風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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5th.Discovery 星の牧場 - 5 -

 九龍。
 
 皆守が、そう呼ぶようになったのはいつからか、ちゃんと覚えてる。
 一週間前、体調不良でダウンした、その日から。正確に言えば、たぶん寝てる真っ最中だと思う。熱に浮かされながら一度だけ、久しく誰にも呼ばれていなかった下の名前、呼ばれた気がしたんだ。で、次に皆守と会ったときにはもう、あいつはそう呼んでたから、たぶん。
 本当に、自分の名前を単体で、つまり苗字とセットじゃなくて「九龍」なんて呼ばれたってのが久しぶりでさ。
 と、いうか。人生で二人目?俺だって、こうして生まれてきたんだから親ってのがいるはずだけど、その親のことはほとんど覚えてないからカウントしないとして。そうすると、二人目。
 昔、自分の本当の名前を名乗ると危ないなーって思ってた時期に、本当に信頼できる奴に出会って、泣きながら自分の名前を告げて。そいつが心底愛おしそうに『クロウ』って呼んでくれた。他の人間には名前、名乗らなかったし、だからあいつ以外は、偽名とか番号とか、ロゼッタでも苗字呼びばっかり。
 なもんだから正直、ビックリした。九龍、って呼ばれて。俺の中でそうやって名前で呼ばれるってことは、近い人間だって、その証のようなモンだったから。もっと正直に言えば、軽くときめいた。あー、そうそう、その響き、みたいな。
 俺ね、名前呼ばれるの、好きなんだ。呼ばれるたびに確認できるっしょ?その、なんていうかな、呼んでくれた人の中に、俺がちゃんと存在してるんだって。しかも、そうやって呼んでくれる人が、俺にとっても大事な人だったら、すごく、嬉しくね?俺なんか、嬉しくて椎名ちゃんから貰った遮光器土偶ぬいぐるみ抱いてベットの上ゴロゴロ転がったもんね!…熱があって頭ラリってたせいもあるけどさ。
 でも、俺は、皆守の事、『皆守』としか呼べない。
 皆守の事、下の名前で呼ぶってことは、つまりは今よりも近くなるって気がするんだ。気がする、だけかもしんないけど。
 俺がこのガッコにいる理由は、ただの仕事であって、それ以上ではないんだ。仕事だからこそ、別れの期限はいつとは分かんなくっても見えてるワケで。だったら、必要以上に距離を縮めても、別れに感傷がくっついてくるだけっしょ?
 サヨナラだけが人生だ。そういうのを、昔、学んだから。身を以て。
 俺が、生きてきて今まで、近い人間の証として名前を呼んだのは一人だけ。俺を九龍と呼んだ、最初の女、だけ。そいつとは、別れることがあるなんて考えもしなかった。有り得ないことだった。ずっと、きっとどこまでも一緒なんだと思ってた。
 それでも別れる時っていうのはやってくる。こちらが拒んでも、強制的に。
 んなことがあって、知ったワケ。誰とどんな形でどう出会っても絶対いつか、別れが来るんだから。必要以上に近付くの、止めようって。近付いたら近付いた分だけ、離れたときに、跳ね返ってくるダメージがとんでもないから。
 現にまだ、俺、立ち直れてないから。
 K.O.されたまま青天で、立てないままだから。

*  *  *

 ベッドに寝転がって考えを遊ばせていた俺を、H.A.N.Tが呼んだ。
 メールだ。誰だろ?
 椅子に引っ掛けておいた学ランのポケットからH.A.N.Tを取りだして開けてみると、あら、珍しい。舞草ちゃんからだ。今日もチラシ配り、頑張ってるみたい。まだ終わってないなら、お手伝いでもしよっかな。どこにいるんだろ?
