風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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3rd.Discovery あの炎をくぐれ! - 7 -

 部屋に入るとすぐ、戦闘が始まった。
 悪いことに、あのパイプ野郎が全面を向いてしかも二体。これじゃあ後方の弱点が狙えないじゃん!!
 参った。でも参ってる場合じゃない。
 ゆっくりと近づいてくるパイプの攻撃範囲に入らないよう移動しながら、今度は笠骸骨に向き合う。撃破してから、柱の陰に。
「葉佩君、後ろからも…」
 取手の言葉に、短い相槌を返した。分かってる、後方にも三匹近付いてきてる。けど、前にも二体いるんだ。
 パイプが攻撃するたびに柱の横から熱風が吹く。さっき食らった時の傷の痛みが今更のように蘇ってきて、俺は歯噛みした。柱から顔出してMP5の引き金を引き続けるけど、リコイルがストックを通じて肩に響いて、今にも負けそう。
「取手ッ!!後ろの、頼む!!」
 銃声に負けないように叫ぶと、返事の代わりに微かに後ろで動く気配がした。
 同時に、俺も飛び出して、スライディング。『水平横撃ち』なんて流行らない移動射撃だけど、パイプ野郎は宙に浮いているからこっちの被害はかなり少なくて済む。目の端に捉えたパイプを撃って消し飛ばすと、今度は逆だ。
 取手はさっきまで敵影画面に映っていた影を二つほど消していて、となれば次に俺が狙うのは最後の一体。区画の奥の方から前宙しながら近付いてくる骸骨。遮蔽物は何もなかったけど、相手が攻撃モーションに入ったところを狙った。
 そこで、俺のパッシブスキル『疫病神』発動。引き金を、引いた瞬間。マズルから何かが跳んだ。この感覚……ジャムった!?
 ジャムっていうのは、簡単に言えば弾詰まり。精度の高いMP5シリーズとはいえ、連射に頼るサブマシンガンだ、弾詰まりなんて起こしたら一溜まりもない。
 暴発だけは勘弁プリーズ、咄嗟に俺は引き金を引く手を止めた。
 同時に銃口が跳ね上がり、ストックが肩を強打。激痛で、一瞬MP5が手から離れる。
 まずい、と思った時には遅かった。骸骨が殺気を膨らませて例の投擲武器を投げてきた。コースはもちろん俺の頭。直撃コースだよチクショウがッ!!
 頭をどうにか護ろうと、落としかけた銃身を盾にした瞬間、そこに衝撃。ギリギリ、マジで間一髪。しかも、投げつけられたモノは思い切り銃身に突き立てられたまま。迷わず引っこ抜いて、それが何かも確認しないで投げつけた。
 消えていく敵の影。見送って、ゴーグル外して振り返ると、そこには物凄い形相の皆守。
 ……怒ってらっしゃる?
