風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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3rd.Discovery あの炎をくぐれ! - 3 -

 寮まで行って帰って往復して、校舎内に戻った頃には始業のチャイムが鳴っていた。おいおい、授業始まっちゃったよ。遅れて入るのもなんか気まずいし、こりゃ屋上でサボりか?
 俺が廊下で考え込んでいると。
「おい、輪ゴム戦士」
 ……むぅ。
 振り返れば皆守がアロマパイプに火を着けてたトコだった。お前、そう見ると煙草吸ってるみたいだぞ。
「何だよアロマ戦士」
 俺がちょっと不機嫌込みで応えると、
「さっきの事怒ってんのか?最初に仕掛けたのはそっちだろ」
「そーですけど」
 悪ぅございましたね。ふんだ。
「お前、午後の授業真面目に出る気か?」
「うんにゃ、サボる気満々」
「そうか。俺は昼飯これからなんだ。お前も付き合えよ」
 そういや俺もまだだった。思い出した途端に腹の虫。丁度いい、サボるなら仲間がいた方が。
「わーい、皆守とデートだ!ふたりっきりでご飯ー」
「いや、付き合えって言ってもそういう意味の付き合えじゃなくてな」
 分かってるよ、そんなこと。冗談真に受けんなってーの。
「…お前、まさか、ワザと言ってないだろうな?」
「そんな!!ただ皆守クンとご飯できるのが嬉しいだけだよーん」
「……ま、いいか」
 いいのか。そうか、皆守、お前は案外許容範囲が広いと見た。うん、よいよ。
「さァて、何を食うかな」
「俺もメシまだなんだよね。腹減った」
「それでさっきから鳴ってんのか、腹」
「あ、聞こえた?」
「盛大に」
 うーん、なんか普通の學園生活真っ只中って感じだな。
 そんなこんなで俺たちは、学食マミーズに向かうことになった。そういや、俺、誰かとマミーズって初めてかも。そこはかとなく青春の香り。……俺の青春がラベンダー臭くなってる気もするけど。
「いらっしゃいませ~!!マミーズへようこそッ」
「よォ」
 女にも愛想がない皆守。笑顔でいこうぜ?
「よォ―――って、あの~、今は午後の授業中じゃ?」
「今日は、自習だ」
 あくまで自主的に、ですケドね。
「自習ゥゥゥ~ッ!!」
 そんなに反応するトコ?そこ。
「何て素晴らしい響きなんでしょ。あたしもサボってみた~い。でも店長にクビにされたら困るし……う~ん、う~ん」
「「………」」
 面白いなぁ。
「あッ、すいません。つい……。え~と、それでは、何名様ですか?」
「三人でーす!」
 俺が元気よく応えると、舞草ちゃんはメニュー片手に俺と皆守を見比べ、皆守は思い切り後頭部をド突いてきた。
「痛って!!」
「……え~っと、はッ、まさか!!お二人の後ろには、あたしには見えない方が……」
「……二人だ。見れば解るだろ」
「え~でも~。一応マニュアルなんで」
「……二人」
「せっかく舞草ちゃんと三人でご飯しようかと思ったのに…」
 ぶーたれていると、「早く来い」とまた吊り上げられた。お店でそれはやめてください!皆さん見てますよ!!恥ずかしいだろうが、ったくよォ…。
「店員はさておき、學園の中にあるにしちゃいい店だろ?」
「何言ってンだよ!!」
「外にある店と比べてどーすん…」
「舞草ちゃんだってポイント高いじゃねーかッ!」
「………」
 そんなに哀れんだ目で見なくてもいいだろーがよ。可愛い子はとことん褒めろ。コレ鉄則。
 したら、皆守はそのまま嘆息。
「俺とふたりでメシ食いたかったんじゃないのか?」
「……あれ?」
 もしかして、皆守、本気にしてた?やっだー、可愛いなぁ。
「へー……ふーん、お前はそういうつもりで来たんだ?」
「はッ!?バ、バカ!違うだろ、お前の話をしてんだろうが、お前の!!」
 あはははは、照れちゃって♪赤くなる皆守なんて滅多に見ないよな?いっつもふふ~んて感じだから、なんてーか、新鮮。
 舞草ちゃんは壁際の一席に俺たちを案内してからメニューを出した。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
 え?今メニューもらったばっかだけど!?
