風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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7th.Discovery 地獄の才能 - 7 -

 次の区画に入ると、ハシゴ。登る前に宝壺から『スカラベの護符』をゲットレして、ハシゴを登った途端、
「おぉう、お出まし」
 H.A.N.Tが敵の接近を告げる。
 と、それよりも早く反応した真里野が横にいたよく分かんない何かに斬りかかった。
「死に急ぐなッ」
 格好良い!!あっと言う間に二体倒してくれちゃって。俺も目の前にやってきた蝙蝠を連射で撃ち落とした。額が弱点、一発昇天、てね。
 呆気なぁい。終了。
「何だ、もう終わっちまったのかよ…」
「楽勝でーすね♪」
 イェーイ、ってなことで足取りも軽く部屋を一周して回ってくると、ホイ、宝壺発見。中からは秘宝《天之波波矢》が出てきた。天若日子はこれで鳴女を射殺したんだったよな。
 入ってきた方に戻ってみると、二人が物珍しげにその辺を見回していた。
「こんな所に森があるとはね。自然の力ってのはすごいもんだな」
「うむ。なかなかよい所ではないか」
「今度みんなでお弁当でも持ってこようか」
 まさに、そんな感じ。
 そんな生い茂った樹木の中に仕掛けを見っけ。
「《天之麻迦古弓》ってことは…これか」
 さっき見つけた矢の方をセットすると、びーっと、光が発射された。でも、鍵が開く音が聞こえてこない。
 見れば、光の先には鏡があるんだけど、向きが違うせいでちゃんと反射されてないっぽい。
「な、あっちの鏡の所に立って、俺が言う通りに動かしてくんない?」
 二人に頼んで、ごりごり。
「真里野ー、それ、皆守の方に向けて」
「分かった」
 そうやって光のリレーをしていって、最後まで光が辿り着いたとき、開錠音。
 扉を開けると、休む間もなくすぐそこに敵がいた。
「みぎゃーッ」
 おっさんの顔してえらく可愛く鳴いたそれに、甲太郎が一言。
「あ、たまねぎ……」
「はい?」
「……じゃ、ないよな。たまねぎは動かないしな。何を言ってんだか、俺は」
 ホント、カレーのことしか頭にないんですか、お兄さん…。頼みますよ?
 俺は、まず目に入ったタマネギのヘタみたいな部分に向かって銃撃。効いてるみたいだけど…仕留めきれない、途中で弾切れ。マガジンを落として入れ替え、構えた途端、
「みぎゃーッ」
「ッ――――!?」
 真里野の剣戟も届かない位置から、タマネギが何かを吹き出した。煙……?いや、胞子?花だから花粉か?
 とにかくそれを喰らって、ぐらっと視界が傾いた。異様な眠気、立っていられないほどの。
 最前線にいた俺だけに作用したようで、視界の端で真里野がタマネギを一刀両断するのが見えた。俺も参戦しなきゃ、なのに、身体が、動かない。
「おい、九龍ッ!?」
「ぅ……んン」
 なんとか眼を開けようとするんだけど、甲太郎にもたれたままずるずると膝が崩れる。
 後ろで舌打ちが聞こえる。ゴメン、起きる、起きるから…。
 船を漕ぎながら視界だけは失わないよう必死になってたら、目の前にもう一体タマネギが。真里野はカマキリ女を相手にしてて手一杯。どうにか銃を構えて撃つんだけど、標準が、合わない。そんなことしてるうちに、またタマネギが攻撃モーションに入る。マズい……もう一度くらったら間違いなく、寝る…。
 その時、辺りをよく知った匂いが支配した。ラベンダーだ。それを頼りに、意識を引き上げる。寝るな、絶対、寝ちゃ駄目だ。
 胞子が吹き出されたのを揺らぐ視界の中で見た。眠気が覚めていくのと同時に、攻撃の回避は甲太郎のお陰だと悟った。
 銃弾を散らして、タマネギが消滅したのが敵の最後だったらしい。真里野が剣を納めて、「またつまらぬものを斬ってしまった…」と、どこかで聞いたような台詞を言う。
 俺はと言えばまだぼんやりしていて、甲太郎にバチバチ頬を叩かれた。
「九龍、起きろ」
「んー…」
「起きないと殴るぞ」
「ぉー…」
「蹴るぞ」
「ぅー…」
「キスするぞ」
「ぅー……ん!?」
 一気に目ぇ覚めた。バッチリ目を開けると、そこにはにやりと笑う甲太郎の顔。
 飛び起きて、ずざーっと、数メートル離れる。
 ゴン、と壁に頭ぶつけるけど、そんなの気にしてる場合じゃない。金魚よろしく、口をパクパクしながら呆然と甲太郎を見る。
「冗談だよ」
「だ、だ、だから、そういう冗談、ホントやめて…」
「お前はしょっちゅう言ってるくせに、か?」
「……あー、もー」
 溜め息を吐いて、真里野に助け起こしてもらいながら立ち上がる。
 つーか俺、寝っこけた甲太郎に向かって、前にこう言って起こしたことがあったんだよな。逆襲?