「…………」
 あ、怒ってらっしゃる。
「い、今のは、俺のせいじゃなくて、銃がね、ジャムったせいで、で、でも、大丈夫、だよ?」
「……ったく、お前は…」
 不意打ち。皆守が手を伸ばして、俺の目元に触れた。微かに痛みが走るのは、きっとさっき銃身で庇った時になんかやったんだろ。指で傷をなぞられる感覚がやけにリアルで。思わず一歩、後ろに下がってしまった。
「ダイジョーブ、だってば。これくらい」
「…………」
 うわぁ、何か妙な空気。
 皆守から目を逸らせて、MP5を背に戻すと、部屋の中で妙な存在感を放っている像に近付いた。取手も、その像を見上げている。
「《火之迦具土》、だって」
「あそこに何か嵌められそうじゃないかい?」
 取手の指差した先には妙な形の窪みがあった。鍵だ。鍵を与えれば、先の扉は開くはずだ。うろうろとその辺を調べると、石碑を見つけた。しゃーない、解読するかね。
「『愛しき妻の命を奪いし者、許すまじ』……物騒だな、ォィ」
「何か分かったのかい?」
「たぶん、あの窪みに入るのは《天之尾羽張》って秘宝だと思う。伊邪那岐は、それで自分のガキを殺したんだと」
 親殺し、子供殺し。世間では騒がれてるみたいだけど、こんな太古の古代神話でも普通に行われてるんだ。本当は、そんなに騒ぐことはないかもしんない。
 考えてみれば日本神話だけじゃねーしな。
「今日、さ…」
 皆守の気配が近付いてくるのを察して、俺は言葉を続けた。
「椎名ちゃんが、言ってたんだけど。伊邪那美が死んで、伊邪那岐は黄泉の国に迎えに行った、って」
 だから、《死》なんてものはどうってことないって。取り返しの着くモノだって、そう言って、笑った。
「……帰っては、来ないってのに、な」
 《死》を突き付けられると、やるせなくなる。究極に諦めなければいけない別離なのに、絶対的に諦めがつかない。
 椎名ちゃんはそれを受け入れられてないんだろうな、まだ。
「葉佩く…」
「さーて、じゃあ《天之尾羽張》でも探しに行きますかね」
 いかんいかん。暗くなるなんて俺の性分じゃない。ただでさえそんなにテンション高くないバディなんだから、上げていかないと。
 部屋は思ったより広くて、ふたつの扉が並んだ通路の向こうにも、まだ部屋があった。そっちまで行こうとして、また。
 今度は襟首じゃなくて肩を掴まれた。唐突に与えられた痛みは酷く鮮明に脳天まで駆けてった。
「ぐ――――ッ!」
「休憩が、先だろ」
 感情とか関係なし、問答無用で涙が滲んできたのを誤魔化すために、何も言わない、違う、言えないでいると、襟首掴まれてずるずる。スルーしたはずの魂の井戸に放り込まれた。
 緑色の光に飲み込まれて、身体から一気に痛みが引いていく。それは痛覚を麻痺させるという類のモンじゃなくて根本的に傷が治っていくって作用。
 なんつーか…全身から力が抜けていくような気がする。
「ここは……魂の安らぎが得られる場所…」
 取手が、大きく息を吐きながら言った。一息ついてる、って感じ。やっぱ、疲れてた?
 でも取手は、そんな様子は全く見せずに、俺に向かって笑ってみせる。
「僕は君にそれをもらったような気がする」
「?」
「君の傍にいると、僕は自分に戻れる」
 俺の傍、ってのはいいとして、でも、感覚はなんとなく分かる気がする。素の自分に戻れる、ってことかね?
「僕が僕でいてもいい。いや、僕が僕でいられる。そう、思える」
「…つっても、お前のこと否定するヤツなんていないだろ?」
 何の気なしに言った言葉だったんだけど、反応したのは皆守だった。
「本当の自分なんてのを曝すのは勇気が要ることだ。相手のことをとことんまで信用してなければ自分を見せることも、あまつさえ受け入れて貰おうなんざ思わないってことだ」
 うわー…痛いお言葉。隠し事だらけの俺としてはなんとも言えないざんす。
 でも。逆言えば、取手の言葉は、俺をそこまで信用してる、ってこと?
 取手を見れば、皆守の言ったことがビンゴだったのか、困ったように笑った。あまりに感激して何にも言わないでいると、あらら、大変、にわかに曇っていく取手の表情。
「ご、ごめんよ。その……迷惑だったかい?」
「全然!!取手ー、愛してるよー!!」
 飛びつこうとしたら、皆守から蹴りが飛んできた。おい、ドツキからグレードアップしてるぜ!?
