風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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7th.Discovery 地獄の才能 - 1 -

 正義って、何だ?
 
 世界を救うこと?
 英雄の条件?
 暴力の建前と言い訳?
 
 違う。
 
 徹底した自己満足。
 他人とは共有できない傲慢な信念。
 疑うことのできない愚かしい真実。
 
 そして、哀しいほどに真っ直ぐな、自分以外の誰かの為に必死になれる想い。
 
 正義。
 それは、使いどころを間違えると刃になる、何よりも優しい狂気のことだ。

*  *  *

 銃の手入れをしていると、とっても落ち着く。バラしてから整備して、目を閉じてもう一度元の形に組み上げるときの感覚。だんだん銃が自分の手に馴染んでる感じがして、凄く好きだったりするんだよね。
 朝っぱらの呆けた頭でそんな事考えてたら、向こうの方から『銃』って言う単語が出てきて、ちょっとビックリした。
「――――それでさ、その《生徒会執行委員》がいきなり銃みたいなので撃ってきたらしいんだよ」
 物騒な話。ここ、日本だろ?銃刀法が整備されてる国でイキナリ銃撃って、それじゃあどっかの仁侠映画だよ。
 教室の中心がきゃーきゃー騒ぐのに、ぼんやりと聞き入っていると、
「何が《生徒会》だよッ!!あいつら、権力を笠に、俺たちをいたぶって楽しんでるだけなんじゃないのか!?」
 残念、ハズレ。確かにやってることの全部が正しい訳じゃないけど、俺は、生徒会のを全部否定する気にはならなかった。大いなる秩序はやっぱり大切ですしね。俺みたいに胡散臭いのが来たら潰しておこうとするのは当然のことだし、墓を護ること、それが延いては學園の安泰に繋がるって言うなら、それもそうかっていうようにも思うし。
 護られている自覚って言うのがないから、きっとみんな、ああやって騒いでいられるんじゃねーかな。
「ね、それで、その子たちはどうなったの?」
「勿論、そこで闇夜に颯爽と黒いマントが翻り――――ファントムの登場!!二人は間一髪の所で無事、救出されたって話だし」
「やっぱり『四番目の幻影』は私たちを救ってくれる正義の使者のことだったのね!!」
 ……阿呆くさ。
 大体、正義の使者が学校のセンセ、拉致るか?オペラ座にでも出そうな格好で真夜中に出現されてみろよ、気分悪いぜ?得体が知れないし、調べてみてもイマイチはっきりしないし、一体ファントムって何なのか、謎だらけで訳が分かんねー。
 敵とか味方とか、そういうんはどうでもいいけど、正体くらいは知りたいよなー。邪魔されたくないしね。
 執行委員の話をしてたやつらは、いつの間にかなんかの新興宗教のようにファントムの名前を唱えだしてる。嫌な兆候、ですねぇ。
「猫も杓子もファントムファントム、か」
 いつの間にかすぐ近くにいたふたつの気配に、俺は片手を挙げてやる気なく「オハヨ」って言うことで挨拶にした。
「おはよー、九龍クン。今日も一段と顔色悪いね、大丈夫?」
「いつものことだから」
 あの日、八千穂ちゃんから食らったストレートの傷もすっかり薄くなりましたよ、と。
「ね、知ってる?何でもファントム同盟なんてのもできたらしいよ?」
「何だそりゃ。徒党を組んで《生徒会》に反旗でも翻そうってのか」
「うーん、分かんない。ファントムを応援する会?」
「もしくはファントムを愛で倒し隊とか。案外オペラ座の怪人同好会かもよ」
 俺と八千穂ちゃんが顔を見合わせると、甲太郎は一言でバッサリ斬り捨てた。
「阿呆か」
 それからアロマをスパーっとやって、
「自分から何かをする勇気のない奴に限って、ああいうのを祭り上げたがる。大衆ってのは哀れなもんだ。なァ、九龍?」
