風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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3rd.Discovery あの炎をくぐれ! - 1 -

 死ぬということ。
 無くなるということ。
 生命維持に必要な内蔵機能が停止し、人がただの蛋白の塊になるということ。
 だがそれは、『死』が訪れた人間にとってのことだ。

 遺された人間にとって、『死』は傷だ。
 抉られたような傷で、しかも腐食性。
 食い込む痛みと腐り落ちる苦痛に耐えながら、やがて自分にも訪れる『死』という救いを待つしかない。
 
 死ぬということ。(死なれるということ。)
 遺すということ。(遺されるということ。)
 
 どちらにしても幸せなんてもんは、待ってやしない。

*  *  *

 取手の一件から、一週間が過ぎた。
 あれから数回墓地下遺跡に潜ってみたんだけど、取手の時に言った区画以外移動できなくってさ、結局限られた範囲でクエストをこなすことしかできねーんだもん。どーやって先に進めばいいか、八方塞がりな感じ。
 施錠された扉を開けるには、一体何が必要なんだ?もしかしてあの扉ひとつひとつに墓守がいるってか?取手は自分のことを《生徒会執行委員》とか言ってたんだよなー。あぁ、キナ臭いは《生徒会》?
 机の上でH.A.N.Tと睨めっこしていた俺の隣の席に、八千穂ちゃんが座った。
「葉佩クンッ」
「ほい?」
「へへへ~。ね、この休み時間に図書室に行ってみない?さっき月魅にメールしたらいるっていってたからさッ。葉佩クンだってホントは気になってるんでしょ?あたしも見たもん、あの時の取手クン…」
 まぁ……全く気になんないって言ったら嘘だけど、でも俺はそれよりあの遺跡の詳しいことが知りたいなー、なぁんて…。薄情?
「あの後、墓地の下でも取手クンの身体から黒いのが出てきたし……《黒い砂》って、一体何のことなんだろう……って考えてたら授業なんて全然耳に入ってこなくてさ」
 俺なんていつも全然耳に入ってないよ、授業。
「もう、いてもたってもいらんなくなっちゃった。ねッ、葉佩クンはまたあの遺跡に行くんでしょ?」
「ん……どうだろ、な」
「え、でも……、葉佩クンてそのためにこの學園に来たんじゃないの?なんてったって、世界を股に掛けて、お宝を探し求める《宝探し屋》だもんね~。うんうん、なんかそれってめちゃめちゃ格好いいと思うなッ」
 さ、さいですか…。
「あ、それにね、あの地下遺跡で見た壁画とか扉の飾りみたいのってどっかで見たことがある気がするんだ。確かに前にテレビで………」
 八千穂明日香、やっぱりちょっと暴走のケあり。
 八千穂ちゃんに正体がバレたことは、本当に運の尽きだったかもしんない。もとから底の知れてる俺の運なのに、どうしてくれるよ?
「ほら、口ひげの教授が出てきてさァ、なんかほら、こ~……、石っぽいっていうか、砂っぽいっていうか…」
 考え込んでしまった八千穂ちゃんに答えをプレゼントしてあげようかとも思ったけど、その前にアロマに声を掛けられた。
「……一体どういう記憶力してるんだ」
「あ、皆守クン」
「よッ」
 皆守は相も変わらず眠たげな眼差しで一瞥だけくれると、
「お前が言いたいのは、エジプトのピラミッドだろ」
 そう、正解。
「ああッ、そうそうッ!!あのオバケが出てきた棺桶みたいなのって、そのまんま、ピラミッドに置いてありそうなのだったよね~」
「だよね~」
 ヘラクレイオンにも似た感じのはありましたねぇ。
 つーか、八千穂ちゃん、少しは怖いとかそういう感想を、持ちません?って、言うだけ無駄か。口には出してないけど。
「そうだッ、皆守クンも一緒に図書室行こうよッ」
「はァ?何で俺が……」
「いいじゃない。一緒に探検した仲でしょ?ねェ、葉佩クン?」
