風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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5th.Discovery 星の牧場 - 3 -

「くらえ、リョーチンシュゥッ!!」
 一人、二人とドリブルで抜いて、そのままゴールに向かってクラッチシュート!!
 って、
「…あら?」
 見事に外れて、ボールはリングに弾かれた。それをウチのチームのヤツが拾って、でもシュートできずに後ろに回す。パスを受けたのは、皆守だ。
「俺に回すなって言っただろうが…」
 そう言いながら、ホントーーーに面倒くさそうに、片手でボールを放り投げた、ら。
 入ってやんの。
「うっわ、今のアリ!?すげぇ!」
 ギャーって騒ぎながらディフェンスに回ろうとしたときに、試合終了のブザー。
「おっしゃ、11連勝ー!」
「あー…暑苦しいからくっつくなッ」
 そうやって煙たがられる、現在六限目、体育でバスケ。ちなみに俺がリョーチンで、皆守はミッチー。これコードネームね。でも、いくら頼んでも皆守クンは「先生、バスケがしたいです」って言ってくれませんでした。
「まったく…ゴールに球を入れあって何がそんなに楽しいんだか…」
「いーんだよ、ぐだぐだ言わない!」
 俺、バスケ好きだしー。花道、流川、ゴリ役のヤツとハイタッチしてコートを出てから、試合の対戦表に白丸を付ける。うーん、ずらっと並んだ白丸、勝ち星!壮観ですね。なんてったって、バスケ部一人もチームにいないのに負け無しですから!
「へっへっへ~、負け無し負け無し」
「にしても、お前のその異常な運動神経は何とかなんないのか?」
「なりまっせん!俺、取り柄は運動神経くらいだもんよー」
 ジャージを膝までまくって、半袖も肩までまくり上げて、気分はスポーツマンです。反対に皆守はジャージ上も下も長袖着込んで、汗もほっとんどかいてない。動いてないもんね、あんまり。
「よーし、集合ー」
 呼ばれて、先生の周りに集まって、授業は終了。解散がかかってすぐ、更衣室に飛び込んで、水道で頭から水を被った。Tシャツが濡れても、別にすぐ着替えるからお構いなし。
 頭を上げて振ってると、タオルが飛んできた。
「まるで犬だな…」
「サーンキュ」
 適当に髪を拭いて、垂れてくる前髪は八千穂ちゃんから貰った髪留めでまとめて上に上げておく。で、ワイシャツに着替えて学生ズボン履いて。
 六限の体育は、下校時間までが忙しいから、そこが大変なんだよなぁ…。野郎は着替えとかさっさと済むけど、女の子って着替えに時間かかるみたいだし。覗いたわけじゃねーけど。
「やれやれ、ようやく終わったか……」
「お待たへ」
 体育の授業なのにほとんど運動しない皆守は、俺よりももっと着替えが早い。何てったって、普段学ランの下に着てるシャツを体育でも着てっからね。
「まったく、午後の体育ほどダルいもんはない」
「ンなこと言いながらサボり続けてきたツケが来たんだろ?」
「フン。大和のヤツは人にあんな事言っておきながら結局また早退だし―――」
 言われて、五限が終わってから帰ってしまった夕薙のことを思い出していると。
「キャーッ!!」
 外から、叫び声。
「何だ?女子のいる校庭の方だな」
 体育は、男女別でやってるから、今日は女子が校庭で体育をしていたはず。
 俺はむさ苦しい更衣室の窓を全開にして外を見た。もちろん、着替え途中の野郎共から非難囂々。無視したけど。
 皆守も俺の上から顔を出して、同じ方向を向いた。
 ちらほら散っていた女子が、ある場所で集団になっている。どうも、誰かが倒れてるみたいだ。目を凝らしてよくよく見てみると、あのお団子頭……八千穂ちゃんだ、クソッ。
