風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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4th.Discovery 明日への追跡 - 6 -

 墓地には、まだ皆守がいた。アロマパイプの灯りとラベンダーの匂いですぐに分かる。
「よッ、お待たへ」
「……随分と、軽装だな」
 いつものようにサブマシンガンを抱えてない俺の姿を見ての感想だった。
「当たり前だろ?まだそんな遅い時間じゃねーし。女子寮でも結構な騒ぎになってる中、あんな大荷物抱えてうろうろしてられっかっつーの」
「じゃあ、武器無しか?」
「まさか」
 化人の巣窟に、武器無しではいるなんて芸当、さすがに俺でもしたくないし。つーかできねーし。
「今回は、コレ」
 アサルトベストから抜き出した、二挺のハンドガン。サブマシンガン、アサルトライフルなんかよりも目立たない上に、俺はこっちの方が扱い慣れてる。ご予算の関係で支給品を使うしかなかったけど、クエストをこなしたおかげで余裕ができた。
「そんな小さいので…大丈夫なのか?」
「俺、突撃部隊みたいな戦い方、苦手だもん。断然こっちのが楽」
「そういうモンなのか?まぁ、お前がそれでいいってんなら、何も言わないが」
 それよりも、と。皆守は探るような目で俺の頭の先から爪先まで視線を滑らせる。
「別に、明日あのカマ野郎を捕まえたっていいんだぜ?」
 やぁっぱ、妙なこと気にしてやがった。
「ヘーキだっての!それに、もしかしたら朱堂、鍵かもしんねーんだし。これを逃したら次がいつか、分かんねーだろ」
 ロープを垂らしながら、皆守を振りかえる。
「さっさと、済まそうぜ。んで、さっさと寝る。これに限るだろ?」
「……あぁ」
 グローブを嵌めて、ロープに手を掛けた。鍵が開いたのなら、飛び込むのが《宝探し屋》の仕事だろ?ヘバってできませんでした、じゃあまりにも格好悪すぎる。
 大丈夫。そう自分に言い聞かせて、ロープを降りた。
 下の広間は、相変わらずの静寂を保っていた。どこからか聞こえてくる音が壁に反響して、音楽のように聞こえるのもそのままだ。本当は人間の立ち入りなんて、許さないであろう神聖区域。
 降りて来るであろう皆守を待ちながら、広間の中央にある円盤を見た。
 ビンゴ、だ。光が立ち上っている。北……この上か。
 ラベンダーの匂いが強くなって、それから足音。皆守を振り返って、光の方向を指差すと、ヤツは気怠げに頷いた。
 新しい区画の扉の前で、俺は銃を取りだした。
 ベレッタM92…Fじゃなくて、FS。俺にとっては、大事な一挺。M92Fの銃で有名なスライド耐久値の低さを改良したもの。9mmparabellumを使用する、ベレッタ社の傑作拳銃なのです。
 それからもう一挺はS&WのPC356。
 依頼人である黒髪の未亡人さんから、頂きまして。威力は強いけど9パラが使えないのが欠点。弾薬の種類から銃の名前がきてるっていうくらい、あんまりメジャーじゃない弾を主弾としてる。改造してもいいけど、一発一発実包作ってる暇もない。ここは目を瞑ろうってことで。その内お金が貯まって亀ショップでいいのが売られ始めたら9パラで揃えようかなとか思ってます。
 さて、そんなこんなで、新しい俺の相棒。両方のマズルに軽く口付けて。
 扉を、開けた。
 その先では、黄色い結晶がきらきらと光って灯りの代わりになっていて、一瞬呆けてしまうほど。女の子連中を連れてきてたら喜ぶかも。
「ったく、無駄に広いな、この遺跡」
「だな。さーってと、どっちに行けば…あ、あの扉って椎名ちゃんがいたとこだよな」
 西方向に、あの金色の扉。ってことは、逆か。見つけた扉の前には、石碑と例の江見さんメモ。……って、あれ?
「どうしたんだよ」
「あのさ、いつも遺跡に落ちてるメモって、こんなにファンシーだったっけ?」
「はぁ?」
 皆守と顔を突き合わせてメモを覗き込むと、そこには。
『アタシの名前は朱堂茂美。すどりん♪って呼んでくれてもいいわよ』
 あはははははははッ!!面白い!!朱堂、素敵。
「ハイ、皆守クン、これあげる!」
「んなもんいるかッ」
 だろうなぁ。さすがの俺も、これはちょっとツボ入ったよ?おもしれーなぁ、永久保存版だ。
 江見メモならぬ、すどりんメモをポケットにしまって、今度は石碑の解読に入る。あー、相変わらず意味不明な文字の羅列。H.A.N.Tがなかったら、絶対一文字も読めないっての。
「えーっと、走れ、全て…失う?」
 何だか、意味深。気になったから、本腰入れて読んでみることにした。
 そこに書かれていたのは。
「『走れ、全てを失わぬうちに。倒せ。闇の奥で牙を磨く毒蛇を』……どういう意味だ?」
「何かの暗示か?中に敵がいるとか」
 分からんねぇ、これだけじゃ。
「とりあえず、用心していきましょーかね」
 ……そっから先で起こったことは。用心なんかじゃ済まないことだったんだけど。
 その時の俺は何にも知らずに。守るべき者の重さなんて知覚もしないで。
 扉を、開けてしまったんだ。