「俺はいつもの」
「いつもの……、というメニューは当店にはございませんが~」
 うわー、舞草ちゃんナイスボケ。素敵。
「あー、カレーだよ、カレー。カレーライス。葉佩、お前はどうする?」
 ……いつものと言うほどカレーを頼んでいる…まさか、皆守甲太郎、カレー星人かッ?
「まァ、この店で俺のオススメといえばこの辺りだが―――」
 皆守がメニューを差し出して指差したのはカレーライスにカツカレーに、カレーラーメン、カレー定食。さすがにプリンカレーはなかったか…。
「じゃ、俺もカレー。普通の」
「やっぱりデフォルトでカレーライスだよな?さてはお前もカレー通だろ?」
「お前もカレー野郎かッ!!」
 俺もカレー野郎だ!
 だって、レーション(あ、戦闘糧食のことね)でも『カレー』って付くと大体旨いし!ほとんどが妙な味ばっかりなんだけど、この間食ったカレー風味の鶏パテのは旨かったんだー。
 皆守のカレー好きってのが別の理由だとしても、それでもいいよな?カレー!!
「カレーライス、お二つですね?ご注文を承りました~。それでは少々お待ち下さいませ~」
「はーい。へへッ、俺もカレー好き!!三食カレーで一週間とか、いける人」
 実際いった人。
「そんなにカレー好きなのか?そりゃ、気が合いそうだ……ん―――?」
 皆守が、注意を店内に向ける。
 俺らと同じことを考えるヤツはやっぱりいるもんでさ、少し離れた席に、男子生徒がやっぱサボりだろうね、いたんだ。その話し声が耳に入ってきたんだけど……
「この前見ちゃったんだよ!!夜の墓地で、あの墓守が何か埋めてたんだ。その、棺みたいなのを……」
「棺って……まさか、あそこってホントに死体が埋まってんのかよ」
 俺と皆守は、顔を見合わせる。そりゃ、墓地がいくら立ち入り禁止だって言っても、近付かないヤツがいないワケじゃない。んで、近付いたヤツが何を見つけてもおかしくないわけで。
「…もし普通の生徒があの穴見つけて入ってったら、間違いなく出てこられないよな」
「だろうな。あんな化け物の巣窟、丸腰じゃ死にに行くようなもんだ」
 危ないよなぁ。でも、そのふたり、聞いてりゃさらに危ないこと言い始めんだよ。
「なァ、確かめてみようぜ」
「けど、そんな事したら生徒会が……」
「大丈夫だって。バレないようにすりゃいいんだから。それよりホントに死体が見つかったらスクープだぜ?新聞屋雑誌社に情報を売って一儲けできるかも…」
 あぁー、やめてー!そんな事したらお仕事できなくなっちゃうだろ!?てか、本当に大騒ぎになっちゃうっての!無知って怖いなぁ…。
「お待たせしましたー」
 そうこうしている内にカレー到着。ま、今はメシに集中するとしますかね。
「お、来たか。冷めないうちに食おうぜ」
「カッレー、カッレー♪」
 つっても、まともなカレーを食うのも結構久しぶりだよな?
「ホントにカレー好きなんだな?……そう言えば、お前にはまだちゃんと話してなかったな」
「ほぇ?出身地は東京ウソでカレー星でしたとか?」
「んな訳あるかッ!!そうじゃなくて、《生徒会》の事だよ」
 そういえば。生徒会がおっかないって話ばっかりで詳しくは聞いてなかったような…。
「《生徒会》の中には《役員》とは別に、《執行委員》ってのがあってな。《執行委員》は、文字通り《生徒会》の決めた規則を執行する役目を負っている連中さ」
 取手も、確かその執行委員、だったよな?
「《執行委員》の連中は、一般生徒の中に紛れ込んでいて、普段は、誰がそうなのか分からない。だが、常に俺たちを監視していて、いざとなれば処罰するという訳さ」
 ……そりゃいったい、どこの秘密警察ですか。聞いた事あるぞ、その話。
「まったく碌でもない學園だぜ。分かるだろ?俺が《生徒会》に目を付けられないようにしろって言った意味が」
「分かる!もー、皆守がどんだけ俺のことを心配してくれてたかが手に取るように!」
「そうじゃないだろッ!ったく、お前のために言ってやってるのがバカらしくなってくる…」
「ほら、やっぱり俺のためじゃん」
 いやー、いいヤツだ、お前。
 俺がにやにやすると、皆守は何も言わずにむくれた顔でカレーを食い始めた。意外と、色んな顔すんだな、こいつ。最初の皮肉っぽくって大人っぽい感じの印象が抜けなかったけど、案外そうでもないのカモ。笑うし、照れるし、怒るし、拗ねるし。
 俺がじーっと、皆守を見ながら彼を食ってると、耐えかねたのか黙りこくっていた皆守が喋った。
「ジロジロ見んなッ」
「あ、皆守って左利きなのなー」
「人の話聞けッ!」
 えへへ、と笑って済まそうとしたんだけど、なぜか笑い声が被る。
「ふふふッ」
 高い、女の子特有の可愛らしい笑い声。俺じゃねぇぞ?
