風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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5th.Discovery 星の牧場 - 1 -

 『汝の隣人を愛せよ』、という言葉がある。
 意味は、そのまま。自分以外の者を愛せという意味。
 問1.汝は隣人を愛せるか。
 答.はい。愛せます。
 問2.それは全て隣人のためか。
 答.いいえ。自分が傷付きたくないがために、俺は隣人を愛します。

 他人なら、いくらでも愛してやる。
 ただし、あの言葉はダメだ。
 『汝自らを愛するが如く、汝の隣人を愛せ』

 ……自らを愛せない人間は、どうやって隣人を愛すればいい?

*  *  *

 教室に、チャイムが鳴り響いた。
 四限終了、お疲れサンっしたー!つってもね、俺は耳にイヤホン差してずーっとlisten to music だったりするんだけど。だって英語の授業だったし。英語圏に放置されてたことがある人間に『 This is the best way to master English . 』―――これが英語を習得する一番良い方法です、なぁんてやっても、ね?
「では、今日はここまで。来週のこの時間に単語の小テストを行うから、よく復習をしておくように――――葉佩、この単元で出た、単語だからな」
「はぁ~い!」
 突然英語の先生に矛先を向けられても、笑顔であはは。前科持ちだからね、大人しくしてないと。
 いや、なんつーことはないんだけど、エレクション、でね、先生に怒られちゃったんです。ヤだ、ちょっとした冗談なのに!下ネタですけど。
 いや、ンな事はどうでもいいんだ。
 英語のセンセとちょっとしたやり取りをして(ほら、英語の授業はどーでもよくても、先生は嫌いじゃないかんね)、席に戻ると八千穂ちゃんが友達と別れたとこだった。どうも、昼メシの誘いを断ってたっぽい。
「あッ、葉佩クン―――」
「お疲れー、どしたん?昼メシ、一緒しないの?」
「うん、ちょっと行くところがあって。へへへ~ッ」
 八千穂ちゃんは、後ろ手を組んで俺の顔を覗き込んできた。
 ? 何だろ。そうやって笑う八千穂ちゃんはもう、とっても可愛いんだけど、でもちょっと気になるよ?その視線。
「どう?元気してる?」
「はい?元気って……見ての通りデスが?」
 元気いっぱい、今日も炸裂してますが…どったの?八千穂ちゃん。
「あ、ほら、体調とか。もう風邪は万全?」
「おうよ。もう全然ダイジョーブ」
「そっかー。でも、皆守クンも酷いよね!いくら男子寮だからって、絶対見舞いになんか行くなって、お前が行ったらどうせ騒ぐだろ、って。酷くない?」
 さて、この「酷くない?」を俺は学校に出てこれるようになってから今日まで、一体何回聞いたでしょーかッ!答え、数え切れません。
「ま、まぁ、皆守も心配性で過保護だから」
「ぶ~、でもお見舞いは、ホントに行こうと思ったんだよ?葉佩クンのこと、心配だったし…」
 ……うわぁ、その顔反則。超、可愛い。それに八千穂ちゃんが心配してくれてたってのは、素直に嬉しいなー。
 てかね、ダウンして学校休んで、復活一日目。取手とか椎名ちゃんとか、七瀬ちゃんも朱堂も黒塚とか夕薙とか、もちろん八千穂ちゃんも、授業が終わるたびに、誰かが俺に、会いに来てくれたんだ。
 俺がぶっ倒れたって聞いて、心配、してくれたんだって。
 心配だよ?凄くねぇ?体調崩したら、自己責任がなってないってシバかれるのが当然と思ってた俺にとっては感動モンだったね、マジで。
「ありがとな、ホントに。なんか、みんながそうやって言ってくれんの、すげー、嬉しかった」
 素直にそう告げると、八千穂ちゃんはまた、へへっ、と可愛らしく笑った。それから、何か思い出したように、続けた言葉は。
「そうだ、葉佩クン、何か悩んでることとか、ない?」
「悩んでること……?あ、どう頑張っても八千穂ちゃんに愛が届かないとか、悩み」
「もぅ、葉佩クンたら、あたし真剣に聞いてるんだよ?でも、その様子じゃ、悩み事は何にもないみたいだね。何かあればあたしが何でも聞いてあげるのにな」
 そうして、顎に手を添えてちょっと考えモード。
 でも、いきなり、何で?
