風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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3rd.Discovery あの炎をくぐれ! - 4 -

 校舎に入ってすぐ、職員室の前に出る。今は五限の授業中だってのに、職員室がちょいとばっかし騒がしい。
「ん……?午後の気怠い会議中にしちゃ職員室がずいぶん騒がしいな」
「だな。あ、あれじゃねーの?さっきの騒ぎ」
 校内で爆弾騒ぎがあったんだから、教員連中が騒いでもおかしくないよな。いくら実権がないとは言っても、一応教師だし。
「タイミングとしてはそうかもな。どうする、覗いてみるか?」
「ヤだよ、サボってマミーズ行ったって色々言われるのもヤダし、説教も尋問も勘弁デス」
「そうだな」
 思い切り騒ぎの渦中にいたしな、俺ら。
 職員室前をスルーして階段を登り始めると、皆守は独り言のように呟いた。
「この學園の教師なんてのはお飾りみたいなもんだ。強制力も抑止力も、すべては《生徒会》にその実権がある」
 また生徒会かよ。ホントに生徒会オンリーなんだね、この學園。
「余計な厄介事に巻き込まれたくなければ、大人しくしてるのが一番さ」
 大人しく、していたいのは山々なんだけど、校則違反しないと仕事がこなせないのもまた事実。悩みどころだねぇ。
「よう、甲太郎じゃないか」
 声をかけられたのは、踊り場に差しかかった時だった。顔を上げると、そこには学ランを肩に引っ掛けた、ガタイのいいお兄さんが。なんつーか、マッスル?いいなぁ、憧れるって、あのカラダ。
「校舎で顔を合わせるのは久しぶりだな。彼が例の転校生か?」
 転校生、って俺のことだよな?
「あァ……そうか、葉佩はこの先輩に会うのは初めてだったな」
「先輩?」
 だって、俺ら三年だろ?何で、先輩?
「おいおい、同級生に向かってそれはないだろう」
 マッスルさんは苦笑して、残りの階段を降りてきた。……でけぇ。ちょっとこれは羨ましすぎるだろ?
 俺がマッスルさんに見惚れていると、皆守がアロマパイプでマッスルさんを指す。
「こいつはな、葉佩。物好きにも、俺たちより二年も長く高校生をやってるのさ。名は夕薙大和。一応、同じクラスだ」
「へ!?でも、いくら俺でもさすがにこんなガタイのいいお兄さん、俺、見たら忘れないと思うけど!?」
「そりゃ、俺より教室にいる率が低いからだ」
 サボり常習犯てことですか。でも無気力症候群の皆守と違って、そんな感じには見えないけど。
「やれやれ、初対面の人間の前で言いたい放題言ってくれるな。そういえば君も海外から来たそうじゃないか」
「そうでーす。親父の仕事の都合であちこちと」
「ほう、そうなのか?それなら俺と同じだ。生憎と俺はその間に体を壊してしまってね、日本に戻ってきたんだ。単位不足で進級できずに前の学校にも少々居づらくなっていたところを、一年前この學園に受け入れてもらったってわけだ」
「なんだかんだで入る間口は広い學園だからな。色々、訳ありの奴が揃うのも当然といえば当然か」
 そうして俺を見下ろす皆守。どーせ訳ありで普通じゃないですよーだ。
「まあ人にはそれぞれの事情ってのがあるものだ。そうだろう?《転校生》君?」
「そーそー。俺なんて遙々大陸渡って皆守を追いかけて日本にやってきたんだから!!」
「……初めて聞いたぞ、そんな話」
 だって今考えたんだもん。
「それが君流の挨拶か?……噂以上に面白い男だな」
 噂ってどんなんだろ。自分の噂ってあんまり聞かないからなー。聞いてみない気もするけど。
「それで、これから授業が始まるってのに、どこへ行くんだ?」
「ああ、五時限目は久しぶりに授業を受けに出たんだが、やはりまだ、身体があまり本調子じゃないらしい。まったく、情けない話だよ……」
 どうやら夕薙マッスルさんは本当に身体が丈夫じゃないらしい。
「悪いが、一足先に寮に戻るよ。それじゃあ、またな。《転校生》―――いや、確か葉佩だったな。そのうちゆっくり話でもしよう」
「はーい。お大事に~」
 夕薙マッスルさんを手を振って見送ると、隣では皆守が意味ありげに呟く。
「ふん……。何を考えているか分からないって点じゃ、あいつも白岐並みに謎な奴さ」
「そーか?でも、仲良さそうだったじゃん」
 皆守は、皮肉っぽい対応をする相手ほど仲が良いと見た。だから夕薙マッスルさんとも仲が良いはずだ!それに、甲太郎なんて、ねぇ?
