風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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5th.Discovery 星の牧場 - 6 -

 先に降りてた二人に声を掛けて、今回開いたはずの扉を探す。
 円盤から立ち上る光は、入ってきたところからずっと南下した、大広間の魂の井戸の部屋の、横だった。並んだ扉のウチ、一つは癒しの間へ、もう一つは、化人と墓守の待つ場所へと、それぞれ続いてる。なんつーか、変な感じ。この遺跡は、何でもありなんだから言ってもしょうがないんだけど。
 ふと、隣の取手を見上げると、丁度ケータイを閉じてホッと、息を吐いたところだった。
「どーした?」
「いや、何でもないよ…」
 取手特有の、消えちゃいそうな微笑みを見せてから、逆にこっちに訊いてきた。
「そう言えば…皆守君は、どうして?」
 どうして。
 どうして来なかったか、と言うことかね?
「今日は、眠いんだって。だから二人を呼んだんだけど、……ゴメンな、遅い時間に。あ、もしアレなら帰っても、いいよ?」
「や~っだわ!葉佩ちゃんたら、そんなワケないでショ!アタシとアナタは一心同体、どこまでも一緒だわ!」
「あはは、ありがと。そう言ってもらえるとこっちも気が楽だわ」
 朱堂が、皆守不在でここぞとばかりに抱きついてくる。そんな俺と朱堂のじゃれ合いを、取手は……どこか困ったような、そんな表情で見てくる。あ、もしかして、こういうの見せられるのは、イヤ、かね?
「あー、ゴメンね、取手。さっさと行かなきゃ、朝んなっちゃうよな」
「そうだね……それに、待っている人もいるんだろう?」
「え?」
 意味深なお言葉。皆守のことを、言ってんのかな?それとも八千穂ちゃん?
 問い返そうと思って、視線を動かした、その時。
 目に飛び込んできたもの。それは、朱堂がいたエリアの罠で俺が負った傷の、血痕。魂の井戸に続く扉に微かにこびり付いていた。
 そうして思い出す、あの時の記憶。血を擦りながら、一度潰れた指先が徐々に冷たくなるのが、自分でも分かる。それから、怖いっていう、気持ちも。
 俺は、声が震えないように押さえながら、二人を振り返った。
「あの、さ。二人とも、ここで待っててくれないかな」
「あら、どうして?」
「俺、一人でもなんとかなりそうだし、ホラ、夜遅いしさ。明日学校じゃん?朱堂、夜更かしは美容の天敵だぜー?それに取手も、ちゃんと寝て、規則正しい生活を送るのが、健康への第一歩!ってね」
 だから、と。言葉を続けようとしたのにできなかったのは、即座に返ってきた二人からの反発のため。
「ダメダメ、ダメよッ。確かに夜更かしは美容の天敵だけど、それよりも好きな人と一緒にいることっていうのは美容にとって大切なコトよ!だから今夜は、アナタとずっと一緒にいるわ!」
「それとも……僕らじゃ足手纏い、かな…」
 うー…。そんな風に言われたら、イエス、なんて言えないじゃん…。
 今度のエリアに致死性の罠がないって、言い切れる?んなワケねーだろ?どうしよ、ここはやっぱり嫌われてみるべき、かなー、とかちょっと思っていたら。
「葉佩ちゃん、早く早く~」
 ハイ、もう先に行っちゃってるってハナシ。朱堂が扉を開けて、手招きしてる。しかも、入っちゃたし!
 あぁ、もう!
 俺は取手の腕を掴んで、先に行ってしまった朱堂を追った。
 追いかけた先は、木造組の通路。なんてーかね、戦時中の木組み防空壕とか、どっかのお城の抜け穴、みたいな感じ。木独特の匂いと泥の匂いが混ざり合って、ちょっと不思議な空間だった。
「足下がよくないわねぇ。あぁん、茂美転んじゃいそう!」
 そりゃ、そんなくるくる回るように歩いてたら誰だって転ぶと思うぞ。ホーント、面白いなぁ、朱堂。って、違う違う。
「な、朱堂、なるべくホラ、あんまり突っ走らないでほしいなぁ、なんて…」
「あら、ごめんなさぁい?」
 そう言いながらもどっか楽しげに、朱堂はスキップしながら先に行ってしまう。
 ……ホント、人選間違えたかなぁ。ヤ、好きだけどね、朱堂。
「ほら、葉佩君。早く行かないと置いていかれちゃうんじゃないかい?」
「…そだね。あ、取手…」
「僕は……一緒に行くよ?」
 取手に真っ直ぐ、見つめられて。あー、こいつもちょっと皆守に似た眼差しするんだなって思ったら。帰れ、なんて言えなくなっちゃって。
「うん…」
 頷くと、取手はふわっと微笑んで、俺の頭に手を置いた。
 あー、そうだよね、その身長だと俺の頭はその辺りだよね、みたいな?
