風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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4th.Discovery 明日への追跡 - 4 -

 テニスコートの前に皆守と一緒に歩いていくと、丁度、八千穂ちゃんがコートから出てきたところだった。部員の子と一緒に出てきて、俺らの姿を見つけると、手を振って駆けてきた。風に揺れるスコート、ステキ。
「お待たせー。ゴメンね。コートまで来てもらって」
「いやいや、全然!!八千穂ちゃんのウェア姿見れただけで眼福モンです!!」
「そんなに、あたしのウェア姿気に入ってくれてるの?」
「もち!!」
 というか短いスカートが、おみ足が。俺だって健全窮まりない青少年ですからね。……隣で「怠い眠い」しか言わない男と違って。
「で?何だよ、相談ってのは?……ったく、具合の悪い俺まで呼びつけやがって」
「だって、どうせ、皆守クン仮病でしょ?」
 『どうせ』だって!うわー、信用ねぇなぁ、皆守。爆笑しちゃうよ、俺。
 いや、思いっきり膝の裏、蹴られましたけどね。
「お前なァ……そうやって人を日頃の行いで決め付けるのは―――、」
「実は、二人を信用して相談するんだけど…」
「おいッ、八千穂ッ!俺の話聞いてんのかッ!?」
 いいなぁ、この二人。夫婦漫才でもしたら?って感じ。俺なんかツボに入って笑いっぱなし。皆守クンが睨むんでー、止めましたけどーぉ。
 でも、そうでなくても止めてたと思う。八千穂ちゃんの次いだ言葉が、ちょっと女の子にとっては怖いことだろうと想像できたから。
「最近、寮にいるときにね、なんていうか、その、誰かに見られているような気がするんだ…」
 思わず、皆守と顔見合わせちゃって。そうしたら、ヤツ、アロマすぱーとかやりながら、パイプで俺のこと指しやがんの!俺じゃねーって、これは、マジで!
「あたしだけじゃなくて、同じ女子寮の女の子たちもそう感じる人がいて…」
「おいおい、マジで?つーか、マジかよ、俺じゃねーぜ……羨ましいな、ォィ」
 あら思わず本音。皆守クンから一発蹴り喰らいました。
 あ、でも、冗談じゃなくて怖いだろ、そういうの。雛川センセも、言ってたな、そーいえば。変質者とか不審者とか、そんなようなこと。
 でも、八千穂ちゃんは。
「覗きじゃないかっていう人もいるんだけど、あたしはそうじゃないと思うんだ」
 ……へ?
「女子寮で、誰かに見られてて?んで、何で覗きじゃねーんだよ」
「それを!証明するために、二人に今夜、女子寮を見張っていて欲しいの!」
 意味が分からない。普通さ、覗かれてる気がするから、見張ってろって言うんじゃねーの?
「どういうことだよ、それ…」
「つーか、何で俺たちがそんな事を……警備員に頼めばいいだろ?」
「警備員さんはダメだよ。証拠もないし、マトモに取り合ってくれないもん。それに、こんな話信じてくれるかどうか……」
 って、覗きかもしんないってなったら、ちゃんと警備とかしてくれんだろ?何で信じてもらえない…あ、もしかして、またなんか呪いとかオバケとか?そんなん?
「何か、分かったのかよ…」
 同じことを考えたのか、皆守も眉を顰めてる。
「ううん。あくまで、あたしの推測ってだけなんだけど――――もしかして、これって異星人の仕業じゃないか……って、そう思うのよ」
「はい?」
 思いっきり、俺は皆守の腕に寄り掛かった。脱力。もう、力抜けまくり。頭痛も手伝って、くたり。
 普段なら蹴られるんだろーけど、今回ばかりは皆守も同じ気持ちらしくて、スキル発動したときみたいに俺の頭を抱えてる。
「悪いな、八千穂。よく聞こえなかったんでもう一回言ってくれるか?」
 ……聞きたくねぇ。
「だからー!これはきっと異星人の仕業だと―――」
「お疲れさん。葉佩、帰るぞ。さっさと帰ってお前は寝ろ!俺も寝る」
「あー、その前に温かい風呂入りたい!!みなかみー、いっしょにはいろー」
 ずるずると皆守に引きずられながら寮に向かおうとするのを、八千穂ちゃんは当然のよう止めてきた。
「あッ、ちょっと二人とも!!まだあたしの話が終わってないでしょッ!!」
「バカ野郎ッ!!どこの宇宙に女子寮を覗く異星人がいんだよッ!!」
 ぐえッ、皆守絞まってる絞まってる、首!