 メールを返信すると、返事が来るのは早かった。男子寮の一階にいます、って。へぇ。
 俺はH.A.N.Tをポケットに突っ込んで、部屋を出た。一階に降りると、メールの通り、そこには舞草ちゃんが。
「おっつー。こんばんにゃ」
「あー、葉佩くん!」
「まだチラシ配り終わってないんしょ?手伝うよ」
「えッ!そんな、いいんですか!?」
 いいですよーん。時間までは暇ですし。
 舞草ちゃんの持ってたチラシの束を掴んで、二人で男子寮を出る。
「あと、どこ?」
「えーっと、女子寮が終わってませんねぇ」
 女子寮か。いつもならウヘヘ、つって行くところなんだけど、今日ばっかりは八千穂ちゃんの様子も見てきたいし。
「じゃ、行きますかね」
 ふと、皆守も誘った方がいいかな、と男子寮の三階を見上げると、電気が消えた俺の部屋があるとこの横の部屋。電気が点いてる。てことは、御在室なワケで。呼ぼうかと思ったんだけど、ふと、横にいる舞草ちゃんを見て思い出した。
 こんなことで皆守呼んでたら、ホントに変な誤解されちゃいそうだから、やめとこ。誤解してほしくもない人に誤解されたら、ヤだもんなー。
「どうかしたんですか?」
「うんにゃ、何でもねーっスよ」
 適当に誤魔化して、向こうに見える女子寮へと。
 そう言えば、女子寮に玄関から入るのは初めてだったりする。別にね、完全立ち入り禁止、とかじゃないんだけど、やっぱ入りにくいじゃん?入る用もなかったし。来たのは、一週間前に見回りをしたとき以来。
「チラシって、全部の部屋回って配るワケ?」
「そうしたいんですけどぉ。それだとあんまりに量が多くなっちゃうんで、寮の受付の所に置いておくのと、それから各階の自動販売機の所とかに置いておくんですよ」
「なぁる」
 玄関から入って、まず受付にチラシを置いて、それからは手分け。
「俺さ、八千穂ちゃんにちょっと用事があるから、三階と、それから二階にチラシ置いてくるから。別に配ったりしてもいーんしょ?」
「じゃ、お願いしまーっす!」
「お願いされまーす!」
 舞草ちゃんは、マミーズマミーズ~、と口ずさみながらロビーの方へと向かっていった。俺も歌いながら配った方がいいのかも、とかちょっと思ったり。しないけどね?
 俺はすぐ横の階段を上がって、まずは三階に向かった。  八千穂ちゃんの部屋、どこだろ。探すの大変そうだなぁ…。
 なーんて思いながら廊下を歩いていたら、あっちにいるのは白岐ちゃん!
「しっらきちゃーん、よッ」
「葉佩さん……」
 一瞬、驚いたようにちょっと体を竦ませて、俺を振り返った白岐ちゃん。何だか、ちょっと様子がいつもと違う。
「どったの?」
「いえ、何でも……これから、八千穂さんのところへ行くの?」
「の、つもり」
「そう……。彼女、きっと喜ぶでしょうね」
 白岐ちゃんが、そっと微笑む。へー。俺には滅多に、そんな顔してくれないのに八千穂ちゃんが絡むとそうなんだ?なんか、ちょっと妬けるよねー。
 って、言葉にしたワケじゃないけど、白岐ちゃんは慌てたように笑顔を引っ込めて、俺から目を逸らした。
「あッ……私は、いつも元気な彼女が倒れたと聞いて、驚いて、その……」
 ヤ、そんな慌てて弁解しなくてもいいのに。
「心配?」
「……………」
「俺も心配で、お見舞いのつもりなんだけど、なんせ部屋が分かんなくってさ。白岐ちゃん、知らない?」
「あの……」
 そこで、俺は彼女の様子がおかしかったワケを知るんです。
 白岐ちゃんが、そっと視線を向けた先は、目の前のドア。掛かってるプレートには可愛らしく八千穂、と書いてあった。
 つまり、彼女も八千穂ちゃんのお見舞いに来た、と。でも、入ろうか迷ってたってとこかね?
