風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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4th.Discovery 明日への追跡 - 5 -

「おわぁッ!」
 角を曲がった途端、誰かと思いっきりぶつかった。
「葉佩!?」
 皆守の声が聞こえるけど、俺の目の前にいるのは別の人。……誰だ?見覚えない。
「痛ててて……。急に角を曲がってくるなよ…」
 サングラスに派手な色のシャツ、無精髭。記憶の中に、該当する顔はやっぱ、無いわ。
 なんか、変な感じで折り重なったところに、皆守が近付いてくるのが気配で分かった。
「大丈夫か?葉佩」
「ん、ヘーキ」
「怪我がないなら、それでいいさ。怪我でもされたら、連れて帰る俺に負担が掛かるしな」
 …リョーカイ。
 だから、そうならないように、気取られないようにしてたつもりなんだけど。つーか、そうやって負担に思うんだったら何で干渉してくんだよ…。
 あー、ダメだ。今度はアスピリンで結構脳味噌ボケ入ってきてる。考えても仕方ないこと考えるのは、たぶん薬のせいだ。
 俺が皆守に肩を竦めてみせるのと、俺がぶつかったおっさんが立ち上がるのはほぼ同時だった。
「おいッ、ちょっとは俺のことも心配しろよッ」
「ん……?」
 皆守、まるで今おっさんに気付いたかのようなリアクション。
「ハローッ」
「…ネイホゥ」
 なんとなく、広東語で返事。意味はないけど。
「はははッ、まァ、仲良くしようぜ」
 一応おっさんが立ち上がるのに手を貸すと、何だか、物凄く友好的に手を握り替えしてきた。
「何だ、このおっさん」
「知らにゃい」
 手を握ったまま、首を振る。
 するとおっさんは、その『おっさん』てのが気に入らなかったらしくて、手を振り解くと、
「おっさん……って、俺は、まだ28歳だッ!!」
「威張るなよ。俺たちから見れば充分おっさんだろ」
 そーぉ?俺はルイ先生とかをおばさん呼ばわりする気はねーですけど?
「ちッ……これだから、ガキの相手は嫌なんだよ」
「ダイジョーブっすよ、28なんてまだ。男は40、禿始めてからが勝負っスから!ブルース・ウィリスの域までいかないと!」
「ンん?少年、君は分かってるようだな、感心感心」
 もう一回、手を握られてぶんぶん上下に振られてると、横で見ていた皆守にいきなり引っ張られた。
 それを、お兄さんは、皆守が警戒してると取ったんだろう、襟元を正して、一発咳払い。
「そうだ、自己紹介がまだだったな、俺の名前は鴉室洋介」
 アムロ、いっきま~す、つってハッチから飛び立ったりしてくんないかなー。で、ドムとか踏み台にしたり、赤い角ザクとキラーンとか直感ニュータイプ戦とか、やってほしい名前だな。
「ペット探しやら素行調査やら、依頼された事をいろいろと調査するのが仕事さ」
「ミデアで出るッ!」
「マチルダさぁぁぁん!!……って、違うっつーの!」
「すげ!ネタ分かる人がいた!」
 また手を握り直そうとしたところで、皆守が阻止。襟首掴まれて猫みたいに皆守の横に鎮座。
「つまるところ、探偵ってか?だったら始めからそう言えよ」
「……え~っと…、君たちは、この學園の生徒かい?」
「制服、偽モンじゃねぇっすよ」
 学ランの襟元摘むと、また。皆守が頭を押さえてくる。
「ふむふむ、やっぱりな。それならば、丁度良かった。実はいろいろと聞きたい事があってね」
「その前に――――天香學園は、完全な全寮制で、関係者以外は敷地内に入れないようになってる。何故、探偵がこんなとこにいるのか説明してもらおうか?」
 皆守の目が鋭い。ついでに、何?その俺を庇う感じの体勢は。俺、不審者退治任されたんだけど?
「確かに、そこの無気力高校生君の言う事ももっともだ」
「ぶふッ、当たってる」
「うるさい」
「ごめんちゃい」
 うわー、アムロさんが不憫な子、って目で俺の事見てる。やっぱ、分かりますぅ?
