風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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6th.Discovery 時をかける少女 - 6 -

 時間がなかった。
 自分の部屋から出たそのまま、俺は遺跡に直行した。部活動の終わった時間帯、行き交う生徒の中を縫うようにして墓地に向かい、持ってたロープを垂らして潜った。
 辺りはもう薄暗くて、誰かに見つかったとかいう心配はなかったと思うけど、ロープを滑り降りただけで軋むこの身体には、正直閉口した。
 魂の井戸で武器とアサルトベスト、ゴーグルにと色々を引き出して、脚、腕の筋肉をテーピングで固め、無茶しようとしてもできないように固定した。それから考えたのは、皆無に等しい敏捷性をどこまで上げようかってコト。
 今までは、自分の身体一つでどうにかなってきたけど今回ばかりはそうはいかない。
「お宝写真?違う…ウジャトの護符じゃ、頼りないよなぁ…琥珀の髪留めじゃないし、数珠?うーん…虎のマスク被るとかって冗談やってる場合じゃねぇしな……あれ?」
 身体の筋肉をサポートし、数値化される敏捷を確実に上げてくれる素晴らしいアイテム……あったは、あったんだけど。
「まぢ、ですか?」
 部屋から引っ張り出したソレは、……ガーターベルト。それも、こ、これしかないときたもんだ。
「いや…七瀬ちゃんだし…古人曰く、背に腹は代えられないし…」
 ぶつぶつと、それを装着したその時。
『あぁん、いいわぁ~』
「は?」
 唐突にどこからか、女性の声が聞こえてきた。七瀬ちゃんの声では、絶対にない気がする。色っぽい、上に艶っぽい。それもどうやら、俺の身体の周辺から発せられてるらしい。一体どこから、とあっちこっち動き回る間にも『あぁん』だの『うっふん』だのAVを音声だけで聞いてるような状態。俺の身体が葉佩九龍だったら、絶対に下半身が元気になってただろうさ、断言してやる。
 どうやらこれは、H.A.N.Tの音声ナビが変化しちゃったものらしい。H.A.N.Tの説明書にナビが変わりますなんて書いてあったか?女性が持つとこうなるとか……むしろ、ガーターベルトの効果か?
 ……しゃーない、気が散るけど確かに何故か、動き易くはある。このまま行くしかないんだろ?
「ヤダねぇ、ただでさえ女体化ビックリなのに、上から下から、手ぇつけらんねぇじゃねーか…」
 癖毛なのか、ちょっと前まで自分の持っていた髪よりも僅かに指通りの悪い髪を掻きながら呟き、魂の井戸から出ようとすると、俺の独り言に答えるようにH.A.N.Tから『そっちの区画も、イイわぁ~』だそうで。
 ああ、もう、飽きなくていいね、コレ。まるでH.A.N.Tがピンク色に見えるってんだよこんチクショウがッ!!こんな状態、他の人間には絶対見せらんねーから、バディなしである意味大正解だよな。にしても、……なんつー格好だ、俺。
 セーラー服にSMG、ガーターベルトにアサルトベスト?どこの仁侠映画だってんだよ。まさか自分がセーラー服と機関銃を素でいくことになるなんて、な。あいつが見たらなんて言うだろうなぁ……。
 『お前、それ、面白い!ヤバい、笑いすぎで死ぬッ!』って、とこか。
 あーあ。独りって素敵だ。
 俺はアサルトベストに積めるだけ積んだ弾薬を上から叩く事で確認し、P90のセーフティを外した。異常なし。試射、問題なし。
 半ば蹴破るように、円盤の上の光が差した扉を開けた。
 一瞬で、体感温度の下降を感じた。冷たい空気が開いた胸元から滑り込んでくる。スカーフをきつめに締めて、すぐ目の前にあった階段を上がる。通路になっている先を目指すと、そこには相変わらずの江見さんメモ。蝶々が集ってるそれをH.A.N.Tに投射して、でも目を通すのは後にする。
 約束の七時まであまり時間がない。余計な事をしてる暇は一分足りとてございません。(ついでに宝箱から、真っ赤な布入手。)
 ……今日のこの入れ替わりが、遺跡に関連してくれれば、きっと真里野を吹っ飛ばせば終わる、かなぁ…とかって考えながら、次への扉をオープン、同時に、戦闘態勢に入る。
 目の前にいたのは、カエル?カエル。でも、人間くらい大きさはあるね、絶対。ぶっちゃけ、お友達にはなりたくないです。
 んで、ぶっちゃけついでにP90のトリガーを開けっぱなしにして、弾薬もぶっちゃける。
 カエルは射撃に弱いようで、あっさりと霧散して消えた。その奥にまだ三匹。右手の一匹は跳弾でダメージを受けてるらしく、ちょっと突いたらすぐに斃れた。
