風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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3rd.Discovery あの炎をくぐれ! - 2 -

 階段の先、怠げな背中を追いかけて、飛び掛かるように声をかける。
「みーなっかみ!」
「……お前も大概しつこい奴だな。大体、俺が授業に出ようが出まいがお前には関係ない―――ん?」
 お前ウザイという気配丸出しの皆守がいつものお得意のセリフを吐こうとしたとき、誰かが階段を降りてきた。
「やあ、葉佩君」
「取手!」
「この前は、その……色々とありがとう」
 やだよー、まだそんな事言ってンだもん。気にすんなっつーの。
「君に、これを渡そうと思って来たんだ」
 取手はそう言って、持っていたものを俺に渡した。それは、音楽室の鍵。普段は施錠されているという、特別教室の鍵のひとつだった。
「僕が管理している音楽室の鍵だ」
「え…でも、これ」
「この學園は何かと管理が厳しいから、鍵がないと入れない部屋が多いんだよ。それがあれば、僕がいなくても好きな時に音楽室に入れる。君には必要なものだから、大切に使ってくれれば嬉しいよ」
 そう言って、にっこり笑う。
 と、取手……。お前って奴は……
「ありがと、ありがとなッ、取手!お前いい奴!」
 取手の両手をがっつり掴んで見上げると、
「そんなに喜んでくれるなんて…君に渡して本当によかった。ありがとう、葉佩君」
「なーんでお前がありがとうなんだよ!あーもう、大好きだ!」
 取手の腕を取ってぴょんぴょん跳ねていた俺を、皆守が後ろからド突く。今日何回目!?
「取手、お前もう身体の方はいいのか?」
 そうやって心配する優しさがあるなら蹲って頭を抱えてる同級生の心配もしてくれ!
「うん。以前みたいに頭痛がする事もなくなったし、何より本当に……気分がいいんだよ。それに今は、ピアノを弾くのが楽しくて仕方がないんだ」
 そう言えば、前より全然笑うようになってる気がする。取手が笑うのって、なんか可愛いなぁ…。
「そうか。なら、これでめでたく保健室仲間も解消だな」
「へー、皆守、ちょっと寂しかったりして?」
「するかッ」
 どうだかね?
「あ……でも、ルイ先生はもう少しだけ継続してカウンセリングを受けなさいって。もう一度改めて……、自分の過去と真っ直ぐ向き合う事が必要だって」
 そう。それ。真っ直ぐ自分の過去と向き合うことができれば、何にも心配いらんよ。それが、できるうちは。
「それじゃ、僕はそろそろ行くよ」
「ん、じゃあな」
 取手を見送ると、後ろでぼそりと皆守が呟いた。
「自分の過去と真っ直ぐ向き合う、か……。あいつは、お前のおかげで救われたんだろうか」
「はァ?何言ってんのお前」
「ちッ、俺はもう行くからな。お前は……勝手にしろ」
 はーい、勝手にします。てなワケで追走追走。しばらく行ったところで、皆守は苛ついたように振り返った。
「それで、お前は一体、どこまで付いてくる気なんだ」
「行き着くトコまで♪」
「いっとくがな、俺は絶対教室なんかには行かない―――」
 で、また皆守の宣言は他の誰かによって尻すぼみ。
「ん~……。石の匂いがするねぇ~」
「「この声は……」」
 同時にバッと振り返ると、ハイ黒塚クン、こんにちは。
 こいつとはちょっと正面切ってマジ話をしようと思ってたんだよ。いや、今までこういう人種と関わったことなくてさ。興味アリアリ。
「葉佩君、君……僕の知らない石の匂いがするね」
 ウソ!!?
 ビックリして制服の上から匂いを嗅いでみるけど……ごめん、ラベンダーの匂いしか分かんねーや。
「はッ!!まさかッ!!この學園に僕の知らない素敵な秘密の石スポットを見つけたのかい!?」
「秘密の石スポット……?あぁッ!!あそこか?」
 あの墓地の事か?確か黒塚って遺跡研究会だったよな…
「くッ……この短期間のうちに、まさかそんな事が可能とは、なんて恐ろしい転校生なんだ…」
 黒塚の目が燃える。熱い、熱いっすよ師匠!
