。感動しますよ。
「けど、あの子……、放っておいて大丈夫かな?」
「どういう意味だ」
「ん……」
 八千穂ちゃんが、墨木の立っていた方に視線を向ける。それから俺をじーっと見詰めて、
「何だか、苦しんでるみたいに、見えたから…」
「そう、だね…」
 視線を怖がりながら、銃を使う意味に対しても迷っている。自分の信念じゃなくて、正当化する為に正義なんて言葉を使うのは、相当危ない証拠だ。
「ね……あのさ。あの子が言ってた正義―――って、何だろうね」
「そんなもの…、俺が知るわけないだろ」
「うん……、そうだよね」
 俯いた八千穂ちゃんは、今度は俺を見る。
「九龍クンは、自分にとっての正義って、何だか分かる?」
「さァ………どうかな」
 徹底した自己満足、他人とは共有できない傲慢な信念、疑うことのできない愚かしい真実。
 そして、それを守るために振りかざす真っ直ぐな狂気。俺にとっての正義って、そんなもんだと思う。だからって確証は何にもない、曖昧なものなんだけど。
「そっか…あたしね、正義って言うのは何かを傷付ける事じゃなくて、守ることなんじゃないかなーって思うんだッ」
 なんてイイコなんでしょ。誰もがみんな八千穂ちゃんバリの正義が信条なら、地球上から争いなんてのは消えると思いますよ。
「八千穂、お前……、熱でもあるのか?」
「うわ、ひっど~い!!人が珍しく真面目に考えて言ってるのにッ!」
「八千穂のクセに難しいこと言ってるから、知恵熱でも出したんじゃないかと思ってな」
 何だかんだ言って心配しぃな皆守クンでした。
「それよりお前、部活に戻らなくていいのか?」
「ヤバッ!そうだった!罰則ランニングの途中だったんだ……鬼の副部長にシバかれる……早く戻んなきゃッ!じゃあまたね、二人ともッ!!」
「可愛いけどキツそうな副部長さんにヨロシク!」
 そうして八千穂ちゃんはあっと言う間に行っちゃうのでした。可愛いんだよ、女テニの副部長さん。小柄でパッと見、目立つ顔立ちしてて。ハッキリした性格でね、イイコなのよ。
「やれやれ……ホントに騒がしい奴だな。まぁ、お陰で助かったと言えば助かった…」
「やはり生き残ったか《転校生》よ―――」
「――――ッ!?」
 声が上から降ってきた。見上げれば外廊下に黒いマントで白い仮面の男―――ファントムが、立っていた。神出鬼没、まさに。
「思っていた通りだ。お前こそが我の正体を知るに相応しい」
「おやおやどうも、お久しぶりで」
「……我はファントム、呪われし學園に裁きを下す者―――葉佩九龍、我が求めていたのは、お前のような純然たる強さと欲の持ち主だ。《力》を持つ者とはいえ、所詮スミキも《生徒会》に属する者。あのヒゴといいマリヤといい、《魂》なき者は、肝心なところで役に立たぬ」
 さっきから、やたらに腹が立っていた原因が、やっと分かった。
 俺、自分の手を汚さない奴って嫌いなんだ。最前線がどんだけしんどいか知ろうともしないでふんぞり返ってるお偉いサン、そういうのって真っ先に潰したくなる。
「つまり、お前が《執行委員》たちを唆していたというわけか」
「クククッ……忌々しい《墓守》共―――。その《墓守》共が我らの意のままに働く様は、さながら地の誘惑に負けた天若日子のようではないか。やがては自らの信じた天に裁かれ、五匹の鳥に葬送される哀れな者よ」
 聖なる弓矢を手に入れたため、傲慢にも自分が王に相応しいと思いこんでしまった愚かなる神、天若日子。この仮面男が、執行委員を誘惑したタネって何だ?そう簡単に言いくるめられるものなのか?肥後、真里野、墨木ってことは、他の三人はこいつを、知らない?信じた天に裁かれるということは…やはりファントムと生徒会は対立するもので、今の墨木の暴走に生徒会は関係してない?
