風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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4th.Discovery 明日への追跡 - 3 -

 昼休みの間中、夕薙とうんうん唸りながら本と睨めっこしてたんだけど。
 途中で、夕薙は調子が悪くなったとかで保健室行っちゃったんだ。なんか、ホントに調子悪そうで、やっぱ、あんなにガタイが良くても身体弱いんだなーって納得。しゃーないから、一人で教室に戻ると、何だよ、皆守まで戻ってきてねーでやんの。
 ……もしかして、マジに具合悪かったんかな…。嫌味とか言わないでさっさとカレーパン渡しときゃー良かったって、今頃後悔。ゴメンよ、カレー王。
「……というように黄泉の国から戻った伊邪那岐神が禊祓をしたことによって、天照大御神、月読命、そして、須佐之男命の三貴子が誕生することとなりました」
 午後の腹が弛んだ時間、雛川センセの柔らかい声は絶好の子守歌。小テストが終わってからずーっと、船漕がないように必死だったっての。危うく机にヘッドバッドだぜ?こんな感じで夜も眠くなればいいのになー、とか思ってたら、そこでチャイム。同時に眠気も飛ぶんだから、ホント現金だよな。
 でも、マジに疲れてるみたいだ。授業、ただ聞いてるだけなのにやたらにボーッとする。集中力欠落状態って感じ。
 んー、と、でっかく伸びをした俺の所に、授業を終えた雛川センセがやってくる。
「葉佩君」
「ほぇ、なんでしょか?」
「どう?授業で分からない所はない?あれば、どんな小さいことでも先生に訊いてね?」
 そう言って、先生は小さく微笑む。
「どーもっス!もう、センセになら何でも相談しちゃいますよ、俺」
「ふふふッ。遠慮しないでいいからね。いつでも、職員室に勉強や學園のことを訊きにいらっしゃい」
 それよりも、もっと個人的なことが訊きたかったりして。
「じゃ、センセ、スリーサイズ教えて下さぁい」
 って、俺だってもちろん冗談だったんだけど。雛川センセの目はマジでした。
「……分かったわ。葉佩君にだけ教えてあげる。絶対誰にも言わないでね?」
 え?えぇ!?つーか、マジで教えてくれんの!?
「そんな勿体ないこと、他のヤツらに教えるワケねーじゃねぇっスか!」
「…葉佩君ったら。上からB85、W59、H89よ」
 おぉー!ナイスバディ!センセ、背も高いし、日本人からしたら相当スタイル良い部類に入んねーか?美人だし、何でこんな辺鄙なとこで教師やってんだよ…。
「あ~、顔が熱い。恥ずかしいわ……もう」
 ホントに恥ずかしいらしくて、顔、真っ赤になてんの。可愛いなぁ。
「え、じゃ、じゃあ、センセって、何で教師になったんスか?」
「それは…私が高校生の頃、担任だった女の先生がいてね。とても生徒思いで、どんな時でも私たちを信じて守ってくれていた」
「へぇ…」
 今時、そんな教師がいるんだねぇ。日本、ステキ。
「その時は、まだ学生だったから分からなかったけど、自分よりも他人のために何かできる人っていうのはすごいな…って」
 自分よりも、他人のため…か。そんな事する人間は、よっぽど相手を大切に思ってるか、もしくは、自分なんてどうでもいいと考えてるか。その二通りだと思う。ま、どちらにせよ守りたい物を抱えるってのは、それだけ重くなっちゃうってことで、つまるところ、しんどいわけだ。
 センセの言う『先生』は、一体どっちだったんだろーな。
「私もいつか、そういう風に他人のために何かできる大人になりたいって思って」
「それで、教員?」
「ええ」
 ……ご立派。雛川センセは、きっと、相手のことを大切に思える人間だから。羨ましいと思うよ、この學園の生徒が。つっても今は、俺もそん中の一人なんだけど。ま、根本が違うからねー。
「それじゃあ、寄り道しないで真っ直ぐ帰るのよ?最近、不審者が目撃されているっていう報告が出ているから」
「はぁ~い」
 つーか、學園敷地内で不審者っすか?すげぇ不審者だな、ここに忍び込むなんて。
「くれぐれも人気のない墓地の方へ行ったり、夜中に出歩かないようにね」
「……はぁ~ぃ」
 うわー、夜中に墓地に行ってる俺はもうダメですか?もしかして、そんなとこうろついてっから、俺が不審者だと間違われてたりして。ホント、出歩くときはもうちょっと注意しよ。
 雛川センセに気付かれないように、ちっちゃく息を吐き出したとき、今度は別の声に振り向かされた。
「先生。こいつは、忠告に素直に従うようなタマじゃないですよ」
「ダンナ!!」
「葉佩、あまり先生を困らせるなよ?」
 困らせてなんかねーもーんだ。センセの前ではちゃんとイイコ、してるって。
「夕薙君、体の具合はいいの?」
「えェ、まァなんとか。先生の授業を受けたくてね」
 巧いなー、ダンナ。さすが年上、のせ方が違う。センセも顔を赤くしてる。
「だが、少し遅かったらしい。すいません、間に合わなくて」
「一緒に勉強したんになぁ」
「あまり無理しないでね。身体を壊したら、勉強どころじゃないんだから」
 のわりに、出席は結構厳しい雛川センセだったりして。
 夕薙は、「ご心配かけます」と大人っぽく笑ってから、ぐるりと教室を見回した。
「そういえば、皆守の姿が見えないようですが。また、サボりですか?」
 また、だってさ。ププッ。さすがサボリ大王。
 でも、まだ戻ってきてないって事は、調子、戻ってないって事だよな?
