風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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5th.Discovery Brew - 天啓は彼らより -

 今、ボクは、3-Cの教室の前にいるでしゅ。
 昨日、葉佩くんがあの遺跡にやってきて、ボクに言った事……《汝自らを愛するが如く、汝の隣人を愛せ》、それを実行するためにここにいましゅ。
 本当はすっごく怖かったでしゅ。このまま黙って逃げちゃおうとも思ったんでしゅ。自分のココロから逃げて、傷付かないようにするのは簡単なことでしゅ。
 でも、それはダメだって、教えてくれたのは葉佩くん。彼の言葉に真実を見て、大切な教えを取り戻したからこそ、この教室の扉を開けなければいけないって、思ったんでしゅ。
 ……でも、いざとなるとやっぱり怖くて、昼休みが始まってからもう10分も、動けずにいるんでしゅ~…。いざとなると勇気が出なくて、どうしても…ダメでしゅ…。何度も何度も扉に手を掛けて、でも、開けられないんでしゅ。その間に何人も何人も教室に出たり入ったりして、その度に、廊下の壁に隠れるようにするしかなくて、どうしようかと頭を抱えてた、その時でしゅ。
 向こうの方から、手の中にパンを抱えて歩いてきたのは、葉佩くん…。
「あぁッれー、肥後、おっつー、どったよ?」
 ボクに気が付いて、小走りに駆けてくる葉佩くんは、失礼かもしれないけど小動物みたいでちょっと可愛かったでしゅ。
「葉佩くん、こんにちはでしゅ」
「おう。あ、メシもう食った?」
「えっと、まだ、でしゅ」
「じゃ、これ。えっと、その上にある焼きそばパンやるから。取って」
 両手がパンで塞がってるからか、葉佩くんは顎で一生懸命パンの山のてっぺんにある焼きそばパンを指すんでしゅ。
「えっと…いいんでしゅか?」
「あ?イイよ、別に。俺、カレーパンさえあればそれでいいしー」
 早く早くと急かされて、ボクがお礼を言って焼きそばパンを受け取ると、
「で?なんかあったん?誰かに用?呼ぼっか?」
「あ、あの…葉佩くん…ボク、その……」
 言い淀んだボクを、見上げてくる葉佩くんの眼がとっても深くて澄んでて真っ直ぐで、なんだか、全部を受け容れてもらえるような気がしたんでしゅ。この眼はボクを否定しない。そして、彼がボクをここまで導いてくれた、そう思ったら、
「ボク…八千穂たんに、謝ろうと思ったんでしゅ」
「あぁ、じゃあ呼ぼうか、」
「あ、あぁ、でも、八千穂たんが許してくれなかったら、どうしようと思って……」
 ボクの言葉に、教室の扉に足を掛けた葉佩くんが振り向いたんでしゅ。その顔は、なんだか怒ってるようにも見えて…、
「お前、そーんなに、八千穂ちゃんのこと、信用してねーの?」
「え?」
 葉佩くんは足を降ろして、トントン、と、爪先で廊下を叩き、
「倒れて保健室に運ばれても、それでも八千穂ちゃん、お前のこと気にかけててさ。自分がへばってるってのにタイゾーちゃんタイゾーちゃんて、正直妬けるってくらい、ホントに。そんな子だぜ?八千穂ちゃんは。肥後は、八千穂ちゃんのこと、ちょっとした間違いも絶対に許さないような子だと思ってんの?」
「そ、そんなことはないでしゅ!ただ……」
 ボクは、もしも、が怖いんでしゅ…。八千穂たんが素敵な女の子だってことは本当に、とってもよく分かってましゅ。でも、やっぱり怖い。
 それを伝えると、葉佩くんは呆れたように笑って、
「そりゃー、アレだ。自分を信じ切れてねーんだよ」
「自分、でしゅか…?」
「自分で自信持ってやってたことがさ、イキナリある時間違いだったって気付いた瞬間、滅茶苦茶怖くなるじゃん。自分が、揺らぐんだよ、そういうとき。何やってもダメな気がするし、何やっても間違いのような気がするし、何やっても、誰からも許されない気がする」
