風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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6th.Discovery 時をかける少女 - 8 -

『蛋白質結晶化しました。酵素融合安定しています。第三培養槽の育種に蠕動…』
 
 何だ……?水の、音?
 そこにいるのは誰だ?
 
『それでは、実験を次の段階に移行しろ』
『まだ時期尚早ではないか?』
『何を怖れている?我々の計算に誤りはない』
『そうだ』

 緩やかな揺らぎの中で、身体に触れられる感覚。
 ひたりひたり、皮膚に触れる、無機質な声。
 
『何のために多くの被験体を無駄にしてきたと思っておるのだ?』
『我々には、もう時間が残されてはいない……』

 触るな、俺は、――――なんかじゃない。
 物じゃないんだ、俺は、人間だ。

『早く、培養槽を開けるのだ』

   (こんなガキが、本当にそうなのかよ)

『早くしろ――――』

   (違ったら、さっさと殺って捨てればいいだろう)

『全ての培養槽を開け放つのだ――――』

   (さて、本物かどうか確かめさせてもらおうか?)

 やめろ。
 やめろ、や、めろ、やめ――――…

*  *  *

『っと――――、けて……さい』
 扉が叩かれる。その音で、目が覚めた。
 目を開けると、そこには見慣れた天井の色。寮の、天井だ。
 あれ?俺、昨日……。
 記憶は、墓場で終わってる。別に埋まったとか死んだとかそういうコトじゃないと思うけど。真里野とガチンコでやりあって、白マスクにいちゃもん付けられて、雛川センセは解放されて……。
 思い出しながら、ふと。自分の腕を見た瞬間、叫んでいた。
 黒い学ラン、色白いトコが難だけど血管の走った腕、銃ダコのできた指。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!」
 戻った?戻ってる?これ、俺の身体?だよな?だって、全然違和感がねーもんよ!手の平をひっくり返したり握ったり開いたり。うわぁ、俺の、腕だ。
 てーことは、ここは、どこだ?
 部屋を見渡すと、女の子らしいインテリアがずらっと並んで、いや、違った、本棚には古代文明の本とかがびっしり詰まってる感じで……だとすると、七瀬ちゃんの部屋、か?
 昨日、七瀬ちゃんは俺の身体のまま部屋に戻るって言ってた。で、俺の意識が身体に戻ったとすると、ここは七瀬ちゃんの部屋で、俺は、ばっちり葉佩九龍に戻ってる、ってことだよな。
 で、戻れた(であろう)ことにしばし呆然としてる俺の耳に飛び込んでくる音に気が付いたのは、その時。
「ちょっと、開けてくださ~い?」
 ん?
「もしも~しッ!!」
 ドンドンッ!と、けたたましく叩かれる七瀬ちゃんの部屋の扉。ったく朝っぱらから何だよ……って、げぇッ!!
 こ、こ、ここ、じょ、女子寮、ですよね?あれ?男子禁制お泊まり厳禁?
 焦る間も叩かれ続ける扉。返事をしないわけにもいかず、仕方なく扉を開けた俺の前に並んでいたのは。
「なッ……何で男子が女子寮にッ?」
「きゃァァァッ!!」
「いやァァァッ!!」
「この人C組の転校生よッ!!」
 なんとかをひっくり返したような、大騒ぎ。周りは、女子、女子、女子ってな感じで、俺は扉を開けなければ良かったと、本気で後悔していた。
「ど、どういうこと?これは……」
「えッ?だって月魅の部屋に学生服の人が入っていったっていう子がいたから、もしかして、噂の不審者が変装して入り込んだのかと……」
 違うよ思いっきり中身七瀬ちゃんなんだよそれは、なーんて、主張するわけにもいかず。『噂の不審者』であるアムロさんにそこはかとない殺気を抱きながら頬の筋肉が引きつるのを感じて、それでも黙っているしかなかった。
「何で、葉佩くんが月魅の部屋に?」
「いや~ん、もしかして、月魅とッ!?」
「ショック~!そうなのッ!?」
「違う違う違う!!そ、そうじゃなくて、コレにはどっぷり深いワケが……」
 あるんです、と、無罪を主張しようとした俺の口を閉ざす、もの凄い殺気が目の前から迫ってきた。あまりの迫力に、周りの女の子もビビって道を開ける。
 まるで大魔神召喚、てな感じで進み出たのは……八千穂ちゃん。ぎえぇぇぇ……。
「く、ろ、う、くぅ~ん」
「ハ、ハイ」
「九龍クンの、」
 拳に気を溜める。
「九龍クンの、」
 肩を綺麗に引く。
「九龍クンの、バカァァァァッ!!
 繰り出されたストレートは、あまりにも見事すぎるほど、俺の頬骨の辺りに炸裂した。覚悟したとは言え、あの殺人スマッシュを繰り出す豪腕には耐えきれず、身体は後方に吹っ飛ばされた。現役時代にも体感したことのないあまりの衝撃に、目が覚めたばかりなのにくらりと意識が一緒に吹っ飛んだ。
「ちょっと、大丈夫?モロに顔に入ったよ?」
「気、失ったんじゃない?」
「まッ、女子寮に忍び込んだバツよね」
 だから、違うってば……と、口にする余裕すら、俺には与えられなかった。