「……かもね。俺、実はああいうタイプ嫌いかも。第一、生徒会生徒会って言いながら、たぶん《生徒会》がどういうことしてるか知らないし、知らされないっていうのを理由に知ろうともしなさそうなんだもんよ」
「ああ、そうだ。所詮、奴らは本当の《生徒会》を知らない。ともかく、小さな力をどれだけ寄せ集めてみても、絶対に敵わないものがある事を奴らは知るべきなのさ」
 それって、遠回しに俺のこと、牽制してますか?絶対に《生徒会》には勝てない、って。やだよー、甲太郎さんたら朝から不機嫌、とか思ってたら。
「……二人とも、なんか朝から機嫌悪い?ちょっと怖いけど」
 俺も不機嫌そうに見えてたようでした。
「んなことないよ。ただ、寝起きに喧嘩売られて寮で一戦かましてきたからねー。もう疲れた」
「やっぱりお前と夷澤か」
「あのワンコ、見てる分には可愛いんだけどね。噛み付かれたから寮の廊下に沈めてきました」
 どうやらその騒音で起こされたらしい甲太郎は、ちょろっと俺のことを睨み付けてから俺たちに背を向けた。
「あッ、ねぇどこ行くの?もうすぐホームルーム始まるよ?」
「無理に早起きしたせいで頭が痛いんだ。保健室で一休みしてくる」
 振り返り、言いながら俺を見る甲太郎。ごめんね、と言ったらフンッ、と鼻を鳴らされた。
「一休みって……今来たばっかなのに~」
「いいんだよ。ホームルームが始まる前に教室に入るという偉業を成し遂げたんだ。後はゆっくり休ませろ」
「その大偉業は後世まで語り継がれることでしょう、ちゃんちゃん。おやすみ、皆守」
 手を振って背中を見送って、ようやく一息。
 最近、甲太郎といると本気で息が詰まる。呼吸器不全かって言うほどどうにもなんない感じで辛いんだよね、ぶっちゃけ。特記事項:本当は性格悪いです、な俺にどうも気付いてるっぽいのに、実はあれから一度もその話題に触れたことはない。
 それが余計に、弱み握られちゃってる感があって、しんどいのかも。言うならハッキリ言えばいいのに、全然そんな事言い出さない代わりに、遺跡に潜るときにはオールウェイズ、隣にいるようになってる気がする。俺からはとてもじゃないけど言い出しにくいことだから何も言わないで普段通りしてるけど、最近何だか腹の探り合いっぽくなってて、ちょっと嫌。
 ルイ先生が言ってたすぐ治る『取り返しの付かない』異変は未だに収まらないで、甲太郎を見るたび怪しんだり疑ったり訝しがったり、それと同じ頻度で心臓を絞られる。いい加減、もう大分経ったんだから改善されないのかと毎日保健室に通い詰める今日この頃。
 今日は先を越されちゃったから、お昼休みにでも行ってこよう。男相手にときメモなんかやってられっか!
 ……なぁんてね、思うんだけど。
 こうやってあいつがいなくなると妙に不安になってる辺り、俺、大丈夫?って感じ。空いた席をちらちら見遣っては、ハーって、溜め息吐く有様。完全に頭湧いてるよな。
「もぉ~、相変わらず、訳の解らない理屈ばっかりこねてるんだからッ。……そういえば、さ。結局あれからずっと気になってたんだけど……、九龍クンて月魅のこと、好きなの?」
「…………」
「もぉ~ッ!!聞いてるの?九龍クンってば!!」
「へ?あ、な、何?どったの?」
 全ッ然、聞いてなかった…。色んな所の話を意識しなくても頭に入れてるのを癖にしてたから、自分でちょっとビックリした。しかも『甲太郎のこと考えてました♪』なんて、言えるかボケェ、だよねぇ。
 八千穂ちゃんが腰に手を当てて膨れてるの見るの、可愛いって思うんだけど……なんか、そういうんじゃない気がするんだよなぁ。
「みんな、静かに。席についてください」
「あ、は~い」
 その時、雛川センセが入ってきて、教卓の後ろに立った。出席簿を置いて、真っ直ぐな眼で教室中をぐるっと見渡す。
「最近、學園内に謎の人物が現れ色々と物騒な事件が起こっているようですが……」
 先生はそこで言葉を一瞬だけ句切って、巡らせていた視線を俺で、止めた。
