風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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5th.Discovery 星の牧場 - 4 -

 『デジタル部』というプレートが、電算室の扉には掛かっていた。間違いなく、ここだよな。
 どうやら俺らが保健室に行ったりしてた間に、放課後に行われるっていうセミナーは終わっちゃったみたい。部屋の中はがらんどう、ってね。ただ、スタンバイ状態になってるパソコンがいくつかあって、さっきまで人がいた事をなんとなく、匂わせる。
 でも、医療器具みたいなのとか、怪しげな薬品とかは一切見あたらなくて、ホントにここでウイルスが?って首を捻りたくなる。
「ここか……」
「何の変哲もないパソ室、に、見えるんですが」
「ここで一体どうやってウイルスを………」
 同じことを考えてたらしい皆守が、部屋の中に踏み込んで、教室全体をぐるっと見渡した。パソコンのキーボードを叩いてみたり、画面のスイッチを入れたり切ったり。
 そんなことをしていたら、後ろから声が。
「ようこそ《隣人倶楽部》へ~」
 聞き覚えがある。気配に気付いて先に振り返ってた俺に、巨漢の彼は笑いかけてきた。昼休みの時と、何ら変わらない感じで。うーん、確かにほっぺぷにぷには気持ちいいかもしんない。
「ここは神の牧場。誰もが等しく救われる権利を持つ場所でしゅ」
 新顔が嬉しいのか、小走りで向かってきたついでに、腕の中から袋菓子がぽろり。慌ててしゃがもうとして、他のお菓子まで落としそうになってるから、代わりに拾って手渡した。
「ほい」
「あ、ありがとうでしゅ。あれ―――?キミは確か、お昼に会った…」
「どーも、昼休みぶり」
「そうでしゅ、結局お名前を聞き損ねてたんでしゅ~」
 そういえば。名乗ってなかったね、そう言えば。お互い様だけどさー。
「九龍、お前こいつと知り合いなのか!?」
 皆守クン、サプライズ。俺の肩を掴んで振り向かせた。いや、目が怖いよ、いくらなんでも。
「知り合い、っつーか、ちょっと色々と…」
「知ってたのかよ…」
「うんにゃ。今日の昼休み、売店の前で立ち話をしたのが初見」
「はぁ?」
 いーや、面倒だから後で説明すらい。
「そういうキミは誰でしゅか~」
 ちょうどそいつが話に入ってきて、こっちの話題は中断。皆守が、苛立ったように髪に手を入れながら答えた。
「……こいつは葉佩九龍。俺は皆守甲太郎。俺たちは……」
「ラヴラヴです!」
「阿呆ッ!!あー、なんだ、八千穂のクラスメートだ」
 キツイの一発腰に頂きました。俺も大概懲りてないねー。こういうこと言うから、変な噂が立つんだよなー…自粛?できっかな?口癖ってことにしてるから、こういうの。
「そうなんでしゅか~。じゃあ八千穂たんがどこにいるか知らないでしゅか?放課後のセミナーが始まっても姿を見せなかったので、ボクも心配してたでしゅ」
 皆守が舌打ちをする。表情からは、白々しい、っていう感情が滲み出ちゃってら。まぁ、そりゃそうか。
 でもさ、こいつ、全然悪びれないんだよな。なんつーか、自分のしてる事が分かってない、みたいな。
「あ、ボクは3年D組の肥後大蔵でしゅ。ここで《隣人倶楽部》という集まりを主宰してるでしゅ。よかったら今度、キミタチもセミナーに遊びに来るでしゅ」
 俺と皆守は、顔を見合わせる。ホントに、今のコイツ…肥後からは、厚意と善意しか、感じ取れなかったから。
「あー…うん」
「ああ……キミは綺麗なココロを持った人でしゅね~」
「そ?」
 昼休みに会ったときには、悪いココロを取ってやるって、言われたけど?