「どったんよ、いきなりそんな」
「えへへッ、あたしね。最近は少しでも多くの人に親切にしようって決めてるんだ」
 そりゃ、素敵な心がけで。
「そうする事で、自分も幸せになれるんだって。教えてくれた子がいるの。えーっと、何だったっけな。な……何時のニンジン……」
 それは、あれかな?
「……Love thine neighbors...」
「ん?どういう意味?」
「いんや、何でもないよ」
 続けて、と促すと、八千穂ちゃんはしばらく何時のニンジンと呟いてから、やがて諦めた。
「とにかくッ、その子の話を聞いてるだけでも、すっごく幸せな気分になっちゃうんだッ」
 その子…って、女の子かね?口調からして女の子っぽいけど、ホーント、八千穂ちゃんてすぐ他人に興味持つよな。白岐ちゃんといい、『その子』といい、俺…っつーか、俺の仕事といい。
「あ――――ッと、早く行かないとお昼のセミナーが始まっちゃう!!じゃあまたね、葉佩クンッ」
「おー、またなー、って、八千穂ちゃん!?」
 数歩、前に出た八千穂ちゃんが、糸が切れたかのようにくらりと前のめりに倒れかけた。もちろん腕を引いて支えようとしたけど、それよりも早く、八千穂ちゃんを抱きとめたヤツが。
「おい、何やってんだ。大丈夫かよ?」
 軽々と八千穂ちゃんを支えたのは皆守だった。うわー、お前、そこでそのタイミングは格好良すぎるんでなくて?
「だ、大丈夫、大丈夫!ちょっとつまづいただけだから…」
「八千穂……お前、顔色悪くないか?」
「えぇッ?そんな事ないよ~。大丈夫だってば」
 あ。
 どっかで見た光景。あれだ、一週間前に、そんなような会話を皆守としてたのは、俺だ。今日はそれが、八千穂ちゃんにバトンタッチしたんだ。いや、だからって何でこんなに変な気分になるんだろ。俺、そんなに八千穂ちゃんのこと好きだったんだっけ?
 えっと…いや、大事だけど、滅茶苦茶大事だけど、あいつのこと思い出した時みたいに、泣きっぽくなったりは、しないわけで。どっちかって言ったらダウンしたときの皆守のカレーのが涙腺破壊力は全然高いくらいだから、八千穂ちゃんへの気持ちって、スーパーライクであって、ラブじゃないっしょ。
 だよなぁ…?
「でも、皆守クンがそんな心配してくれるなんて珍しいね。えへへッ、ありがと。じゃ、ふたりとも、また後でね!」
 八千穂ちゃんはバタバタと、慌ただしく教室から出て行った。その後ろ姿を見送りながら、ふと、隣に立つ皆守に思ったことを聞いてみた。
「……心配?」
「あ?何がだよ」
「八千穂ちゃんのコト」
 にやり笑って見上げると、ハイ、お決まりの背面蹴り。痛みに慣れるって、ちょっとMっ気に目覚めそうだよ、俺は。
「何馬鹿なこと言ってんだ」
「え~ぇ?だって、抱きとめて大丈夫か?なんて、少女漫画の恋が始まる王道パターン!」
「………阿呆」
 おまけのようにもう一発喰らっておいて、腰をさすっていると。
「それに、同じ事をお前にもしたろ。それで、恋が始まる王道パターンか?」
 皆守の一言で、俺と、それから少し離れたところで話をしていた八千穂ちゃんのお友達が一斉に固まる。で、俺より早くフリーズから立ち直った女子軍団は、俺と皆守を見比べてキャーキャー。
 ……きゃー、って、一体何がそんなに楽しいんだろ…。
「それより、九龍、俺らは昼メシにしようぜ。マミーズでいいか?」
「え!?え、えぇ、えーですよ、えぇ」
 皆守にずるずると襟首引っ張られて教室を出る最後に聞こえてきたのは、「名前呼びだもんねぇ~」ってのと、その後の盛大な「きゃーーー」だった……。
 ………ホントに、何?