「ここ、彼女の部屋……お願いだからあまり…彼女に無理をさせないでね……」
「はーい」
 そう言って去っていこうとする白岐ちゃんの腕を片手で捕まえ、チラシを握った方の手でドアをノックする。
「は、葉佩さん、私は……」
「八千穂ちゃーん、俺、葉佩ー。入るぜー」
 白岐ちゃんを無視して声をかけると、中からは「どうぞー」っていう声が。
 ドアを開けて、中を覗き込むと、まだ調子が戻ってないらしく、ベッドから上半身だけ起こしてる八千穂ちゃんがいた。
「おっつー。ど?調子は」
「うん、もう全然大丈夫だよ」
 起きあがろうとする八千穂ちゃんを止めて、俺は白岐ちゃんの腕を取ったまま部屋にお邪魔した。
「あれ、白岐さん!?」
「ご、ごめんなさい、その…お邪魔するつもりはなかったのだけど……」
「心配だって言ってたから連れて来ちゃいましたv」
 そんな恐縮しなくても、八千穂ちゃんが白岐ちゃんを迷惑がったりはしないと思うけどね。
「うれしー!白岐さんが来てくれるなんて思わなかったもん!」
「え……?」
「入って入って!あ、お茶とか出そうか?」
 白岐ちゃんが来てくれたことがよほど嬉しいらしくて、八千穂ちゃんはベッドから出て、ドアの前で所在なさ気にしてる白岐ちゃんの手を取った。そのまま部屋の真ん中に座らせちゃったりして。
「葉佩クンも、来てくれてありがとー♪何か、飲む?」
「病人が気ぃつかわなくっていーって。俺はすぐ行くし。コレ途中なんだ」
 持ってたチラシを見せると、何ソレ?と八千穂ちゃんは首を傾げる。
「マミーズのチラシ配り。ってことで、マミーズをヨロシクーって。ハイ」
 二人にチラシを渡して、営業スマイル一発。
「何?葉佩クン、マミーズでバイト始めたの?」
「うんにゃ。舞草ちゃんのお手伝い。まだこんだけあるから行ってこないと」
「何よー、あたしのお見舞いはついでなの?ひっどいなぁ」
 なーんて言いながらも笑ってるんだから、もう結構元気っぽい。良かった良かった。
「でも、元気そうで良かったよ。安心した」
「ちょっと寝て起きたら、いつも通りだもん。あたしの取り柄なんて頑丈な事くらいだし」
「やだよー、取り柄なんていっぱいあるじゃん」
「例えば?」
「顔と胸と美脚。」
「もうッ!!」
 お茶を淹れてるのか、キッチンに立つ八千穂ちゃんから飛んできたのはキッチンペーパーのロール。
 それを笑って受け止めると、おっと、白岐ちゃんもおかしかったみたいで、口元に手を当てて笑ってる。俺と目が合うと、すぐにいつもの表情に戻っちゃうんだけどね。
「じゃあ、八千穂ちゃんも元気そうだし。そろそろ俺、行くね」
「ウソ!今お湯湧かしてるから待っててよー」
「でもさ、俺、やること残ってるし」
 それで意味は通じたみたいだ。これから、夜が更けてから、俺がやらなきゃならないこと。
 八千穂ちゃんはキッチンから出てきて、ドアを開けようとしてる俺の腕を掴んだ。それから、声をひそめて、
「今日も……あの場所へ行くんでしょ?あたしの力が必要になったら、声をかけてね」
「……病人が、なーに言ってんだか。いいから、今日は休んでなって。折角、白岐ちゃんもお見舞いに来てくれてんだし」
「葉佩クン……。ありがと、キミって本当に優しいんだね」
 どうだか。優しいとかそういうのとは、別の次元の問題なんだけどね。
「あたしは、もう大丈夫だよ。だから……そんな顔しないで連れて行ってね」
 そんな顔、って。一体俺はどんな顔してるんだろ。自分の表情が、よく分かんねーや。