「……肥後とか言ったな。お前の目的は一体、何なんだ」
「何の事でしゅか~?」
 げッ!出ました、皆守甲太郎、本日一番の眉間の皺!怖。八千穂ちゃんのことになると、形相まで変わりますか、ね。
「人を集め、ウイルスをばら撒き、お前は何をするつもりなのかと訊いてるんだ」
「ウイルスなんてひどいでしゅ~。あれは神の光なのでしゅ」
 なーんて、真顔で言われちゃったもんだから。ある意味ビックリ。神の光ときたもんだ、こりゃこりゃ。ただのサイケな宗教まがいかと思っちゃうぜ?
 とまぁ、思ったワケなんですが。どうやら話を聞いてくと、ちょっと違う様相。
 電気を介して拡大し、セミナーに集まった人間にモニター内から作用する。受けた人間は、悪いココロを吸い取られる…つまり、継続吸引で八千穂ちゃんみたいになるって、カラクリ。
 ただ、肥後自身、それがどういう結果を招くか、分かってはいないような言い種だ。
「ボクはただみんなに倖せになってほしいだけしゅよ~」
「………そぉ」
「汝の隣人を愛せ――――みんながみんなの為に心を開いたら、きっとみんな一緒に倖せになれるでしゅ~」
 そうじゃないでしゅか?という問いに、俺は曖昧に笑って頷くしかなかった。だって、言ってる事は至極もっともなんだもんよ。自己中がいなくなれば、確かに戦争さえ、なくなるかもしんないんだぜ?思想自体は、間違ってない、一部除いて、ほとんどは。
「ボクの言う事を分かってくれて嬉しいでしゅ。葉佩クン……何だか不思議な人でしゅね」
「お前の言ってる事は詭弁にしか聞こえない」
 俺の感じる曖昧さ、そんなのは、切って捨てるのが皆守だ。
「お前が言う事に従って、八千穂は結局どうなった?衰弱しきって保健室に担ぎ込まれただけだ」
「ウ、ウソでしゅ!!八千穂たんに、そんな悪い魂がある訳ないのでしゅ」
「……悪いココロがあると、衰弱するってワケ??」
 定義が分からんね…。八千穂ちゃんにはどこにも、悪いココロなんてあるようには思えない。誰かを幸せにしたい。その気持ちが悪だとでもいうのか?
 俺と皆守、二人の視線を受けて、肥後が頭を押さえて呻きだした。
「八千穂たんは、八千穂たん……八…」
「肥後…?」
「……八…、八椎女の最後の一人を救うため須佐之男命は八塩折を作り―――八握剣を持って八俣遠呂智を退治したのでしゅ…」
 肥後の視線が定まらなくなる。まるで、意識の中をさまようように、フワフワ。
「えーっと、大丈夫?」
「葉佩くん、キミは…、ボクの大切なものを奪いに来た悪い《転校生》なんでしゅか?」
「……違う、と、いいなァ」
 ハッキリ違うぜよ、と言えないところが心苦しい。生徒会から見れば、墓を暴く者は悪、らしい。だったら、悪者っしょ、俺。
 でも、何かを……奪う、つもりは…。
「肥後の、大切なものっていうのが、もしその神の光とか、《汝の隣人を愛せ》とかだったら、俺は。それを奪うかもしれない。もし、それが本当に大切なものだったら」
「葉佩くん……」
「でもさ、違うだろ?現に八千穂ちゃんは傷付いて、倒れた。それが、お前の大事なモンなんか?」
「……キミからも、何か懐かしい匂いがするのでしゅ……解らないでしゅ、キミは、一体…」
 俺は一体。さて、何者でしょう。
 俺は、《宝探し屋》であって、強奪屋さんじゃないんです。
「……お前、やはり《執行委員》、か…」
 皆守も、肥後の様子が普通じゃない、つまり、あの遺跡に囚われてた頃の取手や椎名ちゃん(……えーっと、朱堂も?)、みたいな、あんな状態だって気付いてるみたいだ。
「その《執行委員》が何故、こんな真似をする?そもそも八千穂が何の校則を犯したっていうんだ」
「ボクは……、ボクはただ、みんなを倖せにしたいだけなんでしゅッ」
