風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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5th.Discovery 星の牧場 - 7 -

 部屋に入った途端、もの凄い熱気に肺まで灼けそうな錯覚に襲われた。そこは回廊。細い通路には全て、熱気が籠もってる。息をする度に熱風を吸い込んで、隣では取手が噎せ返っていた。
 そんな中、一人元気な朱堂さん。
「ああッ!アナタの愛に焦がされるゥ~ッ!」
 俺の腕にしがみついてとっても鼻息が荒くいらっしゃる。でも、H.A.N.Tの警告を聞いて流石の朱堂も顔を顰めた。
「と思ったら、トラップ?いやん、すどりんたら早トチリ」
 石碑を読んでおいて良かった。
『遠呂智を討つには八塩折。最初と最後は必ず火を吹く。他の頭は交互に火を吹く。』
 たぶん、このトラップのことを言ってるんだと思う。だとしたらここにいるのは大変まずい。最初と最後は必ず火を吹くってコトは、通路の先に見えるちっちゃな蛇の頭からファイヤーボンバーなんだろーねぇ。
「…走るぞッ」
 三人で転がり込むように角を曲がった途端に、最後尾の俺のすぐ後ろで蛇が火を吹いた。けれど、この通路は無事だ。ということは、次に火を吹くときはここは危ない。
 走り続けるしかないらしい。ゴーグルをセットして回廊を確認できる俺が先頭に代わり、とにかく走り続けた。
 曲がり、曲がり、曲がり、曲がって。
 後ろの蛇が火を吹くはずだった、のに。目の前にいたのは最後の蛇。曲がってきた俺らを待ち伏せたかのように一気に火を吐き出した。
 咄嗟に、背を向け、二人にまとめて覆い被さる。倒れ込んだ瞬間、背筋を灼熱が駆けていった。
「っ、つ…ぅ……!」
 まず間違いなく制服はやられた。アサルトベストを着てなかったら、おそらく第三度くらいの大火傷だったと思う。そうでなくても、格好付けてらんないくらいに熱いってのにチクショウが!
 葉佩ちゃんたら大胆!とか言ってた俺の下の朱堂も、ものごっつい顔を顰めた俺の様子に気付いたんだろうな、慌てて起き上がって半狂乱。
「ヤだ、ヤだわ葉佩ちゃん!ねぇ大丈夫!?」
「…れよ、り、そこ…閉まって、んだろ」
 陰になってよく見えないけど、蛇の横は塞がれてて、そのまま脱出というわけにはいかないっぽい。
 だとしたら、アレだ。遠呂智を討つには八塩折。さっきの社の杯。それをアサルトベストから引っ張り出して朱堂に手渡した。
「悪ぃ…それ、たぶんトラップ解除の、鍵……急げ!」
「分かったわ!」
 さすが陸上部、ダッシュで通路の奥に向かう。……また壁が熱を帯びてる、急がないとまずい!
 ゴゴゴォ、と不吉な音がして、今にも火を吹くってその時、朱堂は辿り着いて杯をセットした。すると、何かを吸い上げる音がして、行き止まりの先に道が開け、部屋に籠もっていた熱も急速に引いていった。
 ……間に合った。
 その安堵感と、同時に襲ってきたとてつもない痛みとワケの分からない熱さに、俺は呻いて壁際にしゃがみこんじまった。情けなーい…。
「葉佩君!?」
 呼ばれても、痛みに耐えるために通路に脚をつっかえるようにして歯を食いしばることしかできない。食いしばった唇からは呻き声みたいなものが零れるだけで、言葉になんてなりゃしねぇでやんの。
「朱堂さん、先に行って休める場所がないか見てきてくれないか」
「任せて!」
 朱堂の高笑いが遠ざかっていくのが意識のどっかで聞こえる。うわ、なんか朦朧としてら。
「立てるかい?とりあえず、僕が運ぶから」
「あー…ダイジョブ、だってば、ヘーキ…」
「そんなわけないだろう?」
 あぁ、取手が怒ってる。怖いなぁ…。
