風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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4th.Discovery 明日への追跡 - 7 -

 守ると決めた。
 立ち返ると決めた。
 だからもう、迷わないと決めた。
 罠のあった区画は、当然のように静まりかえっていて、もう罠が作動する様子もない。だよな、そう何度も作動してたら誰もここに入れなくなっちまう。宝は、見つけられるためにあるんだから、先へ進めないはずがない。
 問題は、そこから先の区画だった。ノクトビジョンを下げて、熱線視界に入る。そろそろ、罠以外の番人が出る頃だ。
 蹴破るように開けた扉、H.A.N.Tが反応する前に、すでに俺は動いていた。
 部屋全体を支配するくらいに威力を上げた煙幕瓶を、床に滑らせてサソリみたいな化人に当てた。ヒット、瞬間に白煙が上る。
「げほッ、おい、葉佩ッ!!」
「待ってて」
 すぐに、片付けるから。
 動けないでいる皆守を置いて、部屋の中央へ飛び出した。方向を見定められないでいるサソリの頭にベレッタを炸裂させて消すと、体熱反応で他の敵影の大きさを測った。まずは、目の前のでかい腕のヤツだ。
 視界が無いせいで動けずにいる木偶の坊に数発、銃弾を当てる。急所はすぐに見つかった。死人の顔を散らした、悪趣味な腕。結構な至近距離からの連続射撃は、よく効いた。
 斃したと同時に、横から攻撃が飛んでくる。脊椎反応でギリギリ避けたその後に残る、床に叩き付けられた硬質な音。相手の得物は、近接用武器か。
 呻るように聞こえた女の声を頼りに、横っ飛び、後再跳躍。化人の後ろ側に回り込んで、引き抜いたコンバットナイフを首筋に突き立てた。人間なら、即死の動脈への一撃は、でも、化人には必殺じゃなかった。苦しげに呻く女型は何かを無茶苦茶に振り回す。どうやら、腕がそのまま武器のようだ。
 だとしたら、その動きは格闘家とほぼ同じだ。腕と、連動して動くだけなら、怖くはない。
 二度ほど避けたその後、剥き出しの腹部に数発銃弾を叩き込んだ。
 そうして霧散した女型の後ろには、もう一体同じ姿をした化人が構えていた。鞭のような一撃を避けて、落ちたコンバットナイフを拾い上げ、バックステップを踏んだ。どうやら、ナイフの方が効くみたいだと判断して、攻撃の隙をついて体重を乗せてナイフを刺した。
 女型の武器は、近接戦でありながらその実は中距離向けだ。腕の付け根の辺りは、普通の、女性特有の柔らかさを持っている。密着状態、懐に飛び込んでしまえばこちらのものだ。
 引き抜いたナイフを今度は顎から上に、突き上げて。バランスを崩した女型を引き倒し、背中に生えていた硬い突起を引き剥いだ。絶叫。無視。手に取った硬い何かで、叩き潰すように、斬りつけた彼女の頭は、呆気ないほど簡単に消えてしまった。
 そろそろ煙幕が晴れる。残るは一体と、ゴーグルの情報が伝えてくる。熱線の形は、さっきの木偶だ。
 ……いい度胸。皆守のいる、通路に向かっていやがる。そうはいくか。
 ここからだと、丁度背面攻撃になる。跳躍で、一瞬で距離を詰め、斬りかかった。慌てて振り返っても、もう遅い。弱点の大きな腕は二本とも、すっぱり無くなってしまっているのだから。
 そこで、時間切れ。『俺』を隠していた煙幕は、視界が回復するくらい薄くなっていた。
 通路の奥で、皆守が腕で顔を覆いながら、こちらを見た。
「葉佩、てめ………ぁ?」
「もう終わったよーん」
 女型化人から剥ぎ取った硬い塊を肩に担いで笑うと、皆守がものごっつい怪訝そうな顔でこっちを見てきた。あっはっは、信じられない?
