風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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5th.Discovery 星の牧場 - 2 -

 玄関に入って階段を登らず、そのまま真っ直ぐ。
 昼休みが始まってすぐは戦場と化していた売店も、そろそろ人がはけてきた感じ。それでも、パンの並んでるブースは全然見えないんだけど。ま、これくらいなら結構簡単にゲットレ可能。
 人混みの下から潜り込んで、残っていたカレーパンとあんぱん、それから最後の一個だった焼きそばパンをひっつかんで、投げるように百円玉を三枚置いて売店から出た。
 この時間でこれだけパンが残ってるってのも珍しいなー、って。階段登って教室に戻ろうとしたとき。そこに、誰かがいることに気が付いた。
 売店の方をちらちら見ながら溜め息を吐く男子生徒。でかい。縦にも横にも。俺の三倍って感じ。赤くも速くもないけど。
「ああ……どうしてお昼の売店はいつでもこんなに混んでいるでしゅか……。今日もまたボクは焼きそばパンが食べられないのでしゅね……」
 焼きそばパン?あら。俺の腕の中のこいつが、最後の一個だったのに。しかも、別に昼メシじゃなくて夜食に買ったヤツだから、なんか悪い気がしてきちゃってさ。俺、そこまで焼きそばパンラブなワケじゃないし。
 しかも、その子があんまりにも悲しげーな顔、してっから。
「あのぉ、コレ、どーぞ」
 彼に、差し出していた。
「こ、この香ばしいソースの香りは……」
 巨漢の彼が、振りかえる。垂れ目でもんのすごーく、穏和そうな感じ。同じ垂れ目でも皆守とはえらく違う。
「キミは…まさか、見ず知らずのボクにこれをくれるでしゅか?」
「おぅ。いーよ。やる」
「ほ、本当でしゅか!?あ……ありがとう、でしゅ」
「いえいえ」
 ほんじゃ、と言って立ち去ろうとしたんだけど、後ろから、そいつに呼び止められた。
「あの……」
「ん?」
「キミは誰なんでしゅか?」
 と言われましても、別に焼きそばパン一個で名乗る名前もございませんし。
「そんな、気にせんでいいって」
「キミは……イイ人でしゅね。何だか映画に出て来る正義のヒーローみたいでしゅ」
 焼きそばパン一個でか!?それだけで正義扱いされるのもなんだし、どっちかっていうと正義の味方に虐げられていた側だから、あんまり素敵な褒め言葉じゃないなぁ。
「それに、ボクを見ても笑わないんでしゅね。こんなボクの姿を見ても……」
「はぁ?」
 ……んなE.T.でもあるまいし…。彼の言ってることが、俺にはちょっとよく分からない。ただ、大きめの体格がコンプレックスなんだろうなってことだけは察する。
「そうだッ!!何か悩みはないでしゅか?辛かったり苦しかったり寂しかったりすることがあれば、ボクが何でも解決してあげるでしゅ!!」
 超無邪気、って顔だ。きらっきらした眼差し。これね、あれよ。宗教よ。神を信じる心の清らかな方々、大体この目をしてんの。
 しかも、その悩みだかなんだかって話を、俺はついさっき、聞いたばかりだぜ?
 こいつ、まさか、ね。俺の予感は大体にして悪い方向にだけは当たる。んでもって、凄く嫌な予感が、したりして。
「キミの中の悪い魂をボクが吸い取ってあげるのでしゅ」
 悪いココロ。
 それが、こいつには見えているのかもしれない。
「俺の悪いココロなら、取れないと思うけどなぁ…」
「どうしてでしゅか…。だったらキミも一度、セミナーに参加するでしゅ!」
「セミナー…時間と場所は?」
「授業が終わったらすぐ放課後のセミナーが始まるのでしゅ。四階の電算室で待ってるでしゅよ」
 放課後、学校に残るのは校則違反だ。例外は、生徒会関係者にだけ当てはめられる、とするならば。椎名ちゃんの話とも合わせると、可能性はあり過ぎだよな?