 で、こともあろうに膝の裏に腕を回そうとするから、慌ててそれを止めた。それって、最終形態お姫様だっこ、でしょうが。
「いい、いい!…歩けるよ、なんとか、ね…」
 取手の胸を押しのけると、今度は問答無用だった。体格差では絶対に勝てない取手に、腕を取られ、背負われた。情けないったらねぇよ?俺が夕薙のダンナ張りの大男だったら絶対こんなコトされないだろうに。
 でももう、そんなこと文句として吐き出す元気、ナシ。熱は脳味噌までいってる感じで、ただただ、歯を食いしばって痛みに耐える。呼吸すら止めて、痛みに慣れろと自分に言い聞かせながら、ぐらぐら揺られる。
 朱堂が呼ぶ声が近くなって、突然世界が明るくなったと思ったら、痛みは一気に引いていった。
 止めていた息を大きく吐き出して、俺は取手の背中から降りた。痛みの名残が足下をふらつかせたけど、何とか壁に縋って耐える。
「……悪り…」
 運んでもらったことと、世話を掛けたことに対して、顔の前で手を合わせると、突然朱堂に抱き竦められた。
「もう!葉佩ちゃんたら!バカバカ!!茂美、心臓が止まるかと思っちゃったじゃない!」
「…ごめーん」
 そのままバカバカと繰り返され、その度にしっかり殿方の怪力で締め上げられて、ああ泡でも吹きそうだ。苦しいという意味を込めてタップすると、ようやく朱堂は離れ、けれど、その目にはうっすら何かが滲んでる。
 ヤベ…なんか、俺、まずいことした?
「ダメよ……アタシ、アナタを失ったらもう、どうしていいか…」
 えぇッ…朱堂、どうしたの。マジに乙女モードだよ。そ、そんなマジな目でそんなこと言うなよー。
「だ、だ、だ、大丈夫だって、ほら、俺、全然もうなんてことねーよ!?な?だからそんな顔すんなって、な!?」
 おろおろしながら必死に宥めようとするんだけど、もうどうしたもんだろ。
 朱堂の後ろでは取手が俯いてて、まさかこっちもか!?と思ったんだけど、取手の方はどっちかっていうと怒ってる、っぽい。顔を上げて近寄ってくると、じっと俺の目を覗き込んできた。
 このどうしようもない空気をどうしたもんかと、俺は垂れてきた前髪をくしゃくしゃにして掻き上げた。
「で、でも、さ。二人とも、別に怪我したワケじゃないんだし、な!?」
「な!?じゃないじゃろがぁ!!」
「ハイ。」
 朱堂に一喝されて、思わず正座の体勢になる。一体どったの二人とも…なんか、怖ぇ。
「アタシ達は確かに怪我なんてないわ、一つも!でも、アナタはどうなの葉佩ちゃん!」
「……もう、治りましたが…」
「ねぇ、そういう問題じゃないのよ?」
 朱堂は溜め息を吐いて、隣の取手と顔を見合わせた。二人の考えてることは、どうやら同じコトぽい。分かってないのは、俺だけ。
「葉佩君のことだから、ここに来た理由の一つに《隣人倶楽部》のこともあるんだろう?」
「ええ、まぁ…」
 主に八千穂ちゃんに関して、ですが。
「なら、分かっているよね…?《汝の隣人を愛せ》、それだけじゃあ、足りないこと」
「汝を愛すように、ってんだろ?あぁ、分かってるよ」
 分かった。要するに捨て身は止めろってコトか。ハイハイ、了解。次から気を付けます。
 投げやりに答えると、いきなり。
 頬、張られた。平手でばっちーん。朱堂から。
「葉佩ちゃんの馬鹿ッ!!」
 阿呆の次は馬鹿ですかい…。
 殴られた意味がイマイチ分からないで呆然と二人を交互に見ると、興奮したらしい朱堂を取手が宥めて、穏やかな口調で俺にも話しかけてきた。
「前に一緒に遺跡に潜ったときも思ったんだけど、君は、まず自分を盾にしようとするよね」
「盾……つーかさ、武器があって、力があって、戦えるヤツから突っ込むって、基本だろ?」
 段々苛々してきた。それはなんだ、俺を弱いと言いたいのか。一般人に弱いって言われる元プロ、どうだよ?