 一人、違う色のジャージを着た体育の先生がその輪の中心に駆け寄って、八千穂ちゃんを抱え起こしている。どうやら、保健室送りのようだ。
「ちッ、やっぱりこうなったか。どうする、九龍。様子見に行くか?」
「ったりめーだろ!?」
「そうだな。ここで放っておいたら、後で何言われるか分かったもんじゃないしな」
 なーんて言いながら、ホントは心配なくせに。ずっと、気にしてたじゃん、八千穂ちゃんのコト。
「まぁ、クラスメートの一大事だ。様子くらいは見に行ってやるか」
 窓から、運ばれていく八千穂ちゃんを見届けて、すぐに更衣室を出た。
 校舎に戻るまで、何人かの女子から話し掛けられたんだけど、みんな、すごく八千穂ちゃんのことを心配してた。人望あるんだねぇ、八千穂ちゃん。
 もちろん……俺だって心配だ。それにちょっと、後悔してる。どうしてもう少し早く気付いてあげられなかったんだろうって。椎名ちゃんがわざわざ忠告してくれるくらいに、危険だったのに。
 ゴメン、八千穂ちゃん……無事でいてよ、頼むから。
 校舎から出て行く人の波に逆らいながら、俺らは保健室に辿り着いた。
「おや、やっぱり来たか」
 扉を開けて、真っ先に目に入ってきたルイ先生のおみ足。視線を知っているのかいないのか、目の前で足を組み替えて、煙管を一吹き。
「なんだかんだ言っても、やはり君たちは友達思いだな」
「そりゃ愛しの八千穂ちゃんの一大事ですから、皆守クン、大慌てでしたよ!」
「勝手に決めるな。そんな事より、八千穂はどうなんだ」
 煙管に負けじとラベンダーを炸裂させながら、皆守はでっかい態度で保健室の長椅子に座り込んだ。俺も隣に座る。
「うむ…随分と衰弱している。だが、元々丈夫な子だからな、しばらく安静にしていれば心配ないだろう」
 ルイ先生が吐き出す煙に合わせて、隣の皆守が微かに息をつくのが分かった。あぁ、安心してるんだ、って感じ。
「葉佩、君は彼女がこうなった原因に心当たりはあるのかね」
「そりゃもう、ありすぎるほど」
「そうか、ならば君もすでに気付いていることだろう。こういった症状で私の元に運ばれてきたのは彼女が初めてではない」
 そりゃ、セミナー開かれてるくらいなんだからそうなんだろ?
「そして、彼女の皮膚には、他の者同様、微量なウイルスと思われるものが付着していた」
「「ウイルス?」」
 声を揃えて、俺は皆守と顔を見合わせる。もうちょっと、別の、ほら、取手みたいなのを想像してたんだけど。
「恐らく、これらが体内に入り込み、正常な身体機能を阻害したのだろう」
 ちらりとベットスペースへ目をやった先生。
「感染した者は生命活動に必要なエネルギーをウイルスに吸い取られ、徐々に衰弱する。だが、このウイルス自体はそれほど生命力の強いものではないらしい」
「じゃあ、何でこんなになるまで?」
「生命力が弱いが故…継続的に接種することで威力を増すもののようだな」
 サイアク。その、じわじわいたぶるってヤり方が気に食わない。隣の皆守も、苦々しげに呟いた。
「…《隣人倶楽部》か……」
 それを見たルイ先生が、煙を吐きがてら口元に笑みを浮かべた。
「君にしては情報が早いな。いつもは他人のことなどどうでもいいという顔をしているのに」
「勿論、どうだっていい」
 ……嘘ばっか。実は、心配性なくせに。どうだっていいって口癖も、ただのポーズなくせに。
「ただ、九龍の近くにいると嫌でも入ってくるんだよ。俺は毎度、巻き込まれてるだけだ」
「ご、ごめんなさーい…」
 頭を掴まれてぐるぐる揺さぶられて、うー、酔っちゃうよ。
「だが、それが不快ではないからこうして葉佩と行動を共にしているんだろう?」
 ルイ先生の言葉で、ぴたりと揺れが止まった。見上げれば、視線を泳がせてる皆守が。
 ……図星?