「それじゃ、またでしゅ~」
「…おぅ。また、な」
 ドスドスと重たげな足音を立てて、そいつは去って行ってしまった。
 今日は、墓参り日和かな、なんてね。
 夜のことを考えていると、さっきのヤツと入れ替えのように階段に現れた人影が。
「ん?葉佩じゃないか」
「あー、ダンナ、おっつー」
 大人っぽい上に人当たりの良い笑顔を覗かせたのは、夕薙のダンナだった。
「ああ、お疲れさん。ところで、今、ここから出て行ったのはもしかして―――…」
「あり?お知り合いだった?」
「いや、そういうワケじゃないが……」
 物言いたげにさっきのヤツが歩いてった方を見送ってから、そういえば、と話を切り出した。
「葉佩、君にひとつ、訊こうと思ってた事があったんだ」
「ほいな」
「君は……、白岐とは親しいのか?」
 おろろ。意外な質問デスコト。もしかして、ダンナ、白岐ちゃんにホの字というヤツですか?やー、それをさらりと聞けちゃう辺りに大人の余裕を感じるんですが。
「んー、綺麗だよね、雰囲気あるし。でもさー、なんか俺、白岐ちゃんには阿呆だと思われてる気がする」
「なるほど……」
「ダンナは、白岐ちゃんのこと、好き?」
 何気なく、聞いたんだけど。夕薙は困ったように苦笑いしてる。
「まったく……ちょっとストレート過ぎやしないか?」
「あ。ごめんちゃい」
「でも、まぁ……俺は彼女に大いに興味がある」
 この余裕だよ、好きなヒトーとか聞かれてもさらっと流せるなんて、高校生にはまだ足んないスキルと違う?で、それは俺に足りないもの。二年てさ、やっぱ大きいモンなのかね?
 どーんと懐が広くて、デカくて。思わず許容して貰えるかって、そんな錯覚までしそう。
「葉佩、君は気にならないか?彼女はいつも独りで何を眺めているのか…」
「気になる、ねぇ。すごく」
 何を見てるのか、何が見えてるのか、何を見たいのか。俺に何を求めてるのか、忠告の意味は何なのか、何を知ってて、何を知らせたいのか。そして、彼女は、何者なのか。
「やはりそうか。俺も彼女のように神秘的な女性は初めて見るよ。どうにかして彼女の謎を解き明かしてみないものだな」
 俺も女体の神秘にはとっても興味がありますが。あ、そうじゃないですか。
「白岐ちゃん……か。誰かに、似てる気がすんだよね。何考えてんのか読めないトコとか、たまに行動も分かんない。それに、なーーーーんか、踏み込ませないくせに、簡単に踏み込んでくるトコ……誰かに」
 気になって、出てこなくて。そんな脳味噌の詰まりかけのところを押し出してくれたのは、夕薙だった。
「……甲太郎、じゃないか?」
「え?」
「あいつも、何を考えてるのか見せない点では同類かもな。ま、神秘的と言ってやろうか」
 皆守に神秘的。うわぁ、似合わない。カレーに神秘は感じても、ねぇ?
 でも、夕薙が言ってることはなんとなく分かる気がする。あいつは、絶対にある程度のラインから向こうを見せようとしない。自分の手札を頑なに保持したまま、いつの間にか後ろに立って、こっちの手札を見てる感じ。二人でババ抜きしながら、こっちの手札にはジョーカーねぇってんのに、あいつも俺は持ってない、って顔すんの。
「甲太郎のことも、気になるか?」
「……ダンナ、なんか、変な噂とか聞かなかった?」
「さぁね。どうかな」
 むむ。夕薙のこの言い方は、イエスって意味だ。絶対そうだ、くそー!