「僕らにも力はあるよ。それに……皆守君にも、八千穂さんにも」
「取手なんかはアレとして、奴らにゃねーだろーがよ」
「あるわよ!」
 まるで説教のステレオ攻撃で、もう何が何だか。一体何が言いたいのか、分からなければ分かろうという気もない。
「あのさぁ、心配してくれるのは、すっっっっごく、有り難いんだけど。俺は、大丈夫だって。そんなに信用ないかなぁ」
「…信用してないのは、葉佩君だろう?」
 んだと?
 凄みそうになって、慌てて眉間の皺を緩める。落ち着け、俺。
「僕らを信頼できないから、とりあえず自分だけで行って収めようとする。…違う?」
「違う」
 ―――嘘。
 本当は、取手の言った通りだ。ただ、信用してないのは取手達の力じゃなくて、生きてくれるということに対してだ。もし戦いの渦中に突っ込んで誰かが傷付く……最悪、死んだりしたら嫌だから。絶対に死なないなんて言いきることはできないし、その点では俺は、誰も信用してない。
 取手の目を真っ直ぐ見返せない俺に、更に畳み掛けるように質問は続いた。
「君は、僕らのことを大切に思ってくれてる?」
「……思ってるよ。だから、守ってんだもんよ」
「じゃあ、僕らを傷付けたくないって、思ってくれてる?」
「思ってるっつーの!あのなぁ、じゃなきゃ誰が、」
「それはね、僕らも同じなんだよ」
 取手の強くなった口調に、黙らされた。
 真剣な眼差し。痛いくらい、俺を刺す。視線に殺傷能力があるとしたら、百回くらい殺されてそうな。
「君が僕らを守ろうとするように、僕らも、君に傷付いてほしくない。守りたいんだ」
 取手の言葉は、まるでピアノの旋律のようにゆっくり柔らかく響いてくる。だから一瞬、言葉の意味を把握し損ねて頭ン中で反芻して、驚いた。
「は?」
「は、じゃないでしょ!」
「はぁ」
「はぁ、でもないでしょ?」
 朱堂が肩を揺さぶってくるけど、なんてーか、頭の奥で耳鳴りがしてるみたいだ。
「スイマセン、もう一度お願いできます?」
「何度でも言おう。僕らだって、君を、守りたい」
 たぶん、この場で二人に結婚しようって言われてもこんなに真っ白にならなかったと思う。
 ある意味、ショック。すげー、ショック。
「葉佩君」
「ハイ。」
 取手は大きく息を吐いて、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を繋ぐ。
「さっき、失っちゃいけない大切な者がもう一つあるって、言ったよね」
「ハイ。」
「何のことだか、分かったかな…」
「イエ。」
 首を振った俺は、次に突き付けられた答えに、脳味噌を停止させられることになる。
「君を、失いたくないんだ。大切な、友達だから…」
 ……。
 ………。
 …………。
 うん。はい。えーっと、……え?
「…俺?」
「そう。君だ」
 何度も、何度も自分の中で取手の言葉を繰り返してみて、やっと言葉と自分を結びつけた瞬間、一気に首元が熱くなって、顔に血が昇ってきた。まるでここに来る前、皆守に心配だって言われたときのように。
 一体、俺は、二人に何をしたって言うんだろう。何をしたらこんなに、こんなに大切だなんて突き付けられることになるんだろう。
 この後、二人が笑い出して「嘘だよ」とか言ってくれるのを、滅茶苦茶期待したのに、二人の目はまるで本物。嘘なんて欠片も見つからない。
「君が傷付くと、僕らも辛い。君が苦しんでいるのを見ると、僕らも辛くなる。もしも、君にもしも何かあったらなんて考えると、不安で居ても立ってもいられなくなるんだよ」
 取手の言葉が、ゆっくりと、俺の頑なな部分を壊していく。それが、分かる。どうしようもなく優しくて強い力で、包まれてるような感覚。
 どうしよう。どうしたらいいんだろう。大切って言われて俺、ものすごく、嬉しい。
 しかも、まるでトドメといわんばかりに、
「だからね、アタシ達も、アナタのために……いいえ、アナタに傷付いてほしくないって言う自分の思いのために、戦いたいの」
「僕らを、戦わせて」
 ステレオ攻撃、もう、陥落するしかなかった。
 こんな風に突き付けられて、これ以上どうしろと?うるせぇ無理に決まってんだろって突っぱねるのが、絶対正しいだろうに、そんな選択肢すら頭に上らない、そんな阿呆な俺。
「……ありがと」
 それだけ言うのが、精一杯だった。
 H.A.N.Tが鳴ったのは、丁度その時。取り出そうとしたときに、取手が微笑むから、おかしいなとは思ったんだけど。
 えーっと、タイトル『阿呆』。
 ……読む気を一瞬で失わせるには最適の題名だと思いません?