「何だよ、スキンシップだろーが!!」
「取手が嫌がってんぞ」
「え?僕は、別に……」
 しかも俺だって冗談だっての!今、俺、血臭してるしね。近付かないのが、正解かも。そう思って、俺はサブマシンガンを担いだ。
「んじゃ、ちょっとここで休憩してて。俺、銃の整備してくるから」
 さっきジャムったところをなんとかしないと、これから戦闘が起きた時に大ピンチ。幸いマガジン空けて空撃ちしてみて変な音はしなかったから、それほど大変な事態には陥ってない感じ。
「ここでやればいいだろ」
「暴発したら大変デショ」
 ま、そんな心配はないだろうけど、念のため。地の扉を開いて俺の部屋と交信。修理キットを引っ張り出した。
「寝ててもいーぜ?すぐ済むと思うから」
 言い残して広い区画へと戻った。
 さすがに、何の音もしないけれど、背後の扉からはちゃんと二人の気配が伝わってくる。そういや、保健室仲間なんだよな?普段どんなこと話てんだろ。ちょっと興味あり。
 胡座をかいて、その中心に銃を立て掛ける。順を追って部品を外していくと、潰れた9パラが二発落ちた。
 MP5のシリーズは、耐久性とか不具合がどうとかよりも、命中精度に寄ってる銃だから、ジャムはたまに起こる。で、このA4はフォア・ハンドガードとロア・フレーム付きで射撃は安定はするけど、内容構造の密閉性が高いから、ジャムる確率は結構ある。
 やっぱり俺、サブマシンガンはあんまり好きくない。どうせやるならクルツで二挺、だろ?
 ガチャン、と組み立てまで済ませて、潰れた弾を取り上げた時。重い音がして、背後の扉が開いた。急激に存在感を増すラベンダー。
「ん?どした?こっちは終わったぜぃ」
 マウントを叩いてセーフティを入れる。試射するつもりで、適当に数発撃って、よし、異常なし。
 皆守が、出てきただけで何も言わないから、今度はサイトを覗き込んで数発。
「最初は、サブマシンガンはフルオート主体で使われてたんだ。でも、最近はセミオートばっかり使われてる。……何でだか、知ってっか?」
「…………」
「この、MP5シリーズは命中精度が高いので有名な銃なんだけど、それでもテロ屋を制圧するときに、室内でフルオート射撃するとさ、目標以外の人間も攻撃しかねないんだ」
 って、一般人に向かっておりゃー何言ってんだろうな。
「……ゴメン。今の嘘。なんでもない。忘れて」
 セーフティを掛けて、振り返った途端に口元に何かが押し付けられた。舌先に当たる硬質な金属。一瞬何が起こったのか分からなかったけど、吸い込んだ呼吸がラベンダーの匂いで、皆守のアロマパイプだってことが分かった。
「精神安定剤」
「間接チュー。」
 蹴られた。
「変なこと言うんじゃねぇッ。そういうつもりじゃなくて、俺は、」
「俺が、らしくないこと言ったついでに様子が変だから心配してくれたんでちゅよねー。皆守クンたら優しいんだからぁ。クー子、困っちゃう♪」
 思い切り蹴られた。
 脳天がっくんがっくんに揺れましたが!?ただでさえ少ない中身が流れ出したらどうするつもりだよ…。
「俺が阿呆になったら責任取ってください」
「安心しろ、元が阿呆だ」
 酷っ!!自覚あるけど、他人に言われると更に凹むね、これは。
 俺が苦笑いしてみせると、皆守は素早くアロマパイプを取り上げた。あーあ、ひたってたのに。ラベンダー、好きなんだけどなー。
「うわー、汚いモノ拭くように口ンとこ拭いてるぅ。皆守クン酷い!」
「……お前な」
「そっか、日本では、あんまり回し飲みとかしない?俺、挨拶チューとか普通にやるんだけどな」