*  *  *

 やけに、静まりかえっていた。
 誰もいないんだから当然なんだけど。
「なんだ、何にもいない…」
 俺の嘆息を遮ったのは、突然の振動と、H.A.N.Tが伝える『罠が作動しました』という警告。チクショウ、こういうことかよ!!
「なるほど…吊り天井か。潰される前になんとかしないとな…」
 妙に皆守の口調は冷静だった。たぶん、ギミック解除に必要な蛇型のレバーを見つけたからだと思う。あれさえ降ろせば、とりあえず罠は解除されるはず。今までのことを踏まえて、そうだろうと、俺は通路を走った。
 走れ、全てを失わぬうちに。倒せ、闇の奥で牙を磨く毒蛇を。
 その言葉の意味が分かった気がした。罠は、さっさと解除するに限る。幸い天井が降りてくる速度も遅くて、まだかなり高い位置にある状態で、レバーを降ろしたんだけど。
「ッ――――!!」
 中頃で、何かに引っ掛かったようにレバーが止まった。何やら、嫌な音も聞こえたし…。
「何か砕けたような音がしたが……もしかして壊れたんじゃないか?」
「うそ…だろ?」
 嘘なんかじゃなかった。吊り天井は、未だ下降を続けている。
 焦るな、考えろ。そう自分に言い聞かせて、近くにあった扉を押した。が、やっぱり開かない。何度も肩から体当たりをしても、ビクともしねーでやんの。
「クソッ…!!」
 元来た通路を戻って扉を押したけど、反応無し。完全に閉じこめられて、後は降りてくるだけの天井。
 扉に向かって爆弾を投げてみるけど、馬鹿みたいに頑丈で、ヒビすら入る気配がない。壁を全部見て、壊せそうなところを探しても、ダメ。
 レバーの所に戻った時には、もう天井は半分より下まで来ていた。レバーに向かってハンドガンをショットしてみるけど、ウンともスンとも。
「どうにか、なんないのかよ…」
 皆守を振りかえると、俺より背の高いヤツは、すでに僅かに屈まなければ立てない状態だった。
「とにかくしゃがんでろ!」
 なんとか、するから、絶対。
 お前が、こんな埃っぽい得体の知れない遺跡で誰にも知られずに死ぬなんて、ダメだ。絶対ダメだ。あっていいはずがない。
 咄嗟にワイヤーガンを取りだして、柄に巻き付けた。それを巻き取る要領でレバーを降ろそうとしたけど、全く動く気配がない。中で、何か壊れた破片が詰まっているのなら……修理しかない。けど、もう天井は。
「くッ!このままだとまずいぜ!」
 皆守はもう中腰でないといられない状態になっている。俺も、とっくに直立は不可能だ。
「みなかみ……」
 なんとかできないのかよ。
 このままただ、ふたりでぺちゃんこの肉片になるしかないのかよ?それで、学校に行方不明扱いされて、持ち物だけ墓の中か?冗談、キツいぜ。そんなの、許せるはずがない。
 止まれ、と祈った。神になんかじゃない。普段から信仰なんてないんだから、こんな時だけ助けてくれるはずがない。だから、別の者に。
 言ってしまえば――――俺の女神に。あの日、いなくなってしまった、彼女に。俺がこの手で壊した、想い出に。
 頼むよ、もう、俺、誰も殺せないんだ。あんたも言ったろ、もういいって。だから、頼む。
 こいつをたすけて。
「頼む、お願い、だから…」
 レバーに、手を掛けた。体重を掛ける。天井は、すぐそこ。皆守の声が聞こえる。何で止めろって言ってるのか、よく分からない。天井が、手に触れた。俺はもう、レバーに縋ってるような状態で。少しだけ振りかえれば、皆守はほとんど這ってるような姿勢。
 あ。
 と思ったときには、もう。手に、重圧。途端、頭の先から背筋を駆け抜ける、灼熱の激痛。
 降りてきた天井に、レバーごと手を、潰されていた。
「う、ぁ……っ…」
「葉佩ッ!!」
 息が詰まる。声すら出ない。それでも手を、離せなかった。容赦なく重みを増す天井に合わせて、体重を掛け続けた。降りろ、と譫言のように呟いた。何度も。
 ぐしゃ。嫌な音がした。それは、俺の体の中から。手元から。
 痛みと涙で呼吸が詰まって、頭の中が妙にぼんやりしていた。うまくいかない呼吸の中で、それでもラベンダーの匂いだけは、感じる。
 不意に、後ろから抱き竦められて、その瞬間。
 骨の砕ける音、肉のひしゃげる感覚、神経の悲鳴、それから、誰かが呼んだ自分の名前。聞きながら俺は、襲ってきた激痛に、意識を明け渡した。