「昼休み前に気分が悪くなったみたいで保健室で休んでいるの」
「メシは食えてたっスよ?」
「さっき瑞麗先生に様子を聞いたら、何か寝言で「カレー星人が~」とか言いながら魘されてるって…大丈夫かしら?」
「………」
 何も言わず、夕薙と顔を見合わせる。
 だ、大丈夫って…大丈夫なんだろうけど、なんか、大丈夫じゃない気がする…。
「ま、まぁ、大方夜更かしでもしてテレビでも見ていたんでしょう」
「異星人信じてないとか言いながら、案外ビビってたりして」
「あいつ自身がカレー星出身だという可能性も考えられるがな」
「言えてるー」
 げらげらあはは、と笑い合う俺と夕薙だけど、雛川センセはあくまで心配げ。
「だと、いいけど…」
 それって、皆守がカレー星出身だったらいいって意味ですか?げらげら。
「それじゃあ、私は職員室に戻るけれど…二人とも身体には気を付けてね。あと不審者を見つけたら捕まえたりしようとしないで先生に知らせてちょうだい」
「ラジャりました」
「分かりました」
 センセが教室から出てくのを、ぼへーっと見送ってたんだけど。夕薙はセンセの後ろ姿を見ながら、呟いたんだ。
「……正に、呪われた學園に咲いた一輪の花だな」
 なんつーか、さぁ?皆守といい夕薙といい、ちょいとばっかし皆さん詩人と違う?俺、そんなステキな脳味噌持ち合わせてねーなぁ。
「だが、世の中にはああいう花を手折ろうとする愚かな連中もいる。ただ己の保身と私欲のためだけに」
 夕薙の口調は、厳しかった。そして、視線も、言葉に込めた思いも、多分重くて厳しかったんだと思う。
「そんな奴らは、この世から根絶やしにされるべき存在だ。そうは思わないか?」
 頭ひとつと半分、それくらいの高さから見下ろされて、逆に見上げる夕薙の目。何かを、重く胸に淀ませている、そんな色。
 根絶、そんな言葉を使っちゃうんだから、さ。
「消えたら、いいだろーね」
「そうだ。一人残らず消えてしまえばいい」
 でも、できない。根絶は不可能だって、昔思い知らされたもん。全部消したと思ったのに。どこからでも、湧いてくる。もう、ね。蔓延っちゃってるから。根絶不可。
 夕薙はしばらく俺のこと見てたけど、自分が過激なこと言ったのを思いだしたのか、首を軽く振って肩を竦めた。
「…変なことを聞いてすまない。ちょっと昔を思い出してな……」
「ん…」
 ダイジョーブ。俺も昔に浸ってみましたから。
 それ以上、俺は何も追求する気はなかったんだけど、夕薙にしてみれば探られたくない過去なんだろーな。すぐに、話題を変えてきた。
「そういや……昼休みに図書室で面白い噂を耳にしたんだが、君は聞いたか?」
「うんにゃ。だって、図書室に行ってすぐ、ダンナとおベンキョしたじゃん」
「ははっ、そうだったな。その噂というのは、大分前に同じクラスの奴が俺に教えてくれたのと同じ内容だったが――――何でも、この學園に伝わる怪談で、『二番目の光る目』と呼ばれている話らしい」
 二番目の、光る目…。一番目は、確か音楽室の幽霊だったよな?まったく、怪談好きだね、このガッコ。俺、イマイチ怪談の系統好きじゃないんだよなー。なんか、ヤ。
「『二番目の光る目』とは、寮で起こる怪異のことだ」
 そっから夕薙の話したのは、なんとなく、今朝の異星人の噂と被った気がした。
 真夜中、部屋で寝てるといきなり窓の外が光って、そこには巨大なふたつの目があるんだと。で、部屋ん中覗いてて、しかも目が合ったら焼かれちゃうって。壁にはそいつの影だけが黒く残る、って、原爆の資料で見たぞ、そんなの。
「実際、この學園では何人もそうやって消えている者がいるらしい」