 八千穂ちゃんと皆守の視線が一気に刺さる。見上げると、舌打ちをして目を逸らす皆守。逃がすか。
「夜中に二人っきりでランデブーな仲だもんねー、皆守クン」
 と言っても、ひとりで遺跡に行こうとして見つかって、皆守が付いてきたことがあったってだけのハナシなんだけどね。
「……え~と。ふたりはラブラブ?」
「……あのな、どうしたらそんな頓狂な答えが思いつくんだ」
 冗談だってば。二人してそんな顔しなくていいじゃん。皆守なんて寒いを通り越して痛いって顔してるよ。
「取手の件では成り行き上、付き合ったがな、これ以上、俺を巻き込むな。所詮俺には関係の、」
「ないこと、って言いながら面倒見る辺り、優しいんだよ、なぁ?皆守クン?」
 ピシィ、っと眉間に刻まれる皺。あーあ、照れ屋さん。って、もしかして怒った?
「そうそう!関係なくなんかないよッ」
「はァ?」
「だって、友達の友達はみな友達って言うじゃない」
 言うじゃないと言われても、そんな事今まで聞いたことはねーぞ?こりゃ俺の見聞が狭いせいですかい?
「友達って……誰と誰がだよ」
「だから、葉佩クンと皆守クン。で、葉佩クンとあたし。ほら、皆守クンとあたしも、もう友達じゃない」
 えーっと、俺と誰か、ってよりも皆守と八千穂ちゃんて結構仲良さそうに見えたんですが?友達と違ったんですかい?だって教室で、皆守が八千穂ちゃん以外の人と仲良さげにしてんの、あんま見ないよ?
 ……ってか、俺と皆守は友達か?こういうものって確認し合うことじゃねーから、よく分かんないけど、知り合い歴一週間で、友達って近付けるもん?
 どうやら友達、と言われて皆守も疑問に思ったようで、思わず顔を見合わす俺ら。そして、更に突っ走る八千穂ちゃん。
「ホントは白岐サンにも話を聞いてみたかったんだけど……どこに行っちゃったんだろ」
 八千穂ちゃんは教室を見渡すけど、白岐ちゃんの姿は無し。
「どうしてそこで白岐が出てくるんだ」
「だって白岐サンって、あたしの知らないこといっぱい知ってそうだし、せっかくだから、色々話とかしてみたいな~って」
 ま、あんだけ俺にも忠告してくれんだから、色々知ってることは確かなんだろう、けど。あんまり協力的、っていう風には見えないんだよなー。単に俺が嫌われてるだけ?かもね。
「ほらッ、早くしないと休み時間終わっちゃうよ。行こッ、二人とも!!」
 うわぁ、やる気…。
「あ、おい、八千穂―――、……まったくなんて強引な女だ」
「そこが可愛いトコでもあるんだけどねぇ」
「バカ言ってないで、お前はどうするんだ?」
「……えー…」
 調べ物があるならひとりで行くのにー。
「なら、屋上にでも行って―――」
「葉佩クン!!皆守クン!!早く早く~ッ!ねェ、葉佩クン、皆守クン、まだ~!?」
「うるさいッ!人の名前を連呼するなッ」
「じゃあ早くお出でよ~」
 葉佩クン、皆守クン、と、まるで俺と皆守が大安売りにでも出されている感じ。叩き売り?ちょっと勘弁。
「ねぇってば~!!葉佩クン、皆守クン!!聞いてるのッ?」
「分かったよ、行けばいいんだろ、行けば」
 皆守は問答無用、と言うように俺の襟首をがっちり掴んだ。逃がさないってか?おーい!
「早くあれを止めないと學園中に俺たちの名前が無駄に広まるぞ」
「そ、それはちょっと、嫌かなー、なんて…」
「お前も不必要に目立つのは本意じゃないだろ?」
 確かに。これ以上正体があっちこっちにバレるとあんまり事態はおヨロシクない感じ?
「くそッ……だから八千穂に関わるのは嫌だったんだ。お前もこれから覚悟しておいた方がいいぞ」
「……だ、ねぇ…」
「さすがに同情するぜ。まァ、あいつも悪気があってやってる訳じゃないのは解るがな。仕方ない。面倒なことはさっさと済ませるに限る」
 皆守は半ば諦めたような顔して、八千穂ちゃんの背中を見ながら溜め息を吐いた。八千穂ちゃんはまだ向こうで俺らの名前を連呼している。
「行こうぜ」
「へーい」
 皆守に襟首を掴まれたまま、俺はずるずると図書室まで。
 ……強制連行?