「おほん。実は、な。俺は探偵と言っても、普通の探偵じゃなくてね。仕方ない―――君たちに姿を見られた以上、話しておく必要があるかもしれないな」
 アムロさんはちびた煙草を銜え直して、皆守を見下ろした。
「一回から言わないから、よく聞いておくんだ」
 それからの話は壮大で、そう言えば80年代にそんな特撮あったなーとか思い出すようなものだった。
「遠い昔、遙か彼方の銀河系での話だ。我が銀河連邦警察は、宇宙の秩序を脅かす凶悪な異星人を追って、この地球を調査対象としていた。古代に飛来した異星人たちはすでに、この星の原住民にも目撃されていてね。君たちが、悪魔や化け物として怖れている存在は、正に異星人に他ならない。その悪の異星人たちと戦うために俺のような宇宙刑事が世界各地に派遣されてるっていう訳だ。更には―――って、まだ聞くの?」
「皆守、蹴っていい?」
「俺がやる」
 轟脚一閃。皆守の足が宙を舞う。すげー、思いっきり首に入った。
「ぐはッ!!」
 そのままアムロさんは2~3メートル吹っ飛んで、地面に倒れた。
「え……延髄が……」
「でしょーね、今の思いっきり入った…」
「くぉらァァァッ!!いきなり蹴りやがって、何すんだこのガキッ!!」
 アムロさんは涙目になって皆守に躙り寄る。でも、あれは蹴ってくださいっていう前振りにしか見えなかったぜ?
「るっせぇッ!真面目に聞いてれば、突拍子もない話並べやがって。さっさとこの學園にいる理由を話してもらおうかッ!!」
 胸ぐらを掴まれた皆守だったけど、全く怯まずに反対に頭半分ほど背の高いアムロさんのコートを襟を掴み返した。その剣幕に、アムロさん、ビビる。
「わァった、分かったよ。話すよ、話せばいいんだろ?ったく、気の短い連中だぜ……」
 最初から普通に話せばいいのに…。
「俺は、この學園で行方不明になった生徒の親に依頼されて来たんだよ」
「行方不明の、生徒の?」
「あァ。何でも、その生徒は、ある日忽然と姿を消し、未だに見つかってないそうじゃないか」
 その話は、俺も八千穂ちゃんから聞いた。で、持ち物とかが墓地に埋まってるって言うんだろ?
「警察は家出で片付けたらしいが、家出にしては不審な点が多いらしくてな。だから、俺が雇われたって訳さ。不法侵入など、違法調査を承知でな」
 つまりは、捜し物が違うってだけで根っこは俺と同じってことか。組織が違って、俺の方がより違法性が強いってだけ。
「色々調べてみるとこの學園は中々興味深い。俺は、ここには何かあると思うね。隠された秘密ってヤツが、な」
 アムロさんが、何故か皆守から視線を外して、俺を見た。近い、臭いがするのを嗅ぎ付けたんだろうか?秘密を暴きに掛かろうとする者同士…ってか?