 って、目が合った途端に、来ました必殺のド突き。痛ったぁ~…。
「ははは、何にせよいい傾向だよ。君にとってもな」
 デスクに寄りかかって、煙管で皆守を指したルイ先生。再度細い吸い口を口へと運んで、一息吐いてから、
「そうして人と関わることを避けずに生きていけば、いつかそれも必要なくなる」
 それ…、が、皆守のアロマのことを指してることは、なんとなく分かった。アロマはこいつの精神安定剤。で、同時にこいつが特記事項:なんちゃってドライです、な要因。
 きっとルイ先生は毎日のように皆守を見てるから、分かっちゃうんだろーな。カウンセラーとか、教員とか、そういうんじゃなくて、あの何でも見透かすような魔法の眼。アレが。
 今も、ルイ先生は何もかも分かっているというような笑みを浮かべて、
「葉佩のようないい友達もできた事だしな?」
 だって。
 それに皆守が答えないから、代わりに俺、アンサー。
「任せてください!皆守クンは俺が必ず幸せにしてみせます!」
「おや、そうなのか。これは失敬。友達などと呼ぶのは無粋だったかな?」
「お前な…」
 呆れたように吐き捨てられる。でも、予想した物理ツッコミは飛んでこなかった。その代わりに、舌打ちを一発。
「くそッ、こんな事ならわざわざ来るんじゃなかった。とっとと帰って――――」
 皆守がルイ先生に背を向けて、ドアの方に歩き出そうとしたとき。カーテンで仕切られたベッドスペースから、声が聞こえた。
「おっと―――。誰かさんが騒ぐから起こしてしまったようだな」
「……ちッ」
 苦々しげな顔をしながらも、皆守はベッドスペースとこちらを区切るカーテンを開けた。そこには、薄く目を開けようとしてる八千穂ちゃん。しばらく視線をさまよわせて、それから俺と、隣の皆守を見上げてきた。
「あ…れ……?葉佩クン……皆守クン…?」
「気分はどうだね?」
 皆守と俺を押しのけて、ルイ先生が八千穂ちゃんの顔色を覗く。退かされた俺らは、横の椅子に並んで腰掛けた。
「あ…はい、何だかふわふわするけど……大丈夫、です」
「ホントに……大丈夫か?」
 あまりに、あんまりに白い八千穂ちゃんの頬。血は通っているはずなのに、どこか冷たいようにも見えてしまう。それくらい彼女は、弱ってるんだ。
「二人とも、来てくれたんだ……」
「ったり前ッしょ?皆守なんか血相変えてすっ飛んで、あ、だ痛ッ~」
 無言で、後頭部をド突かれた。でも事実じゃんかー。
 ま、八千穂ちゃんが笑ってくれたから、いーけど。
「葉佩クンも……少しは心配して、くれた?」
「俺は、全然。」
「もォ~、少しは労ってくれたって、」
「全然。少しどころじゃなくて、滅茶苦茶、心配した」
 八千穂ちゃんは驚いたような表情を見せたあと、葉佩クン、と呟いて微笑んだ。いつものあの笑顔じゃなくて、もっと弱々しくて、消えちゃいそうで。あんな哀しげな笑顔、俺はもう見たくないと思ってたのに、また女の子にこんな顔させちゃうんだから。
「それに…ゴメンな。もう少し早く、気付いてたらここまでコトが進まなかったかもしんないのにな」
「うぅん、謝んないで?あたしも……心配かけて、ごめんね」
 それから八千穂ちゃんは、疲れたようにゆっくり一度、目を閉じた。深い呼吸の後、再度目を開けた彼女に声を掛けたのは、皆守だった。
「……これで分かったろ。もうあの集まりに行くのはよせ」
「でも……」
「でも、じゃないだろ」
 皆守は立ち上がって、そこにいる誰よりも八千穂ちゃんに近付いた。
「お前がこうなったのはあの《隣人倶楽部》のせいなんだよ」
 語気がこいつにしては荒い。それは、きっと八千穂ちゃんが心配だからなんだと思う。
 いつもと違う皆守を少し感じ取ったのか、気圧されながらも、八千穂ちゃんは首を振った。
「…でも……でもね、例えそうだったとしても、タイゾーちゃんがみんなを救いたいって思ってる気持ちは嘘じゃない気がする」
 八千穂ちゃん節、全開。何よりもまず信じること。それが彼女の信念だ。自分も、相手も、信じることを前提に八千穂ちゃんの世界は動いてる。俺にも……たぶん皆守にも、できない考え方。
「でもね、何か理由があって、ちょっとその方法を間違えちゃってて……とにかく、タイゾーちゃんにも責任はあるかもしれないけど、悪いのはタイゾーちゃんだけじゃなくて、取手クンや椎名サンの時みたいに、何か理由があるのかもしれなくて、それに――――」
 必死に、目に涙を浮かべて『タイゾーちゃん』を擁護する八千穂ちゃんを見て、俺は、昼休みにあったあいつを思い出していた。悪い魂を消し去ると言っていたあいつが、おそらくタイゾーちゃんだ。