 気を取り直して先に進むと、飛び石のようなのが。
「ふむ。…この地形。修行にはもってこいの場所やも知れん」
 剣を使う真里野もそうだけど、俺にとってもこういう入り組んだ地形ってのは訓練するにはいいかも。ただ、さっきみたいな敵はちょっとゴメンだけど。薬にさえ耐性あるのに、問答無用で眠くなるって何だよ、反則じゃね?
 って考えながら飛び石をぽーんと跳んで、着地。瞬間。
「!…ぅぁ……ッ…」
 胸に激痛。思わず、足を踏み外す。
 倒れる、と思ったけどそうはならなくて。同じ石に飛び移ってきた甲太郎が後ろから支えてくれた。
「……サンキュ、です」
「………いや」
 だから言わんこっちゃない、とでも言いたげ。スイマセンでしたー。
「足が、滑っただけだから」
「ほーぉ」
 うわ、絶対信じてないよこいつ。
 …そんな胡散臭そうな顔するくらいなら、助けてなんかくれなくていいのに。どうして、いつも、手を差し伸べてくれるんだろうか。謎。倒れたら面倒とか言いながらさっきだってさ。扉はすぐそこにあったんだから逃げることだってできたはずなのに。
 心臓が落ち着かない感じのまま、対岸に着地する。腹の中が、じくじくと嫌な痛みを伝えてくるけど、我慢だ。
 石碑にある『天若日子の親神達は嘆き悲しみ 鳥達に八日八夜歌舞の役目を遣わした。 鳥達は中央に集いて役目を果たした』という通りにその場にあった鳥の像を真ん中に、向ける。
 したら、そこに現れた神度剣の柄。でも、無反応。何で?
「えーっと……は?菌?」
「どうした?」
「誰か、弱アルカリ性洗剤持ってる人、いる?」
 シーン。だよ、ねぇ。俺だって持ってねぇもん。
 何でも、装置に菌が付着してるせいで曇って光を反射できないんだってよ。何だ、それ。
「しゃーない。部屋にあるからちょっと取ってくらぁね。井戸から取れるからすぐだと思うけど……待ってらんないとかいうなら寮に戻っても、いいよ?」
「何言ってんだ、阿呆」
「拙者も待っている故、気にせず取ってくるといい。それとも付いていった方がよいか?」
「あー、いい、いい。走って行ってくるから。待っててちょー」
 二人に手を振って、猛ダッシュ。
 部屋を出て、扉が閉まったとき、思わずその場に蹲った。
「ヤベ……」
 腹ン中、出血してるかも。じわじわ来るこの痛みには覚えがある。前はこれを放っておいて死にかけたんだったっけ。あいつに、えらい怒られたよなー、無茶こいてんじゃねぇつって。
 魂の井戸が、身体の中まで治癒してくれると良いけど、なんて思いながら大広間に出た途端、喉元に圧迫感、軽く吐血。……こりゃ、本当にヤバげ。
 ずるずる身体を引きずってどうにか、倒れ込むように井戸に入ると、苦痛は嘘のように引いていった。おそらくはヒビが入っていたであろう鎖骨も、重たい腹痛も。
「……セーフ」
 色んな意味で危なかった。圧迫って、怖いねぇ、外傷なしに死にかけるんだもん。
 これからはもうちょっと気ぃつけよ。
 ミネラルウォーターで口を濯いで、手を洗って。証拠隠滅完了、弱アルカリ洗剤も持ったし、弾薬も補充したし、さぁ戻ろう。