「言っておくが、先生にチクっても無駄だぜ?この學園には一応、俺の協力者もいる事だしな」
「協力者…?」
「おっと、もうこんな時間だ。じゃ、俺は調べるとこがあるんで、行くぜ。またな、ベイビー」
 慌ただしい人。もう見えなくなっちった。
「探偵、か……ん?何か落ちてるぞ?」
「これ…鍵?」
 アムロさんが走り去った後に落ちていたのは、たぶん、どっかの部屋の鍵。暗闇の中、目を凝らしてみると、書かれた文字は《墓守小屋の鍵》だった。
「もう、こんな鍵まで手に入れてるとはな……。協力者ってのは、一体誰なんだ?」
 協力者が、この學園にいると仮定して。
「でも、まだあの人、この學園の障りくらいしか分かってねーな」
「何で分かるんだよ」
「さっき、先生にチクるなって、言ったろ?もしこの学校の事を理解してれば、この學園に於いて、教師が何の強制力も持たない事くらい簡単に分かるはず」
 教師は、生徒会の掟を遵守している。教師としての自分の在り方について、疑問を持ってるのは、俺が知ってる限りでは雛川センセと、それから別段どうでもよさげなルイ先生。でも、その二人にしても密告したところでどうになるってことでもないだろーな。
「俺らの通説でいけば、チクるなら生徒会、だ。その辺分かってないみたいだから、あの人もまだまだだなぁー。たぶん、内部潜入型の俺と違って、外から攻めてくつもりなんだろ?だから多分、學園の中、でも校外の鍵、持ってたんじゃねーかな」
 ま、落とした方が悪いんだし。この鍵は俺が有効活用させて頂きます。これで女の探偵さんとかだったら、返しに行く気にもなるんだけどね。
「さーて、さっさと見回り終わらせてー、」
「お前はいいから、さっさと戻って寝ろ」
「……あんさー、別担心、俺、大丈夫だよ?」
 薬、効いてるし。もう頭痛くなーい。
「ホント、ヘーキヘーキ。無問題!皆守クンたら心配性ー」
「あのなぁ……うおッ!」
 いきなり、足下に何かが飛び出してきた。
「あ、猫」
「何だよ、猫か……」
「今、ちょっとビビった?」
「誰がッ!」
 お前が。
 なんてことは口に出さずに、俺は足下にすり寄ってくる、妙に懐っこい猫に向かって手を伸ばした。學園に住み着いてんのかな。かなり、人慣れしてるけど。結構栄養摂ってるみたいで、毛並みが良いし。
「お前ノラかよ?の割に、良いモン食ってそうだな、オイ」
 ノラスケは、返事なのか何なのか、にゃーと鳴いて、突然跳び上がった。
「ぉわッ!?」
 そのまま、俺の腕の中に収まって、ごろごろ。うわー、あったけー。ふわふわでもこもこ。
「おい…野良猫じゃねぇのか?」
「どーだろーな?でも猫は犬と違って狂犬病とかないから、ノラでも結構平気だぜ?」
 アフガンとか行けば話は別だろうけど、ここ日本だしね。衛生状況良いし。
 あんまりにも体温が暖かくて気持ちいいから、皆守にも抱かせてやろうと思ったんだけど。
「あ。」
 渡そうとしたら、嫌がって逃げた。あーあ、皆守、嫌われてんのかね?猫はそのまま、繁みの向こうに消えちゃいましたとさ。
「あーぁ、あったかかったのに」
 急に消えてしまった体温の名残を腕に感じて肩を落とすと。
「……ほれ」
「ほぇ?」
「ここに来る前に買っておいたんだよ、コーヒー」
 まだ、かなりの熱量を持ってる缶コーヒーのおかげで、冷たかった指先に感覚が戻ってくる。しばらくはカイロ代わりに使おうと、手の平で缶を包んだ。
 飲まないでいるという俺の仕草を、でも、皆守は俺がコーヒーを好きじゃないと思ったらしい。
「コーヒーは嫌いか?」
「え?」
「お前は知らないだろうがアロマとコーヒーはまた格別でな。コーヒー、アロマ、コーヒーと交互に香りを嗅ぐと、もう極上のひと時を味わえる」
 へぇ…、そりゃ知らなかった。煙草とコーヒーは、すごくよく合うって聞いたけど、匂いのあるものとコーヒーって、相性がいいんかね?
