風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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6th.Discovery 時をかける少女 - 1 -

 眩暈がするほどの倖せ、(の錯覚。)
 噎せ返りそうな好意の温もり、(の幻影。)
 
 大切な存在として扱われること。
 それは幸せ以外の何物でもあるはずが無く。
 手放せずにいられない、圧倒的な感覚だった。
 
 だから思いこもうとしていた。
 
 俺は、ここに在ることを許されている、と。
 
 
 許容されてるのは“俺”じゃないのに。

*  *  *

 さて、これは何でしょう。
 学校に着いて下駄箱開けたらホラそこに。
 最初は、一瞬だけね、危険物かと思っちゃってさ。取り出すまでに十秒、判別するまでに十秒かかって、やっと何なのかを把握した。
 ラブレター、だよね?このシチュエーションて。左綴じとかじゃないからたぶん果たし状じゃないと思うんだけど…。それにあんまりにレトロでベタなやり方だったから朱堂の新手のアタックを疑ってみたりもして。でも、白桃色の封筒にはオリエンタルブルーの文字で、差出人のクラスと名前が書いてあって、H.A.N.Tを使って學園のデータベースと照合したら、その子はちゃんと在籍してた。
 一学年下の、二年生。えっと…バスケ部所属、得意学科英語、特記事項友情に厚いです……って、いけね、勝手に覗くのはやっぱまずいよな。
 バスケ部ってことは、取手とかが知ってるかね?探り入れてみよっかなー。
 なーんて思いながらその場では開けないで、教室に向かったら、朝っぱらから、なんだか騒がしい。
 雰囲気とか気配とかが、羽虫が羽根を擦るようにザワザワ、落ち着きがないってのかな、妙にざらついた空気が漂ってる感じ。
 その辺にいたヤツを捕まえて、何をそんなに騒いでるのかって聞いて、答えをいただいたってのが現在の状況。みーんな暇だねぇなんて考えてると、
「あッ!九龍クン!!」
 チャイムの音と共に駆けてきたのは八千穂ちゃん。今日も朝から笑顔が炸裂してる。
「おッはよ~ッ!!」
「オハヨーさん」
「ねえねえッ、聞いた?學園の敷地で、謎の生物が目撃されたって話」
 ナイスタイミング。
「おう、今ちょーど、聞いたトコ」
「さすが、情報が早いね~」
 そうかぁ?ホント今まさに聞いたばっかだけど。
 八千穂ちゃんは俺の隣の席に座って、好奇心でいっぱいっていう眼をくるくる輝かせてる。おぉう、眩しい。
「そっか、情報収集能力とかも《宝探し屋》にとっては必要なスキルだし、当然か。やっぱりプロは違うよね~」
「っていうよりも、膨大な量の情報の中から、何を抜き出して自分の糧にするかのが大事だと思うけどね」
 この《謎の生物》って話題も、アンテナが反応してちょっと気になったくらいなんだから、もしかしたら役に立つ情報なのかも。それが、仕事にどう関係してくるのかを探すのが、俺に必要なスキルです。
「へへへッ、同じぐらいの男子は頼りないけど、九龍クンはちょっと、違う感じ……」
「そぉか~?なんも変わんないよ、脳ミソの軽さはさ」
 違うのは潜り抜けてきた修羅場の質と数だけ。
「でさ。何でもその謎の生物は、ツチノコっていって、蛇に似た姿をしているんだって」
 ツチノコ、ね。多分初出は『古事記』だ。てーことは、712年からだから、日本の未確認生物の歴史って結構古いんだね。チュパカブラだのイェティだなんて新参者って感じ。素敵。
 八千穂ちゃんの話だと、テニス部やら運動部の部員やらが中庭で目撃したんだとか。まぁ、当然未確認生物ってのは逃げるわけで、そしたら、今度は野球部が襲われたんだと。飛びかかられた?あー、さいですか。
「よ~く見てみたら、足がないし頭が大きくて、まるでビール瓶みたいな生き物なんだって」
「ビール瓶が動いてたらそりゃビビるよなぁ…ある意味怪奇現象だね!」
 親指を立てて笑ってみせると、
「もー!茶化さないでよ!」
 怒られちゃいました。だって、ねぇ?ハイ、想像してみましょう。ビール瓶が野球部員に飛びかかる図を。滅茶苦茶怖くねぇ?幽霊さんよりよっぽどだっての。
「……でもね、実は、みんながこんなにツチノコで大騒ぎしてるのにはもう一つ理由があるんだ」
「へぇ」
「うちの學園には、『三番目のツチノコ』っていう怪談があってね」
 出ました!天香七不思議!!つーか絶対七つじゃねーよ、この学校の怪談。下手したら百くらいありそうだもんよ。
「しかもね、ツチノコを捕まえた人は何でも願いが叶うとかどうとか……」
 胡散臭!!ツチノコがいるいないは別として、そりゃアレですかい?見つけて捕獲したらどっかから報奨金が出て一生遊んで暮らせるぜアハハ的なヤツですかね?