 負傷が治ったせいか足取りも軽く、ルンタッタ~、と樹の間を抜けて元の場所まで戻ると、飛び石の前に甲太郎が立っていた。
「たっだいまー」
 手を振って弱アルカリ性洗剤をじゃーん、と見せると、そんなもんは軽く無視。
 代わりに、いきなり顎に指引っかけられて、上を向かされる。
「ちょ、っ…」
「顔色、戻ったな」
「え……」
「さっきまで真っ青通り越して白かったんだぞ。自分じゃ分からないかもしれないけどな」
 穏やかな、どこかホッとしたような顔で言うから。
「あ、もしかして心配してくれたとか?ヤだよー、まさか…」
「……するに、決まってるだろうが」
 え?と思ったその時。
 甲太郎が手を伸ばしてくる。
 接触。俺の、唇の端。指は触れて、離れるけど、何故か頬に手は置かれたまま。
 呆然とする俺とは逆に、甲太郎は全く何でもないって顔をして。
「口の端、血が着いてた」
「…………」
「見られて騒がれたくないだろ」
「…………」
「ほら、行くぞ」
「…………ハイ?」
 ポケットに手を突っ込んで軽く飛び石を越えていく甲太郎の後ろ姿を見ながら、一瞬、このまま回れ右って帰ろうかと思った。
 隠せない。隠しきれてない。傷ついたことも、死にかけたことも、―――触られるたびに、頭を抱えたくなるくらい、感情が揺さぶられていることも。
 靄が掛かった区画の向こうで真里野と話を始めた甲太郎の様子は、まるで普段と変わらない。
 真里野があっちから「早く来られよ」とか言って手を振ってくるんだけど、ぶっちゃけ、そっち行きたくない。つーか、甲太郎の傍に行った途端に頭おかしくなりそう。
 でも、まさか行かないわけにもいかなくて。飛び石を跳んで、甲太郎と目を合わせないようにして神度剣の柄を洗剤で磨いた。
 光の道ができて、それを追うように次の区画へ。
 中は真っ暗だったけど、真ん中にハシゴがあった。俺が上からライトを照らして真里野と甲太郎を先に降ろさせた。
「暗いから落ちないようにな」
「お前がな」
「…………」
 何事もなく下に降りると、また暗闇。俺が先頭になってノクトビジョンで辺りを確認する。敵影はなし。
 先に進むと、その先の宝壺の中から鞭をゲットレした。……鞭?
「じょーおー様とお呼びなさーい、ってするのかな…」
「く、九龍、それは…」
「いや、冗談だから」
 真里野ったら本気なワケないじゃなーい。……後ろの人も、冗談だからさ…。
 武器だとしても直接攻撃な近接戦がメインじゃない俺にはあんまり関係ないかなーって、思いながら次の部屋への扉を開けると、先が見えないほど広い部屋だった。
 敵の気配が、するけど。
 全体的に、立ち込めた靄のせいで視界が悪い。暗視モードを切り替えて銃を構えた途端、目の前にカマが降ってきた。
 突然の攻撃。咄嗟に、腕を出して、一本、駄目にする覚悟で止めようとした。
 それなのに、俺は抵抗する間もなく後ろに引っ張られて、代わりに真里野がカマキリお姉ちゃんの攻撃を剣で受ける。
「皆守殿、九龍を頼むッ」
「お前に言われるまでもない」
 は?