*  *  *

 図書室にはあんまり人気がなかった。カウンターにも誰もいない。七瀬ちゃん、いない?
「月魅ー、いるー?」
 八千穂ちゃんが呼びかけると、カウンターの陰から重そうな本を抱えた七瀬ちゃんが現れた。
「そんなに大きな声を出さないでください、八千穂さん。ここは図書室ですよ」
「あ、そうだった。えへへッ、ごめ~ん」
 いやいや、自分の非を認められるってのは大変な美徳だよ、うん。
 八千穂ちゃんに「分かればいいんです」と言った七瀬ちゃんは、まるで俺たちに今気付いたかというように、
「これは葉佩さんに皆守さんまで……皆さんお揃いで、私に何かご用ですか?」
「あァ、俺はどうでもいいんだがこいつらがどうしてもお前に聞きたいことがあるそうだ」
 また皆守クンてば、俺は関係ないって顔しちゃってー。
 という俺の心の声が伝わったわけでもないだろうが、皆守は思い切り怖い目で見下ろしてきて、ついでに後頭部ド突かれた、何でッ!?
「私の持っている知識が何かのお役に立てるなら、嬉しいです。遠慮せずに何でも訊いてくださいね」
「サンキュ、七瀬ちゃん!助かる」
「ええ、私の知識はきっとあなたの情熱に応えられるはずです」
 情熱、ねぇ…。そこまでこの仕事に燃えてるかっていったら……結構微妙だぞ?
「古人曰く――――、
『未来は予測するものではない。選び取るものである』
 望む未来を手に入れるためには正しい知識と情報が不可欠だと思います。そのための情報を私に求めてくださるというのなら、喜んで協力しますよ」
 七瀬ちゃんの正論はいちいち手厳しいざんす。歴史が大の苦手な俺にしてみると結構キツいぞ?それを言われるのは。
「それで、私に何を訊きたいのですか?」
「あー、そうそう。あのさ、《黒い砂》って言われて、何か思い当たること、ない?」
「《黒い砂》……ですか?」
 七瀬ちゃんにとっては思いがけない質問だったようで、一瞬不思議そうに首を傾げる。
「そうなのッ。取手クン――――は、関係なくて、えっと、そのー……」
 あわわわわ…、八千穂ちゃん、そんな個人名を出さんでくれ!!
 泡食った俺と八千穂ちゃんの横で、皆守だけがひとり落ち着いていた。
「……やれやれ。人体に異常を及ぼす黒い砂状の物について、何か聞いた事はないか?」
「あ、そうそうそれ!そういう事!!皆守クン、あったまイイ~!」
 やっぱり関係ないだの言ってるけど、助け船出してくれる辺り優しいねぇ♪
「………」
 そしてまた無言でド突かれる。痛いってのッ!!なんも言ってないでしょーよ!
「《黒い砂》…まず第一に考えられるのはカビだと思います」
「カビ!?って、あの……パンとかに生える?」
「ええ」
 カビってのは微生物の一種で、普段は動物の死骸とか枯れ葉なんかを腐らせて土に還してるけど、時として人体に影響を及ぼす事もある、掻い摘んで言えば、七瀬ちゃんの話はそういうことだった。
 確かにそういうカビもある。人間の肺に寄生したりするし、もっと人為的なもので言えば細菌兵器として注目されてるのも事実。もちろん大量殺戮用のね。
 でも取手のあれは……明らかにカビじゃなかったような…。細菌兵器とかだったら、今頃、取手は元気に暮らしてねぇだろーしな。
「他に《黒い砂》のようなものといえば、砂鉄かあるいは、何かの灰か……呪術的な分野にまで話を広げると、もっと様々な可能性が出てくると思います。ですが、今ここでその全てをお話しするのは、時間的に難しいかと……」
「あ、いいよいいよ。そういう色んな可能性があるって分かっただけでも今は十分」
「他にもまだ訊きたい事はありますか?」
 もちろん他にも色々聞きたい事はあったけど、なにぶん、休み時間がもうすぐ終わる。
