風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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4th.Discovery 明日への追跡 - 2 -

 授業が終わる、その瞬間が勝負だ。
 教員が教科書を閉じたのを合図に週番が「キリーッレッ!!(起立、礼)」つって、今度はそれを合図にダッシュ。
 今日はツイてる!四限本来の終了時刻二分前に授業が終わった。3-Cの教室から雪崩れるように人が出て行く。それから後は、ただひた走るだけ。
 売店は一階。普通に考えれば二年とか一年が有利なんだけど、三年の奴らはやっぱ違う。年季入ってるねぇ。廊下のコーナー、突っ込み方が違う。上履きをまるでバッシュのように呻らせて、猛スピードで階段を駆け下りる。
 途中で3-Aの教室を覗いてみたんだけど、あれ?取手がいない。椎名ちゃんはいるんだけどなー…あ、気付いた!わーい、手なんか振っちゃったり。
 そうこうしてる間に、暴走集団はもう結構先に行ってたりして。これじゃー、負けちゃうなぁ。それはちょっと、困るわけで。
 俺は、三階の窓を、開けた。後ろを走っていく奴らが何事かって見てくけど、まぁ見てろ。
「ほッ」
 そこから、飛び降りた。後方大騒ぎ。そりゃ、いきなり生徒が三階から落ちたらな。
 うん。でも、落ちた、ワケじゃなくて降りたんだ。二階からちょっと飛び出したコンクリの庇に着地して、体勢が崩れないうちにもう一跳躍。今度は一階の庇で、ラストジャンプ。ほいっとな。
 それで、あっと言う間に一階にとうちゃーく!!
 売店に駆け込むと、まだ人影は無し!!いぇーい、またまた一着♪
「なんじゃ、またお主が一番乗りか」
 境のじいさんとも、そろそろお馴染みなこの会話。
 そう、授業が終わってからほんの数十秒。その間に繰り広げられるパン争奪戦が、この学校での一番の試練、てワケ。
「どーもぉ。てなわけで、カレーパン…」
 一つ、って、言おうとした瞬間にポケットのH.A.N.Tが震える。こんな時に何だよ、と思いつつ、開いてみると。
 それは保健室でダウンしてるはずの皆守からのメール。
『腹減った…』
 はい?
『今、保健室で寝てんだけど、腹減った。というかカレーパンが食いたい』
 何?
『どこかに俺の願いを叶えてくれる神様はいないもんか』
 ………。
 それは、つまり、メシを買ってこいと。しかもカレーパン限定だと。俺にパシれと。
 そう言うことだな。
「……ざけんなぁぁぁッ!!」
 全校欠食生徒たちの聖戦を潜り抜けた者のみが辿り着ける売店のパンを!!何の苦労も無しに手に入れようってか!?なんて太ぇ野郎だ!!
「ぜってー、買ってやんねー。つーか何で俺があいつのためにパシらにゃならんね…」
「ぶつぶつとひとりで気味の悪い奴じゃな。結局何を買うんじゃい」
「だから、カレーパン……」
 後ろから、バタバタと足音が聞こえてくる。律儀に三階から階段を使って下りてきた奴らだ。そいつらが辿り着いたら、ここは本物の戦場と化す。完全な弱肉強食、弱ければ踏みにじられ、強い者だけが生き残ることのできる世界。友情も信頼も、全てが意味を成さぬ場所、人の心はただ荒涼。
 そんな、戦いだ。
 俺は勝利するぞ。けど、戦いに参加しない者は、最初から勝利の権利は与えられてない。神でさえ、その暗黙の了解を破ることはできない……。
「…カレーパン……」
 俺は、売店の扉のすぐ向こうに大挙する気配を感じながら、意味もなく拳を握りしめた。

*  *  *

「……………」
「おッ、葉佩!!俺からのメール、読んでくれたんだな?」
「……………」
「それじゃあ……早速だが、例のブツを渡してもらおうか」
「……………」
 保健室、である。