*  *  *

 朝、学校に行くと俺の話題で持ちきりだった。全寮制だからこそ、寮で起きた大騒ぎってのはすぐに伝達されるらしい。
 あの後、その場にやってきた七瀬ちゃんと雛川センセのお陰で事態には収拾がついたものの、俺と七瀬ちゃんがどうこう、という噂は尾ひれを付けて広まってしまった。
あの夜、七瀬ちゃんは雛川センセの家にいて、俺は不審者避けとして七瀬ちゃんの部屋にいたってことをその場で口裏合わせ、したんだけど、前に不審者騒ぎで俺に女子寮警備をやらせた八千穂ちゃんはともかく、色んなヤツから変な目で見られることとになった。
「あ~ぁ…」
 教室の机の上で撃沈しながら、H.A.N.Tに届いていたルイ先生からのメールを読んだ。
 氣と身体の繋がりのことだったんだけど……一番最後の『時間が経過すれば、氣が交じり合い始め、取り返しの付かないことになるかもしれない』っていうのがやたらと物騒に感じた。取り返し付かないって、何だよ。戻れなくなったかもしれないとかそういうことかね?
 後でお礼を言いに行きがてら話を聞きに行こうと決めて、H.A.N.Tを閉じた時。
「おっはよ~!」
 元気のいい声が教室に入ってきた。思わず、そっちをじっとりと見遣ってしまう。
 俺と目が合った八千穂ちゃんは、一瞬ギクッとした顔をしたものの、苦笑いをしながら俺の方へと向かってきた。席が、隣だから来ないわけにもいかないんだろうけど。
「あー、オハヨー」
「お、おはよう、九龍クン、きょ、今日もイイ天気だねッ!」
「そーだね、とぉっても。朝っぱらから俺は空に星を見たけどな」
 目の前がチカチカしたってーの。
「……ゴメンねぇ、話も聞かないで思いっきり……痛かった、よね?」
「顔に素敵な痣の模様ができました」
「う゛ッ……」
 八千穂ちゃんが呻って、顔を顰める。虐めすぎたかな?
「なぁんて、冗談だよ。大丈夫。女子寮に無断で入り込んだ俺だって悪いんだし」
「う、うん」
「目覚ましにはバッチリな一発でしたよ」
「うぅぅぅ…」
 ぶっ飛ばされた後、七瀬ちゃんに事情を説明された八千穂ちゃんは、俺が七瀬ちゃんに夜這いをかけたというとんでもない誤解を解いてくれた。ま、解いたところで俺のほっぺの痣が消えることはないんですけど。
「そう言えば、七瀬ちゃんは今日学校休むんだって?」
「うん。調子悪いみたいで、身体が動かないって言ってた」
「……あ、そ。」
 ごめん、七瀬ちゃん…たぶん筋肉痛だよね、それ。
「ね、九龍クン、……月魅とは、ホントに…」
「あー、何でもナイナイ。七瀬ちゃんに失礼でしょ、それは。俺は大歓迎だけどさ」
「そっかぁ。でも、昨日は月魅、九龍クンのことずっと探したりしてたから、それに、最近よく一緒にいるでしょ?図書室とかでも」
「……それはね」
 俺は、八千穂ちゃんの肩を引いて、小声で耳打ちをした。
「遺跡に潜るときに必要になる資料とか借りてたんだ。書庫室の鍵、七瀬ちゃんが管理してるっしょ?」
「あッ!それで図書室に通ってたんだ」
「そういうこと」
 遺跡のことを大っぴらに話すわけにも行かないからこっそり通ってたんだよって言ったら、ようやく八千穂ちゃんも納得してくれたらしく。なんだか上機嫌になって鼻歌を口ずさみ始めた。
 そん時、ふと視線を感じて教室の中を見渡すと、うわ、珍し。HR前なのにいないはずの男が教室にいる。
「みなかみー!オハヨー」
「…………」
 席から手を振ったら、鞄を机の上に置いていた甲太郎は、俺を一瞥すると顎で「来い」って合図を送ってきた。そのまま、教室から出て行ってしまう。
 何だろうと思いつつ、昨日の夜、部屋で七瀬ちゃんのままちょっとした言い合いをしてしまったこともあったから、俺はその後を追った。