 俺が俺のままならこのまま残り二匹に突っ込むんだけど、七瀬ちゃんじゃそうもいかなくて。
 壁に背を預け、後ろに身体が傾がないようにしながら近づいてくるカエルを一匹、二匹と葬った。
 七瀬ちゃん、初陣、大勝利、ってね。
 に、しても。これだけなのに身体ガッチガチ。リコイルのせいで肘が壁に当たって、もしかしたら痣になってるかもしんない。ゴメンね、七瀬ちゃん、キズモノにしちゃうかも。
 んでもって。こっから対岸に見える扉にも、おそらくこの身体じゃ飛び移れない。途中で水にぼっちゃん、が関の山だな。んー、なんかないかなぁって探してると、丁度いいところに兎さん。ごりごり動かすと、案の定仕掛けがあって、対になっているらしい鰐が顔を出し、足場となった。
 これくらいならいけっかな、ホッ、と。
 跳び移って次の扉を開けようとすると、視界に見えたのは石碑。いちいち飛び移らないといけないのが面倒くさいけど、これ見逃して七瀬ちゃんの身体に何かあるよりはマシでしょう。
 何々…?
『大穴牟運神を襲う三つの罠。焼ける岩。大木の裂け目。殺意の矢』
 ………うわ、物騒。 間違いなくこの先になんかあるってことだよなー。クソッ。分かってても、行かないわけにはいかない。こうしてる時間だって惜しいんだもんよ。
 一応の用心をして次の区画へ足を踏み入れた瞬間、暗闇、作動音、そして『これって、危ないんじゃないのぉ?』……ええ、とっても危ないです。
 けど、ぼさっと立ち止まってるわけにもいかない。真っ暗闇の中、ノクトビジョンを作動させると部屋は細い通路が入り組んでできているらしい。罠が作動したという事は、止めるスイッチがどこかにあるということだ。三つの罠…焼ける石、大木の裂け目、殺意の矢、か。
 ダメージ系の罠だとしたら本気で、喰らいたくない。ノクトビジョンの鮮明度を限界まで上げて、スイッチらしきものを探した。
 あった、左手側の通路最奥に見える。とりあえず、あそこまでダッシュすることに決めた。
 けど。
 足下がガタ付く。ふらつくっていうより、全力で走れない感じ?どうにかスイッチを入れようと、手を伸ばした瞬間に罠が一気に作動した。空気を切り裂いて何かが飛んでいく音、発破音、断頭台の刃が落ちるときのような音……嗚呼物騒。
 全てを見きりで間一髪避けて、壁際に転がり込んだ。どうやら定期的に罠が作動するようだ。だとすれば、俺のタイミングだけで行くことはできない。
 この身体だけは、どうしても護りきらなければならないんだ。
 矢のような物が鼻先を掠めていくのを見計らって、俺は飛び出した。さっき確認したとき、扉の横にも蛇型レバーがあったはずだ。途中で一度罠が作動し、身を捩り、伏臥し、転がることでなんとか全てを避けきった。レバーを倒し、けれど罠が解除されないということはもう一つどこかにあるはずだ。
 消したノクトビジョンを再度作動させ、暗闇に目を凝らす。これを付けたままだとすっ飛んでいく矢の感じもバッチリ分かる…けど、充電式なんだよな、コレ。あと一個で充電が切れる、というその時、真っ直ぐ正面、入ってきた扉にほど近い、深めの窪みの最奥にもう一つのスイッチを見つけた。
 身体は、飛び出しそうになる。けれど、理性がそれを止める。まだ、ゆっくり、動くな。
 目の前を罠の三連段が過ぎ去ったとき、理性の声が止む。反射で飛び出し、水の張られた場所を一気に飛び越えた。背中に走る、罠の気配を感じながら、それでも窪みに向かって転がり込んだ。間一髪、背中の向こうを過ぎていく罠の音が止む前に、レバーを引いた。
 どうやら、正解だったらしい。罠の放つ……この部屋の放つ殺気のようなものが、漣が引くように消えていった。H.A.N.Tも『良かったわねぇ、これで大・丈・夫』と艶めいた声で解除を告げてくるけど、俺はといえば、そんなことに構っている場合じゃなかった。
 七瀬ちゃんの呼吸がおかしい。吸い込もうとしても、浅く短い呼吸しかできなくなってる。なのに身体は酸素を求め、肺が限界まで稼働する。歯車が噛み合わないように、七瀬ちゃんの身体はうまく動かなくなってしまっていた。
 体感したことのない苦しさの中で、考えた。無理を、させすぎたのかもしれない。けれど、無茶しなければ直接的に傷付いていたはずだ。
 もしも俺が俺のままなら傷なんか気にしないで突っ込むのに。そうじゃないが故に、我慢の効かない苦しさに襲われている。内側から身体を壊されているんだろうか?それは、血が流れることとどちらが辛いだろうか?