 振り返ると、そこには……真っ白い子が。いや、比喩とかじゃなくて、化粧かな?で、顔が真っ白。ロリータ炸裂な服を着てる子。見覚え、ないなぁ。目がぱっちりしてて可愛いんだけど…。
「クスクス…」
 目が合った。……なんか、ヤな予感がする。悪い予感はよく当たる。加えて俺は、運が悪い。
 彼女が立ち去っていくのを見送っていくと、さっき話をしていた二人組が、声を上げた。
「……おい、見ろよ」
「あれ?何だ、この箱?」
「さっきまでこんなのなかったよな…」
 見れば舞草ちゃんがその箱を手に取ろうとしたところだった。けれどなぜか、触れずにお盆を取り落とす。
「あひゃあああああああッ!!はッ……はこはこはこはこの箱ッ、何か物凄く熱いんですけどッ!!けけけ煙とか出ちゃってこれこれこれこれってまさかば、ばくばく爆弾―――?」
 熱くて煙…?爆弾て、こんな東京のど真ん中でテロでもあるまいし。
 皆守がパニックになっている舞草ちゃんを宥めようと席を立った。
「おい、落ち付けって」
 けど、舞草ちゃんのパニックは店内全体に感染してしまったらしい。客がみんな大騒ぎで収拾がつかない状態。
 それに………ピンと来た。際だって俺の嗅覚は鋭い。この臭い……カレーとラベンダーのせいで半分バカになってるけど、間違いなく化学石鹸だ。それにアセトン……まさかマジで爆弾!!?
「どどどどどどうしましょうコレコレコレコ」
「馬鹿ッ!!いいからそこから離れて伏せろ!!」
 皆守が舞草ちゃんをテーブルの向こうに突き飛ばす。
「葉佩ッ―――」
 名前を呼ばれた時には、もう皆守を押し倒していた。抗議の声は聞こえないふりをして、テーブルを倒して盾に。俺は、爆弾をどうにかしようとそこから飛び出したんだ、けど。
「これは、いけませんね」
 って、何だかやたらに渋い声。いつの間にか、執事服みたいな服を着こなした渋いじいさんが爆弾を手に持っていた。
「あ、危な―――、」
「あなたも伏せていなさい。ふんッ―――!!」
 掛け声一発、じいさんは爆弾を窓に向かって投げていた。窓に激突した瞬間、衝撃、爆風。窓は大破した。咄嗟に飛んでくる破片から皆守を庇おうと覆い被さる。
 幸運なことに、その窓際には誰も客はいないみたいで……全員無事?
 俺は起きあがろうとして、怒鳴られた。
「おい、葉佩ッ!!」
 そういえば皆守の上だ、俺。
「そだ、お前怪我は!?どっか痛むとか――、」
「ッ……馬鹿か!俺よりお前はッ」
「そんなのいいから、ホントに平気?」
 制服の上から傷がないか確認しようとすると、その手を取られる。
「また、お得意の自己犠牲か?」
 その一言に、カチンと来た。考えもなしに、皆守の上に乗り上げたまま胸ぐらに手が伸びる。
 けど、ギリギリと奥歯が咬み締まるだけで、言葉が出ない。
「………違うって」
 辛うじてそれだけ言うと、皆守は驚いたように小さく声を上げると、そっぽを向いて俺の肩を押した。へーへー、退きますよ、すんませんでしたね。
「さて、みなさん、大丈夫ですかな?」
 素手で爆破物を放り投げるという離れ業をやってのけた素敵じいさんが店内を見回した。
 そんなじいさんを、舞草ちゃんはこう呼ぶ。
「マスター!!」
 格好いいな、オイ。
「爆発とはいっても、殺傷能力の高いものではないのが幸いでした。火薬の匂いがせず、全体が熱を発していたところをみると、薬品の混合か、あるいは蒸気や圧力を利用したものでしょうか」
 …このじいさん。只者じゃねぇ。混乱真っ只中の店内で手に持った一瞬、それだけで爆弾の種類を特定するとは、やるな…。
 俺は、テーブルの陰から這いだして、飛び散ったガラスの一遍を拾い上げた。思った通り断面が融解している。これは高熱を帯びた爆風だった、もしくは、薬品による化学反応のどっちかってことだ。それから焼け残った箱の残骸。微かにまだ、薬品臭い。おそらくは、炭酸ソーダ。
「爆発する前にアセトンとかの臭いがしたんすよね。それから、化学性薬品…パラホルムアルデヒドっぽい感じのも」
「ふむ…RDXでしょうかね?」
「そう考えるのが妥当じゃないっスか?威力最弱で。化学石鹸て線もあるかもしれないけど、それじゃあ爆風の説明がつかねーっす」
 何にしたって、普通の高校でお目にかかれるような代物じゃない。つーか、そんな知識がある人間自体少ないだろ?
