風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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6th.Discovery 時をかける少女 - 5 -

 六限が終わる前にもう一度保健室に出向いて、ルイ先生と少し話をした。
 七瀬ちゃんが見つかったこと、彼女が司書室にいること、接触だけでは戻れなかったこと。
「てなわけなんで、もし彼女が来たら匿ってあげてください」
「分かった。約束しよう。ただ、彼女ではなく、彼なんだろうがな」
「……俺はいーっすけど、七瀬ちゃんはあんまからかわないであげてくださいよ。ナーバスになってるみたいだし」
「ハハ、優しいな、君は」
「ええかっこしいなだけですー」
 それともうひとつ、頼みたいこともあったんだ。
「センセ、もし雛川センセに会う事があったら、葉佩九龍は今日は行けない、って伝えておいてもらえますか?呼び出しくらってるんすけど、さすがにコレじゃ…」
「呼び出しね。そうか、なら急な腹痛で二進も三進もいかないようだと伝えておくよ」
「……よろしくお願いしますぅ」
 協力は非常にありがたいんだけど、その代わりに遊ばれてるような気がする、っていうのは気のせいじゃない、よな?
 保健室から出て、すぐにチャイムが鳴った。放課後、生徒会にガタガタ言われる前にさっさと荷物を取ってこないと。
 七瀬ちゃんの荷物はいいとして…俺の荷物はどうやって取ってこよう?七瀬ちゃんが葉佩九龍の荷物を取りに行ったら、明らかにおかしいよな?八千穂ちゃんにもまた怪しまれそうだし。
 大したモンは入ってないけど、部屋の鍵だけは持っておかないと、遺跡に入る前準備もできない。
 まずはさっさと3-A教室で七瀬ちゃんの荷物をまとめて、それから3-Cへ。途中で取手なんかに「さようなら」とか超絶笑顔で挨拶してみちゃったりして、覗いた元・俺の教室には、もう人影もまばらだった。八千穂ちゃんや白岐ちゃんの姿はない。よっしゃ、今だ。
 残ってたクラスメイトに、さもここにいるのが当然という顔をしてみせて、手早く荷物をまとめた。中には不思議そうに見てくるヤツもいたけど、そんな時は問答無用に必殺スマイル。有無なんざ言わせてたまるか。にぃっこり笑ってやると、男子はほとんど顔を真っ赤にして目を逸らせた。女子には仕方ないから軽く挨拶だけして、俺は二人分の荷物を持って教室を出る。
 言っておいた通り、図書室に七瀬ちゃんの荷物を置いて、自分の荷物だけを持って校舎を出た。
 そこで、メールを受信。差出人は七瀬ちゃんだ。
『間もなく校舎が閉まってしまうので、とりあえず参考になりそうな本を持って、女子寮の自分の部屋に戻っています』
 だそうで。ん、正解。そうしておいてもらった方が俺としてもありがたい。タオルで頭隠した学ラン男が入ってったら逆に騒ぎになる気がしないでもないけど。
 っと、そこでまだメール読んでる途中にもう一通。
 タイトルが『今宵、七時。』ってあったから、ちょっと構えた。(つーかあのサムライがメールを打てたという事に軽く驚いた。)
 内容は……簡単に言うとてめぇが逃げないように人質取ったから時間通りにちゃんと来いやゴラァ、みたいな感じ。
『お主が逃げ出さぬように、拙者はお主の大切な者を預かっている。お主の担任である學園の清楚たる花を……。』
 これは、ええ、もうぶっ殺しても可ですね、はい。身体中の穴っつー穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたる。
 んだよ、正々堂々言いながら、やってることコスいじゃねぇかよ、野郎…。