*  *  *

 な、何か、ですね。
 何かがおかしいのですよ。
 教室にいても廊下にいても、変な視線を感じちゃったりして。
 大体がね、女の子からなんだけど、特にね、皆守と一緒にいるときにじろじろ、ひそひそ、きゃー、ってな具合。何なんだか……ねぇ?
 皆守の方は気付いてるのかいないのか、全然気にもしてないって感じなんだけど…慣れてんのかな?ほら、年中アロマぷかーってやってるけど、見てくれは良いヤツだし(朱堂お墨付き)、何てーの?同年代にはない、落ち着いた感じとか、さ。
 マミーズの前で、自動ドアが開くまでの数秒、隣の皆守を見上げながら考えてたら。
「……何だよ」
「うんにゃ、イイオトコだなーって」
 てっきり、蹴りが飛んでくるかと思ったんだけど。何にも言わずに、俺のこと見下ろしてくんの。
「な、何?」
「いや、イイオトコだなと思って」
「へ?…ッんぎゅ」
 同じこと、そのまま返されて、しかもついでのように鼻までつままれたッ!!
「何すんだこのヤロー!!」
 って俺の声はまったく耳に入ってません、てな様子でさっさとマミーズに入って行きやがる!
 自動ドアが閉まりそうになったから慌てて鼻押さえながら後を追ったけど、皆守はもう舞草ちゃんといつものやり取り。
「いらっしゃいませ~ェ、マミーズへようこそッ!!何名―――、」
「二人」
「うッ……何だか微妙に先手を取られましたね」
 おろ?何だか妙な攻防戦をやってる雰囲気。
「毎度毎度分かり切ったことを訊くからだ」
「だってマニュアルに書いてあるんですもん~。……大事ですよね?マニュアルって」
 いきなり振られて、傍観者だった九龍君ビックリ。
「あー、うん、まぁ、ないよりはあった方が…」
「ですよね?ですよねッ!?」
 そ、そんなに強調するほどでもないけどね?俺はどっちかっていったら、臨機応変暴走タイプだし…。
「そもそも接客業のマニュアルと言えば聖書、聖典も同然です!基本を尊重してこその接客業務であると―――」
 舞草ちゃんの力の籠もった演説を遮ったのは、反対につめたぁい、皆守クンの一言。
「ならいつまでも客を待たせてないで、案内してくれ」
「ああッ!あたしとした事が、なんという失態を……ダメよ、奈々子、落ち着いてッ!!こんな時こそ笑顔でスマイル!」
 うっわー、前向き。ここまでくるともう神々しいぜ。眩しいよ、舞草ちゃん。
「はァ~いッ、それでは二名様、お席へご案内いたしま~す!!」
「よろしく~ぅ」
 舞草ちゃんの後をくっついて、昼食時の混雑した店内を抜けて、店内真ん中付近の席に座ったとき、メニューを出しながら彼女が何か思い出したように言った。
「そういえば、お二人ともご存じですか?」
「なにを?」
「最近、女生徒さんが話してるのをよく聞くんですけど、デジタル部っていう部が主催している《隣人倶楽部》っていう集まりがあって~」
「デ部が主催?」
 ……デブって、おい、そりゃいくらなんでも、どーよ?