 素敵じいさんとふたりでうーん、と呻っていると、そこで初めて気が付いたかのようにじいさんはしげしげと俺を見てきた。
「おや……そちらの方はもしかして――――」
「ああ、ウチのクラスに転校してきた、葉佩九龍だ」
 いつの間にかアロマパイプを銜えていた皆守が隣に並び駆けていた。爆破事件の現場で火を使うかい、フツー…。
「そうですか。私は學園内にある《バー・九龍》の店主で千貫厳十郎と申します」
 おぉ!名前まで渋い…。
「私の所の営業は夕方からですから、忙しいお昼時は、時々ここでお手伝いをさせていただいているんですよ」
「へぇ…」
 バーがある高校。つくづく凄いね。
「天香學園へようこそ、葉佩さん。これからどうぞ、よろしく」
「どうも、葉佩です!こんな素敵でダンディなオジサマが高校にいるなんて、すっげぇっすね!」
「ははは。面白い生徒さんですな」
「よく言われますゥ」
 営業スマイル炸裂させている横で、親切な皆守クンは俺の心の声を聞いたのか、疑問にアンサー。
「バーは基本的には教職員のための店だが、俺たちも行っていいことになってる」
「何でもアリだな、この學園」
「ただし、俺たちは牛乳しか飲ませてもらえないがな」
 ま、そんなもんでしょう。でも何で牛乳?普通ジュースとかノンアル的な、さぁ?そんなんじゃない?
「当然ですよ。若人には牛乳が一番です。ウチの坊ちゃまも小さい頃から私が牛乳でお育て申し上げましたから、今は大変大きく、立派な若人になられたんですよ」
 牛乳!?やっぱり牛乳なのか!?牛乳飲めばデカくなれんのか!?
「牛乳……あんま好きじゃなかったからなぁ…」
「牛乳がお嫌いですか?それはいけません、当店にお寄りの際には是非牛乳をご注文ください」
 ちょっと真剣に牛乳と身長の関係について考え込んでいたところに、突然怒鳴り声。
「これは、何とした事じゃああァッ!!」
 俺たちが一斉に、後ろを振り返ると。そこに立っていたのはスケベ校務員、境のじいさんだった。
「外を通りがかってみれば派手にガラスが割れとるではないか!!まったく、儂の仕事を増やしたのはどこのどいつじゃ!?お主か、この喫煙小僧がッ!」
「言っとくがこれは煙草じゃないからな!ていうか、割ったのは俺じゃないッ」
 喫煙小僧っつーか、アロマ小僧だよ。
「あ、あのですね、誰のせいでもない感じなんスけど…」
 俺が割って入ると、境の爺さんは目を剥いた。
「それじゃあ自然に割れたとでもいうんか!?」
 そ、そうじゃないんですけど…
「ち、違うんです~。爆弾みたいなのが突然爆発して~奈々子怖かったですゥ~」
「お、おお、そうかそうか。それは怖かったのう~。儂が慰めてやるぞ。どれどれ―――」
 さすがスケベ名人。舞草ちゃんの尻触ってお盆で叩かれている。懲りない人。
「やれやれ、少しは落ち着いてください、堺さん」
「む、千貫の……」
 お、知り合い?そりゃ同じ学校の職員なんだから知っててもおかしくはないか…
「いやはや、お騒がせしてすみませんね」
「ほう、謝るということはこのガラスはお主が割ったんじゃな?」
 それは違うぞ、と俺が言おうとするのを、マスターが視線で制止する。
「ええ。あなたが公共物の管理をされるのが仕事のように、この場にいた生徒さんたちを守るのは私の役目ですから」
 おおぉぉぉ!!格好いい!!俺もいつかあんなジジイになりてぇ!