「そんなので願いが叶ったら誰も苦労しないと思うけど、とは言っても、ツチノコっていう自体、すごく珍しいと思わない?」
「思う♪」
 UMA、つまりUnidentified Misterious Animalってのは珍しい物にしか与えられない称号みたいなモンだもんなー。
「ねぇ、あたしたちで捕まえてみようよ」
「ほぇ?」
「きっと世紀の大発見だよッ!一メートル以上ジャンプできる蛇に似た謎の生物なんて、見たことも聞いたこともないもん」
 21世紀始まったばっかりで世紀の大発見か、凄いね!
 なぁんて、言ってる間に八千穂ちゃんたら眼が本気。
「あたし一人で捕まえに行くのは怖いけど、九龍クンが一緒なら心強いし――――ねッ?一緒に行こッ?」
 その、「ねッ?」が強烈。
 考える間もなく、振り子人形のように首がガクン、て。
「モチ、八千穂ちゃんのためなら例え火の中水の中得体の知れない遺跡の中!」
「うん、九龍クンがいてくれるなら、あたし……」
 って、ちょっと、え?なんかいい雰囲気?
 八千穂ちゃんと視線が、ぶつかる。俺がいたら、何?
 言葉を待って、めっちゃ胸キュン(死語?)な沈黙に、喉の辺りを血が通っていく感覚を味わってたんだけど。
 唐突に背後から、声。
「おい、九龍。悪いこと言わないから止めておけ」
 誰だかなんて、別に振り返らなくっても分かるけど。
「よォ」
「おう、オハヨ」
 机の上に足を乗っけて、大変に行儀のよろしくない甲太郎クン。なんて言うか、全身からやる気無いオーラがダダ漏れしてる感じ。
 隣では、八千穂ちゃんが教室の時計と甲太郎を交互に見て、滅茶苦茶驚いてんの。
 そりゃぁね、今、朝のHR終わったとこだもん。朝だぜ、朝。
「みッ、皆守クンッ!!今日はどしたのッ!?すごく早くない?」
「下の階で二年生が騒いでたんで目が覚めたんだよ。まったく寮の中で喧嘩なんてしやがって。外でやれっていうんだ」
 眠たげな眼で、長い前髪の間から甲太郎が見上げてきた。目が合ったもんだから、俺は肩を竦めて、
「ありゃ俺が悪いんじゃないぜ?売られた喧嘩を買っただけで、買ったつっても備品は壊してないもんよ」
「やっぱりお前か…」
 いやね、最近、目を合わせるたびに俺に喧嘩を売ってくる二年がいてさ。ボクシング部のエースらしいんだけど、なんや、前に俺が寝呆けて殴りかかったらしくて、それから。
 今日も朝から寝起き早々一戦かましてきました。
「備品壊さなくても物凄い騒音だったろうが」
「俺がいくら起こしても起きないのにねー。喧嘩の物音で起きるんだから、皆守クンたらあんまりにも愛が足らなくね?」
「でも良かったじゃない。早起きできたんだから」
「お前らな…そういう問題じゃないだろ」
 甲太郎の溜め息を聞いて、俺と八千穂ちゃんでえへへと笑って誤魔化してなんかみたり。
「あッ、そうだ。皆守クンもあたしたちと一緒にツチノコ捕まえに行く?」
「何が、ツチノコを捕まえる?だよ。あんなもん捕まえられる訳ないだろ?やるだけ時間の無駄だ。俺だったらその分、昼寝でもするがな」
 賛成、大賛成。寝たい。