 ……表面の痛みに、決まってるじゃねぇかよ。怪我なんていくらでも隠せる、我慢もできる、笑うことだって、できる。でも身体を内側から苛む痛みはいつだって最上級の苦しみを運んでくるんだ。記憶に引っ張られて、上手く眠ることもできなくなって、ゆっくりと風化のように朽ちていく…?
 それなのに内側の痛みは厄介で、他人にはどうすることもできない。外側が傷付いてなければ、その人間が正常に見えたりする。外側さえ、合ってれば、何もかも、正常で。
 なぁ、そうだろ…?皆守甲太郎。
 外見が七瀬月魅だったら、中身の俺も、七瀬月魅じゃないといけないんだろ?違ったら、それは異常、ってな。結局お前、俺の上っ面と被りモンが気に入ってたんだろうな。だから、だから……
 ―――って、何考えてんだ、俺。
 酸欠で彷徨う思考をどうにか引き戻し、ついでにようやく落ち着いた呼吸も戻して、立ち上がった。一歩、足を前に出すだけでもこんなに辛いなんて。七瀬ちゃんは、普段どうやって生きてるんだろう。
 壁を頼りによろよろと扉まで辿り着いて、『次の区画も、イイわぁ~』の声に導かれた先は明るかった。左と右で、区画は二つに割れている。そこでようやく一息ついて、ふと、自分の身体を見下ろすと。
「げッ…!!」
 制服、ボロボロ。こ、これはすごいよ、ちょっと。ただでさえすーすーするスカートにスリット入ってるし、上半身はアサルトベスト着けてるとは言え、何故か焦げ目があったりして。
「こりゃ弁償だな、……じゃない、『弁償しないといけませんね』だ」
 ゴメンナサイ、七瀬ちゃん。弁償します。…今日、彼女に何度謝ってんだろ、俺。
 酸素足りないせいで呆けてた頭に活を入れて、ギミックに取りかかった。とりあえず石碑を解読、っと。
 “須勢理毘売の呉公と蜂の比礼。授かる前に、火薬を持ちて試練に備えよ”
 えっと、須勢理毘売は須佐之男の娘で、大穴牟運が一目惚れしたお嬢さんの名前だよな。てことは、その女の人の像が須勢理毘売か。貼り付いてるのは《蛇の比礼》。確か《蛇の比礼》と《蜂の比礼》ってのは《十種の神宝》だったか。図書室でおベンキョしました。確か須佐之男のおとっつぁんは最初、大穴牟運のことを気に入らなくて、娘はやれん!てことで毒蛇の部屋で寝させたんだよな。そんな大穴牟運を助けるために須勢理毘売が蛇避けに渡したのが《蛇の比礼》ってことだ。
 その《蛇の比礼》は、対岸の窪みに嵌める。したら今度は、須勢理毘売の像から光が上がった。戻ってあちこち弄くってみると、どうも動かせるっぽい。そしたら今度は、いよいよ来ました《蜂の比礼》ってことらしい。
「火薬を持って、試練に備える、ねぇ。きな臭」
 七瀬ちゃんの声が独り言ちる。妙な、違和感。
「火薬を用意して、試練に備えるということは、この後、罠なり化人なりが現れるということでしょう」
 こんなもんか?