 皆守甲太郎、である。
 催促、である。
「……………」
 とりあえず俺は、全力ダッシュと、戦場から抜け出すことで体力を使い切ったらしく、まだ心臓がバクバクいってる。動くたびに頭が妙にぐわんぐわんするのも、きっと酸素が足りないからだ。んで、目の前で平和面晒してる皆守に殺意が湧いてるのも、たぶん同じような理由からだ。
「……………」
「葉佩?」
「………取手ー、いる?」
 目の前の男を無視して、その向こうのカーテンに声を掛けてみる。さっき教室にいなかったから、こっちにいるかなーと思ったんだけど。
「ぁ……葉佩君」
 やっぱ、いた。ベッドから起きあがって、カーテンから顔を覗かせた取手は、今日もなんだか顔色悪げ。俺は取手のベッドの脇に移動した。
「おっつー。今日も調子悪いん?」
「そうでもないよ。ただ、ちょっとまだ頭が痛くなることがあって」
 後遺症ってヤツ?なんか、やっぱ大変だな。でも、今日は俺も頭痛持ちだから痛みが分かって共感共感。
「そだ。お前、昼飯ある?」
「いや…」
 俺は抱えていたビニール袋の中から焼きそばパンを出した。それを、取手に渡す。
「戦利品!お裾分け」
「えッ!?でもこれ……あの争奪戦の中で手に入れたものだろう?」
 取手みたいなヤツでも、あの聖戦のことは知ってるモンなんだな。
「いーの。俺、最近ずっと勝ちが込んでるから。それに焼きそばパンは食わないし」
 そこまで言って、ようやく取手は俺からパンを受け取った。んで、はにかんで、「ありがとう」って。
 可愛いなぁ、取手。大好きだ♪こういう態度だったらさー、頼まれなくてもパン買ってやろう、って話になるよねーぇ。
「おい、葉佩」
 後ろから声が聞こえるけど、無視無視。
「でも葉佩君は…」
「ダイジョーブ!ちゃんとカレーパン確保済み。今日は大変だったんだぜー?ウチのクラス、授業終わるの遅くてさ。俺の超絶スーパーショートカット使ってもカレーパン、一個しか手に入んなくって。稀少な一個だぜ」
 わざと、聞こえるように言ってから、袋を破ってかぶりつこうとした瞬間。
「葉佩ッ!!」
 襟首掴まれて、思いっきり引っ張られて息が詰まった。んでもって羽交い締めにされて、キレイに首に十字が決まる。
「お前、俺を飢え死にさせる……ん、ぐッ」
 絞めてきた皆守の口に、カレーパンを突っ込んだ。アロマパイプ銜えてなくて良かったな、フンッ。
「む…?」
 皆守、眉間に皺。何が起こったか、把握できてない模様。
「……ったく、人をパシリに使いやがって、一生懸命走ってさ、窓から飛び降りてさ、結構アクロバティックに死ぬとこギリギリでやっとこすっとこ手に入れたカレーパンなのにさ、お前はさ、そうやってさ、何の苦労もなしに手に入れるんだよな、クソぉッ!!皆守なんか大ッ嫌いだ!」
 いや、マジでなんか悔しくて泣けるぜ、ォィ。
 俺は取手の隣に無理矢理座り込むと、もう一個買ったカレーパンの袋を破った。で、思いっきり皆守を睨みながら食いつく。
 さすがの皆守も居心地が悪いのか、あっちこっちに視線逸らせてて、なんか変な雰囲気。
 取手は、俺が機嫌悪いと思ったんかな、なんとか、話題を作ろうと、
「は、葉佩君は、バスケットボールは好きかい…?」
「うん」
「そうなのかい?」
「花道好き。みっちー好き。でもリョーチンはもぉっと好きです。」
 ドリブルはチ……あんまり背が高くないヤツの生きる道。
 むすーっとしたまま答えたけど、なんか、それが可笑しかったらしくて、取手はくすくす笑いながら、
「今からでも遅くないからバスケ部に入ってみないか?君なら大歓迎だよ」
「……あと背が10センチ伸びたら考える」
「そりゃ無理だ」
 みぃなぁかぁみぃ……
 俺は、隣のベッドに座る皆守を、本気で呪い殺す勢いの視線で睨んだ。
 不吉なこと言うんじゃねぇ!まだ、成長期かもしんねーだろーがッ!!