*  *  *

 向かったのはやっぱり屋上で、辿り着くまで甲太郎は始終無言のまま。なんか、怒ってるのかとも思ったけど、表情はいつも通り気怠げで、なんだか上手く読み取れない。
「なー、どったの?」
 風が冷たくなった屋上で、甲太郎の背中に問いかけた。緩慢な動作で振り返った甲太郎の目に、一瞬吸い込まれそうな危うさを感じて、すんでの所で踏み止まる。こいつ、なんつー危うい眼で見てくるんだろ。真っ直ぐすぎて、眩暈すら、しそう。尋問官にものごっつい向いてると思うぞ。
「……昨日、七瀬の部屋にいたのか」
 来た。
「うん。いたよ」
「何してたんだ」
「夜は荷物、あ、本のね、整理したりとかー、で、ほらアムロさんが学校に出たっつって七瀬ちゃんが不安がってたからさ。まさかお知り合いだし人畜無害ですなんて説明するわけにもいかなくて、そのまま俺が部屋に泊まったんだ」
「七瀬もか?」
「七瀬ちゃんは雛川センセんち。俺が進路のことで呼ばれてたから、用事が出来て行けなくなったって伝えてもらいがてら、そっちに泊まったって」
 努めて明るく、後ろめたいこと何て何もないような口ぶりで。軽く笑った俺は、確かに『葉佩九龍』、できてたと思う。
「まさか、甲太郎まで俺と七瀬ちゃんがどうこうとか言うなよ?」
「…………」
「あれで七瀬ちゃん、結構迷惑してるんだから」
 先手を打って、釘を刺す。誤解されたくない人には、先回りが重要。分かってくれる人だけ、分かっていてくれればそれでイイ。
「そういや昨日、俺の部屋で七瀬ちゃんに会ったんだって?」
「……あぁ」
「なんか、お前が怖かったって言ってた。ダーメだぜ?女の子には優しく、コレ、基本」
 ふざけて笑って、ガッツポーズなんか作ってみちゃったりして。でも、なんだろう。甲太郎の反応が滅茶苦茶に薄い。
 ちょ、ちょっと待ってよ、俺、いつも通りっしょ?おかしいトコ、ある?
 かなり焦って、夢で見たあいつの姿をもう一度思い出そうとした。
 その前に、甲太郎はアロマパイプにゆっくりと火を着けるのが目に入ってくる。
「……手紙、もらった女はどうした?」
「あー……っとね」
 今日の朝、礼拝堂での出来事を、瞬時に脳味噌に思い起こさせた。
 改めて告白を受けた俺は、お付き合いしてくださいという申し込みを、謹んでお断りした。思いを傷付けずに断る方法なんて知るべくもないから、それでも言葉を必死で選んで、はっきりと自分の意志を伝えることで、精一杯。
 ――――結局彼女は、薄い唇を噛みしめて、少しだけ泣いた。
 一体俺のどこに惚れたの、なんて無粋なことは口が裂けても言えないような状況で、どうしたらいいのか分からなかった俺は、昔、凹んだときにあいつがしてくれたように背に腕を回して、あやすように叩いたんだ。
 しばらくして泣きやんでくれたものの、どうやら元々気が強かったらしい彼女に『そういうところが女の子に誤解されるんです』だの『天然でタラシです』だの、散々言われて、トドメのように女子寮のことを冗談めかして怒られた。
 女の子って、不思議な。泣きながら、すぐ後で笑えるんだもんよ。モチ、それがいっぱいいっぱいの虚勢だとかってのはよく分かるけど、一応、フってフられた関係で、『校内で見かけても知らないフリとか気まずい顔とかしないでくださいね』って言えちゃうのってすげぇと思う。