 いや嘘だけど。でも海外では普通にやってるよね。これもまた、カルチャーショックとかいうヤツなのか。異文化コミュニケーション。日本式、慣れないと。
「でも、気ィ使ってくれてサンキュな。俺ならヘーキだから」
「そうやって、俺が何を言おうと関係ないって顔して突っ込んでいくのか?」
「ヤだな、さっきのことか?あれはたまたま。グーゼン、弾詰まり。俺ってばビックリするほど運が悪いって、知ってた?」
「知らない」
 皆守の目は、怖いくらいに鋭かった。まるで、さっきパイプ野郎と対峙した時みたいに。その目は俺という外壁をスルーしてる気がすんだ。だとしたら、こいつは俺に、俺はこいつに、不用意に近付きすぎた。
 危ないねぇ。皆守に対する目測を見誤ったかもしんない。
「お前は分かってると思ってたんだがな」
「何を?」
「死んだら還って来れない。お前はその怖さを、分かってたんじゃないのか?」
 そんなの。
 そんなの、分かってるよ。分かりすぎるくらいに、俺は。
 皆守の言葉は引力だ。つーか、皆守自体が抗いがたい引力だ。俺はちゃんと俺を演じようとしてるのに、引き付けられてできなくなる。だから、言わなくてもいいようなことを言っちゃうんだよ。
「分かってるよ」
 分かってるんだよ。
「死んだ人間は、そこからいなくなる。二度と見る事も、会う事も、触れる事もできなくなる。入れ物は肉塊になる代わりに魂は思い出と一緒に呪縛みたいに取り憑いてまわる、そういうもんだろ。どっかの馬鹿が、奇跡でも起こさない限り、二度目はない」
 言った後に気まずくなるのは分かってんのにな。何でこうも喋らされちゃうんだろ。
 居たたまれなくなって、魂の井戸に戻った。
「とーりで!そろそろ行っても平気?疲れてねーか?」
「ううん、大丈夫だよ」
 取手の場合、いっつも微妙な顔色してるかんなぁ…。判断が付きにくいわ。ま、大丈夫だって言うなら信用しましょ。
 外に出ると、皆守は壁に寄りかかってアロマタイム。じーっと見られたから、ちゃんと明るく、笑って見せた。
「目がとろんとしてる。眠い?」
「…若干な」
 まぁ正直。ならやっぱり、早く終わらせなくちゃでしょう。
 奥の暗がりには、泣沢女神とかいうのが掘られた柱があった。どうやら動かせるみたいだけど、こういうのって、どうせ適当にやったんじゃダメなんでしょ?ヒントヒント、石碑がどっかにないかなーっと…みーっけ。
「泣沢女…顔は、悲しみ……両手はうなだれ、天之香久山の麓、座り、続けた…」
 天香具山、ね。
 要するに、そこにある柱の絵を、この石碑通りに組み合わせればいいんだろ?うっし、ちゃっちゃとやっちゃいましょ。ごりごりと柱を回して、泣き顔に両手は下、座らせればあっと言う間に、はいオープン。
 でも、一番近くの扉は開いてなかった。てことは、あっちか、魂の扉の横にあったヤツ。
 だども、開けてビックリ、こりゃ、また…。
「こんな場所にもいるのか……たいそうな歓迎ぶりだな」
「ねー。ヤんなるなぁ」
 おいでなすった化人の大群。
 無駄口叩きながらも、全く遮蔽物がない場所だから、手早く片付けなきゃなんなくって。まず部屋の隅に移動しつつ、水平撃ちで蜘蛛を撃破。取手のフォルツァンドが、入って左手側にいたパイプ野郎を倒して(なんか、威力が上がってねーか?)、俺はガスHGを放り投げて、発破の瞬間、皆守と取手を後ろ手に押し込んだ。顔面を庇った腕に感じる、軽い火傷のひりつく痛み。大丈夫。大したことない。
 で、横向きだったパイプ一体と唐笠骸骨を屠ったろ?残りは真ん前に陣取ってるパイプ野郎一体だけ。間が悪いことに、攻撃モーションに入りくさってんだけどさ。
 だから当然のように二人を退けようとしたら、あら?