「おー、怖」
「失踪の理由として生徒たちが作った噂話というだけなら、どうという事はないが…」
「それを、ここの人たちは噂だけにしないんだよなー」
 俺からしてみれば、そっちの方が怪異だっての。
「そうだ。俺はただの噂だと思ってるがな。この世に、人を焼き殺す目など存在するわけないと思わないか?」
「あったらヤだろ!?普通に困る。てかさー、このガッコ、なんなの?みーんな、それ、マジで信じてんのかね?」
 俺が知ってんのは、そういう噂は面倒くさいで片付ける皆守と、面白がって興味津々な八千穂ちゃん、やけにその話に現実感を持たせるのは七瀬ちゃんで、目の前の夕薙はそんな噂は鼻にも引っ掛けてない。やっぱ、噂を信じてビビってるなんて奴、俺の周りにはいないんだよな。
「……消えた生徒と、まるでそれを予期したかのように都合よく広められた噂。出来すぎた話だ」
「つまり、意図的だって、思ってる?」
 俺の問いに、夕薙は意味ありげに笑ってみせるだけ。
「一年前、この學園に俺が転校してきてから今日までに聞いただけでも、そういった類の話はかなりある」
「二週間前に転校してきた俺でさえ、呪いに耐性着きそうだもんな、ココ」
 そういう意味では、確かに呪われた學園かも。みんながみんな、オカルトで呪い好き?そんな学校、ヤダよ。
「そういう噂の中で一番多いのが、やはり寮の裏手の墓地や、學園の歴史に関するものだ。君は、もう墓地に行ってみたか?」
 うーーーーん、と…。ゆ、夕薙さん、ドコまで知ってらっしゃってそういうことを聞くんですかね?もー。みんな感付きすぎ、つーか俺、用心し無さ過ぎ…。
「……行くだけね。行ったことは、あるよ」
「そうか。何か怪しい物を見つけたか?」
 あのさー、ねぇ、もう、分かってんだろ!!?クソぅ!!
 絶対夕薙、なんか知ってる。この状況って、もしかして俺、試されてる?普通だったら、情報の漏洩なんて以ての外だけど、あー、一体俺は、誰をドコまで信用すればいーんだろ?
 ……って、自分だけ、か。
「墓地ってだけで、十分あやしーだろ?あそこ」
「実は、俺も夜中に墓地へ行ったときに奇妙な光景を目撃した。数人の生徒が墓地に集まって何かを話してるのさ」
 それって、俺と、皆守と、八千穂ちゃんとか取手とか椎名ちゃんだったりしてー、あはははは。
「話している内容は聞き取れなかったが、何故、生徒が真夜中の墓地にいるのか……」
 それはね。墓地の下に変な遺跡が広がってるのを見つけて、潜ろうとしてたんだよー、なんて言えるかヴォケェェッ!!ってなイキオイ。
 でももし、俺たちじゃなかったとしたら?今まで、俺があそこで会ったのは、墓守のじいさんくらい……あ、どっか建物の上から俺のこと見下ろしてたヒト、いたな、そういえば。でもそんだけだぜ?他には会ってない。
「あ、あのさぁ?ダンナ…」
 って、タイミングよくチャイムに邪魔されちゃったりして、また景気悪く遠き山に日が落ちる、って。
「下校の鐘の音か。今日も日が暮れる……」
 にわかに教室中が慌ただしくなる。あと数分すれば、全員この校舎からいなくなるんだ。考えてみれば変な話だけど…みんな、それに従ってる。生徒なのに、学校にいちゃいけない。同じ敷地の中なのに、校舎と墓地は立ち入り禁止区域になる。そんな、夜。
 やっぱちょっと、呪われてねーか?色んな意味で。
「葉佩」
 夕薙が、次々と教室から出て行くクラスメイトを見ながら、俺を呼んだ。
「生きてこの學園を出たければ誰も信じるな」
「へ…?」
「それじゃ」
 生きて、この學園を出たければ……って、今言ったよな?