 ……確かに、サイケなコト言ってたけど、でも、俺のために言ってくれてたのは分かる。悪気があるわけではない。それなのに、この結果だ。何かを頑なに信じ込んでいることが、良くない方に向いている。
「何より救われたがってるのは、タイゾーちゃん自身なんだと思うの」
「取手や椎名のように……か」
 皆守もたぶん、気付いてんじゃないかな。共通の《生徒会執行委員》て言葉に。
「……ね、葉佩クン……そうじゃ、ないかな…?」
 まだ答えは分からない。タイゾーちゃんなる人物についても、ほとんど知らない。でも、これ以上八千穂ちゃんに負荷はかけたくなくて。
「そ、だね。そーかも。うん」
「…よかった、葉佩クンならね、きっと……そんな風に言ってくれると思ってた」
 ほんの少し、普段を取り戻したように。八千穂ちゃんの笑みに明るさが戻る。
 こんな言葉一つで元気になってくれるんなら、俺は史上最悪の嘘吐きにだって、なれるよ。
「八千穂、ともかく今はもう少しここで休んで行くといい。後で私が寮まで送っていこう」
「はい……ありがとうございます、ルイ先生」
「うむ」
 ルイ先生ははだけた毛布を直して、俺たちを振り返った。
「君たちもそろそろ帰りたまえ。もうじき、下校の鐘が鳴る」
「了解しました。じゃ、八千穂ちゃん、お大事にな」
「うん…ありがと。皆守クンも、ありがと、ね?」
 皆守はその言葉に頷きを返すと、俺の肩を叩いた。
「……行こうぜ、九龍」
「ん…」
 先を歩く皆守に続いて保健室から出ると、もう玄関の方では下校を始めた生徒たちの、波。この學園に訪れるあまりにも早い夜の訪れから逃げていく、人の群。
 それを何気なしに見ていたら、皆守が。
「……まったく…どいつもこいつも」
「え?」
「一体、いつからここはお節介の溜まり場になったんだ。なァ―――白岐」
 皆守の向こう、白岐ちゃんが、立っていた。
 ……おいおい、気付かなかったぜ。足音も、気配すら。あ、もしかして俺が鈍った?いや、この子、出会ったときからこうだったわ。怖いなー。
 そんな俺の思索なんて鼻にも引っかけない様子で、白岐ちゃんが長い髪を揺らす。
「八千穂さんの具合は?」
「とりあえず、生き死にに関わるような話じゃないのは確かだ」
「そう……よかった」
 あの白岐ちゃんが、ほんの少しだけ、微笑んだように見えたのは俺の気のせい?そうじゃない、よな?
 けれどすぐに、目を伏せてしまって、
「《汝の隣人を愛せ》――――。あの集まりでは確かにそう説いている。彼らは魂を吸い取られ、衰弱しきっていくことすら幸せへの道と信じて疑わない。愛すべき隣人のために、何もかも差し出すことが幸せへの道だと……」
 それが、宗教の凄いところだ。世間一般で言う常識なんて、どこ吹く風。傾倒しきったら、他を認めなくなるから宗教戦争なんてのが起こるワケだ。嘆かわしいやね。
 でも今回の場合は違う。本当に完膚無きまでに利他主義を貫くなんて、キリスト教の教えにすらないはず。
「《汝の隣人を愛せ》、その言葉だけが一人歩きして、本来の意味を損なっている。葉佩さん、あなたは、この前に語られるべき言葉を知っている?」
「Love thine neighbors……、本当はYou shall love your neighbor as yourself、でしょ?」
「そう…。ならば、あなたも気が付いているはず。彼の《教え》からは完全にその言葉が抜け落ちている」
 白岐ちゃんは、小さく首を振った。
「《汝を愛するが如く、汝の隣人を愛せ》―――裏を返せば、自らを愛する事なく、他者を愛する事などできないという事……。隣人倶楽部で教えを説いている者に欠けているのは、まさにその感情…」
「自らを省みない者に、真に他者を思いやる事などできない、か……」
 白岐ちゃんの言葉を噛み砕いた皆守は、そのまま、痛いくらいの視線を俺に向けてきた。
 ……分かってるよ、それ、俺にも欠けてるって言いたいんだろ…。でも、俺はしっかりエゴイストなつもりだよ?つーか、ただのチキンかも。誰かが傷付くのが、失ってしまうのが、怖いだけ。俺だって、自分勝手なの。
 そう思ってるから、挑み返すように視線を向けるけど、皆守は不快だとかそういうの以上に、なんだろう、心配そうというか、悲しそうというか、そんな眼で。居心地悪くて逸らしたら、皆守は溜め息を吐いて白岐ちゃんに向き直った。
「……で、どうしてそんな事をわざわざ俺たちに?いや―――ひょっとすると九龍に……、ってのが本音じゃないのか?」
 な、何で俺よ…。ほら、白岐ちゃんも困ってんじゃん?