 誰も見てないけど、でも、俺は七瀬ちゃんなんだから変な七瀬ちゃんは演じられない。体の怠さも関節の痛みも、全て七瀬ちゃんの身体だからこそ起こる、変調なんだ。
 その七瀬ちゃんの手がセーフティを解除し、七瀬ちゃんの指がトリガーに掛かる。逆の七瀬ちゃんの手が像の背中に付いた《呉公》と《蜂の比礼》を引き剥がす。
 同時に現れた蜘蛛の影を、P90の速射力で殲滅させる。アサルトライフルとサブマシンガンの良いトコ取り銃だ。マズハベロシティも貫通力も、もちろん高い。
 的確に急所を、というよりは撒くような散弾で、蜘蛛は七瀬ちゃんを攻撃する前に消えた。マガジンが空になると同時に、部屋に静けさが戻る。
『あぁん、スッキリ』
 ……静けさ、うん。
 まぁ、いい。これで、《呉公》と《蜂の比礼》をあっち岸の窪みに嵌めて、ミッションコンプだもんね。扉が開きました。その先には団体さん、お出迎え~。
『まぁ、たぁいへ~ん。ほら、早く準備して』
 ハイハイ。言われなくても。
 彼岸に横向きガエルを撃ち殺して、横にいたカエルもハチの巣。遠くの水槽野郎はガスHGをホン投げて滅殺。P90の残弾を有りっ丈撃ち出しして、水路を挟んだ向こう岸のカエルを殺し、水槽野郎も近付いて来たところで水槽に穴を開けてやった。
 体術を全く使う事のない、硬質な殺戮。あまり、得意ではない火力戦法だったけど、この身体にはこっちの方が合っているらしい。ただ、銃口を開きっぱなし撃ちっぱなしなせいで、右肘関節はかなり厳しい状態になってる。骨が、飛び出したりしないといいけど…。
 腕をひらひら振って痺れを散らし、水の張られた部屋の中、通路を進んでいくと、まず石碑と宝壺を発見。宝壺からなんかの実をゲットレして、次に石碑。
『大穴牟運神が逃げるその時、天詔琴が根国の木に触れ大地鳴動す。須佐之男命その音に驚き目を覚ます』
 大穴牟運は須勢理毘売を連れて、眠った須佐之男のおとっつぁんのところから逃げようとすんだよな。根の国、だったか?で、逃げるときに須佐之男の宝だった生太刀と生弓矢、それから神託用の天詔琴をパチってったんだ。
 ところがどっこい、そんなもんを持って逃げたせいで、詔琴が木に触れて大音響、さぁ大変。カミナリ親父は起きちゃった。
 てことは、ここで通路を行き止まりにしてる須佐之男のとっつぁんをどかすためには、ギミックを弄らなきゃいけないってことですね。
 力のない腕で必死に天詔琴をごりごり動かして須佐之男命像前まで持っていき、さて根国の木とドッキングさせようとしたところ、どうやら故障中らしい。H.A.N.Tで調べてみたら、シーリング剤が必要だって。木が剥げてるっつーか割れてるっつーか、そんなだから目張りすりゃ直るってコトだよな?シーリング剤なんて持ってないしよ。
 とりあえず応急処置として、持ってきておいたテーピングで補強してみた。これで、動くかな…っと。
 押してみると、ミシミシ言ってて非常に危なかったけど、何とかクリア。根国の木と天詔琴は触れ合って、目を覚ました須佐之男のおとっつぁんは低い音響と共に姿を消しました、とさ。
 長い通路を歩いて扉を開けると、その途端、堰を切ったような嫌ぁな、水の音。濁流っての?どっかで堤防決壊しましたか、的な音が聞こえてきた。んでもって、気のせいでも何でもなく、周りに張られた水の嵩が増えてます。
『これって、危ないんじゃないのぉ?あなたも早く動いて』
「分かってます」
 とにかくどうにかしなきゃいけないのは分かるけど、どうすればいいか分からないので、近くにあった石碑にトライ。
「海になんとかの名は分かる…ず?なんとかの、なんとかは大国主神に言った。田にするなんとかが知るはずだった……?」
 うぉ、微妙に分かんねぇ!で、でも、今までの流れからして、大穴牟運の話だ。で、大国主神に言った、ってあるんだから、大穴牟運は既に大国主神になってる時点の事ってことでしょう。それで、海と、田…なら、真ん中のは河だ。河のヒキガエル、多逞具久のはず。で、田に住むのは案山子の久廷毘古……とすると、海の何とかの名前は少名毘古那だ。
 本当に図書室でお勉強してて良かったと思った瞬間でした。
『これでひとつ、お利口になったわねぇ』
 H.A.N.Tに褒められても嬉しくないけど、ええ、全くお利口になりました!