 普通の学校って、単位取れれば卒業だろ?なんだよ、その不吉な言い方。しかも言い残して勝手に去っちゃうし。おいおい、頼むぜ。変に謎を広げてくなよなぁ?
 あー、ホント、何でこんな学校来たんだろ、俺。仕事だって分かってるけど、こんなとこが回ってくんだからやっぱ、運悪い。
 ……そんな運の悪さを吹っ飛ばす、幸運の女神様が、なにやらお悩みの様子だったよな。八千穂ちゃんに呼ばれたらしょーがない。行っちゃいましょうかね?
 人気のほとんど無くなった教室を出て、階段を降りていくと、昇降口で見つけたのは、昼休みぶりの皆守の後ろ姿。
「おっつー、皆守、お加減いかが?」
「葉佩…」
 うわ、今こいつ、うるさいのが来たぞ的な顔したぜ?酷ぇなぁ、おい。
「そんな嫌そーな顔しなくてもいいだろ?」
「…別に嫌がってるワケじゃねぇよ」
「へー」
 どーだかね。どーせ俺なんか?体のいいパシリだし?実は結構、根に持つタイプだから。しつこいよ、俺。
「あーあ、心配して損した」
「お前に心配されるようなことがあったかよ」
「だって、昼休みからこっち、ずーっと保健室で寝てたんだろ?大丈夫なのかよ。雛川センセから聞いたぜ?カレー星人に誘拐される夢を見て魘されてたって」
「誰がだッ」
「お前。」
 他にいねーっつーの。
 並んで玄関へゴーしながら、皆守はなんか、ちらちら俺を見下ろしてくる。……何?
「そんなに、見惚れるほどいい男ですか?いやん」
「……阿呆。そうじゃねぇよ」
「じゃ、何?」
 皆守が、立ち止まる。
 人気のない昇降口で、夕陽で二人っきりで放課後で?これで相手が八千穂ちゃんとかだったらものすんごくナイスなシチュエーションなんだけどな。男同士じゃ、ねぇ?
「お前、八千穂に呼ばれてんだろ?」
 アロマパイプを持った手が影を作って、皆守の表情を翳らせてるように見える。
「おう。なんか、相談があるって」
「俺も、保健室で寝てるときにメールで呼び出しくらってな。無視しても良かったんだが、あいつは後がうるさそうだからな」
「んじゃ、お前行かないんな?だったら俺は、八千穂ちゃんとランデブーしちゃうぜ?」
 皆守って、実は結構八千穂ちゃんとイイ感じだと思ってたから、そう言えばちゃんと行くかなって、思ったんだけど。
 どうやら皆守は、八千穂ちゃんどうこうじゃなくて……俺のこと、心配してるみたいだ。
「…具合悪い時に、無理に付き合うことはないぞ」
「はぁ?」
 何、言っちゃってんの?
「朝から、様子が変だったのはそっちだろ?」
「朝から…って……」
 いきなり朝っぱらから大声上げて皆守の安眠妨害した事でも言ってんのかな、と思って、すぐに違うと思い当たった。教室で皆守が伸ばしてきて、触れた手。やっぱり、見抜かれちゃってんのかな、調子悪いってこと。
 でも、それでも。俺は、平気、大丈夫だって、笑わなくちゃ。誰からも干渉されず、介入も許さず、個を限りなく薄くしなくちゃいけないから、いつでも平常だと周りに思わせて、異常を見抜かれるようなヘマは絶対にしたくない。
「大丈夫だよ。全然平気。元気だぜ?俺」
「……そうかよ」
 たかが日本の高校生、ってなめてたかもしんない。皆守は、普通の高校生にしては異様な洞察力を兼ね備えてる。《宝探し屋》だってバレたのだも、もしかしたら必然かも。
 今だって、思いっきり疑り深い、怪訝そうな眼で俺のこと見てる。
 だから、その目から逃げて、話題を変えた。
「お前さ、俺の心配とかするくらいなら自分の面倒見ろよ?夕薙のダンナが、お前が教室にいないからって寂しがってた」
「大和が?まさか」
「雛川センセも心配してたし、もう皆守クンたらモテモテ!」
「言ってろ」
 わずらわしげに吐く、ラベンダーの煙が。夕陽に焼かれて、白く燻っていた。
 その向こう側の皆守の目が俺から逸れて、歩き出すまで、何故か俺は動けなかった。