 むーっと取手を見上げると、今度は朱堂が通路のずっと先から俺のことを呼んだ。
「葉佩ちゃーん、早く来ないと追いてっちゃうわよ~」
「りょうかーい!すぐ行くよッ」
 既に姿が見えないっていうところから不安で、俺は取手に目配せをして一緒に駆けだした。
「見て葉佩ちゃん、ハシゴよ」
 通路の突き当たりは行き止まりで。その代わりにハシゴが上の階へと続いていた。
「じゃ、俺先頭行きまーす。異変とかあったら、すぐに知らせてな」
「分かった」
 俺先頭、次が朱堂で最後が取手。順番を決めて梯子を登っていくと、次の区画に出るのは早かった。しかもその部屋の天井も低い。もしかしたら短いハシゴでいくつかの区画が繋がってるのかも。
 部屋にあった扉は施錠済みで、開けるためのギミックもどこにも見あたらなかった。
 下から上がってきた二人を確認してから、また次の梯子を登って、また次を。
 そうして、登り着いた先は、またも狭い通路みたいな場所だった。
 上がってすぐ、目の前には石碑。左手側、つまり東には黄金に輝く扉、右手側には真っ暗闇に続く長い路。黄金の扉の方は、たぶん朱堂がいた《化人創成の間》に続いてるんだと思う。あの人面魚のいる場所、か。チリチリと、肺の焦げる感覚が蘇ってきたようで、気が付いたら俺は、顔を顰めてたらしい。
「どうしたの葉佩ちゃん、大丈夫?」
「え?あ、うん。ダーイジョーブ」
 笑って答えたけど、取手は俺が見ていた方向を指差した。
「…ここは?」
「たぶん、前の区画の、最後の部屋」
「アタシと葉佩ちゃんが運命の愛を誓い合った場所ねッ!!」
 ……そうだっけ?
 取手が、えッ?て感じで俺のことを見るから、慌てて思いっきり首振っちゃったよ。誤解されたくない人、その1だもんね。
 のっけからボス戦は勘弁だから、もちろん逆方向に進むワケなんだけど、目の前に石碑があるからとりあえず読んでおくことにした。
 ここしばらく図書室でお勉強に励んだから、少しは、解読が楽になってる。
「『八人の娘の中でただ一人櫛名田比売のみが生き残った。』……八俣遠呂智のアレ、かな」
 そう言えば、肥後のヤツ、電算室で八千穂ちゃんを見てるとなんか思い出すかも、とか言ってなかったっけ。それってもしかして、このコト?