 語気が荒ぶる。執行委員、という言葉に反応したみたい。
「みんなから嫌な魂を集めれば、この學園がもっと良くなって、みんな倖せになるって、あの仮面の人が――――」
「「仮面の人……?」」
 聞き慣れない単語が突然出てきて、思わず声を揃えちゃって。何?それって、顔見合わせたり。
 それについて聞き返そうと、口を開き掛けたとき、バッドタイミング、チャイム。
「ちッ…」
「下校の鐘でしゅ。一般生徒は早く帰った方がいいでしゅよ……」
「……行こうぜ、皆守」
 これ以上は分が悪い、と思って皆守の腕を引っ張って電算室から出ようとしたとき。呼び止められた。
「葉佩くん―――」
「ん?」
「キミは《転校生》なんでしゅよね?」
 この學園の持つ、《転校生》の意味。それが、忌意を持つ事は、もう分かってる。
「まぁ、ね」
「キミは……キミは、汝の隣人を愛する事ができましゅか……?」
「できるよ」
 即答。皆守も肥後も、ちょっとビックリっぽい。
「隣人を愛すだけなら、できるよ。皆守ー、愛してるー!!ってね」
「阿呆ッ」
 腕に貼り付いたら、おっと新技、デコパッチン来ました!平手です。
「……………」
 ほら、肥後が呆れちゃったじゃん。て、俺のせいか。
「…キミの中の悪い魂が、今夜は騒がない事を祈っているでしゅ……。もしもキミがあの場所に来てしまったら、ボクは、キミを―――」
 二の句は、継がせなかった。俺じゃなくて皆守が。
 俺の腕を思い切り引っ張って、そのせいで皆守の胸板にヘッドバッド。ハイ、何でしょうかこの庇われちゃってる感じは。
「行こう、九龍。このままここに留まったんじゃ何が起きても文句は言えない。それが―――《生徒会》の法だからな」
 半ば、強制退場的にそのまま、俺たちは電算室を後にした。
 しばらくはお互い、何も言わないまま、歩く。廊下には影だけが長く伸びて、俺は、それだけを見てた。皆守の影の方が、長い。ちょっと悔しくなって一歩、先を歩いたその時、皆守の影が止まって、俺の影が先を越した。
「……どした?」
「まったく……《黒い砂》だの仮面野郎だの、一体執行委員はどうなってるんだ」
 吐き捨てるように、皆守が言った。
 いい機会だ、前から疑問だった事を、訊いてみた。
「そういや、さ。俺が来る前って、どうだったん?その辺」
「どう、って」
「だから、例えばこういう珍妙な事件が起きたりしなかったのかって事。もしかしたら、こういう事が起こるのって、俺に仕事と関係あるのかなーとか思ったりしてさ」
 俺が墓に潜ろうとするから、だから執行委員がこんなおかしなことを始めた…っていうのは、考えすぎ?でも、三年この學園にいる皆守が変だとか言うからさ。
「以前から生徒会の力ってのは異様に強かったがな。にしても、最近の執行委員はおかしい。規則に違反してない人間まで処罰の対象にするなんてのはな」
「やっぱ、あの遺跡となんか関係あるんかねぇ…」
 執行委員は揃いも揃って、俺の事を異端の《転校生》扱いするし。たぶん、あの遺跡に潜られちゃいけない何かがあって、だから邪魔なんだろうな。
 別に俺はその何かに興味があるとかってワケじゃなくて、ただ、お仕事だからやるだけなんだけど、奴らにしてみりゃ関係ないんでしょ。化人創成の間で、みなさん、墓に侵入した者を始末するって言う、明確な殺意を持って俺を始末しにかかってたから、きっと執行委員のお仕事なんだと思う。
 お互い、辛いね。仕事でこーんな、面倒くさいコトしなきゃいけないなんてね、ご苦労様。
 皆守と一緒に校舎を出て、そのまま寮までの道を、並んで歩く。向こうではテニス部が練習中。当然だけど、八千穂ちゃんの姿はない。