 案の定皆守からで、それが、すげーの。
『こんの阿呆が!!だからてめぇは阿呆だって言うんだよ阿呆!』
 まるで怒鳴られているような文面。すごい言われようじゃない?
 でも、
『火傷はどうだよ。無事じゃなかったら、ぶっ飛ばしてるところだ』
 って。
 何で皆守が知ってんだ?って思ったんだけど。取手を見ると困ったように笑うから、ああ、こいつだって分かった。
「…どーゆーことだよ」
「ごめんね、その…遺跡に潜ってすぐ、皆守君からメールが来て、『九龍を頼む』って」
「………」
「それからもメールが来て、『あいつ、大丈夫か』とか、『無茶してないか』とか。それにね、『あいつを一人で突っ込ませるな』って、さっき、約束したっていうのは、僕と皆守君の約束なんだ」
 もう、嫌だよ俺は。いつ血圧が上がりすぎて鼻血吹くか分かんねーもん。どうしよ。
 顔とか絶対に真っ赤だけど、隠す手立てもないから、そっぽ向くしかなくて。じわじわ昇ってくる涙腺の支配者から目ン玉守るのでもう必死。
 それなのに朱堂が、
「皆守ちゃんも我が永遠のライバル八千穂明日香だってね……力は、あるのよ」
「……ねーよ」
「あ・る・の・よ。あいつらだって、葉佩ちゃんを守ろうっていうだけで、強くなるの」
 クサいよー、クサすぎる!何そのコスモレンジャーも真っ青なのは。
 笑ったら今度は怒られて。でも、なんつーかね、嬉しかったんだ。すごく。
 俺は皆守に『ありがと』とだけメールを打つと、すぐに立ち上がって魂の井戸の扉の前に立った。それから、結構限界だった目尻を擦って、二人を振りかえる。
「もう参った。そこまで言われちゃ、さ」
 無茶する気力も失せるってモンだ。
「……俺は、やっぱり自分を愛すとか、大切にとか、そういう気持ちにはなれない」
 今まで自分が歩いてきた道程とか振り返って、その過程がぐちゃぐちゃで真っ赤で、人の死骸とか転がってたら、もうその道を愛する、なんて無理っしょ、普通に。でもそこを俺は歩いて来ちゃった。どんだけ汚れてたかも気付かずに脇目もふらずに猛ダッシュだった。
 そのことは、この學園の誰も知らない。
 つまり、本当の、俺を知らない。
 だからどんなに大切に思ってもらってもそれは本当の俺じゃなくて、でも俺はここにいる間、偽り続けるつもりだから、こいつらにとってはここにいる『俺』が俺だ。だったらそいつくらいは、少しだけ大切に扱ってやってもいいかもしれない。
 そう、思ったんだ。
「でも、それでいいなら。一緒に、行こう」
 手を伸ばすと、まず朱堂のタックルを食らった。で、滅茶苦茶頬ずりされて、
「それともう一つ約束して!ここに潜るときは、一人で行かないで、ね?」
「わーったよ。分かりました」
 答えて、肩越しに取手を見ると、本当に嬉しそうに笑ってやんの。だから、手招きして、取手を呼んで。
「…ありがと、な」
 感謝の意味でハグをすると、今更、焦ったように慌て始めんの。あんだけ色々恥ずいコト言っておいて、変なヤツ。
 …こういうのを、ただの友情ごっこだって言うのは簡単だと思う。でも、俺には、そんな風に片付けられなかった。
 その時初めて、《汝を愛すように、隣人を愛せよ》って言う意味が少しだけ、分かった気がしたから。

*  *  *

 部屋を出て、石碑を読んで。
『倒した八俣遠呂智の尾を引き抜くと、『天叢雲剣』が現れた。須佐之男命はこの太刀を天照大御神に献上した』
 その言葉の通りだったら《天叢雲剣》が必要になるから、通路にあったもう一つの部屋に飛び込んだ。