「んなお前の下らない妄想に健全な俺たちを付き合わせんな!なぁ、葉佩」
「くだらなくって健全な妄想はステキだけど、ちょっと今回は…ねぇ」
「そうだよな?まったく、迷惑な話だぜ」
 皆守のこめかみに青筋。普段は血圧低そうなのに、今はもう血管暴走寸前て感じ。ほらアロマアロマ、落ち着こうぜ?
「だって、月魅が言ってたよ?異星人は常にあたし達を誘拐する機会を窺ってるって」
「……やっぱり、」
「……七瀬の影響か」
 そんな気は、してたんだけどね。
 で、思い出したのは夕薙の話だった。『二番目の光る目』って、怪談。さっき聞いたばかりだけど、確かそんな噂も広まってるんだよな?異星人に幽霊に?だったら普通に覗き魔とか変質者の方がマシじゃねーかよ…。
 俺も結構ぐったり気味だけど、皆守は逆に、浮かせた血管を太くしてる。
「つくづく、おめでたい女だな。どうせ、どこからか入り込んだ変質者か男子生徒の覗きか何かだ……ったく、単純にも程がある」
 苛つく心境の表れは、パイプを噛む音と、荒っぽく吐き出される煙。八千穂ちゃんを見る目もきつかった。
「ひっどーいッ!そんな言い方しなくてもいいじゃない……可哀想な明日香。きっと異星人に誘拐されて実験されちゃうのね。うう……」
 うわぁ、そこまで言われて、協力しない男とか、いる?八千穂ちゃんたら、胸の前で手を組んで目に涙なんか溜めちゃったりして……上手いなぁ。
 それに引っ掛からない漢らしい男も、まぁ、たまにはいるわけで。皆守は舌打ちをして、
「安心しろ。異星人とやらが現れたら、その時は助けてやるよ。もし、現れたら―――な」
 したら八千穂ちゃんは、ターゲットを俺にロックオン。キラキラした目で、腕なんか取られちゃって接近されたら、さぁ?
「葉佩クン~。葉佩クンは、皆守クンみたいに薄情なことは言わないで協力してくれるよね~?」
「おぅよガッテンもちろん協力させていただきますですよ!!」
 自動的に言葉がずらずら出てきちゃって、気が付いたら皆守の溜め息を聞いてた。
「お前な……軽々しく頷くなよ。八千穂の言うことをいちいち真に受けて、関わってたらキリがないぜ?」
「つ…つい、口が勝手に…」
「何ボソボソ言ってんの?」
「「いや、別に……」」
 まぁ、やるって言っちゃったんだから、見回りくらいは八千穂ちゃんの気が済むようにやってもいいけど…皆守は確実にやる気ゼロ。いーよ、今回は言っちゃったんだから俺だけでやるさ。
「お前、やるなら勝手にやれよ?お前が言ったんだから」
「あッ、分かったァ!!」
 にや、と八千穂ちゃんが笑う。口元に手を当てて、皆守に躙り寄った。で、言った言葉がこう。
「さては皆守クン……怖いんでしょ?」
「な――――ッ!?」
 口を開けた途端に皆守の口からアロマパイプが落ちそうになる。
「そっか、そっか。ゴメンね。怖いのに無理言って。そうだよねぇ。誰でも異星人は怖いもんね」
 徴発だ。しかも、見事に皆守が引っ掛かってる。
「誰が怖いなんて言ったよ?異星人なんているはずもないものを怖がっても意味がない」
「いいよ、強がらないでも!みんなには内緒にしておいてあげるから」
 にっこり、ウインクまでして見ちゃったりして。
 ホントに、女の子って凄いよなぁ。こういうとこ、尊敬するよ。
 さすがの皆守も、お手上げって感じ。苦々しげに舌打ちすると、ふわっとした髪の毛を乱暴に掻いた。
「お前の内緒ほど、信用できないもんはないぜ」
「ん?何か言った?」
「いや……別に」
 それから、俺に向き直って、
「しょうがないから、付き合ってやるよ。ったく、今日はツイてないぜ…」
「ゴメンねぇ、俺の運の悪さが乗り移っちゃったと思って諦めて!」
「チッ…八千穂、そういうことだ」
「へへへッ、ありがと~」
 いつの時代も、男は女にだけは勝てないものです。ホーント、その通りだよな。俺も皆守も、八千穂ちゃんのその笑顔には叶いません。
「あッ、そうだ。この鍵、葉佩クンに預けとくね」
 八千穂ちゃんが差し出したのは、えーっと、用具室の、鍵?