 そう、そうなんでしゅ。そんな感じなんでしゅ。
 でも、何で葉佩くんがそれを分かるんでしゅか…?きっとこの感覚は、間違えたことのある人間にしか、分からないような気がするんでしゅけど…。
「葉佩くん、ボクは…」
「でもなぁ、ここで逃げたら逃げっぱなしで、お前、この先何やっても自信なくなっちまうぞ?躓いたことに気付いたときに立て直さないと、あと総崩れ。悲惨だぜぇ?」
 大仰な仕草で首を振って見せた葉佩くんは、まるでその悲惨だっていう総崩れ状態を知ってるようで、何だかそこに、ちょっと驚いてしまったのでしゅ。葉佩くんは、何も間違えた事なんてなさそうなのに。
「てなワケで、ちゃっちゃと謝っちまえ、な?」
「で、でもまだココロの準備が、」
「でももだってもない!やっちほちゃぁぁぁん!」
 足で扉を一気に開けたと同時に葉佩くんが叫んで、その声で3-Cにいた人がみんなこっちを見たでしゅ!その中にもちろん八千穂たんもいて、葉佩くんと一緒にいるボクに気が付くと、友達の輪から離れてこっちに来たんでしゅ。
「葉佩クン、いきなりおっきい声で呼ばないでよー!恥ずかしいじゃない!」
「ごめーんちゃーい。あ、肥後が八千穂ちゃんに話があるんだって。ほんじゃ、俺はこれで」
 そう言うと、葉佩くんはさっさと教室の中に入っていってしまって、ボクは八千穂たんとふたりだけで、扉の所に残されてしまったんでしゅ。葉佩くんが、カレーパンを誰かに投げつけてるのを見ながら、ボクは必死に八千穂たんにかける言葉を探したんでしゅが…。
 なんにも浮かんでこなくって、でも、目の前の八千穂たんを見てたら、何か言わなくっちゃって思って、それで、
「ご、ごめんなさいでしゅ!」
 それだけ言って、頭を下げたんでしゅ…。それから、顔を上げるのが怖くって、じっとしていたら、少しだけ経ってから、頭をぽんぽんって、叩かれて。
「よし。許す」
「えッ?」
「へへ、ありがとね、タイゾーちゃん」
 思わず顔を上げてしまって、見えたのは、八千穂たんのいつも通りの明るい笑顔。
「あり、がとう、でしゅか…?」
 意外な言葉に、思わず聞き返してみると、
「もしもタイゾーちゃんが何にも言ってきてくれなかったら、どうしようかと思ってたんだ。だって、なんだか気まずいでしょ?でも、こうして来てくれて、良かった」
「八千穂たん…」
「あたしね、やっぱりタイゾーちゃんの言ってたのは素敵な事だったと思う。ちょっとだけ、間違えてたけど、今でもあたし、隣人を愛そうって思ってるよ」
 八千穂たんを見ていると思い出せそうだった何か。それは…あの転校生くんの事なのかもしれないのでしゅ。ボクに教えを説き、導いてくれた彼と、間違いすら許せる八千穂たんは、とってもよく似てると思ったんでしゅ。
「八千穂たん。これからも、ボクはセミナーを続けていきたいと思うでしゅ。今度は、自分のことも、他の誰かのことも、等しく愛せるようにみんなに伝えていきたいんでしゅ」
「そっか!あ…でもその前に、」
 ボクの手を取って、八千穂たんは。
「他のみんなにも、ちゃんと謝って、それからだよ?」
「ハイでしゅ!…って、あの、八千穂たんも?」
「一緒に行くからさ!それにね、みんなたぶんタイゾーちゃんが来るのを、待ってるよ」
 ボクは、ようやく、胸の中で引っ掛かっていた何かが溶けていくのを感じたんでしゅ。それは許されたという安堵とかだけじゃない何か……今、本当にようやく、《宝》の全てが戻ってきたって、思ったんでしゅ。
 八千穂たんと、あの時の転校生くんと、そして葉佩くん。ボクが歩いていく道を示してくれた人たちを宝に、これからもっと、自分を好きになるために歩いていくでしゅ。

End...