「じゃあ是非俺の膝枕で♪」
 言った途端に、俺はてっきりあの蹴りが飛んでくるモンだとばっか思って、対ショック姿勢を取ろうと思ってたんだけどさ。実際に飛んできたのは全然別のもの。
「俺と一緒に寝るか?ベッドから落ちても知らないぞ」
「へッ?」
 ふふん、て。余裕一杯に笑われちゃいましても、そ、そう返されるなんてこっちも思ってねーっての!なんだよー…、俺がからかわれてるみたいじゃん。
 ……甲太郎、肥後んトコ行った後の一件から、なんか、ちょっと変わった気がすんだよなぁ…。何が、って言われるともの凄く困るんだけど。うーん、傍に行こうかなって少しだけ近付くと、一気に引っ張られちゃうって、そんな感覚。
 甲太郎のちょっとした仕草とか視線とか、気が付くとぼけーっと見てる俺もいて、なのにそれを否定してこない甲太郎もいて、引っ張り込まれた先の甲太郎の隣っていうのは、異常なほど、居心地が良い。
 それは以前に知ってた感覚に酷似してて、時折混乱するんだけど。
 俺が甲太郎の顔を盗み見ていると、割ってきた八千穂ちゃんが、
「捕まえられる訳ない―――って皆守クン、ツチノコ見たことあるの?」
 横から身を乗り出してきた八千穂ちゃんに視線を移した甲太郎は、どこか焦ったような返答を返していた。
「まッ、まぁな」
「じゃ、どんな姿してた?」
「ツチノコだろ?え~っと、そうだな、確か……、」
 面倒くさそうに立ち上がった甲太郎は、教室の黒板に何やらかりかり。
 出来上がったのは、……子鬼?美術がどうこうって言うか、ツチノコちゃうやろが。こんなんいたらマジでUMAっしょ?雪男も裸足で逃げるよ甲太郎クン。
「確かこんな形だったか。何て言ってもツチノコっていうくらいだからな。こういう子供の姿をしてたぜ?中々、凶悪な面構えだろ?」
「ぶ~ッ!!残念でしたッ!」
 間髪入れずに八千穂ちゃんからダメ出し入りましたー。そりゃあな…。
「何だよ」
「ツチノコっていうのは、蛇みたいな形をしているんだよ」
「蛇みたいな?」
「そう。こんな風に―――、」
 そうして八千穂ちゃんが描いたのは、……オタマジャクシ?いや、オタマジャクシって舌あったっけ?『やっちー作』って、可愛らしいけどさぁ?
「太くて短い胴体と恐ろしい顔付き。これがツチノコの正体だよ」
「何だよ、その不細工な生き物は……」
 ぶさ……そこまでいうか、アレを描いたお前が。
「ひっど~いッ!!葉佩ク~ン。あたしのツチノコ似てるよね?」
「いいや。ツチノコといえば、俺の方が似てるだろ?」
 どっちもどっちだろ?っていうのが本音だったんだけど。まさか八千穂ちゃんを目の前にそんなことを言えるはずもなく。
「モチ、八千穂ちゃんでしょ!太くて短いのは胴体じゃなくて頭だろうとか何等身だよとかそういうコトは色々置いといて、とりあえず愛の比重の分だけ八千穂ちゃんでしょ!」
「だよね~ッ。もう九龍クン、だ~い好きッ」
 俺も八千穂ちゃんのことだ~い好きッ!
 ……って、甲太郎がめっちゃ『阿呆か』って目でこっちを見てますが。あれ。なんか、怒ってる?