「ふ……ふふふふふッ。いいだろう。僕も負けはしない。いつか君の秘密の花園を、僕が暴いてみせるよ……」
「俺の秘密の花園!?なんかムフフな響きだな、それは!」
「知るか」
 きゃー、皆守クンの表情からやる気のやの字が消えました!呆れ返ってしまっている模様です!
「おっと、急がないと授業が始まるよ。次は僕の大好きな地学なのさ。ふふふん。じゃあね~」
 行っちゃった。
 取り残された俺たちはおおよそ数秒、その後ろ姿を見送る事しかできなかった。
 仕方ない、黒塚が何故、どのようなきっかけで石を好きになって、石のどこにそこまで魅力を感じてるのかという深い話は、また今度。
「……理解に苦しむぜ…」
「それでも異文化理解だと思って、一度じっくり腰を据えて…」
「………まぁ、いい。それよりもさっさと――――」
 歩き出そうとした俺の足下で、金属音。何か蹴った?
「ん―――?葉佩、お前、今何か蹴らなかったか?ほら、そこに落ちてる―――、」
「何だ、コレ?」
 拾い上げてみると、それはどうやら鍵のようだった。さっき、取手から貰ったのとよく似てる。
「びじゅつしつ?」
 鍵に付いていたプレートにはそう書いてあった。
「美術室か……そいつは多分、白岐のだな」
「白岐ちゃん?」
「あいつはな、あれでも一応美術部員なんだ」
「へぇー、でも確かに似合うかも。放課後、ひとりで夕暮れの美術室で、物憂げに絵を描く美少女!ああ似合う!」
「………どうでもいいが放課後は校内に残れないぞ」
 そうでした。
 皆守は呆れながらも、アロマパイプで廊下の先を指した。
「美術室はすぐそこだし、のぞいてみるか?」
「そだな」
 これを切っ掛けに白岐ちゃんルートのフラグが立つかもしれない!!って、ゲームのやりすぎですかね、コレは。
 そろそろ授業が始まりそうで、廊下はバタバタしていたけど、それでも美術室の前は静かだった。
「おっ邪魔しまーす。白岐ちゃん、いる?」
「誰―――?」
 お、いたいた。相変わらず雰囲気ありますこと。美人はいいね、目の保養だ。
「あなたは……」
「葉佩でーす。お届け物に上がりましたー」
 白岐ちゃんに美術室の鍵を渡すと、それを彼女は戸惑ったように受け取った。俺の態度が馴れ馴れしいって?うん、よく言われる。
「……黙っていればそれはあなたのものになったのに。どうして私に返したりするの?」
「どうしてって言われても」
 落ちていたものを持ち主に返すのに理由なんかいるかぁ?えぇー?
 返答に困って思わず皆守を見上げると、あいつは「知るか」って言ってアロマすぱー。
「よく分かんねーけど、だってこれ白岐ちゃんのだろ?あれ?もしかして違った?」
「……いいえ、私の管理している鍵よ。…ありがとう、届けてくれて」
「いえいえ!その代わり今度一緒にお茶でも……ってぇ!」
 またド突かれました、後頭部。ああ、細胞が死んでいく…。
 そんなやり取りを、白岐ちゃんは困ったように見ていたんだけど、やがて鍵を、俺に向かって差し出した。
「それはあなたに預けるわ。好きに使えばいい」
「好きに使うって、美術室に忍び込んであんなコトとかこんなコトとか…」
「何する気だッ」
 いや、だから冗談だってば。ほら、白岐ちゃんも白い目で見てるー、って俺のせいか。
「用がないならもう出て行って。私も……行くところがあるから」
 そういえばさっきチャイムが鳴ったっけ。もう授業始まっちゃうよ。
「ほんじゃ、預かっておくわ。サンキュね」
「……それじゃあ」
 どこ行っても追い出される運命なのかね、俺らは。
「……始業の鐘か…。何か、もう屋上に登るのも面倒になってきたな」
「おッ」
「どうせ寝るなら教室でも同じだ。行こうぜ、葉佩―――って、何だよその顔は…」
「お母さん、嬉しいッ!コーちゃんがとうとう教室で授業を、うぅッ、今までずっと育ててきてこんなに嬉しかったことはないわ!」
「……お前に育てられた覚えもねぇよ」
 まぁ、ノリが悪い!