「なんか、罠がエグい分、敵はあんま強くないっぽい」
「……ホントかよ」
「だって俺、どこも怪我してないっしょ?」
 無傷生還!ふふん、これなら文句はねーだろ?Vサインして笑うと、皆守も、もうそれ以上何も言ってはこなかった。
 んじゃ、後はここのギミック解除ですねぇ。部屋の隅に宝壺があって、中には秘宝《鼓吹幡旗》が入っていた。で、中央の柱にはいくつかそれを嵌めるっぽい穴が開いてる。
 と、その前に開閉可能な扉と石碑。どっちからいこっか?開くなら、扉、開けてみますかね。
「オープ~ン、て、何だ、ここ」
 思いっきり射撃の構えを取って入ったのに、中にはただ、水が満ちているだけ。
「アロマと混ざって変な臭いが…」
「するする。何、コレ?」
「ああ、潮の香りか」
 水に制服の端を付けてみた。溶けない、って事は、本当に海水なのかね?だってさ、宝壺割ったら、中から出てきたの海藻だぜ?
 石碑も何だか意味不明で、伊邪那岐が禊払いをして神が生まれたとか、それどーしたって感じだったから、もう出ます。だってギミックの類とか、何もねーし。
「そういや、ここ何年か海とか行ってないな」
 皆守が、海水(らしき水)を振り返ってぼそりと、呟いた。
 そっか、日本は島国だから、海ってそんなに珍しくなかったりして?
 俺はあんまり、というか全然海に馴染みがないもんだから、ちょっとだけ、気になっていたことを口にした。
「海、って、マジで身体浮くわけ?」
「は?」
「あ、ヤ、塩分と水の体積量で浮力が出るのは分かるんだけど…」
「……お前、海に行ったことないのか?」
「ないよ」
 それって、そこまで珍しいこと?
「近くに行ったり飛行機とかの上から見たことはあるぜ?でも、入ったことはねーよ」
「へぇ…」
「連れてってよ、今度。つっても、今、秋だし、もう寒いか」
 冗談のつもりで、というか冗談で、言ったんだ。この學園、外には基本的に出られないしね。
 何だけど、皆守は。
「そうだな…そうすると来年の、夏か」
「へ?」
「冬の海も良いが、東京だと汚いし冷たいしで良いことなしだ。やっぱり、海なら夏だろ?」
「ん……うん」
 一瞬先のことも分かんないのに、来年の夏の約束、だって。しかも、果たされる可能性なんてほぼゼロなのに。なのに、頷いちゃってる俺。どうかしてる。でもどうかしてんのは、皆守も同じ。果たせない約束なんて、意味がないのにな。
 部屋から出て、石碑の解読に入る。今度はなんとか理解のできる文章だったから、後はこの秘宝を嵌め込むだけ。
「ヒントは、何だって?」
「花の時に花を持って、だって。つまりは春の花だから、桜柄ポンだろ?」
 それ以外、考えられないから、そうしたらビンゴ。解錠音が聞こえた。
 開いた扉の向こうには、待ってましたとばかりにサソリと女型二人。
 もちろん、構えて突入したもんだから、すぐにサソリは弾け飛んだけど、やっぱり女型には銃弾が効きにくいようだ。
 ……さすがに連続で煙幕瓶は、まずいか。
 二体を相手することを考え、一旦壁際へ引く。腕を引きずるように移動してくる二体を射程距離内に入れて…背中に担いでおいた大剣を、引き抜いた。
 さっきの女型から剥ぎ取った塊が大剣だったのだ。活用しない手はない。
 幅が狭い通路で、一薙ぎしただけで女型は二体とも吹き飛ぶ。だが、まだ死なない。ならばと、振り上げたまま返し刃で一体を刎ね、もう一体が腕を振り上げたところで大剣を放した。