 約束の七時まではまだ数時間ある。とりあえず今やる事は、雛川センセの所在の確認。捜しても無駄、ってあるけど、だからって狂言に越した事はないんだ。もし捕まってなかったとしても、約束の七時には行けそうにもないって、伝えなくちゃいけないし。
 部活動で賑わう校庭を横切って、温室の前に辿り着いたとき、俺はもう一つの、大事な約束を思い出した。目の前に、礼拝堂が見える。
 ポケットに突っ込んでおいたラブレターを出した。持ち歩いてたせいで結構よれよれになってる封筒から中身を出して確認すると、正確な呼び出し時間とかは書いてない。放課後、っていうただそれだけ。
 今、この格好のまま今日は葉佩九龍は来れないって伝えに行ったら、やっぱまずいかな…。流石に他の女が来たらカチンと来るってのは阿呆な俺の脳ミソでも分かる。でも、連絡手段ねぇし、何もなしですっぽかしたら傷付けちゃうだろうし…。
 だーッ…、何でこう、色んなことが一気に起こるかね。
 頭を掻きむしりたくなる衝動を抑えながら小走り(全力で走ると、この身体すぐヘバる…)で、中庭を突っ切ろうとした俺を呼び止める声。
「葉佩さん」
「お、白岐ちゃん」
 中庭に立っていた白岐ちゃんは、ゆったりとした足取りで近付いてくる。
「どうやら、まだ元に戻れていないようね」
「お陰様で」
「――――ねぇ、葉佩さん。もし、ずっとこのままだったらどうするの?突然《他人》になってしまった自分の悲運を嘆いて生きるのかしら……」
 ちょっと走っただけで荒れた息を整えてから、俺は、たぶん七瀬ちゃんじゃ絶対やらないようなへろへろな笑いを返した。
「悲運は七瀬ちゃんだろー」
「え?」
「俺はさ、入れ替わったとしても、この身体でどうにか生きていけって言われたら生きていけるんだよ。七瀬月魅で、って言われたって何とかなるワケ。でも、七瀬ちゃんはそうもいかねーだろ?たぶん、葉佩九龍の身体じゃ両親とかにも会えないし、それ以前に男で生きていく事に抵抗あんだろうし」
 折角、柔らかくって、綺麗で、あったかい、女性っていう性別で生まれてきて生きてきたんだから、これからいきなり硬くて汚くてつまんねー男って性別で生きろっていうのは酷すぎる。普通の人間は、そこまで状況に適応することなんて出来ないだろうから。
「だから、俺は文句言ったりする前に、なんとか七瀬ちゃんに身体返してやらんと。あの身体じゃ、良い事ねーもん」
「嘆くような事はしない、と……?」
「無駄だかんね」
「葉佩さん――――、あなたは強い人ね。私にもあなたのような強さがあったら……」
「あー、こんな開き直り能力なんざ、ねーほうがいいって。それよりさ、白岐ちゃん雛川センセ、放課後になってからどっかで見た?」
「……いいえ、どうして?」
 まさか、誘拐されたかも、なんて言えるわけもない。
「ヤ、今日、放課後呼び出されてんだけどさ、俺、今これじゃん?だから、もし雛川センセをどっかで見かけたら、学校のサーバーの方にメール送ってほしいって、伝えてもらえっかな?」
「もし、見かけたら…ええ、伝えておくわ」
「頼まぁね。ほんじゃ、またね」
 手を振ると、白岐ちゃんは珍しく片手を上げて俺に手を振り替えしてくれた。ちょっと驚いてると、その間に温室に入ってっちゃったんだけど。
 背中を見送って、それから、礼拝堂に行こうかどうか、少しの間だけ悩んだ。……悩んでる時間すら惜しいんだけど。
 したらイキナリ、後ろから何者かに不意打ちされて、思いっきり前につんのめった。な、何だぁ?
「にゃー」
「ラ、ラベンダー!?」
 後ろから俺に飛び掛かってきたのは、學園に住み着いてる野良猫のラベンダーだった。ラベンダーってのは、こいつが前にラベンダーを咥えて俺の前に現れたからで、どうやら滅茶苦茶に、懐かれてしまっている。
 俺の方もこいつのことは可愛くて可愛くて、彼女!とかいって自慢しまくったこともあるんだけど…。
 今の俺は葉佩九龍じゃねぇぞ?うーん、猫って分かんのかな?