「それに参加すると、不思議とみんな穏やかな気持ちになっちゃって~、その上、ダイエット効果もあるって評判らしいんです~」
 隣人、集まり、穏やかな気持ちになるって……さっきの、八千穂ちゃん…?皆守も同じ事を考えてたらしい。顔を見合わせてしまった。
 でも、舞草ちゃんにとっては興味のある集まりなわけで。
「もォ~、あたしも参加してみたいな~なんてッ。ね、どうです?葉佩くんも一緒に?」
「俺で良かったら、もう是非ご一緒に!舞草ちゃんとならどこへでも行きますよー、っ、たッ」
 テーブルの下!皆守から蹴り!なんだよ、いつもの冗談だろ?
 睨んで見たけど効果無し。素知らぬ顔で、舞草ちゃんの方を見た。
「…まったく……、少し冷静になって考えてみろ。胡散臭いにも程があるだろ」
「でもでも~ッ、ホントに評判なんですよ~。それに倶楽部の代表をやってる《タイゾーちゃん》がもォ、めちゃめちゃプリティでェ~」
 タイゾーちゃん?……八千穂ちゃんの言ってた子、女の子じゃなかったんだ、何だ、残念。いや、そういう問題じゃないのは分かってるけどね?
 舞草ちゃんはどうやらその《タイゾーちゃん》のほっぺをぷにぷにしたいらしく、身悶えてる。この辺の感覚、イマイチ男には分かんない気がする。だって、野郎のほっぺ、ぶにーって、楽しいか?
 俺らがふたりしてカレー頼んで、他の客が舞草ちゃんを呼んで、彼女が言ってしまってからもそのことを考えてた。皆守は、真面目に物事を考えてたのにね。
「…《隣人倶楽部》か……」
「…ほっぺのぷにぷにか……」
 思い立って、目の前で頬杖を付いてる皆守に、手を伸ばした。ほっぺほっぺ。
 でも、気配を察した皆守が思いっきり体を引いたせいで、未遂。
「なーんで逃げんだよッ」
「お前が変なコトしようとするからだろうが!」
「いーじゃん!ほっぺくらい触らしてくれたって!減るモンじゃねぇだろッ、ケチ!」
「ほ、っぺ、って…お前、何考えてんだ…」
 テーブル越しに身を乗り出して手を伸ばしたんだけど、届かないッ!俺、この身長の割には、リーチ長い方なんだけど、やっぱ、限界はあるわけで。
 俺がもごもご頑張ってるウチに、今度は逆に更にリーチの長い皆守が。
 ぶに。
 俺の両頬をつまんで引っ張った。
「は、離せよ!!」
「何でだよ。元はといえばお前がやろうとしたんだろ。自分がやられてヤな事は人にするな。知らないようだから教えといてやる」
「う゛~~~…」
 知ってるよ、それくらいッ!!
 言いこめられて、机に俯せになったまま皆守のさせたいようにさせていると、もう、好き勝手。引っ張ったり上下させたり、遊んでやがんの、くそぅ…。
「確かに面白いかもな」
「…楽しいですかー」
「まぁな」
 一生懸命抵抗しながら、皆守のほっぺも引っ張ってやろうと腕を伸ばすけど、ぐー、届かねぇッ!!