「な、八千穂ちゃん、もう帰ったかね」
「カウンセラーが送っていくとか言ってたからな、いい加減帰ったんじゃないのか」
「お見舞いとか、行く?」
「……まぁ、病人を見舞うなら女子寮に行くのもありだが、お前、そんなに八千穂が心配か?」
 いや、君がね。お見舞いに行きたいんじゃないかなーと思って、とか言ったらまた蹴られるね、きっと。
「じゃー、俺一人で行っちゃうよ」
「勝手にしろよ」
「えー…そんな態度ですか」
「……だから、俺は別に八千穂の事は、」
「あれ?あー、アレアレ!!」
 皆守の学ランの袖を掴んで引っ張った。だって、ほら、あそこにいるのってさ。
「アムロさん、あれ、そうだよな、体育館のトコ」
「あ?……あぁ、あのおっさんか。また何やってんだあんなとこで」
 探偵さん、て名乗ってる以上は何かの捜査じゃないんですかね?ホントに探偵だったとして、のハナシだけど。
 あ。気付いたみたい。小さく手を挙げて、こっちに向かって歩いてきた。
「よォ、少年。俺の事、覚えてるかい?」
「いいえ、全然」
「ぬァにィィィイ!?こ、この俺を覚えてないだってェ!?」
「連邦の白い悪魔…ガンダムか!?」
「このプレッシャー…シャア!!……って、覚えてんじゃねぇかッ!!」
「えへへ」
 良いなぁ、このノリ♪俺、絶対アムロさんは悪い人じゃないと思う!どんなに皆守が胡散臭そうな目でこの人の事見てたとしてもね。
「あー、ビビった。自分で言うのも何だが、俺って結構インパクトあるから忘れられてたらどうしようかと思ったぜ」
「さすがにそこまで脳味噌参ってないっス」
「へッへッへ、そいつァよかった。よ~しよし、お兄さんから覚えてくれてた事に対するご褒美をあげよう」
 ジャケットの脹らみを探って、アムロさんが何かを投げて寄越した。思わず、顔の前に飛んできたそれを片手で薙ぐようにキャッチしたら、「おッ…」て。アムロさんが。何だろ?
「サンキュです!」
「おい九龍、知らない奴から物貰うなよ…」
 皆守クン、警戒中。大丈夫だって、悪い人じゃないから。
「えー、いいじゃん。コーラだよコーラ。爆破物ならともかく、炭酸飲料くらい貰ったっていいじゃん」
 それにさ、一度会ったら友達で、毎日会ったら兄弟だって、誰か言ってなかったっけ?
「そういう言い種か?それじゃあ君には何も無し!」
「いらねぇよ…」
「あ、アムロさん、こいつコーヒー好きなんで、気が向いたらコーヒー差し入れてやってください」
 な?と、皆守を見上げると、いらねぇつってんだろ、と、ド突かれた。
 それを見て、アムロさんは青春だねぇ、とワケの分かんないことを言って笑ってる。これが青春てヤツなのかね?うーん…。
「と、いうわけで……だ。何かあったら、是非協力を頼むぜ?男同士の約束だッ」
 アムロさんが俺の手を取って、背中をバシバシ叩いてきた。
 その時。いきなり引力。結構な力で皆守に襟首引っ張られた。
 それは、ホント、突然で。一瞬俺もアムロさんも呆気にとられちゃったい。な、何だぁ?
「……用がそれだけなら、さっさと帰るぞ」
「え?えぇ?おい、皆守、ちょっと!!あ、スイマセン、アムロさん、失礼しまーす、また今度!」
「お、おぅ、……君も苦労するね」
 そのまんま、つまり、引きずられるように歩いていって、アムロさんが見えなくなった辺りで皆守を呼ぶ。
「おーい、皆守クン?どうされました?あのー、首が絞まってるもので、立ち止まっていただけると嬉しいんですがー」
 そしたら、ちゃんと止まってくれて、首元も解放。
「今の、何だったワケ?アムロさん、ビックリしてたぜ?」
 俺もだけど。皆守って、そんなにアムロさんのこと嫌いだったっけ?むしろ嫌いになるほどの面識なくねーか?