「八千穂ちゃん…」
「仲間はずれは……なしだよ?」
「……了解。でも、今日は、ちゃんと休んで。頼むから、な?」
 渋々、と言った感じで八千穂ちゃんは頷いてくれたけど。もしかしたら、取手の時以来ほとんど遺跡に連れて行ってない事で疎外感を感じてたのかもしれない。それならちょっと、悪いコトしたかも。
 でも、俺はできる事なら、あの場所には誰も連れないで入りたいんだ。
「そんじゃ、また明日。白岐ちゃんも、バイバイ」
 手を振って、部屋から出ようとして、ふと思い出して振り返った。
「そだ。皆守が、すげー心配してたんだけど、あいつ、照れてお見舞い来ませんでしたので。八千穂ちゃん、あいつにはなんかメールとかしてやって。マジで、心配してたから」
「皆守クンが?ホントにぃ~」
「ホントに。じゃ、そういうことで」
 今度こそ本当に、部屋を出て、持っていたチラシを廊下ですれ違う子たちに渡しながら、二階に降りて、一階に戻ってくる頃にはもう手元にチラシは無し。
 ロビーには舞草ちゃんがいて、長椅子に腰掛けて俺のこと待っててくれてた。
「ごめん、待たしちゃったね。一応、全部ハケたけど、これでいい?」
「ありがとうございましたッ!ホントに助かりましたよーぅ♪」
「なら良かった。舞草ちゃんもお疲れさんでした」
 すると舞草ちゃんは何やらポケットをごそごそ。何が出るのかと思えば、
「今日はホントにありがとうございました!あの……葉佩くん、よかったら、これどうぞッ!」
「ほぇ?」
 手渡されたのはプリクラと、彼女の連絡先。
「キャ~ッ、キャ~ッ、渡しちゃった~ッ!あの、いつでもご連絡くださいね~ッ!奈々子、待ってますからッ」
 舞草ちゃん、大興奮。俺に連絡先渡して、そんなに楽しいかぁ?よく分からん心理だな…。
 で、二人で女子寮を出て、そこで彼女と別れた。カニすきが好きだって言ってたから、今度差し入れしてあげよーっと。材料はあるしね。
 それから、貰ったプリクラを生徒手帳に挟んだ。みんなから貰ったヤツも生徒手帳に貼ってるんだけど、結構増えたなーって、思う。最初、この學園に来たときからは考えらんないくらい。
 だって、学校っていう場所じゃ、絶対バディなんか作れないと思ってたんだもんよ。それが今じゃ、手伝うって言ってくれる人が、こんなに。あの遺跡に潜ってもいいって。つまりは、俺に命を預けちゃうって。
 みんな、絶対どっかで判断誤ってる。よりにもよって、俺だよ?俺を信用してあの遺跡に潜って、それで死んだりなんかしたらきっと死んでも死にきれなくて化けて出るってハナシ。
 ……遺跡の罠で皆守を殺しそうになってから、数回あの場所へ行ってるんだけど、誰も、誘ってはいない。クエストをこなすだけだから別段危険な敵も出ず、罠は全部解除済みなんだけど、それでもやっぱり、思いのどっかが、怖がってる。
 もしこの中の誰かを失ったりしたら、今度こそ俺は。
 
 だから、今日も一人で、あの場所へ向かいます。

*  *  *

 夜が更けて、もう真夜中。寮を出るとき、まだ電気の点いてる部屋が結構あったけど、戻ってくる頃には大体消えてるんだよね。
 皆守が非常口の鍵を貸してくれるって言ってたけど、「貸して」なんて言ったらあいつのことだから絶対一人じゃ行かせてくんない。だから、部屋からザイルだけ垂らして、寮の玄関から出てきた。
 後でこっそり、非常口の鍵、複製しておこーっと。確かね、売店でやってくれるんだよな、鍵の複製。外に出る自由がない分、大体のことは學園の中で事足りるんだから凄いやね。