 甲太郎のでっかい溜め息と、シンクロするように俺の後ろからも溜め息が聞こえた。
 振り返ると、そこに立っていたのは七瀬ちゃん。
「おはようございます」
「あッ、月魅。おっはよ~」
「オハヨー」
 手を振ると、軽く会釈をして教室に入ってきた。
「古人曰く―――『絵画とは、作者の心と観る人の心との間に架けられた一つの橋である』
 その橋が頑丈な橋なのか脆い橋なのかは、お互いの関係次第だと言うことですよね」
 さ、さすが七瀬ちゃん、よく解ってる。
「ちょっと~、どういう意味よ」
「いえ、別に。深い意味はありません」
 甲太郎に続いて八千穂ちゃんも黙ってしまって、あとは七瀬ちゃんの独壇場だ。
「ツチノコとは、古代よりこの日本に存在していたUMA―――未確認生物です。葉佩さんは、ツチノコの伝承を知っていますか?」
「まぁ、歴史くらいは。初出は古事記、だっけか?」
「そうです。ツチノコが野の神であるといわれている地方もありますから。これだけ古くから言い伝えられてきて、尚かつ現代でも目撃情報などがあることから、ツチノコが架空の生物でない可能性は高いでしょう」
 こんだけ目撃例があっても捕獲例がない辺り、かなり微妙な可能性だけどね。
「じゃ、捕まえられる可能性も高いってコトだよね。これで賞金もあたしたちの―――、」
「八千穂さんッ!!」
「なッ、何よ、月魅」
 突然七瀬ちゃんが声を荒げて、一瞬クラス中がこっちに注目。でも、本人は何ら気にもしてない様子で、
「元々、野に棲んでいるとされるツチノコが、こんな場所に現れるなんて……。きっと、文明の進歩と共に自然が失われ、棲むべき野を追われた結果かもしれません。もしそうだとしたら、私たち人間にも責任があるのではないでしょうか?」
「そうだねー」
 俺は、七瀬ちゃんの言葉に、笑って頷いて見せた。
 実は、そんなこと考えてなかったんだけど。ヤ、ほら俺、このまま文明ばっかり進んじゃえばいいじゃん派だからさ。でも、七瀬ちゃんと八千穂ちゃんの手前、そんなこと言うわけにもいかず。
 頭ン中に話の内容、半分も入ってないような感じだし。
「そうですね。ツチノコだけのことでなく、何とかしなくてはならない問題だと思います」
「責任か―――」
 今までずっと、黙ってた甲太郎が口を開いた。
「文明の進歩がもたらしたのは迫害と破壊だけじゃないさ。高度な文明は、俺たちに豊かな暮らしを与え、銀色の未来を見せてくれた。そういう上で生きている俺たちに、文明を非難する資格はないと思うがな」
「言うねぇ」
「俺は思ったまでのことを言ったまでだ」
 そうだね。俺はどっちかっていったらそっち派。ただ、明日が銀色なんかじゃないって思ってるだけ。
「皆守クンッ!!そこまでいわなくてもいいじゃない!月魅だって文明の上に立つ人には責任があるっていっただけで文明を否定したり、失くなればいいなんて、言ってないじゃない」
「ふん、俺も一般論を言ったまでだ。まぁ、七瀬の考えとは違うがツチノコ探しに反対だという点においては、俺も同意見だ。UMAも異星人も、謎だからこそロマンがある。なんでもかんでも、白日の下に曝そうっていうのは人間のエゴだと思うがな」
 ていうかね、絶対甲太郎って異星人信じてると思う。カンだけど。
「まッ、今まで捕まってないものが、八千穂に捕まえられるとも思わない。諦めた方が賢明さ」
「何よそれ~!」
 憤慨したように腰に手を当てる八千穂ちゃんの声に、被せるようにチャイム。
「お……?せっかく、早く登校したのに授業に遅れたらシャレにならないぜ……。確か一時限目は、音楽だったよな?」
「皆守クンの苦手なね」
「……俺は先に音楽室に行ってるぞ。じゃあな」
 あーあ。怒ったかね。
 続いてバタバタと八千穂ちゃんが音楽の教科書を取りに行って。
「それじゃ、葉佩さん。私も行きますね」
「おぅ。バイバイ」
 七瀬ちゃんは会釈して教室から出て行こうとした、その時。逆に教室に入ってこようとした誰かとぶつかりそうになって慌てて避ける。
「どけ、女―――」
「あッ、ごめんなさい」
 入れ違いに入ってきたのは、……いや、もう服装については何も言わない。えっとね、着流し。眼帯(黒)。で、木刀を腰に差したザ・侍って感じの、たぶん生徒。
「お初にお目にかかる。拙者、さんびぃに世話になっておる真里野剣介と申す」
「どうでもいいけど、女の子に『どけ』はなくねーか?」
 とりあえず、先制パンチを打ってみる。だって、こいつ、どう見ても雰囲気が普通じゃないから。