*  *  *

 いつだって、俺は間違い続けてきた。
 それは、一番大切なときに起こり得る間違いばかり。
 そもそも、生まれついたこと自体、間違いだったのかもしれない。

『―――― …』

 必死に、誰かの影を追っていた。

『―――― …』

 どこに、いる?
 必死で呼んで、探して、でも、見つからなくて。
 永く、どこまでも続きそうなのに、どこにも辿り着けなさそうな暗闇の中で、誰かを。
 名前を呼びながら、さまよって。

『……クロウ…』

 呼ばれて、振り返った。
 暗闇に、ぼんやり浮かぶ、見覚えのありすぎるほどあるシルエット。
 手には何も持っていないはずなのに、ハンドガンを持つ手付きで、俺を指していた。
『クロウ、気付くの遅いよ。耳でも遠くなったか?』
「……なんで…お前」
『何で、って。呼んだんだろ?お前が。ったく、自分で呼んでおいて、そりゃあねぇだろ』
 バーン、と言いながら、指を跳ね上げる。俺は…何にも反応できなかった。
 屈託なく、けれどどこか勝ち気に笑う彼女は……間違いなく、彼女で。だから、これは、間違いなんだ。バグだ。世界が見せた、悪夢だ。
 そのはずなのに、俺はなぜか、酷く満たされていて、彼女の顔を見ただけで、涙腺が破壊されていた。
『阿呆!何泣いてんだよ、お前さんね、男だろ?』
「……るっせぇ、よ…」
 涙滂沱状態で、近寄ることもできずに彼女を見つめていた。彼女も、俺に近寄ることはしなかった。
 それはまるで、暗黙の了解のように。
 そっと、伸ばされた手も、俺には届かず。でも、頬に感覚する、彼女の指先。お世辞にも細くて綺麗なんて言えない、戦う人間の、時折優しい指。
「俺、は…俺はッ、」
『クロウ……阿呆だね、お前は、本当に』
 どこまでも厳しいくせに、どこまでも優しい俺のトラウマは、感覚だけで俺の額を弾いた。仕事をミスったとき、俺の眉間に皺が寄っているとき、淹れたコーヒーが不味かったとき。彼女は必ず、デコピンをしてきたことを、痛みと共に思い出す。
『大丈夫だよ……あたしがお前を守ってやる。だから、お前さんは自分の守りたいモン、守んな?』
 ふっ、と。彼女の影が揺らぐ。ノイズが掛かるように、不安定になった空間で、俺は、必死に追い縋る。
「待てよ、まだ俺は、」
 何にも、言えてない。
 そう告げようとしたけれど、彼女がそれを、許さなかった。
『却下。まだも何も、全部、終わったんだから。何も言わなくていい』
「ッ―――― …』
『ハハッ、そんな顔、しなさんな。大丈夫、ヘーキだよ♪」
 何が大丈夫なんだよ、と聞く暇すら与えてもらえない。
 彼女は、東洋人特有の童顔を、さらに幼く見せる笑顔で、笑って言った。