 んなこと考えてたのが顔に出たのか、百面相でもしてたのか、甲太郎は怪訝そうに俺の方、見てくる。
「……泣かれちゃったよー」
「…………断ったのか」
「俺じゃ、ね」
「どういう意味だ?」
「へ?あ、ほら、俺、マトモな高校生じゃねーじゃん?嘘吐いて学生やってるわけだし、その俺に好意持ったって言われても、俺が側にいてあげることもできないし、第一本当のことなんてあの子には言えないし」
 言いながら、結局俺ってウソだらけ、とか思ったけど、それは口に出さず。
「ここにいる間は誰かと付き合うとかって無理だと思うんだー」
「…へぇ」
「可愛い子だったから、ほんのちょっと、勿体ないと思ったけどね」
 肩までの髪に勝ち気な目つきが、ほんの少し誰かに似ていた女の子。顔見てタイプかどうかって言われたら、結構真ん中辺りを撃ち抜いていた気がしなくもないんだよなー。
「それに俺には八千穂ちゃんも白岐ちゃんも椎名ちゃんも舞草ちゃんも朱堂も、」
「オイ」
「それは冗談だけど、ほら、みんながいるし!」
 一人になんか選べない!って、ジョーダンぶっこいてみるんだけど、さ。
 やっぱ、甲太郎の反応が何だかビミョー。真っ直ぐな目でじっと、俺のこと見て、僅かに頷いたりしてくるだけ。
「………ねー、なんか怒ってるっしょ」
「七瀬は」
「は?」
「ナ、ナ、セ。あいつが抜けてる」
「……あ。」
 あ、あ、あはははは。別に意図してたワケじゃないよ?たださー、七瀬ちゃんて昨日は俺だったわけじゃん?あの身体で、俺として、彼女は在ったわけだから、なんつーんだろうなぁ…微妙に女の子とかそういう風には見れなくなっちゃったというか。
「そう、だねぇ、七瀬ちゃんも好きだよ!当然♪」
 誤魔化すように、へらへらと手を振って笑った、その、腕を。
 唐突に掴まれて、背中に衝撃。そのことに身体が反応できなかったワケじゃないけど、相手が甲太郎だったらカウンターなんていらないなーとか、漠然と思ってたんだ。そうしたら、目の前のかなりの至近距離に、甲太郎のお綺麗な顔。
 そういえば……昨日、七瀬ちゃんとして会ったときに部屋で変に緊迫した遣り取りをしましたねぇ、甲太郎さん。変な誤解して色々言っちゃったこと、謝んなきゃって思っても、どう説明したらいいか思いつかなくて。
 真っ直ぐな視線から逃げるのもおかしいから、見返してたら、この言葉。
「―――昨日の七瀬、お前だろ」
 流石にビックリした。で、無意識にそれが顔に出てたらしく、甲太郎は何かを確信したらしい。
「やっぱりな」
「えー…ちょ、イキナリ何言ってんの?ンなわけねーじゃんよ。どーした?お疲れ?カウンセリングでも、どう?」
「それ、俺が七瀬に言って、七瀬に言われたセリフだ」
 …………墓穴というヤツですねー。あらら、どうしましょう。笑顔が引きつってしまいますよ。
「昨日、部屋で言った言葉の意味、どういうことだ」
「だーかーら!おりゃー知らんっての!七瀬ちゃんにでも聞けば?」
「休みだ。極度の筋肉痛らしい。部屋で本の整理しただけで、な」
「………な、七瀬ちゃん、体力、なさそうだもん、ねー…」
 ヤベ。マジで顔が近い。超至近距離なせいで動悸息切れ眩暈が一度にやってくる感じ。養老酒、カモーン…助けてーあんぱんまーん…。