 そんな攻防戦を繰り広げていた俺と皆守の横で、忙しそうに働いていた舞草ちゃんが立ち止まった。
「……とってもラブラブなんですねェ」
「「へ?」」
 俺は半分テーブルに乗り上げた状態で、皆守は俺の頬を思いっきり引っ張った状態で、停止。で、舞草ちゃんをぐわっと見上げてしまった。
 ラブラブ?あー、そうか、そう見えるのね、って俺は、いつもの冗談かなんかのつもりだったんだけど。
「でしょー?皆守ったら俺のこと好きすぎて放したくないんだって、手♪」
「なッ、違うだろうがてめぇッ!!」
 やーっと皆守が手を放して、今度は俺が攻撃!って、思ったその時。
「やっぱり、お二人は付き合ってるんですか?」
 俺はテーブルにダイブ、顔面を打ってひとしきり呻いた後、舞草ちゃんを見上げる。
「な、何、ソレ…」
「あら?違いましたか?でもでも~、噂になってますよォ?お二人は、そういう仲なんじゃないかって!主に、女の子の間でですけど」
 初耳。全然、知らない……って、あの女子のひそひそ話とか、視線とかってそういう意味だったのかッ!?ウソォ……。
 舞草ちゃんがまた去っていった後、お前、知ってた?って皆守を見上げると、平然としてやがる…。
「……知ってた、ワケ?」
「まァ、そういう話もあるようだがな」
「じゃあ言えよッ!!俺、全然知らなかったじゃねーかッ」
「教えたところで、広まった噂がどうにかなるか?」
 つーか、広まってんのかよ!
「噂は、違うって言ってまわれば…」
「面白がってる連中の良いエサになるだけだ。ほっとけ、そのうち噂なんて廃るもんだ」
 皆守の言ってることは至極当然だけど、でも……気になるじゃんか。よりによって皆守だぜ?八千穂ちゃんとか七瀬ちゃんとか椎名ちゃんだったらともかく、皆守。朱堂ならまだみんなも面白がってるだけだってこっちも笑えるけど、皆守。
 テーブルに突っ伏した俺の頭を、皆守が軽く叩いた。
「事実を知っていてほしい人間にだけ、分かっててもらえばいいじゃないか。違うか?」
「………違う、くない」
「なら、くだらない噂なんか気にすんな」
 同時にカレーが運ばれてきたから、その話はそこで一旦終わりになったんだけど。
「…何だよ?」
「……にゃんでもない」
 あー、気になっちゃうじゃん!で、気になったせいで妙に味気ないカレーが味気ない。もそもそ食べてると、皆守はさっきの噂なんてもう忘れたかのように話を切り出す。
「さっきの噂、《隣人倶楽部》の方だが……八千穂のことが心配か?」
 トートツ。話題と言葉の先読みを出来なくなったあたり、俺は相当高校生に馴染んできたんだなー。
「心配、だよ。ちょっと今日、様子がおかしかったしな。でも、あの倶楽部に行くことが彼女の意思だとしたら、それこそ胡散臭い、ってだけで咎めるのとかはしちゃいけない気がする」
 そういうの、自由だと思ってるし、周囲がどんなに悪だと思ってても、本人が善だと思ってることならそれがその人の真実だと思うし。
「ふん、お前らしい答えだな」
「そ?」
 なんか、言葉に刺を感じない気がしなくもないけど。
「八千穂ちゃんは、心配。もし八千穂ちゃんに何かあったら、俺はすごく嫌だろうし、怒ると思う。でも、その辺…お前とはたぶん、違うよ」
「……何言ってんだ?そういや、前もそんなようなこと言ってたが、お前、誤解してるぞ」
「そーかな」
 気付いてないだけ、かもよ?近くにいるとね、気が付かないんだよなーコレが。ま、そのウチ気付くでしょう。手遅れにならないと良いね。
 その後、別に取り留めもないことを話して、ランチタイムは終了。
 教室に戻りながら、
「マミーズのカレーは確かに美味いんだがな……」