『愛してるよ、クロウ』
 
 冗談のように、おどけて。
 ゆっくりと全てが闇に覆われて、何も見えなくなるその瞬間。
 額に感じた、柔らかい、唇の感触。
 
 愛してるよ、クロウ……
 
 彼女の『口癖』は。
 滑るように俺の中に落ちていった。

*  *  *

 授業中に居眠りしてて、いきなり筋肉が硬直して痙攣するのとそっくりな感じで、俺は夢から引っ張り上げられた。
 おわー、べっくらこいた。もう変な汗だらだら。ヤダね、授業中だったら笑いの的だよ、こりゃ。
 どこか、妙に気の抜ける場所で、俺は壁のようなものに寄り掛かっていた。……一体、何がどうしてこうなったんだっけ?というか、ここどこだ。天国?まさか。俺切符持ってなーい。
 って、違う、違うっての……なんだよ、この手。包帯グルグル巻きで、しかも、微妙に感覚が鈍い。
 ……そうだ。吊り天井だ、あの、罠…。
「ッ――――…皆守!!」
 何か、強い力に弾かれたように立ち上がって、その場所を見渡した。
 ここは、魂の井戸…?あの不自然に規律正しく並んだ三角錐は、間違いない。
 そしてここに、皆守がいない。
 扉を探した。うまく方向感覚が掴めない。頭の中が不格好に歪んでいく。これは、パニックの兆候だ。自分で、自分の制御が出来なくなる。
 皆守、皆守、皆守、どこにいる?生きてるのか?皆守、皆守…
 普段なら何の問題もなく開く扉を、半ばこじ開けるようにして部屋の外へと飛び出した。出た場所は、いつも最初に降り立つ大広間。
「皆守ぃ――――ッ!!」
 反響する自分の声を聞いて、俺は初めて自分が泣いていたことを知った。喉が詰まったせいで、声は掠れて遠くへ飛ばない。パニックの連鎖で呼吸にも失敗し、ブラックアウトのぎりぎり寸前でなんとか踏み止まった。
 頭が痛い、皆守がいない、耳鳴りがする、眩暈が酷い、皆守がいない、皆守がいない、皆守がいない…。
 いつだって、俺は間違い続けてきた。
 それは、一番大切なときに起こり得る間違いばかり。
 そもそも、生まれついたこと自体、間違いだったのかもしれない。
 皆守を、ここに連れてくることは間違いだった。
 何よりも大きな、間違いだった。ここは、化け物の巣窟で、致死性の罠も仕掛けられていて、それこそいつ死んでもおかしくない場所なのに、俺は民間人を自ら呼び込んで、
 殺しかけた。
 もしかしたら、
 殺してしまったかもしれない。
「みなかみ……皆守…」
 壁際で朦朧となりながら、それでも皆守を呼んだ。返事があることを願いながら、呼び続けた。
「おい、おい葉佩!!」
 幻聴じゃないとしたら。
 というより、幻聴なんて聞きたくない。幻聴でなんか、あってほしくない。
「葉佩、大丈夫か!?」
「皆守…」
 階段の上から、皆守が飛び降りた。普段のあいつからは想像できないくらい慌てて駆け寄ってくる。
 生きてた。
 それを確認した瞬間、俺は魂の井戸へと駆け戻っていた。それから、自分の背で扉を押さえる。
 一気に身体から力が抜けて、もう、ダメ。扉の向こうから、怒声に近い皆守の声が聞こえるけど、ここは、開けられないと思った。今の俺なんか見られたら、たぶん、今までみたいに皆守を見られない。
 戻らなきゃダメだ。落ち着け、落ち着けよ、俺。笑って、言えばいいんだよ、「死んだんじゃないかって、心配したわ♪」とか、そうそう、そう言えば、大丈夫。大丈夫だから、戻ってこい、俺。
 深呼吸して、笑顔炸裂で、扉開けて…、
 実行しようとする瞬間手前、意表を突いて扉が開いた。
「葉佩ッ!」
「ッ……!!」
 唐突に。押し入ってきた皆守に両手を掴まれて、眼の奥を見据えられる。
 頭の中で用意しておいた『大丈夫』という言葉は一気に吹き飛ばされて、脳ミソ真っ白。
「……………」
「……………」
 皆守は、開けてみたものの、俺は、開けられてみたものの、って感じで沈黙。じーっと黙りっぱなしで見つめ合うって妙なシチュエーションで、でも、その時間のおかげで、なんとか俺は正気を引き戻す。
「あ…あ、はは、ごめーん、ちょっとビックリしちゃってさ」
「………」
「そっちは?なんか怪我とか、しなかった?」