 肩に乗ってきたラベンダーにべろべろメガネを舐められていると、どうやら彼女を追ってきたらしい人影がマミーズの方から走ってきた。
「あ~ん、どこ行くんですかーッ!」
 それは、舞草ちゃんだった。
「ラベンダーさん、ダメですよぉ、あんまり色んな人に見つかると追い出されちゃいますってば~ ……って、あぁ!七瀬さん、こんばんはッ!」
「こんばんは」
「はッ!ラベンダーさんが懐いてる!葉佩くんにしか懐かないのに…」
 ……このラベンダー嬢、葉佩九龍の他にはマミーズの残り物とかくれる舞草ちゃんにしか懐いてないのでした。
「そ、そうなんですか?不思議ですね」
 なんて誤魔化しながらラベンダーの咽をゴロゴロ撫でていると、舞草ちゃんは俺の目の前にしゃがみ込んでその光景を見ていたんだけど、しばらくして、意を決したような口調で、
「あッ、あのォ~、ちょっと噂に聞いたんですけどォ~…」
「はい、何か…?」
「あなたが、その……葉佩九龍くんと付き合ってるって、ホントなんですか~?」
 …………頷いたら、後で元に戻れたときに七瀬ちゃんに怒られるんだろうな。
 つーか、皆守甲太郎といい七瀬ちゃんといい、噂立てられやすいな、俺。男女構わずってのがすっげー気になるけど。
「いえ、葉佩さんはよく図書室を利用されるので、それで少しお話ししたりはしますけど…お付き合いなんて、とんでもないです」
「えッ、違うんですか~?奥の席にいる子たちがそんな話してたから、あたし、てっきり……」
「違いますよ。その方たちにも言っておいてください」
「あ、す、すいませんッ。あたし、こういうお話大好きで、つい…」
 げ、ちょっと強く言い過ぎちゃったかな。でも、余計な噂って、面倒くせぇしな。
「でも良かったぁ~。実はあたし、彼の事ちょっと気になってて~」
 ……舞草ちゃん、男の趣味悪ぃな。八千穂ちゃんといい、ラブレターの子といい……葉佩九龍は本当にウケがいいですこと。外面がいいって、便利だぁ。俺、ここまで自分の評判が良かった事なんてねぇぜ?
「あッ、やだァ~、これナイショですからね!」
「え、ええ。もちろん」
 聞いちゃいましたけど。
「あの、それじゃあ私、用があるのでこの猫…」
「はいはい!さッ、ラベンダーさん、行きましょ」
 それでも行かないラベンダー。絶対コイツ、俺が葉佩九龍だって気付いてるよな、動物のカンとか第六感みたいなアレ?
 俺はラベンダーを抱き上げて、鼻先と鼻先を付けた。
 安心しろ、すぐに、戻ってきて遊んでやるから、今は、行かせてな?
「ニャ」
 まるで以心伝心でもしたかのように、ラベンダーは俺の鼻先を嘗めて、手の中から飛び降りた。マミーズの方に向かって走っていく彼女を、舞草ちゃんがは慌てたように追い出した。
「それじゃあ七瀬さん、また今度~」
「はい、それでは」
 一礼して顔を上げると、マミーズの制服がちらりと視界の端を掠って、すぐに物陰に消えた。
 それから、どうしようか。すぐ目の前には、威圧するように礼拝堂が立ち尽くしている。神様の目の前で、偽りの姿で、告白される?そんな事赦されるんだろうか?
 ……違うな、俺には誰からも赦される権利なんて持ってないんだ。行かなくちゃ、いけない。
 
 礼拝堂には、制服を着た女の子が一人、佇んでいた。

*  *  *

 礼拝堂を出た後、雛川センセの家に行ってみたが、留守のようだった。もう放課の時間から大分経つ。本当に真里野に連れて行かれたという可能性を考えなければならないらしい。
 既に時刻は六時を回っていた。現状での最優先事項は午後七時に真里野剣介の元へ辿り着く事。この状態ではバディを伴って、ということは不可能だ。何とか七瀬月魅の身体のままで、行き着く必要がある。
 この身体で男子寮の自分の部屋に行くのはちょっとどうだ、とも思ったけど、部屋には非常階段の鍵も置いたままになっている。武器や装備は遺跡の中から引っ張り出せるとしても、一度、戻る必要があった。
 男子寮の中でも、逆に堂々としていればそれほど目立たない。ここにいるのがさも当然だという態度は、その場所に人を馴染ませる。逆に挙動不審になれば存在が浮いてしまうもんなんです。俺は、葉佩九龍のつもりで廊下を闊歩し、部屋に辿り着き、鍵を開け、中に入ってしまえばもう他人を気にする必要がなかった。机の中から非常階段の鍵を取り、しまっておいた銃を手に取ってみる。
 クソ……M92FSが重い。片手では標準を合わせる事すら難しいほど手が震えてしまう。非力な腕だ。本当に、女性らしい。今は、ただわずらわしい腕。
 こうなったら二挺拳銃をするよりSMGを抱えた方が身動きは取りやすいかも。それから、足首と膝にテーピングをしておかないと、おそらく華奢な身体はすぐに壊れてしまう。