「異星人がどこに隠れてるか分からないからさ。一応、用具室も調べておいて」
「みなかみー、どうする?用具室開けてさー、棚の間とかボールが入ってるカゴとかに異星人が挟まってたりしたら」
「とりあえずは笑っておくか」
「それから売り飛ばして、美味しいカレーでも食べに行こうぜー」
 あははははー、って、もうさ、笑うしかねーよな、これって。
「もぅ!二人とも、真剣にやってね?それじゃ、よろしく~」
「ハイハイ」
 真剣に、ねぇ…。普通に無理だって。去っていく八千穂ちゃんを見送りながら、たぶん、俺の笑顔は引きつってると思います。
「さて、と。それじゃあマミーズで腹ごなしでもしてから、『見回り』にいくとするか」
「さんせー」
 見上げれば、空はもう暗くなっていた。陽が、俺が来た頃より格段に短くなってる。空気も冷たくなってきたし、短いとは言え、着実に俺はココで時間を刻んでるんだなーと、ちょっとおセンチ炸裂で、皆守の隣に並んだ。

*  *  *

 そんなわけで、マミーズ行って二人でカレー食ったんだけど、まぁ、そこでも珍事件が勃発したわけで。
「葉佩くん、ちょっと聞きたいことがあるんですけどォ~」
 カレーを運んできた舞草ちゃんに、
「特撮モノとかって、お好きですか~?」
 って聞かれちゃって。実は結構好きだったりしたもんだから、
「うん。好きっスよ?」
 コスモレンジャー大プッシュ。あんね、赤と黒とピンクの三人なんだけど、実は隠れ隊員がいるらしくて、シルバーと黄色と紫と緑?確かそんなんだよなー。でね、助っ人でたまに忍者が出るとかでないとか、陰陽師がくるとかこないとか、面白いんだぜ?
「わぁ、そうなんですか?最近の特撮ものって凝ってますからね~。格好いい子もいっぱい出てますし~。あッ、そうそう、特撮好きのあなたに、これあげちゃいます~」
 で、くれたのがポスター。特撮モンの。つーか、コスモレンジャーの。
「今度、ウチがスポンサーで放送する、新番組のポスターなんですよ~」
「え、マジ?いいの?非売品とかじゃねーんスか?」
「ポスターだって好きっていってくれる人の部屋に飾ってもらった方が幸せですって!」
 そうか、そういうものなのか。だったらありがたく貰っちゃおv
「わーい!コスモレンジャーだ♪」
「……お前、そんなもんもらって嬉しいかよ…」
「嬉しいよ?だってコスモピンク、超可愛いし。元保育士さんなんだぜ?」
 ときめくよなぁ。へへッ、いいモンもらっちゃった!早速部屋に飾ろーっと。
 折り目が付かないように丁寧にポスターを丸める俺を見て、皆守が溜め息を吐く。
「本当に…なんつーか、分かんないヤツだよな、お前は」
「俺?何言ってんだよ、めっちゃ分かり易いだろ?」
「いや全然。」
 言い切られちゃったい。
 うーん…ちゃんと普通の高校生やってるつもりなんだけどな、俺。やっぱ、皆守くらい人間観察できるヤツから見れば色々、分かっちゃうもんなのかも。
「黒塚に気に入られたんだろ?その時点でもう、俺の理解の範疇から外れたぞ」
「え~?黒塚、いいじゃん、面白いだろ?なんかね、あいつの話聞いてから、なんとなく石が囁いてる気がしてきて!」
「末期だな、そりゃ…」
 そうやってさ、話してると、なんて言うんだっけ?噂をすれば影とか、そういうの?言霊作用でもないだろうけど、いきなり後ろから、
「素晴らしい…素晴らしいよ、葉佩君!!」
「!!!」
 皆守は驚いた顔してスプーンを落っことして、俺は行儀悪くもスプーンを銜えたまま後ろを振り返った。
 そこにいたのは、ふふふふふ、と不気味に微笑む黒塚至人、その人。今日も胸に抱く石が煌めいております。
 黒塚はその石にも負けないくらい目を輝かせて、がっちり、俺の手を握りしめた。
「君ならできると信じていたさ!さぁ、共に耳を傾けよう!」
「ハイ師匠!!」
 んで、黒塚の持ってた石のケースに、二人で耳くっつけて。皆守は、何やってんだって呆れながら、完全に他人のフリしてカレー食ってる。
 フンだ!そんなヤツは絶対ナウシカにはなれねーかんな!