 また後でね、って、言おうとしたんだよ俺は。でも、特記事項『好奇心旺盛です』の八千穂ちゃんは止まる事を知らない。
「ね、ね、日本とエジプトって、何か関係とかあるか、知らない?」
「日本とエジプトですか……そうですね、日本とエジプトの共通点…」
 あわわわわ…、時間ないっちゅーねん!なんて心のツッコミは当たり前のように綺麗に無視されて、また七瀬ちゃんは蕩々と語り出した。今度は日本ピラミッドの事らしい。
 要約すると、日本の聖山はエジプトのピラミッドとそっくり、というよりはピラミッドの発祥自体が日本の山であった可能性がある、と言う事だった。
 軽く遠くへ行ってしまった七瀬ちゃんに追いつけず、隣の皆守を見上げると……寝てるよ。本棚に寄り掛かって、お休み中です。ったく、可愛い女の子が折角俺らのために話してくれてんのに寝るなんて失礼極まりねーぜ。まぁ、まともに聞いてない俺も失礼なんだけど。
「あの、こんな話で少しはお役に立てたでしょうか?」
 おぉぅ、いきなり俺に振りますか!
「あー、もうとっても!助かった、ありがとな、七瀬ちゃん」
「いッ、いえ、でもあのホントにすごいのは本たちの存在であって、私はただその……」
「でも、その本からそこまで学び取ったのはやっぱり七瀬ちゃんだもんよ、尊敬します」
 これくらい口が回らないと。八方美人でお調子者な葉佩九龍は名乗れません。
「……ん、そろそろ休み時間が終わるな」
 皆守、お前いつ起きた。
「優等生さんたちは次の授業の準備でもした方がいいんじゃないのか?」
 そういって大あくび。やっぱお前、寝てたろ。
「やばッ!!もうこんな時間なんだッ」
「大変ッ。そろそろ教室に戻らないと。とりあえずみなさん、先に出てください。私はこの本だけ片付けてから行きますから」
「手伝おうか?」
「あ、い、いえ……大丈夫です、それでは、また」
 そのまま扉をぴしゃり。追い出されてしまいました。
 授業が始まるまであと本当に数分。階段を登りながら、八千穂ちゃんが振り返る。
「皆守クンは……まさか、またサボるつもり~?」
「七瀬のウンチク話のおかげで俺の脳にはそろそろ休息が必要なんだよ」
 ……って、休息してたじゃん。
「とか言って、ホントは今まで立ったままウトウトしてたんでしょ」
「するかッ」
 嘘こけ。戦闘中でも居眠りこいただろ、お前。
「……葉佩、お前はどうする?」
 俺の視線に気付いたのか、皆守が睨み下ろしてくる。さっさとどっか行きやがれって顔だな、そりゃ。
「じゃ、八千穂ちゃんと皆守と一緒に授業に行こっかな」
「はァ?何言ってんだ?俺は行かないって言ってるだろ」
 だからだよーん。
「おッ、熱血転校生の不良生徒更正作戦!?」
「いくら冷たくされたって、お母さんはコータローが授業に出ないと身体が震えるくらいの禁断症状が出るようになるまでは負けないッ!!」
「……なんだ、それは」
 エイエイオー!と盛り上がる俺と八千穂ちゃんを、皆守は呆れたように見ていた。こらこら、パイプが指から落ちるぜ?
「ちッ、そんなもんに付き合ってられるほど暇じゃないんだよ」
「でもサボる暇はあるんだろ?って、おい!」
 あーあ、行っちゃった。冗談通じそうで通じないのかもな、あいつ。
「せっかく葉佩クンが誘ってくれてるのに~」
 って言ってもただの押しつけだけどねぇ。
「……葉佩クンと皆守クンって何かいいコンビになりそうな気がするんだけどな~」
「そ?」
「ね、追っかけてあげなよ。ずっとひとりは寂しいもん」
 俺の返事も聞かずに、八千穂ちゃんは教室へと駆けて行ってしまった。行動が早いね、まったく。仕方ない、趣味じゃないけど野郎のケツを追うとしますかね。