 後は、銃弾の嵐、浴びせれば終わり。ゆっくりと消滅していく敵影を見送ることもなく、ゴーグルを上げた。
 ……やっぱ、視認のが楽!とか思っちゃったりして。
「な?弱いって、言ったろ?」
 皆守を振り返りながら言ったんだけど、うわー、怖い。皆守クンたら戦闘終わるといっつも不機嫌。
「なんだよー、文句ありげな顔」
「……あれが弱いってよりも…」
「も?」
「いや…何でもない」
 うっわー、気になる切り方。何か言いたいことあんなら言えよ?その歯に物詰まった言い方されると気になっちゃうじゃん。
 でも、やっぱり皆守は何にも言わなくて。だからしょうがなく、添え付けられていた梯子を登った。その先はだだっ広い広間に、柱が等配列されてる区画。どこ見ても、柱と像。あー、目が回りそ。
 柱の間を歩いていくと、並んだ柱に、蛇の杖が配置されている。きっと、奥に見える扉は開かないんだろうなぁ。面倒臭。……っと、あれは。
「皆守!あれ!すどりんメモだッ!!」
「どうでもいいが何でお前はそんなに楽しそうだよ」
「だってもの凄い破壊力じゃん?すどりんメモ」
 確かにな、と呟いた皆守の口元は微かに引きつってましたとさ。
「すげぇ!『届け、アタシの二酸化炭素!!』だってさ!ちょっとおい、俺ら、朱堂の二酸化炭素共有してんだぜ!?」
「いや嬉しくないだろ!何喜々として語ってんだ!」
 凄いよ、もの凄い破壊力だよ。俺、朱堂にきちんとカタ付けられるか心配、あはは。
「さぁて、じゃあギミック解除と行きますか」
 不自然に斜度を付けている蛇の杖が怪しい。とりあえず、真っ直ぐに直してみる。なんか、うまくいきそうな感じ、だったけど。
「おろ」
 一個だけ、何かが挟まったように動かない。H.A.N.Tで確認してみると…故障?
「あーーーー、ここのギミック故障多いってんだよ!」
「壊れてんのか?」
「ワイヤーで直せ、だって。持ってねぇよ、そんなもん」
 また大広間まで取りにいけって?クソ面倒くせぇ、なんか代用出来そうなもん持ってなかったっけな…。
「戻るのか?」
「ヤ…たぶん、ワイヤーくらいならなんとかなるかも」
 取りだした、火炎瓶。ロゼッタ式じゃなくて、昔の俺ら流の自動発火式火炎瓶だ。簡易安全装置まで取り付けた優れもの。この蓋のところに、針金を巻き付けてあんだわ。これを流用すれば、なんとかいけそう。
「よッ、と………どう?」
「動くのか?」
「やってみる」
 一応針金で故障部を補強して、杖を捻ってみると。ちょっと危ういながらもなんとか動いた。直角に蛇が斜度を取り戻したときに、解錠音だ。やったね。
 分解した火炎瓶を、なんとか補強して使えるように直して。次の区画への扉を開けたら、そこは真っ暗。同時に敵影をH.A.N.Tが数体確認した。
 視界を熱線に切り替える前に、通路状になった区画の、左手側に火炎瓶を滑らせた。何かに当たれば即発火だろう。それから、僅かに視認した女型化人に斬りかかる。後方で、何かが焦げる臭いと、瞬間的に上がった炎影。照らされて、灯りで俺が確認したのは消滅していく女型の向こうに、もう一体いた事。
 そこで初めてノクトビジョンに切り替えて、まだ動き始めてもいない女型を斬り伏せた。大剣で貫き、壁に串刺した後、数発の銃弾で沈黙。
 皆守の腕を引き寄せて、石碑らしきものと壁の、その隙間に押し込んだ。微かな抵抗と抗議の声は、全て無視した。今の『俺』の判断は、間違ってはいない。