 って、そんな事やってる間にもう足首辺りまで浸水状態。ヤベェ…。
 慌てて通路を抜けて、罠を解除するギミックを探す。予想通り蛇レバーがあったけど、み、三つ?えっと、適当に一番最初から下ろしてってみるけど…全然外れらしい。
 待てよ、これ海の壁、田の壁、河の壁ってなってる…。さっきの石碑は、どうだった?神話では、どういう順で大国主神は会ったんだ?海、河、田…だよな?
 膝まで水に浸かり、それでもどうにか思いついた順番でスイッチを入れようと足を進める。でも、ここまでの強行で、七瀬ちゃんの身体は限界だったらしい。水に押し流されるかのように出した右足の膝が崩れ、倒れ込んだ。
「くッ…」
 高い声が漏れる。二足歩行ができないなら四つん這いで、海の壁のスイッチを入れ、壁に寄り掛かるようにしながら河の壁のスイッチを入れる。
 もう、水は腰まで来ている。半ば水の力で引き戻されるように田の壁まで辿り着き、罠の解除に成功したときには肩まで水浸しだった。ほとんど、足場に足、付いてないもんよ。『川の深さは』って感じですよ、コレ。
 水エリアに来るんだったら、七瀬ちゃんに潜水何秒いけるかも聞いておきゃよかったな、と思いながら、H.A.N.Tの声に空返事を返した。……いつもの事務口調よりは、話し相手っぽくていいカモとか思う俺は、もうダメですかね?
 水の引きも納まり、ようやく足場がちゃんと見えてきた。どうやら先には一段高くなってる足場もあるっぽい。近付いてみると、ワイヤー用のフックが見えた。その横にある宝壺のため、迷わずワイヤーを作動させ、そこで《奇魂》とかいう秘宝をゲットレ。
 高台とすぐそこにあった梯子を降りると、ようやく。黄金に輝くボス部屋の扉があった。その前に置いてあった宝壺から秘宝《幸魂》手に入れて、一旦魂の井戸に退避。
 入った途端、所々に付いていた擦り傷や目に見える痣なんかは綺麗に消えた。ホッと、一安心。
 でも、間接の妙な疼きとかP90の連射にやられた腕の痺れなんかはなかなか取れなくて、やっぱりかなり無理をさせてたんだなって思った。自分以外の人間の身体が、こんなに扱いにくいなんて。当然のことだけど、個々の差って、やっぱり他人になってみないと感じ取れない気がする。
 一息ついたところで武器の総点検と、残弾確認。……ところ、が。P90が動作不良を起こしていた。おそらくはさっき水に浸かっちゃったからだと思うけど…。拙いな。MP5シリーズじゃ、七瀬ちゃんは耐えられないだろ?連射性に特化した銃なんて使ったら、反動で身体が飛んじゃいそうだもんよ。
 マズイ。非常に、マズイ。もちろん動作不良の銃なんて使ったら暴発危険、だし。手元の銃は、あとハンドガンだけだ。ベレッタM92FS…PC356…二挺拳銃?うわ、さらに無理デショ。
 相手は、真里野剣介。剣道男。あいてがCQBなら、こっちは離れるしかないんだけど、離れる手段がない。あとは拾った木刀とか、金属バットとかばっかりになっちゃうのに、七瀬ちゃんの腕はそれすら満足に振れるか危うい。
 悩みに悩んで。
 仕方なくベレッタ一丁と、バックアップにPC356を一丁。コンバットナイフを腰に、メインの武器には……ええ、七瀬ちゃんはこれしか満足に振れなかったんです、という武器を持った。
 そうして、ふと。約束の時間のことを思い出して、H.A.N.Tに目をやった。防水加工のH.A.N.Tのことだ、壊れてるってことはないと思うけど。案の定、モニターはちゃんと生きてて、時間も表示された。七時ちょっと前。これなら、間に合いそうだ。
 安堵して、モニターを閉じようとして、気が付いた。
 メールの表示。皆守甲太郎が、七瀬月魅との接触時に打っていた、あのメール。俺は今、葉佩九龍じゃなくて七瀬月魅だけど、えっと、このメールを見ても大丈夫、だよな?葉佩九龍に宛てたってことは、俺に、宛てたってことで、いいんだよな?