「ああいうときには『失礼お嬢さん』くらい言わないと」
「………つかぬ事を聞くが、お主の名は」
「姓は葉佩、名は九龍。こんなんでどないっしょ?」
「葉佩九龍―――やはり、お主がそうか」
 やはりって、ことは、えーっと、そういうことでしょうか。今まで俺に名前を聞いてきたヤツって、結構な確率で遺跡でぶち当たるんだよねぇ。まったく。
「噂によるとお主、随分と腕が立つそうだな?その腕に敬意を表し、拙者も正々堂々と素性を明かして進ぜよう。剣道部の主将というのは、世を忍ぶ仮の姿―――拙者の真の姿は、」
「《生徒会執行委員》、っていうんだろ、どうせ」
 パターンだよな、既に。
 つーかね、ゴメン。普段なら笑顔で応対したいんだけど、相手女の子じゃないからかなり刺々しいよな、うん。
「よくぞ見抜いた。その通り―――つまり、お主がここまで戦ってきた者と同じ《呪われし力》を与えられた者よ。同胞が斃されていくのを見て、お主と手合わせをしたく、ここまで参った次第だ」
 要するに、俺のことぶっ飛ばしたいわけですよね。こいつだけじゃなくて全員そうなんだから、今更来てもらわなくても執行委員が鍵なんだから、こっちから行くっての。
「どうだ?拙者と一勝負してはもらえぬか」
「いいよー。ただし、ここだと都合が悪いなー。俺もあの遺跡の扉を開ける《鍵》探しててさ」
 やっと見つかった次の鍵。こんなとこでぶっ飛ばして遺跡が開かないとか、イヤだしさ。
「鍵と鍵穴はいつでもハメ合う相手を探してるっていうじゃん?」
 なんの映画だっけ?これで男が女を口説くの。忘れちった。
 俺は、冗談でにっこり笑ったまんま、目の前の真里野の首に腕を回してみせた。
「あ、だとしたらアンタが鍵で、俺が鍵穴?それも困るな。ねぇ?」
「何と……衆道に通ずる者がこの學舎におったとは」
 うわ、言われちゃったよ。
 真里野は相当嫌そうに俺の手を振り払うと首を振って、
「だが、それしきの事で、拙者に勝ったと思わぬ事だ」
 なんのこっちゃ。別にこんなことで勝負してねーし。
 でも、勝負になったら負けたくないんだよね。呪われた力とかいうの?いい加減飽きてきたし。これでも仕事は、きっちりやりたい方だし。
 負けないよ?って意味を込めて更に笑みを深くして見せたら、真里野が独眼を険しげに細めた。たぶん、真意は伝わったんだと思う。そうしてお互い、緊迫した糸みたいなのを視線で張り巡らせて、切れそうになる一歩手前で。
「どうしたの?葉佩君」
 一瞬で、空気が元に戻った。
 後ろから声をかけてくれたのは雛川センセ。真里野もその登場にちょっと驚いてた。
「おはよう」
「オハヨーございまーす!」
 笑顔全開でくるっと振り返って、挨拶。雛川センセは笑顔で頷いてから、真里野を見上げた。
「あなたはB組の子ね?真里野くんだったかしら?」
「………葉佩九龍よ。続きは、後でだ。正々堂々とこのことは他言せぬよう」
「ハイハイ、了解ー」
「それでは、御免―――」
「ほんじゃーな……またね」
 笑顔で真里野を見送ると、滅茶苦茶不審げに俺を振り返って、廊下を去っていった。
 ふぃー、結構一触即発っぽくなかった?雛川センセ、声掛けてくれてホントにサンキュです。
「あッ…ごめんなさい……話の邪魔をしてしまったかしら?」
「大丈夫っスよ、また後でもできる話だったんで」
「先生に気を使わなくてもいいのよ?友達は大切なんだから」
 その『友達』に、今めっちゃ喧嘩売られたところです。
 なんて言えるはずもなくにこにこしてると、なんだろ、雛川センセ、妙にしおらしい。
「……葉佩君…」
「うぃ」
「実はあなたにお願いがあって捜していたの」
「うぃっス。何でしょうか」
「今日の夜―――七時くらいに先生の家に来てくれる?」
 うひょ!それってえっと、そう言うお誘いですか!?女教師と生徒、禁断の目眩く昼メロ炸裂ですか!?
「ちょっと、学校じゃ話せない内容で……。あなたの考えを聞かせてほしいの」
 って、んなわけないか。でも、なんだろ。ちょっと気になる。
「いい?」
「七時っスね、了解しました」
「それじゃ、もう授業が始まるわ。音楽室に急ぎなさい。またね」
 教室を出て行く雛川先生を見送れば、もう残ってるのは俺だけ。
 音楽だ、移動しなきゃー!と思って、鞄から教科書を出そうとしたら。朝、下駄箱に入ってた手紙がするりと床に落ちた。
 そういや、まだ中も読んでない。
 一応の一応、炸薬とか発火性の何も仕込まれてないことを確認してから、封を切った。