 さりげなく手の拘束から逃げようとしたけど、逆に皆守に引っ張られて、
「お前、手は!?」
「て?」
 手首を強い力で掴まれて、そういえば、と、包帯の存在を思い出した。付随するように、あの時吊り天井で潰された痛みも思い出した。
 完全に手は、潰れたはずだった。
 今は、少し痺れてはいるけれど、神経は繋がっているようだ。指先第一関節までしっかり動く。
 魂の井戸の作用だとしたら……本当に、未知の力だと思う。
「だいじょうぶ、ヘーキ」
「何が大丈夫だ!?手が潰れて意識飛ばして…それにお前、熱、ったく、ボロボロじゃねぇかよ…」
 皆守が、溜め息を吐く。
「あ、あの、ゴメンな?大丈夫だから、そんな、」
 気にすんな、って言おうと思ったけど、それは遮られて。
「お前なぁッ、それの、どこが大丈夫なんだ!?今はそんなんなってるけどな、その手、どんだけ酷い状態だったか分かってんのか!?」
 怒鳴られた。耳元で。胸ぐらを掴まれて、引き寄せられた衝撃で頭痛がぶり返す。顰めた俺の顔を見て、皆守は力を抜いたけど、怒気だけは、引いてないらしい。
「俺は、自己犠牲なんて認めない。絶対なッ」
「……………」
 たぶん、そこについて、俺と皆守の意見は平行線だと思う。『自己犠牲』は、嫌いだけど、それが成り立つのは確固たる自己を持って、自分を犠牲にすることで何かを救うことができる尊い人間だけが成し得ることであって、間違ってもそれは俺じゃない。
「うん……だから、ゴメン」
 自己を犠牲にしたとしても、運が悪かったら、俺は皆守を殺してるとこだった。
「危ない目に、合わせてゴメン。本当に、ごめんなさい」
「っ………そういう、ことじゃねぇってんだよ…」
 でも、俺にはそれしか言えないよ?
「結構、反省したから。で、さ」
 今度こそ本当に腕から逃げて。手から皆守の体温を消すために、気付かれないように後ろ手を組んだ。握ればただ、僅かな痺れと包帯の感触。
「な、お前は帰れよ、上」
「は……?」
「朱堂は、きっちり俺が、ふん捕まえてシメとくからさ」
 皆守を刺激しないようにと妙な気を遣って、おどけて言ったのがハイ逆効果。グッと、皆守の表情が強張って、更に険しくなった。
「俺には帰れっていいながら、でもお前は行くってか?」
「ん…まぁ、だってコレ、仕事だし…」
「ふざけるな。俺はお前の仕事と関係なしに、あのオカマを捕まえに来たんだよ。それを、どうこう言われる筋合いはねぇな」
 あー…、言うと思った。
 こいつ、引かなそうだなぁ…。銃突き付けて帰れって言っても、頑として聞かないタイプ。どことなく白岐ちゃんを連想させるね、この頑固さは。
 さて、どうしよう。
 選択1.ボコって気絶させて寮に放り込む。
 選択2.睡眠剤で眠らせて寮に放り込む。
 選択3.………死んでも守ると決めて、一緒に行く。
 皆守が納得する選択肢は用意できないけど…マシなのは3…なんだろーな。
 何があっても行くと腹を括ってしまった皆守を、見上げた。
「これ以上は、ちょっと危ないぜ?」
「さっきので分かってるってんだよ」
「さっきみたいに、運良く助かる、なんてもうねーかもよ?」
「でもお前は行くんだろうが」
「……うーん、そうだねぇ」
 守れるか守れないか、じゃない。必ず守ってみせると決めるんだ。
 『あの頃』の俺はそこそこ、強かったから。戦う相手が純然たる人間じゃない限り、戻れると思うんだ。じゃない、戻るんだ。そう、決めた。
「しゃーない。じゃ、行きますかね」
 皆守からしてみれば、俺は呆気なく引いたように映ったんだろーな。怪訝そうな顔してる。
「…それとも、やっぱ不安?」
「阿呆、そんなんじゃない」
 苛立ったようにアロマを吹かす皆守に背を向けて、俺は、床に置かれた二挺の銃を拾い上げた。
「大丈夫。皆守は、俺が、何があっても守るから」
 その瞬間の、ものごっつい嫌そうな皆守の顔。忘れらんないね。
 大丈夫。
 今日は絶不調だけど、それでも今日一日は、絶対に保たせるから。
 大丈夫。
 例え、何があっても。
 皆守だけは、守ってみせる。
 これが今の、俺の、“絶対”だった。