「他には何か?」
「ちょっと待った。えっとね……『足下に目をこらし同じ道を辿るべし』って。この先のコトかな」
 こういう抽象的なの、ちょっと怖いな。前のこともあるし、注意しないと。
 H.A.N.Tを一旦しまって先を行こうと歩き出すと、すぐに脇にいくつかの窪みを見つけた。そのウチの、一つ。お馴染みの江見さんメモかと思った紫色の羽撃きが、突如輝き始めた。
 ……蝶々夫人だ。
「いらっしゃい。また会えたわね。若き探求者よ…」
「お久しぶりっスね」
 こちらの蝶々夫人、取手は一度会ってるものの、朱堂は初対面だよな。驚くかな、と思いきや、怪訝そうな顔を見せるだけ。すっげー適応能力。
「この悲しみに満ちた迷宮で、あなたの探し物は見つかりそうかしら?」
「……まだ、何も。むしろ謎は深まるばかり、って感じでどうにも」
 蝶々夫人は、息の漏れるような綺麗な笑い方をした後、じぃっと、俺を見つめてきた。
 前にも感じた不思議な一体感。何だろ…あ、変な意味でのじゃなくて、シンクロしちゃってる感じ。すっごくクサい言い方すると、神経とか…違う、心、みたいなモノを、この人と共有してるっていうのが、ピッタリくる。
 俺は、この人を知ってる。何を、とか誰だとか、そんなんじゃなくて、知ってるんだ。本能的に。
「……あんたは、」
「絶望に打ちひしがれるのはまだ早いのではなくて? 」
「…………」
 バタフライマスクのその向こう。表情は見えないけれど、何故か俺には分かった。この人は今、俺の感情を自分のものとして捉えていると。
「あなたはまだ何も知らない。本当の悲しみも、そして、その先にある真実の光も」
「あれが本当じゃなかったら、何が真実だって?」
 おそらく二人にしか通じない会話なんだと思う。取手や朱堂は首を傾げてる感じなんだけど、蝶々夫人にはなんのことかしっかり分かってるみたいで。そっと微笑んでから、微かに首を振る。
「…………」
「ここは人の心が惑う泡沫の迷宮……。あなたの求めるものも、そして、わたくしの求めるものも、ここでならば見つかるかもしれなくてよ」
「幻影と思い出なら、もう持ってるんだけど。これ以上求めるものはなんも、ねーっスよ」
 すると蝶々夫人は、そっと手を、伸ばしてきた。昼間散々皆守につねられて引っ張られた頬に、指がそっと触れた錯覚。まだ指は、届いていないのに。
 でも、この指の優しさを、俺は知ってる。
「お行きなさい。その心の望むままに……」
 そう言って消えた彼女の後には、ただ紫色の蝶々が羽撃くだけ。もう一度『彼女』に触れようとは思わなかった。
「先に…行こうか」
 後ろにいた二人を促して、暗いままの通路を進み始めた。
「葉佩ちゃん!今の女は何!?まさか、まさかアレはッ!」
「アレはねー、うーん、俺より俺を知ってる人……にそっくりな人かな」
「何よソレは!」
「大丈夫。恋人とかそういうんじゃないから。強いて言えば遺跡の神秘で、案内人みたいなもんだよ」
 その回答で納得したのかしないのか、朱堂は何度も蝶々夫人のいた場所を振り返っていた。
 途中で宝物壺から発火延焼力の高い爆弾を回収した後、見えてきたのは不思議な色をした床。赤いマス目みたいな床が二つ置きに。
「『足下に目をこらし同じ道を辿るべし』……か」
「床に気をつけて。多分、何か仕掛けがあるよ…」
「だろうなぁ」
 踏んでみないと分かんないけど、おそらくはこの赤い床がトラップである可能性は、大。だから踏めません、ええ。
「……もし俺が移動した後に何か起こったら、構わず逃げろよ」
「そんな!葉佩ちゃん、」
「絶対に、何があっても逃げろよ」
 返事は聞かずに、二つ向こうのマスへとジャンプ。着地、異常は……無し。
「葉佩君、この床は…?」
「たぶん、だけど。その赤いのはトラップだと思う。だから踏まないよう進まなくちゃならないワケ。この向こうの二つ置きになってるから、俺が次に跳んだら、同じように跳んできてくれる?」
 赤は、絶対踏まないようにね、と念を押しておいてから、俺は二つ先のマスへジャンプ。今度も何も作動しなかった。けれど、計算外が一つ。そこから先が坂になっていて三つ向こうのマスが見えない。
 念のため、ゴーグルを降ろしてノクトビジョンに切り替えた。それでも坂の上は見通せない。
 二つ向こうの距離で跳ぶのは、たぶん危ない。考えて、少し余分に飛距離を取った。
 着地して、すぐに振りかえると、おぉう、セーフ!すぐ後ろのマス目が赤かったよ、危ねぇ。
 ホッと息を吐いて、顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは。今まさに跳んでます、って状態の朱堂。しかも、三つ目の赤いマスに着地しようとしてるところで。
 ヤバい!と思って腕を引いたけど、遅かった。
 朱堂は赤いマスに着地してから、俺の方へと転がってきた。朱堂の全体重を勢いごと受け止めて、自然、押し倒される状況の俺。なんか、前にもやったことあるなー…。
「痛ッ~…」
「ヤだわ、葉佩ちゃんたら積極的!」
 って、そうじゃなくてッ!!