 真っ先に飛び込んできたのは闇。ゴーグルをノクトビジョンに切り替えると、いくつもの敵影が見えた。でも、不思議なほど俺は落ち着いてて、何だか余裕すらあったんだ。
「あらいやだ、暗いわ。手探り、手探り…」
 なぁんて朱堂が腕を組んできても、全然気にならなかったし。むしろ手とか握り替えしちゃうイキオイ。
 隣では取手が優しい笑顔を見せてくれた。
「闇…。君がいればもう怖くはない…」
 それはね、こっちのセリフ。誰かが傍にいるってだけで、妙に安堵するっていうのは本当に久しぶりのことで。
 取手の腕を軽く叩くと、とりあえず前に現れた蛇を銃で消し飛ばした。けど、問題は奥にわしゃわしゃいる団体さん。とりあえず爆弾を投げると、かなりダメージを受けたようだけど…。
 このまま、いつものように突っ込むのは簡単だった。でも、それはしちゃいけないんだって、自分に言い聞かせて思いとどまる。その代わり、爆破で開いた通路の穴に入り、蛇のいた横穴には取手に入ってもらった。
 一直線になった通路には朱堂がいて、何体かが並んで入ってきたところをブルズアイで一気にダメージを与える。残りは俺と取手が攻撃して、さぁ、残りは最奥から動かなかった紫ジジイの一体だけ。
 こうなりゃ楽勝だ。息も絶え絶えのジジイの元に一足飛びで飛び込んで、数発打ち込み、ジ・エンド。
 この戦法、時間はかかるけど、効率はいいし弾も無駄撃ちしなくていい。後ろに安全を告げて二人を呼ぶと、軽くハイタッチをしてみた。
 部屋の隅には宝壺があって、壊せばそっから秘宝《天叢雲剣》が。これで、たぶん黄金の扉ってのが開くんだろうね。
 俺らは一旦魂の井戸に戻って、武装を整える。ボス戦て結構爆薬使うんだよなーとか思いながらガスHGと、それから。
 八千穂ちゃんにメールを打った。
『もうすぐ、肥後の所でーす。ちゃんとヤキ入れてくるから、待ってて』
 したら、すぐに返信。
『ヤキなんか入れちゃダメだよ!』
 まぁ、そう言うだろうなとは思ったけど。
『汝の隣人を愛せ、の前に、自分を愛さなきゃいけないこと、しっかり叩き込んでくんの』
 結局はぶっ飛ばさなくちゃなんだろうけど、ボコるのが目的なワケじゃないかんね。
『そっか。葉佩クン、よろしくね。それから、ありがとう。気を付けて、絶対無事に帰ってきてね』
 ……ラジャ。分かりました。どんなにボロボロになっても、ちゃんと帰るよ。
 ここに来て色んなことに気付いた俺は、もしかしたら大馬鹿なのかもしれない。世界一の愚か者かも。そして、これは気が付かなければ良かったことなのかもしれない。
 でも。
 前よりは少し、色んな気持ちが楽になったっていうのは確かだった。
 最後の通信も終えて、黄金の扉の前。朱堂は胸に手を当てて、
「ここまでの道のりでアタシ達の愛はさらに深まったと思うのよ、ねぇダーリン?」
 緊張感ねぇなぁ!そこが、朱堂らしいんだけど。
「確かに!もうね、二人とも愛してるよ俺は」
「本当!?ダーリン、それ、あたしを愛してるってコト、皆守甲太郎にも宣言できる!?」
「う゛ッ…それは、ちょっと…あいつ怒りそうだし」
 したら、想像したのか取手が笑う。そうだよね、基本的に蹴られるのって俺と朱堂だもんね、取手は安全圏だもんね。
 ま、そのうち巻き込んでやろう。
 俺は二人を見て、拳を固めた。
「さぁ、行きまっしょうかね!」
 ゆっくりと、金色の扉が開く。その向こうに何が待ってても。
 俺はなんにも、怖くなかった。