 呆気にとられてる間に、真里野の姿は靄の中に消えた。
「ちょっと、待てよッ!?何、それ…」
「阿呆、余所見するな、来るぞッ」
 真里野のことばっかり気にしてる場合でもなかった。現れたタマネギは既に攻撃モーションに。体を震わせて花粉だかを飛ばしてきた。
 喰らう!?と思って咄嗟にガスHGを投げつけるのと、攻撃が届くのがほぼ同時。タマネギは粉砕できたものの、また花粉のようなモノを吸い込んだ。
 今度は、何とかくらりとくる眠気に耐えたものの……後方から、寝息。
「甲太郎!?」
「………あぁ…眠い」
 思わず人がいるのに下の名前で呼んでしまうくらい、焦った。
 攻撃をもらったらしい甲太郎の体重が背中に掛かってくる。
 俺の声に反応するように、靄のどこかから真里野が呼びかけてきた。
「九龍、無事か!?」
「俺は、大丈夫!!」
 でも、皆守が…という前に真里野が呻く声が聞こえた。すぐに剣閃の音とカマキリお姉ちゃんの悲鳴が聞こえたから大丈夫だと思うんだけど…。
 どこかに甲太郎を寝かせた方がいい、と、その前にカマキリお姉ちゃんが登場。
 胴体を斬られればアサルトベストの分だけ浅く済むかもしれない。ただ、回されている甲太郎の腕が危ない、だとすれば…。
 甲太郎の鳩尾に肘を入れて沈めようとした。
 それなのに、前振りなんてなかったにも関わらず避けられた。しかも、体重を掛けてくる甲太郎の動きで、カマキリ女の攻撃を回避する。
 驚いてる、場合じゃない。二挺でカマキリ女の腹を攻撃、緩んだ甲太郎の腕から抜け出して、こめかみに上段回し蹴り。降りた足を軸にして、弱点の腹に裏蹴り。振り下ろされた左右のカマを銃で止め、がら空きになった顎に上段蹴りを喰らわせた。
 消える瞬間に前のように背中の剣をもぎ取り、甲太郎の元へ戻る。助け起こす前に蝙蝠が襲ってくるけど、大剣の一振り、二振りで二体とも消し去った。
 そこで終わりかと思ったら、そうじゃない。まだタマネギが残ってた。
 剣を、突き立てるように構える、その前に、飛び込んできたもう一つの刀の影。振り下ろし、振り上げたその後には、もう化人の姿は残っていなかった。
 真里野が仕留めたのを見て、労うよりも先に甲太郎の元へすっ飛んでった。
 壁に寄り掛かる甲太郎に、一応外傷は見て取れないけど。
「甲太郎、おい、甲太郎?」
 反応がない。けれど呼吸は規則正しく行われている。
 首筋に腕を伸ばして脈を取ろうとしたとき、突然甲太郎の膝の力が抜けた。
「ぅ、げッ」
 全体重預けられて、俺まで仰向けにひっくり返る。何とか受け身は取ったものの、体重を掛けられて見事に押し倒された。
 起き上がらせようとしても力の抜けきった身体相手では思うようにならない。
 なんとか自分の上半身だけは起こしたんだけど、甲太郎はぐったりしたまま。
「甲太郎!!」
 答えがない。
 焦った。物凄く。
 どうする?もし、このまま目の前の体温がなくなっていったら。
 甲太郎が、死んでしまったら。
 俺の責任だとか、遺跡に連れてきてしまったせいだとか、そういうのとは全く別の次元で怖くなった。
 ただ、それは、甲太郎がいなくなってしまうかもしれないということが。
「甲太郎ッ!!」
 名前を呼ぶ。肩を揺する。頬を叩く。意識レベルを確認する作業は全てやる。
「甲、太郎……こ……ろ…」
 手を握る。こめかみに鼻を寄せる。抱きしめる。意味のないことまで、全部。
 戻ってきた真里野に気が付かないくらい、俺は必死だった。
「九龍、どうした―――…ッ」
 顔を上げると、真里野は険しい顔をしている。状況を一瞬で把握したのだろう。
「……起きない、んだ」
「ま、まさか、皆守殿ッ!?」
 真里野の「まさか」という言葉が胸に刺さる。
 力が抜けて、呆然となっていた、そこへ。
「阿呆…」
 腕の中から声がした。
「…勝手に殺すな」
「甲ッ……皆守!?」
「眠い…」
 膝の上で仰向けになった甲太郎は、何度か気怠げに瞬きをした後、俺の頬に手を伸ばした。