「俺、女の子の方が好きだかんね?」
「はは、知ってるよ。この間はルイ先生を口説いていたろ?」
「わー、バレッバレ…」
 どこで見てるんだろうなぁ、そういうの。
「ま、俺は君がいつかライバルにならないことを祈ってるよ」
「じゃあ俺は皆守にしておこうかなー」
「甲太郎がそれを聞いたら喜ぶんじゃないか?」
 怒ると思います。
 そう言うと、また軽く笑った夕薙が、ちらりと廊下に掛かっている時計を見上げた。まだ、暇を潰せるほどの時間が残っている。
「そーだ、ダンナ、この後どーすんの?メシ?」
「ああ。朝買っておいたパンがあるし、今日は天気も良いから屋上で昼メシもいいかなと思ってな」
「ほー」
「一緒に来るか?まだ時間はあるし…どうだい?」
「わーい、デートのお誘いだー!」
「それじゃあ屋上デートと洒落込もうか」
 んー、この余裕!ふざけんなと蹴りを入れてくるどっかの誰かさんとは、大違いだね!
 で、しばらく色々話しながら階段を登ってたんだけど、途中で夕薙が。
「そういえば、葉佩」
「おぅよ」
「どうして前を歩くんだ?」
 ……バレてたか。
 さっきから、夕薙よりも一段先にずっと上がるようにしてたこと。だってさー、夕薙の隣だぜ?
「ホントは二段先を歩きたいくらいだよ」
「どうして」
「背。」
 隣を歩くと、身長差が目立つ。それが、イヤ。ついでに言うと、取手の横もあんまり歩きたくなかったりして。二人共、隣歩くと首が痛くなるし。
「あぁ~…だがそんなに気にするほど低いとは思わないが…気にしてるのか」
「思いっきりねー」
 足りない頭とか、男臭くない顔だとか、もみあげがないとか、毛が薄いとか(頭じゃなくてね)、つーか生えろよヒゲ、とか。そんなんより、やっぱ、背。
 だから、身長が変わるわけでもないのに、夕薙が一段上がるたびに、その先の一段を踏むようにして歩くんだ。
 三階から更に上、屋上に続く踊り場で一度、一段下の夕薙を振り返った。
「あと、ほんの数センチだったんだ」
「何に?」
「だーい好きだった女に、ほんのちょっと、足りなかったんだ」
 コレは、マジ。そいつも女性では背、そこそこ高い方だったからしょうがないっちゃーしょうがないんだけど。
「女の子の方が低くないといけない!とか思ってるワケじゃなくて、なんつーか、色んなことにおいて負けたくなかった人が、そのまんま大事な人で、だから身長も負けたくなかったんだ」
 事実、ルイ先生も好きだしね、と付け加えると、夕薙は一段登って、踊り場に上がった。
「今も背をコンプレックスにしているのは、その女性のせいなのか?」
「……さぁ。もうそろそろ、デカいヤツに対しての僻みと嫉みになってる気もする」
 気がする、っていうかたぶん、そんだけ。俺が勝手に気にしてるっていう、そんだけ。
「そう、か。てっきり俺は、君には未来しか見えていないと思ってたが…」
「人は見かけによらないって言うじゃん?ダンナも、イイ例でしょ。そう言われない?」
「ははは、その通りだな」
 階段を登り切って、屋上のドアノブに手を掛けた。
「……それでも、俺は俺で、それは変わんないはずだったんだけどね」
 そう言った後、夕薙が、え?とかそれは、とか言ってたけど、知ーらない。
 そのまま屋上に出て、思いっ切り伸びをした。