 きっちり、俺の頭はテンパっているようだった。
「『あいつは、人の表面だけ見て理解した気になってる』ってな、俺に言ったろ。それは、お前が七瀬に変わってるって気が付かなかったってことか?それとも、別の意味でか?」
「…………えっと、根本的に俺は俺で、七瀬ちゃんではないんですが…」
「バッくれんなよ。カウンセラーに聞いたんだよ、もう」
「ウソ!?」
「ウソ」
 ……騙された。
 こんな手に引っ掛かる俺は、もう完全なる平和ボケとしか言えないんじゃなかろうかと軽い自己嫌悪に陥ってまうってんだ。ホント、俺、どうしちゃったんだろ?ルイ先生の『取り返しのつかないことになる』って言葉が、俄然真実味を帯びてくる。
 甲太郎は、俯き加減の俺に、ふわぁーっとラベンダーの匂いを吹きかけてきた。
「言っておくが、俺は、お前のペラい笑顔だけ見て満足するつもりはない」
「……はい?―――ッ!」
 ふ、っと。甲太郎の顔が、僅かに視界からずれた。次の瞬間には、鎖骨の少し上の辺りに、予想もしない痛み。噛み付かれた、のか、唇を寄せられただけ、なのか。分からないような微妙な感触。
 甲太郎は顔を上げた。冗談の色が、ない。
 ビックリした。さっきビックリした、比にならないくらい、ビックリした。
 呆ける俺を満足げに見下ろした甲太郎の指が、八千穂ちゃんが作った青痣にも降りた。
「これも、消したいとこだがな」
「……はい?」
 そんなに早くは治りませんが?
「香水臭いのも腹が立つ」
「……はい?」
 えーっと、告白してくれた女の子の移り香でしょうか?
「図書室には一人で行くな」
「……はァ」
「それじゃあな」
「……はァ」
 近すぎた体温が唐突に離れて、屋上からも、いなくなる。
 バタン。扉が閉まる硬質な音を聞いた瞬間、どこか遠くを見たまま硬直していた俺は、ずるずると壁際に座り込んでしまった。
「………はァ?はいィ?」
 何ですか?
 無意識に首筋に伸びた手が、甲太郎の触れた箇所を押さえる。
 熱を持ってるように思うのは、多分単なる気のせいなんだろうけど。
『お前のペラい笑顔だけ見て満足するつもりはない』
 言葉と共に、感覚が蘇る。
『……クロウは、クロウのまんまで、いいんじゃねーの?無理して笑ったり、しなくてもさ』
 追い打ちを掛けるように、見た夢の言葉まで。
 何なんだよ。俺は何か、間違えたか?あいつにバレるような行動、そこまで露骨に見せたか?
 七瀬ちゃんが七瀬ちゃんであるようにも頑張ったし、俺は、努めて『葉佩九龍』だったはずだ。どこに欠陥があって、あいつは一体何を視た?
「…はぁ」
  何を見ていたとしても。俺は素の自分なんて見せる気はさらさらないし、見られたら関係性が崩れるのだって分かってるんだ。
 一歩踏み込まれたら、一歩引かなくちゃいけない。
 どんだけ何を求められたとしても望まれたとしても、俺は、葉佩九龍としてしかこの學園にいられないってことだけは、よく、分かってた。
 血腥いとか硝煙臭いとかそういうこともあるけど、本質的に。
 俺が高校生としてこの學園に馴染めるなんてことは、絶対に、ないんだから。
 俺は、甲太郎の残した感覚の熱さに冒されながら、ぼんやりと。
 馬鹿みたいに晴れた空を見上げた。

End...