「あぁ…葉佩君、石はいつでも僕らの友達さ!」
「ハイ師匠!」
「そして、僕も君の友達さ。だから、これをあげよう。これで君も石研の仲間だ」
「ハイ師しょ……へッ?」
 俺、帰宅部なんですけど。兼部可?
「君ならば名誉会員として特別待遇で迎え入れるから!皆守君に飽きたらいつでも来ておくれ。待っているからね。フフフフフフ」
 ……もんの凄く、引っ掛かる言葉を残して、黒塚は踊りながらマミーズを出て行った。すげぇ、店内全員が注目してんぜ!さすが黒塚、やることが違ぇ。
 黒塚が去った後には一陣の風。そして沈黙。まず破ったのは、皆守だった。
「……名誉会員特別待遇だと」
「羨ましいだろ」
「いや全然。」
 カチャカチャと、食器の音とまた沈黙。
「でもな、でもなッ!?事実、和むぞ、ボケーッと石だけ眺めてるっていうのは!」
「分からん。分かりたくもない」
「……そうだよな、お前はアロマとカレーだけあればそれが世界だもんなー」
 自分の世界が確立されてるってのは良いことだけどね。願わくば、他人の世界への介入がゼロになれば、もっと良いんだけど。
 ドライに、見えるんだけどねぇ。こいつ、実はかなり面倒見良いよな?ここでこうしてカレー食ってんのが何より、証拠。
 あ、そうだ。
「皆守に飽きたらって、どーいう意味だろね」
「ブッ…!!お前、なぁ…」
 水を吹き出し掛けた皆守が睨む。でも、睨まれたって俺が言ったわけじゃねーぜ?
「じゃあ皆守に捨てられたら黒塚に拾ってもらおー」
「……阿呆」
 噎せながら、テーブルの下ではしっかり俺の足を蹴り飛ばしてくる。
「どっちかっていったら女の子にモテたいんだけどね。この際いーや、男でも何でも」
 もっと蹴られた。
 なんかね、俺が食い終わっちゃって、皆守だけ食ってるから、見られながら食うのが嫌みたい。だから、頬杖付いてじーっと見てやった。
「見んなよ!」
「見てると、食いづらい?」
「ったりめーだろーが!」
「へぇー」
 それって、日本の、普通の男子高校生の感覚なのかな。
 俺の育った環境だと、とりあえず人の視線なんて、あってないようなもんでさ。常に気にしつつ、でも気にしないで生活しなきゃなんないとこだったから、他人に見られながら食事とか、全然ヘーキ。一緒に行動してたパートナーがメシ食うの早かったから、俺しょっちゅう待たれて見られてたし。
 食ってる時ってのは実は凄く無防備で、だから見られてるっていうのは、イコール守られてるってことになってたんだ。誰かに見られてる時は、安心してメシ食っていーんだぜ?なぁんて、皆守に言ってもしょーがないんだけど。
「つーか、お前食うの早いんだよ…」
「お邪魔?」
「別に…」
 でも目が邪魔って言ってる。じゃあちょっくら席外すとしますかね。
「俺、一回部屋戻ってくるわ。すぐだから、待ってて」
「あぁ?……別に、邪魔だとは思ってねーぞ」
「そ?うん、でもちょっと、取ってくるもんがあるから、行ってくる」
 食い終わるまでには戻ってこれるだろうと思って、とりあえずお金は置いていかないでマミーズを出た。