 俺は、葉佩九龍の身体で行いうる限界の動きを覚え込んでしまっている。この身体でそれをしたら、まず無事ではすまない。50メートルを走る上で、五秒近い差ってのはかなりのものだ。
 ただ……死ぬ気はしなかった。強がりなんかじゃない。今の状態よりももっとマシな状態で、それでも死ぬかもしれないという冷たい感覚を味わった事は何度もある。
 今は、それがない。状況に頭が付いてきていないわけではない。考えて、その末に、生きていられる可能性を漠然と感じているというだけの、曖昧なものだけど。
 俺は、今、俺の身体として機能する細く、白い腕を見た。なんて頼りない…。
 同じ女でありながら、あの女はなんて逞しかったんだろうと、今更ながらに思う。ベレッタを握れば、標的を外す事など考えられなかった。もし、あいつと入れ替わっていても、大した違和感もなく行動できたに違いない。
 ……なんて、思い出してるコト自体、既に女々しいこと限りないでしょ、俺。
 手の平を握りしめて、とりあえず現在手元にある銃を確認した。P90……ロゼッタではアサルトライフルって名目で売られてるけど、実際のところはSMG扱いの銃だ。ブルバップでそこまで重量も反動もない。M92FSと同じく、ロゼッタ経由じゃなくて自前の銃。使い慣れてるって言えばその通り。これでやるしかない、か。
 ガンベルトを肩から提げ、ずしりと重みのある銃を両手で握った。身体が悲鳴をあげだすのはおそらくすぐだが、弾数で押せば、的を外す危険性は格段に低い。
 まさかアサルトベストを着てゴーグルを嵌め、これを引っ提げたまま遺跡に行くわけにもいかないから、装備は遺跡に入ってから揃えることにした。
 一応武器を隠し、ロープを手に取り、その時。
「おい」
 後ろから、誰かに腕を掴まれた。咄嗟にその腕を捻り、掴んだ相手の手をねじ上げた……けど。
 すぐにそれを解く。そして俺は、いや、七瀬月魅はそんなことをしてはならなかった。驚いたふりをして、悲鳴の一つも上げておくべきだった。
 気配もなく、すぐ後ろに立っていたのは―――皆守甲太郎だった。
 俺の取った行動に、明らかに不審の目を向けている。それ以前に、ここは葉佩九龍の居る部屋で、七瀬月魅がいるべきじゃない。そして俺は、この男が部屋の合い鍵を持っていることを忘れていた。
「ここで何をしてるんだ」
「……葉佩さんから、頼まれ事をしていて」
「九龍が…?」
 条件反射で防衛対応してしまった事は、大きなミスだった。
「あいつがどこにいるか知っているのか?」
「ええ」
「どこだ」
「……、私の部屋に」
 皆守甲太郎の目は、怖いほど真剣だった。気圧されていつの間にか、壁際にいた。この場合、挑み返すのは得策じゃない。
 俺は今、七瀬月魅だ。怯えたように、おどおどと視線を外す。
「何で九龍がお前の部屋にいるんだ?」
「な、何でと、言われても…葉佩さんが本を、借りたいと…」
「じゃあ何でお前がここにいるんだ?」
「………持ってきてほしい物が、あるから、と頼まれたので」
 突然、顔の横の壁が呻った。皆守甲太郎が、忌々しげに壁を叩いたのだ。
 七瀬月魅は身体を強張らせる。その中にいる俺は、心中で、この男の真意を計りかねていた。
 ルイ先生にも白岐ちゃんにも、入れ替わりの話はしてしまっている。そして、葉佩九龍と皆守甲太郎の関係は、友人……って、言ってもいいんだと思う。それだけじゃない、もっと別の強い何かが存在しかけてるかもしれない。今なら、順を追って説明をし、ルイ先生にも証言してもらえば身体が入れ替わっていることを信じてくれるかもしれない。
 だが、俺は、どうしてもこいつにだけは言いたくなかった。
 簡単に、葉佩九龍は目の前にいると教えたくはなかった。七瀬月魅の身体になってまで、葉佩九龍としてこいつの前に立ちたくなかった。気付かないなら、気付かないままでいろ、そう思った。
 七瀬月魅と皆守甲太郎の関係を壊してしまうかもしれない、それを分かった上で、俺の口は勝手に動いていた。
「……葉佩さんのこと、何も知らないのに、彼がいないと機嫌が悪いんですね?」
「…んだと?」
「葉佩さんが言ってました。『あいつは、人の表面だけ見て理解した気になってる』と。失礼ですが、私もそう思います」
 フン、と鼻で笑って見せた。メガネの奥の俺の目は、おそらく小馬鹿にしたように目の前の男を見てるに違いない。おおよそ、七瀬月魅らしくはないけど、コイツの知ってる葉佩九龍らしくもない。
「お前が、九龍の何を知ってるって言うんだ」
「少なくとも、あなたよりは」
 自分のことくらいお前より見えてる。お前が俺のことを見てないのも知ってる。
 今だってどうせお前には、俺が七瀬月魅にしか見えてないんだろ?