「あぁ、眠い…」
 普段の「眠い」よりも幾分険のある口調で、皆守が俺の襟首を引っ張った…違う、抱え込んで回避した。咄嗟のことで対応できなくて、されるがままになって転がった俺の目の前では、取手が腕を開いて伸ばしてフォルツァンド。
 あっと言う間にパイプ、消滅。
「安らかに眠るがいい…」
 黙祷のように目を閉じる取手。それをぼけっと見つめる俺。んで、皆守は……俺の下じゃん!!
「あぁ?何だよ、もう終わっちまったのか?」
 首と腰をがっちりホールドな腕。もれなくパイプ付き。ラベンダーくさい。
 って、そうじゃなくて!
「何やってんだよ!?」
「何って、避けたわけだが」
「そんなこたぁ分かってるよ!」
 問題はそこじゃねぇっての!何で、俺がこんなにしっかり庇われちゃってるわけ?
「お前な!俺を庇ってどうすんだよ!」
「どうって、危なかったから避けた。それだけだろうが」
 皆守は立ち上がると、座り込んだままの俺を見下ろして、言った。
「一勝一敗。これでイーブンだ」
「はい?」
 何の、ことですかね?
「さっさと行くぞ。朝までここにいる気か?俺はゴメンだ」
「お、おぅよ」
 皆守が、よく分かんない。元からワケ分かんないヤツだけどね。やっぱ、男の子だから護られるのイヤ?まぁコータローくんたらお年頃…って、感じじゃねーしなぁ。
 よく分かんないけど、よく分かんないままでも別に困らないと思って、そのまま放っておいてみた。で、部屋の端にあった宝壺を壊す。中からは、ビンゴ、《天之尾羽張》だ。これをさっきの火之迦具土のとこにセットすれば多分ギミック解除なんじゃねーの?
 部屋の外に出て火之迦具土像のとこに戻って、セッティング。うん、いい感じ。解錠音がどっか遠くでした。
「東の奥の扉……そこから鍵の開く音が聞こえたよ」
 取手の言ったとおり、開いたのは泣沢女神のとこにあった扉で違いないね。
 ふと少し離れたところにいる皆守を見ると、何も言わずにそっちの方向見てた。
 俺、特殊人、取手、音楽人。聴覚が優れてるのは当たり前なんだけど、もしかして、皆守も耳がいい人?こんな硬質でだだっ広い、音が反響するようなところで音の出所が分かるんだから、それって凄いことだぜ?
 皆守…音痴じゃなかったっけ?
 そんな声が聞こえたワケじゃなかろーに、俺の目は物語っちゃってたんだろーな。飛んできましたよ、ミドルキックが。
 しかも、痛い。
 しかも、どんどん先に行ってまう。
 しかも、ちょっと不機嫌。
 よし、こうなったら。
「取手、酷いよな、皆守のヤツ。くすん。いくら俺が使えないからって、置いてけぼりにしようとすんだぜ?あんまりじゃねぇか。めそり」
「は、葉佩君、元気出して、ね?」
「くすんくすん、皆守に置いていかれたよー」
 嘘臭く泣き真似を続けていると、慰めてくれる取手の傍に、もひとつ気配が戻ってくる。
「あぁ、ったく!!別に置いてくワケじゃねぇし、ここはお前の領分だろ!その気色悪い泣き真似止めてさっさと歩け!」
「てな感じ。取手も皆守に苛められたら泣き真似してみるとよいよ」
「うん、分かったよ」
 和む俺と取手の空気が気に入らないのか、皆守は無言で俺を蹴り飛ばす。あのね、ケツを蹴っていいのは俺じゃなくて、継ちゃん。オーケー?