「くぁーー、天気イイねぇ!昼寝日和だー」
「太陽の下で昼寝というのも、なかなかいいものかもな」
 日当たりの良い屋上の真ん中に座り込んで、夕薙がパンを囓る。その横で、俺は大の字で寝転がる。
 空、蒼い。太陽、眩しい。目を閉じても、瞼の裏を灼く光。
「夜にならなければ眠れないというわけでなし、これなら一日中昼間の方がいいな。どうだ?葉佩。そうは思わないか?」
「思うー」
「だろう?」
 うー…腹は太陽で、背中はコンクリで暖められて、もう気持ちイイ。こうなると午後の授業って俺の敵だよなー、とか思っちゃったりして、サボり心がむくむくと。でも午後六限体育なんだよなぁ。数少ない得意科目は出とかないけんでしょ、でもなー…。
 そうして考えてもどうしようもないことを考えてたとき、突然、太陽が遮られた。
 目の前に、いつの間にやら皆守。立って、またコイツ、怠げに俺のこと見下ろしてる。
「なんだ九龍、お前も昼寝か?」
「うんにゃ。ダンナとデート」
 途端にグッと、皆守の眉間に皺が寄ったの、逆光でも分かるくらい。なーに怒ってんだ、コイツ。
「……まぁ好きにすればいいさ」
「お前も、ってことは、皆守は昼寝してたんだ」
「ああ、まぁな」
「俺を用があるって言って置いていきながら、その用は昼寝なんだね。俺は皆守にとって昼寝以下なんだね、酷いわ、めそり」
 泣き真似してみせると、皺が寄った+困り顔。俺の横に座り込んで、宥めようとしてんのかなんなのか、額をぺしぺし叩いてきた。
「悪かったよ…んな顔すんなって、頼むから」
 あら。思いの外効果覿面の様子。別にそんなに怒ってはいないよ?軽く不愉快だけど。
「ヤ、別に怒ってねーから。納得しただけ」
 感情を交えないで考えて、皆守にとって『昼寝>俺』って図式を確認して納得しただけのことで、別に皆守に謝られる必要は全然ないよ。
「…そっちの方が気になるってんだよ」
「ほぇ?」
「……何でもない。…おい大和、笑ってんじゃねぇよ」
 見れば声を殺して、夕薙がくつくつ笑ってる。何がそんなにおかしいんだろ?
「いやいや、悪い。ただ、微笑ましいと思ってだな…」
「そういう言い方はおっさんそのものだな」
「おっさ……、甲太郎、いくらなんでも二つ違いでそれはないだろう…」
 今度は俺が吹き出す番だった。絶句する夕薙なんて、あんまり見ないし。
「でもさ、大人っぽいことは確かじゃん。二歳差とかじゃなくて。イイよなー、俺も早くヒゲが欲しい…」
「「は?」」
 途端に顔を見合わせた夕薙と皆守。それからじーっと俺のこと凝視して。何をするのかと思えば、
「う、おわぁッ!!」
 いきなり足と肩関節をホールド。二人して、顔を覗き込んでくる。
 必要以上の急接近に慣れてない俺としては、それは非常に困るワケなんだけど、二人に通じるはずもなく。近い近い、という主張はあえなく無視。
「……お前、ヒゲ剃ったことないのか?」
「…ないよ。悪かったな」
「わ、悪くはないが……そうか、ないのか」
 二人ともほーって、しげしげと俺の顔を見てくる。皆守なんか、さっきマミーズで散々引っ張ったはずの俺の頬をまた引っ張って、
「確かに、産毛ばっかだな」
「だァァァッ!!離せッ!!触んな!」
 ソレ俺気にしてるトコーー!!