 向かってきた木偶の坊を数発の射撃で消滅させ、皆守を押し込んだ隙間に滑り込む。そこでマガジンを装填し直して、近付いてくる虫の足音を待った。
「おい、いったい、今どうなって…」
「残りは三体。体熱反応から蟲型が二、人型が一、」
 そこで赤い影。狙いを付けて、二挺で集中砲火。
「……蟲型が一、人型が一、通路の、この壁の向こう側だ」
 今までの経験からして化人の増援というのは考えにくいが……念のため、飛び出すと同時に皆守の手も引いた。
 こういう狭く、長い通路のような場所では待伏戦が有効だ。特にH.A.N.Tには、体温感知で敵の場所が分かるという機能付き。闇の中で蠢く虫の居場所さえ、こちらには丸分かりだ。
 角から飛び出し、目の前に迫っていたサソリを撃破。残るは一体。この反応は、あの木偶の坊か。地響きのような足音が迫ってくる。もう数メートル向こうにいるはずだが、あの腕の届く範囲にはできる限り入りたくない。
 角から、腕だけ伸ばしてPCを照射。少し離れた地点で、呻き声が上がった。逆の手に持ったベレッタを撃ちっぱなしにして、足止めをする。飛び出す。距離を詰めずに、連射。
 が、M92FSがすぐに空撃ち。続いて、PC356も。目の前では、今にも倒れそうな木偶が、それでも力を振り絞るかのように両腕を掲げた。ライト、レフトと、まるでフックのように振り下ろされる腕。
「葉佩ッ!!」
 皆守の切羽詰まったように俺を呼ぶ声を、どこか他人事のように聞きながら、振り下ろされる右腕を伏臥して避け、左腕はゼロ距離の間合いに入ることで回避した。
「…甘い」
 そんな単純な攻撃で、俺を殺そうとするなんて。
 木偶の坊の肩に手を掛けて跳ね上がり、飛び越しながら引き抜いたコンバットナイフを、腕と図体の割に小さい後頭部に、突き刺した。
 戦闘、終了。
「ふぃーっ…終わった」
 ゴーグルを持ち上げて汗を拭くフリ。かいてないけど。
 暗闇の中、皆守の気配とラベンダーの香りを辿って角に戻ると、まるで、ここだというかのようにアロマパイプの灯りが。
「……何だよ」
「ほぇ?何が」
「もう…終わっちまったのか」
「ええ、終わっちまいましたとも。だから言ってんじゃん?罠の割に化人弱いよって」
 そう、言ったのに。皆守は、暗がりでもはっきりと分かるような深い呼吸―――溜め息を、吐いていた。
「そういう戦い方は、お前の所属協会で、教えられるもんなのか?」
「そーだよ。戦闘も《宝探し屋》の必須スキルだかんね」
 なぁんてうっそー。一通り、最低限の訓練はすっけどね。これは…我流とでもしておこうか。ロゼッタの、その前なんだ、こういう戦い方を教わったのは。
 ロゼッタ方式が入っているとすれば……相手が化人だから、その分残酷になれるってこと。
「でもさ、俺自体が強いかっていったらそうじゃなくて、たぶんお前と腕相撲したら普通に負けるよ、俺。つまりは、そんなもんなの」
 ベレッタとPCをアサルトベストにしまって、通路の途中にあった扉を押してみたけど…ハイ施錠済み。つまりは、何かしろと。ギミック…さっき通ってきた路にあったっけ?
「葉佩、奥にもなんかあるぞ」
「お。」
 ナイス、皆守。てかこんなに暗いのによく目が利くな。ま、これだけ時間が経てば、目も慣れるか。
「えーっと……何これ」
「俺に聞くな」
 三つ並んだ像なんだけど…。円盤?動かすんだよな?たぶん。で、間違った順番とかでやったらアウトなんだろー?