 色んな疑問が浮かぶけど、絶対に顔には出さないように押さえる。
「だが、それでいい。天の意志を汲む者など全て滅べばいいのだ」
「……あんたの立場は天佐具売、ってとこか。どっちにしても、それじゃあ天は揺るぎませんが?」
 天若日子の話では、天はただ大国主神の説得に失敗しただけのハナシ。だからどうなったわけでもないし、天若日子が死んで、お終い。
 相手は強大だぜー?さっき会った生徒会長サンも、一筋縄じゃ絶対にどうにもいかなそうだし。
 なーんて、他人事のように聞いてたら、
「我に力を貸せ、葉佩。あの忌まわしき《生徒会》を斃すのだ」
 だってさ、おいおい、巻き込まないでよ。
「断る。俺は、平定にも反逆にも興味無い。悪いね」
「クククッ……では、今までお前がしてきたことは何だ?結果的には同じ事ではないか」
「仕事だよ、お仕事。これでお給料貰ってるんだから、結果的にはサラリーマンなんですよー」
 こいつにはもう正体なんぞバレてんだから隠すことは何にもない。
「…我は《鍵》を探さねばならない」
「鍵?」
「忌々しい《墓守》の相手はお前に任せるとしよう」
「おいおい勝手に決めんな…」
「これを使うがいい」
 奴がマントの中から取りだした何かを、こっちに向かって放り投げた。一瞬、本能的な何かで構えてしまうものの、目の前に落ちたそれはチャリンと音を立てる。
 拾い上げてみればそれは鍵。しかも、今までみんなから貰ったのより一回り大きくて精巧な。
「校舎の鍵だ。それがあれば、夜でも校舎に入ることができる。この學園の秘められた夜を思う存分、その手で暴くがいい」
「…………」
「我は《幻影》。この地の解放を遥か太古より待ち望む者……ククク、また会おう、闇に魅入られし人の子よ……」
 ばさりとマントが翻る。次の瞬間には、どういう手品かそこからファントムは消え去っていた。
 こんな鍵まで手に入れてるなんて、まさか正体はアムロさんじゃなかろうか何て思ったけど、あの人はもっとド派手に登場してくれそうだから却下。
 全く、一体誰なんだろうねぇ、って思っていたのが口に出ていたらしい。後ろから、甲太郎の怖い声。
「……前に、会ったことでもあるのか?」
「あー…うん、まぁ。前に一度」
 その時は七瀬ちゃんとして、だったけど。
 曖昧に、誤魔化すように笑うと、目つきを険しくした甲太郎が動いた。あんまりに突然で、俺、本当に反応できなくて驚く。
 胸ぐらを掴まれて、顔が寄った。思わずカウンター気味に拳を出すところだったよ危ないな、なんて、冗談言ってる雰囲気じゃなくて。
「な、何?」
「いくつか聞きたかったことがあるんだがな」
「ハイ。」
「あのサムライ野郎は、元執行委員なんだろう?」
「そう、ですが」
「いつからお前に協力するようになったんだ」
 げぇ…。
 甲太郎、俺が七瀬ちゃんと入れ替わってたんじゃないかってずーっと、疑ってるくさいんだよな。それを肯定しちゃうと、あの夜、俺の部屋で甲太郎に本音をポロリしたことも肯定しちゃうことになるわけで……あぁ、もう、何でコイツ、こんなに鋭いわけ!?