「なかなか言うのう、この耄碌バーテンダーが」
「いえいえ、それほどでもありませんよ。セクハラ校務員さん」
 って、この二人、因縁有り?火花散ってるよ。
「うわ~、このお二人ってもしかして仲悪いんですか?」
「さあ、聞いたことないが……ジジイ頂上決戦か?」
「マスターに100円」
「俺、200円」
「賭けになんねーじゃん」
「外野は黙らっしゃいッ!!」
 一喝されて黙った俺たちに、境のじいさんは一瞥をくれて、店内を見渡した。
「…仕方ない。外は儂が片付けるから仕事に戻んなさい」
「そうですか。それでは」
「よろしくお願いしま~す」
「それじゃ俺たちも―――」
 マスター、舞草ちゃんに続いて俺たちも逃げようとしたんだけど…
「待てィ!!お主らは儂の手伝いじゃ」
「何でだよ」
「どうせお主ら、授業をサボってここにおるんじゃろうが。それならば、たまには大切な學舎のために働いてみたらどうじゃ」
 お見通しですか。しかも男には容赦ねぇなー、このジジイ…。
「ったく、しょうがないっスね。やりゃー、いいんでしょ、やれば」
「うむ、よく言った」
「ちッ。俺は付き合わないからな」
 えぇッ!?そんな!
「皆守ー!!てめぇ、この薄情者!!お前なんかカレーの海で溺れちまえ!!」
「そりゃ素敵だな」
 皆守は俺の悪態なんて気にも留めずに、後ろ手を振って店を出て行ってしまった。本当に行っちまったよ、あいつ…。何だよ、クソー!
「なんじゃ、友達甲斐のない男じゃのう」
「ホントだよ…」
「さてさて、それじゃあお主には儂からいいものをやろう」
 そう言って、爺さんが取りだしたのはモップだった。うわぁ、汚ぇモップだな、オイ。
「つーか臭ッ!!臭いっスよコレ!!」
「おっと、遠慮はいらんぞい。この儂が長年かけて使い込んだプレミア物の一品じゃ」
 遠慮とかそういう問題じゃなくて、と言っても通じないですね。
「儂がしっかり監督しててやるからからのう。ほれ、ちゃっちゃと片付けてしまえ」
 境のじいさんは呑気に舞草ちゃんにコーヒーなんて頼んでやがる!
 結局じいさんに文句と指図を受けるだけ受けて、ほとんどひとりで掃除をやらされて、もうへっとへと。しかも全身モップ臭ぇ気がするし…。
 爆弾騒ぎに店の掃除、踏んだり蹴ったり。そう思いながら俺は店を出た。すると、ラベンダーの匂いが漂ってくる。
「よう、遅かったな」
 壁に寄り掛かるようにして、皆守がアロマを吹かしていた。
「……てっきり授業でも受けに戻っちゃったのかと思ったんですけど」
「まァ、そう言うなって。ちゃんと待っててやったんだから、そろそろ機嫌直せよ」
 へ、ぇ…。待っててくれたんだ。見捨てられたかと思ったんだけど。
「皆守、そんなに俺といたかったのか。そっかそっか、それで待っててくれたんだ」
 俺は素直な感想を言ったつもりだったんだけど、皆守はどうやら天の邪鬼。
「……別にお前を待ってた訳じゃない。ただ、教室に戻るのも、掃除するのも面倒だっただけだ。それで、たまたまここでぼんやりしてたら、お前が通りがかったって訳だ」
「へー、ふーん、そう?」
 さっきは待っててくれたって言ったじゃん?
「……それだけだからなッ」
「へいへ~い。そういうことにしときまショ」
 そうして、どちらからともなく歩き出した。なんとなく、モップ臭がラベンダーで中和されてる気がする。よかった。
「それよりも、さっき物騒な話をしてた奴ら。あれはウチのクラスの連中だ」
「うそッ!?そうなの?全然知らなかったわ…」
「お前は女以外興味を示さないだろうが。…次の授業は確か、化学だったな。とりあえず中に入るか」
 化学性爆弾の次に化学の授業…なんか、アンテナがびりびり、よくないよ、って言ってる気がするけど、授業じゃ仕方ないか。それに、さっき話してた奴らのことも気になるし。
 そうして俺と皆守は、真面目な学生へと転身するのでした。