「嫌いなんじゃねーよ。温かいから、持ってるだけ」
「そうか」
 実を言うと、俺は美味いコーヒーってもんを飲んだことがありません。覚えてるのは、真夜中にいろんな処理に追われて眠気覚ましで飲んだ、泥みたいに濃い、味覚が麻痺するようなコーヒー(半分まだ豆)。隣で苛ついた女が、発狂寸前て様子で浴びるように煙草とコーヒー飲んでる、そんな地獄絵図。
 だから、たぶんこの缶コーヒーもめっちゃ美味しく感じるんだろーな。
 飲もうかな、って思って、プルタブに指引っ掛けて開けようとしたんだけど、寒さのせいか?指が悴んで巧く開かなくてさ。何回かカチンカチンやってた、その時だった。
 猫が走り去ってった方の繁みで、物音。
「ん……?今、何か音がしなかったか?」
「した」
 また猫?とか思ったんだけど。どうやら違う感じのオモムキ。いきなりどっかから振動音が聞こえてきた。
「――――ッ!?何だ、この音はッ!?」
 思い当たる中で一番近いのは充電音……違法高電圧のテーザー銃……?だけど、まさか、こんな學園の敷地内でそりゃねーだろ?あ、でも椎名ちゃんの爆弾の事件もあったしな…。
 とりあえず、身構える。音は空気を伝ってきてる。壁じゃない。だから、皆守を引っ張って壁際に身体を着けた、瞬間に、閃光。
 咄嗟に俺は片目を閉じたけど、皆守はまともに光を見たらしい。
「うッ、光が――――、」
「目ぇ閉じて10秒数えろ。次開けたときに光が見えてれば視力に異常はないから」
 一体、何が起こってるのか。起こった事柄に対して対処はできても、それの総合としての事象が何なのか、まだ把握できてない。そうこうしてるうちに、今度はどこからか煙が立ちのぼり始めた。
「ゲホッ、ゲホッ!!何だ、この煙はッ!?」
「皆守、息するなッ!!」
 言って、俺も呼吸を止める。本当は目も開けない方が良いんだけど、今はゴーグルもないし、視認ができないのは辛い。
 これは、煙幕弾か、発煙筒か。何の目的でこんなこと?目にしみないって事は、有毒性はない。だとしたら撹乱か、誘導か、視界を殺すのが目的か。
 息を詰める。気配を殺す。体中の感覚という感覚をフル稼働させて、完全な緊張状態に入る。
 くそ、銃がないのが心許ない。
 隣では視力の戻った皆守が、腕で口元を押さえながら繁みの方を見ていた。
「おッ、おい、葉佩…あれを見ろッ!!」
「な、何、アレ…」
 閃光が煙幕に反射して、何かのシルエットを空気の上に作り出している。奇妙な影像。まさか、マジで異星人だったり?……してたまるかっつーの…。
 とりあえず、隠し持ってたカレットナイフを出して、臨戦態勢は取っておいた。
 皆守が、隣で息を呑む。
「ワレワレハ、コノ惑星カラ、69万光年ハナレタ星カラヤッテキタ」
 第一声が、それ。
 1.異星人は日本語を喋るか。
 2.地球上でしか使われてない「光速」単位を異星人が使うか。
 3.69万光年離れた星から来たこの異星人は、一体何歳か。
 ……頭痛い。
「葉佩…やっぱり、この宇宙に異星人はいたんだ。七瀬たちの言ってたことは正しかったんだ」
「へッ!?ちょ、皆守!?」
 え?まさかこれ、催眠ガス?待った、皆守がおかしい!
「ワレワレヲ探シテハナラナイ。ワレワレノ調査ノ邪魔ヲスレバ――――タダチニ母船カラ、多クノ同胞ガ、コノ惑星ヲ攻メニクル」
「葉佩……今、俺たちは地球人の歴史的瞬間に立ち会ってるんだッ!!」
 すげー…、とりあえず皆守が錯乱してるってところにビックリ。何事にも動じなさそうなのにな。なんか、第三種接近遭遇とかどうでもよくて、皆守のパニくってる様子が気になってしょうがないです。
 とりあえず、あそこにいるヤツは引っ張り出す必要がある。
「繰リ返ス。ワレワレヲ探シテハナラナイ。ワレワレヲ――――、」
 俺が飛び出そうとするのと、同時に光が途切れた。
 一瞬で闇に放り込まれた俺は、さすがに視界が眩んで足が踏鞴を踏む。
「きゃァァァ、何、停電ッ!?」
「ちょっと、誰かブレーカー見てきてッ!!」
「何で突然……、そんなに電気使ってないよね?」
「あれ?何、この太いコード?コンセントから外に伸びてるんだけど」
 闇の理由は、女子寮の停電。コンマで視界を取り戻した俺は、目の前、さっき異星人モドキがいた場所を見た。
 そこにいたのは。
 ……………とりあえず、顔デカい。
 え、えーっとね、繁みの中に立ってたのは、なんでもない、(たぶん)普通の人間だった。男?だと思う。で、バラ食ってんの、違う、銜えてんの。……何気に俺も錯乱してっかも。
「…………」
「…………」
「…………」
「ワレワレヲ……」
 瞬間、飛んだのは皆守が持ってたコーヒーの缶。それ、確か中まだ飲んでないよな?