「泣くなよ…」
「ぇ……」
「酷ぇ顔」
 目元を指で拭われたけど、涙なんて出ていなかった。なのに、そんなこと言われた途端、色んな物が込み上げてくる。耐えらんなくなって甲太郎の頭を膝から落として立ち上がった。ゴン、という嫌な音がして、呻き声も聞こえるけど、俺は背を向けて部屋の中央に向かって歩いた。
 恥ずかしいとか、安心したとか、そういうのと一緒に胸を押すのは、戦いに生きる人間が絶対に持ってはいけない感情だった。
 護りたい誰かがいれば強くなれるなんてのは嘘だ。
 概念として、責任の上で「護る」ということならば、いい。けれど何もかも抜きにした身勝手な感情の上で「護りたい」と感じたら、いけない。
 護りたい何かができた時点で、失いたくないという感情が生まれて、人間は酷く弱くなる。
 それは、知っていた。だから護る必要のない強い人間に惹かれるというのに。
 俺は、さっき、甲太郎だけは失いたくないと感じた。
 間違いだ。絶対、間違いじゃなくちゃいけない。
 間違いの延長で流れた涙を二人に見られないよう袖で乱暴に拭いて、壁際にあった石碑の解読を始めた。真里野が横から石碑を覗いてくるけど、何が何だか分かんないみたいで首を傾げる。
「何か、分かったのか?」
「ん……天迦久神が、五日目に最北西の地を、二十三日目に最南東の地を踏んだ、ってさ」
 天迦久神は鹿の精霊で、建御雷之男神の親父だ。でも今はその事よりも五日目に最北西の地を、二十三日目に最南東の地を踏んだって事の方が気になる。
 部屋にあった天迦久神の像の前に立つと、床がスイッチのように変わった。これを、踏んで行けってこと、か?
 試しに像の前から一歩踏み出してみると、スイッチが入った。
「五日目…最北西?」
 仮に、この一歩目が一日目だとして、五日目に辿り着くのが最北西。
「二、三、四、五……正解、かな」
「それで、どうするのだ」
「真里野、悪いんだけどちょっと俺が言うところに立ってくんない?」
「どこに立てばよいのだ?」
「んーとね、その向こう」
 ていっても、通り道がスイッチで塞がっちゃってるから、真里野が床を踏んだところでスイッチが解除されてしまった。
「うーん、コリャ、前もってどこを踏めばいいか考えないとだな」
 ゴーグルからH.A.N.Tに取り込んだ見取り図を広げて唸る。
「こう行ってこう行って、こう…」
「それでは全てのスイッチが踏めぬではないか」
「だよ、ねぇ」
「貸してみられよ」
 H.A.N.Tを真里野に貸して、床のスイッチと悪戦苦闘していると、すぐに後ろから、「九龍、これでどうか」という声が。
「え?」
「五つ目を踏んだ後、こう、こう」
「ふむふむ」
「その後はこう周り、こう行ってこう行けば、二十三歩目で最南東に辿り着けるのではないか?」
「おぉー!凄い、真里野天才!何でー?こういうの得意なん?」
「いや……その…図書室に『ぱずる雑誌』なる物が置いてあった故…」
 ごにょごにょと誤魔化すように呟く真里野。
 愛は強し、ですか。後で七瀬ちゃんにもお礼をしないとだなー。
 真里野が言ってくれた通り進み、五、それから二十三でちゃんと目的地に辿り着けた。後は簡単。残りも踏んで、祭壇に上がったら、どこかで鍵の開く音がした。
「よーし、行こうか。って、皆守は?」
「あの柱の陰で寝ておる」
「あ、そ。……ちょっと、起こしてきてくれる?」
「ああ、構わぬが」
 俺が行く気には到底、ならない。転がしておいた大剣を拾って待ってると、屈み込んでいる真里野がこっちを向いた。
「……九龍、皆守殿が呼んでおるぞ。寝言だとは思うが」
「殴ってでも起こして。斬ってもいいよ」
 素直な真里野がチャキンと剣を抜いて振りかぶる。それが降りるのと同時に、甲太郎、真剣白羽取り。
「行くよー、二人とも」
 剣越しに睨み合う二人に声を掛ける。なんか、火花散ってますけど。真里野、強い人好きだからなぁ。
 仲良きことは美しきかな、だよ。うん。