「は、葉佩君、そんなに睨んだら目が落ちちゃうよ…」
「そしたら拾って嵌めてクダサイ」
 で、また、じとーっと皆守を睨む。
「………分かったよ。悪かったって」
「言い方に誠意がない。俺は、お前と違ってカレー王としてこの學園のヤツらから認められてないから、売店で道開けてもらえねーんだよ。だからさー、辿り着くのに一番近い道発掘して、機動力を活かして時間と勝負しながらなんとかカレーパン手に入れようと、毎日必死で…」
「意外と引っ張るな、お前…」
 今日は頭がガンガンしてんのッ!!で、フキゲンなのッ!!
 俺が、皆守にカレーパンの袋を丸めて投げつけるのと同時に、保健室の扉が開いた。
「なんだか、カレーくさいな」
 その声は、ルイ先生!
 カーテンの向こうにちらりと見える白衣にチャイナに生足。
「……まったくお前たちは、保健室で物を食うなと何度言えば分かるんだ」
「せんせー、俺と取手は無実です。皆守クンが全部悪いんです」
「何で俺がッ」
「悪いんです。」
 ルイ先生は溜め息を吐くと、「ベッドの上には零すなよ」とついでのように付け足した。
「まったく、カウンセリングを受けるために保健室に来るなら当然だし構わんのだが、ベッド目当てでやって来ては昼寝をするヤツがいて少々困っている」
 ルイ先生が皆守の頭を軽く小突いた。
 俺もメシ食い終わったから、カーテンで仕切られたベッドスペースから出て、長椅子に座った。
「葉佩、君はそんな事しないでくれよ?」
「俺、昼寝よりもルイ先生に会いに来ちゃいます!」
「……ふむ。葉佩には集中的心理治療が必要、と…」
 あら、手厳しいことで。しかも手元の書類に書き込んでるしね。
「じゃ、俺はそろそろ退散します」
「なんだ、具合でも悪かったんじゃなかったのか?」
「いーえ。そこのベッド目当てのヤツに昼飯パシらされまして」
「ほぉ」
 てなワケで、もう行きますデス。なんつーか、ルイ先生の煙管の匂いで頭がくらりんこなワケですよ。
「んじゃ、失礼しまーす……ッ、ぁ…れ?」
 んげッ、まただ。
 立ち上がった瞬間に目の前が一瞬、真っ暗。まるで、アルカロイドを打った時みたいな、頭からサァーッと血が降りてく感じ。
「葉佩、どうした?」
「ぁ…いえ……何でもないっス」
 やだー、体調不良ですか?ホント、頼むよ。仕事の最中っスよ?明日、物理の小テストですよ?体調崩してる暇とかねーし。
「どうした、眩暈がするのか?長話をしてすまなかったな。急いでベッドを用意しよう。あれを叩き起こせば……」
「ヤ、いーっスよ、大丈夫です。ホント、先生の色気にくらりなだけですから」
 おいおい、取手までカーテンから顔出してるよ…そんな気にしないでいーのに。
「ほんでは、今度はちゃんと調子悪くしてくるんで、待っててくださぁい」
「おい、葉佩!」
 先生が呼ぶけど、俺は振り返らないでそのまま保健室を出た。
 心配されるのは、本当に厄介だと思う。俺のことなん、気にしないでいーのに。
「さーって、と」
 大きく伸びをして関節を鳴らしてから、昼休みがまだ大分残ってることを確認して、俺は図書室へと向かった。
 H.A.N.Tで調べてみたところ、遺跡で俺が戦った墓守、四つん這いのとハクション大魔王、名前はそれぞれ『神産巣日』と『伊邪那岐』という名で、両方とも、日本神話に出てくる神ってのは分かった。神産巣日は造化三神、伊邪那岐は言わずと知れた国土の神だ。
 もしかしたら、これから行く区画にも同じような墓守が出てきて、それが『神』を名乗るものだったとしたら。調べておいて損はねーんじゃねーかって、それで最近よく図書室に通ってるってワケ。
「今日は七瀬ちゃんは、っと……お、めっけ」
 七瀬ちゃんはカウンターで本の修繕をしていた。
「お疲れ、七瀬ちゃん」
「あッ、葉佩さん……昼休みにわざわざここへ来るというよりは、やっぱり本がお好きなんですね」
「おうよ!」
 間違っても夜な夜な墓地に繰り出して妖しげな遺跡を探索するために調べモノしてるんじゃないから……って言ったとしても、なんか、もう彼女にはホント、バレてそうですよねー。
「ふふ、私と同じですね。ここで分からないことがあったら、何でも私に聞いてください」
「あ、じゃあさ、早速なんだけど、書庫室の本て、見れない?」
 図書室の歴史本は、大体読んだんだよなぁ。二百冊くらい。おかげで日本史に少しばかり詳しくなった気がすんぜ。
「あ……ごめんなさい、書庫室はまだ整理の途中でして…私も色々探してるんですが、何分蔵書数が多くて…」
 い、色々探してるって、何で、かなぁ…?