「ほんじゃ先頭は先生が行きますから、みんなはちゃんと後ろに付いてきて下さいねー」
「蹴るぞ」
「スイマセン。」
 謝ったのにまた蹴られて、俺は急かされるように先に進む。
 やっぱ、扉を開ける瞬間てちょいとばっかし緊張するよな。先に、何があんのか分かんねーんだもん。
 次の区画は、とりあえず中に入った時点では敵影は確認できなかった。だからって気を抜くワケじゃないけど、ちょっとホッとした。こうもワケ分かんないのと連戦だと、さすがに疲れる。
「次は、つっぎっは~、ドコでナニをしましょっか~、ちょっとそこまでるんるんるん、化人を殺戮おーいぇ~」
「妙な鼻歌歌うなよ…」
 溜め息と一緒にラベンダーが漂ってくる。そこに、なんつーんだろ、変な臭いが加わったんだ。薬品臭ぇ。これって…。
 なだらかな坂を上がったそこには、どっかで見たような風景。中央に像で、周りに掘。ただ違ったのは、そこに張られていた水の色。
「………血のように赤い水…。あまり気分のいいものではないね」
「そーだねぇ」
 つっても、本当の血の色は、もっと鮮やかで、もっと、昏い。
 それでも覗いていたら引き込まれそうで、俺は堀の前面に設置された祭壇を調べた。おっと、反応有り。さすが俺のH.A.N.Tちゃん。
「次亜塩素酸ナトリウム溶液。塩酸で気化が可能、だって」
 家庭用洗剤とかにようけ、入ってるヤツね。酸化剤とか漂白剤にも使われるんだったよな。確か、弱酸だ。
「塩酸…誰か持ってる人!!」
「ご、ごめん、僕は…」
「つーか誰も持ってねぇだろ、普通は」
「だよねー」
 あ痛たたた。さすがに俺も塩酸なんて持ち歩いてない。そう言えば、前に行ったエリアに塩酸があったっけ?王水作ったもんな。でも、今からあそこまで戻るのも…。
 もしかしたら、なんか使えそうな物がこの部屋にあるかもしれない。柱が立ち並んでいて見通しの悪い部屋を、グルグルと歩き回ってみる。
 取手は一緒に部屋の中を色々見て回ってくれてるけど、皆守はもう柱にもたれて半寝。時折ちらりと顔を上げて、俺を見てはあくびをする。
「あ、葉佩君、あれ…」
 背の高い取手だったから気付いたのかもしれない。指差した方向にはワイヤーガンを引っ掛ける突起。俺は迷わずフックを飛ばした。登ってみる、そこには宝箱。中から出てきたのは……塩?
「なぁんで、こんなとこに塩があっかなぁ」
 一応アサルトベストに仕舞って、そこから周りを見回した。ふぅん、跳び移れそうじゃん。隣までの距離を測っていると、皆守が下から呼んだ。
「落ちるなよ」
「へーぃ……っと、ぉわッ!?」
 着地、できなかった。跳んで、てっきり地面があると思ってた場所には、ぽっかり穴が。これは嫌がらせですよね!?
 想像していた場所に足場が無くて、しかもその穴が結構深くて。阿呆のように長い絶叫をしながら、俺は落ちましたとさ。
 鈍い衝撃と、全身を叩き付けられる痛み。自業自得とは言え…なんだかなぁ。
「葉佩君!!大丈夫かい!?」
 少しして、思いっきり慌てたような取手の声が上から聞こえた。
「おーよ。なんとか。生きてるよー」
 上の穴から顔を覗かせた取手に手を振って、ハシゴに足を掛けようとしたとき。………左足が、うまく動かないことに気が付いた。やっべ、間接外したか?まさかな。捻挫か打撲って感じだ。大したことはない、よな、ウン。
 歯ぁ食いしばって、なんとか登って上に辿り着くと、取手と、皆守が待っていた。
「折角落ちるなって忠告したのも、無駄だったか」
「ごめんちゃーい」
「それより、怪我はないかい?」
「ん。ヘーキ」
 ひらひらと手を振ってんのに、取手はどっか心配そう。
「ホントに、なんともねーから。それよりなんか見つかった?」
「いや…これといって…」