「ちょっと前にね、て、手合わせというヤツを申し込まれまして、それで…」
「墓守だったんだろう?」
「………ええ、まぁ」
「一人で墓に行ったのか?いつだ?お前が七瀬の部屋に泊まった辺りからはずっと一人では遺跡に潜ってないはずだ。だがその前はあいつはバディじゃなかった。逆算して考えられるのは例の女子寮侵入の日だけ、だ」
 別に、押さえつけられてるわけじゃない。ただ襟元を掴まれてるだけなのだから笑って誤魔化して逃げればよかったのに、それも何故か、できない。
「行ったのか?」
「…………行きました」
 七瀬ちゃんと入れ替わってたのがバレるよりは、一人で遺跡に行ったことを怒られた方がマシだと思って、吐いたウソが、裏目に出たのもいいとこ。
「真里野に聞いたがな、あの日、遺跡に現れたのは七瀬月魅だったそうだ」
 目を見開いてしまいました。でも、ここで認めるわけにはいかなくて、唇を引き結ぶ。
「七瀬ちゃんと、行ったんだよ。で、」
「真里野と戦ったのは七瀬なのか?あいつは七瀬に負けたと話してたがな。あの七瀬が、弾丸を斬れるような男に勝てると思うか?どう考えてもおかしいだろうが」
 意地悪げに、嗤う甲太郎。どうしても俺に、言わせたいらしい。ふざけろ、絶対に、言ってたまるか。
 こうなれば黙り込みに徹するしかない。笑いを引っ込めて甲太郎を睨み返す。
 甲太郎は、すっと目を細めた。
「言わない気か?」
 俺も言う気はないが、あっちも離す気はないらしい。長期戦かと構えて、視線を逸らせるように横を向いたところを押さえつけられた。首元から顎の骨の辺りを指が這い、掛かっている髪も掻き上げられた。
 そこはさっき、銃弾が掠めた箇所。そして、朝、寝呆け半分で一戦かました際にカットされて付いた傷。丁度髪で隠れて、見えないと思っていたのだが、バレていたらしい。まったく、大した観察眼だ。
 指先が、傷をなぞる。痛みはない、代わりに異様な感覚が背筋を走った。
「さっき、素だったろ」
「…………」
「眼が、いつもの葉佩九龍じゃなかった」
 咄嗟に甲太郎を突き飛ばそうとして、逆に更に強い力で押さえ込まれる。足下のぬかるみも俺の状況を悪くしていた。
 ……まさか、本気で技を掛け返すわけにもいかない。強化されているらしい墓守は殺すつもりで相手をしても死なないが、一般人では話が別だ。
 どうしようもなくて、ただ横を向いたまま甲太郎の顔を睨み上げた。
「……今もだ」
「ッ――――ぅ…!」
 身体が竦んだ。
 指ではない別の感覚。
 舌で嬲られていると頭が理解したのはかなり後になってからだった。スタンガンを喰らったときのように一瞬身体が硬直し、少し遅れた脳からの伝令が甲太郎を押し戻そうと腕を動かすが、震えて、できない。
 染み出す血が、じわりと浮かんでは甲太郎の口の中に消えていく。
 強烈に、理性が叫ぶ。逃げろ、暴かれると。
 けれど――――そんな理性、故意に捨てろと本能が囁く。さっさと白状すればいい。本性を。
 ……できるかよ、そんなこと。
 目を閉じ、身体の力を抜き、同時に甲太郎の拘束が一瞬緩んだところで右腕を下げ、振り上げ気味のストレートを放った。
 当てる気は毛頭無かったし、当然のように甲太郎の顔の横で受け止められてしまったけれども。
「……いい加減、俺も、怒るよ?」
 僅かに口元を緩ませた甲太郎は、俺から離れてアロマパイプを銜えた。
 なんとか普段の葉佩九龍を演ろうとしても、逆立った神経がなかなか収まらない。今、触れられたら問答無用で蹴り殺してしまいそうな気がするのは、相手が皆守甲太郎だからだ。
 本当に、危ない。距離感がどうこうの騒ぎではない。完全にこの男は化けの皮を生皮ごと引きはがしに掛かっているし、俺は俺で精神のどこかが傾倒しかけている。押さえ込まれて殴れなかったことも然り、受け容れかけてしまったことも、然り。
 更に言えば、こいつが何を望んでこんな行動に出たのかが解らないことだ。
 特記事項がドライです?冗談じゃない。俺の素性を知りたいと言うだけでこうなったのなら、八千穂明日香以上の好奇心だ。
 そこまで思考が廻っているのに、こいつから離れるという結論に辿り着かなかったことに、本気で驚愕した。