 すると皆守は、口を吊り上げて、にやりと、俺を見下ろした。
「何だ?妬いたのか?」
「うん、とっても」
「はぁ?」
 自分で聞いといてその反応はどーよ。指から落ちそうになってるぞ、アロマパイプ。
「早く、行こうぜ?六限出るんだろ?」
「そうか。まァ、余計な世話だろうが気を付けた方が…」
「って、お前は出ないのかよ?」
 最初に行こうぜっていったのは皆守じゃん。まぁたサボる気?
「とにかく、気を付けろよ?さっきマミーズで―――、」
「こらッ!!そこの二人ッ!!」
 後部から敵影!!八千穂ちゃんの声だ…。
 皆守は舌打ちを聞きながら、俺は振り返る。
「もぉ~ッ、五時限目はドコ行ってたの?授業サボってると、そのうちどんどんサボり癖がついて、しまいには、卒業できなくなっちゃうんだからねッ」
「あはは、ゴメンな、八千穂ちゃん、愛してるから許して!」
「も、もォッ!!そんなんじゃ誤魔化されないからねッ!!」
 あ、やっぱりダメですか。八千穂ちゃんに愛は通じません、と。メモメモ。
「皆守クンも―――あれ?……いない」
 さっきまで濃かったラベンダーの匂いが薄くなってるのに気が付かなかった。皆守の姿は既にそこにはなく、残り香だけが申し訳程度に残ってる。
「もォ~あんなダルダルなのに逃げ足だけは早いんだからッ」
 さっきといい今といい、友達見捨てて逃げすぎだろーよ、オイ!ったく、タイミングよくチャイムは鳴ってくれて、俺は八千穂ちゃんに引きずられるように理科室へと連行された。こういう時に掴まるんだから、ホント、自分で運が悪いと思うぜ。
 理科室はもう実験の準備が始まっていて、教室での席が隣だから実験の班も八千穂ちゃんと同じなんだよな、俺。
「う~ん。実験ってなんかわくわくするよね」
「普通の授業よりは数段な」
「試験管とかビーカーとか秤とか分銅とか、ガラス管とか…これって絶対ここでしか触らないものだし」
 俺の場合は調合の時とかに使うけどな。
「それに…なんかちょっと可愛いと思わない?」
「八千穂ちゃんが?うん、可愛いと思うよ?」
「もう!!そうじゃなくてッ。まったく葉佩クンて調子がいいんだから~」
 そう言いながらも赤くなる八千穂ちゃん。うんうん、可愛いねぇ。女の子はこうでなくっちゃ。
「さて、それじゃ始めよっか。え~と、この液体をこっちに―――」
 八千穂ちゃんが、水溶液をビーカーからビーカーへ、移そうとしたとき、俺はふと、横のテーブルに目をやった。
 いた。さっきマミーズにいた奴らだ。ホントに同じクラスだったんだ、へーぇ。俺、結構人の名前覚えるの得意だけど、興味ない奴はまず覚えようともしないかんなぁ。あとで名前聞いとこ。
 そんな、何気ない一瞬だったんだ。俺は実験に戻ろうと思って、だけど、そのテーブルの隅に置かれた箱を見て実験なんて、もう。
「ん?何だ、この箱……」
「おい、これ……、さっきも見なかったか?」
 そいつらも、箱に気が付いた。咄嗟に俺はマスターがやったように箱を投げようとしたけど、遅かった。
 爆破音は直後に響いて、ほぼ同時に閃光。教室中が大パニックだ。
 爆発したものは、おそらく音響閃光手榴弾、スタンの威力が最低レベルに低いもの、もしくは化学反応による…例えば水素と酸素で作る爆鳴気のようなものかな。どっちにしても数メートル離れていただけで効果範囲はゼロに等しくなるが、目と鼻の先で喰らったあいつらは―――、
「耳ッ……、俺の耳がッ……う、うぅ……」
 耳を押さえて蹲ってるのは、例の二人組の片方だ。どうやらまともに、喰らったらしい。
「大変ッ!!早く保健室に行かなきゃッ!!ね、大丈夫?立てる?」
 八千穂ちゃんが声を掛けるが、耳をやられたらしく、そいつはしきりに呻くだけだ。
 俺は、仕方なくそいつを助け起こすと、耳元で手を打ち鳴らす。そこで初めて、呻き声以外の反応を見せる。両耳でやると、ちゃんと反応を返したし、それに血の臭いもしない。制服が焦げてる様子も溶けてる様子もないことから、殺傷能力は、またもかなり低かったと推測できた。
「爆音で一時的に耳がイカれてるだけだ。鼓膜自体には損傷はないと思う。念のため火は全部止めて、窓開けな。あと誰かこいつを保健室に運んで。耳がやられてるからあんまり揺らさないようにな」
 ああ、ガラじゃない。こんなのいつもの葉佩クンじゃないぞ!非常事態だから仕方ないけどさ!