 即行で、寮に戻る。とにかく、頭が痛かったんだ。頭痛酷くなってイライラして周りに当たり散らす、ってヒステリーは起こさないように鍛えてあるけど、それでも辛いことに変わりはないんです。アスピリンアスピリン。
 部屋でごそごそ、救急キットの中に放り込んでおいたアスピリンを見つけ出して、いつ開けたのか忘れたミネラルウォーターで流し込んだ。頼むよ、効いておくれ!これから女子寮の見張りなんて素敵な任務に就かなきゃなんだからねー。
「ホント、頼むぜぇ…」
 で、とんぼ返りにマミーズに。皆守もカレー食い終わってて、丁度支払いってとこだった。
「おっ待たせー」
「おう」
「ではでは、行きますかね、いざ女子寮!」
「…お前、意外と楽しんでないか?」
 そんなこと言いながら、マミーズを出る。
「うう…寒い。さすがに夜になると冷えるなぁ……。葉佩、お前は寒くないか?」
「う?俺?んー…」
 寒い…つーか、寒気?背筋がぞわぞわしてて、でも首筋とかめちゃめちゃ熱いんだよねー。
「……葉佩?」
 げーろげろ、そんな怪訝そうな顔して見るなよ。
「うん、確かに寒い……皆守クン、暖めてッ!」
「おッ、おいッ、そんなにくっつくなよ!寒いなら、男子寮に戻って毛布でも取ってこいッ」
「うぃー」
 猫でも追っ払うかのような手付きで払われて離れると、皆守は手を口元に当てて息を吐きかけた。息は、もう白く凍えている。まだ十月だというのに。
「やっぱり、やめときゃよかったぜ。俺としたことが、つい……」
 八千穂ちゃんの頼みだから、断れなかったんじゃないですかねーぇ?なんてね。
「大体、こんな危険なことを同級生の俺たちに頼むか?異星人に誘拐―――いや、変質者相手に怪我でもしたらどうするんだよ……」
「ま、ダイジョーブなんじゃねーの?変質者出てもさ。ちゃんと俺が皆守のこと守るから」
 こう見えて、実は強いんで。自分で言うのも何だけど。
 俺が格闘技囓ってることは、皆守だって知ってるし、だからかな、俺を見て肩を竦めて、アロマを吐き出して言った。
「……お前に全て任せておけば俺は何もしなくていい気がしてきた」
「おう、任されて!」
 その気になれば蹴り殺させていただきますから♪
 笑って、俺も口元に手を当てて息を吐いた。だって、相当寒いんだもん。早く寮に戻って寝たいってのがナマなとこ。
 思い出したように背筋に走った寒気を、知らないフリして。降りた沈黙を振り払うための話題を探そうと、俺が皆守を振り返ると。皆守は、じっと、俺のこと、見てた。
「そういや、さっき何してきたんだよ。寮に戻って」
 言われた言葉に咄嗟に反応できなくて、詰まる。
「へ?あ、あぁ、えーっと…んーと……」
 やべ。言い訳考えてねーじゃねぇか。本当に、頭湧いてんぜ、俺。
「…っと……ポ、ポスター!ポスターね、ほら、邪魔になんだろ?だから置いてきたんだよ」
「なんか取りに行くとか言ってなかったか?」
「そー、だっけ?」
 バカだ。余分なことを言って、結果、逃げ道を潰してたら世話ねぇぜ。どっからか、「バーカ!」と言ってくすくす(違うな、げらげらか)笑う声が聞こえてきそうだった。
 考えろよー?こんなとき、口八丁なら、どうやって言い訳する?
 あー、出てこない!ニワカお調子モンじゃやっぱ、ダメ?