 身体を起こそうとした瞬間、H.A.N.Tが震えた。それから、最悪を告げてくる。曰く、罠が作動しました、ですって。だと思ったぜチクショウッ!!
「取手ッ!」
 後ろから駆けてきた取手に声を掛けると、
「とても大きなものが迫ってくる…。早く逃げた方がよさそうだ」
 状況把握がとんでもなく早いね、まったく。その直後に、取手の後ろから通路を全て塞ぐくらいの特大サイズの岩が、転がってきたんだから。
「マジ、かよッ!!」
「ぎゃあ~!走るのよ!アタシ達の愛のために!」
 あ、愛のためかどうかは別としても、とりあえずさっさと逃げなきゃ潰されるのは確かだ。横幅の狭い通路で広がって移動は出来なくて。朱堂、取手、俺の順で後はもう、脇目もふらずに走るだけ。
「葉佩ちゃんッ、穴よ穴があるわぁッ!」
 二人が前にいるために前方視認が難しくって、H.A.N.Tの区画情報に目を通すと、扉はそう遠くないところにあるんだけど、その前に大穴。
「いいから跳べッ!」
 さすが陸上部、専門かどうかは知らんけど、朱堂は難なく跳んで、続いて取手も。
 で、俺も、と思ったその瞬間。足首に走った違和感。それは、走ってる最中から感じていた微かな痛みの延長で、その時になって初めて、俺は朱堂を抱きとめたときに自分が負傷していたことを知った。
 状態認知のあまりの不出来に気が遠くなりそうだったよ、マジで。
 それでもなんとか、踏み切ったんだけど。飛距離が足らないのが自分でも分かる、それから、すぐ後ろを岩が落ちていくのも。
 一緒になって落ちていくかと、一瞬覚悟したんだけど、落下を始めた俺の腕を掴んだのは、取手と朱堂の手だった。引っ張られて、二人の上にダイビング。
 受け止められてしばらくは、息も整わなくて。床に仰向けに転がって胸を喘がせてた。
 ちょっと、死ぬかと思った…。
 目を閉じて噎せるように息を吐き出したとき、もう一つ荒っぽい息を感じの呼吸を聞いて目を開けると、そこには。
「おわぁッ!」
「んぅ~~~」
 キスの準備万端な朱堂の唇が目の前に!さすがにビビって、思わず朱堂の胸を押すと、バランスを崩して落ちそうになる。
「ぎゃぁぁッ!」
「ゴメンゴメンゴメン!!」
 何とか引っ張り戻すと、突然横で見ていた取手が吹き出した。
「なぁに笑ってんだよ!」
「あ、ゴメンね…その、なんていうか…おかしくて」
 そりゃおかしいんだから笑うんだろうけどさ。気持ち、分かんなくはないかな。あんな目にあって全力疾走して、その直後に軽くコントだもん、おかしくてトーゼン、かな。
「えぇっと…二人とも、とりあえず怪我は?」
「ないわよ~」
「僕も、大丈夫。あ、だけどちょっと待って」
 取手が、俺の腕を掴む。何?って振り返ると。
「葉佩君。足を出して」
「……え?」
 うっわ、こりゃ負傷がバレてら。取手、目がマジだもん。しかも、大丈夫だよ、つって先に進もうとしたら、
「朱堂さん、ちょっと葉佩君を押さえててくれるかい?」
「了解よん」
 それからの取手は手早かった。俺の足を掴むと、少し動かして、どこが痛むのとか確認してくんの。
「ちょ、ちょっと、取手!」
「捻挫だね。でも酷いものじゃない。テーピングは持ってるかい?」
「あ、ありますけど、あのー、自分でやるから…」
「ダ、メ、よ、葉佩ちゃん!捻挫の処置は初期が肝心なのよ?放っておくと後で古傷みたいに残っちゃうんだから」
 それは、知ってるけど…、俺はいつも任務地で怪我したときは適当に鎮痛剤でも打って、処置は戻ってからやってたんだよなー。だからなんか変な感じ。
 取手は手際よくテーピングを巻いていって、朱堂は後ろでとっても鼻息荒く抱きしめてくる。
「ハイ、これで痛みは少なくなったと思うけど…どうかな?」
 朱堂に手を取られて立ち上がると、確かにさっきより全然イイ感じ。
「…サンキュ、な。ごめん。ありがと」