「やっぱ戻んなきゃかね、塩酸を求めて三千里」
 んで、マルコ~とか言いながら母を訪ねて三千里を鼻歌でふふーんてしてたら、また後ろから蹴り。や、っべ…!左足が変な感じに傾いだ。そのまま前のめりに、段差から落ちそうになるのを、皆守の腕が支えた。
「おい…」
「い、いきなり蹴んなよ!!あー、べっくらこいたー」
「…………」
 皆守は、取手を先にワイヤーガンを張った段差まで跳ばせると、なんと。
 荷物みたいに、肩に俺を抱え上げた。
「おぅわ!!」
「ったく、世話の焼けるヤツだな、ホントに」
「うぃ!?ちょ、降ろせって、おい!きゃー、いやー、皆守クンのエッチーちかぁん、へんたーい!」
「もう一度穴から落としてやろうか?」
「ゴメンナサイ。」
 ……正直、二進も三進もいかねー、って思ったのは、確か。段差も跳べないし、下に降りるのもキツかったかも。
 でも、だからってこんな風に誰かの手を煩わせる気は、全然無くて。
 でも、皆守は俺を担いだままなのに、そのまま簡単に床に飛び降りて、驚いてる取手に「一旦戻るぞ」とか言って歩き始めちゃって。
「………ごめん」
 何も言わないから怒ってんのかと思ったんだけど、皆守は軽く、担いでいる俺の腰を二度、叩いた。
 なんか、それだけでバディがいてくれて良かったって、思っちゃうんだから俺も現金だ。戦闘に入れば絶対傷つけたくなくて守ろうと思うのに、今はこんなんだもん。自分が情けないと思うし、それに負傷してくれても助けてくれる人間が一緒にいるのは…頼もしいかもって思った。
 皆守は俺を魂の井戸に放り込むと、
「で、どうすんだ?戻るのか?」
「んー…なんとか、なる気がしないでもないんだ」
 足はすっかり元通り。入ってきた取手にも何でもないって、笑って言える。
 痛みもなくなって、ようやく頭が冴えてきた。アサルトベストから食塩を出して、うーん…。
「塩酸、てことは塩化水素水溶液、だから…HCl…食塩水の電解なんて今はできないだろうしな…」
「さっきから何ぶつぶつ言ってンだ?」
「ん?食塩と、何かで塩酸になりそうな気がしてさ。あ、そういやプールで塩素洗剤拾ったっけ!」
 地の扉にコンタクトして、部屋のストックの中から塩素系洗剤を引っ張り出す。それから礼拝堂に出て調合を始めた。だって狭いとこじゃ臭いし危ないし。
 慎重に分量を調節して洗剤と塩を混ぜていると、
「すごいね、葉佩君。もしかして化学が得意かい?」
「んー?そうでもないよ。でも薬品の調合は慣れてんだ。例えば塩素と水素の当量混合で爆破物とか。そういうのを作るのが、好きなの」
「随分と物騒な趣味だな、おい」
「よく言われる」
 そうこうしている間に、どうにか塩酸らしき物が完成!これでなんとかなるといいんだけど…。
 東の至聖所に戻って、祭壇の前で塩酸を使うと…なんとか成功したらしく、今までなみなみと満ちていた赤い水がどんどん引いていった。水の無くなった堀に現れたのは、ハシゴと、宝壺。壊した中には、はい秘宝はっけーん!《布都御魂剣》、ゲットー♪
 で?これはどこにはめりゃいーんだろ。そういや全然確認してなかったんだっけ。
 一応魂の井戸で残弾と爆薬の確認をして、行ってない区画がないか、探す……までもなくて、魂の井戸と供物室の間にちゃんと通路は存在してたのでした。ちゃんちゃん。
「またこの扉か…」
 通路を抜けて坂を上って。俺たちを待ち受けていたのは、黄金の扉。そこに掛かっているのは、炎の錠というものだった。鍵は《布都御魂剣》を飲み込み、響き渡った解錠音。
「……この先に、椎名さんがいるんだね」
「たぶんね」
 俺はゴーグルを目元まで降ろして、扉に手を掛けた。
 力を込める。
 重苦しい音を立てて、扉が、開いた。