 なーんて、呑気に墓場に向かったんだ。そこで、誰が待ってるかも知らずに。
 墓場に、ぼんやり浮かぶ小さな光。あれがあいつの銜えるアロマの灯火だって気が付いた瞬間、もう頭ン中真っ白。やっちゃったー、って感じ。その光が、俺に気付いたようにこっち向いたとき、捕捉されて、もう逃げらんない状態。
「ったく、こんな事だろうと思ったぜ」
「……どして?」
 なんて聞きながら、きっと最初からこいつは来るつもりだったんだな、と妙に納得してる自分もいたりして。
「ここしばらく、この下行くときに誰にも声かけてなかっただろ」
「あら、バレてるし」
「どうせ今日も肥後ンとこ行くだろうが、誰にもバディ要請しないと思ってな」
 ハハ、お見事大正解。俺も、気付くべきだったんだよな。あー、クソ…。そうだよ、八千穂ちゃんがあんなことになって、皆守が平気でいられるはず、ねーんだよ。
「独りで、行く気だったんだろう」
「……どうかな」
「そういうヤツだよ、お前は」
 夜の闇に、皆守が吐くアロマの吐息が白く煙る。
 それを見ながら、俺の頭ン中はどうしようって、言い訳とか説得とか、そんなんばっかりグルグル渦巻いてて。結局行き着く先の答えは、どうにかして皆守を追い返さなきゃならないってコト。
 でも、そんな俺の思惑を知ってか知らずか、たぶん、見抜いてて、皆守は言うんだよ。
「独りじゃ、行かせない」
「何で」
「何でも」
 押し問答になって、埒があかなくなる。それは、困る。
 咄嗟に頭の中に天秤出現。皆守に嫌われるのと、皆守を死なせるの、どっちがマシ?なーんて、考えなくても分かり切ったことだから、俺は言葉に険を混ぜた。
「あのね。俺、これでもプロなんだけど。素人にその辺とやかく口出しされたくない。俺の腕を、低く見られてる気がする。一人じゃダメだって、バカにしてんの?」
 一瞬、あー、このまま皆守が俺のこと嫌いになったらどんなに楽だろうって想いが過ぎって、でも、そう思った瞬間、同時に、イヤだとか思っちゃう自分も見つけちゃって。なんて甘ったれなんだろ、俺。でも、ここでそんな甘さは出せないから、心臓の辺りからこみ上げてくる変な苦しさをぐっと飲み込む。
「八千穂ちゃんをあんな目に合わせて、腹立ってんのは分かるけど、そんな正義感で仕事の邪魔してほしくねーんだよ。俺は、執行委員の連中が遺跡にいれば扉が開くから、それが目的で遺跡に行く。遊びに付き合ってる暇、ねーの」
 視線を逸らしてしまいそうになるのを必死で堪えながら。昔得意だった鉄仮面被って、言葉を並べる。
 皆守が何も言わないことが怖かった。何か喋ってほしかった。じゃないと絶対、謝っちゃいそうで。
 あんまりに何も言わないから、もしダメなら昏倒させるしかないかなーとか、ちょっと考えたとき、ようやく皆守が喋った。
「なら、俺じゃなくていい。誰か、連れて行け」
「ぇ……?」
「取手でも誰でもいい。あいつらなら、力とやらがあるんだろう。そういう連中でいい。潜るなら、誰か連れて行け」
 予想外の、答えだった。
 だって、てっきり自分の手で始末を着けたいんだと思ったから。大事なものを傷付けられたら、それは自分で決着を付ける、って。だからここにいたんだと思ってたから。
「な、何、ソレ…」
「呼ばないなら、一緒に寮に戻れ。行くな」
 腕を掴まれ、引っ張られる。暗闇の中でも分かる、冗談でも何でもない表情。分かんねー。皆守の目的が、全然見えない。自分が行かなくてもいいっていうなら、何で俺を待ってた?