 缶は見事にその男の顔面にクリーンヒット。お見事。
「おぐォッ!!あぐおおお……、か、顔に缶が……」
「あ……悪い悪い。つい投げちまった」
 ふと見れば、もういつも通りの皆守甲太郎。
「ちょっと、アンタッ!!痛いじゃないのよッ!!そんな中身の入った缶を投げて当たり所が悪くて死んだらどうすんのッ!?」
 それはそれでおもしろくない?
「やかましいッ!!この野郎、驚かせやがって。紛らわしい登場すんじゃねぇッ!!」
 皆守クンご立腹。こめかみの青筋もしっかり復活してまっさ。
「オーホホホホッ!!気に入ってくれたかしら?そこのアナタ―――アタシの華麗なる演出に感じちゃったでしょ?」
 そう問いかけられた俺はといえば。
 一気に緊張が抜けたせいで、もう何か、色々どうでも良くなってしゃがみ込んでる始末。
「お、おい、葉佩!?」
「あー…、うん、もー、凄い登場だったね、うん。俺は感動してもう動けませんごめんなさい」
「ウフフッ、可愛い人」
 そりゃ、どーも…。
 俺をなんとか立たせた皆守が、消えたアロマパイプに火を着けて、男を睨んだ。
「ふんッ、さてはお前が異星人騒動の犯人だな?大人しく、そのマスクを取ってもらおうか」
「あれ?特殊メイクじゃなかったんだ」
「キィィィッ!!地顔よ、地顔ッ!!」
「「マジでッ!?」」
 ハモった俺と皆守は顔を見合わせて、それから、目の前の顔を凝視する。
 するとヤツは、どうやってセットしたんだとつっこみたくなるくらい見事にくるりと巻かれた前髪を掻き上げた。
「アタシの名前は朱堂茂美。『美しく茂る』と書いて、シ・ゲ・ミ」
「『美しく禿げる』と書いて禿美?」
「茂美だっつっとろーがぁぁッ!!」
 物凄いツッコミでした。
 朱堂は咳払いをひとつすると、
「アナタたちは、皆守甲太郎と―――そっちは転校生の葉佩九龍」
 イエース、ザッツライト。
「何で俺たちの名前を…?」
 つっても、皆守の名前なんてみんな知ってんじゃねーの?こんだけラベンダーの匂い漂わせてる変人、學園探してもこいつしかいないし。
「この學園のイイオトコは、全員、この《すどりんメモ》に網羅してあるの」
「聞いた?皆守、イイオトコだって。すげー、俺、イイオトコなんて言われたの初めてかも」
「こいつに言われて嬉しいか?」
「いんや、全然。」
「キィィィッ!アタシの話を聞きなさいよッ!!」
 聞いてんじゃん。
「このメモには、それ以外にも、いろいろと気付いたことを書いてあるのよ。え~と、例えばそうね……『キレイな眉の描き方』とか『小顔に見せる化粧』でしょ?『リバウンドしないミクロダイエット』とか、『着痩せする服選び』でしょ?」
「……おいッ」
 まんま、女の子だろ、それ…。つーか、女の子は自然が一番派な俺としてはダイエットとかそう言うのは、あんまり嬉しくないわけで。
「あのな、ハッキリ言わせてもらうけど、俺はダイエットするとかいう女はあんま、好きくない」
「こいつは女じゃないぞ」
「あ、そっか」
 俺らがそんなどうでもいいことを喋ってる間も、朱堂はぱらぱらとすどりんメモを捲る。
 そして、聞き捨てならない一言が。
「それから…『天香學園における女生徒の生体と傾向』―――でしょ?」
「――――ッ!?」
 へぇ…?
「フフフッ」
「お前が八千穂や他の女生徒たちを監視していたんだな?」
 ま、類は違っても、覗き魔、ってことか?