 あの日、俺は七瀬ちゃんだったから、墓場でのことはバレてないはず。七瀬ちゃんも色んなことを『覚えてない』の一点張りで通してくれたから、仮面マント野郎のことも、拉致られたことも、雛川センセは俺に何も言ってきてない。
 でも、あの眼は、何でしょうね?すぐにまた、視線はクラスを巡るけど。
「皆さんは誇りある天香學園の生徒です。根も葉もない噂に振り回されることなく、各自責任ある行動を取るように心掛けてください」
「先生~、根も葉もない噂なんかじゃないよ」
「ファントムは正義の味方なんだぜ」
「生徒会の暴挙から俺たちを護ってくれるんだ」
 …何だよ、正義って。コスモレンジャーかよ。好きだけどさ、コスモ。どうでもいいが、正義なんて自分の中にあるもんで誰も味方しちゃくれねーっての。
「……本当に、そうなのかしら?先生は、みんなにもう一度考えてほしいと思います」
 クラス中が静まりかえった。
 胸に抱えた出席簿を降ろして、雛川センセは。
「その人は本当にいい人なの?」
 (……………)
「例え何が起こっても、みんなの味方でいてくれると信じることができるの?」
 (……………)
「そのファントムという人が何者なのかは、先生たちの方でも調査を始めています。私に何ができるかわからないけれど……でも、先生はみんなを護りたいの。それが先生たちの大事な役目だと思うから。だから、みんなも危険なこととは関わりにならないように。いいわね?」
 思わず、雛川センセから目を逸らしてしまった。正しすぎて眩しすぎるってのはこういう事かもしんない。
「それじゃ、今日も一日、元気に頑張りましょう。くれぐれも、人気のない場所へは行かないようにね」
 チャイムが鳴ってHRが終わって。NGワード連発のような雛川センセの話に、ぐったり。
 その人は本当にいい人でした。例え何が起こっても、味方でいてくれるのに、信じられなかった俺の負けでした。それでは今日も一日元気に頑張りますですよ、ハイ。
「ヒナ先生、あんなこと言っちゃって大丈夫かな……。ほら、この學園ってさ、どこで誰が聞いてるか分かんないし。って、あたしもあんまり気にしたことないけどねー」
「そーね。時折もうちょっと気にした方がいいと思うよ、俺は」
「あ、酷ぉい!」
 本日二回目、ぷぅっと膨れた八千穂ちゃんの後ろから、楽しげな「うふふ」という笑い声が聞こえた。
「心配してくれてありがとう、八千穂さん」
「わ、先生ッ」
「ふふ、大丈夫よ。先生、こう見えても運動神経はいいんだから。それよりあなたたちの方こそ気を付けてね。特に――――葉佩君」
 うぉ、名指しでご指名ですか、葉佩でっす。瞬間口許が引きつっちまうってーの。
「……ね。先生に何か、隠していることはない?」
「イイエ、何にも!あ、こないだ女子寮侵入罪で実刑判決くらいました♪」
「……葉佩君。ちゃんと先生の目を見て言える?」
「そりゃ、も。バッチリ!」
 にっこり笑って、雛川センセを見つめてみる。……雛川センセと見つめ合うとか、八千穂ちゃんと見つめ合うってできるのに、何でコレが男同士でできなくなるんかな…不可思議。
「だ、大丈夫だよッ、先生。九龍クンにはあたしがついてるしッ」
「……そうね。八千穂さんがいれば葉佩君も、無茶はしないわよね」
「八千穂ちゃんに対して無茶をすると怖いので大丈夫です」
 真顔でガッツポーズしたら、八千穂ちゃんにド突かれた。
「もぅ!九龍クン!」
「うふふ、仲が良いわね。……でも、本当に二人とも……、危ないことはしないでね」
「は~い、先生ッ」
 二人して幼稚園児みたいに「ハーイ!」って。手を上げて返事をしたら、雛川センセったら急に真顔。
「そうだわ、葉佩君―――まだ少し早いけどその……進路のことで話があるの。よかったら今、先生に少し時間をくれないかしら?」
「……いいっすよ。了解しやした」
「ありがとう、葉佩君。それじゃあ行きましょう。八千穂さん、今日も一日勉強、頑張ってね」
 そうして、俺と雛川センセは、廊下に出て……流れで屋上に向かったんだ。
 