「それは、いいんだけど……」
 取手はまだ、何か言いたげ。でも口ごもったから。俺も狡いとは思ったけど、その続きはあえて聞かなかった。俺、ここでもし取手に「心配だ」とか、そういうようなこと言われたら、そろそろマジで、心臓壊れそうだもん。
 次の区画は、前の場所と雰囲気は変わってないものの、ちょっとだけ広さのある部屋で、柱がちょっと崩れてたり、変な壺が置かれてたりと、割と雑多な感じ。
 宝箱を開けると中から出てきたのは木の棒。コレで戦えと?うーん、意味が分からん。
「葉佩ちゃん、あっちにまたハシゴがあるわよ」
「このエリアは、狭い部屋や通路が色んな繋がり方をしてるんだね」
 二人はあっちこっち視線を動かしながら、木の柱を叩いたりしてる。
 朱堂が見つけたハシゴは下へ降りるもので、降りた先はまた通路。ていうかね、そろそろ化人が出てこないってコトが逆に不安だったりして。いきなりエイリアンみたいに上からぐしゃーっとか来たらさすがにビビるしね。
 二人も降りてきて、また更にハシゴを降りて、その先はまた細い通路。でも、先に行くとちょっと広めで、壺がいくつか置かれてる。
 それから、部屋には更に不思議なものが。壁に挟まれた窪みには、何故か社が鎮座してましたとさ。
「社か…。前に姉さんとお参りに行った事を想い出すよ…」
 朱堂がその社に「アタシ達の愛がもっともっと強くなりますよーに」って願ってる間に、取手がぽつりと零した言葉。
「な、変なこと聞いてもいい?」
「え?」
「お前のねーちゃんて、どんな人だった?」
「どんな……」
 少しの間、取手は考える素振り。でもすぐに、
「すごく、素敵な人だったよ」
「素敵な人、かぁ…」
「優しいとかピアノが上手だとか、綺麗だったとか、そういうことならきっといくつでも並べられるんだろうけど……やっぱり、素敵な人、かな」
 それから照れたように、笑う。なんか、すげー、いいなぁって感じ。
「それがどうかしたのかい?」
「やー、俺もさ、実は血は繋がってないけど姉っぽい感じの人がいてさ。あ、前に別れちゃったきりなんだけど、こないだ夢で出てきやがって。そいつがさ、とんでもなくガサツで男勝り、って感じだったから、取手んちはどうだったんかなーって思って」
「あ……ピアノが、上手で、格闘技もできるって…」
「そっか、話したことあったんだっけ」
 そう。そいつ。
 夢を見るときは、大抵そいつが眠りを邪魔する。だから俺も寝れないんだけど、一週間前に一度、派手に出てきやがって、『阿呆』って、それから『愛してるよ』って言い残して消えてった。
「俺もそーんな姉ちゃん欲しかったなー。優しい姉ちゃんとか、すげー羨ましい」
「でも…大切な人、なんだろう?」
 ……じぃーっと、そんな目で見られたら嘘は吐けません。暗がりをいいことに、俺の顔ったらたぶん首まで真っ赤。で、しょうがないから頷くしかねーでやんの。
 すると、取手がまた、くすくす笑う。
「……なぁーんだよ」
「ふふ、だって、全然変なことじゃないのに、変なことを聞いてもいい、って言うから」
 あ、そっちか。
「じゃあ葉佩君。僕も一つ、聞いてもいいかな」
「おぅよ、……あー、でも待った!!その前に言っておくけど皆守とどーだこーだっていう質問は受け付けまっせん!!」
 先手を取って言ったつもりだったんだけど。
「皆守、君?彼が、どうかしたのかい?」
 うッ。なんか、逆にドツボだ…。知らないんならそれでいい!これで取手にまで「皆守君と付き合ってるって本当かい?」なんて聞かれた日にゃぁとりあえず死んどくぜ俺は。
 口をへの字に曲げた俺を不安げに見てきた取手だったが、どうぞ、と促すと、口を開いた。
「実は…今日、音楽の先生にこう言われたんだよ。『これからもピアノを続けていくつもりなら、指を大切にしなさい。球技…特にバスケのような激しいものをするのはよくない』って」