 皆守はそれ以上騒がれたくないと思ったのか、俺の襟首を掴んで教室まで引っ張っていった。
 だから、猫扱いヤメテ?
 と言っても通じるはずもなく、俺は猫のまま教室に入っていって、席に放り出された。みんなの視線が痛いよー。
 そのまま授業を受けて……あー、なんか体中にラベンダーが染みついてるようで眠ぃなぁ。てめーのせいだよ皆守、くそー、思いっきり寝っこきやがって。
「皆守クン、授業に出てもやっぱり寝てるんだ」
「起こす?」
 ちゃきーん。輪ゴム。どーよ?
「起こしちゃう?」
「起こしちゃえ」
 一番後ろの席で寝てる皆守に向かって、3、2、1…発射!!
 当たる!そう思ったんだけど。皆守は人知を越えた離れ業を披露してくれた。あと数センチ、ってとこで皆守が起床、輪ゴムを片手で受け止めえう。
「う、そ…」
「すげぇ…輪ゴム戦士だ」
 俺と八千穂ちゃんが呆然とするのを眠たげな目で見て、にやりと笑う。うわ、邪悪。
 その邪悪さのままで、皆守は指に輪ゴムをつがえる。まさかとは、思いますが狙いは……俺かい!!
「っつ~~!!」
 一直線に放たれた輪ゴムが額を直撃した!!九龍は100のダメージ!!痛ったぁ~!
「おーい、葉佩、うるさいぞー」
「はぁい…すいません」
 先生が、突然叫んだ俺を注意する。俺だけ?俺が悪いの?これって軽くいじめだよねぇ?
 座り直して皆守を睨むと……もう寝てるよあの野郎!!クソー、いつか仕返ししてやる!
 そんなこんなで授業が終わって、チャイムが鳴る。きーんこーん。
 同時にバイブ設定のH.A.N.Tが震えた。メールだ、メール。差出人は……
『題名:石が好き』
 うわ、差出人見なくても誰だか分かるっての。黒塚か。
 内容は、あいつが石を愛しているということが蕩々と語られていて、しかもどうやら黒塚は俺を同類だと認識している、っぽい。ここはやっぱりゆっくりじっくり話し合わないといけんな。
「ねえねえ、葉佩クン」
「ん?」
 H.A.N.Tを閉じると、横から八千穂ちゃんが話しかけてきた。
「マミーズに新メニューが追加されたんだって~!!もしよかったら、今度一緒に食べに行ってみない?」
「マジで?うんうん、八千穂ちゃんとだったら例えプリンカレーでも美味しく食えると思うぞ、俺は」
「えへへッ。そんな風に言われるとなんか照れるなぁ。でも、残念でした。煽てたって奢ってなんかあげないよ」
 あら、そんなつもりで言ったんじゃないですけど。けど赤くなる八千穂ちゃんも可愛いねー!
 俺は、また今度ね、と約束をして教室を出た。それにしても、新メニュー?この時期だから秋の味覚ー、とかなんかかね?ちょっと楽しみ。
 んなこと考えながら、向かう先は図書室。今度は黒い砂じゃなくて、あの遺跡について調べ物。どうやったら先に進めるか、もしかしたら手掛かりがあるかもしれない。もし本当にあそこが日本神話を元に設計されているとしたら、七瀬ちゃんに話を聞くことで何か分かるかもしんないしね。
 階段を降りて、図書室に向かおうとする途中で、ぽろろん。ピアノの音。図書室の反対側って音楽室なんだよなぁ。ってことは、取手かな?
 音楽室を覗くと、案の定取手がピアノの前にいた。声かけちゃ悪いかなー、とも思ったんだけど先に取手に気付かれてしまった。
「やぁ、葉佩君」
「よッ」
 あんまり嬉しそうに取手が笑うから。何だよ、俺も嬉しくなっちゃうだろーが。
「悪ぃ、邪魔した?」
「ううん、そんなことはないよ。来てくれて嬉しいよ」
 やーだよぉ、そんなストレートに。可愛いったらないね、まったく。
「そういえば葉佩君……音楽は好きかい?」
「音楽?ああ、好きだよ。俺はピアノとかほとんど弾けないから聴くだけ専門だけど……だから取手が、ちょっと羨ましいかな」
「そうか……ならよかった。そうだ。よかったら今度また、僕のピアノを聴いてくれないか?練習中の新しい曲なんだけど是非、君に聴いて欲しいんだ」
 うわ、感動。なんつーか、ここまで元気になられたら、結構素直によかったなーと思う、カモ。
「ほんじゃ、楽しみにしてる」
「ああ、ありがとう」
 取手に手を振って外に出れば、目の前は図書室だ。七瀬ちゃんはいるかなー、っと。
「おっつー、七瀬ちゃん。元気?」
「あ、葉佩さん」
 カウンターに七瀬ちゃん発見。他に人がいないから少し長居してもいいかね?