「これを俺にどうしろと!?」
「だから俺に訊くなっての!」
 そりゃあそうだけどさ。
 うー…、なんか、ヒント!石碑があれば頑張って読むからさ~。
 って、
「あ。」
「どうした?」
「入り口んトコに、なんかあったよな、そーいえば。待ってて、見てくっから」
 てろんてろんと駆けだして、角を向かって真っ直ぐ先。やっぱり見つけた例の石碑。読めるといいんだけどなぁ…。
 H.A.N.Tを持って、口にマグライト銜えて、古い文字を読んでいく。…やっぱコレ、苦手。図書室詰めしたおかげで、前より少しは読むのが楽になった気がするけど、それでも読んでいくと簡単に詰まる。
 単語を検出してって、そこまではなんとかなっても、文章にしようとすると『歴史スキルが足りません』ってな具合。
 ガリッとマグライトを噛みしめて、石碑を睨む。そこに、ひょいっと伸ばされた手。
「っ……んぁ…?」
 いきなり、口元からマグライトが抜けた。傍らを見上げれば、面倒くさそうに立ちつくす皆守甲太郎。ライトを取ったのは、皆守だった。
「ほら。続けろよ」
「……あんがと」
 照らされた光の中で、落ち着けと自分に言い聞かせて、単語だけでも拾い始める。
「左……天照。目、月読命……最後、須佐之男」
 これで、なんとかなるギミックだといいけど…つーか、なんとかなんないと困る。
 それだけをH.A.N.Tにメモって、元来た路を戻った。暗闇の中、隣で何も言わない皆守の、アロマの存在感が妙に気になる。何を考えてるか、分かんないヤツだから特に。
 三体並ぶ像の所に戻って、全部をチェックすると、それぞれが《太陽》《月》《海》を表してるって事が、分かった。太陽は、天照っしょ?月は、そのまんま月読、じゃあ海は、須佐之男でOK?
 生まれた順に並び替えるとしたら、さっき石碑で上から並べられた順?で、あることを祈って。《太陽》《月》《海》の順に、それぞれの像を動かした。
 ……罠とかは、なし。代わりに解錠音だ。
「ほー…、セーフ、っぽいな」
「なら、さっさと出ようぜ、こんな真っ暗なとこ」
「暗闇、嫌い?」
 って、俺、何聞いてんだろ。普通の人間は、嫌いに決まってるのにな。
「……ああ。大嫌いだ」
「そりゃ、長居させちゃってゴメン」
 皆守の言い方は酷く気になったけど、同時にそれ以上干渉させない抑止力もあって、だから、聞かない。
 扉にマグライトを灯して、目を灯りに慣れさせてから、そのままオープン。即、戦闘区画の展開が始まった。通路を抜けた広間で視認出来るのは、木偶の坊三体のみ。けれどゴーグルの中では、赤い点がその他二体の存在を示している。
 最初に、ガスHGを部屋中央に投げた。すぐに引き抜いたベレッタとPCの照準を手前の一体似合わせ、引き金を引いた。僅かに重いPCのリコイルで跳ね上がった腕を、そのままその向こう側に向けた。剥き出しの腕、曝された弱点。人間みたいに、全身武装なんてしてないのだから殺すのにさほどの時間は掛からない。
 二体を始末したところで動き出す、残りのデカブツ。奥の二体はまだ動く気配がない。飛び出すか、待ち伏せるか。奥の二体が女型化人だとしたら、遠距離武装はないはず。ならば、この通路から出ない方がいい。
「葉佩、来るぜ」
「了解」
 残り一発になっていたベレッタのマガジンを落とし、相手が距離を詰めているうちに入れ替える。壁にグリップを叩き付けてマガジンを押し込みながら、PCで木偶の坊をショット。発破のダメージを受けていたのが効いたのか、すぐに消えてしまった。
 残り、二体。もう侵入者には気付いただろう。移動する様子がゴーグルに映る。
「皆守、悪い。背中の大剣抜いといてくれるか?」
「あ、あぁ」