 そこで、雛川センセに全部を話した。《宝探し屋》だということ、天香に来た目的。
 雛川センセの話も聞いた。先生の學園での立場、これからのこと、未来と希望。
 
 必死な雛川センセの眼は酷く真っ直ぐで、どこか、誰かに似てた気がしたけど、震える先生の肩を抱きしめることは、できなかった。しようと思えばできたんだろうけど……屋上で、あの壁の影で、目の前に迫った甲太郎の表情がフラッシュバック。
 普通に馬鹿だよな、俺。
 芯の強い女の人がまいってたら抱きしめてあげるのは鉄則だってーのに……凄いチャンスを逃した気がするけどもう遅い。不健康葉佩、見参。雨に濡れたとき、雛川センセのブラウスが透けて、見えたピンクのブラが眼に眩しかったですが……それ以上はなんも思わないなんて、男として失格だってーの。
 
 一体、俺、どうしちゃったってんだろ…。

*  *  *

 
 四限の授業が、唐突に自習になった。
 クラスメイトの噂話によると、学校内で先生が銃撃されたんだって、《執行委員》に。ファントムファントム、生徒会生徒会。湧いた頭で聞くと段々苛々してくるってもんだよな、これ。
 確かに、暴走かもしんない。行き過ぎてるって感はあるよ、今の生徒会。前々からちょっとやってること危なかったけど、でも、そうやって噂してるやつらは、取手や椎名ちゃんや肥後が、大切な物を奪われて苦しんでたことを知らない。
 こんな學園が嫌だ、生徒会なんてなくなればいい、そう思えば行動すりゃいーだろ?ファントム同盟に入るとか、そんな新興宗教にはまりそうなこと言ってないで、自分で何かすればいい。
「う~ん……。何だかますますイヤ~な雰囲気?」
「でーすねぇ。雨降ってきたし、辛気臭。」
「でも、ファントムって、ホントに何者なんだろ。誰かの悪戯?正義の味方?それとも本物の《幻影》?ね、九龍クンはどう思う?」
 話降られて、頬杖を付いていた俺は机の上に伸びた。一瞬だけ雨以外の音を感覚から削除して、「イタズラに百円」と答えておいた。
「おッ、実に現実的な意見。名探偵、葉佩九龍がファントムの謎に挑む!!――――なんてねッ」
 なーんてね。
 謎に挑むも何も、別段仕事が増えるだけだし。葉佩九龍、最近の特記事項はやる気ないです、なんで。あ、いや、やる気ないわけじゃねーんだけど、どうもなんかが引っ掛かるというか物思いに耽る秋と言いますか。
 腕を枕のようにして足りない分の惰眠でも貪りましょうか、ってな具合に俯せになったその頭を、ばちんと誰かに叩かれた。
「まァ、確かにここは幽霊くらい出てもおかしくない場所だからな」
 俺の髪をわしわしとかき乱す手からは、ラベンダーの匂いがしてきた。顔を上げなくても誰だか分かるってんだ。
「あ、皆守クン」
 ほれ。
「それにしても、《生徒会》の不当な処罰から生徒を守るファントムね……。確かに最近の《執行委員》の暴走ぶりは目に余るものがあるからな」
「あれッ、珍しい~。皆守クンがそんな風に言うなんて。以前だったら、プハーっとアロマ吹かしながら、『そんな奴らと関わり合いになるような行動を取る方が悪いのさ……』とか言っちゃってたのに」
「そんでアロマスパーって、『怠りぃ、寝る』ってな」
「お前ら……、俺をどういう目で見てるんだ」
「だって」
「ねェ?」
 頭を押さえられたまま横向いて、八千穂ちゃんと顔を見合わせる。
「皆守クン、最近ちょっと変わったかな~って。九龍クンもそう思わない?」
「あー、だよね。確かに。カレー、アロマ、怠い、寝る以外の単語も言うようになったもんな。お母さんは嬉しい、コータローが立ち直ってくれて!……あ痛ッ、ちょ、頭、絞まってる!」
 机に頭を押さえつけられてぎゃーすか呻いていると、隣の八千穂ちゃんは、腕を組んで頷きながら、いかにもって感じで。
「うんうん。九龍クンてホントに皆守クンが好きなんだねェ」
「へ……?あ、あぁ、うん、そう、かな」
 感慨深げに言われて、なぜか笑って肯定できなかった。曖昧に答えたところ、八千穂ちゃんはあれ?って顔して、
「そういえば…九龍クンもちょっと変わったかな。ほら、前ならすっごい元気よく好きだとか愛してる!とかって、言ってたのにね」
 一瞬、頭を押さえる甲太郎の手に力がこもったのが、分かった。それから掴んだ髪の束を軽く引っ張ってくる。顔を上げると、ばっちり目が合ったんだけど……おま、何でそんなに睨むよ…。
「チッ、勝手なことばっかり言いやがって」
 甲太郎が手を離した途端に前髪がぱさりと降ってくる。
「あれッ、皆守クン。今度はどこ行くの?」
「どこだっていいだろ。まったく、お前は俺の監視役かよ」
 呆れたように八千穂ちゃんに言った甲太郎は、また、朝のように廊下に向かって歩いていってしまった。
「もぉ~、またあんなこと言って。照れてるのかな?」
「照れてる?」
「だって、何だかんだで最近は前よりもよく教室に戻ってくるしね。お昼休みまでもう少しあるけど……、九龍クンはどうする?」
 どうするって…そりゃ、このままお昼休みまでぐっすり、といきたいトコなんだけど。
「ちょいと照れ屋な皆守クンとこ行ってきます」
 言っちゃってっから自分で「何で!?」って思ったんだけど、八千穂ちゃんはさも納得って感じ。
「えへへッ、何だか二人はすっかり仲良しだね。あの皆守クンにこんなにいい友達ができるなんて……」
 どっちかって言うとあの葉佩クンにあんないい友達が、だと思うんだけどなぁ…なーんて。あたしも嬉しいよ、とか言って頷いてる八千穂ちゃんには言えません。
「ほらッ、早く行かないと置いてかれちゃうよ?」
 八千穂ちゃんにハッパかけられるように眠い目擦って席を立ち、甲太郎が出て行った後を追いかけた。