 二人が立ち上がるのを見て、俺は細い通路を抜けた。
 次の区画に入ってすぐ、石碑。読んでいると二人も入ってくる。
「あれは本気で斬る気でいたろうがッ」
「斯様なことがあるはずもなかろう、拙者の剣は素人を斬る為にあるのではない!」
 あーあ。
「建御雷之男神に天鳥船……葦原中国へと遣わせたってことは…」
「大体寸止めにならなかったらどうするつもりだったんだ、このヘボ侍!」
「拙者の剣を愚弄する気か!うぅむ、許せんッ」
「もー、二人ともちょっと静かにしてくんない?」
 と言うと、「元はと言えばお前のせいだろ!」と二人から怒られた。ごめんなさい。
 何だか状況が加熱したっぽいから、少し離れて部屋を見渡してみる。
 アップダウンの激しい区画で…急な坂と、上段は狭そうな足場になってるようだ。そして、部屋の中央には見事なまでの放電の膜に覆われた建御雷之男神の像。
「こいつはすごいな。触ったらひとたまりもなさそうだ」
 いつの間にか後ろにいた甲太郎が言う通りだと思う。これに何かを使う必要があるんでしょう。
 部屋の奥、施錠されてない扉の向こうには通路があって、例の黄金の扉と魂の井戸。やっぱり黄金の扉の方は鍵が掛かったままだ。
 部屋に戻って、睨み合う二人の横にあった坂を上がる。見下ろせば、また何だか言い争い。そういえば―――七瀬ちゃんと戦ったっていう件を、甲太郎は真里野に聞いたんだったっけ。また何か、変なことを聞き始めるんじゃなかろうかって気になったんだけど、敢えて気にしないようにして、上の足場を跳んでいく。
 宝壺からゼラチンをゲットレして、それから建御雷之男神の手、仕掛けの所へ。
 あのプラズマっぽいのを消すには、絶縁体が必要なんだとか。
 絶縁体って、電気を通さなければ何でもいいんかね?
 さっきまで前髪を留めるのに使ってた髪ゴム。輪ゴムみたいなんだけど髪が絡まないとかってヤツ、どっかになかったっけな。
 ごそごそとポケットを引っかき回していると、学ランの胸ポケから出てきた。
「よ、っと」
 切れた隙間に巻き付けると、さっきまで殺気の如くバリバリいってたプラズマが綺麗に消えた。
 上段から飛び降りると、いきなり消えた膜に二人は驚いてるっぽい。
「終わったよ。後は……これか」
 触れられるようになった建御雷之男神像から、秘宝《天鳥船》をゲットレして、終了。これを黄金の扉に使えば墨木への道が開けるはずだ。
 ……本音を言えば、墨木に近付くのはちょっと危ないんじゃないかって、思ってる。
 こう言っちゃ失礼ぶちかましだと思うけど、何だか、似てる気がしてならなくて。俺と、墨木と。
 ああやってガスマスクしてホントを自分を防護しなくちゃいられないっていうのは、すごく似てる気がする。
 素のままの自分でいられないって、やっぱ、辛いよな。
 黄金の扉を開ける前に魂の井戸で残弾補給、一応大剣も背負って、装備を調える。
 したら、背後に遅れて入ってきた二人の気配が。まだ言い合いしてるのかなーとも思ったらどうやらそうじゃないらしく。
「九龍、その、すまぬ…何も手伝うことができず…」
「ハイ?」
「拙者としたことが不毛な言い合いにかまけた挙げ句に本来の要務を失念するとは、不甲斐ない…」
「そうだそうだ、てめぇ何も手伝ってないだろ」
「貴様も同じであろうッ!!」
 あーあ。
「喧嘩するほど仲が良いって、こういうことを言うんだねぇ」
「なッ―――!九龍、拙者は断じて斯様な男とは仲が良いなどと…」
「こっちのセリフだッ」
「わぁ、意見もピッタリ」
 お似合いねー、なんて笑ってみせると、二人とも物凄く凶悪な顔で睨み合いを始めた。
 楽しそ。
「そういや真里野って朱堂とも仲良いよなー。こないだ廊下で追いかけっこしてたっしょ」
「……お前、アレと仲が良いのか…」
「違う!!それだけは断じて違うッ!」
「変人同士…いや、変態同士って訳だな」
「貴様ァ!刀の錆にしてくれるッ!」
 ほら、三人で喋ってるように見えて、結局は二人でこう、ね?