「葉佩クン、今の―――」
「誰だ、こんなクソイカれたもん作ったアホは」
 運ばれていく奴を見送って、爆破物の破片を見た。だってさ、外装はまんまさっきの爆弾なんだぜ?同一人物の、手製と考えるしかねーじゃん。
 ふと、脳裏を過ぎったのはマミーズで見た、ロリータ炸裂な女の子。笑い声が、耳に貼り付いてるようで……
「…ふふふッ」
 まただ。それは空耳じゃない。
 八千穂ちゃんと同時に振り返った俺が見たのは、ガラス張りの理科室の窓から、こっちを見て笑っている、さっきの彼女。
「クスクス」
 そうして、また笑って。彼女は廊下の向こうに姿を消した。
「あの子……A組の椎名サン……何でウチのクラスを、って、ちょっと葉佩クン!!」
 八千穂ちゃんの言葉を待つまでもなく、俺はテーブルを飛び越えて、廊下に飛び出していた。後ろから少し遅れて八千穂ちゃんの気配。
 俺は廊下の角を曲がったところで、細い腕を捕まえた。まるで追いつかれるのを待ってたというかのように、嫣然と笑って、彼女は振り返った。
「ね、ちょっと待って!!椎名サン、だよね?」
「あら……リカの事をご存じなんですかァ?ふふふ、そちらの方が噂の《転校生》さんですのね。はじめまして。A組の椎名リカと申しますゥ」
「どーも、噂の転校生、葉佩九龍でございますー」
 だからどんな噂だっつーの。
「まァ、葉佩クンとおっしゃるのですかァ。仲良くしてくださいですゥ」
「どうぞヨロシクー」
「ふふふ。こちらこそ、どうぞよろしくですの」
 まったくもって、罪悪なんて知りませんて顔。あれをやらかしたのが彼女だとすれば、末恐ろしい。テロ屋の素質があるぞ、こりゃ。
「ねェ、さっきは、何を見てたの」
 八千穂ちゃんの声が後ろから聞こえる。だから顔は見えないけど…静かに怒ってるらしい。
「何の事ですの?」
「だって、理科室を覗いてたでしょ?」
「あァ、その事ですのォ」
 椎名ちゃん、は。腕を掴む俺の手からするりと抜けだし、数歩下がるとヒラヒラしたスカートの端を摘んでふわりと回って見せた。それはとても、楽しげに。
「悪い人が罰せられるところを見ていたんですゥ」
「悪い人……」
「あの人は校則を破った悪い人なんですのォ。だから罰を下さなくてはならなかったんですゥ」
 この子も、皆守のいう《執行委員》のひとりなのだと、その言葉で確信した。校内で堂々と爆弾騒ぎを起こせる太々しさとか、まさにそんな感じ。
「罰って……どういう事なの?あの爆発は……、アナタがやったの!?」
「えェ、そうですわ。リカはァ、何でも爆発させる事ができるんですの。分子と分子を、ぶるぶる~っとさせて、蒸気がしゅわーって出て、それで、バーンですの?」
 火薬を使わない手製榴弾なんて普通の人間じゃとてもじゃないけど作れない。化学が得意、レベルじゃ不可能なんだよ。やっぱり取手に近い、何か他干渉の力が働いてるんだろう。
「ふふふッ。試しにあなたたちもバーンって、なってみますかァ?」
「はははッ。ジョーダン、きついぜ」
「まァ……。どうしてですの?」
 致死量でバーン、て感じがするからですぅ。それにこれ以上の騒ぎもあんまりおよろしくない。
「とにかく、止めようぜ?こういう面白いコト。心臓に悪ぃぜ」
「もし死んじゃったらどうするつもりなのッ!?」
 取り返しがつかないだろうが。それとも、他人が死のうと関係ないってか?