 目の前の皆守を蹴ろうとして暴れたら、肩を押さえていた夕薙がいきなり退いて、そのせいでコンクリに思い切り頭をゴン。バランス崩して、皆守が上に乗りかかってきたときに、屋上の入り口の辺りからもんの凄い絶叫が聞こえた。
「ギャァァァッ、ダメダメ、ダメよッ、葉佩ちゃん!!あッ、でも皆守ちゃんなら…いえいえダメよッ、やっぱりダメ!」
 朱堂見参。そのまま屋上のフェンスを突っ切って行っちゃいそうなイキオイで、猛突進してきた。
「は、ば、き、ちゅわぁ~んッ」
 ダイビングするように飛び込んできた朱堂に、素早く反応した皆守は容赦ない蹴りをお見舞いする。ホント、容赦ねぇ…。顔面に足が入って、朱堂は物の見事に吹っ飛んだ。
「だ、大丈夫かァ~?」
 あんまりに派手に朱堂が飛んだモンだから、さすがに心配になって近寄ろうとしたら、皆守がそれを止めるように首根っこを掴んで引っ張った。
「それに近付くな、感染るぞ」
「何が!」
「アレが」
 アレってなんだよ、アレって…。ホント、皆守ってとことん朱堂と相性悪いみたいだな。
 でも朱堂はとりあえず生きてたみたいで、しばらく倒れたまま静止した後、いきなり跳ね上がって駆け寄ってきた。それから首に巻いてたスカーフを噛んで、仁王立ちで、
「嗚呼あ愛、愛の愛の、二人の愛の障害はあなたね、皆守甲太郎ッ!!」
「…何をワケの分からないこと言ってんだ」
「誤魔化しても、ム・ダ。アナタと葉佩ちゃんのこと聞いたわ!でも、アタシ負けない!必ず葉佩ちゃんの愛を勝ち取ってみせるんだからッ」
 ほぉら、妙な噂のせいで変な誤解がふつふつと…。
「あ、あのな、朱堂、それごか痛ッ!!」
 誤解だよー、と言おうとしたのに、皆守がパッチーンてデコ叩いたせいで言葉にはならず。
 ンだよ、否定くらいさせろ!!俺の権利を認めてくれ!!
「ヘタなこと言うなよ。言ったら最後、食われるぞ」
「……う゛ー」
 諦めてそこに座り込むと、すでに座って楽しげに傍観していた夕薙が、そっと耳打ちしてきた。
「甲太郎はな、あれで案外ヤキモチ焼きなんだよ」
「えー…そういう問題じゃないっしょ」
 そう答えたら、なんか意味ありげに笑われちゃったい。何だよー気になる。
 まぁ気にしてもしょーがないってなんとなく寝っ転がると、ちょっとの間後ろで騒いでいた皆守と朱堂も、なんとなく隣に座って、なんとなーく、まったり。
「ねェ葉佩ちゃん、ここでお昼寝するつもりなのォ?」
「うーん、天気イイしねェ…眠ィ」
「確かにここで眠るのは気持ちイイかもしれないけどォ、モロに紫外線を浴びちゃうし、お肌のことを考えたらあんまりよくないのよォ?」
 て言われても、俺、男だし、肌がどうこう言われても、ねぇ?気にしてないし。
「それともちゃあんと紫外線対策してるとか?」
「対策って……だって、俺、ビューティ・ハンターじゃないし」
「んまァ!!それはいけないわッ。過度の紫外線を浴びることはお肌にとって最大の敵よッ!!」
 朱堂は突然身を乗り出して、寝転がってる俺の頬に両手で触れた。なんか、今日はよくほっぺ触られる日ですこと。
「こぉんなにきめ細かい肌をしてるのに、傷んじゃったら勿体ないわッ」
「じゃ、じゃあ、どーすれば……」
「オーホホホッ、素直に教えを請う男って、アタシ、好きよ」
 そりゃ、ありがとさん。
「そうねェ~、学生服着てるから黒い服着用って点ではOKね。あとは、日傘を差すとか、サングラスをかけるとか。リキッドファンデーションにパウダーファンデーションを重ね塗りするのも効果的よォ」
「さ、さいですか」