「うーん、でも皆守が作ってくれたカレーのが旨かった!」
 って、こういうのが誤解を生むのか?うーん…
「まァ、俺だったらもう少しフェヌグリークを効かせて――――ん?」
 下足入れに靴を突っ込んで上履きに履き替えていると、軽やかな足音が聞こえてきた。それから下駄箱から顔を覗かせたのは。
「こんにちは、お二人さん」
「椎名ちゃん!おっつー」
「ウフフ、ちょうどよかったですわ。葉佩クンにお聞きしたいことがありましたの」
 はい?って首を傾げると、椎名ちゃんから超弩級の爆弾発言が。
「葉佩クンは…皆守クンとお付き合いしてるんですの?」
 ふぅーっ、と。俺は魂が口から抜けていくのを感じた。咄嗟に皆守が襟首を支えてくれたせいで首が絞まって、カエルのような呻き声と共に魂も還ってきましたけど。
「あら?葉佩クン、どうなさいました?」
「椎名……たぶんお前はトドメを刺したぞ」
 なんだろ、この『事実を知っていてほしい人間に分かって貰えてなかった』という心境。
 取手とか椎名ちゃんならあんな噂、鼻にも引っ掛けないと思ってたのに…。
「ちが、違うよ?椎名ちゃん、ソレは断じて、違うよ?」
「そうですの?葉佩クンはいつも皆守クンと一緒にいますから、ちょっと心配だったんですの」
「……でも、違うよ」
「うふふ、よかった。リカ、安心しましたわ」
 さいですか…。
「で?どうしたんだ、何か用か?」
「そうでしたわ。ちょっとお知らせしたいことがありましたの。葉佩クンはもう、《隣人倶楽部》という集まりのことをご存じですかァ?」
 なーんてタイムリー。
 俺は魂を飲み込んで、頷いた。
「知ってる。さっき聞いたばっかだよ、なァ?」
「やれやれ、今日は随分とその名を聞く日だな。まさかお前も参加希望なのか?」
「ご冗談を。神様にも、ただの隣人にも、リカを救うことなんてできませんでしたわ。それができたのはただ一人だけ」
 椎名ちゃんが、下駄箱の段差を降りて、俺に近付いてくる。それから、腕を伸ばして、さっき散々っぱら弄くり回された俺の頬に、触れた。
 途端に俺、もんの凄い緊張しちゃったんだけど、椎名ちゃんの目は、怖がらないで、って言ってて。
「ねッ、葉佩クン?」
「ぇ、あぁ……そう、かな」
「ふふふ、そうですわよ。あなたはリカの、大切な『初めての人』ですもの」
 椎名ちゃんが、にっこり笑う。あの遺跡に囚われてた頃とは違う、本当に優しくて、あったかい笑い方。すごく、可愛い。
 手を放した後も、俺の目から視線は逸らさないで、
「ただ、そこには葉佩クンのお友達が熱心に通ってるようなので、ご忠告申し上げた方がよろしいかと思ったんですの」
「八千穂ちゃん、か…」
「あの集まりはとォっても危険ですの。このままではきっと、葉佩クンのお友達も大変なことになってしまいますの」
「何?それは、どういう意味だ」
 皆守が間に割って入るけど、椎名ちゃんはそれ以上言わないで、微笑んだまま首を振った。
「葉佩クンは、どうなさいますの?放っておおきになりますの?」
「まさか……危ないんだろ?」
 予感は、的中かな?八千穂ちゃんのことを話してた直後にこれだもんな。ホントに、素敵な學園デスコト。
「ふふふ、気を付けてくださいね、葉佩クン。この學園にはまだまだ葉佩クンの知らない怖い人がたくさんいますの」
「リョーカイ。サンキュな、椎名ちゃん。わざわざ教えてくれて」
「何を仰いますの?葉佩クンのためですもの」
 それから椎名ちゃんは、何かあったらいつでも呼んでくださいまし、と言い残して、現れたときと同じ、軽やかな足取りで廊下を歩いていった。
「椎名ちゃん……可愛いなぁ…」
「九龍。鼻の下伸びてるぞ、思いっ切り」
 いけね。