 でも椎名ちゃんの考え方は、俺らの更にずーっと先までかっ飛んでいた。
「『死』、ですかァ?それだったら別に構わないと思います~」
「え……?」
「だって、それならお父様がいくらでも代わりを用意してくれますの」
 何だ?死、が構わない?そのスーパーお父様は。神か、そりゃ。奇跡かオイ。何言ってンだ。
「『死』なんて全然大した事ではないですわよねェ」
「………」
「…どうしてそんなお顔をするんですの?」
 返す言葉なんか、ねぇってんだ。絶句だよ、絶句。
 ふざけるな。『死』は、誰にも冒涜され得ぬ唯一だというのに、それを。
 俺は頭に上った血が一気に足下までダダ引きして、そのせいで近付く足音に気が付かなかった。
「人の『死』ってのはな、そんなもんじゃない」
 階段を降りて現れたのは皆守だった。
「死んだ奴には二度と会えない。誰もそいつの代わりになんてなれない。お前には本当に『死』の意味が解らないのか?」
「……嘘ですわ、そんなの…」
 椎名ちゃんは、本当に信じられない、といったような表情で首を振った。
「嘘なんかじゃないさ。なァ、葉佩」
 漂うラベンダーのアロマが、また胸をすーんとさせる。
 俺はただ、泣かないように堪えながら頷くことしかできなかった。
「…お前も知ってるのか。その痛みを……」
 お前も、ってことは、皆守も知るってことだ。死んだら、誰も還っては来れないという事を。
 でも椎名ちゃんには、やっぱり理解できなかったらしい。
「一体何ですの?急に出てきて、訳の解らない事ばかり言って…。あなた達のいう事は全部でたらめですわッ」
 でたらめだったら、自然の摂理が全てひっくり返るってんだよ。
「リカはちゃ~んと知ってるんですの。死んだ人を死の国に迎えに行く事ができるって、あの遺跡の中にちゃんと書いてあったんですもの」
「何…?」
「伊邪那岐の神様は伊邪那美の神様が死んだ時、ちゃ~んと死の国である黄泉まで迎えに行ったんですのよ。だからいずれお父様が、お母様もベロックもお友達も、何もかも全部、リカの所に連れて帰ってきてくれるんですもの」
 横で八千穂ちゃんと皆守が絶句しているのが分かる。そりゃそーだろうよ。普通の人間の思考じゃ付いていけない事を言われてんだから。
「あなたたちなんて、リカ、大ッ嫌いですわ。それでは失礼しまァす」
 止める間もなかった。というより、言われたことの衝撃で動けなかったって言う方が正しい。
 死んだ人間が、蘇る、だと?黄泉へ行けば連れて帰れる、だと?
「…だったら……だったら!!」
 返せよ、と。
 叫びそうになって、喉元で堪えた。
 あいつが、帰ってくるはずがないからだ。叫ぼうがなんだろうか、死んだ人間は帰ってこないんだ。俺はそれを知ってるから、椎名ちゃんみたいに笑えないんだ。もし俺も彼女みたいに考えてれば、何も、気にせずに笑えるんだろうか…?