「葉佩、お前やっぱり、」
 やっぱり、の後がとっても気になるこの状況で、鳴り響いたのは携帯電話の着信音。
 どうも、俺のH.A.N.Tっぽい。そういやバイブ設定は授業終わってから解除してたんだっけ。
「……お前の携帯か?」
「っぽいねぇ」
 H.A.N.Tを起動させると、画面に届いたメールを表示させる。差出人は…八千穂ちゃんだ。
『見回りご苦労様で~す』
 だってさ。
「えーっとね、八千穂ちゃんからです。はろー、やっちーだよ。どうもういせいじんにあった、つくみがいうにはせっきんそうぐう……これからお風呂だってよ!」
「何だそりゃ…」
 一番のキモを唐突に読み上げると、皆守は額を押さえて嘆息する。
「覗くな、だってさー、ちぇッ」
「覗くか、馬鹿が」
 皆守の舌打ちを合図にしたように、もういっちょ、メール到着。
「また…、あ、今度は七瀬ちゃんだ」
 このメールが、またすごいのなんのって、何せメールが字数オーバー。しかもどことなく異星人との接近遭遇を期待されちゃってるかなって、そんな内容。
 まだ、俺がメールを読み切らないうちに、今度は皆守のケータイに反応有り。カウボーイ・ビバップみたいなノリの着メロが響く。天香のスパイクは、面倒くさそうにケータイを取りだした。
「ん?今度は俺の携帯か?一体誰からだ?」
「彼女だったりして!」
「阿呆。……八千穂からだ。何々…?」
 あらホントに彼女から?
 って思ったんだけど。
「『どう、もう異星人には接近遭遇した』……八千穂のヤツ、まさか俺たちが異星人と接触するのを期待してるんじゃないだろうな?」
「なんか、そんな気がするけど。どーしよ、ホントに異星人出たら。俺、さすがに異星人とやり合う自信はないですが」
「安心しろ、そんな状況には絶対なら―――ん?」
 今度は、同時に着信。自分のケータイを見てから、顔を見合わせる俺ら。なんとなく、誰からかってのは分かっちゃうこの状況。
 同時にメール開封して、同時に溜め息吐いた。だって、『そんなトコでたむろしてないでちゃんと調べてね♪』とか書いてあった上に『お風呂って気持ちいいよね~。極楽極楽』と書かれたら、とりあえず溜め息吐きたくなるだろ?覗いたら捕まっちゃいそうだしさ。俺ら、寒空の下だし。
「あいつ、どっかから俺たちを監視してんじゃないだろうな」
「つーか、監視されてるだろ、これ」
「やれやれ、仕方ない。軽く見回りでもすりゃ女共の気も晴れるだろ」
「そーっすね、行きますか♪」
「……いやに楽しそうだが、まさか風呂覗こうなんて思ってないだろうな」
 きゃー、エスパー発動皆守。とりあえず、答えないで曖昧に笑っておく。もれなく必殺ミドルキックをお見舞いされました。
「で?どっちから見回るんだ?」
「じゃ、あっちで」
 片手で蹴られた脇腹、もう片方の手で女子寮の脇道の方を指すと、皆守はさっさと歩き出した。俺は、襲ってきた眩暈の存在を無視して、その背中を追った。
 まぁ、当然の如く、不審者なんて見あたらなくて。
「誰もいないな…」
 帰るか?と皆守が俺を振り仰ぐけど、俺の意識はもう全然別んとこ。
 だってさ、どっかから聞こえてくる、魅惑の呼び声。
「あ~、今日も汗かいちゃったぁ」
 耳を澄ませば、どうやら声の発信源はこの真上っぽい。
「っしょっと…。早くシャワー浴びないと、ドラマが始まっちゃうッ」
 なんとも丁度いい具合に高窓が。しかも、あつらえたように台まで付いてる!これは、まさに覗けという天の思し召しでしょ。
「お、おい、葉佩……お前、まさか…」
「……皆守。これは、男の尊厳と浪漫を賭けた戦いだ。この壁一枚隔てた向こう側には、目眩く秘密の花園が広がってんだぞ?これを覗かずしてなんとする?」
「なんとする、って…こんな所でおかしな真似して騒ぎにでもなったら、大変なことになるぜ…」
「それを騒ぎにしないのが男の心意気というもんじゃ!」
 ブラボー!その通り!男は黙って背中で語る……って、あれ?