 慌てて表情を引き締めて皆守に向き直ると、ヤツは溜め息舌打ちアロマすぱーって、
「八千穂の奴、予想以上に面倒なことに首を突っ込んでるみたいだな」
「内容聞くだけだと真っ当なセミナーっぽいけど…椎名ちゃんが危険て言うんじゃ、な」
「ったく、前から碌でもない学校だったが、お前が転校してきてからさらに厄介事に出くわす事が多くなった気がするな……」
「……ゴメン」
 俺が来て、遺跡のことを嗅ぎ回り出してからは確かに騒動だらけだった気がする。で、傍にいる皆守が巻き込まれるのは至極当然なワケで……申し訳ないです…。
 ちょっと反省。しょぼくれそうになったところに、
「ふふふふ、それはね、皆守君」
 聞き覚えのある声に、俺と皆守はふたりして振り返った。
「この地の石が葉佩君を呼んでるからさ!」
「石田ッ、じゃなくて黒塚!」
「僕には分かるよ。君はこれを受け取るのに相応しい人物だ。葉佩君。これを君にあげるよ」
 チャラリと、差し出されたのは、鍵。このガッコで鍵を貰うのは、何回目になるんだろ?みんながみんな、鍵をくれてくるっていうのは不思議な気がするけど。仲良くなったら、くれるんだよねー。
 俺は、この鍵もなんてーか、信用してくれた証みたいなものだと思ってた、ワケ。
 でも、
「どうだい?晴れて石研の一員として認められた今の気分は?」
「へ…?」
 音楽室の鍵を貰った俺は、でも、帰宅部。
 理科室の鍵を貰った俺は、でも、帰宅部。
 美術室の鍵を貰った俺は、でも、帰宅部。
 遺跡研究会の鍵を貰った俺は、あら、石研?
「え?いーの?入部届けとかは?」
「何を言ってるんだい、君は特別名誉会員だよ!」
「マジで!?師匠、ありがとうございます!俺、頑張って石を愛しますッ!」
 黒塚とがっちり手を組み合って、晴れて俺も石研部員!活動内容は日々遺跡にもぐること。
「ああッ、なんて情熱的な人なんだ!!君の心の炎には、どんなに頑なな石も溶かされてしまうだろうッ」
「……勝手にやってろ」
 皆守クン、呆れた上に、なんか不機嫌。そんなに黒塚のこと嫌いだっけ?違うよな?
「皆守君もあの部屋で一日を過ごせばきっと、石たちの囁きが聞こえてくるはずさ」
「心の底から遠慮願いたいな、それは」
「えー、いいじゃん、皆守も入ろうよー、石研」
「あのなぁ…それにお前は、俺と一緒に昼寝同好会って決まってんだよ」
「ほぇ?…ぐえッ」
 黒塚とがっちり手を繋いでいた俺の襟首を掴んで、思いっきり引っ張った。首、絞まるっちゅーねん!
 昼寝同好会って、いつからですかー?俺、聞いたことねーですけど!え?えぇ?えーっと、兼部、可?
「そうか…やっぱり皆守君なんだね。だが僕も負けはしないよ、きっと葉佩君を手に入れてみせる!」
「それ、何の争奪戦だよッ!」
「その時が訪れるのを楽しみに、一時の眠りにつくとしよう」
「眠りって何だよ…」
 黒塚は、俺のツッコミと皆守の質問にはまったく答えずに、いつものラララ~、石は何でも~って歌いながら去っていった。うーん…奥の深い人。
「……やれやれ。お前も大した奴に見込まれたもんだな」
「羨ましい?」
「いや、全然。」
 まー、素直じゃないんだから。
 また余計なにやにやを見咎められて蹴りを一発頂いた後、ケツをさすっていると、
「さて、俺は用事があるから行くぜ」
「はぇ?」
「お前も適当に過ごすといい。じゃ、またな。九龍」
 つって、パーッと歩いて行ってしまいましたとさ。
 何、ソレ。
 相棒に置いていかれた始まりの龍さんもこんな気分だったんでしょうか。
 ちょっと寂しくなりながら、さて、どうしよう。確かにまだ昼休み終わるまで時間があるんだよな。昼メシは済ませたし……夜食のパンでも買ってくっか。