「そうよ……」
 朱堂は高らかに笑って、言った言葉が、これ。
「何故なら、アタシはビューティ・ハンターだからッ」
「はい?」
 すごいな、皆守が、素。今日は何やら普段とは違う皆守が見られる日らしい。
「さァ、アナタたちもアタシを呼びなさいッ!!ビューティ・ハンターとッ!!」
「いぇーい、ビューティ・ハンター!!」
「阿呆ッ!!」
 いーじゃん。阿呆もここまでいけば俺と同類だって!薬で頭がちょっと飛んでる気がしなくもないし
「うふふ、素直なオトコは好きよ」
「どーもー」
 朱堂の投げキッスを、皆守が叩き落とした。
「ちッ、この変態野郎ッ。……まぁいい。こんな馬鹿らしいことは今夜限りでやめにしてもらうぜ」
「御苦労な事ね。女生徒のことなんて放っておいて、寮で寝てればいいものを」
「言われなくてもお前を捕まえたらそうするさ。なァ、葉佩」
「添い寝ヨロシク♪」
「お前、それはどういう意味だよ…」
 いつもの冗談だって。
 あー!ダメだ、皆守、心配モードに入ってるんだった!!皆守の他人心配モードって、基本的に冗談通じなくなるんだよなー、シリアスめで。
「あら?アナタたち、そういう関係なの?」
「んなわけねぇだろッ!!」
「実は、アタシも馬刺とイイ男には目がないのよ」
「話を聞けッ!!」
 もう、皆守が掴みかからんばかりの勢いなのに、朱堂ったら全然気にせず高笑い。
「中々、趣味が合うわね」
「あ、でもちゃんと大好物は女の子だから」
「隠したってダメよッ、情熱がほとばしって見えるわッ!!」
「……見える?」
「知らん」
 苛ついたようにすぱーっとアロマを一発。皆守は朱堂を睨み付けた。
「とにかく、俺たちと一緒に来い」
「皆守ー、それってデートのお誘い?」
「んなわけねぇだろッ!!そうじゃなくてだな、何で女生徒をつけまわすのか理由を聞かせてもらおうかってことだ!」
「あ、そういうことね」
「…………」
 皆守の顔に、書いてある。阿呆が増えて疲れる、って。
 で、もう一人の阿呆は不敵に笑うわけ。
「ふふン、アナタたちに、アタシが捕まえられて?」
「つーか、捕まえないと八千穂ちゃん、怒るだろうし」
「捕まえる自信があるのね?でも、アタシを捕まえたければ、もっと、アナタたちの愛を見せて頂戴」
 えーっと、それってのはつまり、
「…こういうこと?」
 皆守にピッタリくっついてみた瞬間、物凄い速度で上段蹴りが飛んできた。ああ、薬のせいで頭ラリパッパ。避ける気概もなくて、もろにこめかみにヒットした。でも、すでに痛みも感覚しないって勢い。
「阿呆ッ!!」
「いやだってさ、『アナタたちの愛を見せて』なんて言われたから、俺と皆守の愛かなーとか」
「んなわけねぇだろッ!!」
 今日だけで、皆守のこのツッコミ、何回目だろ。ダブル阿呆を相手にするのは疲れるみたいだな。って、俺が言えるセリフじゃないけど。
 皆守は苛立ったように髪に手を入れ乱暴に掻くと、落ち着くためか、アロマを深く肺の中に吸い込んだ。それから何か、喋ろうとしたのだ、ケド。
「ちょっと、何か外で男の声がしない?」
「ん……?」
 げ…。
「もしかして、例の痴漢じゃないの?」
「マジで~!?ちょっと武器になりそうなものある?」
 げげっ…。
「あたし、剣道部だから木刀持ってるよ」
「私も弓道部だから弓があるわ」
「調理実習で使った包丁とかなかったっけ?」
「あッ、ここに金属バットがあるよ」
 げげげのげ。
 女子寮がざわつき始めて、聞こえてくるのは物騒な単語の羅列。
「………」
「………」
「ヤバく、ねぇ?」
 言わなくっても、ヤバいってのは一発で分かる状況。
「………」
「………それじゃ、アタシはこのへんで」
 朱堂が、爽やかに手を振る。
「おう、またな――――ってな訳にいくかッ!!」
 それに手を振りかえそうとした皆守が、その手を伸ばして朱堂に掴みかかろうとした。けど朱堂は身軽にそれをかわし、あさっての方向を指差して叫ぶ。
「……あァァァッ!あれを見てッ!!雛川先生が着替えてるッ!!」
「ウッソ、マジで!?」
「おい、葉佩ッ!!何、よそ見してんだよッ!ここは学生寮だ、雛川が見える訳…」
「分かってるよー、っだ!!」
 俺がよそ見をしたフリをした隙に逃げようと、背中を向けた朱堂に、弛緩剤を投げようとして、気が付いた。
「あァァァァッ!!そうだよ、俺今高校生なんじゃん!!」
 普通の高校生の装備に弛緩剤なんて物騒なモンねーっつーの!