「葉佩、お主、やはり見所があるのう」
「じぃ…じゃねぇ、堺さん!」
「いっひっひっひっひっ」
 不気味な笑い声で俺に賛同してくれたのは、學園でも名高いスケベジジイ、境のじいさんだった。
「こ、このクソジジイッ!!音もなく現れやがって!」
「み、皆守、声でかいでかい、しぃー」
 皆守が慌てて口元を押さえると、境のじいさんはにんまりと口元を綻ばせた。
「いよォ、カレーレンジャーも一緒か」
「誰がカレーレンジャーだッ!!」
「皆守、しぃーーッ!!」
 声でかいよー!まだ覗いてもないのに、今見つかったら確実に覗き魔だぜ、俺ら。
「葉佩、お主とは初めて逢ったときから儂と同じ眼をしていると思っておったんじゃ」
「そ、そうでしたか…ならばあなたを、師匠と…ん、ぐぅ、むーーー!!」
 折角漢と漢の親睦を深めようとしたところだったのに、後ろから、皆守に口を塞がれた。手から漂ってくるラベンダーの匂いに、またもくらり。
「言っておくが、俺たちはそんな目的でここにいるんじゃないからな」
「隠さんでもいいわい。じゃが、覗くのなら暗闇に煙草の火は目立つぞ?ちゃんと消すことじゃな。年長者からのアドバイスじゃ」
「だから、俺は違うって言ってんだろうがッ!!それにこいつは煙草じゃない。アロマだ、ア・ロ・マッ!!」
「こ、こらッ!!声が大きいわい、気付かれたらどうするんじゃッ!!」
 咄嗟に境のじいさんが皆守の口を塞いだもんだから、男三人狭い脇道で何やってんだって状態。俺、真ん中で挟まれてまともに息もできねーでやんの。
 その瞬間、横の方でがらりと窓の開く音と、「なんか、声がしなかった?」っていう女の子の声。めっちゃビビった。どうやらそこから俺らのいる場所が死角だったらしくて気付かれなかったけど、ホント、心臓止まりそう。
 ちょっとの間その体勢で静止して、窓が閉まる音を確認してから境のじいさんは皆守から離れて、ひそひそ声で話し出した。
「しかし、あれじゃな。この場所を探し当てるとは、お主らもなかなかやるのぉ」
「だから、俺たちは…」
「このスポットを探すのに、儂は随分と苦労したんじゃがなぁ。うぅむ…」
「違うって言って…」
 もはや皆守の声も耳に入ってない様子。境のじいさんは、しばらく呻りながら考え込んでたけど、他の覗きスポットを開拓すべく、「ほどほどにするんじゃぞ」というそりゃーどっちがだ、という言葉を残して去っていった。
「ったく、あのエロジジイが…まさか、あいつが異星人騒動の犯人じゃないだろうな?」
 皆守が独り言のように呟く。
 俺に向かって話しかけてんのかもしれないけど、生憎とまだ口が塞がってまして。返事ができませんでやんす。さっさと、放して?
「んー、んーーー!!」
「……まァ、いい。さっさと見回りを終わらせて、寮に帰るとしようぜ」
「ん、んんー」
 いや、放せって。窒息します。殺す気ですか、あなた?
「んーーーーーーッ!!」
「あぁ?あ。悪い」
 ぶはぁッ!!ビバ肺呼吸!酸素万歳、おーいぇー!
「お、お前ね、俺はお前と違って地球人なんだよ!アロマ適応用の肺なんて持ってないんだから口と鼻塞がれたら息ができねーのッ!!」
「つーか、普通に熱あるだろ、お前」
「ったく、皮膚呼吸なんて器用な真似……へ?」
 ……イキナリ、ナニ?
 い、今のって、検温か、何かデスか?
 俺は、一瞬で皆守から離れて、一応にっこり笑いながらじりじり距離を取る。
「あ、っと、えー、その、何が?」
「笑って誤魔化すな」
「えへへへへへへ…」
 笑わないと誤魔化せません。
 てか、そこ、気付かなくていいトコ。洞察力がちょいとばっかし余分な方向に行使されてませんか、皆守クン?
 そうやってずるずる、後ずさった結果。
 
「うおッ!!」