 サブマシンガン用のホルスターで無理矢理背負ってた大剣が無くなった分、背中が軽くなる。俺は前を向いたまま、通路の角まで後退。部屋には、予想していたとおりの女型化人が入ってきたところだった。通路に誘き寄せれば、一体ずつ相手をすることができる。
 近付いてくる彼女たちを交互に撃って、ダメージを蓄積させる。一体が、通路に入った。
「皆守!」
 後ろに声を掛けると同時に、手渡される大剣。逆手で受け取ったそれを握り直して、振った。吹き飛ばされた女型は、後ろの一体にぶつかった。その衝撃で被ダメージ増加。前にいた女型は、消えていった。それを確認するまでもなく二太刀目。後ろの女型はノックバックして、また距離が空いた。拍子に、弱点の腹部ががら空きになる。そこに、体重全てを乗せるように大剣を突き刺した。
 女性の声で、断末魔。あんまり、気持ちの良いものではない。
「これで…全部かね?」
 H.A.N.Tは戦闘区画の解除を済ませていた。手に、僅かに『人』を斬ったような感覚が残るのが、ちょっとヤだ。化人が消えていった残像を消すように頭を振って、ゴーグルを持ち上げ、皆守を振り返った。それは、手が伸ばされたのと同時で、皆守の、アロマパイプを持っていない方の右手が、俺の髪を柔らかく、掻き分けた。
 当然、反応なんて思いっきり遅れて、ビビったものの、避けることが出来なかった。
「薬……飲んできたのか?」
「え?ぁ、あー………うん」
「そうか。じゃあ、早く帰ろうな」
 何?なんなの、いったい…。皆守が変だ!知らないウチに神経性のガスでも散布されてた?、まさか、俺は正常だし…。
 皆守はそのまま俺の髪をくしゃくしゃにすると、ゴーグルを軽くコンコン叩いて通路から広間に出た。その感覚が、予想外に心地良かったことに驚いて、俺がその背中を見ていると。
「離れるなよ」
 皆守が振りかえる。
「な、何で…」
「怖いから」
「えー…」
 嘘臭!皆守が怖いなんて、へー、そんなもんこの世に……あー、あったっけ。
 人が、死ぬことか。それが怖いって意味だったら分かるけど…俺は今、ここでは死ねないよ?
「おい、葉佩」
 先を歩いていた皆守が、立ち止まる。駆け寄ってみると、そこには例の黄金の扉が。
 しかも、ご丁寧にこりゃなんじゃ?鍵の周りで、電気の皮膜みたいなのがバチバチいってる。触ったら、指とか吹っ飛びそう。
「今回は鍵が二つ必要そうだな。配置とかも関係あるのか?」
「とにかく、このプラズマっぽいの、何とかしないと…」
 誂えたように…つーか誂えたんだろうけど、すぐそばに石碑があった。
 今回のは、そんな難しくはなくて、俺でも何とか、解読可能。
「天宇受売命は言った。『我が踊れば、天照大御神様は自ら戸を開かれます』。天手力男神は岩戸の横で待った……って、天の岩屋戸の話かー」
 いつだったか、七瀬ちゃんとこの神話の話をしたっけ。確か、山の名前が天香山だ。
「あの像じゃないのか?」
 部屋には二つ、男神像と、女神像。たぶん、片方が天手力男神とかいうので、もう一個が天宇受売命なんだろ?近付いて確認すると、ビンゴ。
「さて、この像をどうしようか?」
「そこの扉の前にでも引っ張ってったらどうだ?天照は、自ら戸を開けるんだろ」
「ほほーぅ♪」
 見れば床には、いかにもな四角と丸のマークが。とりあえず、ごりごりと天宇受売命の像を丸の位置に収めてみたんだけど。
 天手力男神を動かそうとしたときに、H.A.N.Tからエラー反応。摩擦抵抗が強くて、動かないんだと。
「ラード、もしくは植物油?」
「こんなところでお前がその重装備なベストから植物油を出したらたぶん俺は驚くと思うが…持ってるか?」
「大丈夫、持ってないから」
 ただ、こんな物は持ってたりしてv
「要は、油の類だったら何でも良いんだろ?」
 だったら、じゃじゃーん、火炎瓶第二弾。中にはたっぷり、ブレーキオイル入り。プールで拾った浄水剤との化学反応で、時限式発火装置にもなる優れもの♪