「……解らない…。私自身も、葉佩さんに何を期待しているのか…」
 って、何か期待されてたんですか?おいおい…。
「それに…彼女が倒れた事にどうしてここまで動揺しているのか……私にもよく解らないの…」
 そう言って俯くと、そのまま白岐ちゃんは下校生徒の波の中に紛れて行ってしまった。
 夕薙のダンナが言ってること、やっぱり分かるなぁ。神秘的ってヤツ。ホント、白岐ちゃんて、どこまで何を、知ってるんだろ?うーん、謎。
 皆守も隣で、しばらく白岐ちゃんの後ろ姿を見送っていた。
「相変わらず解らない女だ。……とにかく、教室に戻ろう。話はそれからだ」
「…おーよ」
 そうして、二人で歩き始めて。誰も残ってない教室に戻って下校の準備をしながら、ふと、思ったことを喋っていた。
「……昼間、さ」
「ん?」
「八千穂ちゃん、俺が風邪ひいてダウンしたこと、すっげー心配したって言っててさ。なのに、自分がこんなことになっちゃうなんて、ホント、言葉通り」
 Love thine neighbors.
 ワザと区切って発音して、意味も、付け加える。
「汝の隣人を愛せよ…って、自己愛者の戒めにも聞こえるけど、八千穂ちゃんは、そんなふうには使ってないはずなんだよ。なのに何で、彼女がこんなコトになんなきゃいけねーんだよ」
 八千穂ちゃんはちゃんと、自分のことだって愛おしんでる。慈しんでるし、大切にしてる。その上で、もっと倖せを周りに分けたくて、『汝の隣人を愛せ』、愛そうとしてたはずなのに。
「……まったく、八千穂の奴、元気だけが取り柄みたいな奴のくせに、何やってんだかな」
 口でそう言いつつ、皆守が心配してんのは分かってる。肩を落として、溜め息なんか吐いちゃって。
「……なァ、九龍、」
「これから隣人倶楽部に行ってみないか、ってんだろ?」
「ああ……」
 確か、放課後、電算室で、だよな?あいつはそう言ってた。俺の、悪い魂を取り除くって。
 招かれたんだから、行ってもいいって事だよな?
「何か、さっきから妙に苛々するんだ。ともかくそのタイゾーとやらの顔を拝んでおかないと、収まりそうもない」
 乱暴に潰れた鞄を机の上に乗せた皆守が、吐き捨てるように言った。
 その言い方とか、ああ、八千穂ちゃんの事、好きなんだなーって。
「苛々、する…かぁ」
「何だよ」
「八千穂ちゃんが、傷付けられたから、そう思うんだよな」
 俺の言いたい事、伝わったみたいで、皆守は持ち上げた鞄で後頭部をべちん。
「何度も言われるから何度も言うけどな、別に八千穂がどうこうっていうんじゃ…」
「なら、早く気付いた方がいいよ。ホントに、それは」
 近くにいればいるほど、気付かないんだ。いつも隣にいた誰かが、どれほど大切だったか、どれほど愛おしい存在だったか。皆守にとって、その存在はたぶん八千穂ちゃんだから。
「手遅れになる前にさ。ちゃんと、気付いた方がいーよ」
「それは……お前の経験談か?」
「さー、ね。どーでっしょーか」
 おどけて、皆守を見上げると。俺の目の温度とは全然真逆、もの凄い低温のようでいて、実は高温て目で、見下ろされた。
「……案外、もう気付いてるのを、お前が気付いてないだけかもしれないぜ」
「ほぇ?何、ソレ」
「さー、な。――――行こうぜ」
 逆にはぐらかされて、それ以上突っ込む雰囲気じゃなかったから何も聞き返せずに。
 さっさと教室を出て行こうとしている皆守を追いかけた。