「悪かったよ、冗談だ」
「にしちゃ、タチ悪いよ?フツー、こういうことするかね」
「するんじゃないのか?日本の普通の男子高校生は」
 暗に、お前がおかしいんだと揶揄するように言われて、顔の筋肉が動く。目元は凶悪つっていて、明らかに睨まれていると分かっているであろうに、甲太郎はそれを愉しげに受け容れる。
「……その顔だよ」
 それだけ言うと、足下の鞄を拾って歩き出した。寮に、戻る気らしい。俺も鞄を拾い、顔を上げる。後を追いたくない。これ以上、近づきたくない。踵を返して、どこか別の場所に隠れようか、そんなことを考えて、
 ―――そこで、鈴の音がどこからか聞こえてくることに、気付く。
 何だ?と思って目を凝らすと、いつの間にか、天香の制服を着た女の子が二人、立っていた。顔立ちが驚くほどよく似ている。
「行ってはだめ……行ってはだめ……どうかもうこれ以上、この學園の平穏を乱さないで……」
 少女たちが首を振る。これは、一体何なのか。幽霊か幻覚か実像か?唖然として、二人に見入る。正体は分からない、が、嫌な感じはしなかった。
 ただ、なぜか哀しいだけで。
「葉佩九龍―――何故、あなたは《墓》を荒らすのですか」
「何故、って……」
「それは、あなた自身の欲の為ではないのですか?」
「欲?あの墓には、俺が求める何かがあるって事なのか?」
 逆に聞き返すと、二人は困惑したように顔を見合わせる。
「違う、と言うのですか?決して己のためだけではないと?」
「俺のために…?」
「解らない……あなたという存在が何を意味するのか……」
 それはこちらの台詞だが、二人は解らない、と呟くと俺に向き直った。長い髪に、真っ直ぐな面差し。誰かに、よく似ている気がしたが、その時は思い出せなかった。
「ここは哀しき《王》の眠る呪われた地。私たちは、この場所を守らなくてはならない。どうかもう、これ以上《扉》を開かないで。もうこれ以上、誰の血も流さずに済むように―――」
 言い残して、彼女たちは消えた。ふっと、空気に紛れるように、跡形もなく。
「九龍?」
 先を歩いていた甲太郎に呼ばれるまで、俺は虚空をぼんやり見詰めていたらしい。というより、肩を叩かれるまでずっと。
「そんなところにいつまでも突っ立ってると風邪引くぜ?」
 さっさと戻って風呂入れ、と。甲太郎はいつもと変わらぬ口調で言ってくる。
 二重人格のケでもあるんじゃねぇか、と考え、それは俺が言えることではないと思い直した。
 仕方なく隣に並び掛けて歩き始めてすぐ、無言だった甲太郎が言う。
「さっき、墨木に銃向けられたとき何で避けようとしなかった?」
「………あー」
「お前は―――死を、怖れた事はないのか?」
 詰問する口調じゃない。ただ、漠然とした疑問というように聞こえたから、
「少なくとも、望んだことはないよ。怖れたことは……分からない」
 本音半分で答えておいた。
 本当言えば、俺が死ぬことで解決する事柄が目の前に転がってくれば死ねるのだろう。というか、人間は誰でもそうだと思う。少なくとも、そういう環境で俺は育ってきたんだから。
 銃を向けられることだって、慣れてる。色んなこと、覚悟と諦めで腹括ってるんだから、あれぐらいじゃ怯まない。感覚が麻痺してるの、かも。
「それでも、お前は今夜もあの遺跡に行くんだろう?己の身の危険も省みずに、な」
「………」
「いくらなんでももう俺にだって解る。この學園の全ての答えはあの遺跡にあるんだろう」
「…だろう、ね」
 さっきの双子を思い出す。
 あの墓に一体何があるってんだ?俺の欲…ってことは俺の求めるものが何かしらあるってことか?
 俺には別に、宝がどうとか、遺跡の謎とかそんなものに対して抱く好奇心はない。仕事で潜ってるだけだし、あとは執行委員と話を付けるって目的だけ。
 他に思い当たるものは―――あの遺跡に潜ったときによく見る、あの女の夢、だけ。
 それだって見たいと望んでいるわけではないし、あいつがあそこにいるはずがないということも解ってる。
 謎は、どんどん深まるばかりだったけど……俺にはそれよりも、隣でアロマを燻らせる男の謎の方が気に掛かっていた。