「そこを、退いていただけますか?私は頼まれた物を持っていかなければならないので」
「……そんなもん、何に使うんだよ」
 たぶん、俺が、遺跡に潜るのに必要だから七瀬ちゃんにロープを持ってくるように頼んだ、とかって思ってるんだろ?ま、ビンゴだけど。
「さぁ。ただ、本を整理するのを手伝ってもらっているので、それに使うんじゃないでしょうか」
「ああ、そうかよ」
 明らかに、皆守甲太郎は怒っていた。その怒りの意味が、葉佩九龍から離れて、七瀬月魅という身体の中にいるとよく分かる。
 俺だって、たぶん、嫌だから。こいつが早退だなんだって視界からいなくなる度、意識のどこかで捜してることなんて、もうとっくに自覚している。もし、こいつも同じだとしたら、しばらく姿の見えない「友達」が女の部屋にいるって聞いたら、いい気はしないんだろ?
 皆守甲太郎の意識の中では、葉佩九龍は七瀬月魅の部屋にいる。そして、身体だけの問題なら、それは事実だ。
 けれど俺は今、お前の目の前にいるんだぜ?
 それに気付かないでキレてるんだから、本当に、何にも分かってない。
 舌打ちをした皆守甲太郎は、おもむろに自分のケータイを取りだしてメールを打ち出した。たぶん、俺に打ってるんだろうけど、残念ながら現在H.A.N.Tはサイレント中。鳴らないよーん。
 ……ただ、何て打ったのかは滅茶苦茶気になったりするんだけど。
「それでは、私は失礼します」
「…ちょっと待て」
「何か?」
 脇をすり抜けようとした俺は、呼び止められて立ち止まる。
 七瀬ちゃんの身長は俺とほとんど変わらない。それなのに、変な威圧感を感じるのは、俺にはあんまり、こういう滅茶苦茶に怖い顔、見せてくれないからかもしれない。もしかしたらこいつ、葉佩九龍に対するときはそれなりに激昂しないように気ぃ使ってんのかも。
「あいつに、伝えろ」
「何をでしょう」
「もし、あの場所に行くなら、絶対に呼べ、ってな」
 七瀬ちゃんは、遺跡の事なんか知らない、はずだ。だからここでは、何の事ですか?っていうのが正しいんだ。でも俺は、そんな正しさを無視する。ゴメンね、七瀬ちゃん。俺、今、こいつ、嫌い。
「無駄だと思いますよ」
「………何?」
「皆守さん、あなたには、彼に命を下して従わせる権利はない。……一応は、伝えますが。他には、何か?」
 何も、ないようだった。呆然としたように七瀬ちゃんを見下ろす皆守甲太郎に唇の端を吊り上げて見せて、今度こそ扉へ向かった。
 次は呼び止められるだけじゃ済まなかった。腕を掴まれ、強い力で無理矢理振りかえさせられた。抵抗する事もできたけれど、俺はなすがまま、扉に背を強く叩き付けられた。
 呻く事もせず、皆守甲太郎を真っ直ぐ見据える七瀬月魅に対して、目の前の男は自分でも信じられないと言った口調で。
「お前……七瀬、か?」
「他に誰に見えますか?今日、ご自分でおっしゃってましたよね、頭は大丈夫か、と。あなたこそカウンセリングを受けられたらどうですか?もし私が、他の誰かに見えるなら」
 胸を突いた。簡単に皆守甲太郎は俺から離れた。扉に手を掛け、部屋を出て、その扉を、閉じる瞬間。
「………九、龍…?」
 俺は、何も答えなかった。振り返る事すらしなかった。今更、とも思わなかった。
 俺は今、七瀬月魅だったから。