 七瀬ちゃんが、分かってます、って感じで笑いかけてきてくれるもんだから、こっちはとりあえず苦笑いしか返せない。ホントに、こりゃ手伝ってもらうべかな…。
 仕方がないから、俺は何度も巡った図書室を、また周回。
 俺、結構速読でさ。特技その一なんだけど。堅苦しい文章ほど、読みこなすのが早いんだ。代わりに小説とか、詩的文章の方はサッパリ。やっぱ、論文とか報告書とか作戦案とかのが結論が簡潔でいーだろ?少なくとも、俺はそう思うんだけど。
 目に付いた歴史書を適当に手に取っていると、抜いた本のその向こうに、ちょっと見慣れたTシャツが。もしかして、あ、れ、は。
 回り込んで棚から顔を出すと、そこにいたのはやっぱり、
「お、夕薙じゃん。よッ、こんちは!」
「…それは俺の真似か?」
 だっていつも「よッ」て言うから。あれ?似てなかった?
「ニャにしてんの?なんか、夕薙のダンナと図書室って、珍しい組み合わせな気がすんだけど」
「まぁ、否定はしないがな」
 夕薙、嘆息ひとつ。
「午後の授業で小テストがあるって聞いてな、不本意ながら勉強中だ」
 へー、大変だね……って、えぇッ!?
「ウッソ!!あ、違うよ、今のVガンダムじゃなくて、えーっと、午後テスト、マジ!?」
「らしいな」
「国語?雛川センセの?」
「伊邪那岐が黄泉に下ったとかどうとか、そういう所だったと思うぞ」
 聞いてませんッ!!てか、聞いてたんだろうけど耳からちくわ!右から左にするりんこ。
「俺も忘れててな。こっそり抜け出そうと思ってたんだが、運悪く雛川先生に見つかってしまってな」
「あーぁ…」
 雛川センセ、出席は煩いかんなぁ…。
「まったく……なんだって高校生は、こんな面倒なことをしなくちゃならないんだろうな」
「ホントだよ…あぁぁー、面倒くせぇッ!!」
 思わず叫んだら、七瀬ちゃんが慌てた様子で「お静かに!」って。怒られちゃったい。
「あァ、勉強さえなければ、ここは悪い場所じゃないんだがな」
「あと、パンの争奪戦もなくして欲しい…」
「ははは、そう言えば、聞いたぞ。最近、あの争奪戦の中では頭ひとつ抜けてるそうじゃないか。凄いな」
 うわー、変なところで有名人になっちゃってますけど。
「今日も、飛んだんだって?」
「……跳んだんですぅ」
 夕薙は本を片手に声を殺して笑ってる。大笑いできないからって、そんなに一生懸命笑い殺すことないじゃん。
「ま、元気がいいのもいいが、程々にな」
「はーい」
 …これって、先生と生徒の会話じゃねーか?とか思ってみたり。二歳の差って、こういうもんかね。
 俺の周り、昔から大人ばっかりだったけど、こんな気安くて、でもちょっと年上でっていう存在、そう言えばいなかったかもしんない。それを言っちゃえば友達だって、ほとんどいなかったけどな。
「しゃーない、俺も勉強しよ…」
 雛川センセの授業で格好悪い点とか、取りたくねーし。
「せいぜい一緒に悪あがきしようじゃないか」
「うっす、隊長、ついて行かせて頂きますッ!」
 意気込んだら、また七瀬ちゃんが「ここは図書室ですよ!」って。あーあ、また怒られちゃったい。
 俺は夕薙に向かって肩を竦めて、夕薙も同じ仕草を返してきて。んで、二人で同時に吹き出して、声を殺して笑った。