「私、文明発祥の歴史や、それらの興亡の要因を調べるのが大好きなんです」
 おーおー、それそれ。俺が苦手なトコ。
「書物を読んで、太古の時代から、現代への道を少しずつ遡っていく―――、そうすることで、この地球を題材とした、壮大な物語をより身近に感じられるような、そんな気がして…」
「歴史なんて、一瞬の積み重ねみたいなモンだもんな。今、こうやって俺と七瀬ちゃんが喋ってることだって、もしかしたら未来から見たら、歴史のすげー分岐点になってたりするかもしんねーんだもん」
 だからこの出会いを大事にして一緒にご飯でも……と、いつもの調子で言おうとしたんだけどね。
「素敵……今まで、こんな風に言ってくれる人なんて、いなかったのに。それだけに、あなたのような人に出逢えるなんて、私……本当に感激しました。あの…よかったら、これ、貰っていただけますか?」
 ……七瀬ちゃん?それ、どっから出した?てか、どっから持ってきた?
 七瀬ちゃんがカウンターの下から取りだしたのは、なんつーか、ファ、ファラオ?うん、ツタンカーメンとかの胸像だった。さすがの俺もビックリ。
「あなたのお部屋にこそ相応しい気がするんです。大切にしてくださいね」
「あ、ありがと…」
 すげーもん、貰っちまった。まさか本物じゃねーよな!?だよな、時価数億だもんな、まさか。
 でも、それを貰ったショック(?)で、それ以上七瀬ちゃんとは話をせずに図書室を出てしまった。一体何しに来たんだっけ?つーかコレを持って教室まで戻るのか。いっそのこと被るか。
 てワケにもいかず、その胸像を持って立ちつくしていた俺の耳に、元気のいい声が聞こえてきた。下からだ。あれは、たぶん……
「こんにちは~!ご注文の『プリンカレー』、お届けに参りました~」
 階段を降りて、職員室の前にいる彼女に声をかけようとして、止めた。プリンカレー!?誰?先生の誰がんなモン頼んだんだ?チャレンジャーだな、つーか勇者だ。俺も今度頼んでみよ…。
「おおっとッ、葉佩くん!!どうしてここに~!?というか手に持つそれは何ですか~!?」
 彼女、舞草ちゃんが俺に気付いて驚いた。
「ここにいる理由はここの学生だからで、手に持つコレは……のっぴきならない理由がありまして。それより舞草ちゃんこそ、何でここに?」
「えッ!?奈々子は、ランチの出前をしに来たんですよ~」
 へー、デリバリーなんてやってたんだ、マミーズ。うむ、侮り難し。
「もしかして、葉佩くんも出前をご希望ですか~?」
「じゃあ舞草ちゃんひとり、ランチじゃなくてディナーで俺の部屋に!」
「ええええ~ッ!?それって、つまり、そのォ……」
 うん、そういう意味。
「んも~ッ、最近の高校生ってばススんでますのねェ~。奈々子、照れちゃいますゥ~」
 さいですか?みなさん、こうとは限んないけどな。
「でもでもォ~、生徒の皆さんが出前注文をするのは~、残念ですけど校則で禁じられていますので~、『マミーズ』のランチが食べたくなったら、お店までいらしてくださいね~」
「はぁ~い」
 なら、奈々子ちゃんのディナーデリバリーご注文をしたい時にはどうしたらいいんだろ?やっぱ時間外手当とか付くんかね?まぁ、どうでもいいけど。
 俺はそこで奈々子ちゃんと別れて、昼休み中に貰ったファラオ像を寮へと一旦運ぶため、玄関からダッシュするのでした。