 って、そこで、相当に自惚れた結論を出してみる辺り、俺の頭は湧いてる感じ。
「……まさか、まさかさぁ。俺を一人で行かせるのが、心配だとか、言っちゃったり?」
「………」
 まるで肯定するように、微かに首を項垂れて、俺を睨むように見る。腕を握る手には、力がこもっていた。
 首元が熱くなってくるのが分かった。どうしよう。ホントに。すっげぇ、困る。困る。滅茶苦茶困る。
 何が困るって、俺のこと心配してくれるんだって突き付けられて、その……嬉しいって、自分で感じてることが困る。
「あ、ぇ?で、でも、俺は、その、あの、なんていうか……」
「……あいつら呼ばないなら、俺は勝手にこの下、行くぞ」
「あーーー、ちょっと待った!!」
 それはダメ!!
 仕方ないから、H.A.N.Tを起動させて、元執行委員―――《力》を持っている面子に、メールを送った。起きててくれることを、願いながら。

*  *  *

 程なくして、バディ要請を入れた二人が墓地に現れた。
 一人は取手で、もう一人は――――、
「葉佩ちゃんッ!!茂美嬉しいッ。真夜中に逢い引きなんて、なぁんてスリリング!!校則を犯してまでアタシに会いたいだなんて、まさに燃えるような愛だわッ」
「そ、そうかなー」
 現れた朱堂を見た途端、皆守に襟首を引っ張られ、肩に腕を回されて内緒話体勢。
「九龍、なんでよりにもよってあいつだ?なんつー人選しやがるんだ…」
「ヤ、だってさ、椎名ちゃん、女の子だし、もう夜遅いし、あんまり、ね?だから、朱堂…」
「………余計心配になってきた」
 あ。やっぱ、心配してくれてるんだね。いちいち顔赤くなるよ、ソレ…。
「あの、葉佩君…バディは、二人までって聞いてたんだけど、いいのかな…」
 取手が、やたらにハイテンションな朱堂に押されながら、そっと耳打ちしてきた。それを聞いていたらしい皆守が、
「大丈夫だ。俺は行かないからな」
「え?そうなのかい?」
 皆守と俺の顔、交互に見るから、頷いておく。で、了承したらしく、深く聞いてこないところが取手の良いところなんだよな。
「一応、これ渡しておくからな。後で返せよ」
 皆守が俺に渡したのは、非常口の鍵。これがあれば、取手や朱堂に泥棒みたいに寮に戻らせることもない。
「ありがと…」
「あァ、眠い…俺はさっさと戻って寝る。お前らもさっさと行ってこい」
 皆守に送り出されて、さぁ行こうって時に、止せばいいのに朱堂はまたいつもの。
「オーホホホッ!!皆守ちゃん、今晩の葉佩ちゃんはアタシのモ・ノ!ウフフ、二人で目眩く禁断の愛の世界へいざ――――ぐはぁッ!」
「死ね。」
 景気良く蹴り飛ばされる朱堂を見て、俺も取手も、あー、って感じ。
「……くれぐれも、アレには気を付けろよ」
「ハイ了解。心配しないでダーリン、浮気はしないわー」
 なんつって。俺もついでに蹴られてみました。
 それから、勝手に復活した朱堂を先頭に、取手、俺と遺跡に潜ることになった。
 二人がザイルを伝って降りていくのを見ながら、頃合いを見て俺も、としゃがもうとしたとき。
 皆守が手首を掴んできた。グローブも、学ランにも覆われてない剥き出しの腕を掴まれて、ちょっとビックリして振りかえると、皆守は、真剣な顔をしていた。
「ちゃんと、戻ってこいよ」
「……はい」
 こういうの、女の子にやれば一発でコロリだと思う。俺だって、なんかあてられちゃいそうだもん。すっごい大切にされてる感があって、心臓バクバク言ってんの。
「じゃ、いってきます」
「行ってこい」
 そうして、ポンと肩を叩かれて。俺は皆守と別れた。