「別に。何でもねーよ」
「えー…なんか、気に食わなかったんか?あ、ジュース貰えなかった事?」
「そんなんじゃねぇっての。気に食わない…強いて言うなら、お前の無防備さが、だな」
「はァ?」
 どしたの、一体。ていうか、何ソレ。
 俺のどこがどう無防備だって?うわ、ちょっとショック。傷付いちゃうよ?一応一般人じゃなかったつもりなんだけど、無防備って警戒心欠落って意味だよな?えぇ!?マジで、そんな風に見えてたワケ?……そっちスジの元本職なのに…。無防備…。がーん。
「むぼうび……かなァ」
「ああ」
 言い切られちゃったよ。今、地面にしゃがみ込んでのの字書きたい気分。
「そっかー、そうだよなー。無防備で無計画で無鉄砲で無駄に無茶したがる無い無い尽くしだって、よく言われたもんなー」
「誰もそこまで言ってないだろ…」
「昔の話だよ。くっそー、少しは注意力とか付いたと思ったんだけどな」
「そういう問題でもねぇよ…」
 俺が、溜め息を吐くと、皆守は何やら神妙そうな顔をしてアロマを深く吸い込んだ後、アロマパイプを挟んだ方の利き手、つまり左手を伸ばしてきた。
 何をされるのか、まさか殴られるワケじゃないだろうと思っていたら、いきなりまた、ぶにー。
 頬つねられて、伸ばされた。
「ほら、無防備」
「……くっそー…」
 そういう問題かよ!つーか、別にこんな事に対して発揮される珍妙な警戒心持ち合わせてねーっての!しかもこんな時に皆守を警戒してどーすんだよ…。
「あー、もー!そりゃあ悪ぅございましたねッ!…つっても別に皆守に迷惑なんかかけてねーじゃんよー」
「………かかってるっつーの」
「えー」
 かけてないっつーの。一体何なんだかね、どうでもいいけどいい加減ほっぺ、返せ。
 皆守の手を払うと、またアロマを口元に運んで、何がおかしいんだか、ふっと笑った。
「何だよ」
「さて、ね」
 この手の内の見せなさ。何なんでしょーね?まるで、知りたいならこっちに来いとでも言わんばかりの口調で、止めればいいのに俺も、気になるからつい。
「そういうのね、気になんだよ。言いたい事があるなら言えって」
「聞いてどうする」
「別に、どうも?気になるってだけ」
「何で」
「な、何で~?えー、あ、ほら、ダーリンの事は何でも知りたいじゃない!」
「あほ。」
 ぺーん、と額を叩かれて、そのまま皆守は寮へと入っていこうとする。
 そうやって、いっつも、何も見せてくんないんだよな。俺、とっても信用されてない感じ。
 仕方ないから、何にも言わない背中を、追いかけるだけ。で、何も言わないで寮に入って、部屋の前で別れるその時に。
「九龍」
 皆守が、俺を呼んだ。俺の、名前を。
「うん?」
「お前やっぱり今夜も行くのか?」
「さぁ、どーでしょ」
「………」
 行くとしても、もう俺は、誰も連れて行かない。
 それで八千穂ちゃんに嫌われたとしても、皆守に愛想尽かされたとしても、俺が守れないせいで誰かが傷付くなんて、もう嫌だから。絶対、嫌だから。
 一人ならなんでも、例え死んでも、自分の責任で済む訳です。
 でも、俺はこれ以上誰かの責任を負おうとしたら、重さで潰れちゃいそうだから。利他的な事ではなくて、ただの我が侭の一環で、誰も連れて行きたくないんだ。
「まァ、お前みたいな奴は、止めるだけ無駄なのかもしれないな」
「そ?」
「気が向いたら俺にも声かけろよ。ベッドに入る前なら付き合ってやらない事もない」
「係呀♪」
 了解の意味を答えておいて、そんな気は毛ほども無かったりすんだけどな。
 そのうち特記事項に書かれたりするんだぜ、『笑顔が胡散臭いです』とかって。ま、それもいいけどね。
 皆守が部屋に戻るのは見送らないで、先に俺は部屋に入った。
 すぐに聞こえてきたドアの音で、皆守が、壁を一枚隔てただけの場所にいるんだってことは、本当によく、分かったんだけど。