 何だ、そりゃ。
「確かに先生の言うことにも一理あると思うんだ。だけど、僕は……」
「んなモン、両方やりゃーいーじゃねーか。つーか、ここでどっちか選んだら、後で後悔すんぞ、それ」
「葉佩君……」
「どっちか、棄てられるようなモンだったら、まずのっけから悩まねーだろ?バスケとピアノが取手を形作っている根っこの二つだとしたら、どっちかを失ったらもう取手は取手じゃなくなっちゃう気がする。俺は、そういうのはどうかと思うね」
 自分の根本を失うというのは、正直かなりしんどい。自分の在る意味すら見失いそうになる。というか、見失う。一度、姉という大切な者を失っている取手にそんな思いはもうさせたくない。
「ダイジョーブ。両方やれるって。要は気合と根性でさ。ゲッターロボだって二本のレバーでどうやって動いてんだってハナシだけど、ちゃんと気合と根性でカバーしてんだろ?」
「葉佩君…外国暮らしが長い割には日本のことをよく知っているね」
「好きですから!」
 親指を立てて見せると、取手は柔らかくくすりと笑った。それからほんの少しだけ言い淀んで、
「でもね、葉佩君」
「ん?」
「失っちゃいけない大切な者は、もう一つあるんだ」
 ピアノと、バスケと?あ、ルイ先生とか?違う?んー…じゃあ何だ?
 考え込んでいる俺と、傍らの取手の元に朱堂が戻ってきて、俺はそこで思考中断。
「お参りは済んだ?」
「バッチリよ!二人の愛を祈ってきたわ!」
「そっかー」
 もう、アレだよね。皆守がいない今こそ朱堂とのスキンシップのチャンスだよね。なーんてあいつの前で言ったら、絶対に怒られそう。
「さて、先に進もっか」
 社の先にまだ部屋は続いている。不気味な静寂だけが佇む部屋に、壺がいくつか。石版もあるから、これはギミックなんだろうよ。もう俺だって石碑解読が面倒くさいなんて言ってらんないんだけど。
「えっと、……何じゃコリャ。『西から東へ満たされるように北から南へ流れるように注ぐがよい』。よい、って言われましても…」
 解読できても意味不明。どうですか、この読解力の無さは。
「西から東に満たす……壺のこと、だよね」
「ねぇねぇ、その前に西ってどっち?」
 取手と朱堂も、博物館の展示品のように並べられた壺を前に考え込んでる。壺の配置は入っていった位置から見て、左手側に五つ、右手側に三つ。
「北から南に流れるようにってことは、あっち側から順になんか動かしていけばいいってことかね?」
 この部屋の最北は、一番奥の壺だ。そこから、西から東へ満たされるように。
「二人とも、そこの変なスイッチあるべ?あそこにいてよ。何かあったら、すぐにスイッチオンでよろしこ」
「分かった」
 俺は、部屋の片隅に二人が移動したのを確認して、目の前の壺を回してみた。かちり、と。何かが嵌め込まれるような音がする。
 罠の作動する気配は、無い。とりあえず、一つめはオーケーっぽい。
 で、ここが北西。次に東、これの反対側ってことなんだろうけど、東側に壺はない。てことは、もう一度、今度は一つ隣の壺だ。たぶんね。動かしてみるとまた、かちりと言う音。じゃあ、次はこの後ろ。
 ってな感じで、一応全部の壺を動かし終わって二人の所にゴールイン。すると、どっかで音がして、それはたぶん社から。中を覗き込んだ朱堂が手招きして俺を呼んだ。
「葉佩ちゃん!社が開いてるわよ」
「ホーントだ。何だコレ」
 中からボワッと、杯のようなモノが出てきた。でも、それが何か確認する前に、社から取りだした瞬間にH.A.N.Tが反応。
 敵襲だ。
 俺は咄嗟に社のある窪みに取手も引っ張り込んだ。
「絶対こっから出るなよ!」
「葉佩君!!」
 ホルスターから二挺拳銃引っこ抜き、飛び出していこうとした俺の腕を取手が掴んだ。
「どーしたよ?」
「ダメだ。一人で行かないで」
「そーよッ!」
 両脇から二人に抱えられちゃったよオイ!