「もォ~、訳わかんないッ。どうしてあの子はあんな事するの?」
「……洗脳」
「え?」
「ただのガキを少年兵にするには、思い込ませる。死は怖れるものじゃない。自分たちの法を犯す者は悪、自分たちこそが正義」
「じゃあ……」
「あんな眼、まさか日本で見るとはね」
 《防衛規制》という言葉を思い出す。取手が、心を守っていた力。死を理解しない。まるで同じ。
「―――まさか、あの子も、取手クンと同じ……」
「《執行委員》…だろうな」
「……葉佩」
 皆守の声が低い。俺が振り返ると、いつになく険しい顔をしてた。
「お前が何をしにこの學園来たのかなんて、俺にはどうでもいい事だ」
「…………」
「だがな、死にたくなければもうあの遺跡のは忘れろ」
 皆守が、今までのような忠告の意味で言ってるんじゃないってことは、分かってた。たぶん、心配してくれてんだろ?それは、分かってる。
 でも、それでも。
「そんでもさ。俺は、行かなくちゃなんだよなー、コレが」
 そう言って、笑うと。
「…嫌なんだよ。面知ってる奴が死ぬってのは……ちッ、何言ってんだかな、俺も」
「ありがと。心配してくれて」
「ばッ……、何言ってんだ、お前はッ!!くそッ、もう勝手にしろ!」
 ごめん。ホントに。心配してくれてんのにな。
 皆守はさっさと帰れよ、とだけ言い残して、またふらりとどっかへ行ってしまった。
 八千穂ちゃんが呼び止めようとした声は、終業チャイムに遮られてしまって、仕方なく俺と八千穂ちゃんは教室に戻り、それから校舎を出た。
「…椎名サンが取手クンと同じ《執行委員》なら、椎名サンの大切なものもあの遺跡の中にあるのかな……」
「ああ、そういや、取手も楽譜が遺跡の中にあったせいであんなんなってたんだっけか?」
 だとすると、もしかしたら椎名ちゃんの死に対する観念があれだけ軽いのは、何かを遺跡に残しているせい?
「あの遺跡って、何なんだろう…」
 何にせよ、ロクなもんじゃないと思うよ?
「ね、葉佩クン」
「ほぇ?」
「葉佩クンはまだ転校してきて少ししか経ってないけど、葉佩クンとあたしはもう友達……だよね?」
 友達……。
 少なくとも、今の葉佩九龍の事は、友達だって思ってくれてるんだ?過去の事は黙って、自分の本性すら見せらんないウソつきでも、友達だって?
「ホント?あーあ、俺は八千穂ちゃんの事こーんなに好きなのに」
「えッ?もォ~、ダメだよッ!たとえそうだとしても、始めは友達からッ」
 お、意外と古風だね、八千穂ちゃん。交換日記でもしようか?
「……でも、そんな風に言ってくれてありがと」
「そりゃこっちのセリフだ」
「え?」
「何でもなーいよー」
 ここで抱きしめてチューしたらさすがにヤバいな、人いるし。ぶっ飛ばされかねないし。
 俺が思いとどまった時、八千穂ちゃんは静かな声で言った。
「皆守クンだって葉佩クンの事、友達だと思ってるから、だから、あんな事言ったんだよね」
「何だかんだ、心配してくれるからねー」
 その時、テニスコートから八千穂ちゃんを呼ぶ声がした。見れば、テニスルックの女の子たちが八千穂ちゃんに手を振っている。後輩、かな?みんな可愛いなぁ、スカート短くて。
 八千穂ちゃんは彼女たちに「すぐに行くから!」と声を掛けて、俺に振り返った。
「それじゃ、あたし、部活行くね」
「おう、頑張ってきな」
「うん。……それと、皆守クンはああ言ってたけどきっと葉佩クンが困ってたら力を貸してくれると思う。あたしも、そうだから」
「ん…サンキュ」
「だから葉佩クン……あたしにも何かできる事があったら言ってね」
「ありがとー、八千穂ちゃん、愛してるよー」
 投げキッスは叩き落とされた。
「もォ~ッ。人が真剣な話してるときに茶化さないのッ。まったく……しょうがないんだからッ」
 八千穂ちゃんは腰に手を当てると、呆れたように溜め息を吐いた。
「ま、でも、その代わり、あたしも困った事があったら葉佩クンに相談するからッ。それじゃ、またね!」
「バイバイ」
 俺は、相談とかされても、きっと的確な答えを導く手助けはしてあげらんないと思うけど。それでもいいなら、いつでもどーぞ♪
 俺が手を振って見送ると、走りかけた途中で、八千穂ちゃんは振り返る。
「葉佩クン、何かあったら連絡してねッ!絶対だよッ」
 それだけ言うと、今度は本当にテニスコートの方に、走っていった。