「ハイ、もういいですか、行きますよー」
 バスガイドのように手を振ると、つかみ合い寸前の二人が離れた。そのまま、フン、て感じで顔を背け合って後を着いてくる。
「まったく、心外だ。仲が良いと言われるなら、拙者は九龍と喧嘩するというのに」
「あはは、そりゃ大変だ。俺、好かれてんだか嫌われてんだか分かんねーな」
「何を言う、嫌っているはずがなかろう?拙者は九龍が好きだ」
 ぶッ。
 ……今、さりげに凄いコト言われたような…。
 他意はないこと分かってるけど、真里野ってそういうセリフ、さらっと言うんだよね。ドキドキしちゃいますよ、俺。
「あ、ありがと…」
「お前、そんなことよく恥ずかしげもなく言えるな…」
「何故だ?思ったことを口にしたまでだ。それに男同士で恥ずかしいもなにもあるまい」
 そうであろう?と同意を求められて言葉に詰まる。同じ男同士でも、同じセリフを甲太郎に言われたら俺はその場で蹴り飛ばして遁走する自信がある。
 まったく、俺の頭は七瀬ちゃんと入れ替わってからネジが戻ってない感じだ。
 あいつがこんな俺を見たらげらげら笑うぞ、きっと。
 …そういや、気安い口喧嘩なんて、しばらくやってないなー。
 八千穂ちゃんとはそうそうぶつかることがないし、他のみんなにしてもそう。元執行委員の皆さんはとても人当たりが好くいらっしゃる。夕薙は全部余裕で受け止められちゃってる気がするし、夷澤とのアレはお遊びだし。
 甲太郎とは、もう、なんか、そういう雰囲気じゃない。
 昔は、しょっちゅうだったんだけど。ここでは、俺は生徒じゃなくてアンダーカバーで、天香學園からはどこか除外されてる。
「あー、でもまあ…喧嘩するのはいいことだよ」
 黄金の扉の前に最後の鍵を捧げて、開錠音を聞きながら真里野を振り返った。
 隣にいる甲太郎は、視界の中から追い出して。
「喧嘩できるってのは、気安い証拠なんだから。口喧嘩くらいは全然いいと思うよ」
 扉を押した。相変わらずおかしな気配が漏れてくる。
「気安く、ガンガン言いたいこと言える奴って、大体が近くにいて、近くにいるからアラばっかり見える。だから気に食わないとか思うことも結構あって。簡単に、喧嘩、する」
 闇の向こう。目を凝らす。まだ、何にも、見えないけど。
 俺は、軽く真里野の胸に触れた。
「でも、気が付くんだ。いなくなってから。実はあいつが、大切だった、って」
「九龍…?」
「だから、いっぱいしておいた方がいいよ…………なんてね」
 笑って、闇の中に踏み込んだ。
 嗅ぎ慣れた硝煙の匂いが、どこからか漂ってくる、気がした。