「馬鹿、放せって!」
「君を、一人じゃ行かせない。そういう約束なんだ」
「約束ぅ?おりゃ知らんぜよ、そんなもん!」
 取手と、そんな約束した覚えはない。
 でも、ここでやり合ってる場合じゃなかった。背筋にぞくりと別の気配を感じて振りかえると、そこには着物を羽織った紫色の化人が。地の底から出るようなしゃがれ声がどっかのジジイを思い起こさせる。
 そいつの手はまるで鞭。咄嗟に、朱堂のいたエリアのお姉さまな化人を思い出し、一撃に構えた、が。
 振りかぶるわけでもなく、腕が揺れ……、
「ぐ、ッ!!」
 突然地面から伸びてきた触手のような腕が脇腹と肩を打った。突き上げられるように飛ばされ、社に叩き付けられた俺は、衝撃で銃を取り落とす。
 遺跡で戦い、生き残るために一番大切な銃が手から離れた途端、真っ黒な予感が一気に全身を巡る。次の攻撃が、取手と朱堂に向き、二人が斃されるその姿を網膜に描いてしまって、叫びそうになった。
 けれど、その予感は、場違いに明るい朱堂の声によって霧散していった。
「まァ!よくも葉佩ちゃんを!…喰らいなさい、ブルズアイッ」
 放たれた数本のダーツに怯み、ダメージを食らって紫ジジイが下がった。その視界を取手の背中が遮り、大きく広げられた腕から放つフォルツァンド。紫ジジイの叫び声と共に、俺の身体を支配していた痛みが引いていく。
 その間に銃を拾い上げ、ゴーグルを下げた。
 俺を狙ってきた紫ジジイはもう消えていたけど、壺のあった辺りから数体、化人は近付いてきてる。ヤになるような数で、わんさか。
「葉佩君、傷は?」
「お陰様で何とか。……サンキュな」
 取手と朱堂の肩を叩いて、社の窪みから今度こそ飛び出した。ベレッタとPCの連射で、前に見た包帯巻いた人型の色違いを二体消す。空いたマガジンを叩き落として、もう一体が近付いてくる前に、壁に押し付けるようにして両方に装填を完了した。
 それを、目の前の紫ジジイに向けようとして、
「ブルズアイ!」
 再度、朱堂がダーツを放った。そのことで俺は奴らの攻撃レンジから間を取る余裕ができて、安全距離からショット。どうやら首根っこが弱点らしい。そこを集中攻撃で一体、二体と葬る。ようやく、調子が戻ってきた感じ。
 残りは人型が一。ゆらりと歩いてくるのに狙いを定めて、足下に向かって引き金を引き続けた。
「ふぅ…」
 ゴーグルを上げての視認でも、もう敵影は見えない。とりあえずは安全確保ってことかね。
 安心したら、今頃脇腹と肩が思い出したように痛み出した。取手のアレで、傷は塞がってるみたいだけど、制服には派手に穴。なーんか、見咎められたら皆守に怒られそうだ。
「葉佩ちゃん、傷は大丈夫?」
「んぁ、ダイジョーブ。平気だよ」
 貫かれた、っていう痛みじゃない。脚ツボマッサージみたいな痛みだいね。だから、本当に大丈夫だと思って言ったんだ。それくらいで命中精度が落ちるような銃の訓練だったら今頃死んでるし。
 でも、取手は俺の「ダイジョーブ」を疑ってるようで。
「本当に大丈夫?肩とか動かしても、痛くないかい?」
 な、なんか、皆守がいるみたいだ。取手の目は真剣で、触発されるように朱堂も、
「なぁに?痛いの?痛いの葉佩ちゃん!?」
「だー!!大丈夫だっつーの、ホレ!」
 グルグル腕を回してみると、今度は本当に安心したみたいでようやく二人の追求から解放。ヤ、嬉しいんだけどね、大丈夫なんだよ、俺は。
「ハーイ、じゃあ次に行きますよー」
 殊更明るく言って銃をホルスターにしまって部屋の奥へ向かう。
 後ろで何だか取手がこっそりやってたんだけど、何でもないって言うから、何でもないことにして、次の扉を開けた。