「ねッ、葉佩ちゃん。今度アタシの部屋へいらっしゃいな。すどりん流日焼け対策を、手取り足取り腰取り、た~っぷり教えてあ・げ・るぎゃぁぁぁッ!!」
 言いかけたとき、俺の上に乗り上げていた朱堂が叫び声と共に吹き飛んだ。
 あれだよね、ここまで来ると、ドツキ漫才ってヤツ?アレに近いと思う。
「いちいち駆除が面倒な野郎だぜ」
「……放っておきゃいーのに」
「ははは、言ったろう?甲太郎はヤキモチ焼きだってな」
「うるさい!」
 苛立ったようにすぱすぱアロマを吹かした皆守が、俺の胸ぐらを掴むと、自分の横へと引っ張った。…まるで皆守の所有物だな、俺。
「キィィィィッ!甲太郎ッ!アタシの美貌が歪んだらどうしてくれんのよッ!!」
「安心しろ、元が歪んでる」
「ぬぁんですってェェッ!」
 また漫才開始?かと思いきや、そこで予鈴チャイムが鳴ってゲームセット。
「はい、そこまで。朱堂、授業が始まるぞ。行かなくていいのか?」
「あらヤだ!それじゃあ、みんな、まったねェ~。葉佩ちゃん、浮気はやぁよ?」
 駆けていく朱堂は、振り返って投げキッスを飛ばしていくことも忘れなかった。律儀だね、ホーント。ただ、俺の所に届く前にしっかり皆守が蹴り落としちゃったけど。
「あー…朱堂の愛が…」
「残念がるなッ!」
 朱堂にバイバイと手を振るのすら、嫌そう。そんなに嫌いかなー、朱堂のこと。
「さて、俺たちもそろそろ行こうか」
「そだねー。皆守、行こーぜ」
 二人して皆守を見たんだけど…うわー、表情にやる気がない。サボるつもりかね?
「俺はパス。勉強なんていつでもできるが、こんな絶好の昼寝日和はそうそうないからな」
 あ、やっぱり。
「そ。じゃ、俺らは優等生しようぜ」
「………」
 え、何この手。しっかり腕とか掴まれちゃってんですけど。俺も連帯サボりしろって事っスか?ヤダよ、こないだ一緒にサボってるとこ、雛川センセに見つかって連行されたばっかだもん。
 したら、夕薙が組んだ腕を指でトントン叩いて、
「甲太郎。忘れてないか?」
「何をだよ」
「六限の体育、出席日数が足らないと釘を刺されたばかりだろう。それとももう一年、余分に高校生をやりたいか?同級生にほんの少し年が上というだけでおっさん呼ばわりされるようになりたいなら、俺は止めないがな」
 うまい!夕薙お見事、一本!
 俺は、自分の腕を掴んでいた皆守の手を逆に引っ張った。
「さ、楽しい授業授業♪いざ、参りましょー!」
「ちッ…」
 舌打ちして、思いっきり嫌そうにアロマの息を吐き出したけど。それでも渋々着いてくる。
 その時、俺の制服の中でH.A.N.Tが震えた。メールかな?
「ありゃ、朱堂だ」
「あー、見るな見るな」
「そういうわけにもいかんでしょう。えーっと……愛しのマイハニー……って、俺のことかな」
 H.A.N.Tの画面に躍る文字を、その場で音読していった。
 『あぁ嗚呼ぁ愛。どうしてあなたは愛。
 忘れないで。アタシはいつでもアナタの傍にいる。草むら覗けばほらウフフ』
「…茂美・心のポエムより。だって」
「ふむ…葉佩、君はよっぽど彼に愛されているらしいな」
「ねー」
 そんな愛されるようなことはした覚えがないんだけどね。
 そのままH.A.N.Tを閉じようとしたら、横から皆守に引ったくられた。
「ちょ、おい!返せよ!」
「阿呆!!こんなもんさっさと消去だ消去ッ!!呪われるぞ!!」
「やめろよ、返せって!!」
 返せ返さないで揉めてた、丁度その時。
 キーンコーンカーンコーン。
「「「あ。」」」
 本鈴チャイムが響き渡った。
「……急げッ」
 三人同時に駆け出し、バタバタと屋上を後にしたのだった。