「オーホホホッ!!また会いましょう~!!」
「ちッ、逃がすかよッ!!」
 繁みの奥に向かって走り去る朱堂を、追う俺と皆守。
 あっちは、墓地の方角だ。だとしたら、見通しの悪い繁みの中を追うよりも、女子寮の脇を抜けた方が早いか……でも、逃げた先の見当が付かない…。
「皆守、機関室の脇を抜ける!」
「だが、野郎、どっちに行ったか…」
 分からない、という言葉の前に、予想したとおりの方角から凄まじい雄叫びが。
「オカマの脚力、ナメたらあかんぜよォォォッ!!」
「あっちかッ!!」
 女子寮を囲う繁みの抜けた先、だとしたらやっぱり向かった先は、墓地だ。
「おい、葉佩ッ!俺があいつを追いかけるから、お前は部屋に戻って武器になりそうなものを取ってこい」
「って、男子生徒一人捕まえんのに武装しろって?」
 皆守、もしかしてあまりに変な奴に遭遇したから思考回路がイカレてねーか?
「あのオカマが大人しく捕まるとは思えないからな」
「でも捕まえるだけでいいなら素手で充分だろ?」
「ただのオカマなら、な。とにかく頼んだぜ、後でメール送る。じゃあな」
 言ってすぐ、皆守は走り出した。
 呼び止めようとして、一歩、出た途端に襲ってきた眩暈のせいで夜じゃない暗闇へと放り出されそうになって、踏みとどまる。頭から血が抜けていく感覚を待って、しばらく立ちつくしていると。
 メールが届いた。
 皆守からだ。
『オカマは捕まえとくから、お前はさっさと寝てろ』
 ……くそぉ。
 要するに、戦力外通告ってワケね。
 ふざけろ、俺、これでもそっちのスジじゃエキスパートなんだけど?素人に任せて部屋で寝てろとか、できるワケねーっての。
 俺は、即座にメールを打った。
『今から行くわ、待っててね♪』
 送信、っと。
 それから部屋まで戻って、椎名ちゃんから借りてた鍵を使って拝借した薬品で精製したり、日用品で作った爆薬類――――もちろん、殺傷能力は最低に近いもの――――をいくつかひっつかんで、部屋から出ようとしたとき、H.A.N.Tが反応、メールだ。
『今、墓地にいる。あのカマ野郎、事もあろうにあの地下の遺跡に続く穴に入って行った。勘弁してくれよ……俺一人であんな変態と狭い場所に入るのは非常に(←ここ四倍角)イヤなんだが……来れるか?』
 ははは、任されちゃって!待っててダーリン、今行くから!
『了解』
 端的に肯定の返事だけ返して、H.A.N.Tをアサルトベストに突っ込んだ。
 あの遺跡に入り込む、って時点で普通の男子生徒じゃない。おそらくは生徒会に関する者である可能性が高い。だとすれば、鍵が。遺跡に飛び込んだって事になる。
 お仕事ですね。頑張りますか。
 身体が訴える変調という変調を全部無視するために、アスピリンを服用間隔の規定時間、空けずに二錠、飲み下して。俺は買いそろえたばかりの武器を手に、部屋を出た。