 ……何かがおかしくなってる事に気が付いた。俺は、葉佩九龍、だ。でも、七瀬月魅でもあり、ならば葉佩九龍じゃない…?俺は、俺で……葉佩、九龍で、七瀬、月魅で……。
 ルイ先生が言ってたのは、こういうことか?《氣》ってやつが、どんどんおかしくなってるのかもしれない。魂魄…俺の魂と、七瀬ちゃんの身体を駆使する魄がもしも融合したとすると、……俺は、どうなってしまう?
 危うい思考を無理矢理引き戻すため、俺は葉佩九龍宛のメールを開けた。半ば、俺が葉佩九龍だって、自分に言い聞かせるための行為だったようにも思う。
『どこにいる?』
 皆守甲太郎からの一言。
 あの男は、葉佩九龍を管理でもしたいってんだろうか。誰と、どこにいて、何をしているのか、いちいち報告する義務なんて俺にはないし、そんなもの求められても困る。
 勝手だと、そんな人間の身勝手さになれてるはずなのに妙に苛立つ自分に余計苛つくなんて、変な悪循環を感じながら、H.A.N.Tを閉じようとした。
 でも、……そのメールには続きがあったんだ。
『七瀬の部屋にいるなら、それでいい』
 って。
 
 それでいい?
 
 七瀬ちゃんの部屋にいるなら、それでいいって、どういう、意味だよ…?
 まさか、あいつ……葉佩九龍のことを、本気で心配していた、ってことか?遺跡に潜っているんじゃなければ、それでいいって、そういう意味かよ?
 
 身体から一気に力が抜けた。疲れていたせい、だけじゃない。
 俺、全然見当違いなこと考えてたんじゃん。俺の事、分かってないとかあいつに偉そうなこと言って、結局分かってないのは、俺の方じゃねぇかよ。なのに突っかかって、喧嘩売るようなことして、不愉快な思いさせて、意地張って、拗ねて…………阿呆だ。絶望的に阿呆だ、俺。
 ゴメン、甲太郎、ホントに、ゴメン。
 謝りたくても、ここにあいつはいなくて、俺が謝らなきゃいけないのに俺は七瀬ちゃんで。戻れる確証もない上に、葉佩九龍として会うことすらできないかもしれない…?
 その時、初めて、俺は。七瀬ちゃんのためじゃなく、自分自身の想いの中で、葉佩九龍に戻りたい、戻って、甲太郎に会いたいって、思った。
 もし甲太郎が葉佩九龍の表面だけ見ないなら、もうそれでもいい。俺は、あいつの前ではずっと、あいつが気に入ってる葉佩九龍として生きてやる。
 それでしか存在を認められないなら、それとして、存在してやる。
 俺は、葉佩九龍だ。七瀬月魅の身体に収まっていたとしても、葉佩九龍だ。葉佩九龍でいれば、皆守甲太郎が許容してくれる。
 そう決めた途端、俺が何で、葉佩九龍か七瀬月魅かなんて靄がどこかに消えた気がした。確固たる自己を持っていること。それが大事なのにね、忘れてたのかも。サンキュ、甲太郎。
 大丈夫、葉佩九龍は、ここにいる。
 何だか妙に晴れがましい気持ちで、俺は魂の井戸から出た。手に入れた秘宝を、東は東へ、南は南へという石碑の言葉通りに嵌め込み、黄金の扉を開けた。