「滑れ滑れ、っと…」
 瓶の中からブレーキオイルを出して像の周りに撒いた。これで、動くはず。
 思った通り、動いてくれました!で、四角のトコに置いて、女神像の方を向ける。すると、プラズマはふわっと、霧散して消えた。罠、解除だ。
「あとは鍵だな」
「二つ。あー、宝壺はっけーん!」
 部屋の奥の宝壺からは、《八咫鏡》をゲット。でも、鍵は二つ必要。つまりまだ、どっかに隠れてるって事。
 部屋の奥には、まだ区画があって、三部屋のうち、一つが魂の井戸、一つは施錠された扉、一つは開閉可能な扉。弾丸補給のために、俺らは魂の井戸に入った。足りなくなった爆弾とかも、補充。今日の俺は爆弾魔な気分。
「うーっし、行こうぜ。それとも待ってる?」
「行くに決まってんだろ。お前だけ行かせて帰ってこないなんて真っ平だ」
「なーんだよ、信用ねぇなー。俺、そんな弱そう?」
「そう言う問題じゃない」
 さいですか。もの凄い引っ掛かるけど、気にしないようにしよ。
 途中でいくつか宝壺を開けて、一番端の開閉可能な扉を開けると、そこには赤赤赤。サソリの団体さん、おなーりー。
「団体さんのお出ましだ。多分、こういう蟲は頭を狙うと…」
「それよりこっちだ」
 部屋の角に皆守を追いやって、部屋の中央にガスHGを投げた。発破の瞬間、皆守に覆い被さる。熱風が背中を襲う。アサルトベストを来てなければ、火傷していただろう。
 だが、怯んでる暇はない。まだ直撃を免れた生き残りがいる。ゆっくり近付いてくる蟲共の頭に狙いを定めて交互に銃を連射させていった。攻撃を受ける前に一掃させて、フィニッシュ。
 背中に残る熱が、自分から発せられたものなのか、熱風のせいなのか、もう区別も付かない。吐く息が熱いのは…肺に爆風を吸い込んだからだと、思いたい。
 噎せるのだけは我慢して、ゆっくり数回、深呼吸をした。
 部屋の中を見渡すと、妙な台が五つ。並んで置いてある。
「あとは、これ、か…」
 皆守のいる、部屋の隅。そこには宝壺が置いてあった。割ってみると、中からは秘宝が出てきた。《伊邪那岐神の汚れ》だってさ。これを、どーすんだろ?あの台に置けばいいんかね?
 奥にあった石碑は、全然、どうにも解読不能で、単語すらほとんど検出できねーでやんの。参った。
「上…?下……なんのこっちゃ」
 分かんないのは、危険が伴うワケで。戦闘中、発破した時に開いた壁の穴に入っててもらおうと皆守を呼んだ。
「あのさ、危ないからここ、入っててくんない?ヒント、解読できなくってさ…」
 こういうこと言うと、皆守は絶対怒るんだわ。自分はどーすんだ、とか言って、ぎゃーって。
 ……怒る、かな、って思ったんだけど。
 意外や意外、いつも通りの怠そうな感じで、するっと小部屋に滑り込んだ。で、崩れかけた壁に寄り掛かってラベンダーをぷかー。
 あ、あれ?いいの?いーんだね?なんか、怒られないのが変な感じってのもなかなか変な感じだな…。
 そうやって皆守の視線を背中に感じながら、とりあえず、一番扉側の台に秘宝を置いた、その瞬間。直感は一瞬で身の危険を察知していた。ほぼ同時に、覚悟していた痛みの代わりに、背中に鈍痛。
 なんか、天地逆転しちゃってて、あっちの壁にいたはずの皆守がいつのまにか俺の上に覆い被さってて、詰まるところ、俺は床に寝っ転がってるワケで。
 状況的に、どっかで罠が作動しただろう、ってのは分かる。分からないのは、罠の弊害を受けてない俺と、俺を押し倒しちゃってくれてる皆守クン。
「ったく……」
「ご、ごめん…」
 ゆらりと身体を起こした皆守。後頭部から手を外されたせいで、床とごっつんこな俺。
 立ち上がった皆守は、近くの壁に刺さっていた棒を引き抜いた。それは、矢。たぶん、発動したトラップの正体、だ。それを投げ捨てて、皆守は、何も言わずにさっき立っていた壁のところに戻った。
「あ、あのぉ…」
「続けろよ」
 そう言って、皮肉気に首を傾げる。さっさと、やったらどうだ?ってな感じで。
 その視線、怖い。たぶん、次に失敗しても皆守は俺を庇うつもりだ。でも、次に皆守が無傷でいられる保証がどこにある?どこにもねーじゃん。
 秘宝を台から取り去ったまま、皆守から目を離せないでいると、ヤツは俺に滅茶苦茶不機嫌そうに言い放った。
「何だ?文句でもあるのか?」
「……手ぇ、出さないでくれる?」
「断る」
「何で」
「自分に聞いてみろ」
 頭の良い馬鹿ほど扱いにくいもんはないって言うけど…こいつもそれかも。俺、頭悪いから論理戦じゃ絶対勝てないもん。自分が言ってることとやってること、矛盾してんのは分かってるし。
 でも、嫌なんだって。自分の痛みは、自分が我慢すればいいだろ?でも、自分のせいで他人に与えてしまった痛みは、どうすればいい?俺は、その痛みを変わる術を知らないんだよ。
「泣き落とししても、ダメ?」
「駄目。俺が傷付くのが嫌だって言うならな、まずお前が傷付くな」
 嗚呼、トドメの一言。しょうがないから、俺は台に向き直った。
 絶対間違えることはできない。だったら、必死で考えろ、俺。上が、駄目だった。あと、下がどうたらってのは石碑から読み取った。ここは賭で、良くも悪くも傾かない中庸を狙って…息が詰まりそうになりながら、秘宝を置いた。
 ……何も、感覚は危険を察知しなかった。
 その代わりに吹き出した紫色の煙…?同時に、どっかの鍵が開く音。それから、後ろから、どこかほっとしたように息を吐く気配。
 なんだよ、そういう態度、なんか……心配されてる気がしちゃうじゃん。
「随分、毒々しい色だな」
 隣に並び掛けていた皆守が、物珍しそうに台を覗き込む。
「…紫色が好きな皆守クン的にはどうですか」
「こういう紫はあんまり好きじゃないな。ほら、行くぞ」
 もうここには何の用もありませんてな感じで、皆守が俺の襟首を掴んだ。そのまま掴んで引きずられてくのかと思ったら、違う、首もと辺りに手を当てて、促すように押すんだわ。
 開いてたのは隣の部屋。そこで、呆気なく秘宝を手に入れて、二つ揃った秘宝を、黄金の扉に着いている鍵に填めた。
 鍵が、開く。
 けれど、その前に魂の井戸に寄ることにした。銃弾、爆弾の補充、その他諸々。
 それから。
「何やってんだ?」
「さぁーて、何でしょう」
 正解は、ね。
「ぐッ……!?」
「おやすみ…でもない、か」
 肩先と腰、二箇所の点穴。筋肉硬直させるヤツ。
「ごめんね、皆守。すぐ、動けるようになるから、お留守番ヨロシク!」
「て、め……」
 壁際にずるずるとしゃがみ込む皆守。縫工筋の硬直だと、たぶん数分で治るよ。それまで、我慢しておくんなまし。
「ほんじゃ行って来まーす」
「葉佩ッ」
 扉を出掛けて、呼ばれて。振り返って。見下ろした。
 皆守を守る方法。
 絶対な安全は『戦わせないこと』だ。
 俺の傍にいなければ、戦いに巻き込まれることだってない。不慮の事故で、死ぬことだってない。
「俺ならヘーキ、大丈夫」
「そうやって……そうやって突っ走るお前はな、ただの自己中なんだよッ」
「知ってる」
「で?俺らは、ただのお荷物なワケだ」
 皆守の目が、めっちゃ怖い。キレてますがな、これ。
「違うよー、まさか!そんなんじゃなくて、」
「じゃあ何だってんだ?」
「んー…強いて言えば……理由だよ」
「理由?」
「俺が……戦うための」
 だから、それが嫌だったらさっさと俺のことなんて嫌いになってね!
 言い残して、魂の井戸を出た。あーあ、帰って来たら(来れたら)殴られるじゃ済まないね、こりゃこりゃ。
 でもさ、それで俺もあいつも傷付かないんだから、イーブンですよ♪
 というわけで、葉佩九龍、推して参る!ってね。